外伝まとめ
これは、いずれ訪れる未来で起こり得る可能性の一片──……。
はじまりの地。
それは、エレメンタル大陸で唯一地属性が存在しない地域を指す。ここでは異なるエレメントを持つ者、異なる種族に属する者達が、互いに力を合わせて日々を生きている。
そんな人々で賑わう繁華街から離れた場所。ひっそりと隠れるように佇む館があった。
特殊部隊──『ナンバーズ』の拠点である。
「はぁ……」
机に両肘を付け、頬に手を添えながら溜め息。
『ナンバーズ』に所属する“ドライ・クロイツ”こと“トロワ”は、何やら考え込んでいる様子。かれこれ何分も、眉間に皺が寄ったままだ。
「トロワさん。そんなに溜め息を洩らしていたら幸せが逃げちゃいますよ?」
と、“フィーア・クロイツ”こと“テトラ”が、皺が寄ったままの眉間を軽く突く。テトラの登場にも気付いていなかったトロワは、目を丸くして肩を跳ね上がらせる。
「テトラっ、いつからそこに……」
「えーっと……五分ぐらい前からですかね。何やら考えているようでしたので様子を見てました」
「ごめんなさい、気付かなくて」
テトラは笑っていえいえと首を横に振る。
「それで、トロワさん。わたしで良ければお話聞きますよ?」
「……そうね。このまま考えていても思い付かないかも。テトラの意見を聞かせてくれないかしら?」
「意見……?」
トロワは自身の隣の椅子を引き、座るように促す。テトラが椅子に腰を下ろすと、トロワは事情を語り始めた。
「実は、今度私がお世話になっている教会で催しをやるの。教会で暮らす、子供達の為に」
教会で暮らす子供達……つまり、孤児達のことだろう。テトラは少しだけ胸が痛んだ。
「それで、私にも催しの案を出して欲しいと頼まれていて……良い案が思いつかなくて悩んでいたの」
「なるほどです。であれば、わたしも一緒も考えます!」
トロワはありがとうとはにかんだ。テトラとは結成当時から仲が良い。こうやって笑顔で応えてくれるのは純粋に嬉しいものだ。
「あ、参考程度に、他にはなにをやるか教えて頂けますか?」
「そうね……。他は綿あめとかたこ焼きとか、屋台で出るような食べ物を出すみたいね。だから、食べ物関連じゃないのを考えた方が良いかもしれないわ」
うーん、と唸り声が重なる。
「食べ物関連以外となると……劇とかですけど……」
「劇……それだわ!」
立ち上がるトロワにテトラは少し仰け反った。
「な、なにか浮かびました……?」
「ええ! 今から劇……は難しいかもしれないけれど、“彼”ならきっと出来るはず!」
善は急げね、と歩き出すトロワに、テトラは待ってくださ〜いっと後を追った。
部屋は、その人物の個性が出るというのは有名な話だろう。個性豊かなナンバーズそれぞれの個室でも、シンプルだったり華やかなだったりとまちまちだ。
その一人、“フンフ・クロイツ”こと“ベッシュ”の部屋は黒で統一されている。そう書けば聞こえはいいが、彼の部屋は昼間でも夜でも真っ暗。極限まで光を通さないよう工夫されているのだ。どうして光を嫌うのか。それは、彼が極度の人間不信なのと引きこもりなのに関係している。
「……よし、と」
最低限の灯りに照らされたベッシュは、工具を床に置き、代わりに木の人形を持ち上げた。どうやら人形の整備をしていたらしい。“べべ”と名付けた人形の顔を優しく撫でると、小さく笑みが溢れる。
コンコン。
『ベッシュ。少しいいかしら』
ベッシュは一度扉に目を向けるも、視線を戻し無視。
『聞こえてますかー? ベッシュさーん』
『……今日も返事ないわね』
落胆するように洩らすトロワの声。今日も、と言う言葉から分かるように、ほぼ毎日二人はベッシュの部屋に訪れては声を掛け続けている。一応食事の席では顔を合わせているが、そそくさと部屋に戻ってしまうのでまともに話したことはない。
そろそろ帰るなと思っていたベッシュだったが……何故か二人は諦めようとしない。
『待ち伏せしましょう! 扉は一つですし、逃げ場はないはずです!』
