終焉の使者


「全員いるかー?」

 滞在四日目の朝。ホテルロビーの一角で、アランは休日が重なったレイも含めた全員に対し、点呼を取った。

「一」「二」「三」「四」「五」「六!」「七」
『ッ⁉︎』

 一人、多い。
 一様に背後を振り向くとそこには、島に到着後行方をくらませていた──ラフェルトが平然と佇んでいる。

「ちょっ、ちょっと⁉︎ 今まで何処に行ってたのさ! 何でここにいるの⁉︎」

 真っ先にレイが噛み付く。比喩抜きで噛み付く勢いにレベッカがそっと下がらせ、入れ替わりにアランがラフェルトの前へ進み出る。

「目的はなんだ。ハッキリ答えろ」
「僕の目的? ……見つけてみなよ。見つけられるならね」

 分かりきってはいたが、答える気のないラフェルトに口を曲げる。
 ピリピリとした空気に周囲の人々が敬遠する中、クロヴィスが到着。

「……喧嘩をするのは勝手だが、人がいないとこでやってくれ」

 ほとほと呆れた目付きのクロヴィスに、違うと否定するが、その理由は言えずじまい。
 全く知らない部外者に『世界を消そうとした人です。対立しているんです』などと言えるわけがない。

「これはその……」
「何でもいいけど。そっちの二人とは、初めましてだな」

 口ごもるアランから二人──レイとラフェルトを交互に見遣る。

「うん、初めまして! 僕はレイ。で、こっちがラフェルト」
「はじめまして」
「クロヴィスだ。話はオーナーから聞いている。宜しく」

 簡単に挨拶を交わしたクロヴィスは──ちらりとラフェルトを一瞥し──「こっちだ」と一同を連れ、ホテル外にある路線バス停に向かう。
 アラン達やレイが乗る特別車で街を移動するのは目立つため、あくまで観光客として都心部『エレミルエリア』を観光することは、事前にアラン達も聞かされていた。
 予期せぬ同行者も加えた一行を乗せ、バスはホテルを出発する。


 島の大部分を占める『エレミルエリア』は、観光客向けの施設が多く建ち並ぶ。
 街道一本丸々小売店がひしめき合い、島特有のお土産をここぞとばかりに売り込んでいる。
 『知り合いに配るお土産を探したい』という希望を聞き、クロヴィスがここを勧めたのだ。

「事務所の皆に渡すお土産……どうしようかな?」
「オレアの選んであげようか?」
「煽りじゃん」
「煽り?」

 レイとラフェルトの会話にクロヴィスは眉をひそめる。

「な、何でもないよ。クロヴィス君は何を買うの?」
「何も。欲しいものも別にないし」
「あはは、そうだよね……」

 意識が逸れたのをいいことに。レイは「クロヴィス君」と呼ぶ。

「何だよ」
「『クロ君』って呼んでもいい?」
「……は?」

 これには、流石のクロヴィスも素っ頓狂な声をもらした。

「僕、五文字以上の名前って略したくなるんだよね」
「謎理論過ぎるだろ。……どう呼んで貰っても構わないけど」

 意外にも承諾(というよりかは興味がない)されたレイは、ありがとうと笑いかけた。

「水着も売ってる」
「海が近いものね。……時間がないから行けないけど」
「また別の機会に行こう」
「うん。行く」

 ショーウィンドウに展示された水着を傍目に女性陣が会話に花を咲かせる。
 その近くでは、お土産を選別するアランにブレイドがちょっかいをかけては叱られていた。

「ジイジが好きな紅茶にするかな……」
「お、この鰹節なんか良さそうじゃね?」
「しかもそのままか……適当に言うんじゃない」
「この昆布とかも俺の身長ぐらいあるし、長〜く使えるぞ。一つどうだ?」
「そもそも持って帰れないだろ」

 レイもラフェルトを(強制的に)連れ歩き、事務所のメンバーに渡すお土産を探している。
 それらを、クロヴィスは街道の真ん中に設置されたベンチに座り、ぼうっと眺めていた。
 どこか退屈げに。
 どこか億劫げに。
 どこか、羨ましげに。
 どこか、妬ましげに。
 欠伸をもらしたクロヴィスの隣に、ブレイドが腰を下ろす。

「寝不足か?」
「……そんなところだ。あんたは土産、買わないのか?」
「渡す相手は居ても渡す義理はねぇから」
「ふぅん」

 おもちゃの木刀に目を輝かせるレイを、アランは「要らないだろ」と半眼を向ける。

「……俺達が初めてお前と会った時、アランに言った言葉」

 ──どこかで俺達……会ったことがあるか?

