Five Elemental Story 〜厄災のリベラシオン〜

13話 決意を胸に──激闘



 『はじまりの地』――『再来の象徴ユグドラシル』前。

「おい」

 光聖竜クオラシエルの調子を確認していたエステラはその声に目を大きく見開いた。

「“アイザック”……」

 そこには『中央病院』で治療を受けていたはずのアイザックが、黒影竜ゼドゥーを引き連れて佇んでいた。体の至る箇所に包帯が巻かれているのを見るに万全な状態ではないのだろう。

「オマエ、抜け出して来たのか」
「んなことしねぇよ。急かさせはしたがな」

 大方、剣でもちらつかせて脅したのだろうとエステラは目を細めた。

「手負いのオマエを参加させることは出来ない」
「あの結界の中までは入らないんだろ、なら今の俺にも出来る」
「根拠は?」
「ねぇよ。勘」

 アイザックの愚直な言葉に対し、エステラはふっと笑みを溢した。

「なら気合いを入れろ、アイザック。手助けは出来ないからな」
「元より期待してねぇよ」

 アイザックはエステラから宙に浮かぶ大樹に視線を移す。

「……あいつらにはしてるがな」


 『光明の地』、『光の蜃気楼の塔』上階。
 主であるアルタリアは、その時が訪れるのを静かに待っていた。従者のルシオラも、神妙な面持ちで傍らに控える。
 『再来の象徴ユグドラシル』を覆う結界を破壊するには、五戦神モルスの力が不可欠。他の者も皆、それぞれの塔にて待機している。

「……」

 アランが身につけている髪飾りから応答はない。不安だけが深々と募る。
 無事であることに間違いはない。間違いはないのだが……。

「アルタリア様、通信です」
 ルシオラの声に小さく頷き返す。
「行くぞ」


 突入作戦開始まで残り数分。
 『再来の象徴ユグドラシル』から適度に離れた草原を仮拠点とした戦士達は、作戦の要となる『戦神の勇者隊』の到着まで最終調整を行なっていた。
 そこに、ふらりと現れた少年レイ。ゼロと、彼と話していたキャロルが話しかける。

「良かった。来てくれないかと思ったよ」
「えっ……?」

 びくりと肩を跳ね上がらせたレイは、辺りを忙しなく見渡した。

「いかがなさいましたか?」
「え、いや、あの……」
「……気分が落ち着くハーブティーを淹れましょうか」

 キャロルは微笑みながらレイを天幕まで案内する。

「ハーブティーなんていつの間に用意したんだい?」
「ふふふ、いつも持ち歩いているのですよ」

 席に座らされたレイは眉間に皺を寄せたまま物思いに耽っていた。それを『緊張している』と捉えたゼロは、そっと背中に手を添える。

「自信を持っていいからね」

 ゼロと視線を合わせていたレイは、そっと下に視線を落とした。

「……ここに来た時、僕はひとりでしたか?」

 不思議な質問に小首を傾げながらもゼロは「そうだね」と肯定。

「そうですか……」

 ハーブティーを差し出したキャロルに謝辞を述べ、口にする。

(確か僕はアストラルさんと居たはずなのに、どうしてここに来ているんだろう……思い出せないや……)

 最前線のここへ来ることを、僕は迷っていた。
 アラン君を助けたい気持ちと、足手纏いになるのではという気持ちがあったから。
 今ここで僕ひとりが逃げ出したとしても、結果は変わらないと思った。
 彼らは強くて、それでいて優しいから、僕を守ってしまう。
 それでアラン君を助けられないのなら――僕は僕を許せはしないから。
 でも僕は、ここにいる。
 それはなぜか自分でも分からないけど……。
 もしかしたらそっと背中を押してくれたのかもしれない。
 不甲斐ない僕を生み出した、あの人が。


「アリスちゃん」

 仮拠点から目と鼻の先。草原に座り込むおさげの少女――アリスに、ロリーナが声を掛ける。
 亡き妹と瓜二つの少女は、自身を助けた義兄が囚われている大樹を凝視していた。

