閉架書庫入り口
「ごめん、エレナ。お昼休憩遅くなってしまって」
さる平日のお昼過ぎ。部室の時計の針が2時近くを示すのを前に、上司のヴィルヘルムは部下のエレナに謝罪していた。
朝の部の『大乱闘』終了後にアクシデントがあり、『乱闘部署』の二人は対処に追われる羽目に。食堂の利用時間はとうにすぎ、何か作ってもらうようヴィルヘルムが頼みに行こうとしたのをエレナが止める。
「問題ありません、ヴィル様っ。私、今日はお弁当なんですー」
「……お弁当?」
はい、と自身のデスクに置いていたクロスに包まれたお弁当箱を見せた。
「久しぶりに作りたくなって……今朝、食堂のキッチンをお借りして作ったのです」
「そうだったんだ。ならお昼の心配はないね」
と、ヴィルヘルムはカップに注いだ水で薬を服用する。これがヴィルヘルムの食事代わりのものだ。
エレナは少し哀愁を帯びながらもデスクに着席し、結んだクロスを解く。
「……あれ、エレナ。一人用にしては量が多いね」
お弁当箱は二つ。おにぎりは一つ。
そう大食いでないことを知っているヴィルヘルムは、不思議そうに尋ねると苦笑で返される。
「どうしても余ってしまって……とりあえず全部詰めてきたんです」
「そうなんだ。良かったら少し食べようか?」
その言葉に、エレナは驚愕とともにほんの僅かに頬を赤らめる。
「そ、そんな大層なものじゃ……それにヴィル様はお体が……」
「そうだけど残すのももったいないでしょ。少しなら大丈夫だから」
確かに食べ切れるかどうか不安ではあった。が、ヴィルヘルムに食べてもらえるのは何だか気恥ずかしい。
僅かの時間で思案を巡らせたエレナは、お弁当箱のひとつを差し出した。
「宜しければ……」
「うん。ありがとう」
蓋を開けたヴィルヘルムはその器用さに頬を緩めた。
「綺麗な出来栄えだね」
「ありがとうございます……得意料理なんです」
「じゃあ、いただこうかな」
と、卵焼きを口に含んだヴィルヘルムだったが──やはり味はしない。それでも満足げに咀嚼しては飲み込む。
「味が分からなくてもこれは美味しいよ」
「そ、そうでしょうか……?」
えへへとはにかむエレナもまた、もうひとつのお弁当箱からおかずと一緒におにぎりを愉しむ。
やがて席を立ったヴィルヘルムは、簡易キッチンの前に立つ。
「エレナ、紅茶はどう?」
「いただきますっ」
「分かった。ちょっと待っててね」
ヴィルヘルムの手つきは慣れたものであり、それを口にするエレナは毎度その美味しさに驚いている。
今回も丁寧に仕上げたヴィルヘルムから、「さあどうぞ」と湯気が立つカップを差し出された。
「ありがとうございます。……うんっ美味しいです!」
「良かった。少しでもお礼が出来たなら」
「お礼だなんてそんな……」
手を横に振るエレナは露骨に話を逸らした。
「ヴィル様はいつも紅茶を淹れるときにカップなどにお湯だけを注いでいらっしゃいますがあれは……?」
「せっかく淹れた紅茶を冷めないようにするためだよ」
「なるほど! そうなのですね!」
エレナの素直な反応にくすくすと笑うヴィルヘルム。
穏やかな雰囲気が部室に流れていったという。