外伝まとめ
シトシト、ポツポツ。
厚い灰色の雲から滴る水の恵み。晴れの日が殆どの“光明の地”にとっては珍しいある雨の日。
小さな体には少し大きい大人用の傘を差しながら、好奇心に満ち溢れた少女が一人。道無き道を散策していた。
「……?」
雨音に掻き消されながらも、微かに聞こえた音に足を止める。可愛らしいおさげを揺らし、辺りを見渡していると。暗い空模様に映える白くて丸い生き物の姿が。足下に溜まる水溜りをもろともせず近づき、その生き物の前で膝を曲げる。
「……猫さん?」
応えるように小さく丸い生き物は「ニャー」と弱々しく鳴いた。真っ白な毛並みは薄汚れており、だいぶ衰弱しているようだ。
心優しき少女は「待ってて」と声を掛けて、仔猫を雨から守るように傘を。そして鞄に付けている綺麗な緑色のスカーフで仔猫をふんわりと包み、腕に抱えて館に走りだす。
〜外伝 続・アラン実家編〜
今日も今日とて依頼をこなす日々を送る。そんな日々が退屈ではないのかと尋ねられれば、迷いなく楽しいと言える彼らの日常。
そんな日常の一コマ。夜の帳が降りる頃に、物語は始まりを告げる。
── “はじまりの地”、『戦神の勇者隊』拠点。
新しく生まれ変わった拠点。以前と比べ物にならないほど住みやすくなったのだが、部屋が個室になったというのもあり前より一階で休むことが多くなった。
本日も一階で各々好きなことをしながら休んでいると、一人自室に戻っていたアランが階段を降り四人の元へ。
「悪い、少しいいか?」
小首を傾げながらアランが一同を呼ぶ。それぞれから向けられる視線を受けながら、口を開く。
「今度の休みなんだが、みんな空いてるか?」
「なにかあるの?」
聞くからにはそうなのだろう。アランは逆に問いかけられてることに苦笑するも、実はと話し始める。
「今度の休みに、遊びに来ませんかってセバスチャンに言われて……」
前回の【アラン実家編】で初登場した老執事。誰かによく似ている彼は、アランの育て親であり執事でもある。現在はアランが義妹として迎えた“アリス”と共に、館で暮らしている。彼らもセバスチャンとアリスの二人と面識があり、すぐにピンと来た。
「今度来てくださいって言ってたしな」
「アリスちゃんにも会いたいし、いいんじゃない?」
うんうんとベルタもヴァニラも頷く。
「決まりだな。日帰りは少し厳しいから、一泊する準備をしといてくれ」
はーいと声が上がる。
「なにかお土産を持っていかないと」
「明日辺り、依頼が片付いたら選びにいきましょ。あ、男子は男子で選んでね」
「「えっ」」
*
迎えた当日の朝。
この日は全員が普段とアランと同じぐらいの時間に起床し、駅へと向かった。アランの実家までは片道五時間ほど掛かってしまうからだ。移動しながら仮眠を取りつつ乗り継ぎ、お日様が登り切る頃。徒歩で行ける地点に到着。
「ここまで長かったな……」
「依頼じゃねぇから本部の転送陣使えないし」
「文句言うな」
「文句じゃねぇ!」
ベルタとブレイドの会話を背に、ヴァニラは隣を歩くアランに話しかける。
「ねえ、アラン。あとどのぐらい?」
「もう少しで見えてくるはずだ」
あ、と声を洩らす。アレだと指差した先に佇むのは、どこか不気味な雰囲気を纏う立派な館。
「スゴくカッコいいわね」
「うん」
「いやかっこいいというか不気味というか……」
「お化け屋敷の間違いだろ」
「ブレイド。」
「何でもない」
そうこう話しているうちに館の扉の前までやって来た。アランは金属の呼鈴を鳴らそうとしたが、玄関の鍵が閉まっていないことに気付く。
「おいおい、大丈夫か? 幾ら何でも不用心すぎるだろ」
「おかしいな……いつもは閉まっているのに……」
玄関の扉を開け放つも、誰一人出迎えは居らず。館内は静まり返っていた。
「なにかあったのかしら……」
レベッカの一言が一同の不安を煽る。その時、何かに気付いたアランは四人の見えない所で苦笑を浮かべた。
「アラン、入ってもいい?」
「なにかあったのかもしれないからな」
「あ、ああ。そうだな」
と答えたものの。
「……みんなはこのまま待っていてくれ。オレは裏口から中に入るから」
そう告げるや否や駆け足で裏口に行ってしまった。残された四人は不思議に思いながらも、アランの言いつけ通りに待っていたが。
「……なあ、やっぱり入らないか? こうも静かだと余計に心配だ」
ベルタの提案にそれもそうだと了承。館の中に足を踏み入れた。
──バタンッ。
「!?」
独りでに閉まる玄関の扉。驚くベルタに視線が集まる。
「手繋ぐ?」
「子供扱いするな! 大きな音に驚いただけだ」
「戦ってる時の方が大きな音出てると思うぜ」
「うるさい黙れ」
絨毯の上を歩く足音だけが響く。
「あ、ねえ。ここ入ってみない? 他とは少し扉が違うわ」
「言われてみればそうだな」
取手を握り、中に押し込む。ガチャリと金属音を立てながら、ゆっくりと扉を開け──。
パァン!!
