輝く星に願いを

第5の願い


 1,

 ある晩のことであった。
 ふと、鏡に映った自身が気になったのは。
 ちょっと太った? 前髪が長い? いや、仮にそうだとしても彼女は気にしないだろう。
 目に止まったのは髪の色。紫色に白のメッシュが入っている。
 湯上がりのため少しばかり火照っている鏡の自分と向き合い、髪を一束摘んでは指に巻く。
「……似てないかな」
 ぽつりと呟き、洗面台から遠ざかる。

 次の日──事件は起こった。
「ヴァニラ⁉︎」
 四人の声が綺麗に揃う。名前を呼ばれたヴァニラは、玄関の扉近くで他人事のように見つめる。
「……わたし?」
「アナタ以外誰がいるのよ‼︎」
「叫ぶようなこと?」
「いきなり髪染めたら……な」
 アランの言葉に首を傾げる。驚くようなことなのか。
 次に、ベルタが不安げに訊ねた。
「突然どうした? なにかあったのか?」
「なんか……気になって」
「軽いな」
 ヴァニラは髪色を、紫からくすみのある緑一色に染めていた。恐らく自分でではなく、街にある美容室で染めてきたのだろう。
「でもどこかで見たような……」
 レベッカはブレイドを見遣るも、何故か俯き震えていた。
「ねえ、ブレイド。……変?」
 即座に顔を上げ、ヴァニラの両肩を掴むと真剣な面持ちで頷く。
「変じゃない、すげぇ似合ってる」
「違うだろ」
 すかさずベルタが後頭部をはたく。
「いっ、何が違ぇんだよ! 似合ってるだろうが!」
 後頭部を抑え、振り返っては叫ぶ。
 ベルタはゆっくりと視線をアラン、レベッカに向けるも、二人も揃って明後日の方向へ。
 ブレイドはヴァニラに背を向けると、腰に片手を置いて何だよと呟く。
「い、いや〜……その……」
「なんでも、なんでもないわよ」
 顔が引き攣っているようにも見えるが気のせいだろう。
「……何だろうな」
「さあ」

 *

「ベルタ、アラン」
 その日の夕食前。レベッカは声を忍ばせて二人を呼ぶ。ちょうど今は、ヴァニラとブレイドが近くには居ない。
 ベルタとアランは一度手を止め、レベッカと距離を詰める。
「念のため確認しておくわ。ヴァニラのあの髪色……どう思ってるかせーので言うわよ。せーのっ」

「「「似合ってない」」」

「……よね」
 そっと溜め息を洩らす。アランは自分だけじゃないと分かり、安堵の意味も込めていた。
「ブレイドが盲目気味だったんだな」
「言いすぎよ、アラン」
「そうだぞ。そもそもあいつの髪色が悪い」
「そうね。いっそ生まれ変わって髪色を変えたらいいのよ」
「……オマエらの方が怖いよ。オレは」
 密かに恨みでもあるのかと思ってしまう発言だ。
 それは置いといてと話を戻す。
「どうしようか、アレ」
「どうしようかって……どうするか」
「素直に『似合ってない』って言うのも可愛そうだしな……」
「ブレイドから言ってもらうのは?」
「あの様子じゃ言わないな」
 いくら首を捻ったところで答えが出る筈もなく。
 同じタイミングで二度目の溜め息をついた時、彼らにとっては救世主とも呼べる人物がチャイムを鳴らした。
「はーい」
 レベッカは小走りで玄関に向かい、扉を開ける。
「あっこんばんは、アッシュさん」
 快い出迎えに笑みを浮かべたのは、ヴァニラの師であり育て親のアッシュ。
「急に申し訳ない。ヴァニラは居るか?」
「ヴァニラは……」
「居ないのか?」
「いるにはいますけど……」
 訝しげな眼差しを向ける。さらに問いかけようとしたが、その前に目的の人物が階段を降りてきた。
「アッシュ」
 ひょいっ顔を覗かせたヴァニラに驚き、びくりと肩を震わせる。見たことも無い反応だ。
 アッシュは眉間に皺を寄せ、レベッカ達を見遣るも大きく首を横に振られ、再びヴァニラへ。
「……何をしたんだ」
 遅れて現れたブレイドに問うも、首を傾げるだけであった。
「どうしたのアッシュ。なにかあった?」
「それはこちらの台詞だ」
 ヴァニラは何となく察したのか、自身の髪を一瞥。
 アッシュは呆れ顔でキッパリと告げた。
「似合ってないぞ」
 沈黙が訪れる中、心中で感謝を述べる者が多数。
 その言葉に対して反応したのはブレイド。
「似合ってるだろうが」
「お前の目は節穴か。断然紫」
 ぐっと言葉に詰まる。どうやらブレイドもそう思っていたらしい。
 問題のヴァニラはというと、手に掬った一束の髪を見つめたまま口を開く。

