終焉の使者


 山と見間違うほどの巨躯、てらてらと光るのは体を覆う新緑の鱗。島の半径に匹敵する翼を携え、凶悪な牙が開いた顎から覗く。

「ドラゴン……」

 アランの呟きに呼応するかの如く、天に向かって咆哮を今一度あげるクロヴィスドラゴン

「アラン!」
「良かった! ここにいたか!」

 そこに分断されていた仲間達が合流。無事だったアランの姿に嬉しさから笑みがこぼす。

「まずはひと安心だな」
「だが……問題は『アレ』だ」

 険しい顔つきで突如出現したドラゴンを見上げる。

「なんなのかしら……」
「モンスター……なの?」

 急速に空が曇り始める。
 厚い雷雲に覆われ、周囲が灰色へと染まる。轟く雷鳴はドラゴンの襲来を歓迎しているかのようにも思えた。

「……アラン?」

 胸元に添えられた片手を握り沈黙するアランに、ブレイドが異変を感じ取る中。

「みんなー!」

 と、駆け寄ってきたのはレイ。その後ろにはラフェルトの姿も。

「お前っ今までどこに」
「そんなことより大変なことになってるの‼︎」

 肩で息をしていたレイはブレイドの抗議を一蹴し、かい摘んで説明する。

「あのドラゴンは『終焉の使者』。この島の海中に封印されていて、とても強大な力を持っている邪悪な存在なんだ! このまま放置していたら世界が大変なことになる──!」

 衝撃の急展開。ブレイド達四人の瞳は、驚愕に見開かれる。
 どうにかしないと。
 でも、どうすれば?

「クロヴィスはどこ?」

 不意にラフェルトがクロヴィスの居場所を尋ねた。
 分からないと顔を顰める一同で、唯一アランだけは別の反応を示す。

「! 動くぞ!」

 ベルタの言葉に態勢を縫い直す一同は次の瞬間、体が千切れんばかりの烈風に晒される。
 足に力を入れ耐え抜く彼らの双眸には、幾つも飛来する雷条、出鱈目に隆起する大地──無慈悲にも破壊されていく島の風景が映し出された。

「あんなのどうやって倒せばいいんだよ……」

 頬を流れる冷や汗を拭うブレイドに。アランはようやく口を開く。

「……攻撃しないでくれ」
「なにを言って」
「あれはクロヴィスなんだ!」

 嘘だ! 信じたくない!
 アランは否定するように真実を叫んだ。
 面影すらないドラゴンの姿に半信半疑の彼らだったが、レイは頷く。

「アラン君が言ってるのは本当だよ。クロ君は言わば『器』の状態。封印が解けつつあった『終焉の使者』の力が、クロ君に少しずつ移っていった……そうだよね?」

 確認したのはラフェルトだ。瞑目し、肯定の意を示す。
 ラフェルトが見つけた天井の壁画には──人間と『終焉の使者』が一体化している様子が描かれていた。その情報を聞いたレイは、ガレンが『クロヴィスが欲しかったから』と言っていたのを理解した。

「……本当にクロヴィスだとしたら。どうしてこんな……暴走している理由はなに?」

 レベッカの問いにアランは、悔しげに答える。

「……オーナーだ」
「ガレンさん?」
「クロヴィスは両親を殺されたんだ。ガレンに」

 はっと息を呑む一同──レイだけは眉間に皺を寄せ──に対し、ラフェルトは「ねえ」と眩い光に目を細める。

「不味いよ、あれ」

 余裕のないラフェルトの言葉で、彼らは肌を痺れさせるほど収斂された力に気付く。
 間もなく、大きく開かれたドラゴンの口から光線が飛び出した。
 全てを飲み込まんとする光の矛。通り道は一切合切跡形もなく焦土と成り果てる。
 『終焉の使者』と呼ばれる所以──破壊の限りを尽くす弩級のブレス攻撃を前に時間が停止した、その時。
 先頭に飛び出したレイは《エレメンタル・オラトリオ》を開き、ドーム状の結界を展開。

「〜〜〜〜〜っっ‼︎」

 ほぼ同時に──相当な威力を誇るブレスが結界に衝突。結界の外で激しく散る火花に、余波を受けるアラン達と、苦悶に満ちたレイの顔が照らし出される。

「っ〜! ラフェルトッッ‼︎」

 亀裂が生じ始めた結界に、レイはラフェルトの名を叫んだ。
 秒を待たず、音を立てて砕け散る結界。レイの姿が光の渦にかき消える中、前へ躍り出たラフェルトが障壁を展開するも押し寄せる威力に耐えきれず崩壊。
 レイとラフェルトのおかげで直撃は免れたのにも関わらず、傷だらけとなった体に鞭を打ち、膝を立てる。
 意識を保っていたのはアラン達のみ。レイとラフェルトは沈黙し、ぴくりとも動かない。特にレイは酷い有様であり、焼損した衣類から覗く肌には傷痕が深く刻まれている。
 必死にベルタが回復スキルを発動しているが、効果は薄いようだ。彼女の横顔から焦りが垣間見える。

