閉架書庫入り口
自分は何者にもなれると思った。
世界を消滅させた《大罪人》にも。世界に光をもたらした《英雄》にも。
僕はいつだって、君の『シアワセ』を祈っている。
君が『シアワセ』になれるなら、快く僕の楽園へ招待しよう。
君を侵す怖いものは何もない。
ただ存在するだけで『シアワセ』な世界へ――。
「……君が考える『シアワセ』にはつくづく呆れるよ」
最後の一口まで丁寧に喰べ終えた僕に、王子サマはそう言った。
唇に残った液体を舐め取り、僕は「そうかな?」と返してみる。
「生に縋るだけが幸福にはならないでしょう?」
王子サマは小さく息を吐くだけだった。
「僕は“今”だって、ヴィルの『シアワセ』を願っているよ」
「嘘つけ。自分のことしか考えてないくせに」
ほら、と王子サマは僕に手を差し伸べる。
「帰るよ、ラフェルト。今日は賢主の集まりがあるんだから」
僕は自分の手を見下ろす。
真っ黒に染まった手を伸ばせば、手首を乱暴に掴まれ無理やり立たせた。
「さっさと行くよ。みんな待ってるんだから」
引きずられるままに歩き出す。
「僕がいなくても、どうにでもなるでしょ」
前を歩く王子サマと一瞬だけ視線が合う。
「今の僕には、“君達”が必要なんだよ」
君達が誰を指しているかぐらいは僕にも分かる。
だけど、僕を必要としている理由はよく分からない。
彼が僕の『シアワセ』に理解を示さないように。