Five Elemental Story
7話 初依頼編【後編】
夜の帳が下り、人で賑わっていた『英知の書庫』も静寂に包まれる。
その裏門近く──月の明かりに反射し、粒と化した氷がキラリと輝きを放つ。
「行くぞ。」
周囲に誰もいない事を確認し、窓からベルタ、ブレイド、アランの順に書庫内に侵入。全員戦闘服 を身に纏い、戦う準備は万全な様子。
「私は地下に向かう。レベッカを見つけるまで……時間を伸ばしてくれ」
「言われなくても分かってる」
「無理はするなよ」
「ああ。」
小さく頷き、予め調べておいた地下への道を走り抜ける。
ブレイドとアランの二人も、ベルタとは反対の道、書庫の広間に向かった。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
「たのもーう!」
「もっと他にあるだろ……」
扉を開け、開放的な広間へ足を踏み入れる。
「誰ですか」
ここに居るのは、ベルタが言っていた謎の女だけなはず。それなのに聞こえた声は聞き覚えがあった。
「……⁉︎」
足元に浮かび上がる金色の魔法陣。
陣の中心に佇む女性は……姿こそ違えど、『英知の書庫』の管理人であるリベリアそのもの。
しかし、彼らが知るリベリアより成長しており、額には禍々しい印が浮かび上がっている。
「これは一体……アンタは誰だ!」
「誰……? 前にも会っている筈だ。ここの管理人として」
「リベリアさん……」
リベリアは魔法陣を消すと、二人と向き合う。
「見られてしまっては仕方ない。私の願いの為……消えてもらうぞ」
異空間から不気味な形の杖を取り出し、柄を握りしめる。同時にリベリアの背中から黒い翼が生え、魔力が開放された。
「何だあれ……!」
「来るぞブレイド!」
「【ライトニング・テンペスト】!」
──ズドォン!
「っ、」
地上から聞こえて来た音に足が止まる。
二人の身に何かあったのではと不安になるも、首を振って階段を駆け下りる。
「邪魔だ!」
ベルタの行手を遮ろうと魔本が襲いかかるも、術が発動する前に氷漬けにしていく。
甲高い音を立て、重量に従って地に転がる魔本の中を駆け抜け、やっとの事で長い階段を下り切った。
「扉……」
最下層に聳える扉。重く、硬い扉を開こうと触れるも、バチッと火花が散る。
「魔法……封印術か……?」
『誰かそこにいるの?』
「!」
扉の向こうから聞こえて来た声にハッとする。
「レベッカ……レベッカか⁉︎」
『その声は……もしかしてベルタなの……?』
「そうだ! 無事か……⁉︎」
『ええ。平気よ』
レベッカの元気そうな声にホッと安堵すると、扉から離れるよう指示する。
短く返事したレベッカは扉から離れ、ベルタは自身の身の丈ほどある斧“アブソリュートグレイシス”を構え、先端に水のエレメントの力を溜める。
「【グレイトアイスバーグ】!」
エレメントの力を放出すると同時に扉に斧を叩きつけた。
斧を中心に氷が扉全体に広がるともう一度斧を叩きつけ、扉全体にヒビを入らせると……次の瞬間には大きな瓦礫の山が出来上がっていた。
「レベッカ……!」
発生した煙に視界を遮られながらもその姿を探す。
「ベルタ!」
「わわっ」
先に見つけたのはレベッカの方で、ベルタの体に飛びつく。
「ありがとう……」
「……ごめんなさい。私のせいで貴女を危険な目に遭わせてしまった……」
ううんと首を横に振りながらレベッカはベルタから離れる。
「危険な目に遭うのは当然だわ。冒険者だもの、冒険に危険はつきものでしょ? それにベルタのせいじゃないわ。ワタシがアナタに必要に迫ったのも悪かったのよ。ごめんなさい」
そう頭を下げるレベッカにたじたじになる。
「あ、頭を上げて……」
「うん。謝るのは片付いてからにするわ。どうすればいい?」
「ブレイドとアランが地上 で囮になってくれているから合流する」
「地上 ……? もしかして二人はリベリアさんと戦っているの……⁉︎」
青ざめた様子のレベッカにベルタはどういうことだと聞き返す。
「私が見たのはリベリアさんではなく別の女だった筈だが」
「その人がリベリアさんなのよ!」
「なっ……詳しく聞かせてほしい」
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
「ハッ!」
リベリアから放たれた光線を剣で受け流していく。
地上、書庫の広間ではリベリアとの戦いが激化していた。
「くそっ……本が多過ぎる!」
「魔力の供給を防げたらいいが、流石にありすぎるな……」
広間の中心から動かないリベリアだったが、手元にある魔本以外にも数種類もの魔本を自身の周囲に漂わせており、物理的にも近づきにくく、さらにはリベリアの攻撃手段である魔力も魔本から供給され続けている為に、魔法攻撃が止まない。
「というか、何が目的なんだお前は!」
「私の……目的は……魔本に蓄積された魔力を使い、禁呪を完成させること……」
それを聞いたアランは目の色を変え、叫ぶ。
「禁呪とやらを完成させる事がそんなに大事なのですか⁉︎書庫 を傷つけてまでも‼︎」
「……!」
リベリアの目が大きく見開かれる。
「わ、たしは……何を……何をして……」
「リベリアさん……?」
「どうして……私は書庫を傷つけているの……どうして……──っつ⁉︎」
頭を抑え、激痛に顔を歪ませる。
すぐに痛みは収まり、リベリアは再び魔法陣を描き、発動させた。
狙うは、その場で立ち尽くすアラン。
「アラン! 早くそこから──」
「蝕むは正義の星斗!──【デーフェクトゥス・リブラ】!」
「うおおおおおおおおお‼︎」
