Five Elemental Story 〜厄災のリベラシオン〜
僕達『ナンバーズ』は“
「……確かにそう言われたんだな」
ブレイドの言葉に、神妙な面持ちでレイは頷く。
“ゼロ”と名乗る男との邂逅から一夜明けた朝。
『戦神の勇者隊』拠点は、重く暗いオーラに包まれていた。
一階に置いたテーブルを囲うは、ブレイドを始めとした『戦神の勇者隊』とレイの六人。レイはアランの様子を汲み、代わって昨夜起きた出来事を四人に話した。
「ゼロという名も、『ナンバーズ』とか言う組織も聞いたことが無いな」
「ワタシ達が結成してからそれなりに経つけど……部隊でもいないわよね?」
ベルタは腕を組みつつ、レベッカの問いに首を縦に振る。
新しく部隊が結成されれば、それなりに噂は立つ。これまでにも何度か新部隊結成は耳にしているので、聞いていないのであれば、前者の組織と呼ぶべきか。
誰もが口を結ぶ中、ふいにアランの肩をヴァニラが叩く。
「なんっ、……」
振り向いたアランの頬に突き刺さる人差し指。
ヴァニラの行為に唖然とする場。当の本人はアランを見つめ、口を開く。
「アランはどうしてそんなに悩んでいるの? 面と向かって『死ね』って言われたから?」
又もや唖然とする場。投げかけられたアランも目を大きく見開き固まってしまう。
(……違う。そうじゃない)
やがてアランの口が微かに動き、ヴァニラは手を離す。
「それは……違う。そうじゃなくて……オレのせいで……」
そのアイコンタクトは一秒にも満たなかった。
同じ血が流れている故に成せる技か。二秒後には両者共にアランの頬に手を伸ばしていて。
「っ⁉︎」
ヴァニラとブレイドは、同時にアランの頬を摘んでは引っ張った。
「いてえよ‼︎ いきなりなにするんだ‼︎」
引き剥がすように椅子から立ち上がり叫ぶ。すぐにはっと一同を見渡すと、そっと椅子に座り直す。
なぜいきなりそんなことをしたのか。分かりきった問いを投げる者は誰も居らず。
場の空気が少しだけ和んだのを感じ取り、じゃあと今度はレイが立ち上がる。
「僕そろそろ行くね」
「もう行くの? 久しぶりに会ったのに」
「うん。ちょっと用事がね。また今度ゆっくりお話ししよ」
外に出るとバイバイと軽く手を振り、玄関の扉を閉める。
ドアノブから手を離すと、レイは小さく息を吐いた。
「……よぉし」
ぎゅっと拳を握ると、駆け足で道を走り出した。
「……今のはレイさん?」
*
レイが行ってしまった後。五人は忘れかけていた空腹感を思い出し、せっせっと朝食の支度に取り掛かる。
とは言っても朝食前に会議を挟んだのでご飯の支度は全くしておらず、今から作るのも食べるのも時間がかかる……。とにかく早く空腹を満たしたい一同にアランが提案したのは。
「パンケーキ……でもいいか?」
衝撃が走った。
※アランは甘いものが大の苦手。
「ま、まさか、アランの口から甘い食べ物が出るなんて信じられん……!」
「アラン大丈夫どこかぶつけたのねえ⁉︎」
(さっきより心配されてないかオレ……)
大丈夫だと苦笑混じりに返す。
「パンケーキぐらいなら食べれるから。……シンプルなやつだけだけどな」
「へぇ、そうだったのか。俺はてっきりパンケーキの呪いに掛かったのかと」
「なんだそれ」
「夜な夜な夢で大量のパンケーキ達に『私達を食べろ〜』と襲われてそのうち『あ、パンケーキもいいな』って思うようになり……」
「今の一瞬でそこまで飛躍した想像を得意げに語るオマエこそパンケーキの呪いとやらに掛かってると思うよオレは」
「表出ろ」
「そんなことより早く作ろ。お腹空いた」
のんびりとしたヴァニラの声がブレイドとアランの合間に流れる。
お互いに止めようかという雰囲気になり、生地作りに必要な道具を取り出す。
「粉はミックスでいいわよね」
「確か牛乳と卵の他に何か入れると良いって聞いた事あるな。……何だったっけ」
ベルタが首を捻ったと同時。
突如として玄関の扉が開け放たれた。
「お邪魔します‼︎」
颯爽と現れたのは『英知の書庫』の管理人、リベリア。急ぎの用なのか、走ってここまで来た様子。
鍵の問題はさておき、突然の来客にレベッカはあっとリベリアを見遣る。
「リベリアさんちょうど良かった。ホットケーキって、牛乳と卵の他になにを入れたら美味しくなりますかね」
