外伝まとめ

黄金の悪夢ユメ


【登場人物紹介】(*←オリキャラ)

◆レイ*(性別:男/一人称:僕/属性:無/種族:異物混人-ハイブリッド-)
感情表現が非常に素直なフリーの記者。お隣〈オラトリオ大陸〉から正式に移住。資金稼ぎと経験を積むべく、自身が借りているもみじ荘の一室で比較的敷居が低い探偵事務所を立ち上げた。
探偵業の傍ら、記者活動及び執筆活動に勤しむ。

◆ラフェルト*(性別:男/一人称:僕/属性:闇/種族:不明)
かつて旧世界を消滅させた過去を持つ大罪人。人当たりの良い笑みを讃える好青年…は見せかけ。本来の性格は他人が苦しむ姿を眺めることが好きな外道。嫌がられることを承知でレイに雇うよう持ちかけた。非常勤。
普段は周囲に合わせた服装だが、戦闘時は儀礼服を纏う。

◆時計ウサギ(性別:男/一人称:ボク/属性:水/種族:ビースト)
少年らしい活発さを持ち合わせた案内人。キャロル(セバスチャン)から紹介され、常勤としてレイのサポートに務める。仕事面では見た目と結びつかないほど優秀だが、プライベートでは抜けた部分がちらほら。お寝坊さん。
“時計ウサギ”と正式名で呼ばれることが少ない。

◆テトラ(性別:女/一人称:わたし/属性:光/種族:スピリット)
『ナンバーズ』に所属する真っ直ぐな心を持つ冒険者の少女。ゼロから紹介され、非常勤として働く。誰に対しても明るく愛嬌があり、老若男女に好かれやすい。ムードメーカー的存在。やや不器用で脳筋な一面も。

◆ロリーナ(性別:女/一人称:私/属性:水/種族:ヒューマン)
おっとりとしたしっかり者のお姉さん。三人姉妹の長女。探偵事務所の話を耳にし、自ら志願した。時計ウサギ同様常勤としてサポート、また女性依頼者の対応も行う。基本は事務所でお留守番の受付嬢。読書が趣味。

◆オレア(性別:男/一人称:俺/属性:水:種族:ヒューマン)
『ダークネスリパルサー』リーダーを務めるインテリ系青年。博識かつ知識欲が強く、デリカシーに欠ける行動も見受けられるが悪気はない。かつての旧世界では幾度となくラフェルトと対峙。現在でも衝突は絶えない。探偵事務所にはラフェルトを監視するという名目で入所したが、やりがいがある模様。非常勤。


 ■

 エレメンタル大陸中央に位置する“はじまりの地”。
 シンボルである『ミラージュ・タワー』のお膝元。多くの人々が行き交う街より少し離れた場所──草原にぽつんと佇むアパートの一室に、それはある。
 アパート名もみじ荘に因み名付けられた、オータムヌ探偵事務所。

「う〜ん」
「なにかあった?」

 所長兼創立者のレイが、パソコンと睨めっこしている隣。画面を覗き込んだ時計ウサギに、レイは歯切れ悪く話し始める。

「いや……ね、この依頼者リストなんだけど……」
「まあまあ埋まってると思うのだけど……?」
「来てくれるのは有り難いんだけどさぁ……内容が『落とし物を探してほしい』とかしかなくて」
「でもペットより全然楽だと思うな、ボクは」
「物は逃げないものね」

 そう苦笑を浮かべたロリーナが、お茶をレイに差し入れる。ありがとうと返し、お茶を啜る。

「ん〜でもでもっ、わたしはもう少し刺激的な依頼を受けてみたいなーって思います!」

 ソファーで寛いでいたテトラの視線に、レイは苦笑。

「浮気調査が来ないだけ良いと思うよ。探偵業ってそういうもんだしね」
「小説とかであるあるの推理とかないのに驚きましたね」
「一応事件に首を突っ込むのは場合によって法に触れちゃうから、出来ればしない方が良いんだよ。……あっでもエレメンタル大陸はどうなんだろ。わりかしなんでもOKだよね」
「い、一応法というかルールはありますよ……?」

 弁解するロリーナにわかってるよと笑う。
 自前の懐中時計で時刻を確認した時計ウサギがレイを呼ぶ。

「そろそろ時間だよ」
「うん。じゃあ今日も1日宜しくね! 看板変えてくれる?」
「了解ですっ!」

 元気よく返事したテトラが扉に向かうも。テトラがドアノブに触れるより早く、外側から扉が開かれる。

「あ、オレア君。おは……」

 挨拶をしようとしたレイは思わず口を閉ざした。
 出勤したオレアの後ろ、桃色の髪の女性はここに居る誰も見覚えがない。

「……オレア君、その方は?」
「俺達に依頼したいことがあるそうだ」

 桃髪の女性はオレアの斜め前に移動すると、可憐な所作で微笑む。

「はじめまして、私はエル。本日は皆様にお願いしたいことがあって来たの」


「お茶とコーヒー、どちらがお好きですか?」
「ん〜と、お茶をお願いしてもいい?」
「かしこまりました」
「ふふ、ありがとう」

 テーブルを挟み、片方のソファーには女性エル。もう片方にレイとオレアの2人が腰掛ける。
 ロリーナがエルにお茶を出したタイミングでオレアが切り出した。

「繰り返しになってしまうが、再度説明をしてもらっても良いか?」
「ええ。こちらにご案内していただいている間に、彼には話したのだけれど……」
「お願いします」

 時計ウサギがレイの視線を受け、紙とペンを用意する。

「まずは私の話からね。私は“光明の地”で代々長〜く続く有名な鉱業の一族の現当主、ミダスさまの2人目の奥さんよ。本妻が別にいるの」

 衝撃的な話にオレアを除く一同が目を丸くする。

「ま、その事は今回の話に関係ないからスルーしてね」
「は、はいっ」
「こんな風に奥さんを2人娶れるぐらいお金持ちなミダスさまなんだけど、ちょっと不安なことがあって」
「不安なこと?」