「立てるか?」
「ああ……」

 ブレイドが伸ばした手を掴み、アランは立ち上がる。
 お前はどうしたいんだ──自身を見据える瞳は、部隊のリーダーなんて関係なく、『アラン』の意思を問うていた。気が付けば、他の三人もアランの言葉に耳を傾けている。

「──クロヴィスの暴走を止める。力を貸してくれ」

 アランは力強く言い放つ。
 “彼を助けたい”。それは、アランの我儘に過ぎない。突き通せるだけの強さを、アランは持ち合わせていない。我儘に付き合わせる仲間達を、失う可能性だってある。
 それでも、だ。
 物好きな彼らは付き合ってくれる。
 決して見栄を張っているのではない。一途に信じているのだ。『自分達』なら出来ると、成し遂げられると。
 物語の主人公のような強さはない。
 誇れるのはこの、『絆』だ。

「私はこの場に残る。レベッカもいいか?」
「そのつもりよ。どうにかして注意を引きつけるわ」
「俺とヴァニラはアランと一緒に行く。……当てるなよ?」
「それぐらい避けてほしいわね」

 仲間達の会話を傍耳に、アランはドラゴンと向き合う。先程の攻撃で力を消費し過ぎたのか、目に見えて弱まっているのが分かる。が、恐らく数分もすれば回復してしまう。レイとラフェルトが繋いだチャンスを、逃しはしない。
 ──俺を、殺してくれ。
 かつての自分自身とクロヴィスの姿が重なる。
 冗談じゃない。聞いてやるもんか。
 今度は自分が、運命を否定してやる。

「かかるぞ‼︎」

 アランの号令を合図となり、彼らは祝詞を捧ぐ。

『【我望みしは恩恵の解放。解けし時こそ進化を遂げよ】!』


 ◆


「【イグニッション】!」

 開戦を華々しく飾るのはレベッカが放つ特大の火炎弾。ドラゴンの巨軀と比べれば霞む威力だが、気を逸らすには十分事足りる。着弾既の所で火炎弾を爆散させては、新しくスキルを発動させる。
 レベッカの『嫌がらせ』に逆上したドラゴンの注意が散漫となった隙に──アラン、ブレイド、ヴァニラの三人はドラゴンの足元に迫る。
 崩壊した建物の間を縫うように走る彼らは、人が見当たらないことにそっと息を吐く。

『!』

 三人の頭上に差し掛かる巨大な影。見れば足元で彷徨く彼らに気付いたドラゴンが、押し潰そうと後脚を高く持ち上げていて。

「走れッッ!」

 と、ブレイドはその場で『停止』。ドラゴンの巨足が迫り来る中、努めて冷静に意識を研ぎ澄ませ、風を身に纏い疾走。まさしく神風のような速さで、先を走るアランとヴァニラを追い抜きざまに掻っ攫い、踏み潰される寸前で範囲外に飛び出した。
 巻き上がる砂埃に咳き込むも、彼らは足を止めずに駆ける。
 煙から飛び出した三つの小さな影を視界に捉えたドラゴンは次の瞬間、眼前で爆散した火炎弾に視界を遮られ見失う。

『ガァア‼︎』

 業を煮やしたドラゴンは標的ターゲットを変更。天の仰いだドラゴンの口腔が赤々と輝き出し、火球がレベッカに向けて放たれる。

「させるか!」

 レイの治療を一時中断したベルタは【ミラクロアグレイシア】を発動。火球を中心に氷の牢獄が形成されると、瞬時に爆発。溶けた氷が雨となって周囲に降り注ぐ。

『二人とも大丈夫?』

 服に取り付けた通信機からヴァニラの声が響く。

「問題ない。そっちは?」
『20秒後に目標地点につく』
「気をつけてね!」
『ああ!』

 激励を耳朶に三人は目標地点──ドラゴンの足元ギリギリの位置に到着。素早く配置につくと、ブレイドは再び風を纏い、腰を落とす。
 助走をつけ発走したアランはブレイドが組んだ掌に足を乗せ、天高く飛ばされる。一気にドラゴンの首辺りまで迫るアランだったが、まだ高さは足りない。勢いを失い高度が下がる。
 そこに、同じくブレイドを足場に飛んだヴァニラがアランと並んだ。剣を横に構えたヴァニラを蹴り、跳躍。ドラゴンの頭上を飛び越え、背中にしがみついた。

「よくやった」
「うん」

 落下するヴァニラを受け止めたブレイドは、抱き上げたままその場から離脱。離れた位置から様子を窺う。

「っ……クロヴィス……‼︎」

 仲間達のおかげでようやく辿り着いたドラゴン──クロヴィスの名を呼ぶ。甚だしい揺れに襲われながら、アランは頭部への移動を始める。

「んっ……」

 同時期。レベッカとベルタ付近では、俯せに倒れたラフェルトが目を覚ました。搾り取られた魔力消費に痛む頭を抑え、顔を上げるや否や──背中に翅を出現させ、飛び立つ。

「ラフェルト⁉︎」

 気付いたレベッカが叫ぶも時すでに遅し。
 髪を、服を、はためかせ飛行するラフェルトは、ドラゴンの邀撃を難なく躱して接敵。
 片や、気が気でないのはアラン。視界を飛び跳ねる蝶を撃ち落とそうと、躍起になるドラゴンの動きは烈しいものとなり、アランはしがみつくだけで精一杯だ。

