Five Elemental Story

9話 究極融合編【前編】


 さわさわと気持ち良さそうに音を立てる草木。小さな花に付いた朝露が、木漏れ日に反射する。

 懐かしくも優しい風に黒紫色の髪が揺れる。


 その様子を、自分は少し離れた場所から見ていた。


 やがて、場面は森の中から真っ暗な空間に変わり、その人の姿にノイズが走る。

 幼い子供から大人へと成長した彼女の手には、鋭利な刃。

 振り向き、刃を持ったまま自分に近づくと。


 ブスッ。


 迷わず、自分の体に刃を立てられる。

「ブレイド……」

 彼女は自分の名前をポツリと溢し、俯いていた顔を上げ、憎しみで塗り潰した瞳を向けては。


「大きらい」


〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜


「ッ──!」

 ドクン、とはち切れんばかりに波打つ心臓。数回咳き込んだ後、荒い呼吸を繰り返す。

 自身の腹部に手を当て、夢であることを確認する。

 深呼吸をしながら呼吸を整え、窓から射す光にもう朝か、と他人事のように思う。

「居なくてよかった……」

 隣にある空のベッドを見つめながら、ブレイドは小さく呟いた。

 妙にリアルな夢に不安を抱きつつ、ブレイドは支度をするべくベッドから足を下ろした。


「どおおおおお!?!?」


 部屋の外から聞こえて来た叫び声。こんな朝早くに外へ出ているバ……ゲフン、人物は一人しかいない。

 部屋を出てみると、聞き覚えがありそうでない声とアランが話しているのが聞こえた。

 どうしたんだよ、と二階から一階を見下ろすと。

「げっ」

 そう洩らしたブレイドの声に気づき、顔を上げたのは、

「顔を合わせた途端その反応ですか。失礼ですよ」

 『英知の書庫』の管理人、リベリアだった。





「ありがとうございます」

 礼を述べ、コーヒーを一口。用意したレベッカが着席した所で、リベリアはカップを置いて四人を見据える。

「突然訪問して申し訳ありませんでした」
「本当だな」
「オイ」

 軽装に着替えたブレイドを、隣に座るアランが肘で小突く。

「チャイムを鳴らそうと思ったのですが、扉が開いていたので中で待たせていただきました」
「「「……」」」
「違っ……! ちゃんと閉めた!」

 あらぬ疑いを首をぶんぶん振りながら否定する。

「仕方ありませんよ。ここは既存部隊が使うのを嫌がり、最終的に新部隊へと押し付けられる宿舎ですから。扉の建て付けが悪いのですよ」
「早く言え! ノープライバシーかよ!」
「無理に使おうとしない方が宜しいかと」

 机に手を叩きつけながら立ち上がるブレイドにリベリアは平然と返し、両隣に座るベルタとアランはそれぞれ煩い、と耳を塞ぐ。

 そのなかでレベッカは、とある疑問に首を傾げる。

「お詳しいんですね、リベリアさん」
「ええ。新部隊が依頼の仕組みに慣れるよう、手を貸すのが私達の仕事でもあるのです」

 だから比較的簡単な依頼だったのか……まあ、そこから戦いに発展してしまったわけだが。

「早速ですが、本題へと移らせていただきます」
「ほ、本題……?」

 急にリベリアの空気が変わり、何だろうと構える。

「皆さんは『究極融合』というものをご存知ですか?」
「『究極融合』……ですか?」

 ありとあらゆる本の内容を暗記しているアランでさえ、『究極融合』とは何か知らないようだった。

 ブレイドが知らないのはもちろんのこと、レベッカもベルタも聞いたことが無いとお互いに顔を見合わせている。

「『究極融合』については、一部にしか知られていませんので、知らないのも無理はありません」

何故聞いた。

 四人の心の声が密かに合わさった。

 一応聞いてみました、とリベリアは微笑むと、『究極融合』について説明する。

「『究極融合』とは、私達に宿る秘められし力を解放する儀式を指します。無事に成功すれば、『究極進化』と呼ばれる力を手にすることが出来るのです」

 また新しく登場した単語に疑問符が浮かぶ。四人の反応に、リベリアはコホンとわざとらしく咳払いすると。

「早い話が、今よりも強い力が手に入る試練に挑戦してみませんか、という話です」

 話が理解できず膠着する四人だったが、やがて現実へと帰ってきては。

「そ、そんな一部にしか知られていないような試練を私達が受けていいんですか!?」
「皆さんの実力は私が保証します。試練も、皆さんなら乗り越えられるはずです」
「その試練の内容って……」
「内容は人それぞれで異なりますが、多くは『究極進化』を果たした自分との戦い。一対一の場合もあれば、一対三の場合もあります」

