Five Elemental Story 〜絆の聖譚曲〜

5話 死セル狂想曲カプリチオ


「あれは……」
「……アストラルクイーンの神殿ですね。一部だけのようですが」
「アレが神殿……? お城のようにしか見えませんけど……」

“はじまりの地”を襲う揺れも落ち着いた頃。突如として現れた巨大な神殿を目にしたレイは、一人『戦神の勇者隊』の拠点から走り出す。

「待て」

その腕をギリギリで掴んだのはブレイドだった。レイは手を払おうとせず、顔だけ振り返って。

「あそこに行くつもりか」
「……行くよ。でもその前に寄っておきたい場所があるから」

するりとブレイドの手を抜け、走りだすレイ。やがて姿が見えなくなると、ブレイドはアラン達の方に振り向く。

「アルボスさん。さっき言っていた、エレメントの暴走ってどういう意味ですか? エレメントを持つ生き物は例外なく無事では済まないって……」

その言葉をアルボスの口から聞いた時、言葉では言い表せぬ騒めきが胸の中を掻き立てた。その嫌な予感は、見事命中してしまう。

「……私達の体内に宿るエレメントには、体外から摂取する元素とは異なり、核となる元素……言い換えれば、生きていくのに最低限必要となる元素が存在します。それは余程の事が無い限り消費される事は無く、体内に宿り続ける。しかし、その元素の流れが激しく乱れてしまった時、流れを正常に戻す事は出来ません。この大陸にいようがいまいが、最終的に訪れるのは……」

アルボスはそこで言葉を紡ぐのを止めてしまう。しかし、彼の表情から読み取ることは出来た。暫しの沈黙後、アルボスは再び口を開く。

「……私は一度ハルドラ様のもとへ戻ります。アストラルクイーンを鎮める方法を探さなければ……」

では、と魔法陣の光に包まれてその場から消えるアルボス。

静まり返る一同の中で、真っ先に声を上げたのは──。

「なあ」
「あの」
「ねえ」
「なぁ」
「ねぇ」

「「「「「……」」」」」

全員だった。

不思議なことに声が揃い困惑する彼だったが、誰かが小さく笑い出した。

「ふふふふ……」
「ヴァニラ、今は笑ってる場合じゃ……」
「ふふふ、だって嬉しいの。みんな、思ってることは一緒なんでしょう?」

誰もが仲間達と顔を見合わせ、微笑み合う。

よしっとアランはパチンッと掌を合わせ、注目を集める。


「各自準備が出来次第、拠点前に集合!」
「「「「了解!」」」」


〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜


『只今電話に出ることが出来ません。ピーッと言う発信音の後に、お名前とご用件をお話下さい』

清々しい陽光が部屋を淡く満たす。騒がしい外とは違い、実にゆったりとした時間が過ぎゆく。

“もみじ荘”一階。本やら資料やらが重なる自室に、レイの姿はあった。

「……ごめんね。今まで……ありがとう」

窓際に寄せた机の上に置かれたメモ帳と大事なカメラ。そこに、エレフォンをそっと加える。

「……さようなら」

懐かしき遠くの大陸に想いを馳せ、想いと共に扉を閉めた。





──“はじまりの地”、『精霊神の神殿』前。

「……やっぱりこれ詐欺だろ。どう見ても城、神殿じゃない」
「それだけ信仰心が大きかったってことじゃないか?」

いつもの戦闘服に着替えた『戦神の勇者隊』達。左右から中央に寄るようなデザインの神殿に来たものの、入口が見つからず……正確に言えば入口はあるのだが、扉が開く気配は無し。