「メレンゲかマヨネーズって聞きますね」
「じゃあマヨネーズ入れようぜ。メレンゲ面倒だし」
「マヨネーズは大さじ1ぐらいが良いみたいですね」
アランとベルタの視線を受け、リベリアははっと我に帰る。
「と、突然すみません」
「だ、大丈夫です。どうしました?」
アランが聞き返すと、リベリアは「そうです!」と声を大にした。
「見つけたんです!」
「えっ、もしかしてあの樹についての……」
「はい! ……と言っても、“可能性”の話ですが……」
*
ひとまず五人がパンケーキを食べ終わるのを待って、リベリアは咳払いを一つ。
一つずつ確認するように話し始めた。
「海中にあの大樹が出現して以降、ここ『エレメンタル大陸』の各地で異常現象が発生しつつあるのは、皆さんもご存じの通りかと思います」
季節外れの大雪、海面の凍結。
現状では気温に関する異変のみだが、今後増える可能性は否定出来ない。
「私は、書庫に蒐集されている禁書を中心に調べ始めました。ですがどの本にも書かれておらず、現在でも目ぼしい情報はありません。情報が無いのは恐らくどこも同じでしょう」
今回の事件。一番問題視されているのは、情報が一切掴めないこと。
放置しておけば危険なのは火を見るより明らか。だが対処する方法は見つからず、下手に近づくことも出来ない。
以前にもあったことなのか、はたまた今回が始めてなのか……。
「調べていくうちに私は、書庫の最奥に隠されたある本を知りました」
「え? でも書庫にあるんですよね?」
「はい。ですが書庫の最奥地には、私でさえ足を踏み入れたことはないのですよ。しかもその本については、厳重に情報が管理されていたようです」
リベリアは何処からかガラスケースを取り出す。その中には酷く傷んだ一冊の古書が納められており、慎重にガラスケースから古書を取り出し机に置く。
一枚一枚丁寧にページを捲り、とあるページを全員に見えるように広げた。そのページも、文字が掠れていたりと傷んでいたが、辛うじて本の絵が描かれていたのは分かった。
「……これは?」
「『英知の本』と呼ばれる禁書について記されている頁です」
『英知の本』──?
初めて聞く本の名に、揃って疑問符を浮かべる。
リベリアは「読み取れた情報は僅かですが」と前置きを告げ、語る。
「『英知の本』は、書庫が造られる前より存在していた特殊な禁書。別名“世界の史書”とも呼ばれ、世界中に散らばるありとあらゆる知識をページに写し出す。……そうこの本には書かれています」
「つまり、リベリアさんはその本を使えば、あの樹に関する情報が手に入ると考えているんですね」
アランの言葉にその通りですと頷く。
「それで? 俺達の所に来たって事は、棚の中から本を見つけてくれって事か」
「いえ違います。最奥地にあるのは恐らく『英知の本』のみでしょう」
それなら何で、と聞き返す前にリベリアは答える。
「書庫の最奥地までは様々な罠が仕掛けられているようで、簡単には進めない作りとなっているみたいです……なので、皆さんのお力をお借りしたいと」
「ダンジョンみたいな感じ…なんですね」
「恐らくは……」
最奥地までの道のりは、管理人であるリベリアさえ未知の領域。不安げにリベリアの表情が曇る。
対して、ブレイドはうきうきと瞳を輝かせていた。
「本の整理じゃないっていうなら、俺は大歓迎だ。攻略法が分からないダンジョンに挑むとか。……ちょっと楽しそうだしな」
「絶対ちょっとじゃないですよね。かなり楽しそうにしてますよね」
まあいいですけど、とリベリアは眼鏡をくいっと直しつつアランを見遣る。
「ダンジョン内は全く予想出来ませんから、皆さん全員に協力していただきたいと思っております。ですので、正式では無いですが私からの“依頼”として引き受けてはいただけませんか? アランさん」
いつの間にか呼び方がダンジョンになっている……。
アランは分かりましたと頷いた。
「お引き受けします」
「ありがとうございます。では早速ですが、書庫に向かいましょう。食料などは一通り用意してありますので」
椅子から立つリベリアに、ブレイドは「ちょっと待て」と片手を突き出す。
「書庫の中のダンジョンだろ? そんなに時間かからないだろ」
