Five Elemental Story 〜厄災のリベラシオン〜
「われはなんじにすべてを語らん。語るに足ることわずかなり。」
老執事/老騎士は語る。
全ての始まりである少女、『アリス』のことを──。
*
「この大陸のどこかには、地下の国に続く穴がある」
「『遅刻遅刻』と慌てん坊のウサギさんのあとを追いかけ、迷いなく穴に飛び込んだ勇気ある者が辿り着く世界」
「不思議の国、“ワンダーランド”」
「地上での常識は何ひとつ通用しない。住人達は皆、意味のない行動を繰り返すばかりな世界を」
「『アリス』は冒険するのでした」
(この話は……)
それは以前、仲間達を連れて実家に帰省した日。
ただ一つ異なるのは、主人公の少女が『アリス』という名に置き換わっていること。
キャロルの語りは続く。
「『アリス』は赤いバラが美しい庭で、ハートの王様と女王様と出会います」
「そこには、追いかけていたウサギさんの姿もありました」
「女王様は『アリス』に尋ねます『おまえ、クロッケーができるか?』」
「『アリス』は興味津々に女王の行列に加わります」
はたして、自分達が聞かされているのは“
ある者は『アリス』の感情に寄り添い。
ある者は『アリス』の反応を見守る。
「女王様は叫びます。『このチビの首をちょん切れ!』」
「『アリス』は『あなたなんて平気よ』と返したあと、叫びました」
「『あなたたちみんな、ただのカードじゃないの!』」
「その瞬間、トランプのカード達は残らず『アリス』の頭上に降りかかってきました」
「『アリス』は懸命に叩き落とそうとしたところで──夢から目覚めたのでした」
「──そして。『アリス』の冒険は続く」
物語は、別の
「次に『アリス』が迷い込んだのは“鏡の国”」
「そこはチェスの駒らが生き生きと動き、常識は全て“反対”。進みたい方向は反対から、止まり続けるには全速力で走らなければならない」
「不思議の国と似ているようで、全く違う鏡の国を『アリス』は巡ります」
「全ては、女王となるために」
キャロルは瞼を閉じる。
「『アリス』はいよいよ、女王となる手前のマスまで進みます」
「そこで出会った“白の騎士”と一緒に、森の中を進んで行きます」
「騎士を見送り、丘を駆け降りた先──小川をポーンと飛び越え、『アリス』は女王となるのです」
キャロルは瞼を開いた。
それが物語の終わりの合図なのだと、彼らは察する。
「……ここまでのお話しは全て事実。人知れず紡がれた少女『アリス』の物語です」
キャロルはその双眸を輝かせながら、終始笑みを浮かべて語り終えた。
まるで彼自身が、『アリス』の物語の1ファンだと言いたげに。楽しんでいる。
「私達は“悲しみ”を理解出来ませんでした。常に考えることなく、ただ騒ぎ、ただ踊り、ただ日々を過ごす“喜び”を繰り返す。そのことに疑問を抱くことはありませんでした。……
キャロルは赤裸々に己が『アリス』に抱く想いを綴る。
「笑ったり、怒ったり、泣いたりと忙しい彼女と過ごすうちに。私達も彼女同様“意味”を持って、笑ったり、怒ったり、泣いたりと。それまで決して味わうことのなかった常識に触れた。それは私達にはない未知であり、与えてくれた彼女を私達は歓迎したのです」
そして、彼らは地下から地上へと一歩踏み出した。
『アリス』のような冒険をしてみたい。誰もが胸の中にそんな気持ちを抱いて。
ですが、と。
一転、キャロルは悲愴な面持ちへ。
「本物の太陽のもと、この大陸で暮らし始めた日々は実に充実しておりました。時には痛手を負いながら、生というものを享受していた頃です。──ゼロ殿と出会ったのは」
『⁉︎』
「いえ……正しくは、ゼロ殿が私のもとを訪れたのは、でしょうか。ゼロ殿がまことに用があったのは私ではなく『アリス』……彼女でしたが、まだ幼い彼女に告げられるような内容ではないと判断し、彼女と親しい私に打ち明けた」
『世界は近いうちに跡形もなく消滅する。
アリスが死なない限り、それを阻止することは出来ない』
『アリス』は、アランと同じ立ち位置に立たされていたのだ。
「疑いはしました。彼女に対し、恨み辛みがあるのではないかと。……きっと今のゼロ殿なら、ここで終わっていたでしょうが。当時のゼロ殿の話には続きがありました」
『だけれど、僕は誰にも犠牲にはなってほしくない。どうにかして止める方法を見つけたい。一緒に探してはくれないか』
驚いた。あのゼロが昔、そんな気持ちを抱いていたなんて。
