Five Elemental Story 〜厄災のリベラシオン〜


 時は、アラン達『戦神の勇者隊』とリベリアが迷宮書庫に足を踏み入れた頃まで遡る──。


6話 ナンバーズの拠点にて


 ここ『エレメンタル大陸』に帰還した夜。レイは“ゼロ”と名乗る男にアランが殺されかけている現場を目撃した。間一髪自身が滑り込んだことでアランは助かったが、男は『アランを殺す』などと意味不明な言葉を吐き捨てその場から立ち去った。
 一夜明けた今日。出来事をアラン以外の部隊全員とも共有したレイは、早速“ゼロ”や“ナンバーズ”に関する情報を集め始める。しかしこれといった手掛かりは見当たらず、先は長いなぁと覚悟するレイに声を掛けたのは──馬の兜が特徴の『白の騎士』であった。
 白の騎士は、自分はアランの味方なのだと前置きすると白馬の背から降りる。

『出会い頭に失礼。貴殿に頼みがあり馳せ参じた』
「僕に頼みごと?」
『吾輩の予想では……恐らく汝は“ゼロ”を探しているのではないか?』

 レイは目を大きく見開いた。警戒心を胸に、レイは恐る恐る訊ねる。

「……ご存じなんですか?」
『無論。吾輩は彼を止めるためにも存在するのである。……これを』

 と、レイに差し出したのは2枚の紙。1枚は“はじまりの地”の地図に印がつけられたもの、もう1枚は建物を写した写真であった。

『そこは彼が率いる“ナンバーズ”の面々が集う邸……拠点、と言うべきであろうか』
「拠点ってあの、何人ぐらいの方が……?」
『総員13名だ』
「多いっ‼︎」

 レイは頭を抱えた。いくらなんでもアラン1人に対しての人数が多過ぎる。もしかしたら……。最悪の事態が脳裏を過り、レイは頭を振って打ち消す。

『すでに何人かは動いているが、吾輩が動ける範囲内で抑えている。決して万全とは言えぬも、彼の周りには貴殿らがいる。そう簡単に打ち砕けまい』
「も、もちろんっ!」

 自分がダメでも、ブレイド達がアランの心臓に刃が貫くのを許さない。
 兜の下から小さく笑みが溢れたような気がした。

『乗り込むか否かは汝次第。少なくとも吾輩に説得はできぬ。そうなるともはや不用な物であるのでな』

 言いながら白の騎士は白馬に跨った。

『こちらも渡しておこう』

 白の騎士は馬の腰に下げられている麻袋から手の平に収まるサイズの機械をレイに手渡す。

『それは吾輩が昔発明した品物でな。一方通行ではあるが伝言を送ることができる。汝さえよければ持っていてほしい』
「わ、わかりました……?」
『それともう1つ。吾輩のことは秘密にしておいてはくれまいか。……今はまだ、“そのとき”でないのでな』

 『さらばだ』と白の騎士は白馬を走らせ、あっという間に見えなくなってしまった。

「い、いっちゃった……」

 渡された小型機械を手に唖然とするレイ。あんな謎の騎士さんにまで認知されてるアラン君心配だな……。と馬鹿なことを考えつつ、小型機械は鞄の中へ。
 次に地図を広げ、写真と睨めっこ。現在地から然程離れていない位置に“ナンバーズ”の拠点はある(らしい)。勿論今すぐにでも乗り込んで吐かせたいのは山々だが、考えもなしに乗り込むほど馬鹿じゃない。
 早速レイはボディガード役として、ブレイドに同行してもらおうと彼のエレフォンに電話を掛ける。

「……あっもしもしブレイドく」

『お掛けになった番号は電波が届かない場所か、電源が……』

 レイは端末を耳から離し通話終了。自身と入れ違いで彼らの拠点を訪れたリベリアと地下に入っているなど、このときのレイは知りもせず。仕方ないとレイはメッセージアプリの『LINKリンク』ではなく、メールで文章を打ち込み送信。
 万が一、自分になにかあった際。簡単に送信が取り消せるアプリでは助けを求められないと判断したからだ。念のため予約送信もセットし、自分の端末からは履歴を削除。

「……よしっ」

 こうしてレイは単体で“ナンバーズ”の拠点に向かった。



 そして現在──。

(ここであってるよね……?)