「あれは結局何だったんだ?」
「忘れろと言ったはずだ」
「あんな口説きに使うような台詞、忘れられるかよ」

 ラフェルトに木刀を向けるレイを全力で取り押さえる。

「大した理由じゃない。事前にあんた達のことは知っていたから、もう会った気でいたんだろう」
「……そうかよ」
「ブレイドー! クロヴィスー!」

 アランが二人に、もう行くぞと名前を呼ぶ。
 無言で歩き始めたブレイドに、クロヴィスも遅れて歩み出す。
 土産屋を堪能した彼らは次に、二日前にも訪れたフェスの会場に再訪する。

「話には聞いていたけど、結構賑わってるね」

 初めてのレイは相棒のカメラを構え、島特有の品々が並ぶ露店を撮影する。
 二度目となるアラン達も──前回は時間の都合上回れなかった特産品ブースを──物珍しく見て回る。
 鋭いキバが一本飾られているのを、不思議そうに見つめる。

「これは……サメのキバか?」
「お守りだな。サメの気配に魚が脅える例えで、悪い気を寄せ付けないって言われてる」

 さらりと解説したクロヴィスに、ベルタはそうなのかと深く頷く。

「クロヴィスは島の伝統とかに詳しいんだな」

 以前、解説していたヘリポートの件を思い返し、アランは「凄いな」と感慨を込めて告げる。

「別に凄くはない。……俺が住んでいた場所が田舎だったってだけだ」

 と、身の上話に僅かに触れた。
 翳りが見えるクロヴィスの姿に、不味かったかとアランが不安を抱く最中──ぽつりとヴァニラが呟く。

「いない」
「ん?」
「ラフェルト。いないよ」

 ハッと一斉に周囲を確認するが、確かにラフェルトの姿が見えない。

「また勝手に行動して……! 今度という今度はこの木刀でお仕置きしてやる……!」
「お前木刀それ買ってたんか」
「まだ近くに居るかもしれないわ。みんなで探しましょ」
「悪い、クロヴィス。ちょっと待っててもらってもいいか?」
「いや、俺も探すよ」

 ラフェルトの危険性を知らないクロヴィスを巻き込むのは──しかしながら、ここで断りを入れて怪しまれても困る。

「……わかった。お願いするよ」
「じゃあ、あの時計塔の下で集合な。もうじき鐘がなるから、それを合図に」

 一人で向かうのは危険だと引き止めようとする間もなく──クロヴィスは指示を出すや否や、人混みの中を突っ切っていく。

「クロ君は僕が追うよ。皆は他の場所を探して!」

 レイがクロヴィスを追って人混みの中に消える。
 気がかりではあるが、ラフェルトも大胆なことはしないだろうと信じ、アラン達も二手に分かれてフェス会場を捜索する。


 潮の香りを乗せた風が髪を揺らす。
 高台から望む海面は、宝石が散りばめられたかのように光を放ち、どこまでも続く地平線は好奇心と恐怖を掻き立てる。

「ここ、立ち入り禁止なんだが」

 高台に設けられた──錆が目立つ柵に寄りかかっていたラフェルトは、その声に目を開ける。

「なぁんだ、もう見つかった」
「……この辺りが人がいないのはここぐらいだ」

 言外に『ここにいると思っていた』と告げるクロヴィスに、ラフェルトは首をかしげる。

「どうしてここに?」
「あんた、人混みに居たくないと思ってそうだったから」

 当たりである。
 だが、初対面の相手に見破れるとは思っておらず、ラフェルトは聞き返す。

「そんな性格に見える?」
「いや……そうじゃなくて……どっか怪我してんのかと思ったから」

 言いにくそうに答えたクロヴィスを訝しむ。
 全く心当たりがないからだ。

「……してないけど、どうして?」
「──血の匂いがする。どうしたんだ?」

 ああ、“そっち”か。
 一人理解したラフェルトの口元に笑みが浮かぶ。

「さあ……どうしてだろうね?」

 怪しげに歪む唇。深淵渦巻く瞳。
 纏うオーラが一変する。
 一言で表すならば『闇』。目に見えぬ闇を体現したような──体の隅に追いやられた警戒心が一気に駆け巡り、警鐘を鳴らす。
 静かに身構えたクロヴィスを、愉快げに見据える。

「……あんた、一体何が目的なんだ……」

 絞り出した問いに、ラフェルトは告げた。

「──『終焉の使者』」

 それまで、悟られまいと表情を殺していたクロヴィスが瞠目する。

「……やっぱり、ここに居るんだ」

 確証を得たと言いたげにラフェルトは目尻を落とす。

「……あんたは『それ』をどうするつもりなんだ」

 クロヴィスは平然を取り繕う余裕もないほど動揺している。それも楽しみながら、ラフェルトは素直に答えた。

「僕の力にして、この世界を消滅させる」

 第二の『ラグナロク計画』。
 その第一歩として、ラフェルトは『終焉の使者』と呼ばれる“何か”の力を求めに島へとやって来た。
 畏怖か、はたまた激昂か。
 クロヴィスの反応は──ラフェルトの期待を盛大に裏切った。


「ならさっさと消してくれよ。こんなクソみたいな世界なんて要らねーから」


 そう、嗤った。
 この世界を生み出した神を。
 取り巻く環境を。
 息づく自分を。
 恨むような声音で、クロヴィスは嗤う。
 ──首元に嵌まる首輪に触れながら。
 それをラフェルトは、先程までの笑みが嘘のように。冷めた目付きで流していた。

