Five Elemental Story 〜厄災のリベラシオン〜


 ──時は来た。
 今こそ、黄昏が世界に暮れる。

 お待たせ、タルタロスアトラト
 最後の仕上げに取りかかるね。


11話 黄昏が世界に暮れる



「、アルタリア様?」

 足を止めたアルタリアに一同が振り向く。
 アルタリアは遠目に聳える『再来の象徴ユグドラシル』に目を細め、視線を留める。

「すまん、先に行ってくれ。後から向かう」
「わ、わかりました」
「ボクも残るよ〜。またあとでね〜」

 手を振って見送ったハルドラはアルタリアに振り仰ぎ、険相な面持ちの彼女に小首をかしげる。
 友人であるアルタリアが考えていることを、ハルドラは分かるようでわからない。
 それでも、彼らの為に彼らを見送った、のは理解していた。
 長いようで短い時間を、静寂が流れる。

「貴女達、ここでなにをしているの」

 声の出どころである背後を振り返ると、2人は揃って目を見張る。

「アストラルクイーンっ……なぜここに」
「それよりもさ〜……なんでレイくんにおぶってもらってるの〜?」
「質問に質問で返さないでちょうだい」

 アストラルクイーンを背負うレイは、疲弊しきっているのか肩で息をしている。

「アストラルさんって意外と重……あいたーッ!」
「いいから黙って言うこと聞きなさい」

 手刀を入れた手を摩るアストラルクイーンの態度に、アルタリアは咳払い。

「してレイ、どうして彼女と一緒にいるのだ? さっきまでは我らと共にしていただろう」
「あっ助けてくれないんすね。実は……」

 レイはアストラルクイーンが保護していた青年を治療。その青年はすぐに目を覚ましたが走り去ってしまい、方向が同じだった為に追っていたのだと説明した。

「で。貴女達は?」
「ボクはアルタリアが止まったから一緒に居ただけだよ」
「我はだな……」

 アルタリアが口を開いた──その直後。誰もが視界の奥で蠢いた影を目に止める。

「『再来の象徴ユグドラシル』が宙に浮いた……⁉︎」

 信じられないといったように、無意識下の呟きがレイの唇からこぼれ落ちた。



 ゼロに会いに、【ナンバーズ】の拠点へ向かう一行。
 あと少しといったところで目的の人物──ゼロと【ナンバーズ】のメンバー達が一行の周囲を固めた。

「僕達に残された時間はもうない。アラン、君にはここで死んでもらう」
「お待ちくださいゼロ殿、私らは──」
「──構えろ。殺されたくなければ!」

 説得すら許さぬ気迫に押され、キャロルは唇を真一文字に結ぶ。
 取りつく島もないゼロの様子に、話し合いをするつもりであった一行はたじろぐ。
 その中でアランは、何も言わず、静かに、“閃光剣・業”を顕現けんげんし、両手で構えの姿勢を取った。

「アラン待って! ホンキなの⁉︎」
「彼らにはあっても、私達に戦う理由はないはずだ」

 レベッカとベルタの制止ともとれる言葉に、アランは正面を見据えたまま軽く首を横に振る。

「それじゃあダメだ。戦って、勝たないと、話を聞いてももらえない」

 だから。

「アナタに、一対一の決闘を申し込みます」
『⁉︎』
「オレが勝てたら、話を聞いてもらいます」

 ばっと周囲の視線が集う中、問うようにこちらを睥睨へいげいするアランに目を細め、軽く頷いた。

「いいよ、受けてたとう。勝敗は……君を殺せたら勝ち」
「……オレのほうは、アナタに一度でも攻撃を与えられたら」

 アランが提示した条件は一見、簡単な話かもしれない。
 だがゼロの条件を言い換えれば、ゼロはどんな手を使ってもアランを殺せれば勝ちだということ。
 加えて、アランはゼロの力量を図りきれていない。先の戦いでも、ゼロは本気で戦ってなどいないからだ。つまりこの戦いは、ゼロ有利のものである。
 改めてゼロは「決まりだね」と参加の意を表明し、ウノを始めとする【ナンバーズ】に告げる。