「うわっ⁉︎」

 突如としてドラゴンの背が大きく反り、下から掬い上げられるようにアランの体が宙に舞う。
 アランの存在に今更気付いたラフェルトの見開かれた瞳と目が合い。

「あ──」

 下を見遣ったアランは凍りつく。
 いっぱいに開かれたドラゴンの口腔に、なす術もなく落ちていく体。
 食べられる──自覚した途端、緩やかに流れていた時間が急速に加速する。

「アランッ‼︎」

 自ら口の中に飛び込んだラフェルトが伸ばした手を掴む。
 アランを引き寄せたラフェルトは勢いを殺しきれず体勢を崩し、きりもみ回転しながらドラゴンの胃の中へと落ちていった。


「いっ……」

 体中を駆け巡る痛みで強制的に意識を呼び戻される。

「ここは……?」

 状況から考えればドラゴンの胃袋だが──そこはまるで一つの空間。全てを溶かす胃酸はなく、ぶよぶよと弾力性を持った何かで構成されている。落下してきた上空は塞がれており、出られそうにない。

「っ……」

 隣ではラフェルトもアラン同様に意識を失っていた。未だ目覚める気配はなく、軽く揺さぶるが反応はない。
 アランはラフェルトの体を背負い、胃袋の中を進む。
 言い知れぬ生理的嫌悪感を抱きながら、道なき道をあてもなく歩く。出口はどこに、いやそもそもあるのか?
 薄暗い視界の片隅で、緑色の液体が飛び散る。見れば壁の一部が破れ、ビチャビチャと止めどなく噴き出している。
 それは人間が傷を負った時とよく似ていて。
 蒼白となるアランの視線は固まったまま動かない。頭を振って気を保ち、通り過ぎようとした時。破れた箇所から、幾つもの細い触手が現れた。

「!」

 反応が遅れたアランの視界で青閃が閃く。
 間を置き、取り込もうと伸びる触手が根元からぶつんっと途切れ、地に落ちる。
 意識が回復したラフェルトは触手を斬断した片手剣を下ろし、周囲を見渡した。
 ──グォオオオオオオオオオ……。
 遠くから聞こえるドラゴンの咆哮に目を眇め、切り落とした触手を見遣る。
 痛みを感じ悶えているとすれば、この空間は亜空間でも異界でもなく、正真正銘『胃袋』と言えよう。
 軽く嘆息したラフェルトは一人歩み出す。

「ラフェルトっ」

 呼び止めたアランに顔を向ける。

「その……」

 言い淀むアランの心情を察したラフェルトは、挑発的に口角を上げる。

「怖いんだ? 勇者とあろうものが?」

 言い当てられたアランはうっと胸元を抑えた。

「こ、怖いと思うことは誰だってあるだろ」
「……」

 こちらに背を向けたラフェルトを、アランは怪訝げに首をかしげる。

「ほら、行くよ」
「……、ああ」

 勇者と大罪人は肩を並べ、共に未知の空間を前進する。


「くそッ……!」
「っブレイド!」

 アランとラフェルトを喰らいもがき苦しむドラゴンに、ブレイドは突撃する。

「【ハルドラガスト】‼︎」

 前へ踏み込み、加速。ブレイドは音すらも置き去りに駆け抜け、勢いを殺さず腹部に蹴りを入れた。
 しかしその巨体では大したダメージにはならず、反撃とばかりにドラゴンは口腔から光線を放つ。
 攻撃の反動で宙に浮いたまま身動きが取れないブレイドを──飛び込んだヴァニラが自身と引き換えに、ブレイドを光線の軌道から外した。
 直撃する妹の姿に瞠目するブレイドだったが、『もう一人』のヴァニラが兄の体を受け止める。ヴァニラが得意とする分身術だと悟ったブレイドは、光線に消えたのが本物ではなく偽物で良かったと安堵する。

「悪い、助かった」
「平気」

 一言二言交わした兄妹は態勢を立て直すべく、レベッカとベルタのもとに。

「二人とも怪我は⁉︎」
「俺達は平気だ。だがアランは……」
「お腹の中……よね? 大丈夫なの……?」

 沈黙が落ちる中、レイの治療を続けていたベルタが切り出す。

「ブレイド、お前さっき何をした?」
「何って?」
「こっちに来る直前に何かしただろ。離れていたから見えなかったが」
「腹を蹴った」
「腹?」
「吐き出すかなと思ってな」
「それは……いや、案外良い案かもしれない」
「ベルタ⁉︎」