「嘘つき」

 興が覚めたとラフェルトは嘆息する。

「あっ! 二人共ここにいたんだ! 立ち入り禁止って書いてあったから見つからないうちに行こ!」

 追いついたレイによって、二人の会話は終了した。
 僅かに感じた違和感を──レイは追求することなく、待ち合わせ場所に連れて行った。


 ◆


「で、答えてくれる? 洗いざらい全部」

 開口一番。レイはラフェルトを問いただす。
 『エレミルエリア』の観光を終え、ホテルの客室に戻るや退路を塞ぐが如く扉の前を陣取るレイに、ラフェルトは余裕綽々と寝台の縁に座る。

「答えるつもりはない。でも、あんたはもう見当をつけているはずだ」

 まるでこちらを見透かしているような視線から僅かに目を逸らし、そろりと見遣る。

「『守り神』を探しているんだね」

 島に伝わる伝承上の存在。実在しているとは到底思えないが、ラフェルトが感心を寄せるのはそれぐらいしか考えられない。

「六十点」
「思ったよりも低い……」
「あと他にはないの?」
「そう言われても……『守り神』の情報はほとんど見つからなかった。信仰が篤い『ラファルエリア』の村はモンスターの襲撃で壊滅したって話だし……」

 レイが始めにおじいさんから聞いた口承以外、『守り神』について得られる情報は無かった。

「その村に行けば何か分かるかも知れないけど……ここからじゃ遠いから」

 『ラファルエリア』は都心部『エレミルエリア』から西の方角に位置するエリア。モンスターの目撃情報が相次ぎ、現在では事実上封鎖されている(立ち入っても問題はないが自己責任)。
 その上、件の村は海岸沿い近くに位置する僻地だ。そこまで歩いて行かなければならないとなると、事細かに定められているスケジュールを変更する必要があるが、確実に怪しまれる。
 オーナーガレンの動向を慎重に窺ってる今、あまり大胆な動きはしたくない。

「なら連れてってあげるよ」
「えっ?」

 差し伸べられた掌に眉をひそめる。

「ど、どういう風の吹き回し……?」

 ラフェルトの力を借りれば『ラファルエリア』まで瞬く間に行けるだろうが、なにせこれまでの行いが素直に手を借りてはいけないと証明している。
 行きは送るが帰りは自力。なんてことだってあるのだ。

「僕、今朝までそこに居たんだよね」

 かくんと小首をかしげるラフェルトは、それ以上何も言わない。
 どう判断するか、全てをレイに委ねる。

(ガレンさんの件には関係がなさそうだけど……ラフェルトの目的は知っておかないと後々大変になる……)
「──うん、分かった。ならお願いする」

 重ねた手に、ラフェルトはレイを見上げる。

「後悔しないといいけどね」

 尋ねるよりも速くラフェルトはレイの手を握り返し、転移術を発動させた。


「……!」

 反射的に瞑った目を恐る恐る開く。
 ごつごつとした地面の感触、緩やかに靡く風、地平線の向こうに沈む夕陽。一瞬にしてホテルの部屋から外の景色へ場面が変わる。
 ラフェルトから手を離したレイは目の前の景色に、訝しげに目を細める。

「ここ、本当に村があるの? 何もないけど……」

 見える景色は草花一つない枯れ切った地面。遠目に都心部『エレミルエリア』がちらりと見えるだけだ。村はおろか建物一つとない。
 騙した? 隣に立つラフェルトの顔を見遣る。

「後ろ。向いてごらん」
「えっ……?」

 この世の地獄──背後を振り返ったレイの瞳に飛び込んで来たのは、変わり果てた村の末路。
 至る所で群を成す屍達を前に、正気を失いかける。
 軒並み火を放たれ、黒く焼け焦げた土地。村人達を惨殺し荒らしたであろう家財があちらこちらで散らばり、陵辱の痕跡すらある。
 これは、明らかにモンスターの仕業ではない。
 ──人為的に行われた一方的な虐殺だ。

「僕が来た時からこうだった」

 仰向けに横たわる男性の遺体の傍らにラフェルトは膝をつき、見開かれた目をそっと手で閉じる。

「君の仕業じゃないって流石に分かるよ。……君ならこんな殺し方はしない」

 彼らの遺体を見つめるラフェルトの瞳は、哀傷に満ちていた。
 それは仮にも聖職者であった彼が、自らの手で殺せなかった幸せに終われなかった彼らに悲哀の感情を抱いていたから。
 同時に、“殺し方が違う”と感じた。

「見たことないくせによく言うよ」
「うん。でも殺されかけたことはあるよ」

 普段の調子で返すレイの声は震えていた。本人が気付かぬうちに呼吸は乱れ、はっはっと上手く吸えていない。
 ラフェルトはレイを置いて先に進むことはしなかった。自分が前へ歩いたとしても、惨状に背を向けて歩いたとしても、きっとレイはついてくるだろう。だがそれではつまらない。ラフェルトはレイについて行こうとしていた。
 対してレイは、早くも後悔し始めていた。
 縋れる人も、頼れる人もここにはいない。
 それでも、足を踏み入れてしまった自分に喝を入れる。
 強大な権力を前に埋もれた記録を。
 簡単に消された人間としての尊厳を。
 踏みいじられた、村人達の憎悪を。
 元凶にぶつけなければ──更なる後悔が僕を襲うと。自分自身を鼓舞する。