 エルはカバンから一通の手紙を取り出す。

「これがつい最近、私達が暮らす屋敷に届いたの」
「中を拝見しても?」
「もちろんよ」

 封を開け、メッセージカードに書かれた文字をレイが読み上げる。

「……『忌まわしき呪いに取り憑かれし虚王に告ぐ。月の光が夜を満たす刻、黄金の悪夢ユメに溺れるであろう。』……差出人は?」
「ここには書いてないね」
「字面も意味深だな……心当たりはないのか?」

 オレアの問いにエルは首をかしげる。

「いいえ? 全く。始めは私達もイタズラだろうって無視しようとしたんだけど……」
「だけど?」
「ほら、そこにある『月の光が夜を満たす刻』。きっと満月のことを指してると思うの。で、その日にちょうどお客様を招いてパーティーが開催される予定だから……」

 オレアはソファーから立ち上がり、壁にかけられたカレンダーを見つめる。

「満月というと……3日後、だな」
「つまりこれを送ってきた差出人が、パーティーの参加者になにかしらの危害を加えようとしているのでは。……って、エルさんは言いたいんですねっ!」

 まさしく待ち焦がれた事件の予感にテトラは目を輝かせている。エルも機嫌を損ねることなく「ピンポーン!」と笑っている。

「話が速くてお姉さん助かっちゃう! そこで皆様にお願い、パーティーの参加者に扮して警備してほしいの」

 レイはすぐに承諾することは出来なかった。意見を求めようと彼らを振り向くも、テトラから伝わる“ぜひとも受けましょう”オーラにたじろぐ。

「……わかりました。お引き受け致します」
「ありがとう! じゃあ早速だけど、いろいろ相談させてもらうね」

 当日の段取り、参加者リスト、報酬金の額。などなどの話を終えたのち、エルは「また当日に会おうね!」と終始笑顔のまま事務所をあとにする。
 バタンと扉が閉められてから数秒後。レイはオレアに話しかけた。

「そういえば。オレア君はエルさんと知り合いなの? 一緒に来てたけど」
「いや初対面だ。彼女が街中で道ゆく人々にここの行き方を尋ねていたのを耳にしてな。声を掛けたというわけだ」
「そうだったんだね」
「……よしっ。レイさん、依頼書に記入出来たよ」

 エルとの会話をメモしていた時計ウサギが依頼書をレイに手渡す。

「ありがとう。あとでデータ入力するね。まずは3日後までに準備出来ることを考えないと」
「推理小説読みまくります!」
「それはしなくてもいいかな……」

 レイはエルが用意した参加者リスト(をコピーしたもの)を数枚印刷し、赤いペンで線を引いていく。
 そしてオレアとテトラの2人にそれぞれ渡した。

「ひとまず2人には参加者の人について情報を集めてほしいな。人柄も職業もそうだし、ミダスさんとどういう繋がりなのかとか。差し出した人が参加者じゃないとは限らないしね」
「りょーかいですっ! お任せを!」
「引き受けた。だがこういうのは君の方が得意なのではないか?」
「先に受けた依頼を熟さないとだからね……。ウサ君も手伝ってくれる?」
「うん! ちゃっちゃと落とし物見つけちゃおう!」
「ロリーナちゃんはいつも通りここで待っててね。あ、でもネットで調べられる範囲でいいから、ミダスさんについて情報をまとめといてくれる? 時間があったらでいいからさ」
「わかりました」
「あと……」
「……?」

 レイはそっとロリーナに歩み寄ると、なるだけ声を顰めて。

「もしフェル君が来たら、事情を話しといてくれるかな。……今日も来ないかもだけど」

 ここ数日、事務所にラフェルトは姿を見せていない。心配はしていないが不安だ。嫌な予感しかしないのが事実。
 ロリーナが小さく頷いたのを確認すると、「お願いね」と眉尻を下げる。


 ──その日も次の日も、前日でさえも。ラフェルトが姿を見せることはなかったが。

 ■

 パーティー前日。
 てっぺんに昇った陽が傾き出した午後。ラフェルトを除いた面々が全員揃い、明日に向けての最終確認ミーティングが行われていた。

「リストに載っていた参加者についてだが、特に怪しい点はなかったな」
「1人や2人怪しい人が居ても不思議じゃないんですけどね〜……」
「ミダス氏との関係も良好で、やはり宝石を取り扱う実業家が多かったな」