「危ないからお姉ちゃんと一緒に向こうで待ってよう?」

 膝を曲げ、手を伸ばすロリーナだったが、アリスの反応はない。

「――」

 かと思えば、ぼそぼそと呟く。

「な、なに? アリスちゃん」

 聞き返したロリーナに、アリスは答えた。
 あどけない少女とも似つかない雰囲気を纏って。

「もうじき『答え』は見つけられる」



「全員揃ったな」

 黄昏が世界に暮れる時間帯を迎え、オレアは集まった全員を見渡す。そこには、“真・究極融合”をその身に体現した『戦神の勇者隊』の姿もあった。

「ほんとに強くなったの、それ」

 衣装チェンジしたブレイドをミリアムが訝しむのも無理はない。平常時より強くなった“気”を感じないからだ。

「『真・究極融合』は“場を選択”します」

 疑問に答えたのはリベリア。

「行使する者が真に力を求める場面でしか発動いたしません」
「能ある鷹は爪を隠すってところだな」

 感心したようにテラが言うと、バラバスは話を戻した。

「私達の竜に乗って向かうという話だが、全員は乗れないぞ」
「そこまで大きいわけじゃねぇしな。2人乗るのが限界だろ」

 出撃メンバーは、ブレイド、レベッカ、ベルタ、ヴァニラ、ゼロ、オレア、レイの計7人。
 対して『守護竜騎士隊』は5人であり、竜に乗れるのは繰り手の彼らの他に1人ということになる。
 そうすると2人余ることになるが――。

「問題ない。俺の飛行ボードであれば2人乗りは可能だ」

 オレアが言う“飛行ボード”がなにか不安ではあるが、問題は解決。あとは組み合わせだ。

「ブレイド。私の後ろ、乗っていいわよ」
「振り落とすなよ」
「ベルタ、一緒に来い」
「! ありがとうございます、兄さん」
「レベッカ! オレがしっかり連れて行ってやるからな」
「ありがとうテラ兄!」

 最早いつもの組み合わせが決まる中、アイザックはヴァニラに声を掛ける。

「お前はエステラの竜に乗せてもらえ」
「……わかった」

 ヴァニラがエステラのもとに駆け寄ったのを見届け、アイザックはレイに振り返るも。

「オレアさん、僕も一緒に乗せてくれる?」
「ああ。構わない」

 レイはオレアとペアを組んだ後であり、残るはゼロのみ。
 幾ら善意とはいえ殺されかけた相手だ。気まずいのは向こうも同様だったようで。

「の、乗せてもらってもいいかな……?」

 アイザックは乱雑に後頭部を掻きむしると、顎で背後を示す。

「乗れよ」

 全員が出発準備が完了し、アッシュはヴァニラに歩み寄る。

「気をつけてな」
「うん。……行ってきます」

 アッシュは微笑み、離れながらエステラに。

「ヴァニラを宜しく頼む」
「任せろ」

 頷いたエステラ達の反対側では、キャロルがブレイドにエールを送っていた。

「皆様の帰りをお待ちしております。……どうかご無事で」
「ああ。必ず戻ってくる。……アランも一緒にな」

 深々とこうべを垂れるキャロルに頷き返したのを合図とし、彼らは地上を離れる。向かうはラフェルトが待ち構える『再来の象徴ユグドラシル』。

「ね、ねえ、これおお落ちない⁇ だだ大丈夫⁇」

 オレアが展開する半透明の板に乗せてもらい飛行するレイは、あらん限りの力で落ちないようオレアの背中に抱きつく。

「問題ない。このボートは風の抵抗も重力の影響も受けないからな。……だからもう少し力を緩めてくれると助かる」
「ご、ごめん……」

 恐る恐る手の力を緩めたレイは、あのさと問いかける。

「オレア君から見て、ラフェルトってどういう人物なの?」
「それは話した通りだ。旧世界を消滅させ、今の時代でも混沌を撒き散らす大罪人。俺達が討つべき、真の“悪”だ」

 怒りを孕んだ瞳を釣り上げるオレアに、レイは掛ける言葉を見つけられなかった。
 オレアはラフェルトを憎んでいる。ゼロもきっと同じだ。彼らはラフェルトを、モンスターと同等に捉えている。自分達と同じ、言葉を交わせる意思がある者であろうが迷いなく殺せるだろう。
 なら、自分達は? きっと出来ない。

(ううん、させたくない。オレアさんにも、ゼロさんにも。だけどもし……もし、そうならなければならないなら……)