反応が遅れ、回避不能のアランを横から自身の身体ごと突き飛ばす。紙一重で回避し、床に勢いよく転がる。
「いてぇっ……おい! 死ぬ気か!」
「聞け! ブレイド! オマエはリベリアさんの相手をしろ!」
「は、はあ⁉︎ あんな魔力馬鹿相手を俺一人でか‼︎」
「ああ……! 頼んだブレイド!」
清々しいほどの笑みを浮かべるアランに、ブレイドはイラつきながらも「分かったよ‼︎」と刀を手に地を蹴り、リベリアの元に向かう。
「……」
一方でアランはその場に立ったまま、“閃光剣”に両手を添え、胸の前で構える。
──落ち着け、アラン。『対魔のススメ』第28項目を思い出せ。『他の者を器とし、憑依する悪魔が苦手とするのは光である。』きっとリベリアさんの何処かに彼女を操っている者が居るんだ。ソイツを倒せばッ……!──
「目を瞑れよブレイドッ‼︎ 光よ、爆ぜろ!──【メガライトブラスト】!」
「ぐぅッ……!」
「眩しい……⁉︎」
光のエレメントで強化した技を地面 に向けて放つ。地にぶつかり、反射したエレメントは目を貫くほど眩い光となって空間を包み込んだ。
「っ、そこか!」
ブレイドと共に怯んだリベリアの影が一瞬だけ揺らめいたのを、アランは見逃さなかった。
リベリアの影から小さな闇の塊が飛び出す。塊はぐにゃりと歪めると、別の姿へと形どる。
「クックックッ……アヒャヒャヒャヒャ……! まさかこんなガキに引きずりだされるとはナァ!」
ポンッと効果音と共に姿を現したのは鋭い牙に爪、四本のツノを持った悪魔と呼ぶにふさわしいもの。
「サァ、タノシイタノシイ殺し合いの始まりダァ……!」
気味悪い笑い声を上げながらアランに向けて剣を振り落とす。
アランは後ろに飛び避け、剣の柄を握りなおしては覇気と共に突き付けた。
「チッ……此奴は戻らないままなのかよ!」
「戻るも何もこれが私だ!」
今しがた回避した光線がブレイドの頬をかする。
弱体化した様子もないリベリアに、ブレイドは回避するので精一杯だった。
いよいよマズくなってきたぞとブレイドの頬に冷や汗が流れていく。
「雷鳴よ、嵐と化し落ち乱れよ!──【ライトニング・テンペスト】!」
地面をも焦がす稲妻がブレイドの周辺に落ちる。檻と化した稲妻からは脱出不可能。莫大な魔力が乗せられた魔弾が放たれた。
「っ」
迷わず防御形態を取るブレイドに被弾。爆発が起こり、発生した黒煙が天井に向かって上がる。
「……」
終わったかとリベリアが静かに目を閉じたそのとき。
「【居合斬り】!」
黒煙から飛び出す一つの影。
無傷の ブレイドは被弾したと思えない動きでリベリアの隙を突くと、手元にあった魔本を切り裂いた。
すぐにリベリアと距離を取り、エレメントを吸収して僅かに傷を癒すブレイドにどうしてと困惑する。
「凄い……そんなことも出来るのね」
「ま、まあな」
「貴女達……」
遅れて合流した二人──レベッカとベルタはリベリアを目で捉えると、キッと鋭い視線を向ける。
「リベリアさん! どうか正気に戻って! 本当のアナタならこんな風に人を傷つけたり、書庫をめちゃくちゃにしたりしない‼︎」
「その姿が本当の貴女だとしたら……どうしてレベッカに手を出さなかった! 彼女に真相を問いただす事も無く、部屋に閉じ込めただけなんだ!」
「黙りなさいッ‼︎」
リベリアが全力で叫ぶ。二人、そしてブレイドも口を閉ざし、少しだけ恐怖を覚えた。
リベリアは表情に影を落とし、呟く。
「禁書は盗まれてなどいない……偶然、其処に貴女が居たから選んだだけだったのに……つくづく火のエレメントとは相性が悪い……」
禁書が盗まれたのは自作自演だったと知り、ブレイドの頭に血が上る。
「偶然……? それだけで傷つけて、こんな事をしたって言うのかよ……ふざけんな‼︎」
「夢を叶える事はふざけてるのか? 私の目的……私の夢……禁呪を完成させ、この世界を一冊の本にする……!」
「一冊の本……⁉︎」
「【シールヴィヴリオ・マギアス】」
「うおっ‼︎」
ブレイドに切り裂かれた魔本刻まれし文字が光を放ち、ページから浮かび上がり実体化。鎖のように連なり、ブレイドの体を拘束する。
「ブレイド!」
「くそっ、何だこれ……外れねぇ……!」
待っててとレベッカがどうにかして外そうとするも、それをリベリアが悠長に待つわけは無く。
魔力を溜めるリベリアに対し、ベルタは【フライングアイスバーグ】を発動させ、小さな結界を張る。
「無駄ですよ。【イムブルスス・マギアス】!」
「っ、結界が……!」
ベルタの結界が全て消滅。もう一度発動しようとしたベルタだったが、リベリアの方が一歩早かった。
「【デーフェクトゥス・リブラ】」
「(まずいっ……!)」
「ベルタ危ない‼︎」
「っ⁉︎」
技の発動をキャンセルする事も出来ず、体が動かないベルタの肩を掴み、レベッカが軌道から無理矢理逸らした。
バランスを崩して床に倒れるベルタ。ハッと顔を上げるも、既にレベッカとブレイドの輪郭は光線の中に溶けていた。
「レベッカ……ブレイド……」
「……?
(魔力……エレメントが上昇している……? それも急速に……⁉︎)」
「【ダブルアタック】‼︎」
二つの氷柱がリベリアを襲う。どちらも回避したが、ベルタがすぐ側まで迫っている事に気付かず。
「吹っ飛びなさいッ‼︎」
「かはっ……!」
振り回された斧が鳩尾に深く食い込み、大きく後方へと吹き飛ばされた。
「これ以上……誰も傷つけさせない!」
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
「アハッ、アハハッ、アヒャヒャヒャヒャ!」
──ズドォン……!