 相槌を打ちながらオレアとテトラの報告を聞いていたレイは、ロリーナが作成した資料を手に発言する。

「ミダスさんの方も人望がある人で、黒い噂とかは流れていないみたい。それもこれも、数年前に『ゾエ』って言う娘さんを亡くしたのをきっかけで好感を持つ人が多くなったらしいね」
「あとミダスさんはバラが好きなんだって。お庭にあるバラの庭園はとってもキレイって話だよ」
「ぜひ見てみたいですね!」
「話ズレてるズレてる。ミダスさんはお金持ちではあるけれど慎ましい人で豪遊とかしないけど、使っている物は黄金製が殆どなんだってさ」
「娘を亡くす前はいろいろと遊んでいたのかもしれないな」
「黄金製ならなおさら捨てられませんね……」

 飛び交う報告と推測がひと段落すると、レイはシワを寄せた眉間を抑える。

「困ったなぁ……差出人の目星も目的もわからずじまいなんて……」
「ただの悪戯だったり……?」
「そうだったら良いんだけど、特に注意すべき人物を絞れないのはなかなかキツいよね」
「そう臆することはない。城ではないのだから。仮に行動を起こすとしても範囲は限られるだろう」

 オレアの言葉にそうだねと納得する。

「パーティー開始は明日の夜7時。その2時間前には会場付近で集合するってことで」
「ドレスはエルさんが用意してくださるんですよね?」
「そういう手筈にはなってるはずだよ」
「パーティーにドレスだなんて……まるでお姫さまになったみたいですよね! ロリーナさん!」
「えっ? そ、そうだね」

 答えた直後、ロリーナは顔を赤らめる。どうやら普段大人っぽい彼女でも、お姫様は憧れであるらしい。

「これで依頼じゃなかったら文句無しなんですけど〜」
「そうだねー。ご飯もきっと美味しいだろうし、純粋に楽しみたかったな〜」
「もう2人とも、遊びじゃないんだよ」
「「はーい」」

 呆れた様子で注意する時計ウサギにロリーナは笑みを溢す。
 一方でオレアは険しい表情で悩んでいた。途中からレイも気づくが、きっとラフェルトのことだろうと思い、触れずにそっとする。
 最終確認ミーティングを終えた後、明日が休日出勤だというのもあり普段の就業時間より早く事務所を閉めることに。
 明日の集合場所を確認し、各々その場で解散した。

 その晩。
 夜の闇に紛れ、ひとひらの青い蝶が窓をすり抜け事務所内に侵入。
 青年の姿へと変化し、ゆっくりとその目を開く。

「……」

 黒髪の青年ラフェルトは、ここ数日で引き受けた依頼書の数々に目を通す。その中にはエルからの依頼書もあり、ラフェルトは目を細めたのち──口元を怪しく歪めた。

 ■

 パーティー当日。
 時刻は午後5時を周り、6時に差し掛かる頃を迎える。

「まあっ、所長さんお一人だなんて」
「ええとその……はい」

 集合場所で依頼人エルを迎えたのはレイただ1人。他のメンバーの姿はどこにもない。


 ロリーナは今朝、末妹のイーディスが熱を出したことにより欠席。
 時計ウサギは名前の由来である懐中時計の故障に伴う修理につき欠席。
 テトラは『ナンバーズ』リーダーのゼロと大事な話を数時間前からしており、欠席もしくは遅れると同じく『ナンバーズ』に所属のトロワより連絡が。
 そして、オレアに関しては連絡がつかない状況にある。


「ん〜、所長さんを信用していないわけじゃないんだけど〜……大丈夫?」

 当の本人ですら不安を抱いている様子に、エルが心配しないわけがない。

「だ、大丈夫で……」
「──ご心配なく。“2人”なので」
「⁉︎」

 そこに現れた救世主ならぬ黒髪の青年ラフェルト。肩を叩かれたレイは驚くと同時、安堵を覚える。

「フェル君! な、なんでここに」
「一応僕も事務所の一員なんだけど? 来るに決まってるでしょ」

 ラフェルトはエルに振り返ると、にこりと人当たりの良い笑みを浮かべて。

「はじめまして。今日はどうぞよろしく」
「こちらこそ宜しくお願いするわね。良かった〜もう一方ひとかた来てくださって」
「ご期待にお応えできるよう努めます」

 嘘つけ。レイはラフェルトに半目を向けた。

「じゃあ揃ったことだし、屋敷まで案内するね。向こうに馬車を停めてあるからそれで行くよ」

 レイとラフェルトはエルが用意した馬車に乗り込み、パーティー会場である屋敷へと向かう。

(オレア君……どうしたのかな……?)

 レイは窓の外を流れる景色を目に、唯一連絡が取れなかったオレアの身を案じていた。

 ■

 時は遡ること数時間前──。
 光に祝福された成れの果て、一面が砂に覆われし“光明の地”に存在する砂漠の一角。

「ぐううッ‼︎」

 攻撃を受け、怯んだオレアの顔が痛みに歪む。相対するのは戦闘服儀礼服に身を包むラフェルト。一方的にオレアを蹂躙するラフェルトもまた、歪に笑う。

「なぜ……今日に限ってお前が……」
「なぜってなに? 普段はそっちがしてることを僕がするのはダメだって言うんだ」
「っ……」
「ああ、それとも。あの言葉鵜呑みにしちゃった? それならごめんね、全くそんなつもりなかったんだけど」

 ラフェルトが1人で行動しているところをオレア達『ダークネスリパルサー』が襲撃するというのがいつもの流れ、なのだが。今回オレアはラフェルトに呼び出され、人が寄りつかないこの砂漠へとやって来た。ラフェルトはオレアを呼び出す際、2人が所属する探偵事務所が受けたエルからの依頼をチラつかせた。今回ばかりは、オレアも鵜呑みにしてしまったようだ。

