Five Elemental Story 〜厄災のリベラシオン〜

14話 鏡の国のキミ



「オレは……誰だ……?」

 天まで届きそうな樹木がどこまでも並んでいる。
 鬱蒼とした森の中、木陰に蹲っていたアランはふいに顔を上げた。

「行かないと……行かないといけない気がする……でも、どこに?」

 どのぐらい経ったのだろうか。
 地に立ち、行く当てもなく歩き出す。

「そもそもオレの名前は……?」

 梢に手をかけ、思い出そうと必死になるも。名前という名前がことごとく思い浮かばない。自身が歩いている場所の名前すら。
 意味もなく森を彷徨うアランの背後に人影ひとつ。

「こんにちは」
「!」

 背後から飛び出した高い声に肩を震わせ、ばっと振り返る。
 そこには子供特有のあどけなさを残した――兎の耳を頭から生やした少年がこちらを見上げていた。
 少年は笑みを湛えたまま、恐れもせずアランの瞳を見据える。

「道案内はいかがでしょうか?」

 そう傾げた小首に伴い、ぴょこんと兎耳も揺れる。
 気持ちの良い青空を宿したかのような瞳に戸惑いつつ、アランは恐る恐る頷く。

「案内……してもらえるか? オレは行かなくちゃいけないんだ。……どこにかは思い出せないけど」

 不安げに語るアランに、少年は目尻を下げる。

「はい。ご案内いたします。あなたが行くべきところまで」


 ――こうして。アランは、兎耳の少年のあとを追って摩訶不思議な世界を巡ることとなった。
 目的地がどこかは語られぬまま……。


「キミの名前を聞かせてくれないか?」

 アランの問いに、少年は苦笑で返す。

「もう少し先ならお教えできます。ここでは思い出せないものでして」
「思い出せない? キミも?」
「ここでは名前という名前を忘れてしまうのです。あなたも、ぼくも」

 そうだったのかと点頭するアランに背を向け、少年は出口に通ずる獣道を先導。無事に森を抜け出すことが出来た。

「オレの名前は……そうだ、アラン、アランだ。でも行くべき場所はどこだ……?」

 確かめたアランだったが、早速行くべき道を見失う。

「大丈夫ですよ、アランさん。ぼくが案内いたします。『鏡の女王』のもとまで」

 少年はそう胸元に手を添え、背筋をぴんと伸ばす。
 アランは密かに安堵し、軽く頷き返した。

「それでは参りましょう。あの方もお待ちですよ」


☆★☆


 『もの皆名なしの森』を脱出したアランと兎耳の少年。
 案内係の少年についていくアランだったが、突然どういうわけか走り出すことに。
 手を繋ぎ凄まじい勢いで走ることになった理由には皆目見当もつかず。だが妙なことに、周りの景色はゆったりと流れていくだけで位置がほとんど変わらない。
 どうしたのかと当惑するアランを置き去りに、少年はただただ走る。
 そうしてやっと走るのを終えた頃には、二人ともぜぇはぁと肩で息をしていた。

「と、……突然どうしたんだ……?」

 膝に両手をつくアランに、汗を甲で拭う少年はこう答える。

「こ、この国では時折こういう……現象が起きるのです……前へ進むのに、全速力の二倍の早さで走らないといけないんです……」
「……なんだそれ」
「と、特に意味はないです……」

 先に落ち着いたアランは少年の呼吸が整うのを待ってから、今後の方針を尋ねた。

「で……オレ達はどこに向かっているんだ?」
「それはもちろん『鏡の女王』様のところですよ」
「『鏡の女王』?」
「『鏡の女王』様のところですよ」

 支離滅裂だ、とアランは早々に質問を諦めた。
 ここは不思議なことばっかり起きる。
 ……『ここ』は?

「……」
「アランさん、……アランさん!」
「っ」

 考え耽っていたアランは自分を呼ぶ声に意識を現実へ引き戻す。
 隣を見遣れば、少年が不安げにこちらを見上げていた。

「いかがされましたか?」
「い、いや、なんでもない……」

 正面を向いたアランは眼前に広がる森林に目を細める。

「……戻ってきたのか?」
「いいえ、先程とは違う森です。ここが近道なんですよ」

 とてとてと先頭を歩く少年に、ふぅんと返したアランも続いて再び森の中へ。
 すると突然突風が発生し、真っ白なショールがアランのところに飛んできた。
 反射的に捉えれば次の瞬間。

「ありがとうにゃ!」

 聞き慣れない第三者の声が耳朶に響いた。

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