Five Elemental Story
6話 初依頼編【中編】
──ダンッッ‼︎
『ミラージュ・タワー』の広間に響き渡る音はひとときの静寂をもたらす。
「もういい。自分達でどうにかする」
青筋をピキピキと立てるブレイドは受付嬢にそう言い捨てると、蜃気楼の塔を後にする。
「ブレイド!」
おーいっと塔の出口で別行動していたアランが合流。不機嫌オーラだだ漏れのブレイドに少しだけ後ずさる。
「……やっぱり取り繕っては貰えなかったか」
「ああ。そっちの責任だとさ」
「あまり騒ぎを大きくはしたくないんだろうな……」
頭では理解しているものの、やっぱり気に食わないとブレイドは膨れ顔になる。
「やっぱり、オレ達だけでどうにかしないとだな」
レベッカが『英知の書庫』の管理人リベリアに連れ去られてから丸一日が過ぎた。
リベリアの魔本によって返り討ちに遭ったブレイドは、リベリアの治癒魔法により半日で回復。日が昇ると共に『ミラージュ・タワー』へと向かい、救助を求めたが……冒頭のようになってしまった。
アランの言葉にそうだなと頷く。
「でもどうする。まともに彼奴とやれあう気がしないぞ」
経験者 の言葉に「それなんだよな……問題は」と顎に手を添え、唸る。
「禁書がパッと見つかればいいんだが」
「禁書って言っても普通の本と変わらなかったぞ。タイトルも知らないわけだし、見つけ出すのは難しいよな……」
「レベッカが泥棒の真似をするとは思えないしな……。よし、レベッカが前日の晩何をしていたのか調べるぞ。リベリアさんに無実だって事を証明するんだ」
「まあ、それしかねぇな。書庫の周辺を当たるぞ」
「おう。」
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
はじまりの地、『英知の書庫』周辺。
「一昨日の夜?」
「はい。赤い装束にゴーグルを付けた女の子なんですが……」
「うーん……悪いけど見てないねぇ……」
「そうですか……ありがとうございます」
店主に礼を述べ、店から出る。
ここもダメかと挫けつつあると、ブレイドがアランの背後から呼びかける。
「見つかったか?」
「いや……」
「……アラン」
なんだと首を傾げると、ちょっと休まないかとベンチを指した。
「今はそんな事をしてる場合じゃ……」
「ちょっとだけだ。なんか飲み物買ってくるけど何がいい?」
「……コーヒーの無糖」
「無糖だな。座って待ってろ」
走って行ってしまったブレイドを見送り、やれやれと息を吐く。
ベンチに腰をかけ、ぼうっとしているとコーヒーの缶を手にブレイドが戻ってきた。
「ほらよ」
確かに無糖なのを確認してからありがとうと一言。
既に紅茶を口にしていたブレイドは返事の代わりに頷いた。
「飲まないのか?」
「え、ああ、飲むよ。……あっ」
プルタブを開けると同時に缶が手からすり抜けてしまう。
おっと、とブレイドが持ち前の反射神経で溢す前に拾い上げ、アランに返そうとするも。
「あ、アレ……おかしいな……」
力無く笑うアランの両手が小刻みに震えている。
「……」
ブレイドは笑う事なく、静かにアランに伸ばしていた缶を自分の方に持って来た。
「アラン……わっ!」
「ッ⁉︎」
思わぬ不意打ちに、危うくベンチから落ちそうになる。
目をひん剥かせて驚愕するアランに、ブレイドは小さく息を吐いた。
「……止まったか」
「ああ……と、止まった……。心臓も止まりそうだが……」
破裂しそうなほど鳴る心臓を抑えながら、呼吸を整えるアランの様子に、ブレイドはぷぷっと笑った。
「な、なに笑ってるんだ!」
「わ、悪い、ここまで驚くとは思わなくて……ぷはっ」
腹を抱え、笑い続けるブレイドにワナワナと拳を震わせる。殴りかかりたい衝動に駆られるも、アランは深く息を吐いてブレイドは自分の為にしているんだ、落ち着けと言い聞かせる。
「あー……笑った笑った」
目尻に溜まった涙を拭いながら息を整えると、幾らか冷静に戻ったアランが申し訳なさそうに謝った。
「……悪い。その、動揺してるんだ。あのときもっと上手く立ち回れてたら……こんな事には……」
ペチッ。
「った」