「『英知の書庫』の内部は見た目より数倍の広さを持ちますので、何日掛かっても可笑しくありませんよ?」
「何度も行ってるのに気付かなかったのか……」
ベルタが呆れ気味に呟く。
「私は一足先に書庫へ戻ります。準備が出来ましたらいらして下さい。皆さんが到着するまでに、本部に連絡も済ませておきますね」
それではまた後ほど、とリベリアは拠点を後にした。
*
支度を終えた一同が書庫を訪れると、リベリアの他にプロスペローの姿もあった。リベリアが不在の間、彼が代理を務めるらしい。
「一通りの物資は揃えておりますぞ」
「ありがとうございますプロスペロー」
異空間倉庫と繋がる不思議なトランクケースを背負うリベリアに、持ちましょうかとアランは声を掛けるも首を横に振られる。
「重くはないので大丈夫です。それに私は皆さんのように前へ出て戦うのは苦手ですので……後方から援護します」
思えば、リベリアとは(不本意ではあったが)対立したことはあるが、同じ戦場で戦うのは初めてだ。
思い出したのかブレイドは苦い顔をしている。
「それでは行きましょう。こちらです」
プロスペローに見送られながら、六人は書庫の地下へ降りた。
ひんやりと冷たい空気が肌を撫で、ヴァニラは微かに身震いする。そんなヴァニラに気付き、ブレイドは無言で自身のマントを取り外し肩に被せてやった……。
一同は先頭を歩くリベリアに続き地下を進む。陽の光もないここでは時間の感覚が薄れ、壁にかけられていた灯りもここまでくると無い。自分達がどのぐらい歩いたか分からない中、足音の響き方が変わる。間も無く、六人は開けた空間に足を踏み入れた。
「書庫の地下にこんな空洞が……」
その広さは予想以上であった。寧ろこんな空洞が地下にあって今まで陥没しなかったのが不思議なぐらいに。
「ここに『英知の本』ってのがあるのか?」
「いえ、ここからが本番です」
「あれだけ歩いたのに⁉︎」
「ここで終わったら私達を呼ぶ意味ないだろ」
リベリアは空間の入り口とは反対側に埋め込まれた巨大な扉に近付く。
「この扉を開けるのに少しばかり時間が掛かりますので、皆さんは休んでいてください」
そう古書に目を通しながら告げる。
リベリアを待つ事数分後、扉は鈍い音と振動を響かせながら独りでに開け放たれた。
「じゃあここからはワタシ達の出番ですね!」
“バーストキャノン”を装備するレベッカに続き、アラン達もリベリアも各々の武器を手にする。
「戦闘は皆さんにお任せしますが、強力なスキルはなるべく避けるようにして下さい。地上に被害が出ないとは限りませんし」
下手をすれば自分達にも被害が出る。レベッカは少しばかり残念そうにしていたが、仕方がないと気を取り直す。
道の広さに限りがある為、二列になって扉を潜る。一列目にアラン、ベルタ。二列目にレベッカ、ヴァニラ。三列目にはブレイドとリベリアが並んだ。
「扉が……」
一同が扉を通り過ぎると、独りでに閉じた。
「……帰れる?」
「恐らく出口はあると思いますが……無ければ来た道を引き返してこの扉を破壊しましょう」
「出口あることを願います」
来た道は戻りたくない。
扉の向こうには地下道が広がっており、歩きにくさは感じない。罠という罠もなく至って快適──
「嘘……」
では無かった。
道を抜けた先に広がる大空洞。そこは火と氷が覆い尽くす世界であった。まるで『火炎の地』と『水凍の地』の狭間のよう。
熱さも冷たさも一切感じない。そんな不気味な地に、空から飛来する二つの影。
一つは、全身から炎を噴き出す大ドラゴン。
一つは、全身が水で構成された麗しき女性。
それぞれの地に舞い降りる彼らはどこか神々しい。しかし、向き合う彼らからは険悪なオーラも感じる。
「これは一体……?」
古書に記されていた罠であるのは確実だが、何をどうすれば良いか検討がつかない。
すると、ただ静かに佇んでいた両者に変化が。
ドラゴンは開いた口の中に、女は天に掲げた掌に。炎、水を収縮させ、辺り一帯を埋め尽くすような塊を形成し始めた。しかも本物のようで、ひしひしと魔力が伝わってくる。
アランが叫んだ。
「全員伏せろ‼︎」
スキルを発動させる暇もなく、衝突する炎と水。直撃することは無かったが、放たれた衝撃波は凄まじく、咄嗟に伏せていなければ吹き飛ばされていただろう。
