Five Elemental Story 〜厄災のリベラシオン〜


 変わらず続く悪天候の空模様。
 海中より現れし大樹の変異に伴い、『エレメンタル大陸』への輸出入に人の行き来など。それらに欠かせない船は運航出来なくなってしまった。
 とは言え。ここは魔法が発達した世界。船が使えなくとも、転移という便利な機能が存在する。『エレメンタル大陸』は一時的に、限りなく僅かに、転移術による物の持ち込みや人の行き交いを許可した。
 そして本日も、“はじまりの地”にあるターミナルから様々なものが運ばれて訪れてきた。

「確かにお荷物お預かりしました。では先に行ってます」
「お願いします!」

 荷台に積み上げられた荷物を見送り、体格に似合わぬキャリーケースを引いて目的地へ。
 腕時計で時刻を確認すると、「やばっ」と声を洩らした。

「急がなきゃ!」


3話 白きオラトリオの帰還


「……悪い」

 と、フライパン片手に謝るのはアラン。
 テーブルの上に並べられたどの皿にも、プスプスと黒い煙を放つ暗黒物体。もとい、朝食“だったもの”が乗せられていた。
 一同は言葉を失い、呆気に取られる。一度や二度の失敗ではない。明らかに作った全てが失敗している。
 ヴァニラがフォークで暗黒物体を突くと、瞬く間に崩れた。

「……、」
「……なにか頼みましょうか」

 その日の朝食は、出前を取ることで落ち着いた。


 絶不調なのは火を見るよりも明らか。四人はアランを一瞥しては、朝食を口に運ぶ。

「どうしたんだよ。何かあったのか?」

 沈黙に耐えかねたブレイドがアランにそう投げかける。アランはフォークを握る手を下ろし、俯く。

 原因は昨日の出来事にあった。
 突然の奇襲に殺されかけたところを、“白の騎士”と名乗る人物に助けられた。白の騎士に拠点まで送ってもらった後は何事もなく。エレパッドを手に仲間達と合流することが出来た……のだが。
 アランはそのことを話してはいなかったのだ。正確には、話すべきか否か決めかねていた。そもそもあの人は何故自分を狙ったのか。何一つとして判明していない中、このような話をするのは躊躇われた。話したことにより、彼らに被害があったら……。そう一度考えてしまえば、当然話す気もなくなるわけで。

 短いようで長い沈黙を経て、アランは顔を上げた。

「……悪い迷惑かけて。でも今は話せない。オレにもなにがなんだかよく分からないから……」

 困ったように眉尻を下げる彼に、ブレイドは同じような表情で笑う。

「分かった。あんま無理するなよ」

 レベッカとベルタの二人も、ブレイドの言葉に言い掛けた言葉を飲み込み微笑む。

「ここのレパートリーも種類が増えたわね。食堂の方はどうなのかしら。最近行ってないけど」
「素朴な疑問なのだが、どれぐらいの部隊が利用しているんだ?」
「いや知らねぇよ」

 やや強引に話題が変わったことで、気まずい空気が薄れていった。

 それでもアランは切り替えることが出来ず、一同の会話を相槌を打ちながら聞き流すだけだった。


 *


「はぁ……」

 静寂が流れし拠点内に、アランの溜め息が洩れる。
 辺りには誰もおらず、アランは一人ソファーで休んでいる。他の四人は、久方ぶりに振り分けられた依頼をこなしに出発した。アラン“だけ”を残して。
 それはブレイドの提案であった。


『お前真面目だから、休みとかの切り替え上手く出来てないんだろ。もう一日休んだらどうだ?』


 そうではない。そうではないのだが……。今朝の惨状で戦いになったらまともに動ける気がしない。
 アランが悩んでいるうちにバッサリと切られ、めでたくお留守番となった。律儀にも「剣は振るな」と釘を刺されて。
 そう言われても困ってしまうのが彼である。そもそもの話、疲れているから絶不調ではない。昨日の出来事に不安を感じているからなのだ。ただ無心で剣を振るうのがどれだけ暇つぶしに良いか……。この状態で本を読んでも内容なんて頭に入ってこないし、テレビやエレフォンも知らないことばかり。剣が脳裏に過ぎるが、真面目なアランは言い付けを破ろうとはしなかった。……実は何をしようか考えている間にも暇つぶしが出来てしまっているのだが。
 ああでもないこうでもないと悩むアランの耳に、テーブルに置いていたエレフォンの振動音が届く。はっと顔を上げ、未だ止まぬエレフォンに手を伸ばす。

「……もしもし?」

 誰からの着信か確認し、恐る恐る耳元に充てがう。対してその人物は最後に別れた時と変わらぬ声音で。

『もしもしアラン君? 久しぶり!』
「そこまで久しぶりってわけでもないだろ」

 小さく笑みが溢れる。
 通話の相手は『オラトリオ大陸』で暮らす“レイ”であった。少し前に『オラトリオ大陸』で別れた以降、連絡を取っていなかったので久しぶりといえば久しぶりだ。