「籠城ってこと?」
「わざわざこれ見よがしに城を出しておいてか?」
「もうキャノン撃っていいかしら」
「ま、待て、もう少し待て」

その時、誰かがあっと声を上げた。

神殿を囲うようにして生える木々の合間を縫い、こちらに走る少年の影。少年は小さく息を乱しながら、五人を見据えて。

「お、お願いがあるんだ」

胸に握りしめた拳を添える。

「僕と一緒にあの人を……アストラルクイーンを、倒してほしい」

“倒してほしい”の一言に違和感を抱くが、目的は同じだ。断る理由はない。

「もちろん。」
「あっ……ありがとう……」

空笑いにも似た表情を浮かべた。

「ただ中に入れないのよね」
「少し登れば中に入れるかも。わたし見てくる」
「いや何があるか分からない。適当な場所から入るのは良くないな」

「……」

レイはすっと五人の間を通り、扉に己の手を添えた。すると、応えるように重い扉が左右にずずずと引いていく。

完全に扉が引くと、一寸先に暗闇が広がる通路が彼らを出迎える。暗闇の向こうから誰かが手招いているような雰囲気も感じられた。

「アラン」
「ああ。みんなは後ろからついてきてくれ」

ブレイドに呼ばれ、光のエレメントで剣を生成。暗闇を照らす松明のように掲げ、神殿に足を踏み入れる。アランの隣にブレイド、二人の後ろにレイ、レベッカ、ヴァニラと続き、最後にベルタが扉をくぐると、再び左右に引いていた扉が中央に寄る。

『……!』

木々の影から中を窺っていた人物がそれに気付き、滑り込むように扉をくぐり抜けた。



神殿内部。

「結構暗いな……みんな、ちゃんといるか?」
「やめろその言い方は」
「えっなんで駄目なの?」
「しっ。黙っとけ、後ろからちゅどーんだぞ」
「聞こえてるぞ」

「……見えてきたわよ」

長いようで短い暗闇の通路が終わりを迎える。

キラキラと光が反射して生まれる幻想的な空間。天井はどこまでも高く、吹き抜けの窓も多い。シンプルだが細かく計算尽くされた大広間に、綺麗だと思わず呟いてしまいそうだ。

「これってオブジェか?」

中でも一際目に付くのは、中央で淡い光を放つ大きな惑星のオブジェ。独りでに浮かぶ惑星の周りを、四つの小惑星がゆっくりと廻る。

「……レイ? じっと見てどうしたの?」
「え、あぁ……ちょっと気になって」
「気になる?」
「うん。……」
「あっ。」

ガシッとレイは小惑星のオブジェを一つ掴み取った。ヴァニラが洩らした声に気付いたブレイドがギョッとする。

「おまっ……何してんだ、レイ!」
「お、大声出さないでよブレイド君……耳がキーンって、キーンってした……」
「お前それ持って帰るつもりか? 持って帰って……売り捌くんだな」
「しないよ!? ってか売れるの……?」
「知らねぇ」

「ねぇー! ここに扉があったわよー! ……開かないけどー!」

ガクッと足を滑らせる一部。

レベッカが見つけた扉は計四つ。どの扉も閉まっており、やはり鍵穴は見つからない。ただし異なる点があり、扉の上部に不思議な記号が描かれているのと、それぞれに小さな台座があることだ。

「……惑星記号?」
「あっ、成る程」

アランの呟きにレイが頷く。

「でもこの形は見た事ないなぁ。アラン君は?」
「オレもないな……」
「……ん? レイ、それってあの像の……」
「うん。何か取れそうだなって思ったら取れ」
「そこにある台座にはめ込めそうだぞ」
「最後まで聞いて……」

試しに小惑星のオブジェを台座にはめる。しかし扉はびくともせず、あれ? と一同の間に疑問符が浮かぶ。

「……これよく見たら記号が見えない?」
「あっ、たしかにそうね」

目を凝らしてみると、ぼんやりと記号が浮かび上がっているのが分かる。またまた試しに記号と同じ扉の台座にはめてみると、ガタンッと物音。続けて扉が上部に上がっていく。これが正解のようだ、と残りの三つもそれぞれ同様に設置する。

「赤、青、緑、黄色……」
「……そうか。この先に居るのはあいつらか……」

その場にいなかったレベッカとベルタを除いた四人の脳裏に過ぎる彼らの姿。

「彼らを倒さないと先に進めない……ってやつだね。……ベタだけど」
「時間もないから分かれて行くぞ」
「そうだな。レイ、貴方はどうする?」
「僕は……一人じゃ戦えないけど、誰かに使って貰えたらそれなりに力を発揮出来るから」

