Five Elemental Story 〜厄災のリベラシオン〜
美しいステンドグラスの窓に差し込む光。
光は十字架の紋様を淡く照らし、彼の者らの瞳に宿る。
集いし十三人のうち、一人の男が一歩前に進み、十字架のステンドグラスを背に呼びかける。
「君達に重い十字架を背負わせてしまうことに、許しを請うことはしない」
男は掌を胸元に添え、ゆっくりと大きく振り払う。
「今これより、“
静かに号令は告げられた。
数多の命を守る為、一人の少年を“犠牲”にする作戦を。
「おはようアラン」
レベッカは拠点の階段を降りながら、髪を後頭部で一つにまとめあげる。朝食の支度をするアランの下に向かう頃には、見慣れたヘアスタイルへ。
「おはようレベッカ」
「……アレ? 今日はスープだったっけ?」
「材料はあったから変えたんだ。寒かったからな」
見れば、一階にある小さな暖炉に火が灯っている。レベッカは自室での出来事を思い出し、そうねと返した。
「ところでお手伝いすることある?」
「もうじき出来るから皿とか用意してくれないか?」
「ハーイ」
カチャカチャと音が響く中、ベルタとヴァニラも起床。それぞれ自室から一階に降りて来た。
「おはよう二人とも」
「ああ。なんだか今日は冷えるな」
「そうね。ヴァニラが挨拶もしないで暖炉の前に行っちゃうぐらいだもの」
暖炉の前で三角座りし、暖を取っているヴァニラに苦笑い。
「もうご飯出来たぞ」
「うん」
「……いや動けよ」
「……うん」
どこか名残惜しそうに暖炉から離れる。
温かいスープを始めとした朝食がテーブルに並ぶも、あと一人やって来ない。いつものことだ。「起こしに行ってくる」とアランが階段に足を向けた同時機。
扉が開き、中からブレイドが現れた。
「珍しいこともあるもんだな」
ベルタが嘲笑を浮かべながら口にする。ブレイドは眉間に皺を寄せ、暖炉に直行。
「寒過ぎて目が覚めたんだよ」
「布団貸してやるから先にご飯食べろ」
しぶしぶ暖炉の前から離れ、アランが差し出したブランケットを肩から掛ける。
既に席に着いていたレベッカはくすくすと笑う。
「ブレイドが一人で起きるなんて雪が降りそうね」
「流石に無いだろう。今日は寒いがまだ秋だぞ」
「ついこの前まで暑かったのに不思議よね」
「……降ってる」
ぽつりと窓を見遣るヴァニラが呟く。
「雪。降ってるよ」
え、と一同は揃って窓辺に近づく。窓から見える外に、ふわふわと舞い落ちる白い──。
「……嘘だろ」
「レベッカ……」
「な、なんでワタシを見るのよ!」
現実に外では雪が降っている。“水凍の地”ならともかく、季節的に雪が降るのはあり得ない。
異常事態を前に気持ちは落ち着かないが、一先ず朝食を食べ始める。食べ終わる頃には雪も止んでいた。一時的な現象だったのだろう。とは言え、疑問は深まるばかり。
「リベリアさんのところに行ってみる?」
「そうだな。依頼もないし」
片付けながら話していると、彼らの近くに置かれた“エレパッド”が着信を知らせる。即座に反応したベルタがエレパッドを操作。応答する。
「はい。『戦神の勇者隊』です」
『おはよ〜! こちらルシオラだよ☆』
掛けてきたのは白獅子王の側近ルシオラ。通話越しに星が飛んでくる。
「ええっと……」
場違いなテンションに困惑を隠し切れず、察したルシオラが一言謝罪。
『なんかごめん。でね、キミ達にちょっとお願いごとをしたくて』
「お願いごと?」
『詳しい話は“彼ら”に聞いてくれる? 今忙しくて説明する時間ないんだ〜』
「彼らとは誰のことで」
『じゃーね〜!』
プツンと通話が切れる。
どうしようとベルタが一同に顔を向けるも、逸らされる。
「おい。なぜ顔を逸らす」
「流れ的につい……」
もう一度掛け直してみるかと画面に触れた時。
ピンポーン。
場違いな(二回目)チャイム音が鳴り響く。