額に鋭い痛みが走り、両手で抑える。
デコピンを喰らわせたブレイドはアランに向けて「阿保か」と罵声を浴びせる。
「この前お前が俺に言った言葉忘れたのか?」
──オレに話してみる気はないか? こう見えても、悩み相談は良くしていたんだぞ──
「俺より先にお前が悩み相談してどうすんだよ。後悔するのは後にしろ。やるべき事は見えてんだ、怖くても……動かなくちゃだろ。いつもは積極的に動くくせに」
フンッと鼻を鳴らし、一気に飲み干すブレイドに呆気にとられていたが、そうだよなと口角を上げる。
ブレイドがここまで考えられるのは、ヴァニラの件があったからなのだろうと密かに思う。
「気合い入れ直して聞き込み再開……って、ブレイド! オマエ、オレのコーヒー飲んでんじゃねーよ!」
「え? あ、間違えたわ。悪い悪い」
「まあ、ブレイドのお金だしな……強く言えないのが辛い……」
「喉乾いたなら買って行こうぜ。歩きながら飲めるだろ」
ベンチから立ち上がるブレイドに続き、アランも立ち上がる。
「そこの緑と黄色の──」
「「誰が蕎麦(カレーうどん)だ……?」」
見事なハモリに本人達、そして声をかけた男性も目を丸くする。……厳密にはカレーうどんは黒だが。
ベンチから離れた二人に声を掛けたのは、灰色の髪を持つ男性。二人と面識はない。
「……何か?」
そう問いかけると、男性の膠着状態が解ける。
「いきなりで悪かった。知り合いの店主から人探しをしている二人組がいるって聞いてな。詳しい話を聞きたいと思って来たんだが……」
「詳しい話って?」
「確か、一昨日の夜の話だろ? その晩ならこの辺りを歩いていた」
「じゃあ……赤い装束にゴーグルを付けた「頭がパイナップルみたいな変な髪型をした女を見たのか?」パパパイナップル⁉︎」
「見たぞ。ちょうどそこの場所で、誰かと会っていたな」
「誰か……?」
「水色の髪をした……女? だったか……」
水色の髪、女。
二人の脳裏に蘇るのは、初めて宿舎に行ったあの日の光景。ベルタと名乗ったその女性は、水色の髪をしていた。
「彼奴を探す必要が出て来たな」
「ああ。ひとまずは宿舎に戻ろう。何か手かがりがあるかも知れない。……ご協力ありがとうございます」
頭を下げるアランに「見つかるといいな」と、男性は二人から離れる。
「あ、おい!」
「……まだ何か?」
足を止めた男性の前にブレイドは回り込むと、礼を述べる。
「ありがとう。それと、くれぐれも気をつけて」
じゃあとブレイドは男性からアランの隣に並び、宿舎へと走る。
「……気をつけて、か」
二人の姿が見えなくなると、男性はポツリと呟き。
「要らぬ世話を」
氷のように冷たい眼差しを向ける。
「これで上手く事が運べば……奴は必ず書をあいつらに使う。その隙を……」
「なあ、さっきの人に何て言ったんだ?」
「レベッカを見た事でもしかしたら危険な目に遭うかもしれないだろ? だから気をつけてって」
確かになと小さく頷いたのを視界の端に捉える。
人混みを走り抜ける事数分。ようやっと二人は『ミラージュ・タワー』の近くまで戻って来た。
「ここまで来れば後少しだな」
「人が多過ぎるんだよな……。……ん?」
「どうしたブレイド」
足を止めたブレイドは自身の懐をゴソゴソとあさり出す。なんだなんだとアランの頭に幾つもの疑問符が浮かび上がる。
「あったあった」
「小型通信機? 誰かから通信が来ているみたいだぞ」
「通信? お前からじゃないよな」
「当たり前だろ。……レベッカからか?」
「とりあえず出てみる」
「あ、ちょっと」
もしもしと話しかける。
『私の声が聞こえるか』
「……ベルタ?」
『そうだ。すぐに宿舎まで来い。話がある』
プツンと通信が切れる。
二人は宿舎までの道のりを猛ダッシュで駆け抜けた。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
轟音を立てながら勢いよく開く扉。
宿舎の一階。ちょっとした広間に佇む人物は、物音にビクリともせず振り返る。
「来たか。早かったな」
「近くまで戻って来てたから……お、おいっ」
