輝く星に願いを
その日、ハルドラは至って真剣だった。
今日の夜ご飯はどうしようか、などの悩み事はいつものことだ。本日もそのように軽い話かと思われた。
しかし、向かい側に立つアルボスの表情も険しい。執務室中に緊迫感が漂う。
ハルドラは報告書を机に置きつつ、深く息を吐いた。
「……そう。まだ足取りは掴めていないんだね」
「申し訳ありません」
「ううん。キミはよくやってくれているよ」
机に両肘を立て、額に軽く手を当てる。
明らかに明るい雰囲気ではない。
アルボスも顔を顰め、瞼を閉じた。
「やっぱりボクも調査するよ」
「いけません。ハルドラ様は『モルス』としてのお仕事があるのですから」
「今はそんなこと言ってる場合じゃないよ。これだって“緑狼王”としてのお仕事だし、超重要案件でしょ」
腕を組み、やや低い声で告げる。
厳格な主人ではないものの、仕えている身であるのは変わらない。アルボスは発言を控えた。
「では後ほど詳細な報告を上げます」
「うん。よろしくね」
アルボスは恭しく一礼し、退室する。
残されたハルドラは、今一度報告書に目を向けた。
──同時刻。木々が生い茂る森の中を、一人の男が歩いていた。
男の足元には、凶暴な性格の持ち主である凶狼が寄り添うように連れ立つ。
「まさかこんな所でお前と会うとはな、フェンリル」
ブレイドが話しかけると、フェンリルは嬉しげに吠える。
以前、アリーナ大会をきっかけに出た旅では相棒として共に大陸中を駆け巡っていた。その後、本来の飼い主が判明したので帰っていった。
だが、ブレイドの口振りから、フェンリルと会ったのは偶然のようだ。
「もう依頼も片したし帰る気でいたんだが、少し散歩してから帰るかな」
腕を頭の後ろで組みながら、フェンリルに向けて言う。
パタパタと尻尾を揺らし、ブレイドと距離を詰めた。
刹那、近くの茂みから敵と思わしき影が飛び出す。
無防備な背中目掛けて振り落とされる刃。ブレイドは正面を見据えたまま僅かに下がると、その“者”の腕を掴み、グイッと引き寄せては背負い投げ。
小さく呻き声を上げ意識を手放す男から手を離し、続いて首筋を狙った攻撃を体を逸らして回避。空いた腕を捕まえ引き、バランスを崩した男の鳩尾目掛けて膝蹴り。
そのまま気絶した男を近くに投げ、最後の一人となった男との距離を一瞬で詰め、すれ違いざまに手刀を一撃。見事、ブレイドの圧勝という結果で終わった。
地面に転がる男達に、ブレイドはしまったと間違いを悟った。
「……気絶させちゃ駄目だったな」
これでは何故自分を奇襲しようとしたか聞き出せない。
かと言って起きるまで待つのも面倒だと、ブレイドは男達を放っておくことにした。
が、フェンリルの様子が可笑しい。
執拗に男達の匂いを嗅いでは、辺りを忙しなく見渡す。
やがて、地面に鼻を近づけて歩き出したフェンリルに、なにかあると察したブレイドは後を追うことにした。
*
「あ、ブレイド!」
暫く進んで行くと、見慣れた狼人の彼女と出会す。
「ハルドラ。お前何してんだ?」
「フェンリルを探しに来たんだよ〜。急に居なくなったから心配になって〜」
ハルドラはフェンリルの前に手を差し伸べると、掌に頬をすり寄せた。
実は、フェンリルの飼い主というのは彼女なのだ。
少しの間ハルドラに甘えていたが、思い出したように吠えると、再び地面の匂いを追う。
「……もしかしてフェンリル。犯人の匂いを追ってるの?」
「犯人って何だよ。何かあったのか?」
口走ってしまった口元を抑えるも、時既に遅し。
話しにくそうにするハルドラに、ブレイドは告げた。
「さっき変な連中に襲われた」
「え⁉︎ 殺しちゃったの⁉︎」
「するか! 気絶させてそのまんまだ」
「理由も聞かずに?」
「と、とにかく。それと何か関係があるんじゃねぇかと思ってな」