「あの頃のゼロ殿は“1人”でした。『ナンバーズ』なんてものはなく、私に協力を持ちかけておきながら、お一人でどうにかしようとなさっていた。彼を突き動かすのが執念であろうと、私は我慢ならなかった。なにより、世界に彼女を奪われることを許せなかった私は、鏡の国ならず不思議の国の住民まで巻き込んで、犠牲なくして世界を救う方法を探しました」
皆が皆、世界が消滅しようと構わない連中であった。
だが、皆が皆。『アリス』を愛していた。
「私は時を見計らい。『アリス』様、そして姉君のロリーナ様にお話いたしました」
取り乱したのはロリーナの方だった。
当の本人は、腰に両手を当てにっと口角を上げた。
「『私なら大丈夫!』。その言葉に、私は
そして迎えた運命の日。
酷く冷え込んだある春の日、アリスは──。
「……」
結末が語られることはなかったが、誰もが正しく理解していた。
アリスは皆を守るために、自ら犠牲になったのだ。
誰もが亡きアリスを想い、悲しみを引き摺る中。ゼロとキャロルは次の一手へと目を向けていた。
「……歴史は繰り返される。そう感じた私とゼロ殿は二手に分かれ、来る日も来る日も大陸中を巡りました。恐らく現れるであろう、『アリス』様と同じ運命を背負わされる人物を」
そうして、見つけたのです。
キャロルはアランを見据え、アランに向けて語る。
「産まれたばかりの貴方をこの腕に抱いたとき、私の中にはある感情が芽生えていました。“この子が生きる楽しさを知る前に、この手で葬ってしまおうか”。その為に奔走していたと言ってもいい」
つい先刻、ゼロがアランに暴露した『自分を殺そうとしていた』言葉と繋がる。恐らくゼロもそのつもりだったのだろう。もし先にゼロが自分を見つけていたら、きっとアランはここにいない。
「ですが……私は甘かった」
そうキャロルは微笑む。まるで後悔していないと言わんばかりに。
「貴方に笑顔を向けられ、小さな手を差し伸べられた瞬間。私は光を見ました。『アリス』様の面影に捉われていた私から、一秒であろうとその姿を掻き消した。……新たな希望を見出せたのです」
直後、別行動をしていたゼロがキャロルの前に現れた。
産まれて間もない命を刈ろうとするゼロを、キャロルは文字通り命をかけて守ったのだ。
「っ……」
口ごもるアランに、キャロルは穏やかな目を向ける。
「全てをお話しなかったことは謝ります。貴方に嫌われても仕方ない。これまで私は貴方を裏切り続けていた。結局……私は『アリス』様の幻に取り憑かれたままではありましたが……」
「……
「瓜二つであったからです。ですが、それは見た目だけでありました。今では少しだけ……彼女と同じ名前を与えてしまったことを、悔やんでおります」
真摯に向き合うキャロルに、アランは「……そうか」とだけ返した。
──決して負けないで。
──この連鎖を、どうか終わらせて。
──キミなら、絶対できる。
(そうだったのか……)
モータル病に侵され、生死を彷徨ったあの僅かな瞬間。真っ白な世界で出会った少女の姿が、“ハッキリ”と浮かび上がる。
(君が、『アリス』だったんだな)
アランの心の中の『アリス』は笑ってくれたような気がした。
死という恐怖に、『アリス』は勇気を持って立ち向かった。
自分の命が尽きることより、次の一手へと進むために。
想いは繋がれた。
想いは託された。
だがそれは、『アリス』と同じ末路を辿らないためじゃない。
『アリス』のようにならないためでもない。
他の誰でもない、“アラン”という自分が選ぶ答えの道標としてあるだけだ。
(でも……“オレ”って一体、なんだろうか)
今のアランは真っ白であった。行くべき路を見失い、新たな冒険を求め彷徨う。
だからこそ、見つめ直す必要があった。空白のページより前を捲り、はじまりのはじまりへ。
「どぉわっ⁉︎」
場違いな叫びを上げながら、アランの隣にいたレイが地面を転がる。
なんだなんだと目を見張る間もなく、アランは横から抱きつかれた。
「……っ⁉︎」
「すまないっアラン……!」
そう謝罪を述べるのはアランを追いかけてきたアルタリアであった。謝辞を繰り返すアルタリアにアランは目を白黒させる。
そのアルタリアを追いかけてきたハルドラはブレイドの隣に並ぶと、ありゃりゃと言いたげに肩をすくめる。
「お、落ち着いてくださいアルタリア様っ!」
「落ち着けるか!」
ぴしゃりと言い返したアルタリアは駄々をこねる子供のように地を踏みつける。
「汝の前で大人ぶるのもやめだ‼︎ だから言葉を選ばずに言わせてもらう!」
その場にいる全員が唖然としている中。アルタリアは配慮などと言うちっぽけなものをかなぐり捨て、獣の本能を露わにする。
「迷うぐらいなら
「……」
「その手で獲物を屠り、その
アルタリアは、理性なき獣となれと言っているのではない。
