閉架書庫入り口


 光の国『幻双国』と闇の国『幻失国』国境付近。
 伝令を受け出撃した約50名の小隊員が目撃したのは、闇の力から生み出された魔物の大群にひとり佇む男の姿。

「いけませんねぇ……いくら『あの方』によって生み出されたとはいえ、逃げようだなんてイケナイ獣共」

 最後に残った魔物から心臓を切り抜き、返り血を指で掬いひと舐め。

「やはり獣の血は苦味が強くてワイン代わりにはなりませんね。……おや、これは珍しい」

 異常な光景を前に足がすくみかける騎士達を見遣る。

「ちょうど良いところにおいでくださいました。魔物の皮が大量に獲れたところなのです。……人間の腸と、相性がいいんですよ?」

 先頭に立っていた隊長は剣を引き抜き、「かかれ!」と振り下ろす。
 号令を合図に配下の騎士は皆抜刀。地を滑るようにして男――エリライアに突撃する。

「やれやれ、激しいのは夜の営みぐらいしてほしいものです」

 傍らの《奏響器コンムニオ》を手に取り、上方からの真向斬りを後退して回避。入れ替わりで左右から騎士の剣撃に挟まれるも、長杖を横に構え受け止め流す。
 こちらに勇ましくも立ち向かう騎士の群れに肩をすくめたエリライアは、杖の先端――パープの弦を向け、唱える。

「【ノーツバレット】」

 パープの部分が淡く光ったかと思えば、弦の先端から音符型の魔弾が止めどなく発射された。
 突然のことに前衛の騎士は対応できず、体の至る箇所を蜂の巣の如く撃たれ、絶命。後方の騎士は素早く盾を構え、ある者はその勢いを受け切れず命を落とし、またある者は踵を踏み締め必死に耐え忍ぶ。
 技の発動をやめたエリライアは次に。騎士の後方に並ぶ魔導師に目をつける。彼らの詠唱が終われば、エリライアに対する一斉放射が待っているだろう。
 だが、エリライアは目を細めるだけ。

「【サモン・ソード】」

 と、魔法円から取り出した剣を――騎士の合間を縫ってひとりの魔導師に向けて投擲とうてき
 反応できなかった魔導師の首と胴体が離れ、行き場を失った魔力が暴走。隣、そのまた隣と。魔導師の魔力に引火し、大爆発を引き起こす。

「いやなんですよ、これ。ろくな材料が取れやしない。……ん?」

 飛び散る臓器にはぁと残念げに息を吐くエリライアだったが、爆発から辛うじて逃れた数名の騎士にくすりと笑う。

「仕方ありません。今回はこのぐらいの量で我慢いたしましょう――」

 そして彼は長杖を構え、足元に陣を召喚。
 魔術師本来の実力をもって、フィナーレへ。

「【一符いっふ詩片しへん二符にふに闇、三符さんふに愛が拍を打つ。聞き遂げよ、我らがミューズ。タクト結ぶは無の調和】――【ハルモニア】」

 陣から湧き上がる光粒が煌めきを増し、エリライアを中心に円環を描く。
 そして急速に魔力が高まり、黒の衝撃波となって一気に放たれる。
 それは頑丈な鎧さえもいとも簡単に破壊し、彼らの肉体を散り散りにした。
 呆気なく絶命した小隊を前に、エリライアは微笑む。

「はじめまして。いただきます」

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