終焉の使者
『1』は冊子のみの収録。
オーナーガレン逮捕から二週間。
サミット中止決定後、他大陸から集いし関係者への謝罪と帰還作業でバタついていた上層部も落ち着いてきた頃。
事情聴取を受けていたクロヴィスは解放され、ようやく両親が治療を受けている病院へと足を運んだ。
約五年間。ガレンに捕らえられていた二人は命に別状はないにしろ、かなり衰弱していた。意識を取り戻すには数ヶ月かかる可能性がある。
一通り主治医から説明を受けたクロヴィスは、集中治療室を経て一般床に移動した両親に会いにいく。
「母さん……父さん……」
五年ぶりの再会。
病床で穏やかに眠る両親の姿に、クロヴィスは涙を堪えることはできなかった。
「ごめんなさいっ……ごめんなさい……! う、え……っ……ああああああっ……!」
泣きじゃくるクロヴィスを宥める者はいない。
それでも彼は、二人の無事を噛み締めて泣いた。
「……!」
漏れ出た感情の波も落ちつき、涙も引いた時。
クロヴィスがいた個室の扉が開かれた。
「あっ……クロ君っ!」
「レイ……」
花束を抱え現れたレイは、ぱあっと笑顔を咲かせる。
「ずっと心配だったんだ! 聴取はもう終わったの?」
「っ、ああ。また呼ぶかもしれないけど、もう大丈夫だって」
服の裾で雑に涙を拭ったクロヴィスが頷き返すと、レイは安堵した。
「良かった〜……大丈夫だとは思ってたけど、不安で不安で」
「……色々とありがとな。本当に。……感謝してる」
『終焉の使者』から自分を助けたのはアランだが、クロヴィスをガレンの支配から解き放ったのはレイ。もちろんアランや、ブレイド達に感謝はしているが、一番に感謝を伝えたかったのはレイだった。
「上手く伝えられないが……とても感謝しているんだ」
「……うん、ありがとう。……クロ君も、よく頑張ったね。もう大丈夫だよ」
「っ……!」
込み上げてくる涙を流すまいと、クロヴィスは大きく息を吸って吐く。
「……僕、花瓶のお水変えてくるね」
花瓶を手に個室から去るレイの気遣いに甘え、クロヴィスは涙を拭う。
「──また泣いてるの?」
「⁉︎」
声の出所──入口とは反対の窓際に目を向ければ、音もなく忍び込んだラフェルトと視線が交差する。
「い、いつからそこに……?」
「そんなことより、あんたと話がしたい」
「話?」
「──記憶。まだ残ってるんでしょ」
クロヴィスはあの戦いの後も、
「そのままでいいの?」
ラフェルトが危惧しているのは、クロヴィスがその話を誰かにしてしまうこと。しかしながら、クロヴィスは誰かに話そうだなんて考えていない。話したとしても、誰が信じるというのか。
だが一つ問題があるとすれば、それは記憶が混同すること。自分は今、翔太なのかクロヴィスなのか。目覚めた瞬間見失うことが、ここ数日でもあった。
「……ああ。このままでいい」
瞑目するクロヴィスの手は胸元に添えられている。
翔太として歩んだ二十五年の思い出に浸りながら。
「誰か一人ぐらい覚えてやらないと寂しいだろ」
あくまでも翔太は前世で、自分はクロヴィスだ。
そう告げる彼に、ラフェルトは「あっそ」と興味なさげに肩をすくめる。
「レイに僕が来たこと言わないでね。さよなら」
「待ってくれ! もう『終焉の使者』のことはいいのか? それにどうして翔太のことを……」
「答える気はないよ、自分で考えな」
会話を拒否し転移術を発動させたラフェルトに、クロヴィスは伝えたかった一言を告げる。
「ありがとう」
青い蝶に囲まれたラフェルトの横顔は穏やかに見えた。
「ただいま〜……ってあれ、今誰かいた?」
「いや、いない」
入れ替わるようにレイが戻ってきた。新たな花を加えた花瓶を棚の上に置く。
「……俺がいない間、面倒見てくれてたんだな」
「時間があるときだから、毎日は来れなかったけどね」
「治療費も立て替えてくれたんだろ?」
「コメィトさん……あっ、僕の元上司ね。その人が払ってたよ。返さなくていいってさ」
「そういうわけにはいかない。いつになるか分からないがちゃんと……レイ?」
