Five Elemental Story 〜厄災のリベラシオン〜
次に目が覚めたとき。アランがいたのは、遥か上空に浮かぶ『
見渡す限り広がるのは、幾本もの太い
(誰もいない……?)
慎重に辺りを警戒しながら、アランは自身を連れて来たであろう青年──『ラフェルト』の姿が見えないことを確認する。
一歩二歩と忍ばせ歩くアラン。
「──どこに行くの?」
「ッ‼︎」
ラフェルトの声が聞こえ、アランは即座に両手剣《閃光剣・業》を構える。
忙しなく辺りを見渡し声の出所を探るアランはふいに、握る剣に重みを感じ正面を振り向く。
「なッ……にして……⁉︎」
戦士としての本能か、かろうじて剣を手放すことはなかった。
青藍色の瞳を細めるラフェルトの腹部を、アランが持つ剣が貫いていた。アランではなく、ラフェルト自身が自らを刺したことに驚愕する。
だが、よく見ると貫かれている腹部は青く発光しており、感触もまるで泥の中に手を入れているようであった。
痛みなど感じないかのようにラフェルトは片笑み、剣に触れる。
すると、腹部を中心に青い光が《閃光剣・業》をじわじわと侵食し始め、反射的にアランが手を離したと同時──柄
(ウソだろ……!)
「そんな
ラフェルトの片手が、アランの胸部に触れる。
先程見た光景と同じように、肉壁をゆうに超えて体の内部に掌がめり込む。
なにかを探るラフェルトの手が
「ああああああああああああッ⁉︎」
耐え難い衝撃が心臓を経由して全身に
アランは残り滓のような力でラフェルトを突き飛ばすと、膝から崩れ落ちる。
「かはっ、げほっっ、ぅぐ……⁉︎」
胃から押し寄せる嘔気を飲み込み、咳き込みながらも必死に息を繋ぎ止めるアランを前に、ラフェルトは軽く息を吐く。
「お願い」
面倒だなと肩をすくめるラフェルトの前に、肥大化した枝に吊るされたアランの体が運ばれる。
アランの集点が合わぬうちに──二度目の衝撃。
「ぁ……?」
ぐぐ、と押し込められる腕に体を巡る血という血が凍りつく。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっ⁉︎」
「……」
首をひねり思案するラフェルトを、第三者の声が呼んだ。
『取り出せそうにないか……。この者ではないのではないか?』
どこからともかく聞こえてくるその声に驚きもせず、ラフェルトは首を横に振って否定。
「たしかに感じるし、掴めてる気もする。だけど上手く取り出せなくて……もう1回」
『その辺りでやめておけ。死んでもらっては困るだろう』
衰弱し切ったアランの様子に、今一度ラフェルトは肩をすくめる。
「脆い体に宿って迷惑だよ」
そう近くの幹に腰を下ろしたラフェルトに『焦る必要はない』と諭す。
『こちらの手元にあらば、取り出さずとも事は成せる。以前のようにはなるまい』
「まだ僕が封印されてたときだっけ、邪魔されたの」
『こちらの準備が整う前にな。……ラフェルト』
「うん。わかってる」
ラフェルトは立ち上がると外を見つめる。
「『僕達』が迎え討つよ。君はそのまま、最後の仕上げに入って」
『ああ。……今度こそ共に見よう。世界の黄昏を』
幾重にも重なる枝の隙間から、ぎょろりと一つ目が覗かせる。
ラフェルトは振り返りその瞳と目を合わせ、小さく頷く。
「世界の再来を、だね。──
*
「『はじまりの地」に住まう全ての人々に告げよ! 今これより『はじまりの地』に立ち入りを禁じ、即刻撤退するようにと!」
『わかりました!』
直属の部下であるルシオラに通信を飛ばしたアルタリアは、次にハルドラとアイコンタクト。
「レイ、アストラルクイーン。我らは一度『ミラージュ・タワー』へと戻る。汝らは先に、アランらと合流を。また後で落ち合おう」
言うが早いか、アルタリアとハルドラは全速力で『ミラージュ・タワー』に飛んでいく。
暫し見つめていたレイの背から、アストラルクイーンが降りる。
「アストラルさん?」
「神殿に戻るわ」
ただ一言言い残し歩いていくアストラルクイーンに背を向け、レイはアラン達との合流を目指す。
「……これでひとまず、遅れを取り戻せそうだ」
【ナンバーズ】の各員に指示を出したゼロの背後からオレアが呟く。