レイを頭数に入れたとしても六人。一度に攻略できないのは分かっているので、じゃあと振り分けようとしたその時。

「待ってくれ」

大広間に響く凛とした女性の声。

「アテナさん! ど、どうしてここへ?」
「すまない。この建物にどうにかして入れないかと思っていたら、あなた達の姿が見えたから後を追ってきた」
「それならもう少し早く声を掛けてくださっても良かったのに……」
「は、恥ずかしながら転んで出遅れてしまったんだ……」

ハッとして、「それよりも、だ」と話を戻す。

「その扉の一つ、私に任せてはもらえないだろうか。彼女と……ちゃんと向き合いたいんだ」

利害は一致している。この申し出を断る理由は彼らには無い。

かくして、光の扉をアテナ。火の扉をベルタとアラン。木の扉をレベッカとヴァニラ。水の扉をブレイドとレイに、それぞれ振り分けた。


〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜


──小惑星【水】の空間。

へ、至る通路にて。ブレイドは自身の斜め後ろを歩くレイに話しかける。

「なぁ、レイ。お前さっき『誰かに使って貰えたらそれなりに力を発揮出来るから』って言ってたけど、具体的にどうなんだ?」
「え? あっ、戦いが始まったら邪魔にならないように近くを飛んでるから大丈夫だよ」
「そうじゃねぇよ。使う使わないに関わらず何が出来るのかって話」

レイはえっと、と一度言葉を区切り、頭の中で整理してから声に出す。

「僕の剣は片手剣だけど、使う人によって形を変えたり、その人が普段使っている剣に憑依する事は出来るよ。……それはちょっと嫌なんだけどね。あと援護なら任せて。ある程度は出来るから」
「何となくは理解した。じゃあ……宜しくな」
「うん!」

やがて、二人は小広間に足を踏み入れる。

(どのような原理なのかは不明だが)天井一面に揺蕩う水。床にも浅く水が流れており、気温が一気に冷えている。深海の中に迷い込んだのではないかと錯覚するほど、暗く、寒い空間。

