Five Elemental Story 〜厄災のリベラシオン〜


『わかったようにオレを語るな! オマエにオレのなにがわかるッ⁉︎』

 吐き捨てられたアランの本心。
 理解していた“つもり”であったと同時、ぶつけられた気持ちに安堵する自分もいる。
 昔、自分が抱いていた懸念きもちを彼なりに受け止めてくれたときのように。
 今度は、俺なりに受け止める番だ。

「──お待ち下さい」


9話 迷子の少年




 足をもつれさせながらも“光明の地”から“はじまりの地”まで駆け抜けたレイは、肩で息をしているのにも関わらず前へ前へと進む。
 “一刻も早くアラン君のもとへ”──。レイの脳裏にあるのはそれだけであった。
 見慣れた草原に辿り着けば、彼らの拠点までもう少し。走る余力がないレイだったがなんとか歩き続けて。

「……?」

 探し求めていた人物の背中を見つけた。


「……アラン君?」

 抱えた膝に額を擦り付け、行き場のない気持ちを押し殺すように蹲っていたアラン。まるで別人のようにも見える友の姿に、只事でないと察したレイは恐る恐る名前を呼んだ。

「……レイ」

 アランは視線を投げることなく微かに名前を呼び返す。レイは「うん」と返事をするも、どうしたら良いか悩んでしまう。

 『大丈夫?』……明らかに大丈夫じゃないのに? 『どうしたの?』は……そもそも僕に話してくれるのかな?

 悩んだ末、レイは“待つ”ことにした。アランの隣で同じように三角座りをする。
 ぼんやりと遠くに見える“ユグドラシル”を眺めていたレイは、服が擦れる音と籠ったアランの声を拾う。

「わからないんだ……」

 肘を掴む手に力が入ったのを、レイは見逃さない。

「生きたいのかすらも……自分の事なのに……わからなくて……」
「……」
「おかしいよな。……周りも傷つけておいて、……」

 ……“周り”?
 そういえば、とブレイド達の姿が近くにないことにレイは気づく。なにかあったのだろうか。

「……悪い、忘れてくれ。……1人になりたい」

 突き放されたレイだったが、その場から動かない。

「……1人になったところで、アラン君の『答え』は見つからないよ」

 弾かれたように顔を上げたアランの瞳は大きく見開かれている。

「誰かと接して、初めて自分のことを知る。なにかに影響を受けて、初めて自分が歩みたい道を見つけるのに。……1人で弾き出した『答え』が最善なんて、僕は思えない」

 かつて、己が身を持って得た後悔であり戒めを。レイはアランを過度に刺激し過ぎないよう、一つ一つ丁寧に言の葉として紡ぐ。

「僕はアラン君じゃないから、アラン君の気持ち全てを理解することはできない。でも寄り添うことはできる。手助けすることはできる。アラン君の心が、『これが良い』と感じる答えを。一緒に探すことはできる」

 そして、親しみを込めて笑いかける。

「生きるのって、案外簡単かもよ? 息吸って吐いて、美味しいご飯を食べて、誰かと楽しくお喋りして、疲れたら寝る。……一分一秒、休みなく“生きたい”って思いながら生きてる人なんていない。生きるって本当は、そう難しく考えるものじゃないんじゃない?」

 レイの問いかけに、アランはハッとする。
 これまでこんなにも深く、生きたいかどうか考えたことはないことに──気づかされる。
 レイは言葉を続ける。

「迷うことは生きることなんだ。迷っているアラン君はちゃんと生きてる」
「だ、けど、オレは自分のことが……」
「なら、またもう一回見つけに行こうよ。何度でも付き合うよ」

 音を立てて崩れ落ち、欠けたピース。
 新たに得たピースは、失った欠片と同じものであるとは限らない。
 空白に新たなピース埋め込んだ自分は、過去のアランとは別人かもしれない。
 それでも。不思議と怖くはなかった。
 誰かが隣にいてくれるなら。
 誰かが手を握ってくれるなら。
 自分を見失うことはない。
 迷子独りになることはない。
 そう、素直に思えたから。

「探しに行こう、アラン君」

 いつの間にか立ち上がっていたレイが、こちらに手を差し伸べている。

「……、……うん」

 ここからまた始めよう。
 新たなページを。
 新たな自分の冒険を。
 数多もの可能性を秘めた少年の胸が昂まる。
 それは祝詞か。
 はたまた警鐘か。
 ……今は、まだ。



「お待ち下さい」

 ブレイド達を呼び止めたのは他でもないキャロル。
 彼らを映すその瞳は全てを見通していた。ブレイド達がアランにどんな言葉を掛けるか、どのような結末を迎えるのか。

「今のアラン様に皆様のお言葉が届くとは……お言葉ですが、到底思えませぬ。ですが、未来さえあればいずれその傷を癒すことはできます。ここはどうか堪えてくださいませぬか」

 キャロルの見通しは正しく、まさに“大人”な意見であった。
 幸いにも彼らはリーダーであるアランが崩れても瓦解がかいすることはない。各々が立派な冒険者であるからだ。自らの意志を尊重し、互いに互いを高め合う。
 だからといって彼らはアランを見捨てることはしないだろう。だが問題は“時間がないこと”。そもそもの世界が消えてしまっては意味がない。ここは、アランの意志を“捨て置く”べきだ。言外にそう告げられた彼らは、反論もなにも返さない。
 だが、彼らの間を一陣の神風が吹き抜けた時。
 顔を見合わせた彼らは、静かに笑い合った。

