Five Elemental Story 〜厄災のリベラシオン〜
頭の高い位置でひとまとめに括られた髪に、丈の長いジャケット、変化した髪飾り。そして、細身の二振りの剣を手にしたアランはその瞼をゆっくりと開く。
まさかの覚醒にラフェルトさえも膠着する中、横たわるレイは力なく笑う。
「信じてたよ……アラン君……」
溢れ出るエレメントの力に瞠目するアラン。そこに、ブレイド達の間をすり抜けたラフェルトが肉薄する。
「アラン!」
「!」
ブレイドの呼び声に意識を引き戻したアランは、こちらに向けて剣を振り翳すラフェルトを見据え、エレメントを剣に集中させる。
「【ペネトレイトブラスト】!」
これまでとは桁違いな威力の光属性攻撃に、闇属性であるラフェルトは抑えきれず大きく吹き飛ばされた。
地響きとともに派手に空間の壁に叩きつけたラフェルトを最後まで確認することなく、とある一点に目をつける。
(そこか!)
「──【インパルスフラッシュ】!」
光は『
「【戦神の勇者隊】総員──オレに続け‼︎」
力強く響いた声に、ブレイドが、レベッカが、ベルタが、ヴァニラが。極限まで目を見開き、アランの背を追いかける。
「っその先は」
視界を遮る煙の合間に垣間見たアランの行動に焦燥を駆られたラフェルトはすぐさま疾走するも、剣が背を捉える前にゼロとオレアが互いの武器を交差させ阻止。間髪入れず、二人の後方で魔導書を構えたレイがスキルを発動。
「【語りしは精霊神の詩片】──【アストラルストリーム】!」
「くっ」
眉を顰めたラフェルトは後退を余儀なくされ、アラン達の姿を見失う。
きっと彼らが向かった先に、『
「レイ君。君は彼らの後を追って」
「え、でも……」
「きっと、君の力が必要になる」
オレアも同意見らしく、顎でアランが切り拓いたルートを指し示す。レイは二人を交互に見遣り、何も語らず勇者達の後を追いかけた。
「あと少し……あと少しで世界は救われるのに……」
うわ言のように繰り返していたラフェルトは胸を抑え、止まらない『黒き鍵』の力に身を委ねる。
「僕達の……邪魔をするなあああああああああああああああああああああああああああ‼︎‼︎‼︎」
臨界点を突破し、感情とともに爆発した。
*
戦場だった大広間から一転。最奥まで続いているであろう道は暗く、自分達の足場や、周りに際限なく伸びる木の梢は新緑色から不穏な紫紺色へと変化。さらに、菅の役目も担っているのか赤い光が断続的に幹の中を移動しており、不気味な目を彷彿とさせる。
アランを筆頭に走る【戦神の勇者隊】一行は、アラン帰還の喜びもなく張り詰めた空気を纏い進軍していた。
「……何もないのか? ここは」
微かに戦闘音が聞こえるだけの一本道。ブレイドの言葉に、アランも不思議に思っていた。
ここへ連れてこられた際、アランはラフェルトが『誰か』にお願いして木の根を操っていたのを覚えている。その協力者たるものが攻撃してきてもおかしくはないが……。今のところ何の動きもない。
「行き止まり……?」
ぽつりとレベッカが呟く。大広間と比べひと回り小さなルームに足を踏み入れた彼らは、各々周囲に視線を這わせる。
ただひとつ異なるのは、行き止まりとされる壁は、ビロード色の古代遺跡の一部のような古めかさを持っており、『
アランがそれに触れた、その時。
『ようやくここまで辿り着いたか』
「「「「「ッ⁉︎」」」」」
心臓までをも震わせる重苦しい声に、五人は怯むことなく一斉に武器を構え、敵影を探す。しかし、その人物らしき影はない。
『私はここだ。お前たちの目の前にいる』
「……まさか」
ベルタの呟きに応えるように、遺跡と思われていた壁から紫色の瞳が見開かれた。そう、この遺跡“そのもの”が彼の体なのである。
『私の名はタルタロス。奈落を見守るもの』
「……ラフェルトが、『アトラト』と呼んでいるのはオマエか?」
『そうだ。「白き鍵」の持ち主よ』
タルタロスはそう応えるや否や、大きな正方形の石で組まれた『扉』を開き、内側に溢れ出る緑の光で彼らを照らす。