怒りの感情を抑えきれないブレイドはベルタの前に立つと、胸ぐらを強く掴んだ。
「勝手に居なくなったと思えばこんなときに戻って来て……レベッカが泥棒扱いされてるのも全部お前のせいだと言うのに遅すぎるだろッ‼︎」
「確かに彼女に関しては私のせいだ。だがな、事情も何も知らない貴様に言われる筋合いは無い!」
「いい加減にしろッ! 今は争ってる場合じゃないだろ!」
殴り合いが始まりかねない二人の間に入り、無理矢理引き離す。アランが止めてもなお暴れるブレイドを抑えながら、ベルタに「呼んだ理由は?」と訊ねる。
「……レベッカがリベリアさんに捕らえられたと聞いてな」
「それなんだが……あの晩、二人で何を話していたんだ?」
「私もまさか彼処で鉢合わせようとは思っていなかった。……レベッカは私を探して夜な夜な出掛けていたそうだ。一昨日の夜に私を見つけると、彼女はどうして戻って来ないのか、何か事情があるのかと聞いて来た。私は……話す事はない、私と会った事は誰にも言うな。そう言って別れた」
「じゃあ、あのときレベッカが言わなかったのはお前がそう言ったからか」
律儀な奴だなと暴れるのをやめたブレイドが腕を組む。
「昨日、レベッカの話を聞いてどうにか誤解を解けないかと書庫を張っていたんだが、なかなか機会が無くてな」
「それで今まで張っていたのか?」
「いや、違う」
ベルタの眼差しが鋭いものに変わる。
「夜中の事だ。書庫から妙な光が継続的に漏れ出しているのを不思議に思い、窓から密かに中を覗いた。……そこに居たのはリベリアさんでも書庫の関係者でもない女。女は何やら怪しげな魔術を発動させていた」
「怪しげな女に魔術……」
「詳しく見ようとはしたが直後にバレてしまってな。そこまでしか見えなかった。……すまない、あまり情報も無くて」
そう苦笑いを浮かべるベルタの体は至る箇所に土が付いて汚れていた。恐らくベルタは朝まで見張りに追いかけられていたのだろう。ブレイドの心が少しだけ痛んだ。
「いや……オレ達より役に立ってるよ。ありがとな」
「ああ。それで、今晩書庫に忍び込もうと考えている。……二人も協力してくれないか」
頼む。
「……もちろん」
「まあ……人手は多い方がいいしな。しょうがねぇな」
「素直に言えないのかオマエ……」
「うっせ」
顔が綻ぶベルタだったが、すぐに気を引き締める。
「感謝する。昨日、窓の一部を凍らせて閉まらないようにしておいた。そこから中へ入る」
「分かった。あとは禁書の行方だが……」
「消えた禁書はリベリアさんの指示で書庫の関係者が総出で捜索しているらしい。そっちは任せるしかないだろう」
「なるほどな。……でも禁書が見つかるのは時間の問題じゃないか?」
「私も昨日まではそう考えていたが、見張りを使って私を追って来たと考えると……何か後ろめたいことなのだろう」
「……わざわざレベッカを捕らえるのも可笑しな話だよな。一歩間違えたら信頼はガタ落ち。もし、レベッカと関係ない場所で見つかったら糾弾は免れない」
「ああ。考えられるのは人体実験、もしくは部隊を管理する『ミラージュ・タワー』への報復」
「……つまり、禁書が見つかるまで待っていては危ないと」
「「そういう事だ(な)」」
ベルタとアランの声が重なる。「何だよややこしくしやがって」と小さく毒吐くブレイドをギロリと睨み付ける。
「まあまあ……。とりあえずは夜までに計画を練るとしよう」
「そうだな。刀の手入れもしなく──」
ぎゅるるるる〜……
空間中に鳴り響く腹の虫の音。
アランがブレイドに指差すと、違うと首を振られ、ブレイドがアランに指差すと、これまた違うと首を振る。
「……」
「……」
最後の一人に視線を向けると、顔を真っ赤にして腹を抑えていた。
「ブ、ブレイド! オマエ何か買って来い!」
「は、はぁ⁉︎ 椅子も机もないのにか⁉︎」
「オマエの足の速さならすぐだろ! いいからダッシュダッシュ!」
バシバシと背中を叩く。痛がりながらも宿舎から飛び出す。
「ベルタ!」
「は、はい!」
「……は、泥を落として来い!」
「りょ、了解!」
敬礼し、階段を急いで駆け上がる。
ふう、と一息つくと、掃除をしながら二人の帰りを待つ。