盛大に爆ぜる音が耳を劈く。
何が起こったのかと固まる四人の視界には、ひらひらと舞う色とりどりの紙切れや紙テープ。そして、日差しに照らされた明るい空間で待っていた少女と男性の姿。
「お、遅かったか……」
未だ膠着状態が解けない四人のもとに、別行動を取っていたアランが合流。アランの姿を見つけ、少女アリスはむすっと頬を膨らませた。
「にぃに、どこ行ってたの! びっくりさせようと待ってt」
「アリス。ジイジ。……謝りなさい」
『……』
既に膠着状態が解けた三人が向ける視線の先。呆然とするベルタに気付き、あ。と気まずそうに声を。
「……ごめんなさい」
「申し訳ありません」
申し訳なさそうに謝罪した(セバスチャンに至っては反省しているのか微妙だが)。
太陽が頂上に至るお昼時。
長いテーブルの上に並べられた料理を前に、おおっと声が上がる。
「先程のお詫びで御座います。どうぞ遠慮なさらずに」
『いただきまーす!』
「(来る前から準備してたな絶対……)」
「おや坊ちゃん。何か気になる事でも?」
「……いや、別に。いただきます」
「ほっほっほ」
普段より軽めな朝食に加え、長距離移動。お腹が空いていた彼らは瞬く間にセバスチャンが用意した昼食を食べ終える。
ごちそうさまでした、と声と手を合わせ、空になった食器を片そうとするもセバスチャンがやんわりと制止。
「後片付けは私にお任せ下さい」
「え、でも……」
「オレも手伝うよ。みんなはアリスと遊んではくれないか?」
そう言うならと快く引き受け、アリスと共に食堂を後に。
「有難う御座います、坊ちゃん」
「いやいいよ。結構気合い入れて作ってたみたいだしな」
「おや、バレてしまいましたか」
残ったアランがセバスチャンと共に食器を片していると、見慣れない仔猫の姿が。
「……この猫は?」
「ああ、“スノードロップ”様です。先日の雨の日に、お嬢様が館近くで保護しまして」
「野良猫なのか?」
「いえ、恐らく迷い込んでしまったのかと。主人様に連絡を取っている最中で御座います」
よく見ればふかふかの毛に埋もれるように首輪が見える。なら良かったと笑みを浮かべるアランの前で、セバスチャンはスノードロップを抱えてキッチンへ。大方、餌をあげるのだろう。
「少々お待ちを」
「わかった。まとめておくな」
礼を述べ、キッチンの奥に。その後ろ姿を見つめながら、アランはポツリと。
「……壊れ物のように扱うんだな」
*
「それじゃあ、アリスちゃん。なにして遊ぶ?」
食堂近くの廊下。レベッカは少し屈んでアリスに訊ねる。
アリスはうーんと悩むと、アレにしようと顔を上げた。
「かくれんぼ!」
「えっ、かくれんぼ?」
意外な提案に驚くも、アリスは元気よく頷いて。
「よくじぃじとやってるの。範囲はこの館」
「随分と広いな……」
「別にいいけどよ、俺達が動き回って平気なのか?」
「それは大丈夫! じぃじが危ない場所の扉には鍵を掛けてるから!」
危ない場所があるのか……。
そう思うも口には出さず。楽しそうとヴァニラが溢す。
「なら鬼役を決めないとね」
「鬼は私がやる! だからみんなは隠れて」
いいの? と確認すると、アリスは勿論と腰に手を当てて。
「見つけられる自信あるから!」
「そこまで言うなら勝負といこうじゃねぇか」
「負けないよ!」
ノリノリだなと目を細める。
細かなルールを確認し、その場で解散。サロンに向かったアリスに対抗するため、四人は館の至る場所に散らばった。
「……よし、探しに行こう!」
20分後。椅子に座って足をぶらぶらさせていたアリスは、ぴょんっと椅子を降りてサロンを出発。四人の姿を探す。
そのさらに数分後。
「……」
「……」
「……」
「負けちゃった」
「へっへーん!」
サロンで待っていた敗者組のもとに、アリスに連れてヴァニラも追加。めでたく完全敗北という結果に。