「この戦いに手を出すことを禁じる。各員、持ち場を離れるな」

 淡々と事が進む様子を横目に、キャロルは「アラン様」と不安げに名を呼ぶ。しかしながら、返ってきたのは沈黙。
 殺される覚悟を持って挑もうとするアランは本気だ。もはや、誰にも止められはしない。
 砂利を踏み、戦闘態勢を縫い直す。
 アランが勢いよく駆け出したのを合図に──戦闘が開始された。


 戦局は──ゼロ優位で進んだ。
 二振りのレイピアから繰り出される猛攻は的確で隙がなく、かつ適度な重さであり、アランはすぐに防戦一方に追い詰められる。到底反撃どころの話ではない。
 時に頬を、腕を、腿を切り裂かれながらも必死に耐え忍ぶアランの姿に──ブレイドは困惑にも、疑問ともとれない想いを抱く。
 冷静に敵の力量を判断し、行動ができる彼なら気づいているはず。隙が大きい分威力が高いアラン自分の戦い方は、スピード重視のゼロと単騎で戦うには不利である、とわかるはずなのに。

(アラン……お前は一体、『何者』になろうとしているんだ……?)

 ゼロもブレイド同様、アランの振る舞いに違和感を感じていた。が、

(なにを考えていようと、戦闘が伸びるだけ機会チャンスを与えてしまう。ならば……!)

 ゼロは一度アランと距離を置き、エレメントの力をレイピアに注ぎ始める。

「【昏き天に羽ばたく聖なる十字架ロザリオよ。我が謳いし賛美に応じ、彼の者に天罰を下し給え】──」

 詠唱に合わせ、金色こんじきの瞳が開眼する。

「──【聖光のノーザンクロス】‼︎」

 レイピアから放たれた十字の斬撃がアランを襲う。

「ぐううううッ‼︎」

 “閃光剣・業”を盾代わりに受け止めるも、強烈な威力を前に少しずつ後退させられる。徐々に斬撃の威力も落ち、完全に防ぎ切った──。

「アランッッ‼︎」

 悲鳴に近いレベッカの声は、衝撃音に阻まれた。
 ゼロのレイピアに難なく弾き飛ばされた大剣は宙を舞い、同時に、武器を失い無防備なアランに左手のレイピアを突き出す。
 アランの“死期”を悟った仲間達が、ルールを無視して走り出すも、誰かの手が届くよりも先に──ゼロのレイピアが、振り翳される。
 吸い込まれるようなほど真っ直ぐな瞳に見つめられながら。



 ポタポタ、と。僅かな血溜まりが土に広がる。
 展開された光景に、ゼロまでもが絶句していた。
 アランは斬られる寸前、突き出されたレイピアを右手で受け止めていたのだ。

「ぐっ……ぁあああああッッ‼︎」

 腹の底から咆哮を引き摺り出しながらレイピアが刺さるてのひらを押し込み、つかを握るゼロの手を掴む。
 あまりの奇行に狼狽えるゼロを引き寄せ、強く握りしめた左手でその顔を──“ぶん殴った”。
 アランの全力一撃は凄まじく、ゼロを軽く吹き飛ばすほどであった。
 はぁはぁと苦しげに息を繋ぎながらレイピアを一思いに抜き取る。すかさずベルタが傷口を治療した。
 アランはずきずきとした痛みに耐え、頬を抑え俯くゼロを見据える。
 『一度でもゼロに攻撃を与えられたらアランの勝利』──そう決められたルールに則り、勝敗は決した。
 なおも沈黙するゼロはやがて、充血した瞳を大きく見開き、衝動的に叫び散らす。

「君になにがわかるッ! 自分の目の前で、人も、大地も……全てが例外なく消える光景を目の当たりにする恐怖をッ! 生きていてもッ、最後は塵のように一瞬で全部消える‼︎ その恐怖に怯えながら生きる毎日を!」

 当たり散らすゼロの表情は、普段の飄々ひょうひょうとした態度からは想像できないぐらい歪み、【ナンバーズ】の面々でさえ驚きが隠せない。
 ゼロはレイピアを離した手をアランの両肩に乗せ、悲愴な顔つきで呟く。