「白々しい……だが、それを解かっているならタイミングが悪いとなぜ気づかない」
「そっちだって僕の都合無視してるでしょ。おあいこじゃん」
「お前と一緒にするな!」

 怒りを吐き捨てると同時、ラフェルトに向けてナイフが投げられる。危なげなく回避すると、ラフェルトは『黒き鍵』をその手に。

「時間掛けたくないし、さっさと終わらせるよ」
(まずいっ……!)
「【ディフレクト】‼︎」

 半透明の青い障壁を自身の前方に展開する。
 一拍置いて。冷酷に目を細めるラフェルトは唱える。


「【晦冥の夜明けエウバーダ】」


 先端より放たれた真っ白な光線は、障壁ごとオレアの体を飲み込んだ。
 青い髪や服が焼け焦げ、俯せに倒れ込んだオレアは満身創痍の中。戦意だけは失っておらず、立ち上がろうとする。
 その様子を見下ろし眺めるラフェルトは、オレアの背後を見遣り不敵に笑う。

「今日はここまででいいかな。少なくとも今日の依頼? には参加出来ないだろうし」
「なんだと……? なにが目的だ!」
「勿論タルタロスを復活させる為だよ。その為に少し……“利用させてもらおう”と思ってさ。とりあえず信頼を積み上げるところから始めないと」
「それはどういう意味だ!」
「話しても良いけど、のんびりしてる暇はないと思うよ」
「なに……? ……ッ⁉︎」

 強い力で後方へと流れる風と巻き上がる砂の音。
 オレアの背後に迫るのは天に轟く高さの砂嵐であった。

「じゃあね、オレア。生きてまた会えたらいいね」
「待て‼︎ 今回の依頼はなにかおか」

 ラフェルトは転移術を用いてその場を離脱。残されたオレアのもとに、無慈悲にも砂嵐が迫る──。


 離脱後、ラフェルトは自分の仕業だと気付かれないように行動を起こす(ロリーナに関しては予想外であったが)。
 そうして、レイを1人にさせる状況を作ったラフェルトは何食わぬ顔で彼の元に現れたのだった。

 ■

 満ちた月の光が優しく地上を照らす。
 寂しげな雰囲気を打ち消すように、絢爛豪華に飾り付けられたパーティー会場は明るく賑わう。
 エルから借りたドレスコードであるスーツを着用したレイとラフェルトは、参加者に扮してパーティー会場へと足を踏み入れた。

「お二人さんっ」

 そこにドレスアップしたエルが2人を呼びに来た。バラをモチーフとしたピンク色のドレスがよく似合っている。

「お待ちしておりましたわ♪」
「遅くなってすいません……」
「いえいえ〜っ、特に異常はなかったからまだ平気みたい」

 それというのも。エルが用意したスーツは数十種類あり、選ぶのに少々時間が取られてしまった。彼らより時間がかかるはずのエルの方が先に会場入りしてしまうほど。

「先に少しだけいいかな? ぜひミダスさまに会ってもらいたいの」
「ミダスさんに?」


「今宵はお越し下さってありがとうございます。私はミダス、ここいらで鉱業を営んでいる者です」

 立派な顎髭を蓄え、金で作られたガントレットを嵌める男。この者こそが、今回の依頼人であるエルの夫である。

「こちらこそ、このような場所に招待頂きありがとうございます。所長のレイです。こちらはラフェルト」

 軽く会釈したラフェルトにミダスは微笑みで返す。

「失礼ですが……奥様はどちらに?」

 ラフェルトの言葉に、レイもそういえばと気づく。本妻がこの場に居ないのだ。
 ミダスは隣に並ぶエルと顔を見合わせると、困ったように答えた。

「妻は体調を崩しておりまして、部屋で休んでおります。……伝えておかなかったのか?」
「えへへ、ごめんなさ〜い」
「それは心配ですね。奥様はお一人ですか?」
「使用人が付いております。妻の方は心配ないかと」

 なるほど。ラフェルトは小さく相槌を打った。

「ではこの辺りで私共は失礼します。どうか宜しくお願い致します」
「はい」

 ミダスはエルと共に2人から離れ、また別の夫妻の元へ挨拶に向かう。
 レイとラフェルトは壁際に移動し、互いの声が聞こえる声量で話す。

「よくわかったね。エルさんが本妻じゃないって」
「事務所に資料があったでしょ」
「えっ入ったの? いつ?」
「昨日の晩」
「それなら僕部屋にいたのに……声掛けてよ」

 ウェイターが2人のもとに訪れ、シャンパングラスを勧める。レイは断り、ラフェルトは1つ受け取った。

「……それで、これからどうするの?」

 ウェイターが離れたタイミングでそう問いかけたラフェルトは、シャンパンを一口喉に通す。

「本当はもっとみんなで分担する予定だったけど仕方ない。会場と会場外で分かれよう」
「じゃあ僕ここね。ラクそうだし」
「別にいいけどさぁ……ダンス誘われたらどうすんの」
「なんとかなるでしょ」

 ぐぬぬと唸るのもほどほどに。レイは「じゃあ宜しくね」と会場である大広間から立ち去る。

 ■

 月明かりが照らす廊下を、レイは1人進む。すれ違うのは屋敷の使用人ばかりで、パーティー参加者とは出会さない。それもそうか。こっちに用がある参加者は居ないだろうし、もし居たとしたらそれは……。