どうなんだと詰め寄るブレイドに、ハルドラは観念して分かったよと頷く。
「実は……最近、“森林の地”で暮らす子供達が相次いで失踪しているんだよ」
「な……⁉︎ ……穏やかじゃねぇな」
「うん。神隠しって話もあったけど、どうやら人の手で行われてるらしくて。誘拐の可能性が一番高そうなんだよ」
フェンリルの少し後ろを二人並んで歩く。
ブレイドは顎に手を添え、耳を傾けていた。
「それで犯人を追ってる訳か」
「複数犯であるのは間違いないだろうし、きっとブレイドを襲ったのは誘拐犯の一味だよ」
「それなら納得だが、何で俺が襲われるんだよ」
「だって有名だもん。子供達を探しにきたって勘違いされたんでしょ」
「……確かに。事前に話を聞いていたら探してたな」
鋭い視線から逃れるように、ハルドラは顔を逸らす。
そして、遂にフェンリルが立ち止まる。どうやらこの辺りで匂いが追えなくなったらしい。
慎重に辺りに目を向ける二人のうち、ハルドラがなにかを見つけた。
「隠れて」
即座に身を屈んでは茂みに隠れる。
そろりと顔を出し、離れた場所に位置する建物の様子を伺う。
「あの建物……人が沢山居るな。それも同じような奴等が……」
目元だけをくり抜いたマスクに、黒生地の服装。
如何にも怪しい集団が、建物の中と外を定期的に往復している。
ハルドラは傍で待機するフェンリルに問いかけた。
「フェンリル。キミが追っていた匂いって、ブレイドを襲った人達のだよね?」
静かにフェンリルは吠える。そうだと肯定するかのように。
建物を見つめ、口にする。
「あそこ、誘拐犯のアジトかもしれない」
「……誘拐犯かは別として、調べておくのは同意だな」
と、ブレイドが懐から取り出したのはなんと、彼らが身に付ける黒地のマスクと衣類セット。
「どうしたのそれ」
「さっき襲って来た奴等から頂戴してきた」
ブレイドは嵩張らないよう、鎧の留め具や服の一部を脱ぎ、衣類とマスクを装着する。
「どうだ? 中々様になってるだろ」
「完全に怪しい人だね。特に目つき」
「これは生まれ付きだ」
目元以外を完全に覆い尽くし、一見すると怪しい人物にしか見えない姿へ。
「よし、じゃあお前は此処で待ってろ。俺が中に入って調べて来るから」
「え、なんでよ」
「何でって……服はこれしかないし、獣人だから目立つし……」
遠回しにお断りしているのだ。
ブレイドの言い回しに、ハルドラは顔を顰める。
「ボク、これでも『五戦神』なんだけど?」
「強さの話をしてるんじゃねぇよ。……まあ、とりあえず中には入らないで外から探ってみる。あれが何なのか分かんねぇしな」
改めて待っていろと言うや否や、足音も立てず木々の合間を駆け抜ける。
待つこと数分後、ハルドラのもとにブレイドが帰ってきた。
「どうだった?」
「お前の予想が当たった。あの中に拐った子供達が居るのは間違いない」
マスクを顎まで下げ、偵察結果を報告する。
ハルドラは建物を見遣り、目の色を変えた。
「……ハルドラ」
ブレイドは何処までも真っ直ぐな瞳で見据えた。
「お前に任せる」
ハルドラは不敵な笑みを浮かべ、フェンリルに顔を向ける。
「フェンリル。アルボスにこのことを伝えてきて。先にボクとブレイドは中に入るから」
任せておけと、フェンリルは頼もしくその場で跳ね、風と見間違うほどの速さで地を蹴っていった。
「ブレイド……は、演技得意?」
それだけで意図が読めたのか、マスクを元の位置に戻しつつ答える。
「それなりにだな。何とかやってやるよ」
「ドジったりしない?」
「しねぇよ。ほら行くぞ」
*
「た、大変だ〜‼︎」
近くの茂みから飛び出してきた男に、建物の周りに集まる男達が一斉に構え、臨戦態勢に入る。
が、自分達と同じマスクと服装だと分かると、警戒を解く。
「どうした⁉︎」
「何があったんだ」
「向こうで仲間達がモンスターにやられて……俺は何とか振り切ったんだが……」