「ヴァニラはどこに隠れてたの?」
「ビリヤードルーム」
「あそこか」
「……の天井」
「天井!?」
上手く隠れたと思ったのにと残念そうな様子のヴァニラに苦笑いしかでない。
「本当に全員見つけてしまったな」
「今度はみんなが鬼でもいいよ? 見つからない自信あるから!」
「うん。今度は負けない」
先程と同じルールを確認し、アリスは軽快にサロンを後にした。
「あ、ここにいたのか」
入れ違いでサロンに入って来たのはアラン。後片付けが終わったようだが、セバスチャンの姿は見えない。
「お疲れ様、アラン。セバスチャンさんは?」
「おやつ作るって言ってキッチンに。アリスの様子を見に来たんだが、アリスは?」
「かくれんぼ中だ。今は彼女が隠れる方になっている」
「さっきは向こうが鬼だったんだがな。四人でも負けた」
そうなのかと笑みを溢す。
「それなら見つけるのも難しそうだな」
「何他人事みたいに言ってんだ、アラン。お前も一緒に探せよな」
「そうね。おやつの時間に間に合わなくなっちゃうわ」
時計を見れば三時のおやつまでもう少し。遅れて夕食がお腹に入らない……なんて事態は出来れば避けたいものだ。
「あ、もう時間になってる」
「手分けして探して見つけるぞ」
「アランも、な」
思わぬ展開に驚くも、彼らと共にサロンを出発。義妹の姿を求めて歩く。
「アラン、お前心当たりとかないのか?」
一度別れたブレイドと鉢合わせる。そう聞かれるが、アランもアリスとのかくれんぼは初めてなので思い当たる節は無く。首を横に振る。
「それなら……アランは昔、ここでかくれんぼとかしたか?」
「小さい頃にしたな。ジイジと2人で」
「ならその時によく隠れてた場所とか、そういうのはねぇの?」
その考えがあったか、と歩き出したアランの後ろについていく。何ヵ所が回った末、アランが扉を開けた先に──。
「見つけた、アリス」
アランとアリスが大好きなセバスチャンの自室。クローゼットを開けた中に、三角座りで収まっていたアリスの姿を見つけた。
「あれっ、にぃに?」
「流石だな、アラン。此処は分からねぇ」
「どういう意味だよ、それは。アリス、ジイジがおやつ作ってくれてるから行こう」
「うんっ!」
「(懐いてんなぁ……)」
その後、おやつを食べ終えると総出で館の仕事をお手伝い。時間が経つのは早いもので、気がつけば窓の外では星が瞬いていた。
*
「ここがオレの部屋だよ」
夕食、そしてシャワーを済ませた四人は、そういえばアランの部屋を知らないことに気づき、見せて欲しいと頼んだ。
アランは四人を自室前に案内し、ドアノブを捻って中へ招く。
「あまり面白いものでもないだろうけど」
中は広く、ゆったりとした雰囲気を持っていた。ロココ調の家具で揃えられ、やっぱりとも言うべきに本棚に本がびっしりと並べられている。
「こんなに広い部屋で暮らしていたんじゃ、拠点の部屋は狭く感じたでしょ」
「士官学校時代は少し思ったが、今はそうでもないな」
「ふーん、成る程な……」
「おい、そこ。タンス開けるな」
「アラン。ここに入ってる手紙ってもしかして……」
「え、嘘だろ……」
「ヤーダー(棒)」
「勝手に開けるな! 見るな!」
わいわいと盛り上がる声は廊下にまで響き、
「……おやおや、楽しそうですねぇ」
近くを通りかかったセバスチャンが微笑んだ。
「じゃあ、おやすみー」
「おやすみ、アラン」
「ああ。おやすみ」
嵐が過ぎ去った後、アランは一人きりとなった自室を見渡した。少し前まではここが帰る場所だったのに、と似たようなことを思いながら寝る支度をする。
その時、コンコンと部屋の扉がノックされる。ブレイド達が忘れ物でも取りに来たのかと考えるも、扉の向こうから聞こえて来たのは予想と違う声。
『にぃに』
