輝く星に願いを

第6の願い達


 それは、“すべてのはじまり”のまえのまえ。
 彼らが『五戦神』となったはじまりの物語──。

 むかしむかしあるところ。
 五つの元素の恩恵を受け、八つの種族が暮らしている大陸があった。
 大陸はさらに六つの地に分かれ、中でも五つの地には『五戦神』と呼ばれる神様がいました。
 遥か遠い昔の時代から存在し、大陸を作った神様達はわたし達を見守ってくださっています。
 彼らの意思と記憶は、新たな『五戦神』に力となって繋がれてゆくのでした。

 *

「──これでお話はおしまい」
 木漏れ日のもとに、たくさんの子供達が集まった。
 誰もが人間の体に動物の血を流す獣人。同じく獣人のお姉さんは、そうお話を締め括る。
 もっと聞きたいとせがむ子もいれば、友達同士で話の感想を語り合ったりする子も。そんな子供達を前に、お姉さんは微笑を浮かべた。
「さあ、みんな! お話の時間はここまでにして、遊びの時間にしましょ」
 掌をパチンと合わせたのを合図に、子供達は一斉に走り出す。
 その場に一人となったお姉さんは、彼らに語ったお話の本を開く。
 と、そこに。近くの草むらから飛び出した小さな影が、お姉さんの体に抱きついた。
「きゃっ! ってもう、ハルドラちゃん? 驚かさないで」
「えへへっ」
 狼人の少女、ハルドラは満足気に笑う。
 お姉さんと本の間に潜り込むと、顔を上げた。
「今日は来るのが遅かったわね。もうみんな遊んでるわよ?」
「今さっき起きたんだよ〜」
「まあ、お寝坊さんね」
 本を閉じ、少女の頭を優しく撫で上げる。
 ハルドラはお姉さんが持つ本を凝視した。
「ねえねえ。ボク、この本よんでみたい」
 お姉さんの体がぴくりと動く。
「だ、ダメよ。この本は大人になってからじゃないと読んではいけないのよ? そう言われているでしょう」
 苦々しく笑う彼女に気付かず、ハルドラはでもと続ける。
「だって『ごせんしん』にえらばれるのは子どもなのに……読んじゃいけないなんて変だよ」
「きっとなにか深い訳があるのよ。……ほら、ハルドラちゃん。向こうでお友達が呼んでいるわよ」
 示された先では、同い年の少女達が手招くように手を振っていた。
 ぱっと無邪気な幼児の顔つきになると、元気に走り出す。
 小さく溜め息をつき、本を見遣る。
「……そろそろね。新しい『五戦神』様が生まれるのは」

 夕闇に祝福されたその地は、強い光に照らされることはない。
 デビル達が暮らす街の外れ。立派な屋敷の廊下を、少年は歩いていた。
 若くして屋敷の主人の少年は、寡黙ではあるものの非常に優秀であった。
「ジェダル様。お客様がお見えです」
 悪魔の少年、ジェダルは足を止める。
 使用人に呼ばれて客間へ向かうと、同じ年頃のデビルがジェダルを待っていた。
「久方ぶりだな。ジェダルよ」
「……何用だ、ゲシュペンスト」
 同じく貴族階級生まれの少年、ゲシュペンスト。
 歳が近いのもあり、昔から交流を続けている。
 ジェダルはこの男が好きではなかった。だからといって嫌いでもない。単純に興味がなかったのだ。
 だが、向こうは突然訪れては無駄話をして帰ってゆく。それも毎回、終わる時間が異なる。
 ただ聞いているだけではつまらないと、持参した本を広げる。普段ならこれで勝手に話し始めるのだが、その日は違っていた。
「ジェダル。『五戦神』が代替わりするという話は知っているか」
 視線を上げれば、真剣な眼差しのゲシュペンストと視線がぶつかる。
「いや」
「ならその後釜に、私と汝のどちらかがすわるだろう……と噂されているのも知らないだろうな」
 紅茶を啜るゲシュペンストから、再び本へ視線を戻す。
「我は『五戦神』などになるつもりはない。貴様のほうが向いているだろう」
 カップを握る指が僅かに動く。
「……急用を思い出した。これで失礼する」
 ローブを翻し、颯爽と立ち去ってゆく。
 ジェダルは疑問を抱くことも怒りが湧くこともなく、流しては用済みの客間を出る。
 屋敷を足早に立ち去ったゲシュペンストは、一度足を止め振り返った。
「……汝はいつもそうだ。知らぬ顔して我から全てを奪ってゆく」

