Five Elemental Story 〜絆の聖譚曲〜

4話 帰還せし五重奏クインテット


「俺が行く!」


吹き抜ける風は迷いなく崖下へ。パラス達もアラン達も何が起こったのか分からず膠着状態にあったが、大きな水飛沫の音に解除される。

「行こう。目的は済んだ」
「……チッ」

待てと呼び止める暇もなく、霧のように消える四人。すぐさまヴァニラは崩壊した崖先に向かい、慎重に崖下を覗く。

「……いない」

海面のどこにも人の姿はない。次の行動を察したアランは、ヴァニラの肩を掴んで。

「オレが行ってくる。ヴァニラは向こうで待っていてくれ」
「……わかった」

小さく頷き、少し後退したのを横目で確認。今一度崖下を覗き……。

「っ!?」

直後、下から飛んできた何かを体を逸らして回避。何かは上昇後、急降下して近くに墜落する。

ヴァニラにしては珍しく動揺しながら、アランと共に何かに近づく。

「いっつ……」

見えたのは完全に伸びているレイと、小さく呻き声を洩らす男。その男に、アランとヴァニラは大きく目を見開く。

「……ただいま。アラン。ヴァニラ」

「……おかえり」
「おかえりなさい。……『ブレイド』」

妹に名前を呼ばれたブレイドは、少し照れ臭そうに微笑んだ。

「んで、この男は大丈夫か? 無理やり引っ張り上げたから体千切れてねぇといいけど」

沈黙。

「それを先に言え!!」


〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜


──“森林の地”、『木の蜃気楼の塔』上層階。

「……うん。これで平気かな」

と、塔の主であるハルドラは真剣な表情から一転し微笑みを浮かべ、様子を見守っていた彼らの緊張感が解れる。

あの後、レベッカとベルタ、ハルドラ、アテナの四人と合流しレイを安全な場所で治療することに。しかし、今ここにアテナの姿は見えない。

「アテナさん……元気なかったわね」
「……疲れるのも無理ない」

アテナは合流したものの、また後で話を聞きに行くと言い神獣と共に一同と別れた。哀愁漂う後ろ姿が頭から離れない。

話片耳に聞いていたハルドラはそうだねとレイが眠るソファーベッドの布団を肩まで掛けながら。

「なにか深い深い理由がありそうだけど、ボク達にはわからないしね〜。……さて、ここはボクに任せて、キミ達は休んでいていいよ。積もる話がありまくりって顔してる人がいるみたいだし」

言いながらブレイドを見遣る。ブレイドは僅かに視線を逸らして。

「……ああ。何が起きているのかも踏まえて話がしたい。いいか?」

構わないと他の四人も頷く。

「決まりだね〜。この部屋を出て左にず〜っと行くと、バルコニーがあるからそこで話すといいよ〜。ちゃんと目が覚めたら教えるから、ねっ」
「ありがとうございます、ハルドラ様」

代表してアランが礼を言い、“緑狼王”の執務室を後にする。行ってらっしゃいと笑顔で見送るハルドラだったが、近くから微かに呻き声が聞こえソファーベッドに視線を移す。

「うぅん……?」
「……ちょうど入れ違いになっちゃったね〜」



執務室から離れ、ハルドラが言っていたバルコニーに到着した一同。久方ぶりの再会にどう接していいか分からない様子ではあったものの、ブレイドが一番に口を開く。

「ハルドラから少し聞いたが、長期任務中なんだって?」
「え? ええ……」

歯切れが悪い返事にブレイドは何だよと言いたげに目を細める。それにベルタは言いにくそうに告げた。

「ハルドラ様がどこまで話したのか知らないが、お前には関係な」
「あ、それも言うの忘れてたな」

ブレイドの言葉がベルタの言葉を遮る。

「俺、部隊に戻ることになったから」

またまた沈黙。

「「「……は?」」」

「もう帰ってきていいの?」
「ああ。そろそろいいかって思ってな」
「……ならよかった。ねぇ、そのマフラーどうしたの?」
「これはだな……」
「おいおいおいおい、おいッ! なに普通に兄妹で会話してんだ! 説明不足を補え!!」