「うふふふふふ……」

不気味な笑い声に、ピチャンと水音を立てる。

青い髪に青い肌。人間には見えない女が、この前対峙した時と姿を変えて現れた。

「セドナ、さん……」
「名前覚えていてくれたのね? 嬉しいわ」

と、浮かべる笑みに背筋が凍る。ビクッとするレイを尻目に、ブレイドは“影切丸”の柄に手を添える。……が、突如として視界が揺れ、両手両膝を床につけてしまう。

「ブレイド君!」

レイは膝をつき、ブレイドの体を支える。

一体何が起こったのかと分からずにいたが、内側から遅いくる吐き気に気付く。

部屋全体が異様に暗かったのも、床に水が引いてあるのも、全ては仕込んだ“毒”をカモフラージュする為。

荒い呼吸を繰り返しながら、何とか刀を鞘から抜くもそこまで。立つ事すら出来ない。

「ど、どうしたのブレイド君、何が起きてるの」

声が上手く出せず、あぁくそっ、と心の中で自分に毒づく。レイの疑問に答えたのは、嬉しそうに笑うセドナ。

「私が用意した毒のお味はどうかしら」
「毒!?」
「ええ、そうよ。貴方にはなんともないのね。あぁ、元々が武器だからかしら」

セドナは“海神の斧槍”を召喚し、一振り。

「頭から斬られるのか、腹を突かれるのか。どちらがお好み? 胴体からでもいい──ん?」

深海の闇には眩しい光が放たれる。放たれた光の中心には、剣が一つ。

『【リフレッシュ】!』

温かい光がの者に宿る。つい数秒前まで感じていた吐き気が、スッと消えていくのを感じた。

『ごめんね、ブレイド君。もう少し早く気付いていたら良かったんだけど……』

すぐ側を浮遊する剣の中からレイが申し訳なさそうに話しかける。ブレイドは短くいやと言い、立ち上がる。

「悪い、助かった。その調子で次も頼む」
『うん! 久しぶりだけど頑張るよ』

「【ベノムブリザードクラッシュ】!」

氷の巨塊を斧槍ハルバードで砕き、強風と共にブレイドを襲う。

「はあぁ!」

ブレイドは刀を地面に刺し、そこを中心に渦を巻いて氷諸共巻き込む。風の力が弱まり、氷が辺りに音を立てて転がる中。一瞬の隙を突いてセドナが斧槍ハルバード片手に突っ込む。

『【フロラシオン】!』

舞い踊る花吹雪に視界を奪われる。刹那、はらりと散る真っ二つに分かれた花。自身の背後でキンッと金属音が響く。

──ドシャッ。

ブレイドの【居合斬り】が決め手となり、俯せに倒れるセドナの体が固く、それでいて小さく変化していき、やがてセドナが使っていた“海神の斧槍”の姿へ。

ブレイドが掴み上げたと同時、剣から人の姿へ戻ったレイが名を呼ぶ。

「見て、あそこ」

目線の先にあったのは、ぼんやりとした光に照らされた石の台座。近づくと横一線に窪みがあり、斧槍ハルバードの矛先と合致する。

レイに見守られながら矛先を窪みに嵌めると、遠くの方でガコンッと物音が。

「さっきのオブジェがある所に戻ってみようよ」
「ああ、そうだな」





──小惑星【光】の空間。

ブレイドとレイの二人がセドナと対峙する少し前。一人扉をくぐったアテナは、通路を抜けて小広間に足を踏み入れる。

神殿内である事を忘れてしまいそうな……此処とは違う何処の景色。忘れもしない、あの方の神殿。

「……来てくれると思ってたよ、アテナ」

(どのような原理かは不明だが)降り注ぐ陽光に揺れる金色の髪。ランスを手に現れた少女パラスに、アテナは苦しげに顔を歪める。そんなアテナに対し、少女は瞼を下ろした。

「……本当は、お父様の神殿にするつもりはなかったの。私の心を映した時、現れたのがこの景色だった……。私にとっても、アテナにとっても、良い場所ではないからね……」

アテナは剣と盾を強く握りしめ、遠き昔を思い浮かべて口を開く。

「そうだな……。忘れもしない。あの日、私はパラスを……刺し殺してしまったことを」


それは、アテナとパラスがまだ幼き頃の話──……。

パラスの父親のもとで育てられていたアテナはある日、姉妹のように仲が良かったパラスと決闘の真似事をする事に。お互いの胸にそれぞれ手作りした勲章を模した飾りを身に付け、落とした方を敗者として決闘を始めた。


「だが私は……飾りごとパラスを……」
「……」

アテナは懐からその時にパラスが作った飾りを取り出し、握りしめた。

「……」

パラスは胸元に手を添え、目を開ける。

「憎んでくれたって、恨んでくれたっていい。私はっ」
「アテナ。」

ハッとして意識をパラスに戻す。

「私知ってるよ。アテナがどれだけ後悔して、悲しんでくれたこと。無茶ばかりして体を壊しても、誰にも頼らなかったこと。……でもどれだけ叫ぼうと、私の声がアテナに届くことはない。だからあの人の手を取ったの。自由じゃなくてもいい、一目会えたらそれで……」

良かった、と消え入りそうな声が響く。動揺を隠せないアテナだったが、パラスが不審な動きをしていることに気付く。

「っ……パラス!」


グシャッ。


高い金属音を鳴り響かせて床に転がる剣と盾。駆け出したアテナは、槍が貫くパラスの体を受け止めた。

「な……なんてことを……! 自分の体に槍を突き立てるなんて……」
「……不思議。たしかに刺さってるのに……血が出ないなんて……やっぱりもう……」
「なんで……なんで自分で……」
「……泣かないで、アテナ」