 その日。彼らは深い悲しみに打ち沈んでいた。
 心にぽっかりと穴が空いてしまったようだ。なにか大事なものを喪ったが、大事なもの思い出せない。
 物だったのか? いや、人だったような気がする。
 “名も知らぬ墓”の前に集いし彼らは皆、悲しみに暮れていた。
「……母上」
 その中で一人、獣人の少女だけは覚えていた。
 墓に刻まれし者の名を。彼女がどう生きていたのかを。
 例え大陸全土の人々が一斉に忘れようと。自分だけは覚えていようと。
 “前”『五戦神』の一員であった母を誇りに思う。
 誰も傍に居なくなった墓の前で、アルタリアは涙を流す。
 どうか。どうか今だけは。涙を流すことを許して。
 貴女のために涙することを。
 最後の一粒が流れ落ちたとき、少女の顔付きは凛々しかった。

 *

 『五戦神』が存在しない空白の期間を経て、新たな『五戦神』が選ばれる。
 前代の記憶を失ったまま、人々は誕生を祝した。
 その歪は、まるで呪いのようだ。

「ハルドラ“様”。出発のお時間です」
 恭しく頭を下げ、『五戦神』となったハルドラに告げる。
 その人はあのお姉さんだった。
 金の装飾で身を飾るハルドラは、未だ馴染めずにいた。
 共に森林を走り抜けた友達も、あれだけ輝いて見えていたお話も。
 ……全て変わってしまったのだ。
「こちらでお待ち下さい」
 “はじまりの地”にある神殿へ赴いたハルドラは、机と椅子のみの殺風景な部屋に通された。
 今日は、新しく『五戦神』に選ばれた者と初めての顔合わせ。まだ誰も来ておらず、従者も払われているため、一人で席に座る。
 だが、待てども待てども、誰か来るような気配はなく。
 同じ立場に立つ者でさえ関わり合えないかと、目尻に涙が滲んだ。

 ──そこに、遠くの方から近付く足音を大きな耳が捉えた。

 誰だろうと期待する反面、自分を迎えに来た従者ではないか、とも考える。もし後者であるならば大人しく引き上げよう。
「遅れて申し訳ない」
 現れたのは面識のない、自身と同じ獣人の少女。
 既に、王たる風格を感じ取れた。
「誰も来ないだろうと思って二度寝してしまった。なにも起きたあとに言わなくてもいいものの」
 文句を溢しながら対面へ着席。目を丸くするハルドラに、そういえばと思い出す。
「名乗るのを忘れていたな。我が名はアルタリア。同じ『五戦神』同士、宜しく頼む」
 差し出された手を、強く握り返した。
「ボクはハルドラっ! よろしくね、アルタリアちゃん!」
「ちゃ、ちゃんはやめてくれないか……? アルタリアでいいぞ」
「うん、分かったっ」
 手を離したハルドラは、おずおずと訊ねてみた。
「あ、あの……さっき誰も来ないと思ったって言ってたけどどうして?」
 アルタリアはそのことかと苦笑混じりに答える。
「初めは皆そうだと聞いていたからな。『五戦神』は言わば、破棄出来ぬ契約を一方的に結ばれるようなものだ。怒るのも無理はない」
 アルタリアの言葉に違和感を感じた。
 まるで前代と関わりがあったかのような言い回しに聞こえる。
「アルタリアは……覚えているの? 前の『五戦神』……」
 そうだなと遠く彼方に目を向ける。
「前、光のモルスは……我が母上であった」
 血縁関係があったから忘れなかったのかもしれない。
 いずれにせよ、踏み込んではいけなかった話だとハルドラは謝った。
「汝が気にする話ではない。……いつか、この日が来ることは覚悟していたのだ」
「でも……辛いよね……」
「……まあ、な」
 暗く沈んだ空気を晴らすように、アルタリアは一笑する。
「だからこそ我は『五戦神』に選ばれたかった。例えいつの日か消える定めになろうと」
 『五戦神』に選ばれた者は、人々の記憶と共に“消滅”する運命にある。
 それはかつて、ハルドラが読みたいと乞うたあの本に記されていたものだ。
「……アルタリアはすごいね」
「そう言うハルドラはどう思っているのだ? ここへ来たのは責任感からか?」
「そんなんじゃないよ。ただ……」
 脳裏に浮かんでは消えてゆく過去の光景。ただの子供でいられたあの頃にはもう戻れない。
 これからは自分が先陣を切っていかなければならない。……だけど。
「友達、とまではいかなくても話したかったんだ。同じ目線で話せる人達と」
 寂しかった。
 まるで自分だけ違う世界で迷子になったような。ある日突然、皆から一線を引かれ始めたのが悲しくて。
「……そうだな。だが、無理に自分を偽る必要はないのではないか? 汝らしく『五戦神』を務めればいい。どのみち消える定めにあるのなら、悔いがないよう生きればいいと我は思う」
 ハルドラは自身の身体を見下ろす。
 小さな体に不釣り合いな装飾品の数々。どれも綺麗だが、それだけだ。走り回るのが好きな自分にとっては邪魔でしかない。
「……無理に偽る必要はないんだ」
「ああ。我だって案外好きにやっているしな」
 そう笑みを溢すアルタリアに、ハルドラは破顔した。
「ねえ、アルタリア」
「ん?」
「ボクと友達になってくれない?」
 目が点になるアルタリアに、不安を覚える。
 調子に乗り過ぎたかなと目を伏せるハルドラに対し、首をすくめて返す。
「我はその……恥ずかしながら友と呼べる者が居なくてな。驚いてしまった」
「じゃあ、ボクが教えるよ! 友達のこと」
 教えられる事柄が分かり、嬉しそうに顔を綻ばせる。
 アルタリアは年相応にはにかんだ。
「よ、宜しく頼む」
「うんっ!」

