2:お仕事開始
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辺り一面覆い尽くす白い霧。
まるで確固たる意思を持つかのように、自身の体に纏わりついては離れない。
踏みしめているはずの地面からは足音すらも聞こえず、「誰か」と叫んだ声も消えてなくなる。
怖い。
心まで凍てつかせる冷気に飲み込まれそうな――その時。
視界に、ひとひらの蝶が舞い込んだ。
「……夢?」
世界――エレナからしたら異世界に値するこの王国にも陽が昇る。
窓から差し込む眩い光に刺激され、少女は寝台から身を起こす。
ああ、そうだった。
昨日のことが脳裏を駆け巡り、エレナは肩を落とす。
窓から見える景色は、世界に存在する言葉では到底表せぬほど美しいのに。素直に喜べない。
ふう、と溜息ひとつ。カーテンを閉め、エレナはクローゼットから『制服』を取り出す。
(す、凄い……絶対普段着れないやつだ……)
いそいそと制服に着替え、髪を櫛で梳かしていたエレナは扉が軽く叩かれたことに気づく。
「……?」
そろりと扉を開けたエレナだったが、目の前に――上司となるヴィルヘルムがメイドを連れ立っていたことに肩を跳ね上がらせた。
「お、おはようございます」
「おはようエレナさん。……驚かしてごめんね」
「すみません」
思わず謝ってしまうと、ヴィルヘルムは苦笑を浮かべる。
「その、準備は出来た?」
「はい」
「じゃあ早速だけど行こうか」
部屋からエレナを連れ出したヴィルヘルムは、同伴していたメイドに声を掛ける。
「ありがとう。お仕事に戻っていいよ」
「はっ、失礼致します。ヴィルヘルム様」
立ち退くメイドに首を傾げていたエレナを、こっちだよと呼ぶ声。
「朝食にはまだ早い時間だから、少しだけお話させてね」
歩き始めたヴィルヘルムに追従するエレナは、昨晩の光景を想起してしまいぎこちない動きとなる。
横目に見ていた彼は口元に笑みを貼り付けて、尋ねる。
「緊張してる?」
「ええっと……」
「それとも――僕に聞きたいことがあったりして」
ハッと息を呑んだ。
何となく見抜かれている気がして、警鐘が鳴り響く。
「遠慮しないで聞いていいよ」
エレナは努めて冷静に質問をした。
「先程のメイドさんは……?」
もちろん、聞きたいことはそれではない。しかしながら、クレイジーの『言葉』が頭から離れないうちは聞きたくとも聞けないだろう。
その意図に気づいているのかいないのか――ヴィルヘルムは自然に返す。
「君の部屋に僕ひとりで行くのはどうかと思って、ついてきてもらったんだ」
「どうしてお一人では駄目なのですか?」
聞き返されたヴィルヘルムは黙ってしまう。
目を丸くするエレナに、「それはそうと」と話題を変える。
「あの後はよく眠れた?」
「はいっ。……あ、その節はご迷惑おかけしました」
「ううん。僕の配慮も足りなかったから気にしないで」
ここだよ、とヴィルヘルムは足を止める。
扉には【乱闘部署】と書かれたプレートがかけられ、中は意外にもこじんまりとしていた。
「ここが【乱闘部署】の仕事部屋。……といっても、基本的には外だからあまり使わないかも」
部屋の大きさは寝室とほぼ同じ程度。三つのデスク、簡易的なコンロと棚、ホワイトボードといったオフィスを彷彿とさせる家具が置かれている。
「事務作業や、僕達だけで会議をする時はここ。来客とかそう言ったのはまた別の部屋になるんだ」
ヴィルヘルム曰く、セキュリティの面からでも執務室に関係者以外は立ち入らせたくはないらしい。
「じゃあ渡しておくものを渡すね。まずはこれかな……」
渡されたのは見覚えのある携帯端末。
エレナはこの身ひとつでトリップしてしまったので、『本来』の物はない。
「似たようなものを使ったことはある?」
「はい。あります」
「なら詳しい説明はいらないね。それプライベートも兼用だから好きに使って。登録してほしいことはこの紙に書いてあるから」
「分かりました」
「それとー……これだね」
次に手渡された真っ白な布。広げてみるとそれは、肩から羽織る短い丈のケープであった。
「これは……?」
「所属部署を表すものだよ。この城では兵士やメイド以外――エレナさんと同じタイプの制服を着ている人は皆着用するんだ」
エレナの制服は人それぞれの好みによって色が異なるため、どの部署に配属されているかを一目で判断する材料となるのがこの『ケープ』。
「それぞれの部署のトップである賢主によって色が異なってて、【乱闘部署】は……まあ僕になるから、白なんだよね」
促されるまま、エレナはケープを羽織る。
「この部屋にいる時は脱いでもいいけど、外では基本的に着用だから覚えておいて」
最後に、とヴィルヘルムは厚みがあるバインダーを差し出す。
「マニュアル……って言っていいのかな。仕事内容について僕なりにまとめたものを渡しておく」
手のひらに伝わる重みは、実際より重く感じた。
『仕事が始まるんだ』という期待と不安が入り混じる。
「暫くは僕と一緒に仕事をしてもらうけど、慣れてきたら任せられるところは任せたいなって思ってる」
「はい……」
「そんな不安に感じなくていいよ。『みんな』も力を貸してくれる」
時刻を確認したヴィルヘルムは軽く微笑んで。
「その『みんな』に挨拶しに行こうか」