Five Elemental Story 〜絆の聖譚曲〜

3話 激動の追走曲カノン


「はあっ、はあっ」

視界一面緑で覆い尽くされた森の中。道なき道を必死に駆け抜ける一人の少年。少年を追いかけるように、複数の足音も聞こえる。

「(に……逃げなきゃ……!)」

追いかけっこが終わる気配は、未だ感じず。

慣れない土地を、少年はただただ走り抜ける。



「……」
「……」
「……」
「……出ないわね」

気持ちの良い朝。『戦神の勇者隊』一同は、昨日話した通りにレイが住む“もみじ荘”へやって来た訳だが……ご覧の有り様だ。

「……中にはいないみたい」
「妙にドアと距離が近いなと思っていたが、中の音を聞いていたのか……って、次はなにをしているんだ」

聞き耳を立てていたヴァニラは扉から離れ、ドアノブに注目。その時、彼らの後ろから声がかけられる。

「そこのあなた達。なにをしているのだ」

えっ、とヴァニラ以外の三人が振り返る。立っていたのは金色に輝く甲冑を纏う女性だったのだが、神が持っている神威を感じた。

険しい表情の女神様に、一同を代表してアランが弁明を。

「ここに住んでいる知り合いに用があって……」
「知り合い……?」

さらに険しくなるものの、ハッと何かを思い出したように懐を漁り始める。

「ど、どうしたのかしら……」

不安げに三人が見つめる中、女神は懐から一冊のメモ帳を取り出す。

「……聞きたいのだが、その知り合いの名は『レイ』か?」
「そ、そうですけど……」

話が見えず困惑する三人に、女神はメモ帳を手に一歩二歩と前へ。

「私の名はアテナ。いきなりですまないが、協力してほしい。『戦神の勇者隊』」

只ならぬ雰囲気に、ヴァニラも女神──アテナと向き合う。

「事は一刻を争う。端的となるが、私の話を聞いてくれないか?」
「わかりました」

アテナは短く礼を述べ、昨晩起きた出来事を簡潔に伝えた。



「……残っていたのはこのメモ帳だけだ。2人の姿はどこにも……」
「ねぇ……これってもしかすると……」
「もしかしなくても状況から考えて、レイは連れ去られたことになるな……多分だが」

思った以上に事態は深刻だ。まさか自分達の護衛対象が誘拐事件に巻き込まれるとは……。

「(それにしても変だな……たしかにレイはなにかを隠しているようではあったが、狙われるような内容じゃないはず。五戦神について調べていたからにしても、わざわざ拐うまでの話か?)」

「……私が上手く立ち振る舞えていたらこんなことにはならなかった。……悔やんでも悔やみきれない」
「ですが……アテナさんのおかげで、ワタシ達は事態の深刻さに気づくことができました。ありがとうございます」
「それに、驚くのは無理もないと思います」

死んだはずの親友、パラスの存在。彼女によって、アテナの思考が大きく揺らいだのは間違いなかった。レベッカとベルタに言われ、アテナは申し訳なさそうにありがとうと返す。

「このままパラスを放っておくわけにはいかない。微力ながら、私にも手伝わせてくれ」
「もちろんです。こちらこそ宜しくお願いします」
「頼もしいな。……あ、このメモ帳はあなた方に渡しておこう。一通り目は通したが、部外者である私には理解出来なかったのでな」

レベッカがアテナからメモ帳を受け取った直後、ガチャっと金属音が小さく響く。嫌な予感を感じながらも、レイが暮らす部屋の扉に振り返ると。……何故か開いている扉。

「……開いたよ」
『(やっぱり……)』

変にドアノブを注目していたのは鍵開けをしていたからだったのか……。アテナが居る手前、ヴァニラの行いに黙る三人。

「どうしたのだ? 急に黙り込んで……」
「な、なんでも……。それより、レイとパラスさんを探しに行きましょ」
「とは言ってもどこに行けば良いか……見当もつかないな」

問題はそこなのだ。連れ去られたと言っても、どこに行ったのかは不明。ならば、とアテナが。

「“光明の地”から探してみるのはどうだろうか。パラスが持つエレメントは光属性であるからな」
「他に手がかりもないですし、そうしましょう」
「じゃあ、レベッカとベルタはここに残ってくれるか? なにか手掛かりが掴めるかもしれない」
「分かった」