ようやく顔を上げると、両者はこちらには一切見向きもせず、互いに激しいバトルを繰り広げていた。吹き荒れる風に耐えながらブレイドはリベリアに叫ぶ。
「意味が分からんから説明しろ‼︎」
「私にも分かりませんが……恐らくあれは『英知の書』が作り出した幻影でしょう。魔力は本物のようですが」
両者を凝視すると、文字らしき印が体に浮かんでいるのが分かる。
じゃあ、とベルタは尋ねた。
「攻撃だけは本物の映像を流しているような感じなんですね」
「そうだと思います。映像が終われば先に進めそうですが……攻撃が本物だということは、自分達の手で映像を終わらせるのでしょう」
考察にブレイドとヴァニラはいまいちピンと来ていないようであったが、とりあえず相槌を打つ。
リベリアは暫し悩むと、攻撃がぶつかり合う空間を指差した。
「あの攻撃を利用して、両者同時にダウンさせましょう」
「同時?」
「はい。どちらかが残っていては正解と言えないですから。あの攻撃を打ち消しながら、攻撃を当てるようにするのです」
対立しているのを利用した作戦。分かれて同時に攻撃するより、彼らの高い魔力をぶつけた方が手間も省ける。この先のことを考えても、体力は温存しておきたいところだ。
誰からも異論は無かった。
「では行きましょう! 【リバイバルブック】!」
リベリアに続き、アラン、レベッカ、ベルタの三人もそれぞれ遠距離スキルを放つ。
どうやら威力こそは強大だが耐久度は低く、更に速度も遅いので当たりやすく、連続で攻撃を当て続ければ簡単に消すことが出来た。
同じぐらいのダメージを与えられるよう慎重に見極めながら、被弾させること数分。攻撃がぴたりと止んだ。
所謂体力ゲージが無くなったらしい。構えた姿勢のままで膠着するドラゴンと女は、体に浮かび上がる文字に飲み込まれて消滅。文字は光を放ちながら一つの光球となり、弾ける。
「……何だこれ」
弾けた光の中から現れたのはフラスコ。中にはオレンジ色の液体が揺蕩っている。
「『英知の本』と関係があるのでしょうか……念のため持って行きましょう」
リベリアは浮遊するフラスコを掴み、トランクケースの中に入れた。
いつの間にか。火と氷だけの空間に、ぽっかりと地下道へ続く出口が空いていた。どうやら先程のフラスコを獲得することで奥へと進めるらしい。
「……ほんの少しですが、仕組みが分かったような気がします」
「仕組み?」
「はい。……ですがまだ情報が足りません。先に進んでみましょうか」
一同は奥へ続く地下道を進む。
ふと、ヴァニラが振り返ると、そこはただの大空洞だった。
*
その後も、一行は地下道をひたすら進んだ。
途中途中に点在する大空洞では、初めと同じように地下とは思えない景色が広がっていた。
空に浮かぶ太陽と月の下。白黒の翼を持つ女性の涙を止めたり。
人々が協力して地面に作る巨大な時計の完成を手伝ったり。
かと思えば、自然豊かな大地にぽつんとフラスコが置かれていたり。
その先では、星々が煌めく空間で星座を作ったり。
彼らが思う罠とは程遠い仕掛けの数々。黙々と先に進むリベリアの後を追っていたが、ようやく足を止めた。
「どうしました?」
「……この辺りで少し休みましょうか」
大きな戦闘にも最初以降遭遇していないので疲れてはいなかったが、リベリアの提案に乗ることにした。
地下道の中央で円になって座り、トランクケースから取り出した水や軽食を口にする。
「皆さん、少しだけ話をさせてください。この地下道についての話です」
そう話を切り出したリベリアに、揃って耳を傾ける。
「私達はこれまで五つの不思議な光景を目の当たりにしました。初めの空間では分かりませんでしたが、数を重ねるにつれて確信を持てるようになりました」
「確信?」
「はい。あれらの空間は、世界に点在する大陸の伝承を元に作られたものだと思います」
きょとんとする一同に、リベリアはわざとらしく咳払い。
「この世界には『エレメンタル大陸』の他に、五つの大陸が存在します」
「『オラトリオ大陸』は行ったことがあるから知ってるけど……他にもあったんだな」
「ま、まあ、書庫にも他大陸関連の本は少ないですからね……。話を戻しますが、それぞれの大陸には有名な伝承が幾つか存在します。例えば、初めの空間で遭遇した大ドラゴンと女性。あれは『イグニサクア大陸』の由来でもあるイグニスとアクアと呼ばれる神様の神話を元にしているのでしょう」