 珍しく同意したベルタにレベッカは驚愕する。

「どうにかして吐き出させないか?」
「ま、待ってベルタ、本気で言ってるの? 食べられたアラン達だって無事じゃ済まないわ!」
「それを考えるんだ、今から。ただ黙って見ているわけにはいかないだろ」

 押し黙るレベッカの隣、ブレイドは思案を巡らせる。
 ブレイドの【ハルドラガスト】を纏った一撃を浴びてもびくともしないドラゴン。自分達四人の力を合わせれば効く可能性はあるが、なにせお腹の中にはアラン達がいる。自分達のスキルでは衝撃が強く、命を危険に晒してしまう。二人は今、動けない状況にあるのだろう。ラフェルトが転移術を使用しないのがその証拠だ。
 強力かつドラゴンだけを刺激する一撃──矛盾を実現出来る人物を、ブレイドは知っていた。

「──『レイ』! おい起きろレイ‼︎」

 仰向けに倒れるレイの傍らに膝をつき、名前を叫ぶ。目を皿にしたベルタが「やめろ!」と制止。

「見て分からんか馬鹿者! 起き上がれる状態じゃないだろ‼︎」
「分かってる! だが──」

『オオオオオオオオオオオオオオオッッ‼︎』

 大気を震わすドラゴンの呼び声。地面から噴出した黒いモヤは異形の姿となって実体を得る。
 忘れもしない。自分達も遭遇したこの島の『モンスター』に眉を顰める。

「レベッカ」
「っ、わかったわ!」

 包囲網をつくるモンスターを睥睨したヴァニラは、レベッカと手分けして駆逐にあたる。

「起きろ厄病記者! 寝てる場合じゃねぇ‼︎」

 ブレイドは必死に怒号を飛ばした。普段のように怒って、起きてほしいと願いながら。

「ブレイド……」

 無理を言っていると分かっていながら呼びかけるブレイドに、ベルタは口を挟むのをやめ、代わりに回復に専念する。

「いつものようなしぶとさはどうしたんだよ! お前ならこんぐらい軽いもんだろ!」

 ヴァニラとレベッカの剣戟の音が響く中、負けじとブレイドも声を張る。

「いいのかお前! 大事な場面シャッターチャンスを見逃しても! それでも記者の端くれかよ‼︎」

 ぴくり、と指先が震えた。

「お前の……お前の力が必要なんだレイッ‼︎」
「っ……」

 ブレイドとベルタは揃ってはっと目を見開く。

「それは……いや、だな……のがしたく……ない」
「レイ……!」

 意識を取り戻したレイは呻き声をもらしつつ両手に力を入れ、上体を地面から引き剥がす。

「どうすればいい……?」

 身を焦がす痛みに晒されてもなお、レイは強気に微笑んで見せた。ブレイドは悪いという言葉を飲み込み、戦況を話す。

「アランとラフェルトがドラゴンに喰われた」
「⁉︎」
「どうにかして吐き出させたいが、中にいるアランのためにも衝撃は抑えたい。……出来るか?」

 レイは瞳に自信と不安を滲ませて、頷く。

「やってみせるよ」

 震えながら立ち上がるレイに、ブレイドとベルタも続く。

「レイ、始める前に自分で回復しろ。私のよりもお前のほうが……」
「ううん、しない。全力でやりたいから」

 レイは《エレメンタル・オラトリオ》を再召喚。憂色を浮かべるベルタと、ブレイドを交互に見遣り、魔導書を抱きしめて「大丈夫だよ」と破顔する。

「皆が僕の力を必要としてくれるなら、いつだって助けになるよ。どんなに大変なことだってやり遂げてみせる。……だから『信じて』、“僕達”のことを!」

 溢れ出る勇気に刺激され、彼らの士気が高揚する。

「レベッカ! ヴァニラ! レイを守り切るぞ‼︎」

 斧を手にベルタが前線へあがる。

「任せるぞ」
「うんっ!」

 ブレイドもまた前線に合流。四人はそれぞれ、レイの四方を囲うような配置につく。

「【紡ぎしは解放の詩片。空白に宿し星雲の因子よ。汝が定めし運命を我に映し出せ】」

 更なる進化を解放したレイは、《エレメンタル・オラトリオ》に微笑みかける。

「力を貸してね」

 頁から湧き上がる純白の光粒が一層強く輝き出す。

「──副業探偵本業記者の底力をなめるなよ!」

 レイの足元に展開される五つの魔法円。
 紡がれるのは、最大出力のオリジナル魔法。

「【読まれぬうたに眠る英雄のめい。なぞりし我の語りに言の芽いずる】」

 語り部となることを決めた自分を描いた魔導書友達からの贈り物。

「【未完のうた。綴るは色素。描くは勇士ともがら】」

 練り上げられていく爆発的な魔力のうなりに周囲のモンスターらの赤い目がレイを捉える。そして一転、交戦していたブレイド達の頭上を飛び越え、レイに襲いかかる。──が、無駄だった。