 *

 雪と氷が織り成す地に、それは聳える。
 氷で作られた巨大なお城。そこには蒼氷帝と呼ばれる一族が、子々孫々暮らしていた。
 彼らは力こそあれど、他人と馴れ合おうとせず、関わろうともしない。常に気高く、孤独であり、それが当たり前だった。
「ミラクロア様」
 元より自分に仕えていた従者に呼ばれ、幼き蒼氷帝は溜め息を溢す。
「『五戦神』などやらぬと言っておるじゃろ。早う追い返すのじゃ」
 ここ数日、神殿から『五戦神』の従者が、選ばれた自分を連れて行こうと城に何度も訪れていた。
 だが、ミラクロアは頑なに拒み続ける。理由なんて大したことじゃない。ただ抗いたいだけだ。
 それに、他人の為に何かするなど馬鹿馬鹿しい。
「それが……今回は少しばかり違うようで……」
 従者は困ったように眉尻を下げる。

 ヒールを踏む音が廊下に鳴り響く。
 分厚い氷の扉を開けば、緑と黄色の獣人がミラクロアを出迎えた。
「突然の訪問ご容赦願いたい。我が名はアルタリア。宜しく頼むミラクロア・モルス」
「その名でわらわを呼ぶでない」
 腕を組み、此方を見下すような視線が突き刺さる。
 アルタリアもまた同様に見つめ返していると、横からハルドラが割り込む。
「ボクはハルドラっ。よろしくね、ミラクロアちゃん」
 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をするミラクロアに思わず失笑する。
 みるみるうちに、雪のような白い肌が紅色に染まってゆく。
「き、気安くちゃんなどと呼ぶでない! 野蛮な獣人め!」
「えっ、じゃあ何て呼べばいいの?」
「それは勿論ミラクロアさ──」
「ちゃんで良さげだぞ?」
「勝手に決めるでないのじゃ!」
 顔を真っ赤にして叫ぶミラクロア、それを嘲笑するアルタリア。
 呆気に取られていたハルドラだったが、やがて歯を見せて笑った。