「……絶対に」

 静かに、瞳に炎を滾らせる。

「フェル君。殺されてからどのぐらい経っているか分かる?」
「……五年。多分、それぐらい」

 “五年”。
 レイの中でバラバラに散りばめられていた点が、一つの線で繋がる。

(ガレンさんがオーナーとして島の開発を始めたのは──“五年前”。信仰が篤いこの村は真っ先に反対し、そして葬られ、その記録を改竄された……恐らくはガレンさんの手引きによって。……そう考えるべき)

 しかしながら、おかしい。
 たかだか反対されたというだけで、殲滅しようと考えるものなのか?
 地位を確実なものとするために邪魔者を消した──と考えるには、早計な気がした。

(『守り神』が関係している?)

 レイは一人歩を進め、村の中を探索する。
 不自然に片付けられた箇所が──村に朝方まで居たというラフェルトが手をつけた痕跡が──ちらほらと見られ、そこを中心に手がかりを探す。
 血の匂いが体に馴染んだ頃、レイはとある家屋で古びた文書を見つけた。
 かなり年数が経っているものなのだろう。文字が所々掠れてはいるが、指先でなぞりつつたどたどしく読み上げる。

「……終、焉の……使……者……『終焉の使者』?」

 いつの間にかラフェルトも合流する中、レイは引き続き解読。

「憎しみ……悲しみを養分……破壊……を……封印……ぜ、全然読めない……なんだろうこれ」

 『終焉の使者』が何か分からぬまま、解読を断念。文書をテーブルの上に戻す。

「……聞きたいんだけど、フェル君はここに『守り神』の情報を調べに来たんだよね? なら『守り神』について、何か知ってることがあるんじゃない?」
「さあね」

 答えないだろうなと思ってはいたが、この状況下ではやや複雑な気分だ。

(落ち着いて考えてみよう。……ラフェルトはこの村に来て、『守り神』にまつわる何かを調べようとした。でも結局見つけられていないんだ。だから今、僕に見つけさせようとしてる)

 そうでなければホテルに戻って来た理由がつかない、とまでレイは考える。

(それが、ガレンさんが求めていた何かと繋げるには早いけど……ひとまず探そう。きっと隠し部屋的な場所がこの村にあるはずだ)

 盗賊紛いのことをするのは気が進まないが、どうか許してほしい。
 君達の後悔も憎悪も全部持って行くから。


 ◆


(頼まれてたものはこれで全部か?)

 ホテル一階売店から今し方出て来たアランは、両手に提げた袋の中身をちらりと見る。
 仲間達とカードゲームで遊んでいた彼は勝負に負け、買い出しに行かされたのだ。
 ここぞとばかりに大量に頼みやがって、といの一番に押し付けたブレイドに呆れつつ。戻るかとエレベーターに向かう途中のこと。

(クロヴィス?)

 夕方ぐらいに「用事があるから」と言って別れたクロヴィスの姿が、窓越しに見えた。どうやらホテルの外で誰かを待っているようだ。
 せっかくなら挨拶ぐらいしていくかと外に出たアランは、クロヴィスに近づく。

「お疲れさま。誰か待ってるのか?」
「! あ、あんたか……」

 ビクッと肩を震わせたクロヴィスは──直前まで眺めていた結晶をポケットに突っ込むと──アランの顔を驚き見遣る。

「って……何だその荷物。パシリか?」
「ちょっとゲームで負けてな……あ、そうだ」

 アランは袋の中身を漁り、飲み物を一つ、クロヴィスに差し出す。

「これ、差し入れ」
「……いいのか?」
「頼んだ本人も覚えていないさ」

 悪戯っ子のように歯を見せて笑うアランに、クロヴィスは意外だと軽く瞠目する。

「……なら遠慮なく」

 早速蓋を開け、飲み物を口にする。

「クロヴィスはどうしてここにいるんだ?」
「オーナーのおっさんを待ってんだ。多分、もうすぐで来るだろう。……その前に帰れよ」
「え、どうしてだ?」
「今の格好で会えるなら何にも言わねーけど」

 あっとアランは苦笑をこぼす。
 普段よりラフな格好に加え、大量のお菓子でパンパンになった袋を両手に提げている──自分の姿は、側から見れば確かに恥ずかしいものだ。

「そ、そうする」

 それじゃあまた明日。と別れる前に、アランはクロヴィスに尋ねる。

「さっき見ていた結晶って、クロヴィスの宝物か?」

 クロヴィスの目の色が変わった。

「答えたくなかったら答えなくていい」

 単なる好奇心、というよりかはクロヴィスが結晶に注ぐ視線が──自分が髪飾りを見つめる眼差しと似ていると感じたからだ。
 それを察したのか、はたまた話してやってもいいと判断したのか。
 クロヴィスは乱雑に突っ込んだ結晶をポケットから出した。
 黄色の結晶──内部には小さな剣のオブジェが埋め込まれている。掌サイズの結晶には、亀裂が走っていた。

