Five Elemental Story 〜絆の聖譚曲〜

最終話 絆の聖譚曲オラトリオ


「【今ここに、汝の聖譚曲オラトリオを記せ。降り注ぐ厄災に終止符を】──【絆の聖譚曲オラトリオ・スコア】」


ラディウスが差し伸べた掌に、自身の手を重ねるレイ。詠唱を唱え終わると同時、レイの姿が一振りの剣へ変わる。

驚くことなくギュッと柄を握るラディウスを中心に光風が発生。風は優しく青年を包みこみ、光は青年を祝福する。やがてラディウスは白を基調とした神々しい衣装と、それに見合う力を手にしていた。

「……知らない、知らないわ、そんな力」

初めてアストラルクイーンの顔が歪んだ。王座から立ち上がったアストラルクイーンの体を、禍々しいオーラが包み込む。

「ああ……でもいいわ。貴方を手にして私はようやく“私”に戻れる」

アストラルクイーンの傍に、二つの剣が控える。

禍々しいオーラは更に激しさを増し、アストラルクイーンの体を覆い尽くす。

「さあ、始めましょう。新たなる世の創造を」


【究極進化】。


“大陸の王”と呼ばれるに相応しい力を、ひしひしと肌に感じる。

構えようとした五人を、ラディウスが止めた。

「……ここはオレに任せてはくれないか」
「で、でも……」

言い淀むのも無理はない。レイの命に関わる戦いなのだから。

ラディウスは正面を見据えたまま、剣先をアストラルクイーンに向けた。

「ここにいる誰にも、“殺し”をさせはしない。オレはレイの望みを叶えに来たから」
『……信じていいの?』

控えめに剣の中からレイが訊ねる。ラディウスは自嘲気味に笑みを浮かべた。

「オレは信じられるに値しない人間だよ」





光と闇が視界の中で弾ける。

ベルタのスキルで防御体勢を維持しながら、一同は戦いの行く末を見守っていた。

「消し飛びなさい! 【アストラルバースト】!」

黒紫色の魔弾がジグザグと浮遊し、一気に大爆発を引き起こす。爆発の中心にいたラディウスは即座に防御結界を発動し回避。剣を振るって視界を遮る紫煙を払うと、光の速さでアストラルクイーンとの距離を詰める。

キィン!

甲高い音が耳を貫く。レイとクイーンの剣がぶつかり合う。

『ぐっ……』
「ごめんっ!」
『ううん、大丈夫! 気にしないで!』
「分かった!」

左へ、右へ。軌跡を引きながら独りでに動く剣を相手にする。喫茶店のマスターと言うにはおかしいほどに戦い慣れているようであった。

「【フォルス】!」

纏う光の力が強くなり、力任せにクイーンの剣を弾く。弾かれた剣はクルクルと宙を回り、アストラルクイーンの手に戻る。

「これで終わりにしましょう──」

アストラルクイーンが放つ魔力によって、辺りの景色が揺れ動く。言葉通り、強烈な一撃が放たれるのは口にせずとも分かる。

だが同時に、チャンスでもあった。

『あの姿は仮初のものだし、この一撃に全てを賭けてると思う。だから何とか耐えられれば……』
「……うん、そうだね。そのあとに必ず隙が出来る。それが一瞬でも」
『……ラディウス?』

名前を呼ばれたラディウスは剣に視線を落とし、柔らかく微笑んだ。

「許して、レイ。君をこの舞台から引きずり下ろすことを」

次の瞬間、ラディウスとの【絆の聖譚曲オラトリオ・スコア】が強制的に解除され、同時にレイも剣の姿から人へ戻る。どうして、と困惑するレイの体を出来るだけ優しく後方へ飛ばし、アラン達に託す。

「あいたっ」

ハッとして体を起こしラディウスを。ラディウスは腰に差していた石の剣を手に、アストラルクイーンのもとへ。


……どうか。愚かなる我が祈りに応え、今一度聖なる加護を。

「──デュランダル!」


何かを察したレイが駆け出そうとするのを、両側からアランとレベッカが止めた。

「ベルタ!」
「【ミラクロアグレイシア】!」

蒼氷王の加護を発現させたベルタが、来たる衝撃に備えて氷の壁を生み出す。

「レイ! 下がって!」


「【アストラルストリーム】!」


放たれる光線。神殿をも破壊する威力に耐えきれず、強い衝撃と共に意識を失う。


〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜


「う……」

小さく声を洩らし、意識を取り戻す。ゆっくりと目を開けると、土埃を被る白い壁が見えた。あの宇宙のような空間ではなくなっている。強い光に視界が遮られ、衝撃を受けて気を失ってしまったが、何が起きたのか……。痛む体を何とか起こすと、気付いた誰かがレイの体を支えた。