 *

 ミラクロアとも仲を深め、それなりに交流するようになった頃。
 三人は次なる目的地、火元素の地へ赴いた。
「……そなたは行かない方がよい」
「い、行く……! ボク一人だけお留守番なんて嫌だもん!」
「燃え尽きて灰になってもよいのじゃな」
「まあまあ。あまり虐めてやるでない」
 火口近くで暮らしていると言う火の『五戦神』、アンガ・モルスに会うためここまでやって来た。
 今更引き返せないと譲らないハルドラに、やれやれと肩をすくめる。
「ミラクロアの近くに居れば大丈夫だろう」
「それじゃあ手繋いでいい?」
「気安くわらわに触るでない」
 汗水垂らしながら火口を目指して登ってゆく。噴火しないだけまともかも知れないが、ハルドラとアルタリアは納得いかなかった。
「ミラクロア〜自分だけズルいよ〜」
「そうだそうだ」
「わらわの力を、わらわに使ってなにが悪いのじゃ」
 滝の如く汗を流す二人とは裏腹に、ミラクロアは汗一つ流していない。自らの力で体温を調節しているのだ。
「それに、こうしてわらわが出向いていること自体珍しいのじゃぞ。感謝するのじゃ」
「ならもっと感謝される為にも、その力を分けてはくれぬか」
「それとこれとは話が違うのじゃ」
「話してる分には同じじゃん」
 声を揃えて不満を口にした次の瞬間。

 ──ゴゴゴゴゴゴ……。

「な、なんじゃ⁉︎」
 地の底から響く轟音と振動に、体のバランスが崩れかける。
 なんとか踏み止まり体勢を整えては、顔を上げる。火口から噴き出る岩礁を目で捉え、慌てふためく。
「だ、大噴火だよ! 早く下りよう!」
「いや待て!」
 アルタリアは冷静に目を細める。
「これは……ただの噴火ではないな」
「ど、どういうこと?」
「恐らくアンガ・モルスの力だ。彼の力が噴火を引き起こしている」
 そんな力が『五戦神』にはあるのかと驚愕するが、アルタリアは眉を顰めた。
「不味いな……このまま噴火が止まらなければ、この地は荒れ果ててしまう」
「ええええ⁉︎」
「放っておくのじゃ。そうしたいのじゃろ」
 そう告げるミラクロアに一瞥もくれず、ハルドラは駆け出す。
「待てハルドラ! 我も共に行く!」
 アルタリアもその背中を追って走り出し、残されたミラクロアは顔を顰める。
「わ、わらわを置いて行くでない‼︎」

 ……熱い。
 身体中に流れる血が煮え滾るような感覚。こんなの初めてだ。共に生き延びてきた炎に呑まれてしまう。これも『五戦神』の力なのか。
「アンガ‼︎」
「アンガ・モルス! 居るのだろう⁉︎」
 火口近くにある拓けた場所で蹲る竜人の少年。
 アンガはか弱い呼吸を繰り返しながら、声がする方を見遣る。そこには初めて見る獣人の少女達がこちらに駆け寄ってきていた。
「どうしたの⁉︎ だ、大丈──」
「触るんじゃねーよ‼︎」
 勢いよく腕を振り払いハルドラを遠ざける。
 でもと踏み出すハルドラを、アルタリアが肩を掴んで制止する。
「アンガ・モルス、力を抑えることは出来ないか。このままでは大陸全土が焼け野原と化してしまう」
「そんなこと言われたって……‼︎」
 途端、胸元を強く抑え呻き声を上げる。見るからに苦しげなアンガを、ハルドラはどうしようと見つめた。
「アルタリアっ」
「力が暴走したままではどうすることも……」
 出来ない、と紡ぐ瞬間。
「なら強硬手段なのじゃ!」
 背後から感じる冷気に振り返る。
 遅ればせながら合流したミラクロアは、両の手に蒼氷帝と呼ばれる所以である氷を生み出していた。
 何をするつもりか即座に察するも、時遅く。
「があああああっ‼︎」
 巨大な氷柱がアンガの体を飲み込む。

「……と、まったな……」
 火口を見つめ、唖然とした様子でアルタリアが呟く。
 やや、……いやかなり強引な手段ではあったが、この地及び大陸の崩壊は免れた。
「そうじゃろうそうじゃろう。わらわに感謝すべきことがまた一つ増えたじゃろう」
「死にかけてるがな」
 胸を張るミラクロアに白い目を向ける。
 一方でアンガは痛む体を無理やり起こし、ギロリと睨み付けた。
「テメーら一体誰だ……。どうしてオレのことを知っている」
「助けてくれた恩人に対する態度じゃないのじゃ」
「ハッ、殺しかけといてよく言ったもんだなぁ?」
 不穏な空気が流れ始めたので、ハルドラは笑顔を取り繕い仲立ちする。
「ぼ、ボクはハルドラだよ。よろしくね、アンガ」
「我が名はアルタリアだ。宜しく頼む」
「わらわは」
「ちんちくりんに興味はねーよ」
「無礼者‼︎ わらわを誰と心得ておるのじゃ! 今一度絶対零度の氷牢に閉じ込めて──」
「わああああ⁉︎ 落ち着いてよミラクロア〜!」