「……宝物とは少し違う。これはある意味、俺の目標なんだ」
「目標?」
「これを作ったやつを探してる」

 クロヴィスが産まれた時、小さな手の中に握られていたものだと言う。
 一体いつ、誰が渡したものかはおろか、誰によって作られたのかも分からない。

「不思議なこともあるんだな……」

 アランは再度、結晶を凝視する。クロヴィスがたじろぐのも構わず。

「な、何だよ」
「この感じ……ひょっとして、エレメントか?」
「……エレメント?」

 両目をぱちくりさせるクロヴィスに、確信を持ってアランは点頭する。

「オレ達が住む『エレメンタル大陸』にある力のことだ。きっとこれは、オレと同じ光属性のエレメントで作ったやつだろう」
「そう……なのか?」
「ああ」

 クロヴィスは月のように柔らかな笑みを見せた。
 初めて見た彼の笑顔に、アランは嬉しさが込み上げてくる。

「そうだ! サミットが落ち着いたら『エレメンタル大陸』に来るといい。オレも協力するから一緒に探そう、その人を」
「アラン……」

 と、そこで。ガレンがロビーに姿を現した。周囲から称賛の眼差しを浴びつつ、颯爽とこちらに向かうガレンに、クロヴィスはアランに向こうに行けと顎で指す。

「また明日な!」

 駆け足で立ち去っていくアランの背中を、クロヴィスは実に眩しそうに──申し訳なさそうに見送る。

「会えてよかった、アラン。


……さようなら」


 カツン、カツン、と冷え切った空間に靴音が響く。

「祠の中……結構広いね」

 村の中心に祀られた祠──の“中”を、レイとラフェルトは進んでいた。
 小さな祠に巧妙に隠された地下へと続く階段は予想以上に長く、この先にあるものがいかに重要かを暗に示している。
 ラフェルトも立ち入るのは初めてらしく、慎重に歩みを進めていた。

「壁画だ……」

 最奥に広がる地下室。そこには、壁一面に何かが描かれていた。
 中央の石の台座に拝借したランタンを置き、壁を見上げる。所々注釈のような文字が書かれており、こちらはちゃんと読める状態だ。

「なんて書いてある?」
「ちょっと待って……古いけどこの文字なら、解読書を見ればなんとか……」

 急かすラフェルトを抑え、レイは鞄から一冊の本を取り出す。
 ページを捲り、壁画に刻まれた文字を見比べながら、現代語訳を口にする。
 ──終わりの使徒は 全てを喰らう
   光を 闇を 我らを全て
 ──いつか目覚めの時を迎え
   肥えた力を解き放つ
 ──終わりの使徒は 原初に還さん
   光を 闇を 我らを全て
 ──汝よ 覚えよ
   この地は礎であることを
 注釈の解によって、壁画の内容を読み取ることができた。

「終わりの使徒……地上で読んだ『終焉の使者』のことだよね。じゃあ『終焉の使者』って……『守り神』のこと?」
「九十九点」

 忍び笑いをもらすラフェルトに、心臓がどくりと波打つ。

「あとは『終焉の使者』を見つけられれば、僕の目的は果たされる」

 ラフェルトは最後の場面が刻まれた壁画に触れる。

「でもこれによれば、島の底に封印されてるっぽいし……どうしようかな」
「諦めてほしいんだけど……」

 手帳に注釈を書き写し、壁画をカメラに納めたレイはこれ以上得られる情報はないと、ラフェルトを連れて地下室を後にする。
 飛び込んできた惨状に眩暈を覚えるが、気力を振り絞り耐える。

(この村が襲われた理由の確証は得られなかったけど……)
「ごめんなさい」

 埋葬せず放置してしまうことを謝罪し、レイは行きと同じくラフェルトの転移術でホテルへと戻る。
 離れていたのは数分だったというのに──どこか安心する客室に一息つき、レイは携帯端末を取り出した。

「夜分遅くに申し訳ありません、ガレンさん──」


「……大丈夫さ。ではまた明日」

 隣に座るガレンが通話を終えたのを、クロヴィスは横目で見る。
 アランと別れ、ガレンと合流したクロヴィスは、雇われの運転手が待つ車に乗車。共に帰路へ就いていた。

「随分と仲良くなったものだな」

 煙草を口に咥え、火をつける。

「……別に。そんなんじゃない」
「ふふ、情が湧いたか」
「違うって言ってんだろ」
「散々私と“会わせない”ように画策していたのを、知らないとでも?」
「っ……」

 響く歯軋りの音。
 ガレンはふぅっと煙を吐き出しては、面妖に口元を歪める。

「心配はしていないさ。お前は従うほかないのだから」

 今度は聞こえるようにハッキリと舌を鳴らす。
 だが、そよ風のような反抗ではガレンの心は揺れない。

「『あの男の犬』が私と話がしたいと持ちかけてきた。明日の朝に会う予定だ。少し早いが……計画を実行に移す」

 トーンが落ちたガレンの声に、クロヴィスの体に戦慄が走り抜ける。

「生きてさえいれば状態は問わない──『白き鍵』を捕獲しろ」

 ああ、やはりこうなってしまったか。
 クロヴィスはぎゅっと目を瞑り──声を絞り出す。

「……分かった」


 ◆


 滞在五日目の朝を迎える。
 いよいよサミット開催まで残り二日と迫り、昨日から今日にかけて各大陸の首脳陣が次々と現地入りを果たす。アラン達の上司、『モルス』らも本日の昼過ぎに到着予定だ。
 現実味を帯びてくるサミット開催に、自然と気合が入る。
 ホテルの一室でアランが深呼吸したタイミングで、扉がノックされた。