一つ、また一つと黒紫色の爆発が起き、爆風に襲われる。
歯を食いしばりながらひたすら回避するアランは必死に頭を回転させ、策を練り続けていた。
「どうシたどうシた! ただ逃げ回ってるだけか?」
「オレに来てほしいなら攻撃を止めたらどうだ!」
「アァ、そうだナァ……!」
攻撃を止めてフルスピードでアランの元に向かい、剣と剣がぶつかり合う甲高い音が頭の奥まで響いてくる。
鍔迫り合い状態が続いたが、アランが剣を弾き、悪魔は上空に飛び上がると再び魔弾の雨を降らせた。
「【ダブルアタック】!」
光のエレメントで構成された光の剣が上空にいる標的へと向かう。悪魔はニヤニヤしながら二振りの剣を軽々しく避ける。
「そんナおもちゃナんかじゃ倒せナイぜぇ!」
「……それはどうだろうな!」
「ギィ? ギャアアアアアアアッ⁉︎」
避けたはずの光の剣がくるりと反転。再び悪魔の元に戻ってくると、翼それぞれに深々と突き刺さる。
飛行能力が停止し、悪魔の体が地面へと勢いよく落ち、光の剣も同時に消滅した。
「クククッ……これは一本とられたナァ……!」
立ち上がると同時に空いたはずの穴が修復される。
自動修復能力も無限ではない、切れたときが攻め時だとアランは剣を構え直し、出方を伺う。
「ナァ……スピリット。オマエ、何者だ?」
「人にナマエを訪ねるときは自分も名乗るものだろ」
「カカッ、悪魔にソレを説くか? オレはパラサイダー」
「アランだ」
同時に走り出す両名。
パラサイダーが放つ魔弾を剣で切り裂きながら駆け抜けるアランに、悪魔は面白いものを見つけたと言いたげに口角を上げる。
「イイねぇ……あノ女より楽シませてくれるナァ! 【ギガダークネスボルト】!」
紫色の稲妻を飛び退いて回避し、反撃に出ようとしたアランだったが、パラサイダーの様子に足を止めた。
「(なんだ……? なにか見落としているのか? 変だ。威力が低過ぎる……なにが目的なんだ……?)」
バチッバチッと地面に刺さったままの稲妻が断続的に光を強める。そのまま見つめていると、より一層強く光を帯び始め、瞬く間にアランの足元に電気の網を張り巡らせた。
気付いたときには既に遅く、アランの体全体に強力な電撃が走る。
「うあああああああああッ‼︎」
放出された電気が弱まり、アランの体は小さく稲妻を弾かせながらうつ伏せに倒れ込む。
辛うじて剣は手放さなかったが、光のエレメントに毒な闇のエレメントの超強力な攻撃に大ダメージを喰らい、指一本動かせない。
悪戯が成功した子供のように笑うパラサイダーの声が薄らと聞こえる。
「ヘヘッ、オレの魔力ノ味はどうだイ……? 次はオレが頂く番だァ! いただき──」
「【閃光剣】……!」
目にも留まらぬ速さで横切る閃光。
「そう簡単に……やれるような体じゃねぇんだよ!」
「クソッ! オマエ……スピリットごときにイィィィィッ‼︎‼︎」
対魔の力が込められた一閃はパラサイダーの体を真っ二つにし、パラサイダーは呪詛を吐きながら消滅していった。
「……パラサイダーが討たれましたか。なかなかやるようですね」
「アラン……」
リベリアとの激戦に息を乱していたベルタだったが、あと一息だと気合いを入れ直した。
「あの悪魔を倒した男は重傷を負い、残りの二人も助けには来ない。貴女一人で何が出来る?」
「何も出来なくても……やらなくちゃいけないんだ!」
力を振り絞る自身に向かってくる少女を、圧倒的な魔力で打ちのめしていく。
「(……心が……痛む……?)」
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
「ふぬぬぬぬー……っはー、ダメね。外れない」
強く掴み過ぎてほんのり赤くなった手をぶらぶらと振る。
リベリアの【デーフェクトゥス・リブラ】を受け、書庫の壁に激突した二人だったが、ブレイドの盾となったレベッカはアビリティ【憤怒】によって何とか意識を繋ぎ止め、ブレイドも軽傷で済んでいた。
実体化した文字の羅列は鎖となりブレイドの体から離れない。レベッカは手で引きちぎる事を諦めると、自身の武器である“バーストキャノン”を取り出し、鋭い刃をブレイドに向ける。
「まっ、待て待て待て! 俺の体ごと引き裂く気か⁉︎」
身の危険を感じ、唯一自由な頭を振って抗議するブレイドだったが、レベッカに体を押さえつけられる。
「動かないで! 危ないでしょ! 大丈夫。任せといて!」
「任せられないんだけどぉ⁉︎ 手震えてるじゃねぇか!」
「ブレイドがプレッシャーかけるからよ!」
「俺のせい⁉︎」
なお暴れるブレイドに仕方ないと“バーストキャノン”を肩から下ろす。
「自分で外すからいい!」
「無理に動くと体痛めるわよ。ホラ、じっとして」
レベッカは再び巻き付いている鎖を握りしめると意識を集中し始める。今度は何だとその光景を見つめていると、赤い光粒がレベッカの手から漏れ出している事に気づき、まさか……と顔を真っ青にさせる。
「お、俺……木属性何だ、がぁ⁉︎」
レベッカの手を通じ、鎖全体が赤い炎によって引火する。
熱い熱い! と訴えるブレイドの叫びは無視。レベッカは手に力を入れると火によって弱まった鎖を引きちぎった。
一瞬にして炎は消え、ブレイドは胸に手を当て激しく息を切らす。
「た、助かった……」
「どっちの意味で?」
「二重の意味で。」
結果的には助かったので礼を述べると、レベッカは小さく頷いた。
「ベルタの元に戻らなきゃ」
「待った」
立ち上がろうとしたレベッカの手首をパシッと掴み、引き止める。
「なに……?」
「お前はリベリアに何を言われたんだ。どうして攫ったのか、聞かなかったか?」
「もちろん聞いたわ。そしたら、ワタシを禁呪の贄にするから攫ったって。でも……ワタシのエレメントが火だって分かると使えないって部屋に閉じ込められたけど」
「それより早く二人の元に……!」と急かすレベッカの手を離すと、ブレイドはすぐに戻ると何処かへ。
「ええっ⁉︎ ……早く戻って来なさいよ!」
きっと考えがあるのだろうと察し、レベッカは武器を手にベルタの元に急ぐ。
「何処だ何処だ……? 散らかってて分からねぇ……」
倒れた本棚を持ち上げ、散らばった本達を漁り始めるブレイド。
「ここには無いのか……?」
何かを探しているブレイドの後ろでは、赤と青と黄色の光が瞬いていた。
「【ファイアラッシュ】!」
キャノンの砲口から火弾がリベリアに向けて発射される。一歩間違えたら大火事を引き起こしかねないが、構わずリベリアに向けて撃ち続ける。
「このッ……」
対してリベリアは避けようとせず、魔弾を生成しては火弾と相殺させて打ち消していく。
「っいい加減にやめ──」
「やめない! リベリアさんが本当の自分を思い出すまでは……!」
いつ引火するか分からない緊張感と戦いながら撃つのをやめないレベッカ。
頭の中では「こんな火の玉に構っている場合じゃない」と理解しつつも、消し続けるリベリア。
「あ……ぁあ……っ……?」
生じる矛盾。ぐちゃぐちゃに掻き乱れる思考。もはや、自分が誰なのかすら分からない。
リベリアの額に刻まれた紋章が薄れつつあるのを、ベルタは見逃さなかった。
「良いのですか! 貴方の大切な書庫が、本が、焼き尽くされても‼︎」
「わた……しの……たいせつ……」
魔力が急速に弱まっていくリベリアにレベッカは撃つ手を止めかけるも。
「まだだレベッカ! 手を止めるな!」
痛む体に鞭を打ちつけ叫ぶアランに鼓舞され、気持ちを立て直す。
「早く……早く思い出して……!」
「もう貴女を縛るものはいない! 思い出せるはずだ! 本当の自分を……気持ちを……!」
「わたしは……だれ……だれなの……⁉︎」
杖を放り出し、頭を抱えたリベリアはその場に座り込む。
すぐに攻撃を止めたレベッカだったが、最後に放った一つが消える事なくリベリアに向かい、危ないと届かない手を伸ばす。
刹那。一陣の風が火弾を斬り、掻き消した。
「な、ナイスブレイド……」
「おう」
刀を鞘に納め、未だ苦しむリベリアの正面にブレイドは立つ。
「ほら」
「……?」
俯いていた顔を上げ、ブレイドが差し出した手──正確には、差し出した手に握られた本に目を向ける。
「この前、内容聞き損ねたから。教えてくれよ」
──なんですって……⁉︎ 『天華の庭園と眠り姫』は一般常識中の常識。これを機に読んでください!──
──いや、でも俺読むの苦手だし……どんな内容なんですか?──
「あ……」