 *

 それから数日も経たない明くる日。
「んで、今日はどこに行くんだよ?」
 あの一件以降、アンガとも行動を共にすることが多くなった。相変わらず口は悪いが……。
「ジェダルのところだよ」
「ああ、闇のモルスの……」
「たしか、アルタリアは会ったことがあるんだよね?」
 そうだなと頷くも、歯切れが悪い様子に首を傾げる。
「どうしたの?」
「……まあ、なんだ。少々性格に難ありと言った具合か」
「面倒じゃのう」
「テメーもな」
「汝もだ」
 ハルドラは目線を少しずつ逸らしながら空笑い。
「だが、汝らも付き合いが良いな。文句は多いが」
「べっ、別に付き合いが良いわけじゃないのじゃ」
「面白そうだからな? テメーはどうなんだよアルタリア?」
「我も汝と同じだ。今までにはない、新しい予感がしたのでな」
 そういえばとミラクロアは、以前から抱いていた疑問を思い返して。
「アルタリアが付き添いなのは分かるのじゃが、ハルドラはなぜ『五戦神』に会いたいと思ったのじゃ?」
「あ、それオレも気になってた」
 二人から視線を向けられ、ハルドラは言葉を詰まらせる。
「なんじゃ、言えんのか」
「わ、笑わないでくれる……?」
「内容による」
 ハルドラは人差し指同士を絡ませ、羞恥心と共に答えた。
「と……友達がほしくて……」
 言葉の続きを待ってみるも続かず。
「……それだけ?」
「それだけ」
 頬を膨らませてプイッと背く。
「変なヤツ」
 嘲笑するかのように鼻で笑われ、ハルドラの背中に見えない刃が突き刺さる。
「これ、アンガよ」
「だってよー、顔も知らねーヤツと仲良くしたいだなんて変なヤツだなーって」
「……アンガほどじゃないもん」
「ハァ⁉︎」
「汝も言うようになったな」

 悪魔の里と名高い街の外れにある屋敷。
 アポなしではあったのだが、以前から交流あるアルタリアの訪問ということで門前払いはされず。中へ通された。
「なんか……ミラクロアのお城とは違う雰囲気だね」
「布が多いのじゃ」
「なんだソレ」
 客室で待たされること数分。急ぐまでもなく現れたジェダルは、無愛想な顔でこちらを見ていた。
 その中で一人、アンガは他とは違う視線を送る。
「久しぶりだなジェダル」
「……何の用だ。アルタリア」
「汝も『五戦神』に選ばれたのだろう? 挨拶に来たのだ」
「そうか」
 アルタリアは笑みを絶やさず答えるが、肝心のジェダルは右の耳から左の耳へ聞き流している様子。
 ハルドラは気まずそうに、ミラクロアは肩を竦め、アルタリアはどうしたものかと考えあぐねていた。が、唐突にアンガが鼻で笑う。
「どんなヤツかと来てみれば、ただのもやしじゃねーか?」
 やばいと直感的に思ったハルドラは恐る恐るジェダルを見遣るも、無表情は変わらず。言い返す素振りも見せない。
 それでもなお、アンガは煽り続ける。
「オレの売り言葉も買えないほど“ココ”が弱いんかよ、ああ?」
 頭を指で指しながら嘲笑する。
 アルタリアが顔を片手で覆った辺り、もう手遅れ。
「表に出ろ。下賤な竜人……‼︎」
「上等だぁもやし‼︎」
 双方共、こめかみに青筋を浮かべる。
 瞬く間に客室を飛び出してしまった二人に、ハルドラは慌てふためく。
「どどどどうしよう⁉︎」
「放っておくのじゃ」
「ミラクロアは関心無さすぎるよ〜!」
「まぁ、その。あれじゃ」
 歯切れが悪いミラクロアに首を傾げる。
「アンガは敢えて煽ったのじゃろう。……多分」
「え、なんで?」
「それは直接聞けなのじゃ」
 わらわは知らぬと顔を逸らされ、ハルドラは渋々引く。
 とは言え、屋敷の外から響く轟音はどうにかしなくてはならない。
「このままだとこの辺吹き飛んじゃう……よね?」
「その前にサクッとるとしよう」
「じゃの」
 至極冷静な二人の会話を耳にし、嫌な予感がハルドラを襲う。
「あ〜もう! みんな落ち着いてよ〜‼︎」