「じゃあ落とすね。これシャンプーで落とせるやつだから」

 毎度のことながら。彼女の言葉にはなにかが抜けているようだ。
「……それを」
「先に言ってよ……」
「……先⁇」


 2,

 どうしよう……。

 その日、ヴァニラは珍しく困惑していた。
 自身の前には、年端も行かぬ男の子が泣きじゃくっている。
「ママぁ……パパぁ……」
 嗚咽を洩らしながら泣く子供を放ってはおけなかった。だが、どのように接したらいいか分からない。
「ヴァニラ?」
 そんな彼女に声を掛けたのは、兄の幼馴染であるミリアムだった。
「こんな所で何をしているの?」
 と訊ねたが、子供の存在に気付き、そういうことねと微笑む。
 ミリアムは子供と同じ高さになるまで腰を落とし、話しかける。
「貴方、お母さんとお父さんと逸れちゃったの?」
 頷く子供の涙を拭ってあげると。
「じゃあ一緒に探してあげるわ。だから泣かないの。いい?」
「うん……」
 笑みを溢し、立ち上がる。
「ねぇ、ヴァニラ。この子の親、一緒に探さない?」
 思わぬ助っ人に目を丸くしたが、断る理由はなく。
「うん。ありがとう」
 かくして捜索大作戦が始まった訳だが、大きな問題があった。
「人が多いわね……」
 彼女らが居るのは、“はじまりの地”にある活気溢れる街。本日は休日では無いのだが、祝日な為に人で賑わっている。
 それ故、通りは人々で埋め尽くされており、探すのは容易では無い。逸れてしまうのも頷ける。
「上から探すのは?」
「やめた方がいいわね。見つけても降りられる場所が無いかもしれないし」
 思考を巡らせていたが、とあるポスターが目に止まり、ミリアムは手を叩いた。
「これだわ!」

 *

「やって参りました〇〇自慢大会! 今回はここ、“はじまりの地”の特設ステージからお送り致しま〜す‼︎」
 テンション高めのお兄さんの声に、道行く人々が足を止め振り向く。
 好奇心をくすぐられ、期待高まる群衆が集まると、司会役は満足気に頷いた。
 その舞台袖には、予めエントリーを終えた出場者が待機していたのだが。

「ねえ、ミリアム」
「楽しそうだから」
「まだなにも言ってないよ」
 その中にはヴァニラ達の姿があった。あの迷子の子供も一緒だ。
「いいじゃない。何を競うかは知らないけど、ステージ上なら目立つでしょう?」
 それに、と子供を見遣る。
「ワクワクしてるみたいだし」
「そう……みたいだね」
 泣きそうな顔より、目をキラキラさせている方がずっといい。
 思わず頬を緩めるヴァニラを、ミリアムは優しく見守る。
「どうかした?」
「いいえ。何でも」
 いよいよ勝負内容が発表されるらしく、待機場内が騒めく。

「ではいよいよ、自慢して頂く内容を発表していきますよ〜? 今回は……喉自慢? 腕自慢? いいえ、料理自慢‼︎ 料理の腕を自慢して頂きましょう‼︎」
 握り拳を突き上げる司会役に合わせ、あちこちから歓声が上がる。
 舞台裏では、早速グループ内で言葉を交わす様子が見受けられた。
 が、あれだけ張り切っていたにも関わらず、ミリアムは無表情。次に、親指を立てると一言。
「任せたわ」
「自信ない」
 光の速さで返される。
 そして、ヴァニラ達を含める出場者は全員、ステージ裏に設置された簡易キッチンへ案内された。
「では出場者の皆さん! それぞれのテーブルに用意された食材を使って、『カレー』を作って下さい!」
 スタッフの一人が声を張り上げ、全体に知らせる。
「ぼく、カレーなら作ったことあるよ!」
「そうなの?」
「ママのお手伝いでだけど……」
「なら手伝ってくれる?」
「がんばる!」
 三人は互いの手を叩き、気合いを入れる。
「じゃあ、まずは皮剥きからね。私が──」
「それはわたしがやる。ミリアムは野菜を切っていて」
 ヴァニラは用具一式からスライサーを取り出し、子供に渡す。
「それでにんじんを剥いてくれる? わたしはじゃがいもやるから」
「うんっ」

