閉架書庫入り口


 明くる日、エリライアは珍しく苛立ちを露わにしていた。
 日に日に下がりつつある人肉食材の質?
 日々避けられない上司クレイジーのパワハラ?
 どれをとっても理由には当てはまらない、そんな悩み。
 気分転換でも、と。当てもなく城内を彷徨い歩くと──曲がり角でルミレと下っ端共に遭遇。どうやら場面的に、下っ端共がルミレを誘っているようだった。それが更にエリライアの気を逆立てる。

「す、すいません……」

 察した下っ端共は蜘蛛の子を散らすが如く立ち去り、残されたルミレは「あら」と気にもとめず口元に手を添えて。

「もうアフタヌーンティーの時間ですの?」
「……、っ⁉︎」

 笑みを浮かべていたエリライアの眉が僅かに動く。
 怒りに我を忘れていたあまり作っていないことを思い出し、ひとまず平静を取り繕う。

「……マイレディ。まだお時間ではございません」
「そうでしたの。ならなぜこちらへ?」
「貴女様の渇きを、あの者達で満たしてほしくはありませんでしたので」
「わたくしを満たせるのはあの方だけ。所詮あなたも変わりませんわ。……そんなことより、早く準備なさい」
「かしこまりました」

 ルミレが完全に立ち去るのを見送ると同時に、足早にキッチンへと向かう。
 確か昨日仕込みしたチョコレートがあったはず。それをお出しすれば……。
 大股でキッチンへと入ったエリライアだったが、飛び込んできた光景に思わず叫んだ。

「月海!」
「んあ? なんだよいきなり」
「何を勝手に食べているのです⁉︎ それはマイレディにお出しするショコラミエルではありませんか!」
「ショコラ……なんだっけ。まあ、美味しかったぜ」

 口や手をチョコレート塗れにした月海の笑みに、エリライアは目頭を抑える。

「ショコラミエル、蜂蜜のチョコレートです」
「あーだからすげぇ甘かったんか」
「はぁ……仕方ありません。マイレディにお待ちいただくことにはなりますが、一から作るといたしましょう」
「俺も手伝うぜ?」
「結、構、です」

 んだよ、と頬を膨らませた月海は近くの椅子に腰を落ち着かせた。この男のことだ。立ち去れと言っても聞かないだろう。エリライアはないものとして扱うことにした。

「何を作るんだ?」
「……フォレノワール。黒い森という名の、さくらんぼチョコレートケーキです」
「へー普通に美味そうじゃん。食べていい?」
「別にいいですよ」
「ええ⁉︎」

 ダメもとで聞いた月海のほうが驚いてしまった。慣れた手つきでクリームを泡立てるエリライアは平然としている。

「お出しするのは一欠片。ホールではありませんから、余り物をあげましょう」
「おっ、やった。お前の食べもん、いっつも食えねーもんばっかだから嬉しいぜ」
「食べれますよ?」
「お前らと一緒にするなよ」

 あっという間に完成させたスポンジ生地を型に流し、魔術で調節したオーブンで焼成する。
 その間にもさくらんぼの下準備やシロップ、ホイップ作りを終え、焼き終えたスポンジをスライス後にバットへ移す。

「……なあ、エリライア」
「手短にお願いします」
「お前にしては……普通の材料だな」

 エリライアの得意料理の数々は、人間や魔物から取り出した臓器を材料にしている。しかし今回は見たところ、至って普通の材料だ。

「お菓子作りは別なのですよ。なかなか相性が悪くてですね」
「ふーん……」

 紅茶の支度に取り掛かるエリライアを目線で追う。

「いつもそうならいいんだけど……」
「なんですか?」
「いんや。なんでも」
「なら話しかけないでください。今重要な場面ですので」

 見ればエリライアはナッペの段階に取り掛かっていた。これには月海も黙って見つめる。
 最後にメインとなるさくらんぼを飾れば無事完成。綺麗にスライスカットしたエリライアは、「どうぞ」と取り分けたケーキを月海に差し出す。

「まあ美味しくないはずが……」
「んまっ‼︎ すげー‼︎」
「……、そうですか」

 カートに紅茶一式とケーキを乗せたエリライアは月海に「片付けぐらいはしといてください」と一言言いつけ、キッチンをあとに。
 向かうはアフタヌーンティー会場──ルミレが手掛ける造花が咲き乱れる花園。
 カツカツと靴音を鳴らし現れたルミレに、エリライアはいつもの笑みを貼り付けて。

「お待たせいたしました、マイレディ。こちら、本日のスイーツとなります」

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