『そう言って前に待ち伏せしてたら見事に逃げられたわよね』
『そうでした……。あ、』
『どうしたの?』
嫌な予感を察知。
『トロワさん。ここはわたしに任せてください』
『え?』
『わたしが扉を破壊します』
『ええっ!?』
ベッシュは急いで立ち上がると、扉へ。
「お叱りを受けるのはわたしだけでいいです! なので、トロワさんは離れていてください!」
「そこまでしなくともっ」
「いいえ、やります。わたし、本気ですから!」
あろうことかテトラは自身の武器“ソウルブランド”を召喚し、剣先を扉に向けて構える。トロワの制止する声も届かず、テトラは剣を大きく振りかぶり──。
ガチャ。
部屋の内側から開かれる扉。何か言いたげなベッシュの登場に、テトラもトロワも驚きのあまり膠着。すぐにトロワは膠着状態を解くと、テトラに武器を戻してと指示。テトラは慌てて武器を戻す。
「……」
「あ、あの、急にごめんなさい。実はベッシュにお願いしたいことがあったの」
「お願い……?」
怪訝そうにトロワを見つめるベッシュ。話を聞く気はあるようだ。トロワは内心ホッとするも続けて。
「ええ。今度、教会で暮らす子供達に向けて催しをやるの。そこで人形劇を披露してくれないかしら。もちろん私も参加するけど、絡繰師である貴方も手伝ってくれると嬉しいわ」
そう微笑みながら、ベッシュに向けて手を差し伸べる。
対してベッシュは差し伸べられた手を──パンッと弾いた。
「君の綺麗事に僕を巻き込むのはやめてくれ。僕は自分の事でいっぱいいっぱいなんだよ。他人と馴れ合う必要もする気もない」
ベッシュは踵を返し、パタンと扉を閉める。
「ベッシュさん! トロワさんは……」
「いいの」
片手で制止するトロワに、テトラは渋々身を引いた。トロワは胸元を握りしめながら、一歩前へ。扉の先にいるであろうベッシュに謝る。
「ごめんなさい。貴方の気持ちを考えずに先走ってしまったわ。……本当にごめんなさい」
ベッシュからの返事はない。
トロワは“作り”笑顔を浮かべると、テトラに行きましょうと声を掛けて扉から離れた。
「……」
ベッシュは暗い暗い部屋の中。扉に背を預け、足音が遠のくのを聞いていた。
同時刻──館の別の場所では、二人のナンバーズが楽しく(?)交流していた。
「お爺、わらわが肩を揉んであげるのじゃ」
“ズィーベン・クロイツ”こと“ナナ”は揶揄うような笑みを浮かべ。
「ナナ。僕のことを年寄り扱いするのはやめなさい」
ナンバーズのリーダーでもある“ヌル・クロイツ”こと“ゼロ”は優雅に紅茶を愉しみながら注意して。
「なんじゃ。せっかくわらわが肩を揉んであげると申しておるのに。仕方ないのう、今回だけじゃぞ」
ナナはゼロが座る椅子の背面に回ると、両肩に手を添えて揉んでいく。溢したらいけないとゼロはカップを戻し、甘んじて肩揉みを受け入れた。
「えらくかったいのう、おぬし」
「ふふ、頑張っている証拠だよ」
「ふむ。年寄りの証じゃな!」
「やめなさい」
「ゼロ君。ここにいたの」
静かに入り口から入って来たのは“ツェーン・クロイツ”こと“アシャラ”。微笑ましい光景に、指を口元に添えくすくすと。
「良かったわね、ゼロ君。もし良かったらワタシにも手伝わせてくれないかしら」
「お気持ちだけで」
「あら残念」
「アシャラ。お爺を探していたようだがどうかしたのじゃ?」
ナナは一度手を止めると、小首を傾げて。
「あまり干渉しない方がいいと思ったのだけれど、ゼロ君には話しておいた方がいいでしょう。ナナも聞きたいなら居ていいわ」
「なら遠慮なく」
「アシャラ。始めて」
「ええ。偶然聞いてしまったのだけど……」
アシャラの口から語られたのは、ベッシュとトロワ(とテトラ)の会話。ベッシュが部屋から出て来た後の会話を、アシャラは偶然にも耳に入れてしまっていた。
話が終わると、ゼロは神妙な趣で長考。ナナは呆れたようにも取れる表情を浮かべていた。
「わざわざベッシュに頼まなくともいい話じゃろうに。あの陰湿引きこもりの自由にさせればよいじゃろ」