「……?」

 仲間の誰かが迎えに来たのかと扉を開けるが、そこには誰もいない。廊下の端から端を見渡すも、人一人いなかった。
 何かの音と勘違いしたのだろうか?
 そこでアランは、足元に紙が一枚落ちているのを見つける。

(手紙? ……クロヴィスからだ)
 ──昨日の事で少し話したい。ホテル入口で待ってる。

 そう綴られた手紙から時計に視線を移す。朝食の時間まで余裕があるのを確認し、アランは客室を後にした。


 他方、エレフォンを耳に翳したまま客室を彷徨くのはブレイド。
 険しい顔付きの彼は幾度となく電話をかけ直していた。

(全然繋がらない……レイの身に何かあったか……?)

 ブレイドが電話を鳴らしていた相手はレイだった。未だ夢の中の可能性も考えられるが、それにしたっておかしい。

(嫌な予感がする……!)

 三日前、告げられたレイの言葉が脳裏に過ぎる。
 客室を飛び出したブレイドは隣のアランの客室を叩くが──返事はない。

「朝からうるさいぞブレイド、周りに迷惑──」
「アランを見なかったか⁉︎」

 ガッと掴みかかるブレイドに目を見張りながら、ベルタは「み、見てないが……」と首を振る。

「アランがどうかしたの?」

 レベッカ、ヴァニラの二人も廊下に現れ、ブレイドの異変に首をかしげる。

「分からない……だが嫌な予感がする。頼む、探してくれ! 何も無ければそれでいいから……」

 必死に頼み込むブレイドに、レベッカは頷く。

「わかったわ。手分けして探しましょう。ベルタ」
「ああ」

 駆け足で廊下を走り抜けるレベッカとベルタとは反対の道を、ブレイドはヴァニラと共に駆ける。


 レイのエレフォンを鳴らしていたのは、ブレイドだけではなかった。

「……出ない」

 『ラファルエリア』僻地。単独、村を訪れたラフェルトは、祠の内部に広がる地下室に立つ。
 エレフォンから頭上を見上げたラフェルトは、天井いっぱいに描かれた壁画に目を細めた。

(『終焉の使者』はもう……)


 ◆


「う……」

 意識を夢の深層より引き上げたレイは、蒼然とした闇の中にいた。
 ズキズキと疼痛を訴える頭部を押さえ、上体を起こす。

(ガレンさんとホテルで合流して、車に……そこからの記憶がないや……)

 ホテル地下に広がる駐車場にてガレンと合流し、「朝食におススメの店があるんだ」と促されるまま車に乗ろうとして──背後から後頭部を殴られた。
 人間ではないがもう少し手加減してくれても……。レイは自分の手持ちが全て没収されているのを確認し、左目に触れる。

「おはよう。調子はいかがかな」

 顔を上げたレイを、ガレンは鉄格子の外から悠々と見下ろす。
 無言でこちらを睥睨するレイに、ガレンは音高く手を打ち鳴らし拍手を送る。

「さすが『コメィトあの男』の弟子を名乗るだけある。ネクタイの裏に服の袖、耳裏に靴底……至る所にマイクを仕込んでいたのは教育の賜物か?」

 引き笑いをもらすガレンの姿に最早オーナーの面影はなく、厚い面に隠した本性が露わになる。

「してやられた気分はどうだ? 悔しいか? さぞ悔しいだろうなぁ? ははっ、後悔してももう遅いぞ。お前は一生ここから出ることも叶わないのだからな。……せいぜいみっともなく泣き叫んでくれ。それを肴に祝杯を上げるとしよう」

 喩えようもない恐怖に背筋が凍りつく。
 間違いない。彼は、どうしようもない屑野郎だ。

「とは言え、だ。この私に勇ましく立ち向かってきたことを讃えなければな。最後に聞いておきたいことはあるか? 何でも答えることを約束しよう」

 勝者の余裕を笑みに貼り付けるガレンを、レイは睨み上げる。

「『ラファルエリア』の村を襲わせたのは貴方なんですか……?」
「いかにも」
「──どうしてあんなことをッ‼︎」

 怒りのままに叫んだレイから涙が溢れる。
 その姿を悲しげに、実に愉快げに、ガレンは片笑む。

「“クロヴィスが欲しかったから”だ。私の願いを叶えるには、彼の力が必要不可欠だったのだよ」
「力……?」

 予想外の名にレイは眉をひそめる。
 クロヴィスとは約半日行動を共にしていたが、ガレンが言うような力は片鱗すら感じ取れなかった。自分だけではなく、アラン達もきっとラフェルトも。