「【アンガブレイズスラッシュ】!」
「【ミラクロアグレイシア】!」
「【ハルドラガスト】!」
「【エンドオブジュダル】」

 灼熱の熱砲剣が、氷河の凍破斧が、疾風の残影剣が、月影の月鋭刃が炸裂し、モンスターの群を蹂躙する。

「【火を紡ぎ、水を結び、木を織り、光を編み、闇を繋ぎ廻れ、万物の円環えんかん】!」

 灰色の魔法円が五つの属性しょくに移り変わる。立ち昇る魔力の波動に誰しもが慄く。

「【このうたをもって終止符とせん──開け、元素英雄譚】!」

 広がる魔法円が地面から浮き上がり、レイの背後で円を描く。ドラゴンに照準を合わせたレイは眦を逆立て、高らかに魔法を唱えた。

 ──どうかこのうたが届きますように。
「【エレメンタル・オラトリオ】‼︎」

 幾億字の羅列が五つの光条となり魔法円から飛び出す。
 少年と魔導書が織り成す砲撃魔法を前にドラゴンは唸り、大地を隆起させては盾とする。
 が、五つの光条──【エレメンタル・オラトリオ】は大地を『貫通』。ドラゴンの巨軀を飲み込んだ。
 【エレメンタル・オラトリオ】は『選択式』。何を狙うのかを自ら選択し、攻撃を行う。人でもモンスターでもドラゴンでも細かく設定可能なそれは、まさしく争いが苦手なレイの性格そのもの。

『グギャアアアアア‼︎』

 ドラゴンの“腹部のみ”を選択したレイの砲撃魔法を浴び、ドラゴンの絶叫が大気を斬り裂く。それに伴い、モンスター達が跡形もなく消失した。
 限界値を迎えた加護の力が消え、肩で息をする彼らは祈るように行く末を見守る。


 ◆


 時は前後し、ドラゴンの胃袋の中。
 ひたすらに歩くアランとラフェルトの視界が一気に開けた。これまでの道のりとは異なる広大な空間。
 加えて中央には薄いドーム状の膜が張られ、天井から伸びる管と繋がっている。

「あれは……」

 膜の中で揺れる人影に目を見開く。
 吸い寄せられるように近付いたアランは、力なく倒れる少年──クロヴィスの姿に瞳から涙が溢れ出そうになる。

「クロヴィス‼︎」

 柔らかい素材の膜は見た目以上に丈夫であり、拳を叩きつけるも表面が窪むだけで破れはしない。

「ちょっと、余計なことしないでよ」

 一歩離れた位置からラフェルトが苦言を呈す。

「っ悪い」

 ばっと膜から手を離し、再度クロヴィスに呼びかける。

「クロヴィス、オレだ、アランだ」

 アランの声が届いたのか──クロヴィスは瞼を震わせると開いて。次には勢いよく体を起こし、周囲を見渡す。

『……ここは?』
「平気か? 怪我は?」

 弾かれたように声の主を、アランを見上げた。

『だ、大丈夫……ここはどこなんだ?』

 立ち上がり、膜越しにアランと視線を合わせる。

「ドラゴンの胃袋……だと思う」
『ドラゴン? ……「終焉の使者」か』

 自嘲気味に笑いながら瞑目した。
 アランにはそれが、“全てを諦めた”様に映ってしまう。

「一緒にここから出よう。クロヴィスの両親だって生きてるかもしれない、だから──」
『……お前は優しいな。でも……できない』

 アランの訴えを退け、クロヴィスは背を向ける。
 己が望んでやまない願望の未練を断ち切るように。

『もしも母さんと父さんが生きていても……合わせる顔がない』
「どうして……」
『“死にすぎた”。俺のせいで何人もの命が消えた』

 それがガレンの仕業だとしても、クロヴィスは『自分のせい』だと信じて疑わない。なぜならば──。

『「終焉の使者こいつ」の声を受け入れてしまった。どんな存在かも知らずにな』

 今から十年前──クロヴィスが七歳の頃。
 故郷の村にあった祠の中に誤って迷い込んだクロヴィスは、摩訶不思議な壁画を目撃する。
 ──たすけて。
 幾度となく助けを求める声に、幼いクロヴィスは言われるがまま石座を動かした。その下に、凶悪な存在が封印されていたとも知らずに。

『……あの時、俺が受け入れなければこんなことにはならなかった。誰も死なせずに済んだんだ』
「なら尚更だ! もう誰も死なせないためにも止めるべきだろ!」
『──止まるさ。もうすぐな』
「え」