「……!」

 鼻腔をくすぐる甘い香りに足を止める。
 目の前に広がるのは、屋敷一個分に相当する広さの庭園。それも、見たことのない金色のバラが咲き誇るバラの庭園であった。

「凄い……」

 石畳の通路に足を踏み入れ、花壇に植えられたバラを物珍しさから魅入ってしまう。造花、にしては香りがいい。特殊な品種なのだろうか。
 立ち止まって眺めていたレイは、さらに庭園の奥へ奥へと自然に足を向けていた。通路を進み辿り着いた先、レイは目を見開いた。

「女の子……?」

 円状に敷き詰められたタイルの中央。台座の上に鎮座するは少女の金像。ふわりと風に靡く髪も、輝きに満ちた瞳も、すべて金で表現されている。

「所長さん?」

 背後から発せられた声に、レイはびくりと肩を震わせた。
 振り返れば、いつの間に現れたエルがにこにこと笑みを浮かべて佇んでいる。

「こちらにいらしていたのね。会場ではお見かけしなかったから」
「い、一応外回りをと……。エルさんはどうしてこちらへ?」
「ひと休みがてら。私、ここの庭園大好きなの。ミダスさまがお手入れしているんだけど、手を抜いてないってわかるから」
「バラお好きなんですね」
「ええ。大好きよ」

 レイは一度少女の金像を見遣ると、エルに尋ねた。

「あの……エルさん。この女の子って?」
「ミダスさまと奥様の間に生まれた娘さんよ」
「あ。それって『ゾエ』っていう子の……」
「うん、そう。少し前に亡くなってしまったらしいけどね」
「そうですか……」

 レイはエルから『ゾエ』の金像に視線を移す。なぜかずっと見つめてしまうような、そんな不思議な感覚に襲われる。

「……所長さんのタイプ?」
「えっ⁉︎ 違いますよ⁉︎」
「ウソウソ、冗談だってば〜」

 楽しげに笑うエルに揶揄われ、レイは苦笑を洩らした──その時。


『だめ……』


「え?」

 微かな少女の声が脳内に直接届く。
 レイは辺りを見渡すも、エル以外の人物の姿はない。

「どうしたの?」
「今声が……」
「声?」

 首をかしげている辺り、エルには聞こえていないらしい。
 畳み掛けるように。再度レイの脳内で少女が警告する。


『はやくその人から離れて……ここから逃げて……』


 今度はハッキリと言葉を理解することができた。レイは咄嗟にエルから距離を置く。

「……所長さん⁇」

 当然ながらエルはレイの行動を不可思議に捉える。
 だが不意にピタリと動きを止めたかと思えば。目で捉えられぬ速さで鞭のようなものを『ゾエ』の金像目掛けて薙ぎ払う。
 間一髪“エレメンタル・オラトリオ"で障壁を発動させ、鞭から『ゾエ』の金像を守る。

「……ぁあ。そういうことなんだね」

 鋭く尖ったイバラの鞭を手に、エルは『ゾエ』の金像に目を向ける。

「長い間石像になってると意思疎通できちゃう感じ? お姉さんびっくりだよ〜」

 そう言うエルの姿がドレスから別の衣装へと変わっていく。
 ダークピンクのローブに、胸元には一輪のバラが咲き誇る。どことなくラフェルトの儀礼服を彷彿とさせるデザインに、レイは戸惑いを胸に口を開く。

「あ、貴女は一体何者なんですか……?」

 エルは両手を後ろに回し、明るく微笑んだ。

「【アタラクシア】の第一級階位所属、スート名“エルミタージュ”。それが私だよ」
「【アタラクシア】……」

 知らない単語に眉根を寄せる。
 レイの反応にエル──エルミタージュは「えっ!」と手のひらを口元に添えて驚く。

「知らない? えっもしかして聞いてない? ユリシス……あ〜と、ラフェルトくんだっけ。彼が所属していた組織だよ」
「初耳……」
「え〜嘘〜! てっきり知ってるもんかと思ってお姉さん挨拶キメちゃった〜! やだ恥ずかしい」

 頬に手を当て恥ずかしがるエルミタージュにレイはペースを呑まれそうになる。

「エルミタージュさんは……」
「エルちゃんでいいよっ」
「……エルさんは、なにが目的なんですか」
「目的……」

 さあっと冷たい風が庭園を吹き抜ける。

「フィンくんにね、頼まれたの」
「頼まれた⁇」
「ラフェルトくん以外を──“排除”するようにって」

 途端、レイの身の毛がよだつ。
 茨鞭とは反対側の手を挙げると、辺りに咲き誇るバラが一斉にその花枝を伸ばした。

「っ⁉︎」
「見ててね、フィンくん! お姉ちゃんがんばっちゃうから〜!」

 空中に集いしバラ達は互いに絡み合い、レイとエルミタージュを外界と遮断する大きな檻と化した。
 次にエルミタージュは『ゾエ』の金像周りの地面から無理矢理バラの花枝を伸ばしては、すっぽりと覆い隠す。