 どくんっ――。心臓が、一際大きく波打った。

「どうかしたか?」
「何でもないよ。武者震いかな?」

 笑顔を取り繕うレイに、オレアは「そうか」と軽く微笑むと前を見据えて。

「目標地点に到達。総員、衝撃に備えて停止しろ」

 エステラの指示を受け、彼らはその場で停止。通信機を口元に寄せ、エステラは合図を送る。

「全員配置についた。いつでも行ける」
『――承知した』

 通信機から響くのは、白獅子王アルタリアの声。いつにも増して低い声に気が引き締まる。
 続いて、黒魔王ジェダルも通信に参加。

『我々が結界に穴を開ける。が、もって数秒だ。二度目はないと思え』

 誰もが神妙に頷く。言外に帰る手段はないと言われているが、『世界の再来ラグナロク』さえ止めてしまえばこっちのもの。幾らでも考えられる。

『穴は、そなたらが動きやすいよう最小に抑える! 近づけるところまで近づくのじゃ』

 蒼氷王ミラクロアの言葉に、『守護竜騎士隊』の竜達が咆哮を上げる。気合い充分だ。

『中に入ったらボク達の通信も届かないだろうけど……信じてるから! ミンナが帰ってくるの‼︎』
『くだばるんじゃねーぞ! 絶対だからな!』

 緑狼王ハルドラと赤炎王アンガの激励を胸に。

『では行くぞ――!』

 火炎の地、水凍の地、森林の地、光明の地、夕闇の地。各地方から、赤、青、緑、黄、紫の光柱が天高く昇る。光柱は雲を突き抜けた先でひとつに混じり合い、一直線に『再来の象徴ユグドラシル』を覆うドームに激突する。
 凄まじい衝撃から一同は耐え忍ぶ。やがて、衝撃がほんの僅か和らいだ隙に彼らは急加速。

「行ってこいッッ‼︎」

 ぶん投げられる形で飛び出したブレイド、レベッカ、ベルタ、ヴァニラ、ゼロは穴を潜り抜け。オレアとレイが飛び込んだのを最後に、『五戦神モルス』が開けた穴は再び修復されてしまった。

「頼んだぞ……」



 『再来の象徴ユグドラシル』内部に侵入した一同は、幾つもの太い幹で作られた広間に着地。木々で覆い茂る内部は、ほんのり暗みがかっていた。
 アランはその中央に居た。だが、ブレイド達は駆け寄らない。アランのすぐ側には全ての元凶である――ラフェルトが佇んでいたからだ。

「もう少しゆっくりしていたら、何の痛みもなく終わらせてあげたのに」

 オレアを除いたメンバーはラフェルトと初めて対峙すると言っていい。オレアの話から極悪人と思い込んでいた彼らは、ラフェルトが纏う雰囲気に眉をひそめる。極々平凡な人間と何ら変わらない。浮かべる笑みは友愛を感じさせ、到底大罪人とは思えない……が。

「また、邪魔をするのか」

 向けられた殺意が、暴かれた殺意が。見えない刃となって彼らの肌に突き刺さる。

「でも今度は負けないよ。終わらせてあげる。――“彼”と一緒にね」
『――!』

 ひとひらの青い蝶がアランの体内に吸い込まれる。究極融合、そして白獅子王の加護の姿となったアランは瞬く間に青く染まる。
 地面から《閃光剣・業》にも似た大剣が生まれると、アランは剣を手にし、ブレイド達に向けて“構えた”。

「……」

 開かれた瞳に光はなく、ただ不気味に青い蝶の模様が浮かび上がるだけだった。

「――ねえ。このまま退いてくれるならアランだけは助けてあげるけど?」

 くすくすと笑う声が耳障りに思えた。真っ先に口を開いたのはオレア。

「血迷ったかラフェルト。貴様は何一つ救うつもりなどないくせに」

 ラフェルトは嘆息をもらすと、何処からともなく剣を取り出して。

「……もういい。さっさと終わらせる」

 それが、運命を決する最終決戦の幕開けであった――。


「二手に分かれるぞ! 君達はアランを‼︎」
「分かった!」

 開幕直後、オレアは即座に指示を下す。ブレイド達『戦神の勇者隊』は完全に自我を失っているアランを、オレアとゼロはラフェルトを、それぞれ相手取る。

「アラン……! 今、助けるからな‼︎」

 4人の強い想いが、『真・究極融合』を発動するトリガーとなる。

「初陣がこれだなんて……ね!」

 語尾を強めると同時に、レベッカのスキル【クリティカルヒート】が熱砲剣から放たれる。特殊な植物だからか地面が燃えることはなく、代わりに燃やされたのは地元素に含まれる光のエレメント。直後、アランは【ライトフラッドスラッシュ】を放つも、威力が激減する。難なく回避した一同から飛び出したのはヴァニラ。

「行くよ」

 双剣を構えた彼女は、息つく暇も与えぬ連撃を叩き込む。初めこそ圧倒されていたアランもすぐさま剣を振り払い、ヴァニラを引き剥がす――と入れ違いに。懐に潜り込んだブレイドが、刀を振るう。回避しようとしたアランは体勢を崩した隙を狙い、ベルタがスキルを発動。