 言葉の意味を汲み取れないアランの肩をラフェルトが叩く。なんだと顔を向ければ、ラフェルトは無言でクロヴィスの足元を指し示す。

「……!」

 言葉を失う。
 クロヴィスの足元は“消えていた”。ゆっくりと、着実に、体の輪郭が溶けていく。

『「終焉の使者」は俺がいなければ実体を保てない』

 言外に『俺が生きている限りは止まらない』と告げられ、アランは唇を噛み締める。

『一緒に死ぬさ。それが俺にできる精一杯の償いだから』
「──そんなものは償いじゃなくてただのエゴだッ‼︎ 本当に償うなら生きるべきじゃないのか‼︎」

 口を閉ざしたクロヴィスにアランは立て続けに訴える。

「それにこの結晶の作り手を探したかったんじゃないか⁉︎ オレに託すほど大事な……大事なものを!」
『……いいんだ。それは──“思い出した”から』
「っ⁉︎」
『どうして今になって……思い出しちまったんだろうな』

 乾いた笑いが響く。

『なあ、アラン。やっぱり俺達は会っていたんだ。お前は思い出さないだろうけど』
「なんの話だ……?」
『酷いよな。俺は「今」も「昔」も、自分の親を不幸にしてる』
「クロヴィス……? 分かるように言ってくれないか?」
『……分からないよ。誰にもな』
「……あんた、もしかして」

 黙って傍観し続けていたラフェルトが口を挟んだと同時──アランは、懐かしい光景を幻視した。


 ──あ、あのー……。
 満月の夜。人通りのない公園で少年が一人、意識のない誰かに話しかけている。
 ──あ、あーゆーおっけ?
 ──……おっけ?
 少年が助けた男は異世界からの迷い人だった。
 かつて憧れたゲームのキャラクターのような男の冒険譚を、少年は楽しげに聞いていて。少年の母親とも打ち解けた男はお世話になっている親子の力になろうと、慣れない地で色々なことを学ぶ日々を過ごす。
 ──凄い……凄いよこれ! 一生大事にする!
 ──大袈裟だな。
 少年の誕生日に贈ったプレゼント。
 月光を浴びて光るそれは、光の剣が埋め込まれた黄色の結晶。


(……そうだったんだな)

 かの世界で過ごした二ヶ月間の記憶が蘇る。
 目を開けたアランは、クロヴィスを──その影に隠れた『少年』の名を口にした。

「──“ショウタ”」
『⁉︎』

 頑なに拒んでいたクロヴィスがようやく振り返る。
 驚愕に見開かれた瞳を、アランは真っ直ぐ見つめ返す。

「思い出したよ。結晶コレを作ったのはオレだったんだな」

 胸下まで消滅が進むクロヴィス翔太は今にも泣きそうな顔で、アランの言葉に耳を傾ける。

「ずっと大事にしていてくれて嬉しいよ」
『やめ……』
「ありがとうもさよならも言えなくてごめんな」
『やめて……』
「……ショウタ」
『やめてくれ‼︎』

 あらん限りに叫んだクロヴィス翔太に、アランは頭を左右に振る。

「やめないさ」
『っ……』
「覚えてるか? オレに書いてくれた手紙」

 ──もしアランが居た世界に帰る事が出来たら……読んで欲しい。
 脳裏に過ぎる翔太の記憶が告げる。
 アランが次に放つ言葉を。


「『もしもどこかで会えたなら、そのときはまた、友達になろう』」


 クロヴィス翔太の涙が氾濫する。

「……またこの記憶を失っても、オレ達は友達になれるさ。ショウタでも、クロヴィスでも」

 アランもまた涙ぐみ、想いを告げる。

「オレは友達になりたい。一緒に笑って、泣いて、助け合えるような友達に!」
『アランっ……』

 刹那──大広間を襲う凄まじい震動を皮切りに、床から、壁から、天井から。緑色の雨が降り注ぐ。
 ともなれば、現れるのは触手。先程と比べものにならない多さにも怯まず、アランとラフェルトは勇ましく構えた。

(──ああ、まただ。また、俺のせいで)

 掴みかけた希望が手をすり抜けていく。
 どうしても『終焉の使者』は俺を一人にしたいらしい。
 今の人格クロヴィスは絶望する。
 昔の人格翔太は涙する。
 しかし。

『──「クロヴィス」!』

 悟っていたように、膜の外で大剣を振るうアランは叫んでいた。

『このぐらいでオレ達は負けやしない‼︎』

 炸裂する【アルタリアブリッツ】。光の連撃が数多の触手をいっぺんに刈り取る。

『【破滅ノ予兆フィンブルヴェトル】』

 後方のラフェルトは周辺の触手を凍結し、粉砕。彼もアラン同様、優位に立ち回っていた。
 絶望的な状況。助けもなければ、終わりも見えない戦い。
 それなのに。アランの瞳は燃え上がっていた。
 希望を、失ってはいなかった。
 ──悔しい。
 翔太の後悔が胸で燻り続ける。
 ──見ているだけだなんて、嫌だ。
 翔太の未練が、クロヴィスの胸を叩く。
 ──もう死にたくない。
 ──もう一人になりたくない。
 ──もう誰も悲しませたくない!
 クロヴィスと翔太二つの人格の気持ちが爆発する。