「ナナ。そういう言い方は良くないよ」
「分かってるのじゃ」
ゼロは申し訳なさそうに眉を顰めながら。
「すまないね、アシャラ。わざわざ話してくれてありがとう」
「部隊の士気に関わる話だもの。でも、どうするの。ゼロ君」
「ベッシュの方は僕が話をしよう。トロワは……テトラも傍に居るからね。きっと立ち直る」
ゼロは少し冷めてしまった紅茶を飲み干した。
「そうね。頑張って、おとうさん」
「僕はベッシュの父親でも代わりでもないよ」
「そうじゃ。おとうさんじゃなく、おじいさんなのじゃ」
「あら、そうよね。可愛らしいおじいさんだもの、ゼロ君は」
「大人を揶揄うんじゃありません」
「「はーい」」
*
その日、ベッシュは珍しく昼食の席に姿を現さなかった。明らかにトロワとのことが原因だろう。この様子では夕食も食べないつもりだな。
ゼロは本来の夕食時間より少し前に、自分とベッシュの二人分を分けてもらいベッシュの部屋へ。
「ベッシュ、僕だよ。開けてくれるかな?」
少しして、扉が僅かに開かれた。隙間から垣間見えたのは、ベッシュの気まずそうな表情。ゼロは柔らかく微笑んで。
「一緒に食べよう」
「……ゼロ」
「ん?」
「どうして僕の分はこんなに多いの」
本日のメニューは和食。ホカホカと湯気が立つ暖かいご飯はこれでもかと盛られ、他のメニューも普段の約二倍。ゼロの分を見れば、明らかに多いのは分かる。
「君は昼食を食べていないからお腹が空いているだろうと思ってね。多くしてもらえるように頼んだのさ」
「確かに空いてはいるけどこんなには……」
「食べれるときに食べておいた方がいいよ」
仕方ないと諦め、ご飯を一口。二人は黙々と、淡々に食べ進めていき……やがて完食。
「お疲れ様、ベッシュ。全部食べ切ったね」
パンパンに膨れるお腹を抑えるベッシュに、ゼロは水を。ベッシュは受け取ると、三口ほどで飲み干す。
「……落ち着いた?」
「な、なんとか……」
そう返すも、うっと口元を抑える辺り大丈夫ではなさそうだ。ゼロは新しく注ぎ足した水を差し出し、ベッシュはゆっくりと飲み込んでいく。ようやく落ち着いたベッシュは、長く息を吐いた。
「今度こそ落ち着いたかな。ごめんね、無理に食べさせて」
「別にいいよ。……それで、僕に用があったんでしょ」
何の用かは大抵分かる。トロワ関係に違いない。
ゼロはそうだね、と返して話し始める。
「ベッシュ。僕は驚いたんだ。アシャラから君達に何があったのかを聞いたときにね」
説教とも違う言葉に、ベッシュは疑問符を頭に浮かべる。ゼロは小さく笑うと続けて。
「どうして君が部屋から出て来たのかは知らないけれど、トロワの話を聞こうとした君に驚いた。前なら、絶対に話を聞かなかったと思うしね」
「……」
扉を壊されそうになった。というのもあるが、そんなのはフェイクの可能性もあったし、出たとしてもすぐに閉めれば良い。だが、あの時ベッシュはトロワの話を聞こうとした。ゼロ以外、面と向かって話すのが嫌いな自分が。
「だから君の気持ちを聞きたくなったんだ。ベッシュがどうしたいのか、をね」
「僕は……」
「明日の朝に答えを聞くよ。ゆっくり考えてみて。また一緒に食べよう」
ゼロは二人分の食器を手に扉の先へ。
「おやすみなさい、ベッシュ。いい夢を」
「……おやすみ」
──とは言ったものの。
ベッシュはどうしてか落ち着かなかった。普段なら寝ている時間になっても目が冴えてしまい、寝付けないまま時間が過ぎ去る。やがて、少しずつ渇いてきた喉を潤そうと思い立ち、日付が変わる頃に部屋の外へ。誰にもすれ違うこともなく、ベッシュは目的を達成。部屋に続く廊下を歩いていた、その時。
「おや、ベッシュさん。こんばんは」
ふふ、と妖艶に弧を描く口元が月の光に照らされる。
不運にも、偶然にも出くわしたのは“ツヴァイ・クロイツ”こと“アール”だった。
「ベッシュさんはどうしてこちらへ?」
「……」
「私は月を見ながらお散歩をしておりました」