 出場者達の様子は、特設ステージ上にある大型パネルで生中継されていた。
 舞台で待機する審査員や、見物人が彼らの様子を見ては、口々に話し合う。
 その近くで、一組の男女が足を止め、パネルに視線を向ける。

「だめだよおねえさん! ちゃんときんとうに切らなきゃ火がとおらないんだよ!」
「あ、あら、ごめんなさい。よく知ってるわね」
 ちらりと見遣るだけで大小様々。端に寄せ、次はお肉を。
「ヴァニラ、肉取ってくれない?」
「これ?」
「それは骨付きじゃない。普通のよ」
 不安だ。そもそもの話、この二人で料理をすること自体避けるべき事態であったのだ。嘆いたところでなにも変わりはしない。
「あら、中々様になってるじゃない」
 野菜、お肉を炒め、水を入れて煮込み、カレールーを投入。全てルーのパッケージ裏に書かれている工程なのだが、無事カレーにはなりそうで良かった。
「ねえねえ」
「ん?」
「かくし味は入れないの?」
 この言葉に、二人は首を捻ると同時に。
「はちみつね」
「豆板醤」
 それらを鍋の中へ入れてしまった。見る見るうちに変色するカレー。
「どうして豆板醤なんて入れたのよ」
「いつも使ってるから」
「だとしても全部は入れてないでしょう」
「ミリアムだって全部入れてた。それも2つ」
「あ、甘い方が良いと思ったのよ」
 口論しても事態が変わることはない。作り直すとしても制限時間が明らかに足りなかった。
 仕方ないと諦める。
「私達が食べる訳じゃないし」
「そうだね」
 どこか遠い目で運ばれてゆくカレーを見送る。
「健闘を祈りましょう」
「うん。生きててほしいね」
 子供は二人の会話に付いていけず、目を丸くしたままであった。

 *

「さあ、いよいよ最後となりました! エントリーナンバー20番のカレーです‼︎」
 所々巻舌を交えながら、司会役が声を振り絞る。
 審査員席に並べられてゆく自分達のカレーを、舞台袖から見守る。どうか無事でありますようにと祈りながら。
 遂に審査が始まる。赤いカレーをライスと共にスプーンで掬い、口へ運ぶ。咀嚼する審査員達は皆、顔を顰めていた。辛過ぎず甘過ぎず……。
「……なんとも不思議なお味ですね」
「ですがとても……」
「美味しいですな」
 虚をつかれたヴァニラとミリアムは、互いに顔を見合わせる。
 生きていただけでも奇跡だというのに、「美味しい」と言われるとは。そもそも話がおかしいような気はするが、この際良いだろう。

 審査が終わり、他の出場者達が待機するテント内に戻る途中。スタッフの一人に呼び止められた。
「この子の両親だっていう方達が来ているんだけど……心当たりはあるかい?」
 スタッフに案内してもらった先では、一組の男女が不安そうに待っていた。
「ママ! パパぁ!」
 子供は彼らの姿を見るや否や、二人のもとに走る。彼らも子供を抱きしめ、良かったと喜んでいた。
「……本当に見つかったね」
「疑ってたのね」
 酷いわと呟くミリアムに、嘆いている素振りは見えず。ヴァニラと同様、安堵する。
 問題は解決したが、料理自慢の結果発表はまだだ。子供も手伝ったのもあり、両親と共に表彰式を待つ。
「おねえさんたち〜! ありがとう〜!」
 その後、彼らとは特設ステージ近くで別れた。大きく手を振りお礼を言うと、両親と手を繋ぎ帰路に着く。
 ヴァニラとミリアムもまた手を振り、その背中を見送った。

「あ、お帰りなさ……って、ヴァニラ……?」
「そのトロフィーはどうしたんだ……」
「なんかもらった」
「なんかじゃないだろ。絶対」

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