「……?」

 怒り狂うならともかく、笑う行為を。キャロルには理解できなかった。眉間にシワを寄せるキャロルを、一同は見つめる。

「……俺達が『冒険者』である限り、“未来”なんてもんはない」
「今、この瞬間を切り拓くためにワタシ達は戦うの」

 ブレイドとレベッカの言葉に、ヴァニラとベルタが続く。

「“いつか”じゃない。わたし達には“今”しかない」
「過去を積み重ね、繋がった今が。私達の“未来”」

 最後に、ブレイドが一歩前へ進み出る。

「俺にはお前が言う騎士の矜持ってもんはわからねぇ。でも俺達は『冒険者』だ。……騎士でも、ましてや大人でもない。ただの負けず嫌いな餓鬼なんだよ」

 主君に仕え、主君を守り、主君に未来を託す。己が居ない未来でさえも見通す『騎士』とは違う。
 誰の支配も受けず、目の前に大きな壁が聳えていたら遠慮なくぶち壊して先に進むような──荒くれ者こそが『冒険者』なのだと。彼らは語る。
 それはキャロルが兜の裏に押し隠した、“ナンセンス”と通ずるものがあった。
 今度こそアランのもとへ向かう彼らを、キャロルは茫然と眺め、1人取り残される。



「あっ」

 こちらに駆け寄って来るブレイド達の姿に気づき、声を洩らしたのはレイ。アランは気まず気に視線を斜め下へと向けたが、そろりと集まって来た4人に顔を上げる。

「……ごめん」
「ごめんも悪いも聞き飽きた」

 軽く笑い飛ばすベルタの隣、レベッカは眉を八の字のして尋ねる。

「ビックリしたわ。アランがあんな言葉を言うの初めて聞いたから……普段から無理してた? ワタシ達に遠慮したりしてた?」
「え、あ、いや、してない。してないから」

 慌てて否定すると、「よかったぁ」とレベッカは嬉しそうに微笑んで。

「アラン」

 腕を組み、見定めるようにこちらを見据えるブレイドと視線が合う。

「お前はどうしたい?」

 投げられた問いかけに、アランは一度ブレイドから彼方先に聳える“ユグドラシル”を見遣る。

「……まだ……ハッキリとした答えはない」

 でも──。
 アランはブレイドに体を向き直る。

「今は知りたい、なにもかも、本当のことを。全てを知ったあとでも……決めるのは遅くないと思うから」

 ブレイドは肩をすくめ、だってよと言いたげにレイに視線を飛ばす。

「いいんじゃないかな。情報を知るのは大事なことだし、判断材料が多いほど視野も広がるわけだしね」
「記者のお前が言うと説得力あるな」
「えっ本当⁉︎」
「やっぱ前言撤回」
「えーッ⁉︎」

 頬を膨らませるレイ。
 呆れたように微笑むベルタ。
 くすくすと笑うレベッカ。
 口元を綻ばせるヴァニラ。
 いたずらっぽく片笑むブレイド。
 アランは思う。大切な人達が笑っていられる世界を消したくないと。
 これまでにも抱いていた想いとは別に、新たに抱く。自分もまた、大切な人達にそう思われているのだと。
 アランの“大切な人”の中には──キャロルジイジの姿もあった。

(多分……ジイジは、ジイジなんだ)

 『白の騎士』として言葉を交わしたとき。『キャロル』としてゼロと対立したとき。
 どちらも口調は異なっていたが、素の口調はセバスチャンジイジであった。その事実はきっと、自分が知る人物は偽りでなかったと考えられるから。

「──あ〜〜ッ‼︎」

 突然。なにかを思い出したレイが叫ぶ。なんだなんだと半目を向けられる最中、レイは僅かに躊躇しながらもアランに。

「アラン君っ。あの、セバスチャンさんのことなんだけど……」
「えっ、」

 レイは一同からの浴びせられた驚愕の視線に察する。

「も、もしかして知ってる感じ……?」
「レイこそなぜ知ってるんだ」
「僕は……いや、ここら辺の話は本人の前でした方がいいかも。皆は?」
「知ったというか見せられた、と言った方がいいわね。でも、まだなにも知らないに等しいわ」

 「きっとレイの方が知ってるわ」と付け加えるレベッカに、レイは「そうなんだね」と返す。
 ブレイドは来た道を見つめる。

「本人、俺達が戻って来るの待ってるだろうよ」
「えっそうなの? じゃあお話したいな……。アラン君はどうする?」
「……オレも、行く」

 小さく頷いたアランに、レイは「うんっ」と笑う。
 アランも微笑みを返すと、ブレイド達を見渡す。
 それだけで。彼らの間に会話は成立する。

「行くか」
「……ああ」



 ブレイドの予想通り。キャロルは一同と別れた地点から動いていなかった。白馬の腹を優しく撫でていたキャロルはゆっくりと一同を振り返るも、目を丸くして。

「貴方は……」
「は、初めまして“キャロル”さん。レイです」

 いつものような長々とした自己紹介はせず、簡潔に締めたレイに感心……している場合ではない。
 本来の名で呼ばれたキャロルは困ったように微笑むだけであったが、レイがその手に握っていた手紙を見せると。これまで以上に目を見開いた。

「……勝手に中身を読んだことは謝ります」

 レイは伏し目がちに謝罪を口にし、まなじりを決して訴えかける。

「その上で言わせてもらうと、このお話は隠すべきではないと思います。アラン君や、貴方の為にも。……もし、キャロルさんが言いづらければ僕が……」
「その必要はございません」

 キャロルは手のひらを胸甲に添え、瞑っていた瞼を開く。

「今ここで、全てをお話致します。そこに綴ったことが全てではありませんので」

 そして、彼は口にする。
 物語のはじまりの言葉を。

「われはなんじにすべてを語らん。語るに足ることわずかなり。」


『S』till she haunts me, phantomwise,いまだ忘れぬ 彼女の姿 幻のごとく われにとりつく
『A』lice moving under skies──が 空を 駆け抜ける


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