「急かさずとも、もうじき分かるさ。『奴等』の命が尽きた頃に」

 そうガレンはレイの後方を見遣る。
 視線を追った先の光景に、レイは有らん限りに目を見開いた。

「妙な真似をすれば、首と胴体は真っ二つだ。もしそうなれば……クロヴィスに首だけは返してやろうか」

 勝ち誇ったようにガレンは高笑いを上げ、牢屋の前から立ち去る。
 足音が遠ざかるのを待たずに。レイは、同じ牢の中に囚われていた──互いに手を取り合う痩せ細った男女の側に駆け寄り、すぐさま脈を確認。微かにだが波打つ脈に、自然と涙が溜まる。
 逃げられぬように巻かれた重々しい鎖に加え、四肢の腱が断たれていた。頬には薄らと涙の跡が残り、壁を削ったのか爪はボロボロに剥がれている。
 見るも無惨な彼らの首には──クロヴィスと同じ首輪が嵌められていた。ガレンの言葉が真実なら、中には爆薬が仕込まれているのだろう。そしてこの二人は──クロヴィスの両親に違いない。

(どうにかして、首輪を壊さないと……!)

 レイだけなら脱出は可能だ。寧ろ、“捕まるのも承知の上”でガレンに接触していた。が、クロヴィスの両親が捕えられている事も、それをネタにクロヴィスが道具に成り下がっている事も、レイは知らなかった。悔やむべき点である。
 目下、考えるべきは二人を助け出すこと。
 しかしながらレイには、首輪を安全に外す術を持ち合わせていない。

(首輪さえ壊せれば回復魔法をかけられる……でも、壊した瞬間に爆発するかもしれないし、クロ君も無事だとは限らない……)

 助けることは出来ないのか──?
 迅る気持ちを必死に抑え、打開策を思案をする。


「ちょっと、何してんの」
「! フェル君⁉︎」


 反響するレイの声に、うるさいよと白眼視するのはラフェルト。私服ではなく儀礼服に身を包む彼は、平然と牢の『中』に佇んでいた。

「ど、どうしてここに……?」
「あんたが全然出ないから」

 と、エレフォンを見せてきたラフェルトだったが、すぐさま現状を理解する。

「誰?」
「多分クロ君のご両親……」

 答えるや否や、二人に片手を翳したラフェルト。レイが止める間もなく魔力を発動させた。

「っ……!」

 カラカラと音を立てて硬い床を転がっていく二つの首輪。首輪だけを転移させたラフェルトに──茫然としていたレイはハッと意識を戻し、魔導書《エレメンタル・オラトリオ》を召喚。回復魔法を唱える。
 肌の血色が僅かに良くなった彼らに安堵の嘆息をもらし、レイはラフェルトと向き合う。

「ほら、早く行く……」
「フェル君、二人を病院に運ぶのを手伝って! 今ならまだ間に合うから!」


 ◆


 時間帯が早いせいか人がまだらな歩道を横目に、クロヴィスはアランを乗せ、バイクを走らせる。
 手紙で呼び出されたアランがホテル入口に向かえば、待っていたクロヴィスに「場所を変えよう」と言われるがままにバイクでホテルを出発。

「さすがに冷えるな」
「……ああ」

 都心部『エレミルエリア』を走ること数分。エリア端に到着し、クロヴィスは適当な場所で停止。
 バイクから降りたクロヴィスは、さらに奥へと歩く。

「……この辺りでいいか」

 追従していたアランは、クロヴィスの数歩後ろで足を止める。

「クロヴィス、話ってなんだ?」

 こちらに背を向けたままのクロヴィスに問いかける。
 クロヴィスは目元までフードを深く被り、俯いていた。

「……クロヴィス?」

 異様な雰囲気が彼らの間に流れ始める。
 流石におかしいと感じたアランは、静かに身構えた。
 クロヴィスは緩慢とした動きで右腕を伸ばす。右腕を中心に光粒が集い、次には一振りの長槍を形成する。

「悪いが俺と一緒に来てくれ。抵抗するなら……手足を撃ち抜いてでも連れて行く」

 槍を握り、振り向き様に穂先をアランに向ける。
 その表情に『クロヴィス』という少年の面影はなく──光無き瞳で、戦うべき標的を捉えている戦闘マシーンへと変貌を遂げる。
 困惑するアランを置き去りに、クロヴィスは疾走した。


「一体どうしたんだクロヴィス‼︎」
「……」

 なぜ自分を襲う必要があるのか──アランの問いかけに対し、クロヴィスは無言を貫く。

「クロ、っ!」

 ヒュンっと払われた穂先がアランの腕を擦り、血飛沫が舞う。続けて上段から振り落とされる穂先を、アランは飛び退いて回避。空を切り地面に突き刺さる槍を軸に、クロヴィスは回し蹴り。咄嗟に腕をクロスさせ受け止めたアランがよろめいた隙に、追撃する。
 手慣れている──防御に回るアランは確信した。クロヴィスは高い実力を誇る『戦士』である、と。
 攻撃に打って出るか決めかねるアランから、クロヴィスは距離を置くと、槍を横に構え、穂先を──正確にはその下に伸びる“銃口”の照準を──アランに合わせる。
 まずい。アランは咄嗟に体を捻る。戦闘開始時の宣言通り銃弾はアランの足を狙っており、弾が足元近くに被弾する。
 近距離・遠距離共に行うクロヴィスの戦闘スタイルは、まさしくソロに特化したもの。培われた場数の経験が一年や二年のルーキーではない。
 アランは苦渋の思いで──《閃光剣・業》を召喚し、クロヴィスと相対する。
 臨戦態勢のアランを前に、クロヴィスは再び肉薄し槍を滑らせる。