ベルタはエレパッドを机に置き、入口の扉を開けた。
「エステラさん……?」
立っていたのは『守護竜騎隊』リーダーのエステラ。先日たまたま出会した時と異なり、今日は戦闘服に身を包んでいた。背後を見遣れば、彼女の愛竜であるクオラシエルや、他の竜騎士もそれぞれの愛竜を連れて待機している。
目を丸くするベルタを前に、エステラは親指で背後を指し示しながら告げた。
「迎えに来たぞ」
「む、迎え⁇」
疑問符飛び交う様子に眉を顰める。
「ルシオラから聞いていないのか?」
「ルシオラ様から連絡はありましたけど、詳しい説明は……」
答えたのはベルタではなくアラン。そうかとエステラは返すと。
「簡潔に言うと、今から共に大樹へと行ってほしい」
*
場面は変わり、“はじまりの地”上空──。
寒空の下、五体の竜が宙を駆けてゆく。その背中にはそれぞれ二人ずつ、『守護竜騎隊』と『戦神の勇者隊』がペアとなり乗っていた。
用心深く飛行しながら、エステラは説明を始めた。
「まず朝起きたときにテラがアイザックをバーストしようとしていて……」
「そ、それは良いだろ。というか遡り過ぎだろ」
慌ててテラが口を挟む。同じバーニングルに跨るレベッカは首を傾げた。
「バースト?」
「あ、いや、それより話の続きだ。連絡が来たのはいつだったか?」
「朝飯を食べたあとだったな」
露骨に話が逸れたものの、エステラは特段気にすることはなく話を続ける。
「雪が降ったのは気付いたか?」
「ああまあはい。レベッカが予知したので……」
「してないわよ。ブレイドが一人で起きたのが変だったから」
と、目端を釣り上げる。鋭い視線を背中に受けたアランは苦々しく笑い、ブレイドは顔を顰めた。
「変で悪かったな」
「あら〜一人で起きれたの〜えらいわね〜」
「馬鹿にしてんだろ」
にやにやとミリアムが嘲笑する。
彼らの会話を片耳に、バラバスは小さく息を吐いた。
「その影響かどうかは不明だが、大樹の周辺の海面が凍っているのが分かった。それを調べて来てほしいと頼まれたのだ」
「おお、良いところだけ横取りしたなバラバス」
「話が進まないからだ」
「……」
今回アイザックと乗り合うヴァニラは、静かに大樹を見据える。
「……変」
「ああ? なにがだよ?」
呟きに対し、アイザックは聞き返す。しかしヴァニラは答えない。
「……違うかも」
「だからなにが」
「……」
口を閉ざしてしまったヴァニラに、まあいいかと早々に諦めた。気にするだけ面倒だ。
「そろそろ近づくぞ」
少しずつ下降するエステラに続き、他の四人も高度を下げる。
先程まで軽口を交わしていたとは思えないほど、真剣な面持ちへ変わる。海面近くまで降下し、宙に留まる。
それまでただ乗り合わせていた『戦神の勇者隊』のメンバー達は、次々と凍りついた海面に足を下ろす。一同が同行していたのはこのためであった。エステラ達『守護竜騎隊』は、周辺を警戒するように空中で待機する。
氷の上に片膝を付いたベルタは表面を軽く撫で、違和感を抱く。
「……この氷。自然に出来たわけではないな」
「どういうことだ?」
片手を腰に当て、ブレイドが訊ねる。ベルタは一同に顔だけを向けて。
「“厚すぎる”」
「……確かに分厚い氷だよな」
「正確な厚さは分からないが、私達が乗っても問題がないほどの厚さはある。ここまでになるにはそれなりの寒さと長い年月が必要だ。昨日今日で出来るわけがない」
凍っているのは大樹の周辺のみ。それでも広い範囲に及んでいる。尚且つ、前々からの現象でもない。それならとっくに報告が上がっているはず。ベルタの推察は納得がいくものだ。
そこで、バラバスがベルタの名を呼んだ。
「氷の一部を持ち帰るとしよう。何か分かるかも知れん」
「そうですね」
ベルタは立ち上がり、仲間達に目を向けた。それだけで意図を察したレベッカは「ごめんなさい」と軽く笑いながら謝罪。