興味ないと言いたげにベッシュはアールに背を向け歩き出す。アールは気にすることなく、数歩後ろに続く。
「……付いて来ないでよ」
「此方がお散歩ルートなので」
「……」
何を言っても無駄だと察し、少しだけ歩くスピードを上げる。アールも合わせるように速度を速めるも、話しかけることはなかった。
安心というか不気味というか……。
「あっ」
その途中。突然アールは小さく声を上げると、ベッシュから離れて何処へと歩き去った。これで心置きなく戻れると思うも、何故か気になってしまいアールを追う。
姿を見失ってしまったが、すぐに見つけることが出来た。
アールが居たのは書庫。この時間帯は消えているはずの灯りが、一部だけ付いていた。僅かに漏れていた光に気づき、消しに行ったのかもしれない。
ベッシュは書庫に足を踏み入れると、アールの他に見覚えのある後ろ姿を見つけてしまう。
「ベッシュさん、どうかしましたか?」
寄ってきたベッシュに、アールは声を潜めて問いかける。アールの手にはブランケットが一枚。視線を横に移すと、穏やかに眠るトロワの姿が。机の上には、読んでいたであろう本が積み重なり、色鉛筆が転がっている。
「あっ、とか言うからなにがあったのかと……」
「ああ、すみません。消し忘れかと思ったので……」
と、アールは起こさぬようにそっと肩にブランケットを掛ける。トロワは一瞬身じろぐも、すぐに夢の中に舞い戻って。
「トロワさん、人形劇をやるそうですよ」
「えっ」
「どの内容にするか決まったようですね。人形に着せる衣装のデザインまで終わっていますし」
脳内に過ぎるのは断った自分に対する当て付けかと否定的な言葉。
アールは見透かしたように瞳を細める。
「テトラさんのご提案のようですよ。人形劇を通じて、貴方のことを知れたらと」
「……」
「ここで話していては起こしてしまいますね。戻りましょう」
書庫の灯りを消し、二人は密かに書庫を後にした。書庫から十分に離れた場所で、アールはベッシュと別のルートを進んだ。
「では、ベッシュさん。良い夢を」
別れ際にそう言い、ゼロにも似た微笑みを浮かべて歩き出す。
「……おやすみ」
ベッシュは静かにその背中を見送ると、自室へ戻っていった。
その夜。不思議とベッシュは良い睡眠に恵まれた。
*
「あっ、おはようございます。トロワさんっ」
「おはよう、テトラ」
翌日──。食堂に現れたトロワを、テトラは笑顔で迎えた。
「劇の内容決まりましたか?」
「ええ。内容も、人形の衣装もね」
「凄いです! でもトロワさん、無理は禁物ですよ? 眠れてないですよね?」
「つい夢中になってしまったの。……ところで、テトラはこれに見覚えはない?」
そうトロワは手にしていたブランケットを持ち上げた。
「いえ……。それがどうしました?」
「誰かが私に掛けてくれたみたいなの。お礼を言いたくて……」
「おはようございます。トロワさん、テトラさん」
食堂の入り口で話し込んでいた二人に、今しがた到着したアールは微笑みを浮かべながら挨拶を。おはようございますと二人も返して。
「おや? その毛布は……」
「もしかして……アール様が掛けてくださったのですか?」
「はい。遅くまでお疲れ様です。人形劇の方は順調ですか?」
「順調に進んでおります。それとありがとうございます、アール様」
「わざわざありがとうございます。それは書庫に置いてあったものなので、後ほど戻していただけますか?」
「もちろんです」
お願いしますね、とアールは二人の横を通り過ぎて席へ。入れ替わるように、“ノイン・クロイツ”こと“ノイン”が食堂へと。
「ノイン様おはようございます」
「ノインさん、おはようございますっ」
「ごきげんよう。お二方とも、朝から元気ですわね」
「朝は強い方なので!」
「あなたは朝から晩まで元気そうですわね。わたくしは朝は少し弱くて……」
眠気を噛み殺しているそうだ。会話を聞いていたトロワだったが、恐る恐るといった様子で話しかける。