そうパラスは微笑み、涙を指で掬う。

「ずっと前から決めていたの。だって私、誰かを傷付けるなんてできないから。……もうすぐで私の体は武器になる。そうしたら向こうにある台座に刺して。あの人への道が開くから」

持っていた“光神の槍”が光粒となってパラスの中へ消える。少しずつパラスを覆う光が強まり、物言わぬ武器へ変化していく予兆を無意識に感じ取る。

「ま、……待ってよ、お願いだから……」
「私のせいでいっぱい傷つけてごめんね。……でも恨んでないよ。一度だって」
「パラスっ……」
「……大好きだよ、アテナ。信じてね」

ふっと無くなる重み。

カランと転がる光の槍。


その槍はどの武器よりも重く、それでいて暖かさを持っていた。


〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜


──『精霊神の神殿』、大広間。

「……」

あっ、と声を上げる者は居なかった。誰もが皆、扉の向こうから戻ってきたアテナの姿に口を閉ざした。

「……すまない、私が一番遅かったようだな」

全員揃っていることに気づき、アテナは空笑いを浮かべる。

「ところでこの階段は? 先程まではなかったが……」

アテナの視線の先──大広間にある惑星のオブジェは変化していた。四つの扉に刻まれた記号から放たれた光が惑星に集い、惑星から光の奔流が天井に向かって流れ出し、半透明の螺旋階段となった。……らしい。

「多分この先で待っているんだと思います」
「……ああ、そうだな。パラスも言っていた」
「……あの、アテナさん」

名を呼んだレイは少し俯きがちに提案をした。

「どうした?」
「パラスさんの側で……待っていてはくれませんか?」
「えっ」

扉を確認する。……確かに閉まってはいないが。

「……分かった。ならばそうしよう。……無事を祈っている」

アテナに見送られ、階段を一段ずつ登っていく。

「……ありがとう」

登る途中、レイはぽつりと呟いた。真っ先に反応したのはレベッカ。

「急にどうしたの? さっきの話?」
「レイの剣でトドメをさせれば、アストラルクイーンを倒すことが出来る……って話か?」
「う、うん。そう」

アテナが六人と合流する少し前、レイは一同に重大な話をしていた。それは、『剣となったレイならば誰も犠牲にならずアストラルクイーンを倒すことが出来、エレメントの暴走を食い止められる』という内容。

「その話、アテナさんにしなくてよかったの?」
「……うん。確証も無いし、上手くいくかどうか分からないしね。……あっ、皆の事を信用してないって話じゃないから!」
「分かった分かった」

階段の終わりが見えて来る。筆舌に尽くし難い雰囲気を前に、一同の間に緊張が走る。

「っ……」
「レイ。肩に力入り過ぎ」
「あっ、ごめん……。あの、ブレイド君」
「何だよ」

「この先何があっても、戦ってね。僕は……ただの剣だから」

「……おい」


思えば、気付こうと覚えば気付けた筈だった。

この時始めて違和感を感じたのは、もう戻れないと分かったレイが隠すのをやめたから。

本当はいつから、その恐怖と戦っていたんだろうか。



螺旋階段を登り切り、頂上に辿り着く。

そこは明るい日差しが照らす外界とは異なり、幾つもの惑星が浮かぶ宇宙のような景色であった。

不思議な空間に似つかない白い王座につく一人の女性。美しく、それでいて気高く、まさに王と呼ぶに相応しい女神。

「こうして会うのは初めてね」

双眸を細め、レイを見据える。その声にレイは、あの夢で聞いた声に間違いないと確信。

「貴女が『アストラルクイーン』ですか……?」
「ええ、そうね。そう呼ばれているわ」

足を組み直し、王座に体を預ける。

「貴方達もよく来たわね。彼に唆されるまま、私を倒しに来たの?」
「それは違う。オレ達はエレメントの暴走を止めに来ただけだ」
「どこかの王様が止めてくれたら楽なんだけどな」