「【ブリリアントフリージア】!」

 斧を突き立てた場所から急速に地面が凍りつく。直線上にいたアランの足も凍り、動きが封じられる。
 ――彼らは、初めからアランをいかに足止め出来るかを考えて行動していた。それは誰もが、今戦力を割くべきはアランでなく、ラフェルトだと理解していたから。
 しかしながら、ベルタの氷は呆気なく打ち砕かれる。
 ラフェルトの力を分け与えられたアランはブレイドよりも速く移動――ベルタの腹部に蹴りをめり込ませる。

「ベルタ!」

 間一髪、斧を間に滑り込ませたことで重傷は回避したが。後方へと大きく吹き飛ばされる。

「っ合わせろヴァニラ!」
「わかった」

 兄の言葉に妹が追従する。正面と背後。挟撃を狙う兄妹を、アランは“一振り”で吹き飛ばす。
 スピードも、パワーも。これまでのアランとは桁違い。空中で体勢を整え着地したブレイドの頬を、冷や汗が流れる。



 他方。ラフェルトと対峙するオレアとゼロに、“とある変化”が訪れていた。彼らが纏うエレメントの量は増幅し、スキルも強化されている。――そう、2人はリベリアの力を借りて『究極進化』を果たしていたのだ。ゼロは、ブレイド達の『真・究極進化』にも負けず劣らず進化を果たし。オレアは6つものスキルが発現した。
 それに加え、後方ではレイが2人を援護していた。援護射撃を行う傍ら、必要とあれば回復を行う。ラフェルトという強大な敵を前にたった2人で挑めるのも、ひとえにレイの回復魔法とオレアのスキルがあってこそ。

「【零破斬】!」

 アビリティ【十字架の鎮魂歌】の恩恵を受けた高火力の一撃がラフェルトを襲う。片手剣を構え、受け止めたラフェルトの足元を大きく抉る。

「【メガアクセラレート】!」

 更に控えていた【アサシネーション】が同時発動し、2つ分のスキル攻撃がラフェルトに被弾する。冷静にラフェルトは障壁を展開し、オレアの攻撃を防ぐ。間髪入れず、ゼロは詠唱を奏でる。

「【昏き天に瞬きし聖なる十字架ロザリオよ。我が祈りに応え、我らに光の祝福を、彼の者に光の天誅を下し給え】――」

 急激に高まるエレメントの気配に、ラフェルトは剣から斬撃をゼロに向けて放つ。しかしながら、全てを粉砕しながら進む斬撃はレイの介入によって弾かれる。

「――【聖棺のノーザンクロス】!」
「【セット】!」

 ゼロの最大出力のスキルに合わせ、オレアはラフェルトに“嫌がらせ”を行う。僅かながら行動が制限されたラフェルトを、裁きの十字架の光が貫く。余りの威力にオレアはおろか、離れていたレイも衝撃に見舞われる。
 オレアは目を細める。確かな手応えこそあったが、この程度でやられる相手ではないと経験が警鐘を鳴らしている。ゼロに目配せし、立ち込める硝煙に足を踏み入れた――その時。

「がっ――⁉︎」
「「⁉︎」」

 2人の後方より呻き声が上がる。見れば、レイの首を無傷のラフェルトが片手で掴み上げていた。みるみる首を圧迫される中、ラフェルトは“問いかけた”。

「君はどうして攻撃してこないの?」
「っ……⁉︎」

 空気を碌に取り込めずはくはくと開閉を繰り返すレイの首に、力が込められる。

「そういうの、一番嫌い」
「がはっ‼︎」

 背後から迫るオレアとゼロに瞥見べっけんもくれず、レイを地面に叩きつけ、自身は少し離れた場所にワープして回避。レイの咳き込む声を背中に、労わる余裕もなく両名は駆け出して。
 立ち上がったレイを、直後異変が襲う。

 ――殺しなさい。

「っ……」
「レイ! 大丈夫かッ!」

 突然頭を抑えたレイに反応したのは、離れた場所にいたベルタ。その声が仇となったのか、ブレイドとヴァニラの2人を相手にしていたアランが標的を無防備なレイへと変える。
 攻撃の合間を縫い離脱。一目散にレイと距離を詰め、剣を薙ぎ払う。
 顔を上げたレイの双眸に宿るのは。


 ――『勇士の守護剣パレンティア・ガーディアンソード』。
 アナタの手で、終わらせるのよ。
 大切な人の痛みを。
 この世界を奪われる前に。
 迷うなら私が力をあげる。
 だから私に――任せてちょうだい。


