Five Elemental Story

8話 念願の再会
 はじまりの地、ミラージュ・タワー前駅。
 時刻は10時前。『英知の書庫』での激戦から一夜明けた今日。四人の冒険者達は休みを取り、ベルタの兄に会いに行くため、はじまりの地にしか無い電車を利用して向かう事に。

 アリーナに次ぐ敷地を持つ駅構内を進み、1番線へ。目的地である『北区エリア行き』の電車に乗り込む。

 電車に揺られる事数分。駅に到着。改札を抜け、『闇黒騎士団』の拠点にベルタの案内で向かう。

「見えて来たぞ」

 前方に聳える建物に目を向ける。
 想像していたものより遥かに大きく、凄いなと本心が漏れる。

「俺達の拠点は何であんなにボロいんだよ」
「余ってたのがアレだけだったんだろ。……そう思え」
「ある程度依頼をこなせば移動出来るわよ。それまで我慢しましょ」
「言いたい放題だな。と言うか、我慢するより住みやすいようにした方が良いと思うのだが……」
「んー、確かにそうよね。今度の休みに掃除でもしましょうか」
「俺パス」
「アラン。こいつ縛っておけ」
「よし来た」
「『よし来た』じゃねーよ」

 短いようで長い道のりを進み、やっと入り口が見えて来た。入り口に立つ警備員らしき男……の隣に二人組の男女。

「良く来たな。レベッカ」
「あら、寝坊しないで来れたのね」

 男、テラと、女、ミリアムの二人が彼らを出迎える。
 久しぶりと微笑むレベッカ、うるさいと悪態をつくブレイドを含めた四人と合流。警備員と軽く挨拶を交わして中へ連れて行く。

「あの……バラバス兄さんは……」
「バラバスはまだ帰って来ていないんだ」
「もしかしたらフラーって帰って来るかもだから、中で待ってなさいよ」
「ありがとうございます……」

 居ないと聞き、ベルタのトーンが落ちる。

「ね、バラバスって貴女の前ではどんな感じ?」
「兄さんですか?」

 「ワタシも気になる!」と片手を上げたレベッカ以外にも、その場にいた(ブレイドを除く)全員が興味深そうに視線を向ける。

「そうですね……兄さんは、まるで父のように私を育ててくれました。幼い頃、食事も満足に取れない環境の中で、兄は自分の分を私に分けてくれました。外で戦ってる兄は、家に居るだけの私よりお腹が空いているはずなのに……。申し訳ないと思うと同時に、嬉しくて……。でも兄さんは……、⁉︎」

 ワンテンポ遅れて驚愕する。
 ベルタの過去話に涙腺がやられたのか、テラを除く四人が涙を流していた。

「良い話っ……」
「泣かせに来やがって……」
「くぁwせdrftgyふじこlp……」
「何言ってるかわからねぇよ……」

「えっと……」
「……まあ、バラバスが妹想いだって言うのは分かったな。だが……どうして姿を消したのか、ますます不思議だ……」
「理由は私にも……だから、私は兄さんと会って……」
「……? 会って、どうするんだ?」
「……なんでもないです」

 ベルタは、何かを言いかけてやめた。

「でも、バラバスが他人に甘いとこなんて見たことないな。あまり顔を合わせないのもあるかもしれないが」
拠点ここにも帰って来ないのですか?」
「ああ。殆ど外で活動してる。バラバスのことはよく知らないんだ。悪いな」
「いえ、ご協力頂きありがとうございます」

 丁寧に頭を下げ、礼を述べる。
 ようやく泣き止んだ外野達は『何が起こったんだ⁇』と目を丸くした。


「【暗黒閃光剣】‼︎」


 ──刹那。一同が居た空間の壁が壊され、大剣を軽々しく手にした男が入って来た。

「ここであったが100年目ッ‼︎」

「……誰?」
「闇黒騎士隊所属、“暗黒のダークナイト”で有名なアイザックさんよ」
「ああ、成る程……」


「“さん”なんて敬称付けなくていいぞ」
「えっ何聞こえてたん?」
アラン‼︎ テメェ俺のこと無視しやがって!」
「ああ……『100年も生きてないクセになに言ってんだオマエ。出直せ』ってツッコむの忘れてた」
「イキがってるだけの坊主がなにをエラそーに。どうせ泣きベソでもかいてんだろ」
「あ?」

 そういえば兄弟弟子がいるって話してたなと二人を見るも、普段(多分)煽らないアランが煽っていたり、険悪なムードに仲は宜しくないんだなと頷く。

「何一人で頷いてるのよ。気味悪いわ」
「気味悪いは余計だ。仲悪いんだなって」
「え? 仲良いでしょ。どう見ても」
「どう見ても仲悪いだろ。拳で語り合うとかじゃねぇんだから」
「ふーん。あ、ちょっとちょっと。アイザックはバラバスの事何か知ってる?」