 紙袋を手に引っ提げたレイは、目の前に佇む立派な豪邸と写真を見比べる。13人で暮らすわりには広い気が……。自身が暮らす“もみじ荘”とは比べ物にならない。
 何重もの意味で緊張するレイは一度深呼吸を挟み、扉を叩く。

「す、すいませ〜ん……」
『はいはーい! 今開けますっ!』

 扉の内側より元気な少女の声が応える。ガチャリと金属音を立て開かれた扉から、まだ年端もいかない少女が顔を覗かせた。

「どなたでっ──」

 少女はレイの顔を見るな否や、両手で口許を抑えて飛び退ける。下げ髪の揺れが収まった頃、口許から手を離して。

「ぱ、パレンティア・ガーディアンソード……!」
「ちょっ⁉︎ その名前で呼ばれたの初めてなんだけど⁉︎」

 正式名は『勇士の守護剣パレンティア・ガーディアンソード』。剣でもあるレイのもう1つの名である。
 勢いそのままに突っ込んでしまったレイの叫びが、更なる増援を呼ぶきっかけとなってしまった。バタバタと玄関に駆け込む複数の足音。

「あっ! 剣なのにうるさくて全然斬らせてもらえない人なのだ!」
「一日中大陸を走り回って逃げ切った人っす!」
「年齢と精神が不一致過ぎる人なのじゃ!」
「プライバシーの大・侵・害ッ‼︎」

 同時に言葉の暴力を受けたレイはその場に崩れ落ち四つん這いの姿勢に。

「酷い……酷過ぎる……初対面の相手に悪口言われるなんて……」
「悪口でない。印象に残っていることを申しただけじゃ」
「悪口ぃ‼︎」
「まあまあ皆さんその辺りに。せっかくお越しくださったのですから」

 お手を。と差し出された和装の男の手を取り、立ち上がる。
 レイは改めて周囲の状況を確認。正面に佇む男の他に、8人の人物らがこちらを見据えている。だがその中に目的の人物はいない。もしかして留守なのだろうか。

「ふふ、一人で来たのね」

 男の隣に竜人の女性が並ぶ。鋭利な装甲で覆われた尾がゆらゆら揺れる。まだ来て間もないのに命の危機に晒されているような気が……しなくもない。

「あら。これはなんですの?」

 今度は額にサークレットを装備する女性が、レイが手に引っ提げていた紙袋の中身を尋ねてきた。レイは紙袋の中身を取り出すと彼らに向けて。

「つ、つまらないものですが……」
「これはこれは。ご丁寧にありがとうございます」

 手土産としてお菓子の詰め合わせ箱を持参したのは良かったらしい。レイは密かに胸を撫で下ろす。

「ジジくさい接待なのじゃ」
「あの子さっきから辛辣過ぎません? 僕なにかしました⁇」
「通常運転よ。気にしないで」
「そうですか」

 薄目で返したとき、その人の声が響いた。

「なにやら騒がしいと思ったら……また会ったね。レイ君」

 屈強な軍服の男を引き連れ、昨晩ぶりとなる『ゼロ』とご対面。目の色を変えたレイに、ゼロは目を細める。

「中へお招きしよう。誰か飲み物を用意してくれるかな?」
「誰か、なんて狡い言い回しですね。私が立てるお抹茶一択ですのに」
「なにをおっしゃって? わたくしの紅茶こそ至高でしてよ?」
「2人ともケンカはやめるのだ! あたいの『マグマ級の苦さがクセになる⁉︎レッドボルテージ……」
「皆様欲張り過ぎでは? 水で十分です」