「あ、心配しないで。所長さん気にしちゃうかな〜って思って守ってるだけだから」

 信用は全くできないが。斬るなり焼くなりして傷つけてしまうのは不味い。それが只の像ではないとわかった今なら尚更。
 エルミタージュは茨鞭で一度地面を打ち鳴らす。

「あと私、いたぶる趣味全くないの。だから……ちゃんと抵抗して、ねッ」

 語尾を強めると同時、レイに向けて茨鞭を薙ぎ払う。レイは寸前で屈んで回避。
 エルミタージュはその後も続けて茨鞭による攻撃を行い、レイは回避に徹する。

(こ、この人……全く動きが鈍らない……⁉︎)

 あり得ない速度で的確にしなる茨鞭を操るエルミタージュの表情は一切変わらない。このままでは防戦一方だと感じたレイは一度障壁を展開し茨鞭を受け止め、僅かに得た隙を狙い“エレメンタル・オラトリオ”の書を開く。

(借りるねレベッカちゃん)
「【語りしは灼熱の詩片】!」

 召喚するは“灼熱の勇者”を映し出したスキル。
 エルミタージュは目を細めると、レイの元に構わず突っ込んでくる。
 レイは狼狽えるもそのままスキル名を唱えた。

「【エクスプロード・インフェルノ】!」

 突き出された片手の正面に展開された真っ赤な魔法陣より、高火力の熱線が放出される。
 エルミタージュの体も易々と飲み込んでしまいそうな熱線に、本人は足を止めることなく茨鞭を地面に叩きつけ“跳躍した”。

「うええっ⁉︎」

 2人を囲うバラの檻の一部を焼き焦がしたのみで、肝心のエルミタージュは華麗に空中で回転。レイの背後に着地を決めると、こちらを振り返る前に手の平をレイに翳す。

「【旋風よスパイラル】!」

 呼び寄せるのは風とバラの花弁。一秒にも満たぬ間に渦巻き、混ざり合い、旋風となってレイを襲う。

「っ──」

 ■

 レイが庭園に到着した頃に時は前後する。

 会場に残ったラフェルトは参加者らと適当に話を合わせつつ、“その時”を待ち構えていた。
 オレアとの別れ際、彼が言おうとしていた言葉と自身の直感は同じ場所へと巡り合う。そう感じていた。
 あの手紙の内容が事実であれば、事が起こるのはこの会場──いや。ミダスが居る場所であるだろうとラフェルトは確信していた。
 だからあえてレイを遠ざけた。彼が戻ってきたとき、全て片付けてしまえば。きっと信頼が厚くなる。
 そうして積み上げた先で生まれる“絶望”は計り知れないだろうから。
 シャンパンを飲み終えたラフェルトは新たにグラスを手にし、ミダスのもとへ向かう。

(そういえば……エルあの女の姿が見えないな)

 颯爽と会場から姿を消していたエルに違和感を抱くも、気にすることはないかと放って。

「おお、ラフェルト殿。楽しんで貰えてますかな」
「ええ、とても」

 気付いたミダスがラフェルトに振り返る。

「それは良かった」
「ミダス様はお忙しいようですね。宜しければこちらで喉を潤して下さい」

 差し出したグラスの中身はアルコールに弱い参加者用に用意された葡萄ジュース。主催者であるミダスがそれを知らないはずはない。
 だがミダスは受け取ろうとしなかった。

「お気遣いは大変有り難いのですが、私はまだ喉は……」
「【眠れ良い子よブレセクエ】」

 囁くように、甘く、口ずさむ。
 ミダスの瞳が深い青色に染まり、ラフェルトが持つグラスに手を伸ばす。
 その手にガントレットが触れた瞬間──ラフェルトの体は黄金と化した。


「う、うわぁあああああああ⁉︎」
「きゃああああああああああ⁉︎」


 大広間に響く阿鼻叫喚の嵐。
 ハッと意識を取り戻したミダスは次の瞬間、絶望する。
 声にならない声を洩らし、ズルズルと後ずさる。
 ガントレットを突き抜け光輝く黄金の両手を見つめ、畏怖し、慄き、憎悪を抱く。
 最愛の娘も、美しき妻も。永劫に変容しない金像にしたこの手の呪いを。思い出してしまった。

「ぉおおおおおおおおおおおおおおッッ‼︎」

 解き放たれる黄金の光。
 それは瞬く間に大広間中を包み込んだ。
 物言わぬ道具も、温かい料理も、みずみずしいバラも、恐怖に駆られた人間達も。
 一切合切等しく。
 黄金の悪夢ユメに取り憑かれた。


 静寂が流れる黄金と化した大広間。
 膝を折るミダスは自身の顔にガントレットを近づける。触れた箇所からピキピキと黄金と変わり、頭が金と化したところで腕が力なくぶら下がる。
 初めに金像と成したラフェルトは蝶への変化を挟み元の姿へと戻った。

「あーあ、こうなっちゃったか」

 愉快げに笑みを浮かべながら、完成したミダスの金像を眺める。そう仕向けたのは他ならぬラフェルト自身ではあるが。
 効果は何にしろ、あの両手になにか秘密があることは察していた。だから敢えて自分に触れされた結果がこれだ。こーわっ、と笑うラフェルトであったが実際笑っている場合ではない。
 なぜならラフェルトには、この呪いを解く手段を持ち合わせていないからだ。
 ミダスや参加者達、そしてエルであれば【アアル・ムレイマオ】で記憶を書き換えてしまえば依頼は完了する。だがそれもこれも、この事態をどうにかしなければ話にならない。金になるとか聞いてない。
 レイに怒られるのは確実。せっかく手間暇かけたのにとラフェルトはわざとらしく溜め息を吐いて。
 だがラフェルトはもう一つ、推測を違えていた。
 オレアが警告した相手は、ミダスではないことに──。