「……無事で居てくれたらいいんだが……」
──ダンッッ‼︎
『ミラージュ・タワー』の広間に響き渡る音はひとときの静寂をもたらす。
「もういい。自分達でどうにかする」
青筋をピキピキと立てるブレイドは受付嬢にそう言い捨てると、蜃気楼の塔を後にする。
「ブレイド!」
おーいっと塔の出口で別行動していたアランが合流。不機嫌オーラだだ漏れのブレイドに少しだけ後ずさる。
「……やっぱり取り繕っては貰えなかったか」
「ああ。そっちの責任だとさ」
「あまり騒ぎを大きくはしたくないんだろうな……」
頭では理解しているものの、やっぱり気に食わないとブレイドは膨れ顔になる。
「やっぱり、オレ達だけでどうにかしないとだな」
レベッカが『英知の書庫』の管理人リベリアに連れ去られてから丸一日が過ぎた。
リベリアの魔本によって返り討ちに遭ったブレイドは、リベリアの治癒魔法により半日で回復。日が昇ると共に『ミラージュ・タワー』へと向かい、救助を求めたが……冒頭のようになってしまった。
アランの言葉にそうだなと頷く。
「でもどうする。まともに彼奴とやれあう気がしないぞ」
「禁書がパッと見つかればいいんだが」
「禁書って言っても普通の本と変わらなかったぞ。タイトルも知らないわけだし、見つけ出すのは難しいよな……」
「レベッカが泥棒の真似をするとは思えないしな……。よし、レベッカが前日の晩何をしていたのか調べるぞ。リベリアさんに無実だって事を証明するんだ」
「まあ、それしかねぇな。書庫の周辺を当たるぞ」
「おう。」
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
はじまりの地、『英知の書庫』周辺。
「一昨日の夜?」
「はい。赤い装束にゴーグルを付けた女の子なんですが……」
「うーん……悪いけど見てないねぇ……」
「そうですか……ありがとうございます」
店主に礼を述べ、店から出る。
ここもダメかと挫けつつあると、ブレイドがアランの背後から呼びかける。
「見つかったか?」
「いや……」
「……アラン」
なんだと首を傾げると、ちょっと休まないかとベンチを指した。
「今はそんな事をしてる場合じゃ……」
「ちょっとだけだ。なんか飲み物買ってくるけど何がいい?」
「……コーヒーの無糖」
「無糖だな。座って待ってろ」
走って行ってしまったブレイドを見送り、やれやれと息を吐く。
ベンチに腰をかけ、ぼうっとしているとコーヒーの缶を手にブレイドが戻ってきた。
「ほらよ」
確かに無糖なのを確認してからありがとうと一言。
既に紅茶を口にしていたブレイドは返事の代わりに頷いた。
「飲まないのか?」
「え、ああ、飲むよ。……あっ」
プルタブを開けると同時に缶が手からすり抜けてしまう。
おっと、とブレイドが持ち前の反射神経で溢す前に拾い上げ、アランに返そうとするも。
「あ、アレ……おかしいな……」
力無く笑うアランの両手が小刻みに震えている。
「……」
ブレイドは笑う事なく、静かにアランに伸ばしていた缶を自分の方に持って来た。
「アラン……わっ!」
「ッ⁉︎」
思わぬ不意打ちに、危うくベンチから落ちそうになる。
目をひん剥かせて驚愕するアランに、ブレイドは小さく息を吐いた。
「……止まったか」
「ああ……と、止まった……。心臓も止まりそうだが……」
破裂しそうなほど鳴る心臓を抑えながら、呼吸を整えるアランの様子に、ブレイドはぷぷっと笑った。
「な、なに笑ってるんだ!」
「わ、悪い、ここまで驚くとは思わなくて……ぷはっ」
腹を抱え、笑い続けるブレイドにワナワナと拳を震わせる。殴りかかりたい衝動に駆られるも、アランは深く息を吐いてブレイドは自分の為にしているんだ、落ち着けと言い聞かせる。
「あー……笑った笑った」
目尻に溜まった涙を拭いながら息を整えると、幾らか冷静に戻ったアランが申し訳なさそうに謝った。
「……悪い。その、動揺してるんだ。あのときもっと上手く立ち回れてたら……こんな事には……」
ペチッ。
「った」
額に鋭い痛みが走り、両手で抑える。