「……!」

 大きく後退させられたアランの手から剣が舞う。
 レイの手に握られていたのは魔導書ではなく――二振りの剣。
 瞬時に剣を呼び戻したアランは、続け様に振るわれた剣撃を剣で迎撃し、距離を置く。

「どうしたのよ、その剣……」

 自身に振り向いたレイの表情に、レベッカは瞠目する。
 灰色から紫紺色へと変化した瞳に光はなく、瞬く間に変幻した服装、愉快げに歪められる唇。
 レベッカの脳裏に過ぎるのは――。

「【ビッグクランチ】」

 突き立てられた片割れが盤面ステージ一辺を破壊する。範囲内に居たブレイド達やアランは直前で離脱し難を逃れたかと思われたが、粉砕した破片を強引に組み合わせた歪な隕石がアランに降り注ぐ。
 ことごとく一掃するアランとの距離を再び詰め、尋常ならぬ強撃と、正確な軌道を持って追撃を行う。
 これがレイ“自身”であったならどれだけ心強かったことか。

「レイ!」

 ブレイドの叫びは届かない。
 精霊神アストラルクイーンの生物兵器と化した彼にあるのは――アラン眼前の敵を撃破することだけなのだから。

「ああもう! 余計なことしやがって‼︎」
「どうするの」
「止めるしかないだろ! あのままじゃあレイがアランを殺しちまう!」

 アランを殺すこと、それすなわち世界滅亡を意味する。
 仲間としても、それだけは絶対に避けたい。
 策も講じずブレイドは飛び出した。向かうはレイの背後。背中に触れたブレイドはそのまま動きを封じようと手を回すも、邪魔をするなとたやすく弾かれる。

「くっ……【フリージア】!」

 入れ違いでベルタが2つの氷雹をアランとレイの間に落とすも、一振りで粉砕される。

「っレベッカ!」

 レベッカは砲台を構えたまま首を横に振る。高火力を誇るレベッカのスキルでは、レイに利用されかねない。意図を察したベルタは悔しげに奥歯を噛み締める。
 そうこうしているうちに、レイは刻一刻とアランを絶命へと導いていく。

「【アストラルバースト】」

 剣から放たれた光線がアランの肩に掠る。感情がないはずのアランも荒く呼吸を弾ませ、汗を滲ませる。幾らラフェルトに強化されたとはいえ体力は変わらない。まともに反撃もできぬまま、レイに追い詰められていく。

「……」

 この状況を良しとしないのはラフェルトも同じだった。彼にとってアランの生存はどうでもいいものではあるが、『世界の再来ラグナロク』をより確実とするためには生きたまま管理するのが好ましい。
 ゼロとオレアの挟撃をワープで回避。ワープ先で片手を翳せば、『再来の象徴ユグドラシル』全体から無数の青い蝶が生み出される。

「──全員防御姿勢を取れ! 爆発するぞッ‼︎」

 オレアの叫びが響いた直後、青い蝶が一斉に爆発する。
 即座にブレイドはヴァニラの腕を取り、風を展開。ベルタもレベッカを庇うように氷の檻を形成する。烈しい爆発に晒されたが軽傷で済んだ。
 爆発による煙が辺りを包み込む。
 訪れる静寂を引き裂いたのは――ゼロの悲鳴にも似た叫び声。

「レイ君ッッッ!」

 直後、ブレイド達の視界が晴れる。
 数歩先にはこちらに背を向けるラフェルトの姿があった。右手に剣を握る彼の左手は前方へと伸びており――おぞましい音を鳴らしながら引く。
 カランッ、と2つの剣が地に転がる。
 血溜まりの上に倒れ込む人の体に、時が止まる。

「っ‼︎」

 髪を逆立てるほど激昂したオレアの一撃を剣で弾き、追撃を躱すべく後方へと退避。その後をオレアが追う中、ゼロはマントを脱ぎ取りながら血を流し続けるレイの傍に。腹部に腕一本分ぽっかりと空いた風穴をマントで抑え、ベルタを呼ぶ。

「回復をっ……早くッ‼︎」

 立ち竦んでいたベルタは走り寄り、治癒能力を持つ氷で傷元を覆う。だが火を見るより重症なのは明らか。効果が出るのが遅いスキルで間に合うかどうか――。
 レイは薄らと灰色の目を開け、その場で停止するアランに手を伸ばして――赤く染まる唇を震わせた。

「……アラン……くん……」


 一粒の涙が、どくんっ、と。
 アランの胸の奥を突き動かす。


「オレは……」


 鬱蒼とした森の中。
 木陰に蹲る少年がぽつりと口にする。

「オレは……誰だ……?」


『L』ife, what is it but a dream?人生は 夢の如しと言えまいか

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