本日二回目だぞとアランは呆れにも捉えられる表情を浮かべ、レベッカがまあまあと嗜める。

「ブレイド、アナタが聞きたい話を始めるためにも説明してほしいわ」
「説明って言われてもたいした話じゃないぞ?」
「だろうな」
「『だろうな』じゃねぇから。……本当にたいしたことじゃねぇよ。ただその……気持ちの問題っていうか……」
「……気持ち?」
「よくわからないが、なにか問題があって戻ってきたとかじゃなさそうだな」

どういう意味だよと目付きを悪くするが、気持ちの意味を察していないようで安心──。

「……ああ、そういうこと」

したのも束の間。レベッカが気付いたようにぽつりと溢し、揶揄うようににやにや。しかし突っ込んでは気付かれてしまう恐れがあるので、ぐぬぬと我慢。

「あのとき、ハルドラ様が驚いていなかったのは先に会ってたからなんだな」
「……そうだ。新しい拠点に向かう前に聞いておきたくてな。戻るのに手続きとかあったら済ませたかったし……それとは別で用があったのもあるが」

次はそっちだと話を振られ、アラン達も事のあらましを話す。話を聞き終わるとブレイドは、そんな事になっていたのかと呟いて。

「また面倒な事に巻き込まれてるんだな」
「面倒ではない。……だが、任務を無事に遂行出来なかったのは悔しいがな」
「それはそうだけど……結局理由はなんだったのかしら」



ブレイド達がバルコニーに着いてから時は前後する。

「どう? 少しは良くなった?」

彼らと入れ違いで意識を取り戻したレイはコップに注がれた水を一気に飲み干し、息を洩らしながらはいと頷く。

「ソファーでごめんね〜。ボク匂いに敏感だからさ、ベッドに誰か寝そべると気になっちゃって」
「ベッド?」

気になった単語を繰り返す。ハルドラは笑みを浮かべるも、どこか影を落として。

「そう。ここ、ボクのお家でもあるから」
「じゃあ貴女が……」
「うん。モルスの“緑狼王”だよ。名前はハルドラって言うの。改めてよろしくね〜」

口調と纏う雰囲気が合致しないまま、ハルドラはレイに問いかける。

「それで、キミも話してほしいな。モルスボク達も気になっていることを。キミがどうしてこの大陸に来たのか。五戦神のことも含めて、ね」
「……分かりました。ただその、話すのはアラン君が来てからでもいいですか……? 皆にもちゃんと話そうと思っていたので……」
「キミがそう言うなら止めはしないよ。ボクもその方がいいって思うしね」

ありがとうございますと力無く笑う。

ブレイド達が戻って来たのは、それから間もなくのことである。



「あれっ、思ってた以上に早かったね〜」
「まあな」
「レイ、具合はどうだ? 大丈夫か?」
「う、うん。大丈夫。ちょっと疲れちゃっただけだから」
「ちょっとっていうには無理がある気がする」
「う……」

一晩の内に一体幾つの地を走り抜けたのだろうか。少なくとも“森林の地”を端から端まで全力疾走したのは確かなのだろう。

「レイくん、先にちょっといいかな〜?」

それまでブレイドと話していたハルドラが、ブレイドの背中を押して前へ出させる。

「自己紹介がまだだったよね〜? 彼はブレイドだよ〜」

レイはブレイドからヴァニラに視線を移し、再び戻す。

「何だよ」
「ううん、何でもない。それでえっと……何処から話せばいいか……」

話す気のレイに、アランは不安げに「平気なのか?」と訊ねる。レイは少し微笑んでみせて。

「うん。元々話す気ではあったしね。じゃあその……僕が此処に来た理由から話した方が説明しやすいかな」

少し長くなるけど、と前置きをし一同も静かにレイを見守る。

レイは俯きがちに自身の身の上話を始めた。


〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜


僕は物心ついた時から『オラトリオ大陸』にある孤児院でお世話になっていてね。自立出来る歳にもなったから孤児院を出て、記者になって、親友と呼べる人達に出会えた。でも少しして、僕は“人間じゃない”事が分かったんだ。だけど、分かっているのはそれだけだった。自分は何処で、何を目的として生み出されたか全く分からない。そんな時に夢の中で言われたんだ。『全てを知りたければ「エレメンタル大陸」に来るといい』って。