扉を開けると、枕を抱えたアリスが俯き気味に立っていた。アランは少し悩みながらも口にする。
「……一緒に寝るか?」
「うんっ」
中断した支度を終え、アリスと一緒にベッドに並ぶ。温かなランプの光が枕元を照らす中、今日起こった事に限らず、様々な話を交わした。
「──それでねっ。じぃじがよく話してくれるお話の本をよんでみたいなって思うんだけど、街の本屋さんにはないみたいなんだ」
「そうなのか……ぁあ、でもあそこにならあるかもな。今度見てくるよ、オレも読んでみたいし。なんて言うタイトルだ?」
「んー、わかんないんだよね」
「なら話の内容はどうだ? オレはあまりお伽話とか聞かなかったから」
「あ、それなら言えるよ! 大好きなお話だもんっ! じゃあ、にぃにの子守唄代わりに聞かせてあげるね」
「ああ」
こほん、と咳払いを一つ。
「『われはなんじにすべてを語らん。語るに足ることわずかなり。』」
一瞬耳を疑ったが、すぐにアリスがたどたどしく物語を語り始めたので安心した。先の言葉はアリスではなく、セバスチャンが使う決まり文句なのであろう。
「……アリス?」
気がつけばアリスは、すぅすぅと寝息を立てて眠ってしまっていた。幸せそうな寝顔に思わず笑みが溢れる。おやすみと一言掛けて、ランプの火を消した。
……。
さっきの言葉……なにか引っかかるな……。
……考え過ぎか。もう寝よう。
*
「お早う御座います、ブレイド様」
翌日。いつもとは違う環境だからか、普段よりもずっと早く(それでも遅い)に目が覚めたブレイド。足を運んだ食堂では、すでにセバスチャンが朝食の準備をしていた。
ブレイドはきょろきょろと辺りを見渡した後、遅れておはようと返す。
「如何されましたかな?」
「あ。いや、アランは──」
「オレが……なんだって?」
今しがた食堂にやって来たアランが不思議そうに小首を傾げる。
「一緒じゃないのか、って思ってな。おはよう」
「おはよう。今日は随分と起きるのが早いな」
「まあな」
「ドヤるな」
ふふふと溢したセバスチャンに気付くと、朝の挨拶を交わして。
「もしかしてもう……作ったか?」
「いいえ、まだです。お待ちしておりましたから、坊ちゃんを」
ほっとするアランに対し、今度はブレイドが首を傾げる。視線を感じてはっと緩んだ頬を戻す。
「(聞いちゃいけなかった会話だったか……)」
何となくそう感じたブレイドに、セバスチャンが声を掛ける。
「ブレイド様も宜しければ御一緒に如何ですか? ね、アラン様」
「まあ、大したことじゃないけどな。ただ作り方を教わりたいだけだし」
ふーんと相槌を打ち、ブレイドは頷いた。
「──では此れより、ジイジによる“エッグベネディクト”お料理教室を始めますよー」
「エッグ……何?」
「エッグベネディクト、で御座います。イングリッシュマフィンと呼ばれる丸いパンに、ベーコンと卵などを乗せたメニューを指します」
「その……エッグ何とかの作り方を教わりたいんだな、アランは」
「覚える気ないだろ……。というか、そのために来たっていうか……」
どういうことだと言いたげなブレイドに、「みんなには言うなよ」と珍しく釘を刺して続ける。
「オレ、このメニュー結構好きでさ。でもレシピ知らないし久しぶりにジイジの食べたくなって……」
「ならばと、御提案させて頂いたのです」
「へぇ、そうだったのか。甘い物が嫌いなのは嫌という程知っていたが、好物もあったんだな」
「な、なんかトゲのある言い方だな」
「受け取り方の問題だろ」
「そうか?」
「では早速作っていきましょうか」
楽しげな話し声がキッチンに響く。
「……成る程。確かにこれは美味そうだな」
ふんわりと甘い卵の匂いが食欲を唆る。調理台の上には、人数分のエッグベネディクトがズラリ。
「後の事は私にお任せ下さい」
「オレも手伝うよ」
「じゃあ俺はヴァニラ達の様子見てくるわ」