目を伏すレイをクロヴィスは訝しむ。
「……クロ君は聞いてないと思うけど、実は──」
レイはコメィトから聞いた話を──ガレン・リーデルがマリス・コールであった時期を話し始める。
「ガレンは元々『オラトリオ大陸』で暮らしてたんだ。悪どい商売を繰り返していたのを、コメィトさんが糾弾しようとして……“失敗”した。あと一歩のところで取り逃がしてしまった。そこからは……クロ君が知る通りだよ」
だから、とレイは師の気持ちを代弁する。
「受け取ってあげてほしい。マリスを取り逃がしたのを酷く悔やんでるみたいだから。……そんなことで君達が受けた痛みが癒やされることはないけどさ」
悪いのはガレンだ。
そうは分かっていても、クロヴィスもコメィトも自責の念に駆られている。
少しでも気持ちが軽くなるのなら、とクロヴィスは了承した。
「……分かった。でもお礼は言わせてほしい」
「うん。帰る前に『オラトリオ大陸』にも寄るから、会ったら伝えておくね」
レイの言葉にクロヴィスは目を丸くする。
「……いつ帰る予定なんだ?」
「明後日には島を出るよ。だから今日、クロ君に会えて良かった」
「……そうか。気をつけてな」
「うん。クロ君も元気でね」
寂しげに笑みを交わした二人は、その場で別れを告げる。
一人個室に残ったクロヴィスは、面会時間いっぱいに両親との時間を過ごし──夜陰に紛れて『エレミルエリア』を後にした。
休むことなく歩き続け、黎明が世界に訪れると同時。
クロヴィスは、幼少期を過ごした『ラファルエリア』の村に帰ってきた。
野風に晒された死屍累々。顔を見れば、その人との思い出が脳内を駆け巡る。
自分のせいで死んでいった者達。
母と父の三人で過ごした自宅から、農業用のスコップを引っ張り出す。
そして、村の近くにある荒野の土を掘り返し、遺体を埋めていった。
一人一人。自分の手で。
懺悔を繰り返しながら。
埋葬する。
どれだけ土や血で汚れようと。
手や足が悲鳴をあげようと。
クロヴィスは休まず埋葬した。
最後に──家族同然に見守ってくれた村長の遺体を埋め、クロヴィスは仰向けに倒れ込む。
残るのは疲労感ではなく、虚無感。
やがて、クロヴィスは村を背に歩き出す。
もう心残りはないと、その瞳はひたすらに前だけを見ていた。
「よいしょっと」
数日ぶりとなるヘリポートにて、レイは飛行機の搭乗時間を待っていた。どっさりと買い込んだお土産を降ろし、ふぅっと息を吐く。
「何その大荷物」
「ぎゃっ。で、出たな神出鬼没」
ヘリポートのベンチに腰を下ろしたレイの隣に、平然と座るラフェルト。
「帰るなら教えてよ」
「じゃあ僕の前からいなくならないでよ……」
呆れた視線を送るレイの耳に、人々のざわめく声が聞こえる。
なんだろうと振り向いた瞬間。レイは心臓が飛び出るほど驚愕した。
「クロ君!」
土だらけの服を着たまま、覚束ない足取りで。クロヴィスはレイのもとに向かって歩く。
レイが駆け寄るとクロヴィスの体はふらりと傾き、咄嗟に受け止めた。
「ど、どうしたの⁇」
「あ、……あんたに……お願いがある……」
クロヴィスは最後の力を振り絞り、唇を震るわせる。
「お願い……?」
「……俺も……連れて行って……ほしい……」
「え、でも……」
「頼む……着いたら、放ってくれて……いい……か……ら……」
力なくレイの肩に顔を埋めたクロヴィスは、穏やかな寝息を立てて眠ってしまった。
「寝ちゃった……」
歩み寄るラフェルトを見上げ、レイは眉を八の字に曲げる。
「どうすんの?」
「……」
レイはクロヴィスの体をベンチに横たわらせ、ラフェルトを見遣る。
「ここでクロ君と荷物見てて。僕は──チケット買ってくる!」
「……は?」
ラフェルトは走り出すレイと眠り続けるクロヴィスを交互に見遣り、眉をしかめた。
そうして、少年は『テリオン島』を飛び出した。
自分自身と向き合うために。
夢の中で、茶髪の少年が笑った。
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