 リベリアは淡々と質問に答えると、コーヒーで喉を潤した。

「試練で敗北しても死ぬことはありません。ですが、死にも“似た”痛みに襲われます。その痛みに、過去打ちのめされる戦士達も少なくなかったそうです。……それでも」
「それでも。俺は受けたい」

 ブレイドの言葉に、他の三人も覚悟を決めて頷く。

「……分かりました」

 リベリアは一度瞼を閉じ、開ける。

「では、準備が出来次第書庫へ」
「ここでやらないのですか?」
「『究極融合』に必要な禁書は持ち出し厳禁なので」

 禁書、と聞いて苦い記憶が蘇る。リベリアは知ってか知らずかコーヒーをまた一口。


「あっ、リベリアさん。朝ごはん食べますか?」
「お言葉に甘えさせていただいても?」
「もちろんです。少し待っていてくださいね」
「お気遣いありがとうございます、レベッカさん」
「大丈夫ですよ。作るのはアランなので」
「……え」


 リベリアを含めた五人で朝食を済ませたのち、『英知の書庫』へ出発した。


〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜


 はじまりの地、『英知の書庫』。

「こちらです」

 裏口から入り、リベリアの案内で地下へ。いつだったか、奇襲を仕掛けたときには通らなかった道を歩く。見た目以上に中は複雑そうだ。

 辿り着いた先に佇む扉を開け、チラッと振り向きながら声をかけるリベリアに続き部屋の中へ。この部屋にも大量の本が保管されており、一体何冊あるんだと問いたくなる。答えられても頭が痛くなるだけだろうが。

「ここでお待ち下さい」

 部屋の中心でリベリアは四人を待たせると一人奥に進む。部屋の入り口から一番離れた奥にあったのは、何重にも魔力で封印された結界。リベリアが手を触れると、全ての封印と結界は解かれ、一冊の本がリベリアの手元に。

 再び四人の元に戻り、自身の目の前に本を浮かべる。

「では、『究極融合』の試練を始めます。心の準備は宜しいですか?」


 彼の者は自身が背負う使命の為に。
 彼の者は遠き日に救われたあの人の為に。
 彼の者は遥か先で待つ兄と肩を並べる為に。
 彼の者は奪われた家族をこの手で取り返す為に。