視界がぼやけ、頬に温かくて冷たいものが流れていく。
本が好きな私。
世界を一冊の本にして、ずっと手元に置いておきたい……そんな夢を抱いていたのも、私。
でも……当たり前の事に気づかされた。
本にしてしまったら、その物語は終わりを迎えてしまう。
誰も紡ぐ者がいない世界などつまらない。
何より……私の大切な居場所、大切な宝物を傷つけてまで手に入れるものでは……ありませんね。
「仕方ありませんね。少しだけ……ですよ」
柔らかく微笑みながら本に手を添える。
触れた瞬間、リベリアの体が光に包まれ……黒い羽が消え去り、元の姿へと戻っていく。
リベリアを包み込んだ光が消えると、ゆっくりと体が傾いていき、床に倒れた。
『リベリア(さん)‼︎』
四人それぞれリベリアに駆け寄って体を揺すると、意識を取り戻す。
「……」
「リベリアさん、ワタシ達が分かりますか?」
「ええ……ごめんなさい。それと……ありがとう……」
胸がいっぱいになり、泣いてしまうレベッカ。
そんなレベッカの背中をさすりながら、泣きそうになるベルタ。
良かったと安堵するアランにブレイドは肩を貸すと、拳を突き合わせた。
──こうして、初依頼から発生した大事件は幕を下ろしたのだった。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
「この度は本当に申し訳ありませんでした。何と言ったらいいか……」
日を跨ぎ、夜も終わりに近づいて来た頃。『英知の書庫』の入り口に、四人とリベリアが集まっていた。
あの後、騒ぎを聞きつけた書庫の関係者が広間に押し寄せ、広間の惨状に唖然。その場にいたリベリア以外の四人が強盗かと疑われたが、リベリアの証言によって撤回。残りカスのような魔力を使い【クリエイトライブラリ】で傷を僅かに癒し、書庫を傷つけたのは自分だと全てを話した。
責任をとって管理者を降りると言ったリベリアだったが、その場にいた全員に反対され、更には許しの言葉も掛けられた。リベリアに対する罰は“書庫の片付けをやる事”と“『ミラージュ・タワー』に事情をきちんと説明する事”だけだった。
「特にレベッカさんには酷い事を……」
「え、えーと、そんなに謝られては困ります……。ちゃんと本部に連絡を入れていただければ、ワタシは大丈夫ですので」
「もちろんです。皆さんが処罰されないよう、説明させていただきます」
今度行ったときにどんな反応が見れるか。ちょっと楽しみだと考える。
「それと……ブレイドさん。お時間があるときに書庫へいらして下さい」
「え? あー、分かった……」
「何でちょっと嫌そうなのですか」
「リベリア様ー!」
書庫の中から来て下さいと呼ばれ、リベリアは眉をひそめながら「そろそろ行かなくては……」と呟く。
「しばらくの間、『英知の書庫』は休館となります。いつ開けるかは未定ですが、必ず修復し、一日でも早く皆さんに使っていただけるよう、もう一度……頑張っていきます」
「はい。また遊びにきます」
「いつでも。では、お気をつけてお帰り下さい」
失礼しますとリベリアの姿が書庫の中へと消える。
「……オレ達も帰るか」
「そうだな。疲れたし、眠いし」
そう言って欠伸を漏らすブレイドを肘でオイと小突く。
ちょっとした言い合いを交わしながら歩き出すアランとブレイド。レベッカも追いかけるも、ベルタがその場に留まっている事に気づき、振り返る。
「その……」
言いにくそうにするベルタに、レベッカは片手を差し出した。
「帰ろ。ベルタっ」
「え……」
「ワタシ達の拠点に」
ね? と首を傾げる。
ベルタは満面の笑みを浮かべると、レベッカの手を握り返した。
「おーい、二人共ー」
「置いていくぞー」
少し先で待つ二人の元にごめんねと駆け寄る。
「! 見て見て!」
声を上げたレベッカに釣られ、視線を向ける。
そこには、今まさに昇り始めた太陽が光を放ち、夜明けを迎えていた。
美しい光景に暫しの間目を奪われていたが、痛っとアランが漏らした声にハッとし、再び歩き出す。
「大丈夫?」
「アハハ……大丈夫じゃないかも……」
貸してもらった杖が無ければ歩けない程ダメージを受けたアランに合わせて、人通りが疎らな道を歩いていく。
「背負ってやろうか?」
「……いや、いい。怖いし」
「何でだよ」
「……そういえば、ベルタはワタシと会ったとき何をしてたの?」
アランとブレイドの話し声を背に受けながら、レベッカは隣に並ぶベルタにそう訊ねた。
「あ……む、無理に話さなくっていいからね!」
「いや……話しておくべきだな。実は……私には血の繋がった兄がいるのだが、もう数年間会えていないんだ」
「……じゃあ、お兄さんを探して?」
「ああ。兄は放浪癖を持っているが、部隊に所属しているんだ。だから私も入れば見つかるかと思って……」
「部隊って、拠点には行ったのか? 有るはずだろ?」
ナチュラルに参加して来たブレイド。アランも話を聞いていたらしく、耳を傾けている。
「もちろん行った。だが、入り口で止められてしまった。アポが無ければ入れさせられないと」
「アポ……? 有名なんだな。部隊名は?」
「『闇黒騎士隊』だ」
「「「えっ……」」」
レベッカ、ブレイド、アランの声が見事に重なる。三人は互いに顔を見合わせ、言いたい事があるならどうぞと譲り合う。
一向に決まらないのをもどかしく思い、ベルタは名指ししていく。
「レベッカから話せ」
「え? ええっと……闇黒騎士隊に、ワタシの親戚も所属していて……」
「……次。アラン。」
「オレも、師匠と同じ弟子が騎士隊に入っていて……」
「……最後。」
「俺もだ。俺は幼馴染だけど。」
「……。」
足を止めたベルタは両手で顔を覆うと項垂れる。
「嘘でしょ……そんな事ってある……?」
「普通は無いな」
「無いな。もう起きてる頃だろうし……ちょっと連絡してみるか」
懐から緑色のエレフォン(エレパッドの片手サイズ版)を取り出すと、画面を操作し、呼び出す。
プツッ。
『はいはーい。なぁに、朝から。珍しいわね』
「珍しいは余計だ。ちょっと頼みたい事があって──」
ドキドキとしながら待つ事数分。
『闇黒騎士隊』に所属する幼馴染との通話を終えたブレイドから。
「明日なら平気だってよ」
と、告げられ、良かったねとレベッカが喜ぶ。
「明日か……一応依頼を受けに行かないとなんだけどな……」
「いいじゃねぇか。まだ調子良くないって言って休もうぜ」
「う〜ん……まあ、今回は仕方ないか……」
「アランの許可も降りたし、明日皆で会いに行きましょ! ベルタ!」
「いるかは分からないが……な……」
口ではそう言いつつも、嬉しそうなベルタ。
明日の為に今日はゆっくりしようと、朝日に照らされながら、数時間ぶりの宿舎へと帰還した。
夜の帳が下り、人で賑わっていた『英知の書庫』も静寂に包まれる。
その裏門近く──月の明かりに反射し、粒と化した氷がキラリと輝きを放つ。
「行くぞ。」
周囲に誰もいない事を確認し、窓からベルタ、ブレイド、アランの順に書庫内に侵入。全員
「私は地下に向かう。レベッカを見つけるまで……時間を伸ばしてくれ」
「言われなくても分かってる」
「無理はするなよ」
「ああ。」
小さく頷き、予め調べておいた地下への道を走り抜ける。
ブレイドとアランの二人も、ベルタとは反対の道、書庫の広間に向かった。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
「たのもーう!」
「もっと他にあるだろ……」
扉を開け、開放的な広間へ足を踏み入れる。
「誰ですか」
ここに居るのは、ベルタが言っていた謎の女だけなはず。それなのに聞こえた声は聞き覚えがあった。
「……⁉︎」
足元に浮かび上がる金色の魔法陣。
陣の中心に佇む女性は……姿こそ違えど、『英知の書庫』の管理人であるリベリアそのもの。
しかし、彼らが知るリベリアより成長しており、額には禍々しい印が浮かび上がっている。
「これは一体……アンタは誰だ!」
「誰……? 前にも会っている筈だ。ここの管理人として」
「リベリアさん……」
リベリアは魔法陣を消すと、二人と向き合う。
「見られてしまっては仕方ない。私の願いの為……消えてもらうぞ」
異空間から不気味な形の杖を取り出し、柄を握りしめる。同時にリベリアの背中から黒い翼が生え、魔力が開放された。
「何だあれ……!」
「来るぞブレイド!」
「【ライトニング・テンペスト】!」
──ズドォン!