デコピンを喰らわせたブレイドはアランに向けて「阿保か」と罵声を浴びせる。
「この前お前が俺に言った言葉忘れたのか?」
──オレに話してみる気はないか? こう見えても、悩み相談は良くしていたんだぞ──
「俺より先にお前が悩み相談してどうすんだよ。後悔するのは後にしろ。やるべき事は見えてんだ、怖くても……動かなくちゃだろ。いつもは積極的に動くくせに」
フンッと鼻を鳴らし、一気に飲み干すブレイドに呆気にとられていたが、そうだよなと口角を上げる。
ブレイドがここまで考えられるのは、ヴァニラの件があったからなのだろうと密かに思う。
「気合い入れ直して聞き込み再開……って、ブレイド! オマエ、オレのコーヒー飲んでんじゃねーよ!」
「え? あ、間違えたわ。悪い悪い」
「まあ、ブレイドのお金だしな……強く言えないのが辛い……」
「喉乾いたなら買って行こうぜ。歩きながら飲めるだろ」
ベンチから立ち上がるブレイドに続き、アランも立ち上がる。
「そこの緑と黄色の──」
「「誰が蕎麦(カレーうどん)だ……?」」
見事なハモリに本人達、そして声をかけた男性も目を丸くする。……厳密にはカレーうどんは黒だが。
ベンチから離れた二人に声を掛けたのは、灰色の髪を持つ男性。二人と面識はない。
「……何か?」
そう問いかけると、男性の膠着状態が解ける。
「いきなりで悪かった。知り合いの店主から人探しをしている二人組がいるって聞いてな。詳しい話を聞きたいと思って来たんだが……」
「詳しい話って?」
「確か、一昨日の夜の話だろ? その晩ならこの辺りを歩いていた」
「じゃあ……赤い装束にゴーグルを付けた「頭がパイナップルみたいな変な髪型をした女を見たのか?」パパパイナップル⁉︎」
「見たぞ。ちょうどそこの場所で、誰かと会っていたな」
「誰か……?」
「水色の髪をした……女? だったか……」
水色の髪、女。
二人の脳裏に蘇るのは、初めて宿舎に行ったあの日の光景。ベルタと名乗ったその女性は、水色の髪をしていた。
「彼奴を探す必要が出て来たな」
「ああ。ひとまずは宿舎に戻ろう。何か手かがりがあるかも知れない。……ご協力ありがとうございます」
頭を下げるアランに「見つかるといいな」と、男性は二人から離れる。
「あ、おい!」
「……まだ何か?」
足を止めた男性の前にブレイドは回り込むと、礼を述べる。
「ありがとう。それと、くれぐれも気をつけて」
じゃあとブレイドは男性からアランの隣に並び、宿舎へと走る。
「……気をつけて、か」
二人の姿が見えなくなると、男性はポツリと呟き。
「要らぬ世話を」
氷のように冷たい眼差しを向ける。
「これで上手く事が運べば……奴は必ず書をあいつらに使う。その隙を……」
「なあ、さっきの人に何て言ったんだ?」
「レベッカを見た事でもしかしたら危険な目に遭うかもしれないだろ? だから気をつけてって」
確かになと小さく頷いたのを視界の端に捉える。
人混みを走り抜ける事数分。ようやっと二人は『ミラージュ・タワー』の近くまで戻って来た。
「ここまで来れば後少しだな」
「人が多過ぎるんだよな……。……ん?」
「どうしたブレイド」
足を止めたブレイドは自身の懐をゴソゴソとあさり出す。なんだなんだとアランの頭に幾つもの疑問符が浮かび上がる。
「あったあった」
「小型通信機? 誰かから通信が来ているみたいだぞ」
「通信? お前からじゃないよな」
「当たり前だろ。……レベッカからか?」
「とりあえず出てみる」
「あ、ちょっと」
もしもしと話しかける。
『私の声が聞こえるか』
「……ベルタ?」
『そうだ。すぐに宿舎まで来い。話がある』
プツンと通信が切れる。
二人は宿舎までの道のりを猛ダッシュで駆け抜けた。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
轟音を立てながら勢いよく開く扉。
宿舎の一階。ちょっとした広間に佇む人物は、物音にビクリともせず振り返る。
「来たか。早かったな」
「近くまで戻って来てたから……お、おいっ」
怒りの感情を抑えきれないブレイドはベルタの前に立つと、胸ぐらを強く掴んだ。