「ワタシの武器は向いてないわね」
「俺も細くて無理だ」
「わたしはどっち使えばいいかわからないから」
「オレは……いや、オレの武器は向いているのか……」
「はああっ‼︎」
“閃光剣”の刃先を下に──氷に向け、勢いよく振り落とす。刃は氷を突き抜け、海面へ辿り着く。
簡単な話。“閃光剣”で氷の一部を切り取ろうとしているのだ。
「……オイ。あんな使い方されてるけどいいのか? お前がやったヤツだろ」
「使い方は自由だ」
作業を見守るアイザックは顔を顰め、エステラはさらりと返した。
「……よしっ」
ノコギリの如く氷を削っていき、切り取った一部を海面から引き揚げる。そこから更に分割し、持ち帰れるサイズに。
「これでいいだろ」
手のひらより一回り大きい氷をベルタに手渡す。ありがとうとアランに礼を述べ、改めて見つめる。
「さ、引き上げるぞ。危険がないとは言えないしな」
これ以上の成果は見込めないと判断。エステラの言葉に頷いた──次の瞬間。
パキパキパキ。
「……?」
何処からともかく聞き慣れない音が鳴った。警戒心を強め、耳を澄ませる。
初めに気付いたのは、降りる前より大樹を気にしていたヴァニラ。
「……走って」
「どうしたんだよ」
「いいから早く‼︎」
彼女にしては珍しく声を荒げ、五人は一斉にエステラ達の下へ走った。それと同時に轟音が響き、海面に漂う氷が大きく揺れる。
パキパキと音を鳴らしながら更に凍りつく海面。それを壊すように、海中から巨大な“根”が幾多も現れた。
アラン達は氷が破壊される前に竜の背へ飛び乗り、絡み合う大樹の根の合間を縫ってその場から離脱。事なきを得た。
*
それから暫くの間。彼らは上空から大樹の変化を見つめた。
大樹の根は一気に伸び、再度周囲の海面が凍りついた。根はある程度成長すると動きを止め、再び静寂が訪れる。現時点でこれ以上の変化はないと判断し、大陸へ帰還。アラン達を地上へ降ろした。
「アタシ達はこのまま塔へ向かう。ベルタ、さっきの氷をバラバスに渡してくれ」
「はい」
採取した氷を受け取り、エステラ達は『ミラージュ・タワー』に向かって飛び去った。
それを見送り、アラン達は表情を固くしたまま互いに向き合う。
「……これでまた騒がしくなるな」
「変に気付かないよりマシだろ。それより、この後どうする?」
「このまま拠点に帰るのは……」
なにもないとは言え、なにもしないのは落ち着かない。ならとレベッカは声を上げて。
「リベリアさんのところに行きましょ。さっきのことを話したら、なにか手がかりになるかも」
とりあえず今は自分達に出来ることを。レベッカの意見に賛同しない者は居なかった。
駆け足で『英知の書庫』に向かう。その道中、ふいにレベッカは立ち止まる。
「あっ……」
「どうしたレベッカ」
他の四人も足を止め、レベッカに視線を向ける。
「そういえば、エレパッド拠点に置いたままだと思って……」
「別に良いんじゃねぇの?」
「そうだけど、なにか指示が出たりしたら……ワタシ、ちょっと取って来るわね」
そう背中を向けるレベッカをアランが引き止めた。
「オレが取ってくる。レベッカ達は先に行っててくれ」
「いいの?」
「ああ。風邪を引かれちゃ困るしな」
行ってくると片手を軽く挙げ、アランは一同とは逆の方向に走り出した。
「私達も行くぞ」
「アランの言葉も一理あるしな。早く建物の中に入ろうぜ」
「うん」
レベッカは後ろ髪を引かれながらも、前を走る三人に続いた。
一方、四人と別れたアランは体力を温存しつつ、拠点を目指して走っていた。
つい数分前の騒動により騒めく街を避け、草原からのルートに変更。遠目に拠点を捉え、一定の速さで駆けていく。──その時。
バァン‼︎
「っ⁉︎」
銃声が鳴った。考えるより速く、アランは地を蹴って後方へ退避。直後、炎を纏った弾丸が地面へ着弾。周囲の草が焼け焦げる。