「理由を聞かせてくれ! 戦う必要がどこにある‼︎」
「っ……喋る余裕があるとはな!」

 振り上げられた石突きをすれすれで回避。一文字に軌跡を描く槍を、大剣を盾代わりに構え防御。僅かに動きが止まったクロヴィスの手を、槍ごと握りしめる。
 遅いくる衝撃に目を瞑るも──アランがなにも仕掛けてこないことに目を開ける。
 真っ直ぐ向けられる瞳にクロヴィスは──今にも泣きそうな顔で──眦を釣り上げる。

「──!」

 足を蹴り払われ、体勢を崩したアランの体が地面に倒れる。
 穂先が突きつけられようとも、アランは微動だにしない。
 それは、殺されるかもしれないという恐怖より、信頼が上回っていたから。
 屈託のない気持ちに──遂にクロヴィスは槍を手放した。
 その場に両膝をつき、氾濫する涙を必死に拭うクロヴィス。彼の肩を、体を起こしたアランはそっと触れる。

「なにがあった」
「……助けて」

 絞り出したか弱い声に目を見開く。

「どうし」
「──ここにいたか、クロヴィス」

 背後から投げかけられた声に、反応したクロヴィスは即座に長槍を握り、アランを背に庇い穂先を正面へ向けた。

「クロヴィス⁉︎」

 アランが驚くのも無理はない。クロヴィスが敵意を剥き出しにしている相手は、彼の義父であるガレンなのだから。

「君らしくないな、クロヴィス。私の命令をまともにこなせないなんて」

 目尻を下げるガレンに、アランは悟ることとなる。ガレンはクロヴィスを利用していると。

「なにも殺せと言っているわけじゃない。生きてさえいれば『発動』出来るのだから。手足を切り落として、連れて来るだけの話だぞ?」

 話しかけられていないのにも関わらず、アランは息を呑んだ。同時に、自分のことを話しているのだと理解する。
 生きてさえいれば『発動』出来る──ガレンの言葉と似たようなことを、ラフェルトにも告げられた。
 ガレンとクロヴィス彼らは自分に宿る『白き鍵』について知っている。それを我が物とするために、ガレンはクロヴィスに命じ、自分を襲わせたのだ。
 手が震えるのにも関わらず反抗的な目付きのクロヴィスに、やれやれと肩をすくめる。

「頃合いだな。遅かれ早かれこうなる運命だったが──残念だ」
「!」

 懐から取り出したリモコンのボタンを、ガレンは躊躇いもなく押し込む。秒を待たずクロヴィスは崩れ落ち、糸が切れたように首を垂れる。

「な、なにをした……?」

 一人状況を飲み込めないアランの問いかけに、ガレンはリモコンを投げ捨て答える。

「なぁに、大した話ではない。彼の“本当の両親”の首が飛んだだけだ」
「⁉︎」

 色を失うアランを他所に、ガレンは笑みを湛える。

「五年間、よくぞ私についてきてくれた。もう私に支配されることなく飛び立つといい。……両親を犠牲に得た自由を謳歌しなさい」

 刃となってクロヴィスの心臓を穿つ。
 壊れかけていたクロヴィスの心が、遂に、音を立てて砕け散る。

「しっかりしろクロヴィス!」

 まだ希望はある──アランがそう信じていたのは、本当にクロヴィスの両親が死亡したのかこの目で見ていないからだ。
 肩を掴み力いっぱい揺さぶるが、クロヴィスの瞳は死に絶え、瞳から渾々と涙を流していた。
 沸々と沸き出る怒りに堪え切れず、アランがらしくもなく殴りかかった──その時、ドクンッと心臓が大きく跳ねる。

「クロヴィス……?」

 とてつもない力の波動が、クロヴィスを中心に渦巻いていくのを肌で感じる。それはやがて漆黒のオーラと化してクロヴィスの体を包むように円を描く。

「まさか──!」

 弾かれたようにガレンは踵を返し、全力で逃走する。
 思わずガレンを見遣るアランの手に、クロヴィスが『何か』を押し付けてきた。
 未だ涙を流すクロヴィスは、全てを諦めたかのように笑顔で告げる。


「俺を、殺してくれ──」


 刹那、クロヴィスの体内から禍々しい力が解き放たれた。
 天へと伸びる黒き梯子から圧倒的な爆風が発生し、アランも、逃げ惑うガレンも、等しく風に攫われ宙を舞う。

「ぐぅううっ……」

 吹き飛ばされる途中で高く聳える柱を掴んだアランはしがみつき、風が止むまで必死に耐える。
 程なくして風の勢いは緩やかになっていき、アランは柱から滑り降りるようにして地面に着地。

『ガァアアアアアアアアア‼︎』

 変わり果てた少年は、産声とも取れる“咆哮”を腹の底から噴出した。

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