Five Elemental Story 〜厄災のリベラシオン〜
──時は来た。
今こそ、黄昏が世界に暮れる。
お待たせ、
最後の仕上げに取りかかるね。
*
「、アルタリア様?」
足を止めたアルタリアに一同が振り向く。
アルタリアは遠目に聳える『
「すまん、先に行ってくれ。後から向かう」
「わ、わかりました」
「ボクも残るよ〜。またあとでね〜」
手を振って見送ったハルドラはアルタリアに振り仰ぎ、険相な面持ちの彼女に小首をかしげる。
友人であるアルタリアが考えていることを、ハルドラは分かるようでわからない。
それでも、彼らの為に彼らを見送った、のは理解していた。
長いようで短い時間を、静寂が流れる。
「貴女達、ここでなにをしているの」
声の出どころである背後を振り返ると、2人は揃って目を見張る。
「アストラルクイーンっ……なぜここに」
「それよりもさ〜……なんでレイくんにおぶってもらってるの〜?」
「質問に質問で返さないでちょうだい」
アストラルクイーンを背負うレイは、疲弊しきっているのか肩で息をしている。
「アストラルさんって意外と重……あいたーッ!」
「いいから黙って言うこと聞きなさい」
手刀を入れた手を摩るアストラルクイーンの態度に、アルタリアは咳払い。
「してレイ、どうして彼女と一緒にいるのだ? さっきまでは我らと共にしていただろう」
「あっ助けてくれないんすね。実は……」
レイはアストラルクイーンが保護していた青年を治療。その青年はすぐに目を覚ましたが走り去ってしまい、方向が同じだった為に追っていたのだと説明した。
「で。貴女達は?」
「ボクはアルタリアが止まったから一緒に居ただけだよ」
「我はだな……」
アルタリアが口を開いた──その直後。誰もが視界の奥で蠢いた影を目に止める。
「『
信じられないといったように、無意識下の呟きがレイの唇からこぼれ落ちた。
*
ゼロに会いに、【ナンバーズ】の拠点へ向かう一行。
あと少しといったところで目的の人物──ゼロと【ナンバーズ】のメンバー達が一行の周囲を固めた。
「僕達に残された時間はもうない。アラン、君にはここで死んでもらう」
「お待ちくださいゼロ殿、私らは──」
「──構えろ。殺されたくなければ!」
説得すら許さぬ気迫に押され、キャロルは唇を真一文字に結ぶ。
取りつく島もないゼロの様子に、話し合いをするつもりであった一行はたじろぐ。
その中でアランは、何も言わず、静かに、“閃光剣・業”を
「アラン待って! ホンキなの⁉︎」
「彼らにはあっても、私達に戦う理由はないはずだ」
レベッカとベルタの制止ともとれる言葉に、アランは正面を見据えたまま軽く首を横に振る。
「それじゃあダメだ。戦って、勝たないと、話を聞いてももらえない」
だから。
「アナタに、一対一の決闘を申し込みます」
『⁉︎』
「オレが勝てたら、話を聞いてもらいます」
ばっと周囲の視線が集う中、問うようにこちらを
「いいよ、受けてたとう。勝敗は……君を殺せたら勝ち」
「……オレのほうは、アナタに一度でも攻撃を与えられたら」
アランが提示した条件は一見、簡単な話かもしれない。
だがゼロの条件を言い換えれば、ゼロはどんな手を使ってもアランを殺せれば勝ちだということ。
加えて、アランはゼロの力量を図りきれていない。先の戦いでも、ゼロは本気で戦ってなどいないからだ。つまりこの戦いは、ゼロ有利のものである。
改めてゼロは「決まりだね」と参加の意を表明し、ウノを始めとする【ナンバーズ】に告げる。
「この戦いに手を出すことを禁じる。各員、持ち場を離れるな」
淡々と事が進む様子を横目に、キャロルは「アラン様」と不安げに名を呼ぶ。しかしながら、返ってきたのは沈黙。
殺される覚悟を持って挑もうとするアランは本気だ。もはや、誰にも止められはしない。
砂利を踏み、戦闘態勢を縫い直す。
アランが勢いよく駆け出したのを合図に──戦闘が開始された。
戦局は──ゼロ優位で進んだ。
二振りのレイピアから繰り出される猛攻は的確で隙がなく、かつ適度な重さであり、アランはすぐに防戦一方に追い詰められる。到底反撃どころの話ではない。
時に頬を、腕を、腿を切り裂かれながらも必死に耐え忍ぶアランの姿に──ブレイドは困惑にも、疑問ともとれない想いを抱く。
冷静に敵の力量を判断し、行動ができる彼なら気づいているはず。隙が大きい分威力が高い
(アラン……お前は一体、『何者』になろうとしているんだ……?)