アランは困惑しながらも周囲に視線を這わせ、身構える。誤射の可能性も含め、撃ってきた人物を探す。
しかしその姿を見つける前に、二発三発と自身を“確実に”狙って銃弾が撃たれる。どうして自分が狙われているのか考える暇すら与えられない。徐々に削られていく退路の中で、銃弾を躱す。反撃しようにも向こうの方が速い。避け続けることしか出来なかった。自分を攻撃している人物も見つからず、時間だけが過ぎていく。
「っ……‼︎」
一瞬の静寂を経て、アランはなにかを察し振り返る。
いつの間にか背後を取った一人の軍人が、射程内に捉えたアランにシルバーの銃口を向け、引き金に食指を添える。
「貴様に怨みはないが、消えてもらう」
無情にも放たれた弾丸。ヤバイと理解しても体は追いつけず。アランの体を貫──。
『
キィン! と弾かれる弾丸。宙に舞った弾丸はやがて消滅。
二人の視線が弾丸に向けられることは無かった。彼らは共に、間に滑り込み弾丸を弾いた新たな人物へ視線を向ける。全身甲冑を纏い、白馬に跨るその人物は、アランを庇うように手綱を引く。
暫しの間。互いの意図を探るように見つめ合っていたが、先に軍人の男がマントを翻して去っていった。
アランは甲冑の人物の背後で、そっと溜め息を吐く。
「あ、ありがとうございました……」
そう甲冑の人物に礼を言う。いろいろと混乱しているが、助けてくれた人にお礼ぐらいは。
甲冑の人物は、馬の頭の形をした兜で覆い隠した顔をアランに向ける。
『怪我はないかね』
兜の中から籠った声が聞こえる。アランは話せるのかと驚いたが、ハイと頷く。
『汝の目的地まで送って進ぜよう。さあ、吾輩の後ろに』
「あ、あの……」
助けてもらったとは言え、不信感は抱く。馬の背に跨ろうか悩むアランに、甲冑の人物は『そうであるな』と少し気の抜けた声で口にし、手のひらを差し伸べた。
『吾輩は“白の騎士”なり。そう呼びたまえ』
*
“はじまりの地”。人目つかぬ場所にひっそりと佇む屋敷には、志を共にする十三人の悪魔祓いが暮らしていた。
「お帰り」
今しがた帰還した軍人の男を、高貴な佇まいの男が迎える。軍人の男は片手を胸元に添え、頭を下げた。
「申し訳ございません」
「言い訳はしなくていいのかい?」
「自分に非があるのは理解しております。ゼロ様」
ゼロはやれやれと肩をすくめる。
「ウノはもっと自分に優しくした方がいいよ」
軍人の男──ウノは、顔を上げた。
「……それで、何か僕に報告したいことがありそうだけど」
「はい」
ウノは先程の出来事を語る。甲冑姿の人物に任務遂行の邪魔をされたことも。全てを聞き終えたゼロは、ゆっくり息を洩らした。
「……やっぱりね」
時同じく。『ミラージュ・タワー』上層階。
モルス、及びそれに関わる人物達のみが立ち入りを許された上層部。その一室にある会議室では、五人のモルスが集まっていた。
「動き始めたか……」
つい数分前、『守護竜騎隊』から報告を受けた。朝の雪現象で塔内は混乱していたというのに追い討ちをかけられた。下層階では今頃、人々の対応で大騒ぎとなっている。
「まだあれがなにかすら分かっていないのにね」
後手後手となってしまっている現状に頭を抱える。あの大樹に対する有益な情報が“全く”見つからないのだ。
手をこまねいている間にも、じわりじわり闇は蠢き侵食する。緊迫した雰囲気の中、会議室の通信機器にとある知らせが届いた。
「なんだ?」
大型パネルに知らせの内容を映す。それはモルス宛に送られた手紙だった。文字を目で追っていくと、「あっ」と誰かが声を洩らした。
「……成る程な」
「言われてみればそうじゃな。これはわらわ達“だけ”の問題ではなかったのじゃ」
「アルタリア〜なんて返そっか」
「手を貸してもらえるなら有難い。承知したと返そう」