「勝手に居なくなったと思えばこんなときに戻って来て……レベッカが泥棒扱いされてるのも全部お前のせいだと言うのに遅すぎるだろッ‼︎」
「確かに彼女に関しては私のせいだ。だがな、事情も何も知らない貴様に言われる筋合いは無い!」
「いい加減にしろッ! 今は争ってる場合じゃないだろ!」
殴り合いが始まりかねない二人の間に入り、無理矢理引き離す。アランが止めてもなお暴れるブレイドを抑えながら、ベルタに「呼んだ理由は?」と訊ねる。
「……レベッカがリベリアさんに捕らえられたと聞いてな」
「それなんだが……あの晩、二人で何を話していたんだ?」
「私もまさか彼処で鉢合わせようとは思っていなかった。……レベッカは私を探して夜な夜な出掛けていたそうだ。一昨日の夜に私を見つけると、彼女はどうして戻って来ないのか、何か事情があるのかと聞いて来た。私は……話す事はない、私と会った事は誰にも言うな。そう言って別れた」
「じゃあ、あのときレベッカが言わなかったのはお前がそう言ったからか」
律儀な奴だなと暴れるのをやめたブレイドが腕を組む。
「昨日、レベッカの話を聞いてどうにか誤解を解けないかと書庫を張っていたんだが、なかなか機会が無くてな」
「それで今まで張っていたのか?」
「いや、違う」
ベルタの眼差しが鋭いものに変わる。
「夜中の事だ。書庫から妙な光が継続的に漏れ出しているのを不思議に思い、窓から密かに中を覗いた。……そこに居たのはリベリアさんでも書庫の関係者でもない女。女は何やら怪しげな魔術を発動させていた」
「怪しげな女に魔術……」
「詳しく見ようとはしたが直後にバレてしまってな。そこまでしか見えなかった。……すまない、あまり情報も無くて」
そう苦笑いを浮かべるベルタの体は至る箇所に土が付いて汚れていた。恐らくベルタは朝まで見張りに追いかけられていたのだろう。ブレイドの心が少しだけ痛んだ。
「いや……オレ達より役に立ってるよ。ありがとな」
「ああ。それで、今晩書庫に忍び込もうと考えている。……二人も協力してくれないか」
頼む。
「……もちろん」
「まあ……人手は多い方がいいしな。しょうがねぇな」
「素直に言えないのかオマエ……」
「うっせ」
顔が綻ぶベルタだったが、すぐに気を引き締める。
「感謝する。昨日、窓の一部を凍らせて閉まらないようにしておいた。そこから中へ入る」
「分かった。あとは禁書の行方だが……」
「消えた禁書はリベリアさんの指示で書庫の関係者が総出で捜索しているらしい。そっちは任せるしかないだろう」
「なるほどな。……でも禁書が見つかるのは時間の問題じゃないか?」
「私も昨日まではそう考えていたが、見張りを使って私を追って来たと考えると……何か後ろめたいことなのだろう」
「……わざわざレベッカを捕らえるのも可笑しな話だよな。一歩間違えたら信頼はガタ落ち。もし、レベッカと関係ない場所で見つかったら糾弾は免れない」
「ああ。考えられるのは人体実験、もしくは部隊を管理する『ミラージュ・タワー』への報復」
「……つまり、禁書が見つかるまで待っていては危ないと」
「「そういう事だ(な)」」
ベルタとアランの声が重なる。「何だよややこしくしやがって」と小さく毒吐くブレイドをギロリと睨み付ける。
「まあまあ……。とりあえずは夜までに計画を練るとしよう」
「そうだな。刀の手入れもしなく──」
ぎゅるるるる〜……
空間中に鳴り響く腹の虫の音。
アランがブレイドに指差すと、違うと首を振られ、ブレイドがアランに指差すと、これまた違うと首を振る。
「……」
「……」
最後の一人に視線を向けると、顔を真っ赤にして腹を抑えていた。
「ブ、ブレイド! オマエ何か買って来い!」
「は、はぁ⁉︎ 椅子も机もないのにか⁉︎」
「オマエの足の速さならすぐだろ! いいからダッシュダッシュ!」
バシバシと背中を叩く。痛がりながらも宿舎から飛び出す。
「ベルタ!」
「は、はい!」
「……は、泥を落として来い!」
「りょ、了解!」
敬礼し、階段を急いで駆け上がる。
ふう、と一息つくと、掃除をしながら二人の帰りを待つ。
「……無事で居てくれたらいいんだが……」