アランとセバスチャンは朝食の準備を続け、ブレイドは食堂から離れた。
「ありがとう、ジイジ。レシピまで用意してくれて」
「いえいえ。坊ちゃんのお役に立てたのなら本望です」
そういえばとアランは昨夜の出来事をふと思い出し、盛り付けをするセバスチャンに訊ねる。
「なあ、ジイジ。昨日アリスから聞いたんだが……お伽話の話」
「はい。お嬢様にお話しさせて頂いておりますね」
「その中でえっと……小さな女の子が不思議の国? を冒険する話って……タイトルとかないのか?」
アランに背を向けて作業していたセバスチャンの手が止まる。少しの間を置いて、セバスチャンは普段通りの声色で微笑む。
「……有るにはあるのでしょうが、私も知らないのです」
「ジイジも知らなかったんだな。うーん……じゃあ本も出てないか……」
「本……ですか?」
「ああ、アリスが読んでみたいって」
「そうでしたか」
再開した作業も終わり、セバスチャンはアランを呼ぶ。
「坊ちゃん。そろそろ皆様をお呼びして良いかと」
「わかった。ならオレが行ってくるよ」
「有難う御座います」
アランを笑顔で見送ると同時、白い仔猫がキッチンへ足を踏み入れる。
にゃー、と小さく鳴いたスノードロップに気付き、セバスチャンは笑みを絶やさず。
「お早う御座います、スノードロップ様。朝食の用意は既に整っております」
『……ャロル。キャロル』
セバスチャンの真の名を口にするのは、白い仔猫。
“キャロル”はスノードロップの前で片膝を付く。
「如何なされましたか、“女王陛下”」
手を胸元に添え、そう話しかける。スノードロップはキッチンから飛び出し、食堂にある椅子の上に飛び移る。キャロルもその後を追い、スノードロップの前へ。
「もしや、私特製ねこまんまがお気に召さなかった……」
『違うにゃ。毎日でも食べたい味だったにゃ』
「毎日はいけません。栄養が偏りますので」
『むぅ、キャロルはきびしいのにゃ』
テレパシーを使い、キャロルと会話するスノードロップ。ただの迷い猫、という訳ではないのは明らか。
ゼロ同様、セバスチャンのことを知っている様子。
『……キャロルは、辛くないのかにゃ?』
「何をでしょうか。守るべき場所が有り、仕えるべき方々がいる。此れに辛いも何も有りません」
『キャロルは名前や口調が違ってもキャロルだにゃ』
「お褒め頂き光栄です」
『別に褒めてないにゃ』
その時、スノードロップの耳が足音を捉えた。アラン達がやって来たのだろう。
スノードロップは椅子から飛び降りると、キャロルの横を通りキッチンへ戻る。
『……我は辛いにゃ。御主人やキティが傍にいなくて……寂しいにゃ』
「……」
キャロルはぎゅっと拳を握りしめた。
「あ、おはようございます。セバスチャンさん」
「おはようございます」
「おはよー、じぃじ!」
「皆様、お早う御座います。さあ、此方へ」
*
街から離れた場所に佇む館に、青い装束を纏う少女が二人訪れた。
背が高い方の少女がチャイムに代わる金属の呼鈴を鳴らすと、間も無くセバスチャンが出迎える。
「……お久しぶりです。セバスチャン……さん」
「ご無沙汰しております、ロリーナ様」
寂しげに微笑み返すロリーナの傍ら。すっぽりと小さな体を覆うワンピースの少女がロリーナから手を離し、会釈する。
「はじめまして、イーディスです」
「お初にお目にかかります、イーディス様。セバスチャンと申します」
よく出来たわねとロリーナがイーディスの頭を優しく撫でる。
「ロリーナ様。手紙にありました妹様とは……」
「はい。この子は“三女”になります」
「……そうでしたか」
イーディスは不思議そうに二人を見上げていた。
「……それで、あの子に似た女の子は」
「じぃじ、どうしたの?」
そこに話し声を追って来たアリスが姿を現す。その姿を見たロリーナは、目を大きく見開くと。