レベッカとベルタは、自身が知るイグニスとアクアの容姿を脳内で比べた。全く似ていない(イグニスは若干似ている?)。
「それと、これはあくまで予想ですが、各空間が謎解き程度の難易度なのは、大陸の象徴ともいえる存在が居ない。もしくは表に出てきていないからなのだと思います」
リベリアの話で何かを察したアランは、遠くに見える大空洞の入り口を見遣る。
「じゃあ、次は『エレメンタル大陸』ってことですね」
「その可能性は高いです。『エレメンタル大陸』といえば『五戦神』が有名ですが、彼らも表には出て来ていませんし今までと同じぐらい……って、急に黙り込んでどうかしましたか?」
アラン達五人の空気が重くなった。
空気に耐えられなくなったのか、レベッカは前のめりになってリベリアに視線を向ける。
「リベリアさん。落ち着いて聞いてください」
「何ですか?」
「実は、『モルス』の五人が『五戦神』なんです」
沈黙が流れ──
「ええええええええええ〜〜⁉︎⁉︎」
リベリアの叫びが地下に響き渡る。
「どどどどどういうことですか⁉︎ 『モルス』が『五戦神』で『五戦神』が『モルス』でええと……⁉︎」
(こんなに慌ててるの初めて見た……)
五人の心の声が合わさった瞬間だった。
リベリアは額に手を当てて息を吐くと、わざとらしく咳払いを一つ。
「な、成る程……そうなると確かに、次の空間で何が待ち構えているのか予想出来ませんね」
気を引き締めていきましょう、と拳を握り締める。
少しして休憩を終え、緩みつつあった警戒心を強めながら大空洞の中へ。これまでと違い、足を踏み入れた途端に景色が変わることはなく。出口に向けて歩き進める途中、足元に展開された白き魔法陣。
そして、陣に刻まれた各属性の印から勢いよく飛び出したのは五色の液体。陣は役目を果たして消え、液体は自由に伸縮しながら上空へ。ある位置で止まると、生き物の形に変化した。
──彼らが良く知る『モルス』。……いや、各属性の頂点に君臨する『五戦神モルス』の姿へと。
液体を変形しただけの五戦神は、中央に居た彼らに向かって一斉に攻撃を放つ。各方向に四散し回避すると、五戦神は自身と関わりがある者を追いかけ攻撃を続ける。
明らかな偽物・弱体版とはいえ、一つ一つの攻撃威力は凄まじく。かつ一対一のような戦いな為、攻撃が集中する。回避を挟みつつ反撃していたが、場所が悪かった。
「リベリアさん危ない‼︎‼︎」
叫んだのは、アンガ・モルスと対峙していたレベッカ。アンガのスキル【レックス・トレメンデ】の影響で地割れが発生し、援護の機会を窺っていたリベリアの背後に迫っていたのだ。
リベリアは即座に気付いたが時既に遅し。大きく割れた地面の狭間に落ちてゆく。
「っ……」
反射的に駆け出したアランが何とかその腕を掴まえた。が、背を向けた敵をアルタリア・モルスが見逃すはずもなく。【ライジング・インパルス】を放った。
「っベルタ‼︎」
アランは力一杯にリベリアを引き上げ、ベルタに向けて投げ飛ばす。ベルタは攻撃の隙を縫いリベリアをキャッチ。
そのままアランは横に飛び回避したが、攻撃が崖に被弾したことにより崩れてしまい、体を投げ出されてしまう。
戻ろうとしたアランをアルタリアが阻止するように再度【ライジング・インパルス】を発動。“閃光剣・業”を横に構え防御するが、反動で落下速度が一気に加速。
地下とは思えないほど、深い深い闇の底へと落ちていった……。
*
木漏れ日射す森の中。
大きな馬の頭をした兜を被る“白の騎士”は、白馬に乗ってゆったりと進んでいた。
『……おや』
そんな彼らの前にひらひらと舞い降りたのは青い蝶。鱗粉を飛ばしながら白馬に近づく。
少しして白馬は主である騎士に顔を向けた。それだけで騎士は何を伝えたいのか理解して。
『頼む』
一言告げると、白馬は正面に顔を向け、二回地面を前脚で叩く。すると不思議なことに、進行方向に光が発生した。その光は大きく、まるで入れるかのよう。
『何方の使いかは存じぬが礼を言う』
騎士は青い蝶にそう言い、馬を走らせて光の中へ突っ込んでいった。
青い蝶は光が消えたあともその場で浮遊していたが、暫くすると何処かへ飛び去った。