輝く星に願いを
1,
モンスターとの戦いに身を投じる彼らは、必ずしも常に優勢とは限らない。時に
今まさに、彼女らがそうであるように。
「ヴァニラ……大丈夫か」
「ベルタこそ……」
共同任務中。ベルタとヴァニラは、モンスターの群れに遭遇してしまう。やむを得なく応戦するも、次から次へと敵の数は増えていき、瞬く間に劣勢。体力は消耗し続け、元素枯渇を引き起こしかけている。退却したいが、退路を作れる程の余力は残っていない。
肩で息をするヴァニラは、どうにかして局面の打開をしようと思考を巡らせる。
「……ベルタ?」
一歩進み出たベルタに首を傾げる。獲物を前に睥睨するモンスターを睨み、深く息を吐く。
いつの間にかベルタの手には、深紅の宝石が握られていた。見覚えがあるそれは、ベルタの戦闘服に下がる装飾品。なにをするかと目を凝らせば、圧倒的な握力でそれを粉砕した。
一つ、二つ。そして最後の一つ。全ての宝石を潰し終え、ヴァニラは違和感に気付く。先程まで無くなりかけていたベルタのエレメントが大きく回復している。
「これで……終わらせる‼︎」
怒涛の勢いで敵の進撃を押し返し、見事勝利を収めた。
*
「──ってことがあったの」
無事帰還した夜。ヴァニラはどこか得意げに昼間のことを語る。
「さすがねベルタ」
気恥ずかしく肩を竦めるベルタに、レベッカは微笑みかけた。
「でもあの宝石が付いているのは、確か究極時だけじゃなかったか?」
究極の力を使用時は、それに見合った服装へ自動的に変化する。元の戦闘服をベースにはしているが、ベルタが普段着用する戦闘服に赤い宝石の装飾品は無い。アランが疑問に思うのも無理はない話だ。
ベルタは自身の憶測も交えて説明する。
「あの宝石は緊急時に備えて普段から持っている。それが、究極する時に分離した状態で服に付いている……と私は思っていた」
「ふぅん、全然知らなかったな」
言ってなかったしな、とブレイドに返す。
「今はまだ作っていないが、エレメントが十分に回復したら作るつもりだ」
「ねえ、それってわたしでも作れる?」
前屈みになっては期待を込めてそう訊ねる。
「そうだな……人によるとは思うが……。教えて欲しいなら教えるぞ」
目尻を下げるベルタに、ヴァニラは明るい表情を浮かべた。
「うんっ」
「ならワタシも」
「俺も」
「あ……オレも」
記念すべき第一回目の講義である。
「そういわれても言い方が難しいな……」
次の日。昨夜と同じ頃の時間、十分にエレメントを温めた上で集まる。
誰かになにかを指導するのは初めてらしく、言葉に詰まるベルタに一声。
「試しにやってみてはくれないか?」
「それもそうだな」
掌に意識を集中。渦巻く青い光の筋は少しずつ大きくなり、掌サイズの赤い宝石となって実体化する。
「こんな感じなのだが……」
「元は一個だったんだな」
「ああ。それが複数に分かれているようだ。回復出来る量が調整出来るからいいが……一気に、となると割るのに手間がかかる」
そう空笑するベルタは次に、アランを指名。
「オレ?」
「ああ。アランなら出来ると思う」
「超人だからな」
「そうじゃなくて」
「ベルタ、その……もう少しヒントはないか?」
例えばなにを意識するか、イメージはあるか、などのアドバイスは欲しいものだ。
ベルタは顎に拳を添え、うーんと思案を巡らす。
「あ……いや、いいよ。とりあえずやってみるからさ」
「すまない……」
アランは自分なりにイメージを固めると、ベルタ同様掌を上にして前方へ。瞼を下ろし、意識を集中させる。
集中……集中……。
光の筋が掌の上で渦巻く。少しずつ紫色の宝石が形成され始めた。
異変に気付いたのは、ブレイドだった。
「おいアラン! デカすぎるぞ‼︎」
「えっ?」
体を揺さぶられ、集中力がぶつんと切れる。
途端、顔ぐらいある宝石が、鈍い音を響かせて床に落ちた。
「……これじゃあ持ち運べないぞ」