「──覚悟は決まったようですね」

 リベリアは一人でに開いた本の頁に手を翳し、唱える。


 我願いしは力の昇華。
 我挑みしは神の偉業。
 声に応え、姿を現せ。
 彼方の光へ通ずる扉よ。



 光り輝く頁、四人の足元にそれぞれ浮かび上がる魔法陣。そして、本の中から四つの光が飛び出すと、陣から伸びる一本の筋と交わり、一枚の扉を形成する。

「その先で待ち構える自分自身との戦いに勝利し、現れる本を手に戻ってきてください」

 扉の数は計四つ。足元に浮かぶ魔法陣が、入るべき扉を示している。

「健闘を祈ります」

 その言葉を合図に、四人は扉の向こうへ一斉に走り出した。





 止めどなく溶岩を噴き出す火山に囲まれた空間。

 火のエレメントを保有するレベッカにとって、熱さは些細な問題でしかなかった。

 “バーストキャノン”を片手に進むこと数分、その姿を見つけた。

『ワタシは更なる高みを目指す。すまないが強力してもらうぞ』

 自身と瓜二つの姿をした彼女は、そう言って“バーストキャノン”を構える。

 レベッカはすっ、と目の色を変えると。

「それはワタシだって同じだ。更なる高みを、更なる強さを手にするため、ワタシは“ワタシ”を焼き払う!」

 と、“バーストキャノン”の先端を突き付ける。

 暫しの睨み合い後、二人は同時に火のエレメントをぶつけ合う。





『光よ! 集え!!』

 声に応え、男の体を光のエレメントが包み込む。

 やがて光が晴れると、見た目も纏うオーラもガラリと変化した自分が居た。

「すごい……」

 アランは『究極進化』を果たした自分自身の姿に驚き、同時に確信した。


 この力さえあれば、自分はまた一歩“あの人”に近づくことが出来ると──。


 相手は師匠と、宿敵で兄弟弟子、そして自分。三対一という非常に不利な状況だったが、アランの戦意は高揚していた。

 “閃光剣”を一振り、柄に両手を添え、固く握り締める。

「行くぞ」

 この戦いは、自身が歩むべき道の通過点でしかない。

 が、決して無駄にしてはいけないのだ。

 誰よりも早く、辿り着くためにも。





『久しいな、ベルタよ。この兄が手を貸してやろう』

 氷山の一角。溶けも、滑りもしない不思議な氷で作られたステージの上。待ち構えていたのは、自分と兄だった。

 羨ましい、と目の前で繰り広げられるやり取りに、“アブソリュートグレイシス“を握る力が強くなる。

 きっとこれは、何処か別次元の兄妹の様子なのだ。もしかしたら自分達にもあったかもしれない……イフの世界。

 顔を上げろ。前を見ろ。

 俯き気味だった自身に言い、前を見つめる。

 “究極融合この力”を手に入れたとして、力の差があり過ぎる兄に敵うかは分からない。手に入れてもなお、肩を並べることは難しいかもしれない。

 けれど……。

 そのための道を切り拓くことが出来るなら。

「私は何度でも、その痛みに耐えて見せる!」





〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜


「……」

 『究極融合の書』から溢れる光粒。天井に伸びる光の柱を見上げ、リベリアは四つの扉に視線を移した。


 本来、『究極融合』の試練を受けられるのは一握りの戦士のみ。アリーナで好成績を上げたり、偉業を成し遂げた者に与えられる特別な力。その試練を、名も知られていない新人部隊に受けさせたのはリベリアの独断であり、彼女が抱く一縷の希望だった。

 この大陸に蠢く闇に対抗するために。


 考えに耽っていると、四つの扉の内の三つが開かれる。レベッカ、ベルタ、アランの扉だ。中から三人が出て来ると、役目を終えた扉は消滅。

「二人とも無事だったか」
「当たり前だ」
「本もちゃんと手に入れたしね」

 アラン、ベルタ、レベッカの三人がお互いを讃えあう中。リベリアが本と共に歩み寄る。

「お疲れ様です、皆さん。本も忘れずに持って来ていただいたようですね」
「はい。それで……この本は?」
「それは一人一人に与えられている『究極融合』を行うための本。その本を使えば、無事成功となります」

 何の変哲もない本を不思議そうに見つめる三人に、リベリアはクスッと小さく笑い、三人が手にした本を一度預かる。

「……そういえば、ブレイドがいないな」
「彼ならまだ出て来ていませんよ」
「迷子になってるんじゃない?」
「まさかそんな事は……」

 ありそうだから困る。

 無いとは言えず、途中で口を閉ざすベルタ。リベリアは「一本道なのですがね……」と苦笑混じりに答える。

「先にする事も出来ますが、どうしますか?」
「……いや、アイツ来るの待ってます」

 アランの言葉に同意するように二人も頷く。分かりました、とリベリアも同意した。

「ところで、『英知の書庫』ってどのぐらいの本が保管されているのですか?」
「そうですね……常に増えたり減ったりしているので正確には……」
「増えたり……減ったり?」


 パァンッ!!!


 突如として空間に響き渡る音。音を立てて床に落ちる『究極融合の書』。

 何が起こったんだ、と理解するより前に、アランは反射的に『究極融合の書』に手を伸ばしていた。

 その判断は正しく、アランとは別の手が触れる前に『究極融合の書』を回収。懐に抱えながら、一回転して体勢を整えた。が、黒衣の人物は、それより早くアランに向けて刃を振り落とした。

「【リバイバルブック】!」

 魔本から放たれるページの形をしたナイフ。
 攻撃を中断し、飛び退いた先で同じく黒衣を纏うもう一人と合流する。

「ここは関係者以外立ち入り禁止ですよ。立ち去りなさい」
『……それは出来ない』

 低い男のような声が告げる。

『その本を、奪うまでは』

 聞くまでもなく彼らの狙いは『究極融合の書』。絶対に離すもんか、とアランは本を持つ腕に力を入れた。

「……!」

 ハッ、としたリベリアが振り返ったのは、その直後の話だった。

 目にしたのは、ブレイドが入って行った扉が消えていく光景。


「アランさん! 私にその本を渡して下さい!!」


 リベリアが叫ぶも、時既に遅く。


 扉は、ブレイドを中に残したまま。


 完全に消滅してしまった。

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