「だが良かったのか? 下手をすれば協力どころか敵対だぞ」
「……
それよりも、とゼロはオレアに振り返る。
「話をしてもらう時間ぐらいはあるよね」
「ああ。俺としても、君達に話を聞いてもらいたいが……」
ちらりと視線を送った先では、アランを除く4人と合流したレイが事の
「そ、それじゃあ、アラン君はあの樹の中に連れて行かれちゃったの……?」
「……そうだ」
悔しげに手を握るベルタに、レイは「そんな……」と呟くことしかできなかった。
ブレイドの表情には翳りが見え、ヴァニラは忌々しげに『
「……もう、ダメなのかしら」
「……うるせぇ」
「でも、」
「『でも』じゃねぇ! 諦めてたまるか! ここで終わるなんて許さねぇ!」
「ブレイド君」
レベッカに叫び散らすブレイドを落ち着かせるように名を呼ぶ。
「ごめんなさい……」
「……悪かった」
互いに俯く2人に、ベルタもヴァニラも眉を寄せる。
嫌な沈黙に耐えきれなくなったレイはついに声を上げた。
「だっ大丈夫だよ! 今までだって、皆は大丈夫にしてきたじゃない! 今回もそう……当たって砕けろってやつだよ!」
「砕けたら駄目だろ。……励まし方下手か」
すぐさまベルタに突っ込まれ、ハッとする。
「く、砕けたら接着剤でくっ付ければ……」
「……なにを言ってるんだ、貴様は」
心なしか彼らの表情が和らいだ気がする。レイはそっと息を吐いた。
「すまないが、少しいいだろうか」
そこへ、タイミングを見極めたオレアが話しかける。レイはオレアの姿に「あっ」と声をもらした。
「さっきの……」
「先刻は世話になったな。……もう一人は?」
「アストラルさんのこと? あの人ならさっき別れたけど……、え〜と……?」
「ん? ぁあ、失礼。俺はオレア。【ダークネスリパルサー】……大昔では【明星の七賢人】と呼ばれていた者の一人」
そうオレアは名乗り、口を開きかけたレイの前に掌を突き出す。
「時間が惜しい。質問を受け付ける前に、まずは俺の話を聞いてもらいたい。少し長くはなるだろうが……『ラフェルト』や『
意を唱える者はいないと判断したオレアは淡々と語り出す。
遥か過去の世界──『旧世界』での出来事を。
*
かつて世界は、大いなる闇に覆われていた。
この世界の創造主によって
『暗黒時代』──人々からそう呼ばれた時代は何十年と続き、希望という希望を摘み取り、世界各地で争いが起きた。
その最中に生まれたのが、【アタラクシア教団】。彼らは『絶望こそが魂を救う』と謳い、僅かな期間で急速に信者を増やしていった。
『ラフェルト』はその教団の幹部であり、教団が信仰する神『深潭王タルタロス』の声を聞き届けることができた“預言者”であった。
「初めこそラフェルトも素直に従っていたようだが、月日が経つにつれ、ヤツの力は増大していった。その原因が『世界の鍵』と呼ばれるものであると判明したのは、【アタラクシア教団】の本部が壊滅した時。密かに『
騒ぎを聞きつけ現場を訪れたオレア達【ダークネスリパルサー】が目撃したのは、跡形もなく消え去った【アタラクシア教団】の神殿跡地に生まれた大穴に佇むラフェルトの姿。彼の傍らには小柄な悪魔の姿をしたなにかが寄り添い、彼の手には黒く発光する小さな鍵があった。
「問い詰める間もなくヤツは攻撃を開始し、俺達は撤退を余儀なくされた。その後、ラフェルトは各地を襲撃して回り、鍵の力を強めていった」
当初、『世界の鍵』は伝承として語られる存在であり、実在しないと謂れていた。世界全土に存在する善と悪の力、それぞれ結集したものが『世界の鍵』と呼ばれ、個々には『白き鍵』と『黒き鍵』と呼ばれる。
「『世界の鍵』の威力は人々の感情によって左右される。……絶望でしかなかったあの時代では、ラフェルトの『黒き鍵』の力は増す一方だった」
そこで、オレア達は賭けにでた。
『
「だが……俺達がやったことは少し遅かった。すでにラフェルトはタルタロスに力を譲渡していたんだ」
結果、ラフェルトを封印することには成功した。
しかし、『
「事情は理解してもらえただろうか」
『
(もしかしてあの時、アイザック君に感じた違和感は……彼の中にラフェルトがいたから……?)