ブレイドの煽りとも捉えられる発言に、アストラルクイーンはくすくすと笑みを溢して。

「聞かなかったかしら。エレメントの暴走は皆等しく起こるのよ。私だって例外じゃないわ。でも仕方ないじゃない。自分じゃ止められない。かと言って、止める気もないけど」

その言葉に武器を構える五人。衝突は避けられない、と目付きを鋭くさせる。

対してアストラルクイーンは態度を変えず、笑みを浮かべたまま。

「私を倒すのは良いわ、倒せるものなら。彼を使えば私は今度こそ無事じゃ済まされない。消えて散るでしょうね。──彼も一緒に」

彼が誰を指すのか、誰もが分かってしまった。

視線を向けられたレイは狼狽えることなく毅然とした態度で、ハッキリと言い放つ。

「貴女と一緒に消えるかもしれない。でも僕はそれでもいい。今この時の為に、産まれてきたんだと思うから」
「レイ、お前……」
「大丈夫! もしかしたら生きてるかもしれないでしょう? そんなに深刻にならなくて平気だよ」

そう笑って返すレイに、そうかもしれないと納得しかけた……その時。

「貴方はそこに居る誰かに、貴方の命を奪う行為をさせるのね。悲しい……悲しいわ……」

悲しげに呟くアストラルクイーンの言葉に、心が揺れ動く。すぐにレイは「そんな事は無い!」と叫ぶも、アストラルクイーンは慈悲深き眼差しを向ける。

「剣だから人と同じように生きることは出来ない、そう考えてるのでしょう? でもそれは間違い。貴方は今、彼らと同じように生きているのよ? だからね。貴方が彼らにさせようとしているのは、“人殺し”なのよ」


“人殺し”。


たった三文字の言葉が胸に深く染み渡る。

レイもまた、返す言葉を失ってしまった。

高らかに笑い声を上げるアストラルクイーンの体から光が放たれ、神々しい姿へと進化する。

「さあ、選びなさい。私を倒して人殺しに成り下がるか、それともみんなで仲良く天に還るか」

迷っている暇など無い。今こうしている間にもジワジワと滅びの瞬間が迫っているというのに……。

突き付けられた言葉から迷いが生じる。

“本当に、これでいいのか”──?

「さあ、早く言えばいいじゃない。『僕を殺して下さい』って」
「五月蝿い!」
「あぁ、怖い」

「レイ!」

新たに空間に響き渡る声。アラン達も、アストラルクイーンも、聞き覚えのない声。

青年が一人、彼らが使った階段を登って来た。

「ラディウス……」
「え……?」

それは『オラトリオ大陸』に居るはずのラディウス。

レイが大親友と呼び慕う人物。

「な、何でここに居るの、」
「ルイスに頼んで『長距離転移魔法』を使って貰ったんだ。この前の電話から可笑しかったから……」
「……そう」

駆け寄ったラディウスから視線を逸らす。

「……レイ。さっきの話、本当?」
「……聞こえてた?」
「うん。……本当なんだよね。だからオレに、あんなメッセージ残したんでしょ」
「……うん。そうだよ」

最後の慈悲とばかりに、誰も二人の会話に口を挟まない。

ラディウスはそっとレイに手を差し伸べ、優しく告げた。


「オレの手を取って、レイ。キミの望みを、オレが叶えるから」


その言葉に、心の底から安心した自分が居たのにびっくりしている。

もう駄目だって思っていたのが、嘘みたいに消えていく。

ラディウスが何をしようとしているのか、これから自分がどうなるか分からない。……けど。

決して悪い方向へは転ばないのは、確かだ。

「……うんっ!」

思えば、これを初めて使ったのも、

ラディウスだったっけ。

「【今ここに、汝の聖譚曲オラトリオを記せ。降り注ぐ厄災に終止符を】──


絆の聖譚曲オラトリオ・スコア】。


〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜


聖譚曲オラトリオが高らかに鳴り響く。
純白の衣を纏いし青年の手には一振りの剣が。
戦いの果てに訪れる破滅は彼女か、自分達か。
それとも、予想だにしない結末か。
勇者達が見守る行く末はいかに。

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