『どうした。“殺さないのか”?』
「!」


 男の声が大広間に響き渡る。
 ラフェルトは周囲に意識を集中させ、青い蝶を模した魔弾をある一角に放った。
 壁に被弾し、煙が立ち上るその中を。迷いなく疾走し、ラフェルトと剣を交える。
 初撃を防がれた男はダークイエローのローブに3つの星が胸元に散りばめられた装束を纏っている。男の姿を捉えた瞬間、少し離れた位置に異なる2人の気配が現れる。
 ラフェルトは男の顔に、口角を持ち上げた。

「久しぶりだね“アルデバラン”。生きていたなら連絡ぐらいくれたらよかったのに」
「黙れ。貴様と話すことはなにもない」

 アルデバランと呼ばれた男は鉄のように変わらぬ表情で告げる。
 ラフェルトは「相変わらずだね」と洩らすと、笑みを絶やさぬまま首をかしげる。

「なに、この時代でも【アタラクシア】をやるつもり? 正直オススメはしないけど。旧世界ほど簡単にはいかな……」
「必要ない」
「……は?」

 ラフェルトはこの時初めて笑みを消した。感じ取ったからだ。自身が持つ『黒き鍵』とは異なる──絶望の力を。

「行け。精霊王の成れの果て共」
「……⁉︎」

 アルデバランが手にした小箱がガタガタと震え、蓋が開かれたと同時に飛び出した黒い絵の具。反応に遅れたラフェルトは黒い絵の具に飲み込まれ、魔力を吸い取られる感覚を感じながらも争うことも許されぬまま壁に叩きつけられる。
 すぐさまアルデバランは小箱の蓋を開き、黒い絵の具を回収。

「フィン」
「承知しました」

 控えていた2人の内の片割れ、眼鏡を掛けた青年が片手を意識がなくぐったりとしているラフェルトに向けて翳す。

「【フィンブルヴェトル】!」

 手の平から離れた極寒の吹雪がラフェルトを文字通り氷漬けにした。
 それを確認したアルデバランは、庭園がある方角を見遣る。

「『明星の七賢人』……」
「彼らが来ているのですか」
「あとのことは奴らに任せる。“パンドラ”が壊れるのも時間の問題だ。引き上げる。カレイド、鏡を……」


「フィンく〜〜〜ん‼︎」
「⁉︎」

 ■

 場面は、バラの庭園へ戻る。

「……あらぁ〜?」

 確実にレイの背後を捉えたはずのエルミタージュはゆっくりと首をかしげた。【スパイラル】は石畳を大きく削り取っただけで、レイの姿はない──。
 いや、正確に言えばレイはその場に居た。人の姿ではなく剣の姿となって、旋風を鉄の体で受け流したのだ。
 元の姿に戻ったエルミタージュは、素直に拍手を送る。

「スゴイスゴイ! 所長さんにそんな特技があったなんて〜! 他に類を見ない一発芸だね!」
「違います」

 エルミタージュは拍手を止めた両手で、今度は「そうだ!」と手を叩いた。

「アルくんが言ってた“器”にピッタリだよ所長さん!」
「う、器⁇」

 元気いっぱいに頷くエルミタージュとは裏腹に、レイは嫌な予感をひしひしと感じていた。

「あ、あの〜器って……?」
「それはね……、!」

 答えようとしたエルミタージュの髪が僅かに斬れ落ちた。
 突然のことに膠着するレイを庇う形で現れたのはオレア。どうやらレイが開けた穴を通って檻の中に侵入したらしい。

「オレア君! ……ってその怪我どうしたの⁉︎」
「後で話す。今はそれよりも……」

 オレアは切れた部分の髪を見つめたままのエルミタージュを睨みつける。

「その服……やはり【アタラクシア】か」
「知ってるの?」
「当たり前だ。ラフェルトヤツが元居た教団であったからな。……最も、ヤツの裏切りで壊滅したが」

 そう答えた後、オレアはエルミタージュを問い詰める。

「狙いはラフェルトか。だからわざわざ部隊に依頼することなく、俺達の探偵事務所に依頼したんだな。違うか?」
「……」
「なぜ黙っている」
「……ううっ」
「「えっ……」」

 その瞬間。エルミタージュは唐突に“泣き始めた”。両目から大粒の涙を溢す彼女に、オレアもレイもたじろぐ。

「え、ちょっ、なんで、なんでなの」
「酷い……」
「ん?」
「せっかくフィンくんが整えてくれたのに……切られた……酷い……」

 なにやらオレアに髪を切られたことが相当ショックだったらしい。髪を切ったといえどヘアスタイルは変わらない程度だというのに。
 あのオレアでさえも怒りを通り越して申し訳なさを感じてしまっている。

「ううっ……うわ〜ん! バカぁあああ‼︎」
「あっちょっと⁉︎」

 レイが捕まえようと手を伸ばすも、エルミタージュの姿は現れた大量のバラの花に埋もれるようにして消えてしまった。
 エルミタージュが離脱したことでレイに牙を剥いた庭園のバラも定位置に収まり、始めて訪れた時と同じ景色に戻る。
 暫くの間唖然としていたレイであったが、我に帰るとオレアに振り向く。