「っ、」
地上から聞こえて来た音に足が止まる。
二人の身に何かあったのではと不安になるも、首を振って階段を駆け下りる。
「邪魔だ!」
ベルタの行手を遮ろうと魔本が襲いかかるも、術が発動する前に氷漬けにしていく。
甲高い音を立て、重量に従って地に転がる魔本の中を駆け抜け、やっとの事で長い階段を下り切った。
「扉……」
最下層に聳える扉。重く、硬い扉を開こうと触れるも、バチッと火花が散る。
「魔法……封印術か……?」
『誰かそこにいるの?』
「!」
扉の向こうから聞こえて来た声にハッとする。
「レベッカ……レベッカか⁉︎」
『その声は……もしかしてベルタなの……?』
「そうだ! 無事か……⁉︎」
『ええ。平気よ』
レベッカの元気そうな声にホッと安堵すると、扉から離れるよう指示する。
短く返事したレベッカは扉から離れ、ベルタは自身の身の丈ほどある斧“アブソリュートグレイシス”を構え、先端に水のエレメントの力を溜める。
「【グレイトアイスバーグ】!」
エレメントの力を放出すると同時に扉に斧を叩きつけた。
斧を中心に氷が扉全体に広がるともう一度斧を叩きつけ、扉全体にヒビを入らせると……次の瞬間には大きな瓦礫の山が出来上がっていた。
「レベッカ……!」
発生した煙に視界を遮られながらもその姿を探す。
「ベルタ!」
「わわっ」
先に見つけたのはレベッカの方で、ベルタの体に飛びつく。
「ありがとう……」
「……ごめんなさい。私のせいで貴女を危険な目に遭わせてしまった……」
ううんと首を横に振りながらレベッカはベルタから離れる。
「危険な目に遭うのは当然だわ。冒険者だもの、冒険に危険はつきものでしょ? それにベルタのせいじゃないわ。ワタシがアナタに必要に迫ったのも悪かったのよ。ごめんなさい」
そう頭を下げるレベッカにたじたじになる。
「あ、頭を上げて……」
「うん。謝るのは片付いてからにするわ。どうすればいい?」
「ブレイドとアランが
「
青ざめた様子のレベッカにベルタはどういうことだと聞き返す。
「私が見たのはリベリアさんではなく別の女だった筈だが」
「その人がリベリアさんなのよ!」
「なっ……詳しく聞かせてほしい」
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
「ハッ!」
リベリアから放たれた光線を剣で受け流していく。
地上、書庫の広間ではリベリアとの戦いが激化していた。
「くそっ……本が多過ぎる!」
「魔力の供給を防げたらいいが、流石にありすぎるな……」
広間の中心から動かないリベリアだったが、手元にある魔本以外にも数種類もの魔本を自身の周囲に漂わせており、物理的にも近づきにくく、さらにはリベリアの攻撃手段である魔力も魔本から供給され続けている為に、魔法攻撃が止まない。
「というか、何が目的なんだお前は!」
「私の……目的は……魔本に蓄積された魔力を使い、禁呪を完成させること……」
それを聞いたアランは目の色を変え、叫ぶ。
「禁呪とやらを完成させる事がそんなに大事なのですか⁉︎
「……!」
リベリアの目が大きく見開かれる。
「わ、たしは……何を……何をして……」
「リベリアさん……?」
「どうして……私は書庫を傷つけているの……どうして……──っつ⁉︎」
頭を抑え、激痛に顔を歪ませる。
すぐに痛みは収まり、リベリアは再び魔法陣を描き、発動させた。
狙うは、その場で立ち尽くすアラン。
「アラン! 早くそこから──」
「蝕むは正義の星斗!──【デーフェクトゥス・リブラ】!」
「うおおおおおおおおお‼︎」
反応が遅れ、回避不能のアランを横から自身の身体ごと突き飛ばす。紙一重で回避し、床に勢いよく転がる。
「いてぇっ……おい! 死ぬ気か!」
「聞け! ブレイド! オマエはリベリアさんの相手をしろ!」
「は、はあ⁉︎ あんな魔力馬鹿相手を俺一人でか‼︎」
「ああ……! 頼んだブレイド!」
清々しいほどの笑みを浮かべるアランに、ブレイドはイラつきながらも「分かったよ‼︎」と刀を手に地を蹴り、リベリアの元に向かう。
「……」
一方でアランはその場に立ったまま、“閃光剣”に両手を添え、胸の前で構える。
──落ち着け、アラン。『対魔のススメ』第28項目を思い出せ。『他の者を器とし、憑依する悪魔が苦手とするのは光である。』きっとリベリアさんの何処かに彼女を操っている者が居るんだ。ソイツを倒せばッ……!──
「目を瞑れよブレイドッ‼︎ 光よ、爆ぜろ!──【メガライトブラスト】!」
「ぐぅッ……!」
「眩しい……⁉︎」
光のエレメントで強化した技を
「っ、そこか!」
ブレイドと共に怯んだリベリアの影が一瞬だけ揺らめいたのを、アランは見逃さなかった。
リベリアの影から小さな闇の塊が飛び出す。塊はぐにゃりと歪めると、別の姿へと形どる。
「クックックッ……アヒャヒャヒャヒャ……! まさかこんなガキに引きずりだされるとはナァ!」
ポンッと効果音と共に姿を現したのは鋭い牙に爪、四本のツノを持った悪魔と呼ぶにふさわしいもの。
「サァ、タノシイタノシイ殺し合いの始まりダァ……!」
気味悪い笑い声を上げながらアランに向けて剣を振り落とす。
アランは後ろに飛び避け、剣の柄を握りなおしては覇気と共に突き付けた。
「チッ……此奴は戻らないままなのかよ!」
「戻るも何もこれが私だ!」
今しがた回避した光線がブレイドの頬をかする。
弱体化した様子もないリベリアに、ブレイドは回避するので精一杯だった。
いよいよマズくなってきたぞとブレイドの頬に冷や汗が流れていく。
「雷鳴よ、嵐と化し落ち乱れよ!──【ライトニング・テンペスト】!」
地面をも焦がす稲妻がブレイドの周辺に落ちる。檻と化した稲妻からは脱出不可能。莫大な魔力が乗せられた魔弾が放たれた。
「っ」
迷わず防御形態を取るブレイドに被弾。爆発が起こり、発生した黒煙が天井に向かって上がる。
「……」
終わったかとリベリアが静かに目を閉じたそのとき。
「【居合斬り】!」
黒煙から飛び出す一つの影。