「あまり無理するな。まだ痛むのだろう」
「アテナさん……?」

支えたのは下で待機していたはずのアテナだった。

「どうして……」
「それはこちらのセリフだ。大きな音がして出てみたら、上にいたはずの貴方達が倒れていた。一体何があったんだ? 戦いはどうなった?」
「それは……僕にも……」

みんなは? と辺りを見渡す。すると、離れた場所に見覚えのある服の裾が見え、痛む体を引きずって駆け寄る。

「ラディウス……ラディウス!」

仰向けに倒れる親友の名を必死に叫ぶ。何回か声を掛けると、ラディウスの瞼が小さく震える。

「ん……、ぁ……リア、ム……?」
「うん、そうだよ! だ、大丈夫?」
「あはは……ちょっとキツいかも……」

どうやら魔力切れを起こしているようで、指一つ満足に動かせない様子。また意識が薄れつつある中、ラディウスは口を動かす。

「レイ……デュランダルは……」
「え、えっと……」

視線をラディウスの手に移す。そこには確かに、剣の形をした石が握られていた。

「……また石に戻ってるよ」
「そう……ありがとう……」

ウトウトと瞼が重くなってくる。

「ラディウス、あの……」
「ん……?」
「“デュランダル”で何をしたの……?」
「……殺さなくても、力さえ消せればいいと思った……そうすれば……ねが……い……」

言い切る前に完全に眠ってしまった。小さく寝息が聞こえる。

「レイ」
「あ、アラン君……」

今しがた目を覚ましたアラン達が揃う。眠るラディウスを心配するが、レイが大丈夫だと返す。

「魔力が切れちゃったみたい……」
「そうか……」
「ね、ねえ、あの人はどこに……?」

アストラルクイーンの姿がどこにも見えない。

「……? ブレイド、あそこ」

ヴァニラが指差した先──神殿の崩れた瓦礫が転がる中心に、彼らよりも一回り二回り小さな人影が。

「こんな場所になぜ子供が?」

そこで意識を失っていたのは、まだあどけなさ残る女児。アテナが不思議に思う中、他の六人はその少女に見覚えがあった。

「まさかこいつ……」
「ああ。見た目こそだいぶ違っているが……」
「……アストラルクイーンに、間違いない」

あの空間で相対した時に感じていた力は、今や殆ど感じない。

「多分だけど……ラディウスがアストラルクイーンの力の殆どを消し飛ばしたんだと思う」
「じゃあエレメントの暴走は回避できたってこと?」
「……うん、そうだね。少なくとも、アストラルクイーンが力を取り戻すまでは。あと……僕達の心配も」
「……僕達?」

向けられた視線に、アテナは驚いたように目を見開いた。短くすまないと謝り、小惑星の空間へと走っていく。

「……」
「……レイ。ひとまず、ラディウスさんを安全な場所に運ぼう」
「うん。……あのさ、もう一ついいかな」





──それから三日後。

「……」

“はじまりの地”にある『中央病院』の一室。

ようやく魔力が回復したラディウスが、三日振りに目を覚ました。二、三度瞬きをし、上半身を起こして辺りを見渡す。

「あっ。」

その時、病室の扉が開きレイと目が合う。レイはそっと扉を閉めると、花瓶を手にしたまま駆け寄った。

「良かった……いつ目が覚めたの?」
「今さっきだよ。レイも元気そうでよかった」
「ラディウスのおかげだよ。……ありがとう」
「どういたしまして」

笑みを溢すラディウス。レイは花瓶を近くの机に置くと、気まずそうに話しかけた。

「怒らないの……?」
「……なにを?」
「だって、僕……黙って消えようとしてたから……」
「……」
「……考えないようにしてるんだ」
「え……?」
「オレは、そういう人間だよ」
「……ありがとう」