「あ、あの、ノイン様」
「わたくしになにか?」
「はい。その……裁縫を教えてはいただけませんか? 私苦手で……」
トロワの言葉に、ノインは意外だと言いたげに目を丸くする。
「そうでしたの。でも安心なさって、わたくしが完璧に教えて差し上げますわ」
「ありがとうございます!」
断られるかもという不安はあったが、快く引き受けてくれたノインに頬が緩む。
「バルへにも声をかけてはどうかしら。裁縫モードとやらが搭載されているはずですわ」
「否。裁縫モードではなく、家事代行モードだ」
「聞いていたんですの」
“ツヴェルフ・クロイツ”こと“バルへ”は機械的な口調で淡々と返す。
「トロワ。自分の家事代行モードも力になるだろうか」
「ならないわけがありませんっ」
「肯定と判断。自分も力を貸そう」
「わ、わたしだってお手伝いしますよ!」
バルへとテトラに、トロワは嬉しそうに笑った。
「ベッシュ。君の答えは出たかな?」
ゼロとベッシュを除く一同が朝食を食べ始めた頃。昨日と同じように、ゼロはベッシュと二人だけで朝食を口にしていた。
食べ終わるや否や、ゼロは優しくベッシュに問いかける。
「僕は……」
その口から飛び出た答えに、ゼロは満足げに頷いた。
「じゃあ行こうか。トロワの元に」
「っ……」
緊張のあまり小刻みに震える手。
“アハト・クロイツ”こと“オイト”は、目の前に組み立てられた小さなステージを飾る最後の装飾を──無事に付けることが出来た。
「っはーー! マジ息止まるっす!」
「やったのだ! 完成したのだーー!」
両手を上げてピョンピョン跳ね上がるのは“エルフ・クロイツ”こと“エルバ”。オイトとエルバの二人も朝食後にトロワのお手伝いをしていた。
「あとはペンキで色を塗るだけなのだ! あたいのセンスに腰を抜かさぬように!」
「ちょっと待てっす!」
「どりゃあーーー!」
「……向こうは大丈夫ですかね。アイタッ」
「大丈夫?」
「ぎ、ギリギリ刺さってなかったみたいです……」
テトラは苦笑いを浮かべながら、針を刺した指を見せる。
「よそ見は厳禁ですわよ。っと、これでいかがかしら?」
「自分も完成した。確認を」
そうノインとバルへは布を縫い合わせた人形用の衣装を。トロワは瞳を輝かせると、凄いです! と声を上げて。
「ふふ、あなたのデザインが良かったからですわ」
「肯定。自分も同意見だ」
「ところであなたのその、家事代行モードとやらは便利ですわね」
「トロワちゃん。台本はこれでいいかしら?」
確認してね、とアシャラは紙の束をトロワに渡す。受け取ったトロワはペラペラとページを捲る度、感激したようにこれまた瞳を輝かせる。
「長くならないように、でも分かりやすく、物語の要点をまとめてみたのだけれど……いかがかしら」
「流石アシャラ様です! ありがとうございますっ」
「喜んで貰えたなら嬉しいわ」
「そういえば……どんな内容なんですか?」
「わたくしも聞いてませんでしたわ」
「内容は──」
「トロワ。」
名を呼ばれ、トロワは中断すると部屋の入り口へ目を向ける。そこには朝食の席では見なかったゼロと……彼に隠れるようにベッシュの姿が。トロワだけでなく、その場にいる全員が手を止めていた。
「あの……」
ゼロの前に出てきたベッシュだったが、上手く言葉を言えずにもごもご。
「ハッキリせい、ベッシュ」
「分かってるよ」
途中で会ったのだろう。ナナに言われ、ベッシュは少しイラつきながら返す。
「……ごめん」
静かでなければ聞こえなかった声量。謝る相手であるトロワの耳には、しっかりと届いていた。
「ベッシュ。あの……」
トロワはベッシュの前に立つと、不安そうに体を縮こませながら。
「人形動かすのって難しいのね。やってみたけど上手く動かせなくて……それで、その」
昨日と同じように、それでいて遠慮がちに、手を差し伸べる。
「貴方さえ良ければ教えてくれる……?」
「……うん」
ベッシュも、遠慮がちにその手を握り返した。
「ありがとう! 早速見てほしいわ!」