 我こそはと名乗りを上げる一同を前に、レイは勿論吹っ掛けたゼロも苦笑を浮かべる。

「……ちょっと。止めなくていいの?」
「うーん……。あ、ベッシュはなにがいいと思う?」
「……コーヒーとかでいいんじゃないの」
「はい、決まり。ウノ、悪いけど持ってきてくれる?」
「承知いたしました」

 次にゼロは茫然と突っ立っているレイを呼び、未だ論争が収まる気配のない玄関をあとに。邸の中へ案内する。

「困らせてすまないね」
「い、いえ別に……」

 賑やかさから一転、静まり返る廊下をゼロと進む。高揚していた感情も落ち着き、レイは改めて現状を整理する。
 まず驚いたことは、ゼロを含むメンバーの人柄が『人並み』であったことだ。そう見せかけているだけかもしれないが、到底人を殺すような印象を持てない。ゼロも彼らに慕われているようだ。

「どうぞ」
「失礼します……」

 応接間に案内されたレイはゼロに促されるまま、ソファーに腰掛ける。向かい側のソファーにゼロも着席し、ゆったりとした動作で足を組む。

「君とは一度話しておきたいと思っていたんだ。わざわざ足を運んでくれてありがとう」
「あ、えっと……はい」
「手土産もありがとう。買ってきてくれたのかな?」
「街に美味しい和菓子屋さんがあってそこで……」
「そうなのかい? ふふ、誰かさんが喜びそうだ」

 そこに響くノック音。間もなく軍服の男が応接間へ入室し、運んできたコーヒーを無言でテーブルに置くと静かに立ち去った。
 ゼロも気にする素振りはなく湯気が昇るコーヒーを口へと運ぶ。レイもいやに乾いた喉を潤そうとコーヒーを口に……いやこれ、カフェオレじゃん。苦いのダメだって思われてるんだな……。

「……さて、では本題に入ろうか」

 ゼロの纏う雰囲気が冷えたのを肌で感じ取る。

「まずは君からの質問に応える前に。僕の話を聞いてはくれないか?」

 頷くレイにありがとうと微笑み、手のひらを差し向ける。

「──僕と取引しよう。レイ君」



「……え?」

 予想だにしなかったゼロの言葉にレイは狼狽えた。
 その隙を突くかのようにゼロは畳み掛ける。

「取引といっても悪いものじゃない。これは君だけじゃなく、世界を救う大仕事なんだ。事が済み次第それ相当の報酬は約束しよう。金銭でも地位でもなんでも望むといい。それだけの価値を秘めたものなのだから」

 目を見開いたままのレイに最後、目を細めて、告げる。

「それに……君だって『心当たり』があるよね。君は自分の命を賭して、アストラルクイーンを止めようとした。──自分のせいで世界が消滅することは生きるより苦しい。……他ならぬ君が、誰よりも。それを理解しているはずだよ」

 差し伸べていた手のひらを胸に添え、瞼を下ろし、開く。

「もう一度問おう、レイ君。僕と取引してくれないか」
「──お断りします」

 間髪置かず、レイはハッキリとした意思を持って答えた。まるで考える余地すらないと言うかのように即答され、ゼロは口角を下げる。

「……君はもう少し理性的な子だと思っていたけれど。案外夢見がちなのかな」
「なんとでも」

 動揺する様子は一切ない。
 今度はレイが話をする番だ。

「たしかに僕はみんなに嘘をついて、誤魔化して、大丈夫だと、信じてと。そう言って相討ちになることを知らせずに戦ってもらいました。結果的に助かったとはいえ、『人殺し』にさせるところであったのは……今でも後悔しています。でも……自分のせいでみんなを殺してしまったのなら。きっと僕は……正気でいられない」

 胸元を強く握りしめ、俯き気味にレイは語る。

「けど理解できるからこそ。世界の為に誰かを犠牲にするのは違うと思うから……! どれだけ綺麗事を並べようとも、命を奪うことが『罪』だという事実に変わりはない。そんな重荷を誰かに背負わせることも……同じぐらい苦しいんだ‼︎」