一つ、また一つと、涙が瞳から零れ落ちる。

もう駄目だ、と思っていたのが嘘みたいに。

今もこうして生きている。


「……本当にいいの? パラス」
「うん。アテナの気持ちは嬉しいけど、あの人を独りにさせておくのもなんだか、ね……」

同時刻。『精霊神の神殿』“跡地”。

あの城が存在していたとは思えないほど、辺りの地形は元の姿に。代わりに置かれた一つの女神像の前に、アテナとパラスは居た。

「たしかに神殿は雲の上にあるけど、いつでも戻ってこれるしね。そこまで不自由でもないかな」
「……わかった。近いうちにまた会おう。必ず」
「必ず、だね」

またね、とパラスは手を振り女神像が放つ光の柱に包まれて、遥か先の天へ昇る。

見送ったアテナは笑みを浮かべ、女神像を後にした。





それからまた数日後。

騒動の後処理も落ち着いてきた頃。『戦神の勇者隊』メンバーは、モルスに呼び出されて『ミラージュ・タワー』へと足を運んだ。

「こうして五人揃っているところを見るのは久しぶりだな」

上層階にある会議室に入ると、開口一番にそう言われた。ハルドラ以外のモルスと会うのは久しぶりで、柄にもなく照れてしまう。

「忙しいのに呼び出してすまないのじゃ」
「大丈夫です。それで、今回は一体……」
「キミ達が受けていた長期依頼についての話……なんだけど」

微妙な雰囲気が流れ始める。何かを言い渋っているようなモルス達に、訳が分からず困惑。

「な、なにかあったのですか?」
「え〜っと……」
「……実は、レイの方から依頼完了の申し出があったのだ。『ラディウスと共に次の便で戻ります』とな」

思い返せば、レイが『エレメンタル大陸』へやって来たのは己の出自について調べるため。それが解決した今となっては、留まる理由もない……のだが。

「は、初めて聞きました、帰るって……」
「貴様等に伝える気は無かったようだからな」

ほら、と渡されたのは彼ら宛にレイが書いた手紙。受け取ったアランが封を開け、中の手紙を読み上げる。


『皆様へ。
これを読んでいる頃、僕はもう船に乗って帰っている頃だと思います。
黙っていなくなるような真似をしてごめんなさい。みんなにはとても感謝してます。何度も助けてくれてありがとう。
でも僕は……あの戦いのとき、みんなに辛い思いをさせてしまった。僕のせいで、誰かに罪を背負わせるような真似をさせようとした。みんなはきっと、気にしてないって言うかもしれない。だけど僕は……。
ごめんなさい。けど、必ずまた会いに行きます。陰ながらみんなの事応援してるよ。
レイより。』


「……あの馬鹿。話をしても良かったのに」
「あのときのこと……すごく気にしてたのね……」
「それで気まずくなって、か……」

念のため船の時刻を確認するも、すでに『オラトリオ大陸』行きの船は港を出港していた。

何とも言えない空気の最中。それまで静観していたアンガが口を開く。

「なら、テメーらも行ってこいよ? 『オラトリオ大陸』」
『……え?』

アンガは拳を握りしめながら続けて。

「今の手紙を読んで、テメーらが感じたことを伝えてこいよ? 少なくともオレがテメーらの立場だったら、一発ぶん殴ってるけどな?」
「暴力沙汰は駄目、絶対」
「わかってる! でも煮え切らねーだろ。このままじゃよぉ?」

煮え切らないと言われ、真っ先に頷いたのはブレイドだった。

「そうだな。一発ぶん殴らないと気が済まねぇ」
「落ち着けって。そもそもの話、行く手段がないだろう」
「無くはないぞ」

さらりと言ったアルタリアに目を丸くする。

「あるんですか!?」
「ある。一瞬で、最速で、な。ただ向こうの承認が降りなければいけないのと、お金がそれなりに掛かってしまうが……それでもいいのか?」

期待の眼差しがアランに向けられる。

アランは少し悩んだ末、小さく頷いた。

「リーダーの許可も降りたからそれで行くぞ」
「こういうときだけリーダー扱いするな」
「とにかく、承認が降りるまで時間がかかるのじゃ。その間に旅支度を済ませておくとよい」
「はい。ありがとうございます」


彼らの物語は、まだまだ終わりそうにないようだ。



Five Elemental Story
第1.5部〜絆の聖譚曲オラトリオ
完結……?




「──へくちっ。うう、寒っ……」
「平気、レイ? 海風に当てられたんじゃない?」
「そうかもしれないしそうじゃないかもしれない……」



次話へ続く。


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