 こうして出会ったボク達は、五人で行動を共にすることが多くなった。

 *

 あれから数百年の時が過ぎ、自分達は未だに『五戦神』の役目を終えることなく生き続けている。
 こんなに長く『五戦神』の座に居座り続けているのは自分達が初めてだろう。
 決して楽な道じゃなかった。特に加護を巡る争いは酷いものであった。それこそ、自分達が深い眠りにつくほどに。
 だけど今は──。

「これでよしっ」
 “はじまりの地”にある『ミラージュ・タワー』の内部では、ハルドラがテーブルの上にお菓子を並べていた。
 これでもかと用意されたお菓子は全て、ハルドラが好みに合わせて選んだもの。たまにはお茶会でもしようかと準備したのだ。
 あとは他のメンバーが来るだけなのだが……ピピピッとエレフォンが鳴る。
「はいはーい」
『申し訳ない、ハルドラ。お茶会に行けそうになくてな』
 と、手短に連絡をするのはアルタリア。大丈夫だよと明るい口調で返し、早めに通話を終える。
 それを皮切りに、次々と忙しなく鳴るエレフォン。
『すまぬ、ハルドラ』
『わりーな』
『……すまない』
 どれも友からの断りの電話。
 笑って返し、最後に来たジェダルとの通話を切る。
 途端、部屋の静寂が気になり始める。つい先程まで躍らせていた心が冷えていく。
 過去に思いを馳せていたからだろうか。酷く寂しいと感じてしまう。
 用意した椅子に座り、用意したお菓子に手を伸ばす。
 ふわりと甘く蕩ける味わいが口いっぱいに広がる。
「……美味しい」
 とてもそうには見えない。暗く、重いオーラを背に背負うハルドラだったが、ふと顔を上げる。
 扉の向こう、廊下を歩く複数の足音。
 誰だろうと疑問に思う。この時間にこの階を出入りする人物に思い当たる節は無い。
 複数の足音は部屋の前で止まり、扉を叩く。
「はーい?」
 小走りで扉前へ。ゆっくりと内側に引くと、大きく目を見開いた。
「ブレイドにみんなまで……! 揃ってどうしたの⁇」
 『戦神の勇者隊』メンバーが全員で訪れる。呼び出した覚えもなく、首を傾げた。
 ブレイドはアランを見遣ると、実はと話し始める。
「今さっきアルタリア様から連絡があって……ハルドラ様が主催するお茶会の話を聞いたんです。それで、自分は行けそうにないから良かったら行ってくれないかと」
「私もミラクロア様から同様の話を聞いて」
 レベッカとヴァニラも、アンガとジェダルからそれぞれ同じ話を聞かされたらしい。
 偶然にも一緒に居た五人は、ならばと足を運んだと説明される。
「オレはその……そこまで食べれないかと思いますが……」
「安心しろ、アラン。お前の分は俺が食べる」
「ズルいわよ」
「わたしも食べたい」
「スイーツ食べ放題じゃないんだからな」
 仲間達の気遣いと、彼らの優しさに。
 あの日のように涙は流さないが、嬉しい気持ちが込み上げてくる。
「──うんっ。ありがとう、みんな!」
 満面の笑みで応えた。
 こっちだよと部屋に招くハルドラを、ブレイドが名を呼んだ。
「あ、そうそう」
「ん?」
「リアムにも声掛けたんだけどよ、何か買ってきて欲しいもんあったら連絡しとくけど」
「リアムくんはどこに居るの?」
「アストラルクイーンの所。何か呼び出されたらしい」
 意外な名前に目を丸くする。
「たまにあるんだってさ」
「そうなんだね〜。なんか上司と部下みたい〜」
「言えてんな」
 笑みを溢すブレイド。ハルドラは頬に人差し指を添えて長考する。
「……あっ、じゃあ一個いい?」
「何だ?」
 ハルドラは悪戯っぽく笑って答えた。

「アストラルクイーンともお話したいんだ。連れて来てもらえる? って!」

 新しい友達が増える予感……?

6/7ページ