『この中に「鍵穴」がある』
「……罠?」
『ここまで辿り着いてしまったのなら仕方がない』
眦を釣り上げて問うヴァニラに反して、タルタロスの声は抑揚もなく静かであった。
目線だけで指示を仰ぐブレイドに頷きで返し、アランは顔を仰ぎ目と目を合わせる。
「……ラフェルトのことはいいのか」
『寧ろ、ラフェルトの身を案じての決意だ』
目を細めるタルタロスは、どこか優しい声音で続けた。
『今の時代、世界は希望で満ちている。ラフェルトが持つ「黒き鍵」の動力源である絶望は足りない。足りない力は、彼の魔力から補填される。……魔力を糧に生きるラフェルトは、それで消えてしまうかもしれない。少なくとも今はまだ』
勘違いするな、とタルタロスは勇者達を見下げる。
『これは延命に過ぎない。幾千、幾万、幾億の時を超え、我が
「その時はまた、その時代の勇者達がきっと止めてくれるさ」
笑みをこぼしたアランは扉をくぐり、タルタロスの内部へ。他の四人もアランに追従しその姿が見えなくなると。タルタロスはひとりごちる。
『ああ……悪役とは、通過点に過ぎないのだな。実に救われないものよ』
タルタロスの内部は白く塗り潰された空間だった。
壁と床の境界線も見えず、ここだけ異空間に繋がっているのではないかと錯覚してしまうほど。
そこに、ぽつんと置かれた石の台座。
鍵穴を模した台座を五人は囲う。
皆の視線を一身に受けつつ、アランは自身の胸から引きづり出すようなイメージで『それ』を取り出した。
ここの空間に負けず劣らずの純白が、光の円環を中心にアランの手のひらの上で浮遊している。
「これが、『白き鍵』……」
誰かが呟きを落とすのを耳朶に、アランは鍵の大きさを手のひらサイズから片手剣ほどのサイズにまで大きくさせ、ゆっくりと、鍵穴に差し込む。
「っ⁉︎」
しかしタルタロスの拒絶反応なのか、鍵穴から出鱈目に噴き出した風の圧力に顔が歪む。力で抑えようともびくともしない。
「アラン」
「アラン」
「アラン」
「アラン」
「……!」
ひとつ、またひとつと、鍵を手にするアランの手に重なる仲間達の手。
少しずつ、少しずつ。
終焉が、近づいていく。
*
「っ〜〜〜〜〜〜〜‼︎」
ドーム状の結界外で激しく散るスパーク。一撃ごとの重さに眉を顰め、片膝が尽きそうになる。
アラン達がタルタロス内部に侵入した直後、最奥に到着したレイだったが。ほぼ同じタイミングで追いついたラフェルトと戦闘。ゼロとオレアの身を案じる間もなく、アラン達を守る最後の砦となった。
なかなか突破できない障害にラフェルトは目に見えて狼狽える。そして、唯一無二の友に叫んだ。
「アトラト! 援護して!」
『……』
「アトラト!」
彼がアラン達を“見逃した”理由を、彼は理解出来なかった。
「僕と君は今日まで、絶望に満ちた醜い世界を救おうとしてきたじゃないか! それなのにどうして!」
「それは違う!」
口を挟んだのはレイだった。猛攻を耐え忍びながらも、腹の底から声を引きづり出す。
「絶望は巡る! 希望とともに! 絶望は終わりじゃない、“はじまり”なんだ! 新たな希望と絶望を呼び寄せるための‼︎」
「っそれは結局誰の救いにもならない!」
「人はそうして成長していく! 人はそうして強くなっていく! 人はそうして“生きていく”! 君達の理想郷は、生の実感もないただの箱庭に過ぎないんだ‼︎」
レイの言葉に応え、彼の魔導書がより一層の光を放ち結界を強固なものへと塗り替える。
(押せないどころか……押されている⁉︎)
激昂を通り過ぎ冷静になったラフェルトは驚愕を露わにする。思わず手を止めてしまった彼に、タルタロスは想いを告げた。
『ラフェルト。私は──
お前とまた、自由に旅をしたい』
「アト……ラト……」
──カチャン。
鍵が外れた音とともに。爆発的な光が辺り一面を包み込んだ。
「『
それは『
「!」
「アイザック!」
「いや止めるな! 全員行くぞ‼︎」
愛竜に跨り空中で待機していた【守護竜騎士隊】はこれを機に内部に進軍。あれだけみずみずしかった木々が朽ち果て、徐々に崩壊していく中で彼らの姿を懸命に探す。