すぐにリベリアと距離を取り、エレメントを吸収して僅かに傷を癒すブレイドにどうしてと困惑する。
「凄い……そんなことも出来るのね」
「ま、まあな」
「貴女達……」
遅れて合流した二人──レベッカとベルタはリベリアを目で捉えると、キッと鋭い視線を向ける。
「リベリアさん! どうか正気に戻って! 本当のアナタならこんな風に人を傷つけたり、書庫をめちゃくちゃにしたりしない‼︎」
「その姿が本当の貴女だとしたら……どうしてレベッカに手を出さなかった! 彼女に真相を問いただす事も無く、部屋に閉じ込めただけなんだ!」
「黙りなさいッ‼︎」
リベリアが全力で叫ぶ。二人、そしてブレイドも口を閉ざし、少しだけ恐怖を覚えた。
リベリアは表情に影を落とし、呟く。
「禁書は盗まれてなどいない……偶然、其処に貴女が居たから選んだだけだったのに……つくづく火のエレメントとは相性が悪い……」
禁書が盗まれたのは自作自演だったと知り、ブレイドの頭に血が上る。
「偶然……? それだけで傷つけて、こんな事をしたって言うのかよ……ふざけんな‼︎」
「夢を叶える事はふざけてるのか? 私の目的……私の夢……禁呪を完成させ、この世界を一冊の本にする……!」
「一冊の本……⁉︎」
「【シールヴィヴリオ・マギアス】」
「うおっ‼︎」
ブレイドに切り裂かれた魔本刻まれし文字が光を放ち、ページから浮かび上がり実体化。鎖のように連なり、ブレイドの体を拘束する。
「ブレイド!」
「くそっ、何だこれ……外れねぇ……!」
待っててとレベッカがどうにかして外そうとするも、それをリベリアが悠長に待つわけは無く。
魔力を溜めるリベリアに対し、ベルタは【フライングアイスバーグ】を発動させ、小さな結界を張る。
「無駄ですよ。【イムブルスス・マギアス】!」
「っ、結界が……!」
ベルタの結界が全て消滅。もう一度発動しようとしたベルタだったが、リベリアの方が一歩早かった。
「【デーフェクトゥス・リブラ】」
「(まずいっ……!)」
「ベルタ危ない‼︎」
「っ⁉︎」
技の発動をキャンセルする事も出来ず、体が動かないベルタの肩を掴み、レベッカが軌道から無理矢理逸らした。
バランスを崩して床に倒れるベルタ。ハッと顔を上げるも、既にレベッカとブレイドの輪郭は光線の中に溶けていた。
「レベッカ……ブレイド……」
「……?
(魔力……エレメントが上昇している……? それも急速に……⁉︎)」
「【ダブルアタック】‼︎」
二つの氷柱がリベリアを襲う。どちらも回避したが、ベルタがすぐ側まで迫っている事に気付かず。
「吹っ飛びなさいッ‼︎」
「かはっ……!」
振り回された斧が鳩尾に深く食い込み、大きく後方へと吹き飛ばされた。
「これ以上……誰も傷つけさせない!」
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
「アハッ、アハハッ、アヒャヒャヒャヒャ!」
──ズドォン……!
一つ、また一つと黒紫色の爆発が起き、爆風に襲われる。
歯を食いしばりながらひたすら回避するアランは必死に頭を回転させ、策を練り続けていた。
「どうシたどうシた! ただ逃げ回ってるだけか?」
「オレに来てほしいなら攻撃を止めたらどうだ!」
「アァ、そうだナァ……!」
攻撃を止めてフルスピードでアランの元に向かい、剣と剣がぶつかり合う甲高い音が頭の奥まで響いてくる。
鍔迫り合い状態が続いたが、アランが剣を弾き、悪魔は上空に飛び上がると再び魔弾の雨を降らせた。
「【ダブルアタック】!」
光のエレメントで構成された光の剣が上空にいる標的へと向かう。悪魔はニヤニヤしながら二振りの剣を軽々しく避ける。
「そんナおもちゃナんかじゃ倒せナイぜぇ!」
「……それはどうだろうな!」
「ギィ? ギャアアアアアアアッ⁉︎」
避けたはずの光の剣がくるりと反転。再び悪魔の元に戻ってくると、翼それぞれに深々と突き刺さる。
飛行能力が停止し、悪魔の体が地面へと勢いよく落ち、光の剣も同時に消滅した。
「クククッ……これは一本とられたナァ……!」
立ち上がると同時に空いたはずの穴が修復される。
自動修復能力も無限ではない、切れたときが攻め時だとアランは剣を構え直し、出方を伺う。
「ナァ……スピリット。オマエ、何者だ?」
「人にナマエを訪ねるときは自分も名乗るものだろ」
「カカッ、悪魔にソレを説くか? オレはパラサイダー」
「アランだ」
同時に走り出す両名。
パラサイダーが放つ魔弾を剣で切り裂きながら駆け抜けるアランに、悪魔は面白いものを見つけたと言いたげに口角を上げる。
「イイねぇ……あノ女より楽シませてくれるナァ! 【ギガダークネスボルト】!」
紫色の稲妻を飛び退いて回避し、反撃に出ようとしたアランだったが、パラサイダーの様子に足を止めた。
「(なんだ……? なにか見落としているのか? 変だ。威力が低過ぎる……なにが目的なんだ……?)」
バチッバチッと地面に刺さったままの稲妻が断続的に光を強める。そのまま見つめていると、より一層強く光を帯び始め、瞬く間にアランの足元に電気の網を張り巡らせた。
気付いたときには既に遅く、アランの体全体に強力な電撃が走る。
「うあああああああああッ‼︎」
放出された電気が弱まり、アランの体は小さく稲妻を弾かせながらうつ伏せに倒れ込む。
辛うじて剣は手放さなかったが、光のエレメントに毒な闇のエレメントの超強力な攻撃に大ダメージを喰らい、指一本動かせない。
悪戯が成功した子供のように笑うパラサイダーの声が薄らと聞こえる。
「ヘヘッ、オレの魔力ノ味はどうだイ……? 次はオレが頂く番だァ! いただき──」
「【閃光剣】……!」
目にも留まらぬ速さで横切る閃光。
「そう簡単に……やれるような体じゃねぇんだよ!」
「クソッ! オマエ……スピリットごときにイィィィィッ‼︎‼︎」
対魔の力が込められた一閃はパラサイダーの体を真っ二つにし、パラサイダーは呪詛を吐きながら消滅していった。
「……パラサイダーが討たれましたか。なかなかやるようですね」