「っ……」
「わわっ」
アリスの前に両膝を折り、力強く抱きしめた。
「え、あ、あの、“お姉さん”どうしたの……?」
「……! ご、ごめんなさいっ、私ってば……」
「ううん、平気だよっ」
ロリーナはアリスから離れ、立ち上がる。
「お嬢様、このお方はロリーナ様。そしてイーディス様で有らせられます」
「はじめまして、アリスです!」
「お嬢様。お二人がスノードロップ様の主様なのですよ」
「そうだったんだ! 連絡が取れてよかったね、じぃじ!」
「私達も心配していたの。無事で良かったわね、イーディス」
「うん!」
ロリーナはセバスチャンと視線を交わすと、イーディスとアリスの二人に声を掛けた。
「イーディス。私、セバスチャンさんとお話ししたいことがあるから少しだけ待っててくれる?」
「じゃあその間、一緒に遊ばない? イーディスちゃん」
「うんっ、アリスちゃん!」
「ありがとう、二人とも」
アリスはイーディスの手を引くと館の中へ。何処に居るはずのスノードロップを探しに行く。
「申し訳ありませんが、私の部屋でも宜しいでしょうか?」
「はい」
「有難う御座います。では案内致します」
「どうぞ」
「ありがとうございます」
招かれた自室にて。目の前に置かれた紅茶を一口。その対面にセバスチャンも座り、静寂が流れる。
「……セバスチャンさん」
「キャロルで構いません。呼びにくいでしょう」
「……すみません。何度も手紙を頂いていたのに返事を出さなくって」
「お気になさらないで下さい。私が勝手にした事ですし、今こうして会えただけでも嬉しいのですから」
微笑んで返すも、ロリーナは浮かない顔を浮かべたまま。
キャロルはそっと瞼を閉じる。
「……お嬢様は、見た目こそ“アリス様”に間違いありません。ですが、中身は違う全くの別人。それはきっと、ロリーナ様も感じたのでは?」
「……はい。あの子より少し、幼く感じました」
「ええ。お嬢様は好奇心旺盛で怖いもの知らずではありますが、私でさえビックリするような小難しい本をお読みになられますし」
「ふふっ。あの子とは真逆ですね。あの子は私が何度言ってもお勉強はしないし。……」
一つ。また一つ。
頬を伝う涙が溢れて止まらない。
「でも妹は……“アリス”はとても優しくて、明るくてっ……。みんなの笑顔を見るのが大好きだって……なのにどうして……! アリスは……私の妹はっ……死ななければいけなかったの……!」
「……」
キャロルは椅子から立ち、震えるロリーナの肩にそっと腕を回す。
「泣いて泣いて、泣きまくっても良いのです。抱えている事全て、私に吐き出して下さい。私の分まで……泣いて下さい」
「……本当にすみません。タオルまでお借りしてしまいまして……」
「いえ、お気になさらず」
目や鼻を赤くしたロリーナが謝罪を繰り返す。対してキャロルは柔らかく口角を上げつつ、淹れ直した紅茶を口に運ぶ。
「宜しければ此方もお使い下さい。交互に当てれば、目の腫れに効きますとの事」
「ありがとうございます。……イーディスに気付かれるかしら……」
「私がイーディス様に怒られてしまいますね。『アンタ! わたしのおねえちゃんを泣かせるんじゃないわよ!』と」
ロリーナは小さく吹いてしまった。
「こほっこほっ。……イーディスはそんな子じゃないですよ。キャロルさんは昔からナンセンスに溢れていますね」
「楽しいですから。……それと、私が言うべき事ではありませんが、イーディス様にアリス様の事をお話しされては如何でしょう。何も話してはいないのでは?」
「それは……」
「……」
顔を上げればキャロルと目が合う。キャロルはね? と言いたげに小首を傾げ、微笑む。
「……そうですね、考えてみます。……もう、後悔はしたくないから」
「……そうですね。私もそう思っております」