*
アラン達がいたタルタロス内部にも亀裂が走り、瓦礫と化して頭上から落ちてくる。
このままでは自分達の身が危険だと判断した五人は即座に来た道を戻り、レイが待つルームへと出た。
「ラフェルト……」
刻一刻と崩壊していく『
レイ、そしてアラン達に一瞥もくれず彼らの間を通り過ぎ、目玉“だけ”と化したタルタロスを拾い上げ、優しく胸元に抱く。
「大丈夫。貴方も、僕も、もう独りじゃない。……一緒に居るよ。
「──! ラフェ……」
直後、彼らと断絶するかの如く朽ちた木の根が飛来して分断される。
誰もが憎しみだけじゃない感情を抱きつつも沈黙が落ちる中、仲間達の声が響き渡る。
「アラン! ここにいたか‼︎」
「師匠! アイザック!」
「そう長くはもたない、早くアタシ達の竜に!」
道中で保護したのか、虫の息のゼロとオレアをテラとバラバスがそれぞれ担いでいた。
急かすエステラに後ろ髪を引かれながらも撤退を始める最中──その場から微動だにしないレイに、アランとブレイドは目を見開く。
「レイ! 早くしろ!」
「巻き込まれるぞ‼︎」
「……先に行って。必ず追いかけるから」
こちらを見ることなく告げたレイに、二人は顔を見合わせると信頼を滲ませて笑う。
「ああ! 待ってるからな!」
「来なかったらぶん殴るぞ!」
と、飛び乗るようにしてエステラとミリアムの竜に飛び移った彼らは完全撤退する。
『
「坊ちゃん!」
「にぃに!」
「アラン!」
仮設拠点近くに降り立った彼らを、大勢の人々が華々しく出迎えた。
エステラのクオラシエルから降りるや早いが、アランはセバスチャンとアリスから硬く抱擁され、その後ろからアルタリアに頭をもみくちゃに撫で回される。
大切な人のもとに帰ってこれた──それを実感したアランは、小さく肩を震わせ目尻に涙を溜めたのを、隠すようにセバスチャンは己の胸元に優しく押さえつけた。
ブレイド達はミリアム達とその様子を眺めていたが、それぞれにハルドラ達が歩み寄れば、口々に会話を交わす。
ゼロとオレアはその後すぐに意識を取り戻し、簡易的な治療を施されたあと、それぞれの仲間達に支えられながらあるべき場所へと帰っていく。再会の約束は交わさなかったが、きっとまた会えると思わせる別れだった。
*
「……後悔するよ」
仮設拠点の目と鼻の先、皆が知らぬところで交わされる会話。
無事に脱出に成功したレイは、アランを中心に歓喜する仲間達の姿を優しい眼差しで見つめながら、傍らに立つラフェルトの言葉に頷く。
「いつか、そうなる日が来るかもね」
未だ寒さを残した冷ややかな風が彼らの頬を撫でる。
「……ねぇ、ラフェルト」
「……何」
「僕、新しい夢ができたよ」
「新しい夢……?」
レイは胸に拳を宛てがい、子供のように瞳をキラキラと瞬かせながら語る。
「うん。……本を出したい。百年……いや千年先の未来まで、語り継がれるような冒険譚を」
「……本のタイトルは?」
聞き返すラフェルトに、レイは破顔した。
「──『エレメンタルストーリー』」
この物語に“悪役”はいない。ここに居るのは、自分の意思を貫き通す“英雄”達だけ。
五つの元素が織り成す大陸『エレメンタル大陸』で紡がれた、五人の冒険者達が勇者と呼ばれ、運命に諍い、遥か先の未来で伝承となる、英雄譚。
新たな勇者の誕生を彷彿とさせる名に、ラフェルトは微かに微笑む。
そうして忽然と姿を消した彼に、レイは瞼を伏せる。
──だから僕は、語り部になるよ。
願わくば、この詩が、遠い遠い未来の君に届きますように。
第2部完結。
「お前好きだよな、その本」
「それ、すげー昔に活躍した勇者の話だろ?」
「よく飽きないな」
「でも勤勉なのはいいことですよ」
「本もいいけどそろそろ行かないと。遅れるわよ」
古びた本を手にした小さな少年は、「今行くよ!」と仲間達の背中を追いかけた──……。
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