「だな……」
「次行きまーす」
元気よく片手を挙げたのはレベッカ。徐に“バーストキャノン”を召喚し、銃口にエレメントを集中──。
「いやなんで構えた⁉︎」
「こっちの方がやりやすいから」
「出来たやつが発射されそうな勢いだな」
顔を引き攣らせながらブレイドが呟く。
呟きに口を曲げるも、レベッカは大人しく火砲を下ろした。
「ブレイドはどうなのよ」
「俺? ……」
沈黙を挟み、ブレイドは吐息程度の風を発生させる。
風は少しずつ水色の宝石となり、ベルタの宝石より一回り小さいものとなって実体化した。
フッと重力に従って落ちる宝石を捕まえると、指先で掴み。
「こんなもんだろ」
「すごい」
ヴァニラは拍手を送り、次は自分だと気合いを入れる。
「そこまで気合いを入れなくていいのだぞ? あくまでこれは緊急時用なのを理解して……」
「えいっ」
掛け声と共に黄色の宝石が現れた。
それと同時、彼らの頭上に影が差す。
「あっ……」
巨大な宝石が、ぐらりとバランスを崩した。
考えるより早く宝石に飛び付き、支える。
記念すべき第一回の講義の結果。第二回目が開講されることは無かったと言う。
2,
ベルタは非常に困っていた。これほどまでに悩むことはあるか、いや無い、と自問自答してしまうぐらいには困っていた。
ちらりと横目でその人を見る。眉間に寄る皺は深かった。彼も困っているのだ。少なくともベルタ以上には。
「あの……兄さん? 大丈夫ですか……?」
「……大丈夫に見えるか?」
心なしか疲れているようにも見える。ベルタは否定すると、バラバスはさらに深く皺を刻んだ。
事の発端は、今から数時間前まで遡る。
太陽が傾き始めた頃。昼食を摂っていたベルタ達のもとに、『モルス』並びに『五戦神』のハルドラ・モルスから、“エレフォン”のメッセージアプリにメッセージが届いたことから始まる。
『今日の夜に、女の子だけでパジャマパーティーしない?』
ハルドラのメッセージに対してブレイドが、女の“子”っていう歳でもねぇだろ、とぼやいたのを傍耳に。乗り気なレベッカとヴァニラに釣られ、ベルタも参加することとなった。
黄昏時には依頼も片づき、行ってらっしゃいとアランに見送られ、拠点を出発。『ミラージュ・タワー』に向かい、上層階へ。
「お誘いしていただき、ありがとうございます!」
「うんっ。待ってたよ〜」
出迎えたハルドラに案内された先は、『モルス』がよく利用する会議室ではなく。応接間の一室。すでにパジャマパーティー用に改装されており、全体的にキュートな雰囲気だ。
中ではアルタリアとミラクロアの二人もおり、楽しげに笑っている。
「もうすぐでエステラ達も来る。そしたら始めようではないか」
「それまでのんびり待っているのじゃ」
「それは……?」
二人が揃って、体の一部を入れている器具に首を傾げる。アルタリアは布団の一部を持ち上げると、ヴァニラを誘う。
「入ってみれば分かるぞ」
「……あ。あったかい」
「“こたつ”というそうじゃ。わらわでも入りやすい温度であろう?」
みかんを片手に、談笑を始める三人。
レベッカとベルタは、先に着替えてしまおうかと一度外れる。
「白獅子王〜」
入れ違いで現れたのは、『守護竜騎隊』リーダーのエステラ。軽いノリでやって来たエステラに対し、アルタリアもまた軽く返す。
「連れてきてくれたか?」
「ああ。3人だろ?」
「……、ん?」
エステラの言葉に違和感を覚える。
直後、その答えは明らかとなった。
「お邪魔しまーす」
ミリアム……は、女子だからいいとして。問題はその後ろに居る人物。
どういう訳か、男子のバラバスが混ざっていた。様子を見る限り、連れて来られたと表記するのが正しいだろう。当のバラバスも顔を顰めてしまっている。
少し間を置いて、ハルドラが声を洩らす。
「間違えて“三人”呼んでって言っちゃった……」