「うおおおおおおおおおおおおっっ‼︎」

 腕はとうに消えた。
 だからなんだ!
 雄叫びを上げ、クロヴィスは膜に向かって突進する。
 それは彼自身の──『生』に対する意思表示だ。

「クロヴィ──っつ‼︎」

 助けようと手を伸ばしたアランを触手が阻む。ほんの一瞬動きが鈍った隙に、腕を絡め取られる。

「ぐっ……」

 剣に、足に、絡みつく触手を引き剥がそうともがくアランだったが、切り落とした分を上回る触手が重なる。
 まずい、飲み込まれる──!
 触手を蹴散らし救援に向かおうとしたラフェルトを、地と天から伸びる触手が絡み合い『壁』となり分断した。
 クロヴィスは首元まで消滅しようと構わず、がむしゃらになって膜に体を打ちつける。
 自分では助けられない。
 それでも、願わずにはいられない。

「誰かっ……!」
 ──大丈夫よ、翔太。

 懐かしい声が、優しくクロヴィスの肩に落ちた。

「「「──⁉︎」」」

 凄まじい魔力の波動を感じ取る。
 大広間の入口──アランとラフェルトが歩んだ道を進み、五色の光条がこちらに押し寄せた。
 知覚する間もなく光条は大広間全体を、アラン達すら飲み込む。

「手を──!」

 差し伸べられたアランの手が、膜を破り、クロヴィスに届く。
 消えたはずの手を伸ばしたクロヴィスを──アランは微笑みで迎えた。

 瞼の裏まで焼き焦がすような光の渦が晴れた時、広間を覆い尽くしていた触手は『全滅』。対してアラン達は、光条の影響を全く受けていなかった。
 レイが放った【エレメンタル・オラトリオ】は、無事にアラン達を助けたのだ。

「……」

 完全消滅の手前で膜を脱したクロヴィスの体は復活。自身に倒れ込み気を失ったアランを見つめる。

「どうするつもり?」

 歩み寄るラフェルトから、視線を上へ──『終焉の使者』に向ける。

「……どうか、俺の願いを聞いてくれ」

 クロヴィスはゆっくりと語りかけた。

「俺は……この世界で生きていきたい。他の誰でもない、『クロヴィス』として。……『終焉の使者お前』と『翔太』と一緒に」


「動きが止まった……?」

 ブレイド達五人は、ドラゴンが完全に沈黙したのを目撃する。
 いっそ不自然なほどにぴたりと制止したドラゴンはやがて──光粒となって風に流されていく。
 残骸の中から現れた三つの影に──目を見開く一同はボロボロとなった体を引きずって走り出した。


「ありがとな」

 空中に放り出されたクロヴィスとアランの体を、蝶の翅を携えたラフェルトが掴む。
 地面に降り立ち雑に降ろされた直後、アランは意識を取り戻した。

「どうなったんだ……?」

 頭を抑え説明を求めるアランに──ラフェルトは質問を投げる。

「アラン。クロヴィスの別の名前は?」
「は? ……普通にクロヴィスじゃないのか?」

 ──忘れている。
 『翔太』に関する出来事だけがアランの記憶から削除されている。触手との戦いは覚えているようだが、それより以前の会話はきっと……。
 クロヴィスは悲しげに、凛した顔で頷く。

「当たってる」
「そう……だよな?」

 目を丸くしたアランの耳に、自身の名前を呼ぶ仲間達の声が届く。

「行こう、クロヴィス」
「……ああ」

 どこまでも澄み渡る晴天の下。
 クロヴィスは、たくさんの笑顔に囲まれた──はずだった。

「く、ロ、ゔィス」
『‼︎』

 ばっと振り返ればそこには、変わり果てたオーナーガレンの姿があった。
 ブシュッ、ブシュッ、とあらぬ方向に折れ曲がる四肢から鮮血を撒き散らし、皮膚が爛れ剥き出しとなった頬を歪める。
 クロヴィスが『終焉の使者』と融合した瞬間──ガレンもアラン同様、余波を受けて吹き飛ばされた。だが、戦士でもない彼がまともに受け身を取るなんてことが出来るわけがなく──即死でなかったのが、不思議なぐらいだ。
 迷わず拳を振り上げるブレイドを、待ってとレイが咎める。

「はハ、ハハハ! 逃ゲられルと思ウナ! どコまでダッて追イかケてヤルからナ! ──ごふッ」

 ビチャビチャと口から吐血するガレンを、白き光が包む。

「は、ハ、……?」

 急激に体から痛みが消え、楽になる。
 全快とまではいかない程度に回復魔法をかけたレイは、周囲からどうしてだと目線で訴えられる中──クロヴィスを一瞥し、ガレンの前へ進み出る。