ゼロもブレイド同様、アランの振る舞いに違和感を感じていた。が、
(なにを考えていようと、戦闘が伸びるだけ
ゼロは一度アランと距離を置き、エレメントの力をレイピアに注ぎ始める。
「【昏き天に羽ばたく聖なる
詠唱に合わせ、
「──【聖光のノーザンクロス】‼︎」
レイピアから放たれた十字の斬撃がアランを襲う。
「ぐううううッ‼︎」
“閃光剣・業”を盾代わりに受け止めるも、強烈な威力を前に少しずつ後退させられる。徐々に斬撃の威力も落ち、完全に防ぎ切った──。
「アランッッ‼︎」
悲鳴に近いレベッカの声は、衝撃音に阻まれた。
ゼロのレイピアに難なく弾き飛ばされた大剣は宙を舞い、同時に、武器を失い無防備なアランに左手のレイピアを突き出す。
アランの“死期”を悟った仲間達が、ルールを無視して走り出すも、誰かの手が届くよりも先に──ゼロのレイピアが、振り翳される。
吸い込まれるようなほど真っ直ぐな瞳に見つめられながら。
*
ポタポタ、と。僅かな血溜まりが土に広がる。
展開された光景に、ゼロまでもが絶句していた。
アランは斬られる寸前、突き出されたレイピアを右手で受け止めていたのだ。
「ぐっ……ぁあああああッッ‼︎」
腹の底から咆哮を引き摺り出しながらレイピアが刺さる
あまりの奇行に狼狽えるゼロを引き寄せ、強く握りしめた左手でその顔を──“ぶん殴った”。
アランの全力一撃は凄まじく、ゼロを軽く吹き飛ばすほどであった。
はぁはぁと苦しげに息を繋ぎながらレイピアを一思いに抜き取る。すかさずベルタが傷口を治療した。
アランはずきずきとした痛みに耐え、頬を抑え俯くゼロを見据える。
『一度でもゼロに攻撃を与えられたらアランの勝利』──そう決められたルールに則り、勝敗は決した。
なおも沈黙するゼロはやがて、充血した瞳を大きく見開き、衝動的に叫び散らす。
「君になにがわかるッ! 自分の目の前で、人も、大地も……全てが例外なく消える光景を目の当たりにする恐怖をッ! 生きていてもッ、最後は塵のように一瞬で全部消える‼︎ その恐怖に怯えながら生きる毎日を!」
当たり散らすゼロの表情は、普段の
ゼロはレイピアを離した手をアランの両肩に乗せ、悲愴な顔つきで呟く。
「だからっ……もう起こしたくない……もう……見たくない……お願いだから……」
弱々しく肩を揺さぶられる。
アランは一度視線を地面に落としたあと、ゼロを真っ直ぐと見上げた。
「アナタの悲しみを、オレは理解することができません。でも……その覚悟には、覚悟を持って応えたい」
どくどくと波打つ生命の鼓動を掌で感じ取り、息を吸い込む。
「──“そのとき”がやって来たなら、オレを殺してください」
これまでに聞いたなによりも重く思えた言葉だった。
「それまではどうか、
ゼロはアランに目を見開いたまま、そっと肩から手を離す。
「参ったな……さっきまでとは別人じゃないか」
ゼロの顔からはアランに対する殺意は消え、代わりに信頼を滲ませた。
「……わかった。君の言う通りにしよう」
敵意が完全に消えたことで、アラン達の張り詰めていた気が緩む。
ようやく話を聞けるようになり、早速訊ねようとした時。
「──その者を殺す必要はない」
彼らの後方より声が飛んだ。一同の視線を集めながら、ローブを着込んだ男は眼鏡を指で持ち上げる。
「横から失礼。俺はオレア。君達に真実を伝えにきた」
*
「ゼロ……といったか、君はどうして彼を殺そうとしているんだ?」
そうオレアと名乗る男は問いかけるも、すぐに言い直す。
「いや、違うな。『
『
だがゼロは、正直に答えた。
「……頼まれたからだよ、あの樹に。……無事に目を覚ましたあと、『世界の鍵』を持つ存在を見つけてほしい。今度こそ完全な『
彼らは、アランの中に眠る力が『世界の鍵』と呼ばれるのだと察する。しかしながら、“あの樹”──恐らく『
オレアは「なるほど」と軽く頷き、
「それで
と告げる。
これにはゼロも
「勘違いとはどういう意味かな」
「『世界の鍵』を保有するのは、そこにいる彼だけではない。寧ろ彼の力は今の世界……“新世界”とでも呼ぼうか、新世界において新たに生まれた力だ。──鍵の使い手はもう1人いる。ヤツこそ、『
オレアの険しい顔つきに、ゼロは彼の話を受け入れざる終えなかった。
「その者はどこに⁉︎」
「俺も今追っているところだ。ヤツは俺達の封印から逃れたあと、どこかでエレメントを回復しているはず。何とかして『
独り言を呟いていたオレアは、ちらりとアランを見遣る。
「アラン……といったな、君の周囲で不可解な出来事はなかったか? 青い蝶を見たとか……」
「青い蝶? 見てないですね……」
「そうか」
「あのオレアさん、『世界の鍵』って一体──」
──刹那。凄まじい震動が彼らもろとも大陸中を襲った。
太陽と重なり、広範囲が影で覆われる。滝のように水を流しながら、竜にも負けない
まるで籠のようにも見える姿へと切り替わり、『
「まずい……このままでは、またヤツらに世界が消される! アラン!」
振動が収まるが早いか、オレアはアランに振り返り──
アランの近くに舞い降りた『青い蝶』は瞬く間に光を帯び、波紋状に衝波を放つ。
衝波に全員が吹き飛ばされ、残ったアランの手を掴んだのは──青い蝶と同じ瞳を持った青年。
「オマエは……?」
「迎えにきたよ、アラン」
人当たりの良い笑みを浮かべる青年に、思わず手を振り払うのを忘れてしまう。
「ラフェルトォオオオオオオ!」
オレアの声が、オレアのナイフが、彼らに届くより先に。
アランを連れて、“消えてしまった”。