「アラン……」
リベリアとの激戦に息を乱していたベルタだったが、あと一息だと気合いを入れ直した。
「あの悪魔を倒した男は重傷を負い、残りの二人も助けには来ない。貴女一人で何が出来る?」
「何も出来なくても……やらなくちゃいけないんだ!」
力を振り絞る自身に向かってくる少女を、圧倒的な魔力で打ちのめしていく。
「(……心が……痛む……?)」
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
「ふぬぬぬぬー……っはー、ダメね。外れない」
強く掴み過ぎてほんのり赤くなった手をぶらぶらと振る。
リベリアの【デーフェクトゥス・リブラ】を受け、書庫の壁に激突した二人だったが、ブレイドの盾となったレベッカはアビリティ【憤怒】によって何とか意識を繋ぎ止め、ブレイドも軽傷で済んでいた。
実体化した文字の羅列は鎖となりブレイドの体から離れない。レベッカは手で引きちぎる事を諦めると、自身の武器である“バーストキャノン”を取り出し、鋭い刃をブレイドに向ける。
「まっ、待て待て待て! 俺の体ごと引き裂く気か⁉︎」
身の危険を感じ、唯一自由な頭を振って抗議するブレイドだったが、レベッカに体を押さえつけられる。
「動かないで! 危ないでしょ! 大丈夫。任せといて!」
「任せられないんだけどぉ⁉︎ 手震えてるじゃねぇか!」
「ブレイドがプレッシャーかけるからよ!」
「俺のせい⁉︎」
なお暴れるブレイドに仕方ないと“バーストキャノン”を肩から下ろす。
「自分で外すからいい!」
「無理に動くと体痛めるわよ。ホラ、じっとして」
レベッカは再び巻き付いている鎖を握りしめると意識を集中し始める。今度は何だとその光景を見つめていると、赤い光粒がレベッカの手から漏れ出している事に気づき、まさか……と顔を真っ青にさせる。
「お、俺……木属性何だ、がぁ⁉︎」
レベッカの手を通じ、鎖全体が赤い炎によって引火する。
熱い熱い! と訴えるブレイドの叫びは無視。レベッカは手に力を入れると火によって弱まった鎖を引きちぎった。
一瞬にして炎は消え、ブレイドは胸に手を当て激しく息を切らす。
「た、助かった……」
「どっちの意味で?」
「二重の意味で。」
結果的には助かったので礼を述べると、レベッカは小さく頷いた。
「ベルタの元に戻らなきゃ」
「待った」
立ち上がろうとしたレベッカの手首をパシッと掴み、引き止める。
「なに……?」
「お前はリベリアに何を言われたんだ。どうして攫ったのか、聞かなかったか?」
「もちろん聞いたわ。そしたら、ワタシを禁呪の贄にするから攫ったって。でも……ワタシのエレメントが火だって分かると使えないって部屋に閉じ込められたけど」
「それより早く二人の元に……!」と急かすレベッカの手を離すと、ブレイドはすぐに戻ると何処かへ。
「ええっ⁉︎ ……早く戻って来なさいよ!」
きっと考えがあるのだろうと察し、レベッカは武器を手にベルタの元に急ぐ。
「何処だ何処だ……? 散らかってて分からねぇ……」
倒れた本棚を持ち上げ、散らばった本達を漁り始めるブレイド。
「ここには無いのか……?」
何かを探しているブレイドの後ろでは、赤と青と黄色の光が瞬いていた。
「【ファイアラッシュ】!」
キャノンの砲口から火弾がリベリアに向けて発射される。一歩間違えたら大火事を引き起こしかねないが、構わずリベリアに向けて撃ち続ける。
「このッ……」
対してリベリアは避けようとせず、魔弾を生成しては火弾と相殺させて打ち消していく。
「っいい加減にやめ──」
「やめない! リベリアさんが本当の自分を思い出すまでは……!」
いつ引火するか分からない緊張感と戦いながら撃つのをやめないレベッカ。
頭の中では「こんな火の玉に構っている場合じゃない」と理解しつつも、消し続けるリベリア。
「あ……ぁあ……っ……?」
生じる矛盾。ぐちゃぐちゃに掻き乱れる思考。もはや、自分が誰なのかすら分からない。
リベリアの額に刻まれた紋章が薄れつつあるのを、ベルタは見逃さなかった。
「良いのですか! 貴方の大切な書庫が、本が、焼き尽くされても‼︎」
「わた……しの……たいせつ……」
魔力が急速に弱まっていくリベリアにレベッカは撃つ手を止めかけるも。
「まだだレベッカ! 手を止めるな!」
痛む体に鞭を打ちつけ叫ぶアランに鼓舞され、気持ちを立て直す。
「早く……早く思い出して……!」
「もう貴女を縛るものはいない! 思い出せるはずだ! 本当の自分を……気持ちを……!」
「わたしは……だれ……だれなの……⁉︎」
杖を放り出し、頭を抱えたリベリアはその場に座り込む。
すぐに攻撃を止めたレベッカだったが、最後に放った一つが消える事なくリベリアに向かい、危ないと届かない手を伸ばす。
刹那。一陣の風が火弾を斬り、掻き消した。
「な、ナイスブレイド……」
「おう」
刀を鞘に納め、未だ苦しむリベリアの正面にブレイドは立つ。
「ほら」
「……?」
俯いていた顔を上げ、ブレイドが差し出した手──正確には、差し出した手に握られた本に目を向ける。
「この前、内容聞き損ねたから。教えてくれよ」
──なんですって……⁉︎ 『天華の庭園と眠り姫』は一般常識中の常識。これを機に読んでください!──
──いや、でも俺読むの苦手だし……どんな内容なんですか?──
「あ……」
視界がぼやけ、頬に温かくて冷たいものが流れていく。
本が好きな私。
世界を一冊の本にして、ずっと手元に置いておきたい……そんな夢を抱いていたのも、私。
でも……当たり前の事に気づかされた。
本にしてしまったら、その物語は終わりを迎えてしまう。
誰も紡ぐ者がいない世界などつまらない。
何より……私の大切な居場所、大切な宝物を傷つけてまで手に入れるものでは……ありませんね。
「仕方ありませんね。少しだけ……ですよ」
柔らかく微笑みながら本に手を添える。
触れた瞬間、リベリアの体が光に包まれ……黒い羽が消え去り、元の姿へと戻っていく。
リベリアを包み込んだ光が消えると、ゆっくりと体が傾いていき、床に倒れた。