「だからっ……もう起こしたくない……もう……見たくない……お願いだから……」

 弱々しく肩を揺さぶられる。
 アランは一度視線を地面に落としたあと、ゼロを真っ直ぐと見上げた。

「アナタの悲しみを、オレは理解することができません。でも……その覚悟には、覚悟を持って応えたい」

 どくどくと波打つ生命の鼓動を掌で感じ取り、息を吸い込む。


「──“そのとき”がやって来たなら、オレを殺してください」


 これまでに聞いたなによりも重く思えた言葉だった。

「それまではどうか、あらがわせてください。自分に課せられた運命を打ち砕くために」

 ゼロはアランに目を見開いたまま、そっと肩から手を離す。

「参ったな……さっきまでとは別人じゃないか」

 ゼロの顔からはアランに対する殺意は消え、代わりに信頼を滲ませた。

「……わかった。君の言う通りにしよう」

 敵意が完全に消えたことで、アラン達の張り詰めていた気が緩む。
 ようやく話を聞けるようになり、早速訊ねようとした時。

「──その者を殺す必要はない」

 彼らの後方より声が飛んだ。一同の視線を集めながら、ローブを着込んだ男は眼鏡を指で持ち上げる。

「横から失礼。俺はオレア。君達に真実を伝えにきた」



「ゼロ……といったか、君はどうして彼を殺そうとしているんだ?」

 そうオレアと名乗る男は問いかけるも、すぐに言い直す。

「いや、違うな。『世界の再来ラグナロク』に必要な鍵はアランであると、どうしてわかるんだ?」

 『世界の再来ラグナロク』という単語がオレアの口から出てきたことに一同は不審に思う。
 だがゼロは、正直に答えた。

「……頼まれたからだよ、あの樹に。……無事に目を覚ましたあと、『世界の鍵』を持つ存在を見つけてほしい。今度こそ完全な『世界の再来ラグナロク』とするために……とね」

 彼らは、アランの中に眠る力が『世界の鍵』と呼ばれるのだと察する。しかしながら、“あの樹”──恐らく『再来の象徴ユグドラシル』のことだろう──が、“頼む”の理由はわからなかった。
 オレアは「なるほど」と軽く頷き、

「それで勘違い、、、をしてしまったのだな」

 と告げる。
 これにはゼロもまなじりを釣り上げたまま、冷静に返す。

「勘違いとはどういう意味かな」
「『世界の鍵』を保有するのは、そこにいる彼だけではない。寧ろ彼の力は今の世界……“新世界”とでも呼ぼうか、新世界において新たに生まれた力だ。──鍵の使い手はもう1人いる。ヤツこそ、『世界の再来ラグナロク』を引き起こす“元凶”だ」

 オレアの険しい顔つきに、ゼロは彼の話を受け入れざる終えなかった。

「その者はどこに⁉︎」
「俺も今追っているところだ。ヤツは俺達の封印から逃れたあと、どこかでエレメントを回復しているはず。何とかして『再来の象徴ユグドラシル』に向かう前に捕らえておきたいが……」

 独り言を呟いていたオレアは、ちらりとアランを見遣る。

「アラン……といったな、君の周囲で不可解な出来事はなかったか? 青い蝶を見たとか……」
「青い蝶? 見てないですね……」
「そうか」
「あのオレアさん、『世界の鍵』って一体──」

 ──刹那。凄まじい震動が彼らもろとも大陸中を襲った。
 太陽と重なり、広範囲が影で覆われる。滝のように水を流しながら、竜にも負けない巨躯きょくこずえが地底から離れ、内側に大きくしなる。
 まるで籠のようにも見える姿へと切り替わり、『再来の象徴ユグドラシル』は宙に浮いた。

「まずい……このままでは、またヤツらに世界が消される! アラン!」

 振動が収まるが早いか、オレアはアランに振り返り──瞠目どうもくする。
 アランの近くに舞い降りた『青い蝶』は瞬く間に光を帯び、波紋状に衝波を放つ。
 衝波に全員が吹き飛ばされ、残ったアランの手を掴んだのは──青い蝶と同じ瞳を持った青年。

「オマエは……?」
「迎えにきたよ、アラン」

 人当たりの良い笑みを浮かべる青年に、思わず手を振り払うのを忘れてしまう。

「ラフェルトォオオオオオオ!」

 オレアの声が、オレアのナイフが、彼らに届くより先に。
 一笑いっしょうした青年は、ひゅっと風が蝶を攫うように。


 アランを連れて、“消えてしまった”。


『I』n a Wonderland they lie,不思議の国に 横たわり
『D』reaming as the days go by,夢を見る 月日が流れていく如く


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