『五戦神モルス』の女性メンバーはアルタリア、ハルドラ、ミラクロア。続いて、『戦神の勇者隊』はベルタ、レベッカ、ヴァニラ。それぞれ三人ずつだ。
対して、『守護竜騎隊』はエステラとミリアムの二人。ハルドラは連絡をする際、釣られて三人と表記してしまったよう。
間違いならばとバラバスは踵を返すが、その肩をエステラに掴まれる。
「まあまあ良いだろう。ホラ、女子力は高い方だろ?」
「家事が出来る男などごまんといる。それを女子力などと言うな。寧ろ貴様らは努力しようとしろ」
「こういうときだけはよく喋るな」
*
そして現在──。
ベルタは鏡台の前に座らされ、ミラクロアに髪を櫛で梳かされている。
「結ぶのも良いのじゃが、このままでも良いのじゃ」
「そ、そうですか? あまり気にしたことは無くて……」
女の子らしいことに少なからず興味はある。だが結局は、似合わないだろうなと踏み止まってしまう。
「巻いてみるのはどうじゃ」
「巻く……⁉︎ わ、私がですか⁉︎」
「そなた以外おらぬじゃろう。ならばネイルとか……」
「ねいる⁇」
「……そこからなのじゃな」
手根を額に当て、溜め息を吐く。
「こうなれば徹底的にやるのじゃ……‼︎」
「何をですかミラクロア様⁉︎」
「ええい! わらわに任せておけば良いのじゃ!」
ベルタは困惑するあまり、助け船を出して欲しいとバラバスに顔を向ける。
一同と一歩も二歩も離れた場所に居たバラバスは、顔を逸らさず目線は横に。ベルタの行為を不思議に思わない辺り、ミラクロアとの戯れを見ていたのだろう。
「バラバスも、そなたが綺麗になることを望んでおるぞ」
「兄さんはそんなこと思っていませんよ」
「……だそうじゃが、本当のところはどうなのじゃー?」
「……ノーコメントで」
「素直じゃないのう」
やれやれと肩をすくめ、ベルタの顔を正面に向ける。
「……覚悟‼︎」
櫛やらなにやらを手にしたミラクロアがベルタを襲い、ひっと洩らした声は掻き消された。
楽しい時間は瞬く間に過ぎていき、夜明け前にはバラバス以外全員眠っていた。
張り詰めていた糸を解くかのように、バラバスは息を吐いて静かに身支度を整える。どうやら、皆が起きる前に退散しようとしているらしい。
忍び足で扉まで向かい、ドアノブを捻る。だが、予想以上に金属音が響いてしまった。半分まで捻り、横目で彼女らを確認。再び目線を戻し、残り半分を捻り切──。
「兄さん。どうかしましたか?」
びくりと大きく肩を震わせるバラバスに、ベルタも釣られて肩が跳ねる。
これまでにないスピードで鼓動が脈打つ胸に手を添え、バラバスは振り返った。
「いきなり声を掛けるな。心臓に悪い」
「す、すみません」
謝るベルタを前にして我に返る。
「いや、悪いのは私の方だな」
ドアノブから手を離し、ベルタと向き合う。
「あの……どうかしましたか?」
改めてバラバスに訊ねるも、返答は無く。
しかし、なんとなくは理解していた。
「もしかして……帰るつもりでしたか」
「まあ……そんな所だ」
居心地がずっと悪そうだったのは知っている。それを聞いて、止めるつもりは全く無かった。寧ろここまで我慢してくれてありがとうと褒めたい。
「じゃあな」
そんなベルタの意思を汲んだのか、バラバスは再度ドアノブを捻り扉を開ける。窓から差し込む外の光が、開かれた扉の隙間から中へ入り込んだ。
「はい。また今度」
微笑み、送り出すベルタだったが、バラバスが動かないことに首を傾げる。
「……気が変わった」
バラバスは扉を閉め、ぽつりと告げる。
「お前が眠るまでは居る」
思わぬ言葉に思考が停止。頭の中で意味を咀嚼すると、曖昧に返事する。
「あ、はい……?」
「だから早く寝ろ。昼過ぎまで寝るつもりか」
「が、頑張ります……⁇」
陽が一番高く昇る頃に起きた彼女らは、足を組んだまま戸惑いの表情を浮かべるバラバスと、その足の上に頭を乗せて眠るベルタを目撃した。