「今さら私に媚ろうだなんて思っても遅いぞ。……ほら聞こえるか? 憲兵がもうじきで到着する。彼らは私の味方だ。貴様らの言葉など受け入れるものか!」

 遠くより鳴り響くサイレンの音が徐々に大きくなり、高尚を上げるガレンの声が煩わしい。
 それに対しレイは、努めて冷静に告げる。

「ガレン・リーデル。……いえ、『マリス・コール』。本日『オラトリオ大陸』付けで、貴方の所業にまつわる証拠を全て提出させていただきました」

 ぴたりと笑い声を止めたガレンは鼻で笑う。

「証拠? そんなものありはしない。だとしたらとうの昔に私は糾弾されている」

 ガレンを怪しいと睨んだ者は、少なからずこの島にもいた。皆一様に調査に乗り込むも、決定打となる証拠は見つからず──最終的にガレンによって闇へ葬り去られる。
 自らの手は汚さず、他者を介入させて記録を消す。ガレン・リーデルは相当なやり手であるのを、レイも理解していたが。

「レティア夫妻と僕を拉致監禁、クロヴィス・レティアに対する恐喝の疑い。そして、殺人を指揮したと自供した映像があります──それでもまだ、そんなことが言えますか?」
「そんなバカな事が出来るわけが……」

 誰よりも用心深いガレンは、レイを牢の中へ放り込む前に念入りに調べ、仕込んであった小型カメラやボイスレコーダーを“全て”回収した。
 ここに来るまでの間に新たに用意したとしても、『終焉の使者クロヴィス』の攻撃を受けて壊れているはずだ。戦いの跡が残る服装がそれを物語っている。

「ハッタリではありませんよ」

 レイは不意に自身の左目に手を添える。
 そこから覗く瞳に──カメラのレンズのようなものが見え──みるみるうちにガレンの顔から色が失われていく。
 奸計にはめたつもりが、はめられたのだ。
 本命を隠すために用意された大袈裟な“囮”に、まんまと。

「……聞こえますか、このサイレンが。憲兵彼らは僕達じゃなくて、貴方を探しているんですよ。……逃げられると思うなよ!」

 自身の言葉を繰り返されたガレンは、ついに憤怒に飲み込まれた。体裁などそっちのけで、してやられた餓鬼に拳を振り上げる。
 ──が、直前で拳ごと腕を掴まれた。

「く、クロヴィス……」

 ガレンとレイの間に立つクロヴィスは、巌のように静かであった。掴んでいたガレンの腕を解放し──胸元を掴み上げる。
 クロヴィスはレイの意図を正しく理解していた。
 どうして怪我を治してやったのか。それは。

「──これは村の皆の分!」
「ぐふぇら!」

 “全力”でガレンを殴れるように。

「これは、父さんと」
「がぁっ!」
「母さんの分!」
「ぶへぇ!」

 計三発、顔面にクリーンヒット。
 ぼたぼたと鼻血を垂れ流しながら倒れ込むガレンを直前で掴み、宙に放り投げ。

「そしてこれが──俺の分だッ‼︎」

 クロヴィスの回し蹴りが炸裂。見事鳩尾に沈んだ蹴りによって、ガレンの体は大きく吹っ飛んだ。
 地面に転がるガレンは今度こそ気を失った。

「殺さなくていいの? あんた、その程度で許せるの?」

 ラフェルトの言葉に、クロヴィスは握りしめた拳に更に力を入れる。

「勝手に死ぬさ。この世の地獄を味わってからな」

 そうしてクロヴィスは天を見上げた。
 雲一つない晴天。
 向こう側で手を振る、大切な人達を想って。

「……面倒掛けたな」

 込み上げてくる気持ちを抑え、クロヴィスは彼らに背を向けたまま歩き出す。
 その先では、島の憲兵がぞろぞろとこちらに向かって来るのが見える。

「大丈夫だよ、クロ君。本当のことを話せば……ご両親とまた会えるよ」

 足を止めたクロヴィスは、乱雑に目元を服の裾で拭うと振り返る。


「……ありがとう。またな」


 それからの流れはあっという間の出来事であった。
 ガレン・リーデル──本名『マリス・コール』は気絶したまま憲兵に連れて行かれ、クロヴィスも重要参考人として署に同行を求められた。
 当然ながらサミット開催は中止。
 アラン達外部の人間は皆、追い出されるような形で『テリオン島』から各大陸へ帰還した。


 あれから一ヶ月。
 目まぐるしいサミット準備期間が夢の如く、アラン達は平穏な日々を過ごしていた。
 モンスターを掃討し、困っている人に手を貸して、時に誰かと盃を交わしては笑い合う。そんな大切な日常を守り切った。
 これ以上ない満たされた日々だというのに──頭の片隅では細々と、けれど確かに、クロヴィスの身を案じている。
 島の憲兵からの要請で残ったレイも未だ帰らず。連絡があまりない以上、島の状況を知る術がない。

「あちっ」

 ぼうっとしていたアランの手にお湯がかかる。知らぬ間にポコポコとお湯が鍋から吹き出しており、アランは慌てて火の勢いを弱める。

 ──コンコン。
「……?」

 控えめに扉をノックする音が聞こえた。……気がする。
 訝しげに目を細めながら、アランは玄関の扉を開けた。

「……よう」

 心の底からの笑みに、アランも釣られて笑う。

「また、会えたな。……クロヴィス」


 Fin.

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