 目尻に浮かぶ涙が零れ落ちる。
 ゼロはピクリとも反応を示さず、ただただ冷静に尋ねた。

「たった1つの命で何億人もの命を救うことができるとしても。……君の意思は変わらない?」
「誰かの……それも大事な人の命で生き永らえたとしても嬉しくない。そんな世界を生きたいなんて思えない。世界は誰のものでもない。……僕はそう思います」

 そう服の裾で涙を拭うレイに、ゼロは「使って」と真新しいハンカチを差し出した。

「す、すいません……」
「……君は『彼』に頼まれて僕を説得しにきたものだと思ったけれど……どうやら。違うみたいだね」

 優雅にコーヒーを啜るゼロの振る舞いに、思わず泣き叫んでしまった自分を恥じらいながらも小さく頷いた。

「本音を言えばすぐにでもやめてほしいですけど……考えに考えて出した決意をそう簡単に崩せるなんて思っていませんし……」

 それに。レイは苦笑を浮かべて。

「僕は“アラン君”ではないので」

 空となったカップをソーサーに戻したゼロは不意に立ち上がり、レイに対して笑みを見せる。

「今回はその涙に免じて見逃すとしよう。飲み終えたら即刻、立ち去りたまえ」

 穏やかでない口調を捨て吐き応接間を立ち去るゼロ。
 1人残されたレイは緊迫から解き放たれたことで我に帰り、一思いにカフェオレを飲み干しては逃げ去るようにその場を後にした。



「──なるほどな」

 一連の流れを聞いたブレイドは眉を顰める。

「ごめん……結局なにも聞き出せなかった……」
「謝ることじゃねぇよ。詳しいことはリベリアが見つけてくれるだろうし、とりあえずアランを殺れば世界が救われるって馬鹿げたことがわかっただけでもいい」
「う、うん」

 てっきりなにか言われるかと身構えていたレイは拍子抜けした。それよりも、ブレイドは顔を顰めたまま斜め下を見つめている。

「ブレイド君……?」
「……良かったのか」
「え?」
「取引。引き受けなくて」

 レイは指の腹を顎に添え「うーん」と首を傾げると。

「そりゃあお金はあったら便利だけど、お金が欲しくて記者してるわけじゃない。なりたくてなったし。あと地位も要らないかな。面倒だしね。僕は今のままでも充分幸せ。みんなと笑って過ごせるのが一番楽しいんだっ」
「レイ……」

 ブレイドの視線を受けたレイは「えへへ」とはにかみ、言葉を続けて。

「それに現実的じゃないしね。金銭はともかく地位はどこから引っ張ってこられるかわかったもんじゃないし。安定的に給料が発生して尚且つ永久的じゃないと僕は引き受けないな〜」
「人の感動を返せ」

 一気に感動を打ち消されたブレイドは肩をすくめて。

「それはそうとして、どうしてアラン君なんだろうね? ブレイド君はなにか知らない?」
「いや全く……心当たりもこれといってないな」
「だよねえ。そのことについても調べてみるね」
「おいおい平気かよ。目付けられてるんだぞ」
「大丈夫。この子もいるからねっ」

 栗色の装丁をした本を鞄越しに触れれば、ブレイドも制することはなく。

「ブレイド君はアラン君がなにを言おうと絶対に守ってあげてね」
「言われなくとも」
「うんっ! ……じゃあそろそろ行こうか」
「そうだな。もう帰ってるみたいだが」

 ブレイドが言うな否や、レイは「くしゅんっ」とクシャミを1つ。

「さ、寒ーいっ! 早く行こうよブレイド君」
「でもなにか言い訳……」
「いいよもう落とし穴に落ちた僕を埋めようとしたで」
「良くねぇよ‼︎ 怒られんの俺だけだろそれ!」

 2人もまた拠点に戻り、暖かくしてその日を終えた。



『P』leased a simple tale to hearたわいない話 聞いては 喜色満面

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