「モンスターに?」
「それで道から外れたのか」
「だが一つだけいいか?」
幹部格の男は一歩前に進み出て、モンスターから逃げて来たという男が肩に担いでいる子供のことを問う。
「俺達の事がバレそうだったんで慌てて連れて来たんだ」
「成る程、獣人でも子供だ。そう強く反抗はしまい。モンスターと遭遇したのはどの辺りだ?」
「南の方です」
「承知した。連れて行け」
門番が建物内へ続く扉を開け、子供と一緒に中へ入った。
「……あれで良かったのか、ハルドラ」
誘拐犯の一味の男──に扮したブレイドは、肩に担ぐ獣人の子供──ハルドラに声を潜めて話しかける。
「南の方にあるのはボクの神殿だからね。ヴェルハインドとジャスパーがうまいことやってくれるよ」
担がれたままハルドラは答える。
短くそうかと返し、連れ去られた子供達の姿を探す。
「それにしても暗いな……」
通路は狭く、明かりもない。窓は全て閉ざされており、外からも塞がれているようだ。
「ま、まだなの〜……? そろそろお腹が苦しい……」
「場所が分かんねぇんだよ。我慢しろ」
建物内を歩くこと数分、ブレイドは二人組の男達と鉢合わせる。
「ん? お前まだこんな所に居たのか」
どうやら入口での出来事を知っているらしい。対応を間違えれば一貫の終わりだ。
ブレイドはなんとか動揺を表には出さずに答えた。
「少し迷ってな。ほら、暗いし似たような扉が続いてるだろ」
そうだなと男達の目尻が下がる。
「ほら、この先に地下へ続く入口がある。重いだろうが頑張れよ」
「俺達見回りの途中だから。またな」
特に警戒されず、難所を無事乗り越えた。
小さく溜め息を洩らし、地下へ続く階段を慎重に降りる。
「……あの人、ボクのこと重いって言ってたよね⁇」
「煩い。声響くんだからな、此処」
地上よりも更に薄暗く、ひんやりとした冷たさを感じる。
本当にこんな淋しい場所に子供達が居るのだろうか……。
靴音を響かせて奥へ奥へ進むと、金属で出来た扉の左右それぞれに、男が一人ずつ立っている。
ブレイドに気付き、一人の男が鍵を開け、もう一人の男が扉を開けた。
僅かな光で確認出来たのは、部屋の隅で互いに身を寄せ合い怯える子供達。
心の中ですぐに助けてやると声を掛け、ハルドラを肩から床に下ろした。
*
遠さがる足音を耳に、ハルドラは体を起こす。
痛む腹部を抑えながら、殆ど光の差さない部屋を一望すると、部屋の端で互いの身を守るように震える子供達と目が合う。
ハルドラはそっと子供達に歩み寄ると、明るく笑いかけた。
「みんな怪我はない?」
子供達はその笑みに安心したのか、肩から力を少しだけ抜いた。
一番歳上だと思われる少女が、一歩前に進み出る。
「うん。わたし達は大丈夫」
良かったと微笑むハルドラに、少女を含める子供達が集まってきた。
その数、八人。
報告に上がっていた人数と同じ。全員一緒にこの部屋で監視されていたようだ。
ブレイド無駄足になっちゃうな〜、とぼんやり考えていたところに裾を引っ張られる。まだ年端も行かない子だ。
「これワンワンの耳?」
「おねーちゃんワンワンなの?」
一人、二人と、声を揃えてわんちゃんだと口元が綻ぶ。
ここにいる子供達は皆、ヒューマン。それもあまりビーストと関わりが無いのだろう。
ハルドラは嬉しいなと目尻を下げた。
「ワンワン?」
「ん〜……ワンワンじゃなくてお──」
狼だと答える直前、ハルドラの脳内にあることが過ぎる。
それは、狼だと答えた場合に起こり得ること。一般的に狼は恐ろしい生き物だと捉えられており、民話や御伽噺でも悪役として描かれている。特に子供は純粋だ。ただでさえ怖いのに追い討ちをかけてどうする。
「──じゃなくてワンワン! ワンワンだよ〜」
全世界の狼人ごめんなさい。
広過ぎる謝罪を心の中で唱えながら、必死に犬を演じる。