 あの中に割って入りやがったとある意味尊敬。
 呼ばれたアイザックはキョトンとすると。

「“バラバス”って誰だ?」

 は? と素が出る。

「同じ部隊に居るでしょ?」
「いたっけ」

 ダメだコイツと無表情に切り替わる。

「バラバスとは滅多に会わないから忘れちゃったのね……」
「人のことは坊主坊主言ってるくせに記憶力は坊主以下なんだな」
「ああ⁇」

 再び睨み合う二人。心なしか、二人の闘気で地面が揺れているように感じた。

「ねぇ、テラ。エステラはいつ帰って来る?」
「もうそろそろじゃ──」


「【閃光剣・双】!」


「ほら帰ってきた」
「壁にまた穴が空いてますけど……」
「アランとアイザックさん……生きてる?」

 壁に増えた二つの穴ぼこ。床に転がるアラン死体その1アイザック死体その2

「ガキみたいに喧嘩して迷惑かけるんじゃないよ! バカ弟子共!」
「いや壁壊してるのはお……んぐっ」
「シッ‼︎ 命が惜しければ黙っときなさい」

 大剣をしまうと、エステラは他の五人の元に。

「……もしかしてバラバスの妹?」
「!」

 ベルタを見ながらそう訊ねてきたエステラに、戸惑いながらも返事する。

「やっぱりな。バラバスに何処となく似てる」

 頬に手を当てながらそうかなと嬉しくなる。

「……で、アンタがブレイドでそっちがテラの親戚?」
「そ、そうです」
「何で俺の名前知ってるんだ?」
「知ってるも何も、ミリアムが書いた募集用紙を出したのはこのアタシだからな」
「……」
「何だ。着痩せするタイプなのか? 書類に書いてあった体重だとは思えないな」
「⁇」
「だって⬛︎⬛︎⬛︎ピーーkgだろ?」
はあ!?!? そんなにねぇよ‼︎ ふざけんなミリアム‼︎」
「なんの話かしら〜」

 とぼけるミリアムとブレイドの絡みはさておき。

「バラバスに会いに来たのだろう?」
「はい」
「バラバスならさっき……」

 言葉が途中で途切れる。
 エステラの背後から現れた人物に、ベルタは数年振りに兄と呼ぶ。


「兄さん……」


〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜


「……」
「……」

 沈黙がベルタの体に見えざる刃となって突き刺さる。
 つい先程まで騒いでいた彼らも、雰囲気に呑まれて口を閉ざしてしまっていた。
 それがベルタにとっては痛く、喉から声が出てこない。

「……エステラ。どうして妹がここに居る」

 久しぶりに聞いたバラバスの声は氷のように冷たく、胸を痛みつける。
 名指しされたエステラはため息を一つ漏らすと、体はベルタの方に、顔だけバラバスの方に向けた。

「アンタに会いに来たんだよ。部隊のメンバーと一緒にね」
「部隊……? 戦士になったのか?」

 幾らか膠着状態が緩み、ベルタは一歩二歩と前に出ると声を振り絞る。

「そうです。私は兄さんを追いに……兄さんと、話がしたくて」
「私には無い。戦士もすぐにやめろ。お前には向いていない」

 鋭い眼光がベルタの感情を根こそぎ焼き払う。
 立ち尽くす妹から背を向け、離れていくバラバスに「待ちな」と凛とした声が届く。

「今の発言気に入らないね。相手の能力を履き違える程、堕ちたわけじゃないだろう?」
「……」
「“向いているか”“向いてないか”、実際に戦って判断してみたらどうだ? そこで挫けたらそこまでだ」

 突然の提案にベルタもバラバスも驚く。

「……お願いします、兄さん。私と戦って下さい」

 瞳に宿し決意に、一瞬だけベルタに視線を向けたバラバスも頷く。

「……分かった」


〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜


 ベルタとバラバスを含めた全員が外にある訓練場に到着。ベルタとバラバスは互いに向き合って立ち、他の者は勝負の行く末を少し離れた場所から見守る。

「相手の命を奪うのは禁止。勝敗はこっちの判断か、降参した方が負けってことでいいな」
「はい」
「……」
「二人とも了承だな。では、構え。」

 内容は真剣勝負。愛用の斧をそれぞれ構えた。

「胸をお借りします。兄さん」
「始めッ!」

 兄と妹による試合が始まりを告げる。
 先陣を切ったのはベルタ。

「【グレイトアイスバーグ】!」

 実の兄バラバスの戦いを見るのは幼い頃以来。今も記憶の片鱗として覚えてはいるが、情報量は無いに等しい。
 そんなベルタが始めに取ったのは、バラバスに攻撃しながら自身に結界を張る防御体勢だった。