“全くの別人”のようだったのは、間違いではなかったようだ。
真に討つべき相手を見誤ってしまった。激しい後悔がゼロの心中を掻き乱す。
「……つまりアランは、『白き鍵』ってのを持って産まれたためにこんなことに巻き込まれたってわけか」
「そうなるな」
ブレイドの口から嘆息が溢れる。やるせない気持ちなのだろう。
「で、でもさ、止める方法はあるんだよね……?」
「
アランは生きているとわかり、一同の間に安堵が流れる。
「先程、ゼロ殿と少し話をさせてもらった。『
この場から【ナンバーズ】のメンバーが消えたのは、協力者を集うためであった様子。
「俺としては、ここにいるメンバーで乗り込みたいと考えている。戦力は多いほうがいいが、多過ぎてはヤツの思うツボであるからな」
どうだろうか、と尋ねるオレアに【戦神の勇者隊】員は全員了承する。
「君は?」
「僕は……」
レイはすぐに頷くことはできなかった。
オレアはレイの様子に首をかしげていたが、ブレイド達はレイの心情を察する。
「……少しだけ、考えさせて」
「レイ……」
「ごめん、ちょっと行くね。アストラルさんに呼ばれてるから……」
逃げるようにレイはその場を走り去っていく。
「……不思議だね、彼。自信があるように見えれば、ああして迷っている」
「俺の傷も瞬く間に治すほどの力なら、充分渡り合えると思ったのだが」
口々にゼロとオレアが呟くのを他所に、ブレイドは話題を変える。
「それで、具体的にはどうすんだ?」
「今、『
「皆にはそれぞれ、事を成せる人材を訪れてもらってはいる。……受け入れてもらえないかもしれないけど」
「ゼロ殿が云う協力者が出揃い次第、アタック開始だ」
その時、彼らの耳に馬の
手綱を握るのはキャロル。その後方には、リベリアの姿があった。
「お待たせしました皆さん! ようやく『
流れるように白馬から飛び降り、リベリアはブレイド達4人の前に立つ。
「ホントですか⁉︎」
「ええ! その名も『真・究極融合』! 究極融合の進化版であり、スキル、アビリティともに高い値を誇ります! しかも試練はありません‼︎」
興奮した様子で『英知の本』を捲るリベリアに戸惑いを隠せない。
「ま、まあ、試練がないのはいいんじゃないか? ……多分」
「その代わりといってはあれですが、条件が厳しめです。ですが皆さんなら問題ないでしょう。与えられた力に
覚悟は、とうの昔に決まっている。
後悔はきっとしない。
「頼む」
「お願いします」
「うん。お願い」
「リベリアさん。お願いします」
4人の勇者達に、リベリアは大きく頷いてみせた。
刻一刻と迫る決戦の刻。
両者に出揃う勝利への駒。
かの地にて、全てが決まる──。