“犬とかわかんないよ〜! 周りに「これぞ犬!」って言える人いないし〜……。早く戻ってきてくれないかな〜”
切実に願っていると、部屋の外から複数の足音と話し声が溢れ出す。
不穏な空気を察したのか、子供達も怯えたような目付きに変わる。
「おい、お前ら出ろ‼︎」
乱暴に扉が開いたかと思えば、男がこっちに来るよう手招きしながら怒鳴り散らす。
男の威圧に脚が竦んで動けない子供達を、苛立ちを隠そうとしないまま強引に連れて行こうと手を伸ばした。
「早くこっちに──」
次の刹那。男は視界から消えていた。
子供達の目には、男が瞬間移動したように見えた。が、実際は瞬間移動した訳では無く。
「うるさいよ」
生命の繁栄を描いた絢爛なフォルムの槍。
軽々と振り回された柄の部分に腹を取られ、力一杯吹き飛ばされていた。
男は今、部屋の壁に激突した影響で気を失っている。
部屋の外で待機していた男達が騒めく。
ハルドラは槍を構え直し、一気に距離を詰める。
「ボクの槍をくらえ〜!」
柄を両手で持ち、石突となる部分で鳩尾に強烈な一撃を喰らわせる。
その威力はあまりに凄まじく。発生した衝撃波により男達は全滅した。
ふぅと息を吐き、ハルドラは子供達を見遣る。
「驚かせてごめんね。でも、もう大丈夫だから。ボクの傍から離れないでね」
戸惑いつつも頷く子供達に、微笑を浮かべた。
そこに、足音が一つ響き渡る。
誰か来たのかと警戒する彼らとは裏腹に、ハルドラは落ち着いていた。
「大丈夫だよ。ボクの仲間だから」
笑いかけると同時、別行動していたブレイドが合流する。
「あれ? あの服どうしたの?」
「あんな息苦しいのいつまでも着てられるか」
それよりと切羽詰まった様子で話し始める。
「アルボス達が来たようだ」
「だろうね。上はどんな感じ?」
「大混乱。……確認だが、子供は此処に居るので全員だよな? 一通り回ってみたが見当たらなかった」
「うん。報告にあったのと同じ人数だよ」
「ならいい。さっさと子供連れて離脱するぞ」
それにハルドラは待ったをかけた。
「上が混乱しているならここで待っていた方がいいよ。一方通行だから守りやすいし、アルボス達が来ているなら持久戦にもならないよ」
彼らの安全が確保されるのも、もはや時間の問題。わざわざリスクを負って外に出る必要は無い。
「それは……いいから早く!」
離脱を急かすブレイドに違和感を覚える。
が、意味が無いことはあり得ないと信じた。
「よし。……行こう!」
前方をブレイド、後方をハルドラが担当し、二人の間に八人の少年少女が縮こまって走る。
誘拐犯の一味の多くは、我先に逃げようとしており、こちらに気付いても見逃す者が殆どであった。
「止まれ‼︎」
中には、ちゃんと役割を果たそうと立ちはだかる輩も居たのだが……ブレイドによって敢え無く沈められる。
特に苦戦を強いられる出来事も起きず、出口まであと少しという所まで来たその時。
「ハルドラ! 後は任せた!」
「ええ⁉︎」
突然、ブレイドはアジト内へ踵を返した。
風の恩恵により、あっという間に暗闇へと姿を消してしまう。
「ハルドラ様!」
入れ替わりに、アルボスが入口から駆け付ける。
ハルドラは唸り声を洩らしながら、通路の先と入口を交互に見た。
「う〜……アルボス! あとは任せた!」
「え、ハルドラ様⁉︎」
*
「退けぇ‼︎」
行手を阻む男達を、容赦なく蹴り飛ばす。
ブレイドは胸の内に、焦りを募らせた。
流れは確実に良い方向へ進んでいる筈なのにだ。
やがて。探し求めていた物を、アジトの一番奥の部屋で見つけた。
「これだな……」
規則正しく秒を刻む電子音に、タイムリミットを知らせるタイマー表示。
俗に言う、時限爆弾だった。
ブレイドはハルドラ達と合流するため、建物内を駆け抜けていた際に聞いていたのだ。