「オレア君! ここにある金の像なんだけど、もしかしたらミダスさんの娘ちゃんかもしれないんだ。どうにかして助けられないかな⁉︎」
「なんだと……?」

 オレアは『ゾエ』の金像の前に立ち、見定めるようにじっと眺める。

「どうかな……?」

 傍らで見守るレイは恐る恐る尋ねる。

「……ふむ、なるほど」
「な、なにかわかった⁉︎」
「一種の呪いだな。解除できる者に心当たりがある。きっと協力してくれるはずだ。今すぐ連れてこよう」
「本当⁉︎ よ、よかった……」

 胸を撫で下ろしたレイは次に、屋敷へと目を向ける。
 なにをしようとしているか察したオレアは、咄嗟にその腕を掴んだ。

「……」
「……」

 両者無言での見つめ合いが続く。
 やがてオレアは手を離し、レイは屋敷へと走って向かう。


 屋敷の大広間に足を踏み入れたレイは、あまりの眩しさに両腕で目を覆う。
 慣れ始めた頃に腕を退けると、黄金と化した大広間の惨状に、壁に縫い付けられるようにして氷漬けされたラフェルトの姿が。
 ミダスを初めとする人々に関しては、残念ながら今の自分にできることはない。レイはラフェルトの正面に立ち、【パニッシュソード】で光の剣を顕現。

「えええいっ!」

 氷ごとラフェルトを斬りつける。パキンッと割れたのは氷だけであり、ラフェルトには傷一つない。レイは光の剣を消滅させ、ラフェルトを引っ張り出す。

「フェル君っ……、ラフェルト!」
「ん……」

 数回声を掛けながら揺さぶれば、ラフェルトも意識を取り戻した。

「だ、大丈夫……?」

 頭を抑え、俯くラフェルトの顔を覗き込むと、ラフェルトは「平気」とレイを軽く突き放す。

「なら良いんだけど……。あ、そうだ! フェル君【アタラクシア】ってなに? 前に居た場所なんでしょう?」

 こちらに背を向けるラフェルトに問いかけるが、ラフェルトは見向きもせず。

「アンタには関係ない」

 冷たく言い捨てられた言葉に──ぷつん、と。レイは遂に“キレた”。


「はあぁああああああああ⁉︎⁉︎ 巻き込まれている時点で関係なくないですけどぉおおお‼︎⁉︎ 報告、連絡、相談! 報、連、相を仮にも上司の僕にするのは必須事項でしょうがあああああああ‼︎‼︎‼︎」


 余りの勢いにラフェルトは振り返ったまま、瞬きを繰り返す。ぜえはあと息を弾ませるレイは猪の如くラフェルトを威嚇している。これでラフェルトが不正解の返しをしようものなら突進待ったなしだろう。
 ラフェルトは珍しく余裕ない表情で斜め下に視線を落としている。呼吸共々落ち着いてきたレイは最後に大きく溜め息を洩らして。

「じゃあ……今はいいよ。でもまた現れるようであったら言ってね」

 ラフェルトはオレアが合流するまで、なにも話すことはなかった。

 ■

「ほんと〜にごめんなさい!」
「ボクもごめんなさい!」

 一夜明けた朝一番。出勤するなり早々、レイはテトラと時計ウサギの2人に頭を下げられる。

「ううん、平気だよ。ウサ君は聞いてたけど……テトラちゃんはどうしたの?」
「じ、実はゼロさんが突然昔の記憶を思い出したらしくて……お話を聞いてました」

 旧世界でゼロとテトラが兄妹だったのだと、周りも当の本人達も知ったのはつい最近のこと。嬉しそうにゼロが当時を語れば、テトラも断りづらくなるのはなんとなくわかる。

「依頼はどうでしたか?」
「う〜んとね……」


 オレアが連れて来た助っ人、“シロバラ”と“ベニバラ”協力のもと。ゾエや妻、ミダスなど金像と化した人々を解放することに成功した。
 だが、ミダスとゾエを除く全員が黄金にされた時の記憶を無くしており、ミダスの仕業だというのは家族間だけの秘密となった。悪い評判が流れるのは良くないと、最初の被害者であるゾエが提案したからだ。
 また、レイはエルの正体について話さなかった。オレアとも相談した結果、探偵事務所とは関係ないと判断したからだ。


「では、初めに送られたという手紙の差出人はどなただったのですか?」
「そ、それは……」

 恐らくはこちらが依頼を受けやすくする為にエルが郵便物に紛れ込ませたのだろう。実際ミダスの話を聞くところでは、エルは洗脳の類の魔法を使用できるらしい。ミダスの妻になったのもそれで誘惑したおかげだ。
 だがその事を話すわけにはいかない。口籠るレイにロリーナは不思議がる。

「手紙の差出人はミダス本人だよ。昔書いたやつが紛れ込んだんだってさ」

 代わりに答えたラフェルトの言葉に、「そうだったんですねー」とテトラが返す。
 助け船を出してくれたラフェルトに顔を向けると、気まずげに逸らされた。この件に関してはなにも言えないらしい。

「あっ、レイさん。時間だよ」
「よしっ。じゃあ今日も頑張ろう!」
「看板くるくるしてきまーす!」

 時計ウサギの合図に、レイの掛け声、元気よく駆け出すテトラ。
 今日もまた、探偵事務所は開かれる──。


 Fin.

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