「……その夢を信じたのね」
「可笑しな話だよね。でも他に手がかりも何も無かったから行ってみようと思って……」

でもね、とレイは慌てて付け加える。

僕の上司コメィトさんは何も関係なくてっ、本当は記者を辞めた上で行こうとしてた僕に態々仕事をくれたんだ」
「なるほどね〜。なんで今のタイミングなんだろうって話してたけどそういうことだったんだね〜」
「すみません……」

ハルドラは軽く首を横に振る。

「ううん。……それで、キミが“人間じゃない”って断言する理由は?」

色々と聞きたいことはあるが、まずはそれからだ。レイは一度瞼を下ろし、開く。

「……見てもらった方が早いと思います」

胸に添えた掌を中心に光が放たれる。

一瞬にして強まった光に視界が奪われ、反射的に閉じた目をそっと開く。

そこに在ったのはレイではなく、硝子のように透き通る刃を持つ一振りの剣。独りでに浮かぶ剣からは何処か神秘的なオーラを感じる。

『……これが僕の、本当の姿って言った方がいいかな』

ぼやけた声だったが、確かにレイだと分かる声が剣から聞こえた。

剣はポンッと跳ねる音と共に、レイの姿を形取る。

「……レイ」

名前を呼んだのはベルタだった。レイはビクッと肩を跳ね上がらせ、動揺を隠しきれないまま何? と訊ねた。

仲間達もベルタの言葉に耳を傾ける。

「……剣だったなら、どうして初めて会った時に生身でミノタウロスから逃げていた? やり過ごすことも出来ただろうに」
「……ん?」

疑問符が頭に浮かぶ(ブレイドはその倍浮かんでいた)。

見かねたレベッカがベルタに声を掛ける。

「そのー、ベルタ? 今気にすることはそれじゃないと思うわ……」
「そうか? 話を聞いた時にそう思ったんだが」
「ブレイドの影響を受けてるな……」
「あんな脳筋と一緒にするな」
「お前もそうだろうが。脳みそまで筋肉で出来て」
「それ以上言ってみろ。氷漬けにして“水凍の地”の底に冷凍保存してやる」
「上等。」

両者の間で火花が散る。やめろやめろとアランがレベッカと共に落ち着かせようとする光景を前に、レイは小さく吹き出した。

「……おかしいでしょ。みんな」
「……うん。可笑しいね」

ヴァニラに釣られてレイの口端も上がる。

一同の様子を、一歩引いた場所から見ていたハルドラはレイに話しかける。

「レイくん、もう一つだけいいかな?」
「は、はいっ」
「“五戦神”を調べていたのはどうして?」

あっとレイの口から声が洩れる。

「僕の姿を知っている知り合いから言われたんです。“五戦神”なら何か知っているかもって」
「……そう。それで見つかりそう?」

意地悪な質問を投げかける。対してレイは頬をかきながら苦笑いを浮かべた。

「それじゃあ、レイくん。今日は帰ってゆっくり休んだ方がいいよ〜。またなにかわかったら連絡するから」
「はい。ありがとうございます!」

頭を深く下げるレイに、ハルドラは気にしないでと微笑む。

「さて、よかったらみんな一緒に“はじまりの地”まで送るけど、どこにする?」
「そういや、レイこいつどうするんだ? 家に置きっぱなしは良くないだろ」
「置きっぱなしとかやめて、地味に傷付く……」
「ひとまずブレイド達に預かってもらったらどうかな〜? 護衛任務中だしね〜」
「そうしましょ」


〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜


翌日。事態は少しずつ動き出した。


──“はじまりの地”、『戦神の勇者隊』拠点。

「「「「「「いただき」」」」」」

「お食事前に失礼します」「まーす」

「「「「「……」」」」」

久しぶりの5(+1)人での朝食を前にして、緑色の魔法陣から現れた青年に中断を余儀なくされる。気にせずに食べ始めるヴァニラを除いた五人の視線が、青年に集う。

「……前じゃなくて後になってるぞ」
「セーフです」
「えっと……なんの用でしょうか?」
「ハルドラ様から言伝を預かりましたのでお伝えしに」

ひとまずフォークとナイフを置いたレイがコソッとレベッカに話しかける。

「……知り合いの方?」
「知り合いじゃなかったら怖いわよ。……ハルドラ様の側近の──」

「アルボスです。以後お見知りおきを」

ハルドラとは印象が真逆に感じる青年に、どうもと会釈する。次にブレイドがパンを頬張りながらアルボスに。

「用があるならハルドラが直接来そうなのにな」
「ハルドラ様にはもう少し自重していただきたいですが。……ハルドラ様は只今手が離せない状態ですので代わりに」
「へぇ、珍しいな」
「普通です」

「仲良いの? 悪いの?」
「「良くない(です)」」
「仲良いね」
「あ、あのー、それで言伝って……?」

アルボスはハッとして咳払いを一つ。

「座りますか?」
「いえ、お気になさらず。ではハルドラ様の言伝を。……『“はじまりの地”に由来する王について、アルボスから聞いてほしい』と」

イマイチ意図が掴めていない一同の反応を気にすることなく、アルボスは続けた。

「……今からお話するのは、伝承にも語られぬいにしえの時代。『五戦神』の他に君臨していた“王”についての実話です」


伝承にも語られぬいにしえの時代、大陸を統べる王が君臨していた。
いつしか王は異物混人ハイブリッドを愛し、狂い果てる。
やがて、王の愛は大陸全土を脅かす。
そこに五つのエレメントを司る戦神達が立ち上がった。

“このままではエレメントが暴走してしまう──”。

そう考えた彼らは、王が愛した異物混人ハイブリッドと共に深層へと封印した。
全てのはじまりとされる地へ……。



アルボスの話は終わったが、一同の間に沈黙は流れたまま。朝食を食べていたヴァニラの手も、いつの間にか止まっていた。

異物混人ハイブリッドって……あの人達が言っていた……」

沈黙を破ったのはレイ。アルボスは小さく頷く。

「人と武器の融合。それは肉体が死した者であっても、異物混人ハイブリッドと成る事は可能です」

アテナの親友であったパラスがそうであるように。

じゃあとレイが不安げに呟いたが、何かを察したアルボスは首を横に振った。

「レイ殿は違います。報告にあった彼女達が人から武器へであるなら。貴方は武器から人へと。彼女達とは存在が同じであれど、成り立ちが違う。そして……かの王の全盛期に生まれたのも、大きな違いかと。恐らく、拐われた理由は貴方が宿す王の力」
「王の力……」

掌に視線を落として考え込む。

「……何か心当たりが?」
「あ、はい、心当たりというか直感ですけど……。それにしても、伝承にも書かれていないのに詳しいんですね……」

アルボスはそうですねと呟く。

「私からの話は以上です。最後に一つ、レイ殿にお聞きしたい事が」
「な、なんでしょうか?」
「貴方が夢の中で聞いたと言う声は、女性でしたか」

レイは少ししてはいと頷いた。

何か考え込むアルボスに、レベッカが小さく挙手。

「ワタシも聞いていいですか?」
「私に答えられる範囲であれば」

ありがとうございますと礼を述べて。

「その王の名前って……」
「……王の名は」


『アストラルクイーン』


「“大陸の王”とも呼ばれた女神です」

新緑を思わせる瞳がレイを捉える。

「レイ殿、どうかお気を付けて。彼女は貴方の力を手に入れればすぐにでも、エレメントの暴走を引き起こす。そうすれば……エレメントをその身に宿す生き物は例外なく、無事では済みません」
「それってどういう──」

ズドンッ!

意味を問いかけようとした時、突如として強い衝撃が“はじまりの地”を襲った。揺れがおさまらない中、一同は外へ飛び出すと真っ白な城が地下より現れていた。


早く。早く。
veni, mi filii.おいで、私の子供達



〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜


狂想曲カプリチオが聞こえる。
それは狂いし王のものか、それともエレメントのものか。
守護者達との戦いの果てに。
少年は一つの道を選ぶ。

5/8ページ