 地面を急速に凍らせながら迫る氷の塊を前に、バラバスは斧の先端を下に向け、叩きつける。

「【アイスバーグクラッシュ】」

 ひと回り、ふた回りも大きい氷河がベルタが作り出した氷の塊とぶつかり合う。

「くっ……」

 バラバスの魔力に負け、氷の塊と結界が同時に打ち破られる。削りきれず、一直線に向かって来る氷河を横に飛んで回避する。

 単純な魔力の押し合いでは勝てないと判断し、斧を構えなおし天高く飛翔する。

「ハアァァァァァァ‼︎‼︎」

 空中で斧の先端を下に向け、氷と共にバラバスへ。バラバスは焦ることなく斧の先端を上に向けると、氷河の壁を作り出す。

 再びぶつかり合う二人。氷河の上に着地したベルタは、何度も何度も斧を叩きつけるもヒビすら入らない。

「諦めろ。お前は私に勝てない。それを理解できないわけではないだろう」

 氷河に接している足が凍っていき、鋭い痛みに顔が歪む。
 無理やり氷を砕くと地面に降りるも、足が凍った影響で着地出来ず膝をつく。

「……話にもならんな」

 まともに動けないベルタを、これ以上戦わせるのは危険だと判断。離れた場所から見守っていたエステラは一息漏らすと、中断しようと片手を──。

「レベッカ?」

 一同から離れるレベッカ。レベッカは真っ直ぐとベルタの元に向かうと、両膝をついて氷を温かい熱で溶かしていく。
 レベッカの乱入にバラバスは何も言わず、ベルタはどうしてと言いたげにレベッカを見つめた。

「無理よ、ベルタ。勝てるわけない」
「レベッカ……」
「だってそうでしょう? ワタシ達、まだ駆け出しの冒険者なのよ。まだ全然経験もしてない。……昨日の戦いだって、リベリアさんが正気に戻らなかったら勝てなかった」
「そう……だな……」

 バラバスとの力の差。レベッカの言葉。
 冷たくて、暗くて、深い氷河の海に、心が溺れたようだ。

「……でも」

 レベッカの言葉には続きがあった。

「ワタシも、一人じゃなにも出来ない。ベルタがワタシを助けてくれて、アランが悪魔を倒して、ブレイドが本を見つけなかったら……きっと無理だった。ううん。それ以前に、ベルタが疑わなかったら、アランが対魔の本を読んでいなかったら、ブレイドが異変に気付いていなかったら、何も成立していなかった。ワタシ達、今は半人前にも満たないかもしれないけど、集まったらスゴい力が出せるんだよ。だから、一緒に戦おう?」
「……!」

 ベルタとレベッカの前に並ぶ二つの影。

「足引っ張るなよ、アラン」
「オマエこそ出過ぎるなよ」

 刀と剣を構える両名に、視線を変えないままエステラの名を呼ぶ。

「乱入してはいけないというルールは無いからな。反則ではないぞ」

 面白おかしく笑っている様子が目に浮かぶ。
 バラバスは呆れたように目を細めると、斧を構え直す。





ビッー‼︎ ビッー‼︎

『⁉︎』





 突如として鳴り響く警報。
 続けて、建物全体にアナウンスが流れる。

『騎士隊員に告ぐ、夕闇の地にてモンスターが出現。総員、出動せよ。繰り返す──』
「あーあ、良いとこだったのに残念」
「全く、空気読めよな」
「モンスター相手に何を言ってるんだ」
「試合途中なのにすまない。バラバス、行くぞ」

 予期せぬ形で試合は中断を余儀なくされた。
 バラバス以外の四人が出動準備に向かう中、バラバスは懐から小瓶を取り出すとアランに向けて投げた。
 アランが小瓶を受け取ったのを確認すると、出動準備に向かうため背を向けた。

「……次に相見えたときは、容赦しない。覚悟しておけ」
「はい! ……お気をつけて、兄さん」

 立ち去るバラバスが小さく頷いたのを、誰も見逃しはしなかった。


「……また会おう。ベルタ」


〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜


 はじまりの地、上空。
 五体の竜が、翼をはためかせて飛び立つ。

「全員いるな?」

 愛竜の背に跨がるエステラが声をかける。

「全員いる状態で出たじゃねえか」
「念のためだ。目的地は夕闇の地だな」

 遠くに見える夕闇の地を眺めながら、ミリアムはあーあと残念そうに呟いた。

「ホント、タイミング悪すぎよねー。嫌になっちゃうわ」
「俺だったら無視してぶっ飛ばすな」
「命令違反は処罰の対象だぞ」
「しかしあの……レベッカ? の言葉は深いものだったな。なあ、バラバス」
「任務に集中しろ」
「あ、ちゃんと妹に回復薬は渡したのだろうな?」
「渡した。いい加減口を閉じろ、エステラ。……なんだ」

 何故かほんわかしている雰囲気に戸惑う。

「いや別に。ホラ、集中しろバラバス」
「……」

 お前がなと言いたげに目を細める。

「(『お気をつけて』か。……まだそのような言葉をかけてくれるとは、な……)」

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