『リベリア(さん)‼︎』
四人それぞれリベリアに駆け寄って体を揺すると、意識を取り戻す。
「……」
「リベリアさん、ワタシ達が分かりますか?」
「ええ……ごめんなさい。それと……ありがとう……」
胸がいっぱいになり、泣いてしまうレベッカ。
そんなレベッカの背中をさすりながら、泣きそうになるベルタ。
良かったと安堵するアランにブレイドは肩を貸すと、拳を突き合わせた。
──こうして、初依頼から発生した大事件は幕を下ろしたのだった。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
「この度は本当に申し訳ありませんでした。何と言ったらいいか……」
日を跨ぎ、夜も終わりに近づいて来た頃。『英知の書庫』の入り口に、四人とリベリアが集まっていた。
あの後、騒ぎを聞きつけた書庫の関係者が広間に押し寄せ、広間の惨状に唖然。その場にいたリベリア以外の四人が強盗かと疑われたが、リベリアの証言によって撤回。残りカスのような魔力を使い【クリエイトライブラリ】で傷を僅かに癒し、書庫を傷つけたのは自分だと全てを話した。
責任をとって管理者を降りると言ったリベリアだったが、その場にいた全員に反対され、更には許しの言葉も掛けられた。リベリアに対する罰は“書庫の片付けをやる事”と“『ミラージュ・タワー』に事情をきちんと説明する事”だけだった。
「特にレベッカさんには酷い事を……」
「え、えーと、そんなに謝られては困ります……。ちゃんと本部に連絡を入れていただければ、ワタシは大丈夫ですので」
「もちろんです。皆さんが処罰されないよう、説明させていただきます」
今度行ったときにどんな反応が見れるか。ちょっと楽しみだと考える。
「それと……ブレイドさん。お時間があるときに書庫へいらして下さい」
「え? あー、分かった……」
「何でちょっと嫌そうなのですか」
「リベリア様ー!」
書庫の中から来て下さいと呼ばれ、リベリアは眉をひそめながら「そろそろ行かなくては……」と呟く。
「しばらくの間、『英知の書庫』は休館となります。いつ開けるかは未定ですが、必ず修復し、一日でも早く皆さんに使っていただけるよう、もう一度……頑張っていきます」
「はい。また遊びにきます」
「いつでも。では、お気をつけてお帰り下さい」
失礼しますとリベリアの姿が書庫の中へと消える。
「……オレ達も帰るか」
「そうだな。疲れたし、眠いし」
そう言って欠伸を漏らすブレイドを肘でオイと小突く。
ちょっとした言い合いを交わしながら歩き出すアランとブレイド。レベッカも追いかけるも、ベルタがその場に留まっている事に気づき、振り返る。
「その……」
言いにくそうにするベルタに、レベッカは片手を差し出した。
「帰ろ。ベルタっ」
「え……」
「ワタシ達の拠点に」
ね? と首を傾げる。
ベルタは満面の笑みを浮かべると、レベッカの手を握り返した。
「おーい、二人共ー」
「置いていくぞー」
少し先で待つ二人の元にごめんねと駆け寄る。
「! 見て見て!」
声を上げたレベッカに釣られ、視線を向ける。
そこには、今まさに昇り始めた太陽が光を放ち、夜明けを迎えていた。
美しい光景に暫しの間目を奪われていたが、痛っとアランが漏らした声にハッとし、再び歩き出す。
「大丈夫?」
「アハハ……大丈夫じゃないかも……」
貸してもらった杖が無ければ歩けない程ダメージを受けたアランに合わせて、人通りが疎らな道を歩いていく。
「背負ってやろうか?」
「……いや、いい。怖いし」
「何でだよ」
「……そういえば、ベルタはワタシと会ったとき何をしてたの?」
アランとブレイドの話し声を背に受けながら、レベッカは隣に並ぶベルタにそう訊ねた。
「あ……む、無理に話さなくっていいからね!」
「いや……話しておくべきだな。実は……私には血の繋がった兄がいるのだが、もう数年間会えていないんだ」
「……じゃあ、お兄さんを探して?」
「ああ。兄は放浪癖を持っているが、部隊に所属しているんだ。だから私も入れば見つかるかと思って……」
「部隊って、拠点には行ったのか? 有るはずだろ?」
ナチュラルに参加して来たブレイド。アランも話を聞いていたらしく、耳を傾けている。
「もちろん行った。だが、入り口で止められてしまった。アポが無ければ入れさせられないと」
「アポ……? 有名なんだな。部隊名は?」
「『闇黒騎士隊』だ」
「「「えっ……」」」
レベッカ、ブレイド、アランの声が見事に重なる。三人は互いに顔を見合わせ、言いたい事があるならどうぞと譲り合う。
一向に決まらないのをもどかしく思い、ベルタは名指ししていく。
「レベッカから話せ」
「え? ええっと……闇黒騎士隊に、ワタシの親戚も所属していて……」
「……次。アラン。」
「オレも、師匠と同じ弟子が騎士隊に入っていて……」
「……最後。」
「俺もだ。俺は幼馴染だけど。」
「……。」
足を止めたベルタは両手で顔を覆うと項垂れる。
「嘘でしょ……そんな事ってある……?」
「普通は無いな」
「無いな。もう起きてる頃だろうし……ちょっと連絡してみるか」
懐から緑色のエレフォン(エレパッドの片手サイズ版)を取り出すと、画面を操作し、呼び出す。
プツッ。
『はいはーい。なぁに、朝から。珍しいわね』
「珍しいは余計だ。ちょっと頼みたい事があって──」
ドキドキとしながら待つ事数分。
『闇黒騎士隊』に所属する幼馴染との通話を終えたブレイドから。
「明日なら平気だってよ」
と、告げられ、良かったねとレベッカが喜ぶ。
「明日か……一応依頼を受けに行かないとなんだけどな……」
「いいじゃねぇか。まだ調子良くないって言って休もうぜ」
「う〜ん……まあ、今回は仕方ないか……」
「アランの許可も降りたし、明日皆で会いに行きましょ! ベルタ!」
「いるかは分からないが……な……」
口ではそう言いつつも、嬉しそうなベルタ。
明日の為に今日はゆっくりしようと、朝日に照らされながら、数時間ぶりの宿舎へと帰還した。