1:『意味』なく迷い込む
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「改めまして、『六大賢主』
「エレナです……は、初めまして」
案内された部屋で待っていたのは、これからエレナの上司となる少年ヴィルヘルムだった。
握手に応じたエレナだったが、『絶対に落ちている』と思っていた手前萎縮している。
「長い付き合いになるだろうし、少しずつ慣れてくれたら嬉しいな」
「早速だけど」と、ヴィルヘルムは手元――エレナが書いたエントリーシートに視線を落とす。
「今日からお城にある部屋に住んでもらうことになるけどいいかな?」
「……え⁉︎」
驚愕するエレナにヴィルヘルムは眉を顰める。
「……住所の項目空欄だったから、『そういうこと』かなって思ったんだけど」
よく分からないが放り出されても困る。
エレナがぎこちなく頷くと、ヴィルヘルムは再び手元に目線を落とす。
「最低限の生活雑貨はこっちで用意してあるから、時間が空いたら城下町にでも買いに行ってね」
さて、とヴィルヘルムは顔を上げて。
「今日はもう遅いから、仕事についてはまた明日話すね。部屋に案内するからついてきて」
先導するヴィルヘルムの後に続き面接会場から離れ、壁にかけられた灯りが照らす城の回廊を歩く。
階段を繰り返し上がれば、それなりに高い位置から街を見下ろせた。軒を連ねる家屋に灯る暖かな光が、エレナの睫毛を揺らす。
(帰れる……よね?)
「エレナさん?」
少し離れた位置から、ヴィルヘルムが名を呼ぶ。
「すみませんっ」
「ううん、気にしないで。……あ、ここだね」
鍵を使って扉を開けたヴィルヘルムが、部屋の電気を入れる。
そこは明らかに自身の部屋よりも広く、『城』ということも相まってお姫様気分に浸れるような部屋だった。
暫し見惚れるエレナにヴィルヘルムは鍵を渡すと、近くのクローゼットを示す。
「あの中に制服が入っているから明日はそれを着て」
「分かりました。ありがとうございます」
丁寧にお辞儀をすれば、ヴィルヘルムは笑みで返す。
「うん。じゃあ、また明日。おやすみなさい」
退室したヴィルヘルムを見送ったエレナは、早速ベッドに飛び込んだ。
弾むスプリング。シーツの海に沈む体は綿の如く――緊張から少し解放されたのもあるのか、エレナはすぐに泥のように眠ってしまった。
「……んん」
意識が戻った時、部屋に差し込む光は相変わらず柔らかな月の光。
服のまま眠ってしまったとベッドから飛び起きた次の瞬間――胃袋の鳴る音が盛大に響き渡る。
(そういえば何も食べてないや……)
面接終了から結果発表の時間。各自摂るようにとは言われたが、この世界における『お金』を持っていない彼女が買えるはずもなく。
ましてやこんな時間――丑三つ時にどうにかできるはずもなく。エレナは『我慢我慢』と言い聞かせるが――。
(う〜……やっぱ無理! 誰かいたりしないかな……)
そ〜っと自室の扉を開けたエレナは、意を決して城を探索することに。
とは言え。帰り道が分からなくなると困るので、行動範囲は決められているが。
(……! この声……)
自身に振り分けられた部屋から少し離れた位置。
僅かに明かりが漏れる部屋より――聞こえたヴィルヘルムの声。彼はまだ起きているようだった。
(誰かとお話しているみたい……)
声をかけようかかけまいか、悩んでいたエレナの耳朶が大きく震える単語が。
『――「マスター」様』
(『マスター』……⁉︎ もしかしてもしかすると……‼︎)
探していた『マスターハンド』の可能性は高い。
扉の前で右往左往するエレナを他所に、ヴィルヘルムはマスターと会話する。
『例の人物の特定には至りませんでした。城の近隣で反応があったようですが……それ以降は』
『忙しい中すまないな、ヴィル。しかしそうなると困ったものだな……。「生身」のまま「この世界」に迷い込んだとすればどんな影響があるか』
(……『生身』? 『この世界』? ……『私』のこと⁇)
いつの間にか聞き耳を立てていたエレナは、そのまま話を盗み聞きする。
『引き続き捜索するとしよう』
『承知致しました。万が一発見しましたら――
適切に、「処理」致します』
エレナの表情から色が消えていく。
(処理って……何……? どういうこと……?)
状況が飲み込めないエレナの背後に――迫る怪しい影。
「⁉︎」
口元を抑えられ近くの部屋にエレナが連れ込まれたのと――ヴィルヘルムが扉を開けたのは僅差。
「誰かいたかい?」
「……いえ。僕の気のせいだったかもしれません」
再び扉が閉じられたのを確認すると、『その人物』はエレナの口元を抑えていた手を離して。
「っは……ッ!」
息を吐いたエレナを捕まえたまま、ぐっと痛いほどに顎を引き上げた人物と視線が合う。
「――運が良かったなァお前。あのまんま居たら……まあ、それでも楽しいけどよ」
「だっ誰……?」
恐怖で滲む瞳に映るのは、三日月のような唇。
「俺は『クレイジー』。お前だろ? 異世界からきた奴」