迷うぐらいなら、立ち止まるぐらいなら。全てを喰い荒らせ、望みを叶えろ。そうしたあとでも、考えるのは遅くない。と、言いたいのだ。
「我の眷属に名を連ねるなら、
──始まりの日。無力な自分はアルタリアに助けられ、アルタリアに憧れた。
強くて、カッコよくて、優しい人になりたい。
子供ながらに抱いた哀れな想いを、アランは現実のものとした。
今こうして、憧憬を抱いた人物の前に立てる
なぜなら自分は『変わっている』から。
きっと、この先も。
それでも『変わらないもの』があるというのなら……。
それこそが、アランが『アラン』たる根源なのだろう。
「見つかった?」
立ち上がったレイが優しく問いかける。
アランは困ったように──でも。どこか吹っ切れたように、笑い返した。
「まあな」
まるで憑き物が落ちたかのようなアランの表情は、レイを少しばかり安心させた。
アランはアルタリアを一瞥するや否や、耳の先まで赤くして地面を見つめる。
不思議がるアルタリアの隣、ハルドラは両手を頭の後ろに回して悪戯に笑う。
「ホラ〜〜アルタリアが狩り方についての話しちゃったからアランくん困っちゃってるじゃ〜〜ん」
「わ、我は良かれと思ってだなっ……」
「あ、いや、違うんです、アルタリア様じゃなくてオレが……カッコ悪いなって」
今日までの自分をアランは恥いていた。周りに理解されないと言いながら、周りに甘えていた現状。穴があったら入りたい気分だ。
ブレイドはアランに半目を向ける。
「アランお前……自分のことかっこいいとか思ってたのか……」
「……え?」
アランは遅れて気づいた。誤解を招いてしまった、と。心身や言動についてだったのだが、どうやら容姿のことだと捉えられてしまったらしい。
「まあ……うん。人の価値観に意を唱えるつもりはないが……うん」
「でもアランってカワイイ寄りの見た目じゃない?」
「うーん?」
「アラン君はカッコいいからなんでも許されるよ」
あからさまに目を逸らすベルタに、頬に片手を当てるレベッカの問いに、ヴァニラはうんともすんとも言えず、最後にレイが遠い目で親指を立てた。
これには耳だけでなく顔全体を真っ赤にして「オマエらワザと言ってんだろ‼︎」と見抜いたアランが叫ぶ。
「ふふっ……」
若き冒険者達の青春とも呼べる光景を前に、キャロルは笑みをこぼした。
同時に、張り詰めていた肩肘が緩んだ気もした。
どこかで。『アリス』も嬉しそうに微笑む。
*
「アランくんを弄り倒すのはそこそこに、これからどうする〜?」
見事に弄り倒されたアランは「ハルドラ様……」と参ったように呟く。
「方法は見つかってないの?」
ヴァニラに問われたキャロルは「残念ながら」と、どこか悔しさを滲ませながら答える。
「今からワタシ達も探す?」
「さすがに途方もない作業になるぞ……」
「ってかリベリアに聞くのは?」
「それならすぐに報告が来てもおかしくないのだがな……」
ああでもないこうでもない。解決の糸口が見つからない議論が飛び交う中、珍しく口を閉ざしているレイにアランが気づく。
「どうした? なにか気になることでもあるのか?」
「うん……」
顎を摩るレイの思考はある人物に向けられていた。
「そもそもの話、どうして僕達は現状に対して“なにも出来ていないのか”」
「それはゼロさんがオレを……」
ハッとアランはレイが言わんとしていることに気づいた。
「
レイは小さく頷く。
「いくらアリスさんの件があったとしても、アラン君が消えた
話を片耳に、キャロルは相槌を打つ。
「なるほど……そのような見解もあるのですな」
「ん? でもキャロルさんは調べていたはずじゃ?」
「ええ。ゼロ殿からアドバイスを受け、主に『
アランは薄々抱いていた予感を現実とする時が来たと感じる。
「一度ちゃんと、ゼロさんと話す必要があるようだな」
今度は殺されるためにではなく、話し合うために。
剣を交えることも承知の上、アラン達はキャロルの案内で『ナンバーズ』の拠点へと走る。
「……⁉︎」
最後尾を走っていたレイは、突然死角から伸びてきた手に服を掴まれ、ぐいっと引き寄せられ一同と引き離される。
慌てて取り払ったレイは、手を伸ばした人物に大きく目を見張った。
「ぁ……アストラルさん……⁉︎」
レイが『エレメンタル大陸』へ帰還した日、呼び出されて訪れた神殿で待ち構えるあの頃とは違う。アストラルクイーンは幼女から少女と呼べるまで成長していた。
仏頂面でレイを見つめていたアストラルクイーンは、視線を地面へと移す。
「ぎゃっ!」
俯せで倒れているのは会ったこともない傷だらけの男。レイは弾かれたように駆け寄り、治療を開始した。