『アラン君、今何処に居る?』
「拠点だけど……」
『皆も一緒?』
「あ、いや、オレだけだ。レイこそなにをしているんだ?」

 あの大樹は『オラトリオ大陸』方面にも伸びていると聞いている。記者である彼はきっと忙しいことだろう。

「……あれ」

 そんなことを思っているうちに、通話が終了していた。間違えて終了ボタンを押してしまったのだろうか? 暫くすれば分かるだろうとエレフォンの電源を落としたその時。


「アーランくーん‼︎」
「うおっ⁉︎」


 換気の為に開けていた窓からあの声が聞こえ、肩を震わせる。
 窓を見遣れば、『オラトリオ大陸』に居るはずのレイが顔を覗かせていた。

「れ、レイ⁇」
「アラン君さ、今って時間ある?」
「いやそれより中に入れよ……玄関開けるから……」
「これから宅急便来るからとか、お客さん来るからとかで待ってるわけじゃない?」
「全然違うぞ。……それより中に」
「じゃあちょっと手を貸してくれないかな?」

 駄目そう? と首を傾ける。

「ダメじゃないが……そもそもどうしてレイはこ」
「後で話す! 玄関で待ってるよ!」

 こちらの話に耳を傾けず玄関の方へ。寒い外でいつまでも待たせるわけにはいかないとアランは支度をする。


「レイって風邪引いたことあるのか?」
「無いよ」
「へえ……」
「……言っておくけど、元々が“剣”だからだよ。ことわざとは関係無いからね」

 支度を済ませたアランとレイは、並んで草原を歩く。
 そんな会話を交わしたのち、本題へと。

「レイはどうしてここに? 遊びに来たのか?」
「アラン君から見た僕はそう見えるんだね……。れっきとしたお仕事だよ」
「仕事?」
「うん。ほらあれ」

 レイは、海中から聳える大樹に視線を向ける。

「あの樹を調べるのに『エレメンタル大陸』と協力しようってなったみたいでさ、僕に白羽の矢が立ったってわけ」
「じゃあ自分から来たって話ではないんだな」
「うん。こんな形で戻って来るとは思わなかったし。まあでも、任されたからにはちゃんとやりますとも」

 そうして辿り着いたのは、以前レイが住んでいたアパート“もみじ荘”。
 建物の周辺では、多数の荷物と従業員らしき人影がちらほら。何となくアランは察した。

「荷物解くの……手伝ってくれる?」

 手を合わせ頭を下げるレイに、肩をすくめる。

「……分かったよ」
「ありがとう‼︎ すいませーん! 戻りましたー!」

 レイはアランの手を引き、従業員の元へ駆け寄る。荷台に積み込まれていた荷物が全て空となると従業員達は引き上げ、二人は箱の封を切る。

「……そうだ。レイは一体なにを任されたんだ?」

 そうだねえと資料の束を箱から取り出しつつ。

「所謂橋渡しってところかな? 『モルス』との連絡をスムーズにする為の。あ、さっき会って来たんだよ」
「そうなのか」
「理由はどうであれ、また仲良くしてくれると嬉しいな」

 その言葉に、アランは僅かに狼狽した。
 殺されかけた事実が脳裏を過ぎる。

「あ、ああ……。宜しくな」

 上手く笑えていなかったと思う。
 それでもレイは笑っていた。

「うんっ」

 誰にも相談できない経験を、彼はとっくの昔にしていたのだから。


「っ」

 不意に肩を震わせたレイに、アランの肩も釣られて跳ねる。

「……アラン君」
「なんだ?」
「食器類任せても良い?」
「なにかあったのか?」

 う、うんと困惑気味に頷く。

「ちょっと出掛けてくるね。何時に帰ってこれるか分からんけど……」
「え?」
「帰ってていいからね! じゃ‼︎」

 何故か敬礼をして部屋を飛び出して行った。

「なんなんだ一体……」


 *


 雲海を超え、煌めくホログラムの波を超えた先。星々が散りばめられた空間に、かの神殿は漂う。
 又の名を『精霊神の神殿』。麗しくも惨虐な女神、アストラルクイーンが祀られる地。

 そこに、レイの姿はあった。

「お、お久しぶりですアストラルさん……」

 王座に座る一人の“幼女”。何を隠そう彼女こそが麗しくも惨虐な女神その人。本来の姿は文字通りなのだが、力を奪われこのような姿となっている。それでも初めと比べればやや成長しているようだ。
 力を奪った張本人(正確には彼の大親友がだが)のレイは、恐る恐るアストラルクイーンと目を合わせるが。明らかに不機嫌。

「あ、あのー、用ってその……」

 最近になって明らかとなったが、レイは自身を生み出したアストラルクイーンとテレパシーのようなもので会話可能らしい。急に部屋を飛び出したのは、それで呼び出しをくらったからだ。

 レイは激しく目を泳がしながらも、思い当たる節である物は決して取り出さず。
 対してアストラルクイーンは、組んでいた足を下ろし王座から立ち上がる。一歩二歩とレイに近付き、片手を突き刺す。