「わらわにも手伝えることはあるかの?」
「そう言って貰えると嬉しいわ」
「……で、なにを見ればいいの?」
「あ、これこれ」
「ゼロ様。ウノとシャスチ、ただいま戻りました」
「お疲れ様、赤々コンビ」
ワイワイと盛り上がる一同を見つめていたゼロの元に、“アインス・クロイツ”こと“ウノ”と“ゼクス・クロイツ”こと“シャスチ”が帰還を知らせに訪れた。
赤々コンビと呼ばれ、二人は同じような反応を見せるも、騒がしいことに気付いて。
「ゼロ殿、皆は何をしていて?」
「そっか。二人は昨日居なかったよね。簡単に説明するよ」
ゼロの説明を受け、なるほどと理解した二人。
「何はともあれ、どうにかなって良かったよ。これでベッシュも少しずつ変わっていくだろうしね」
「貴殿は幼子の面倒を見るのが好きで?」
「やだなぁ。そんな言い方しないでよ」
「そうだ。それに、ゼロ様は彼らを子供だと思っていない。我々大人と対等に見ていらっしゃる」
「ウノは本当に僕のことを理解しているよね」
はっと小さく返す。
「お爺も早く手伝うのじゃ!」
「はいはい」
「ウノさんとシャスチさんも宜しければ」
「ああ」
「
一つの部屋にナンバーズ全員が集まる。
遠い過去であれば想像すら出来なかった光景が、今ここに。
「それでトロワさん。劇の内容を教えて下さい!」
「聞きそびれていましたわね」
「ふふっ、面白い内容なのは間違いないわね」
「衣装からなんとなく想像はつくけどね。どんな内容?」
「このお話は……とある少年が、自分の可能性を信じて魔王を倒す旅をする話です。しかし、少年が抱いていた可能性は少年が思っているほど低く、何度も何度も挫折を繰り返しては……ただひたむきに前へと進んでいく。そんな少年に仲間は集い、手を貸し、共に魔王の元へ挑む……。物語の名は『可能性の在処』。タイトル通り、己の可能性を見つけることが出来たなら……そう思い、選びました」
「『可能性の在処』っすか〜……。深い話っすね」
「たかが何年しか生きてないのになにが分かるのだ」
うんうんと頷くオイトに、エルバは白けた視線を送る。
「深いとか云々は置いといて、良い物語だと思いますよ」
「本番前には一回見せてほしいな。当日も行きたいけど……」
「ゼロ様、ベッシュが睨んでます」
「そうだね。大人しく留守番でもしていようかな」
「マスター。自分の広範囲音声キャッチモードなら可能かと」
「やめておいた方が賢明だな」
トロワはくるっとベッシュに振り向いて。
「宜しく頼むわね、ベッシュ」
ベッシュは僅かに口元に弧を描くと。
「失敗したら許さないから」
「もちろんっ」
そして数日後──……。
「お疲れ様、ベッシュ」
教会から少し離れた場所。見晴らしがいい丘に、ベッシュは居た。トロワに気付き、ベッシュは一度振り返るもすぐに視線を戻して。
「みんな面白いって喜んでくれてたわ」
「そう。君は途中で失敗しそうになってたけど」
「ごめんなさい。でも、フォローしてくれてありがとう」
「別に。今までやって来たのが無駄になりたくなかっただけ」
言い方に棘はあるものの、自分の言葉に返してくれるようになった。
「楽しかったわ。また機会があればやりたいわね」
「……」
「あ、迷惑だったかしら……」
「……機会があれば、ね」
「ベッ」
「トロワさーん! ベッシュさーん! お好み焼き一緒に食べましょー!」
と、声を張り上げるテトラが遠くの方で此方に手を振っている。
「まだ食べるつもりなの、彼女」
「きっと楽しいのよ」
「全く……」
呆れながらもテトラの元へ歩き出すベッシュに、トロワは密かに笑みを溢して自身もまた向かう。
「早く行きましょーよー! お好み焼きがわたし達を待ってますよー!」
「焦らずとも逃げたりしないわよ。それより気をつけて、ここ段差が──」
「へっ……わわっ!」
「あっ……ぶな……」
「か、間一髪だったわね……」
「ありがとうございますっ」
「ちゃんと前見て歩きなよ」
「えへへ……」
Fin.