申し子達に安らぎを


 王都から約二時間。
 一行は湯煙が薄く揺蕩う温泉街に到着。彼らが向かうは一際目立つ旅館――ではなく。庶民的な雰囲気の『ももよ庵』という温泉宿。
 お値段はそこそこ。高級旅館と比べると見劣りしてしまう。それでも、発案者のレイが『ここにしたい』と予約したのだ。
 見た目はアレかもしれないが、中は綺麗。そもそもの話、ここにいるメンバーの大半はボロ屋だろうが気にしないたち。問題なんてない。

「えっ、一部屋しか取ってないの?」

 案内されたのは大部屋ひとつ。驚くヴィルヘルムに、そうだよと予約者のレイは頷く。

「駄目だった?」
「エレナだって野郎の中で寝るの嫌でしょ」
「……ヴィルって変な時にレディファーストだよね」
「一人除け者は寂しいので、私は嬉しいです」

 ねー、と顔を見合う彼らに頭が痛くなる。
 そう。ここに(ヴィルヘルムも含め)常識人なんていない。
 ――すぐに夕食が用意されるということで。温泉はあとの楽しみとし、部屋の机に並べられた豪勢な懐石料理を頂く。

「どれから食べようか悩みますね〜」
「そもそもこれ、本当に一人前……? 多すぎない……⁇」
「無理のない範囲で食べたほうがいい。残りは私が」

 気遣っているように見えて心躍らせるマスター上司に微苦笑。隣ではすでにエレナが舌鼓を打っている。

「クレイジーさん、フォークどうぞ」
「ン。気が利くじゃねェか」
「フェルも……箸使えないからって浮かして食べないの」
「僕の勝手でしょ」

 対面側ではレイが、クレイジーとラフェルト相手に少々苦戦していた。最終的にラフェルトはフォークを使って食べ進め、レイも箸を付ける。
 そうして全員が完食した後、おもむろに立ち上がったラフェルトを――即座にレイとヴィルヘルムが取り押さえた。
 微かに、チッ、と舌を鳴らしたラフェルトと二人の攻防戦が開幕。

「……なんでこういう時だけ察しがいいかなぁ!」
「水が苦手なら温泉だって入りたくないって……誰でも分かることだよね!」
「そうだそうだ! 言ってやれヴィル!」
「普段人を揶揄ってばかりだからこうなるんでしょ! 自業自得だよねぇ⁉︎」

 私怨めいた執着心(?)に二度目の舌打ち。
 側から見ている三人は『わぁ』と、くだらないやり取りに思い思いの眼差しを向けて。
 攻防の末――先に折れたのはラフェルトだった。
 勝敗を決したのは、ふいにレイがぼそっと「チクるぞ」と呟いたこと……らしい。誰に、何を、かは不明。

「温泉行こ〜!」

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