「っは……」

 一瞬胸を貫かれると思ったレイは、すぐ脇を通った手に息を吐く。
 アストラルクイーンはぐにゃりと絵の具のように歪んだ空間から“何か”を取り出した。

「ふぅーん……これがそうね」
「あ、」

 栗色の装丁の本を手にするアストラルクイーンに、レイは慌てて手を伸ばす。

「か、返して下さい!」

 身長が大きくリードしているからか、簡単に本を取り返すことが出来た。
 一方で、まさかレイがそんな強気に出るとは思っていなかったらしく。自尊心が強いアストラルクイーンは怒りを覚えて。

「私の力を勝手に宿らせておいてその態度?」
「弁解の余地を与えて下さい‼︎」
「嫌。──【アストラルレイ】」
「ぎゃっ⁉︎」

 咄嗟に体をくの字に反らす。その判断は正しく、元居た位置を魔弾が通過する。魔弾は勢いそのままに壁へと被弾。轟音が轟く。
 錆び付いた人形の如くアストラルクイーンに視線を戻す。

「こ、殺す気ですか⁉︎」
「どうせ死なないわよ」
「精神が……精神が御陀仏……‼︎」
「なら渡して」
「あ、それは駄目です」

「【アストラルレイ】‼︎」
「だあああああああっ‼︎」



「あー……」

 一方、残されたアランはレイの部屋全体を見つめて声を洩らした。

(全部……やってしまった……)

 あれだけあった箱は全て捨てやすいように紐でまとめ、中身も全て適切な場所に置いてある。色々と考え事をしていたら食器類以外の荷物も解いてしまった。本来ならレイがやるべき仕事なのに。
 窓を見遣れば、陽は沈み月が夜空に浮かんでいる。レイが帰って来る気配は無く、アランは途方に暮れていた。帰ってていいとは言われたが、戸締まりが出来ないことに気付いてしまったのだ。帰るに帰れない。
 ひとまずブレイド達には連絡を入れ、レイが帰って来るのを待つことに。しかしながらこれほど遅いとは思わず、腹の虫が幾度も鳴っている。朝食以降何も食べていないからだ。仕方なくアランは軽食を求め、部屋に置いてあった鍵を手に外へ。ズボンのポケットにしまい、街に向かう時のこと。

「君がアラン?」
「えっ……?」

 運命の歯車が、音を立てて回り始めた。


 *


 クリーム色の長髪に青いリボン。
 何処ぞの貴族のような装束に、高貴な佇まい。腰に下げる二振りのレイピアに、月光が反射する。

 声を掛けられたアランは足は止めたものの、警戒心を強めた。初対面の相手に対して睨むことは無かったが、顔を顰めて。

「なにかご用ですか」

 何も語らぬ男は蠱惑的に笑い、二振りのレイピアを鞘から抜く。
 あまりにも自然に動くので“おかしい”と思えず。一気に距離を詰めてきた所で初めて気付いた。

 自分は今、“殺されようとしている”ことに。

「──っ⁉︎」

 レイピアがアランの首を捉えた瞬間。突如として男の姿が視界から掻き消える。入れ違いに現れたのは……戻って来たレイ。地面に転がるレイに、男を横から突き飛ばしたのだと判断。

「あいたたたた……」
「り、レイ。大丈夫か」
「それはこっちの台詞だよアラン君! 何があったのさ」
「オレにもなにがなんだか……」

 突き飛ばされた男が、片腕をもう片方の手で抑えながら体勢を整える。
 それを前にアランは、レイと共に困惑の表情を浮かべた。

「結構痛いね……でも運が良かったのかな。これが“剣”だったら痛いだけで済まされないだろうし」

 びくりとレイの肩が跳ねる。
 アランは動揺を必死に抑えながら口を開く。

「だ、誰なんだオマエは……どうしてオレを殺そうとしたんだ」

 男は名前を聞いたあとにアランを襲った。無差別にではなく、明確な殺意があったことは明白。
 アランに問われ、男は口元を歪めることもなく。冷たく目を細めて答える。


「僕の名前は“ゼロ”。アラン、君を殺す男の名前だ。よく覚えておくといい」


 ゼロが持つレイピアが怪しく光を放つ。
 思わず息を飲み込んだレイは、目端を釣り上げる。

「な、何でアラン君なの……?」

 ゼロは背後に聳える“大樹”に剣先を向けた。

「“あれ”を止めるために」
「あの大樹を?」
「もうすぐで世界はあの大樹だけを残して──『消滅』する」

「えっ……」

 告げられた言葉を、すぐに飲み込むことは出来なかった。
 ゼロは淡々と続ける。

「僕達『ナンバーズ』は“世界の再来ラグナロク”消失作戦の為、鍵となる君を殺す。……それだけは覚えておいて」

 レイピアを鞘に収め、夜の闇へと姿を消す。

「アラン君……」

 レイは不安げにアランの名を呼んだが返事はなく。
 アランはただ呆然と、目の前に聳える“大樹”を見つめていた。


 『I』n an evening of July頃は七月 たそがれどき

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