ひとたび発動すれば、辺り一帯を吹き飛ばす爆弾をセットしたと。
離脱を急かしたのはそれが理由だ。爆弾のことをハルドラに伝えなかったのは、子供達を配慮した結果。
見つけたのはいいが、爆弾を解除する方法などブレイドは知らない。
遠くに投げるにしても、誰一人として犠牲にならない場所まで向かうのは時間的に不可能だ。
ならば、自分に出来る方法は一つ。
「【我望みしは恩恵の解放。解けし時こそ進化を遂げよ】」
最終形態となる『緑狼王の加護』で底上げした風を応用し、爆発の威力をこの部屋に留めること。
力勝負となるが仕方ない。寧ろ、自分らしくて良いじゃないか。
両手を前へ突き出し、意識を集中させる。
「──【風よ、押し寄せる嵐を前に渦を巻け】」
可視化したエレメントの光が、ブレイドを淡く照らす。
幻想的な風景を切り裂くように、轟音と共に赤い光が生まれる。
「【風の障壁】‼︎」
瞬く間に風が渦を巻き、爆発を中に閉じ込めた。
しかし、凄まじい威力を抑え込むには限界があり、ブレイドの額に汗が滲む。
火焔が風の力を上回る直前──救世主は現れた。
「ブレイド!」
建物中を吹き抜ける風を追ってハルドラが駆け付けた。
「な、なにしてるの⁉︎」
目を見張る彼女に叫ぶ。
「爆弾を抑えてんだ‼︎ お前の力でどうにか出来ないか⁉︎」
「ええええ」
うーんと首を捻るハルドラに早くしろと急かす余裕も、もはやブレイドには残っていない。
悩みに悩んだ末、ハルドラは食指を天井に掲げて唱える。
「【テラ・メリタ】!」
予想だにしない選択だった。
地底から隆起した地面が、風の檻を四方から囲み、蓋をするように岩が上空から落ちる。
「はい解いてブレイド!」
「はあっ⁉︎ いや絶対無理だろこれ‼︎」
「なんとかなるなる〜! さーん、にぃー」
「っ、やればいいんだろ!」
「いーち!」
合図と共に【風の障壁】を解除する。
間髪を入れず、発生した爆風に煽られて体が宙を舞う。咄嗟に受け身を取ったことで大事には至らなかったが、部屋中を満たす煙に視界が遮られる。
ブレイドは咽せながらも風を起こし、煙を彼方へ移動させた途端。元素枯渇を起こし気を失った。
*
「う……」
ブレイドは瞼を震わせて、ゆっくりと目を開けた。
何度か瞬きを繰り返すうちに、意識が回復する。上半身を起こして辺りを見渡し、呟く。
「俺の部屋……」
知らぬ間に自分は拠点の自室で寝かされていたらしい。
ふと重みを感じ、ベッドの縁を見遣る。
そこには、ベッドに上半身を伏せて眠るハルドラの姿があった。
「……おい。おい、起きろ」
「ん〜……?」
肩を強めに揺さぶると、ハルドラは目を擦りながら元の位置に戻る。
「ふぁ……おはよ〜ブレイド〜」
「もう夜だけどな」
窓から差し込むのは淡い月の光。
既に夜の帳は下りており、良い子は眠る時間だ。
「お前……何で此処に居る?」
一応聞いてみるが、返答は予想していたものだった。
「アルボスに一旦預けちゃった。ブレイドの様子を見に来たんだよ〜」
「見に来たって言うか……寝に来たって言うか……」
「いいじゃん別にぃ〜じゃっ、ブレイドも起きたことだし戻ろうかな〜」
理由を付けては居座る気で居たと思っていたが、彼女なりに事件を気にしているようだ。仕方ないと言えば仕方ない。
「今日はありがとっ。また今度遊びに来るね〜」
じゃあねと片手を振り、扉を押して向こうへ。
少しして、仲間達が階段を駆け上がる音が響いた。
『おまけ』
事件解決から数日後──。
「……何だこの縫いぐるみ」
ブレイドの手には、あのフェンリルに良く似たぬいぐるみが握られていた。
どうしてか自室の窓にメッセージカードと共に置かれていたのだ。
“ブレイドへ。
この間のお礼だよ〜。これをフェンリルだと思って相棒にしてね〜。
ハルドラより。”
「出来るか」
ぬいぐるみを握る手に力が入り、苦しげに歪んだ。