レベッカとベルタの二人を残し、三人は“光明の地”に向かって出発。

「ベルタ、ワタシ達は中に入って情報を集めるわよ」
「気が引けるが……背に腹はかえられないか……」
「そういうこと。お邪魔しまーす」


〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜


──エレメンタル大陸、“光明の地”。

とは言っても、“はじまりの地”から出発したアラン達がいたのは“夕闇の地”との境目付近。周囲を見渡すアテナは、なるほどなと頷く。

「この辺りは人通りが少ないようだ」
「うん。それに“夕闇の地”と近いから少し暗いし」
「よく知ってたなこんな場所……」

一同がここへ来たのは、ヴァニラが怪しいと言ったからだ。その直感を信じ、直行したわけだが。

「幸い人がいないわけじゃない。手分けして話を聞いていこう」

ぽつぽつとこの周囲に集まる冒険者達に話を聞いていく。



一方、レイの部屋を捜索しているレベッカとベルタはというと──。

「資料がムダに多いわね……」

恐らく“オラトリオ大陸”から持ってきたと思われる資料(紙や本など)が多く、なかなか手掛かりになるものが見つからない。

「多分ムダじゃないんだろうけど、今は邪魔というか……」
「言い過ぎだぞ」
「そう言うベルタだって、さっきから手が止まってるわよ」
「うぐっ……」

レベッカは溜め息を小さく洩らし、資料を元の位置に戻す。

「……あっ」
「どうした?」
「渡されたメモ帳のことすっかり忘れてたわ」
「先にそれを読んだ方が良かったんじゃ……」

後にベルタは語る。これが真の女の恐ろしさかと。

「えーと、なになに……」

恐れ慄くベルタを他所に、レベッカはレイのメモ帳をペラペラ捲っていく。

「『五戦神』……ワタシ達の事についても少し書いてあるわね。でも……これと言って気になることは……?」

ピタリとあるページで指を止める。

「……なにコレ」
「何か見つけたか?」

ベルタもレベッカの背中越しにメモ帳を確認するが、書かれていた内容に眉をひそめた。

「これは……どういうことだ?」
「わからない……。けど、聞いてみる価値はありそうね」

頷き、それぞれのエレフォンを取り出す。連絡を入れる相手はアラン達ではなく──。

『なに用じゃ、ベルタ』
『どうしたんだよ? レベッカ?』

二人が信頼する『モルス』であった。

『『……ん?』』
『……アンガよ。そなたも……?』
『ああ……ってことはそっちもか?』

通話越しに聞こえる会話に、レベッカとベルタは再び顔を見合わせると。

「あ、あのミラクロア様……もしかしてアンガ様も其方にいらっしゃいますか?」
『うむ。アンガだけではないぞ。アルタリアもジェダルもおる。……ハルドラはいないのじゃが。そなたらも共に?』
「はい。レベッカが隣に」
「アンガ様、ワタシの方は一度切りますね。ベルタと同じ用件なので」

ややこしくなるのでベルタの端末を使い、通話を続ける。どうやら『モルス』だけの会議を始める直前だったようで、ハルドラが『木の蜃気楼の塔』から戻ってくるのを待っていたらしい。

ミラクロアの好意に甘え、スピーカーにしてもらう。

『どうしたのじゃ』
「事件が起きました」
『……事件とな?』

二人はレイが昨晩パラスと言う女性に連れ去られた事、その現場を目撃したアテナからつい先程話を聞いた事、二手に分かれて行方を追っている事を説明。

『……なるほど、事情は理解した』
『我らにもなにか手伝えることはあるか?』
「えっと……では、一つだけお聞きしたいことが」
『……聞きたいこと? 探すのを手伝ってほしいじゃなくて?』
『いや、事をあまり大きくするわけにはいかぬ。却って刺激してしまいかねないのじゃ』
『して、聞きたいこととは?』

今一度メモ帳を確認し、口を開く。

「『“はじまりの地”に由来する王は誰?』……この言葉に、心当たりはありますか?」

暫しの沈黙が流れる。

やがて、誰かが小さく呟いた。

“まずいことになった”と──……。

「マズいことってなんですか……?」
『詳しい話は後だ。いいな』
「……わかりました」


〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜


場面は戻り、別行動中のアラン達。

「あぁ……確かに見たよ。風のように速かったけどね」

三人は“光明の地”から離れ、隣の“夕闇の地”に来ていた。“光明の地”で集めた情報によると、若い男が全速力で走っていったことが分かったからだ。レイでない可能性はあるが、これといった情報もないので追っているところだ。

「あっち……“森林の地”に行ったかな」
「ありがとうございます」

早くも“夕闇の地”を後にすることとなった。“夕闇の地”を抜け、“森林の地”へ。

「……」
「……ヴァニラ。大丈夫か?」
「……うん。昔のこと、思い出しただけだから」

平気、と前を向くヴァニラ。その様子に、アテナは悲しげに微笑んだ。

「アテナ、大丈夫?」
「あ、ああ。心配かけてすまないな」
「ううん。無理すること、ないと思うから」

アテナは少しの間をおいて、消え入りそうな声で返事をしたのだった。

「それにしても……やはり森の中となると、人の姿も見えないな」
「森の中はモンスターが出やすいから。探すのに一苦労する」

足跡と言った手がかりも見つかりそうにない。ここに来て手詰まり……かと思いきや。

「2人とも、少しいいか?」
「どうしましたか?」
「少しの間、別行動を取らせてもらってもいいか? この地で暮らす知り合いの相棒に協力して貰えるよう、頼んでみようと思う」

どうやらその知り合いの相棒というのは、“神獣”と区分される存在らしい。神獣は神以外の前に姿を現すのを苦手とするため、アテナ一人で行動した方が良いとのこと。

「彼女の神獣となれば、森の現状を把握しているだろう。その間別行動という流れだ」
「アテナさんがいいのであれば、そうします」
「合流次第、あなた方のもとに急いで向かう。だが、私に気にせず進んでくれ」
「わかりました」
「気をつけてね」
「あなた方も」

二人はアテナをその場に残し、森の奥へ奥へと。お互いに気配を感じなくなるほど、距離が空いた時。

『アラン! ヴァニラ!』

突如として、アランの小型通信機からレベッカの声が響く。焦っている様子の彼女に、何か分かったのかと察する。

「どうした」
『詳しいことは会って話すわ。今どこにいるの?』
「“森林の地”だ。こっちに人が逃げてくるのを見たと聞いてな」
『“森林の地”……!? ワタシ達も“森林の地”にいるの。そこで待っていて、すぐに向か』
「待って。静かに」

ヴァニラの言葉に、アランもレベッカも口を閉ざす。耳を研ぎ澄ませていると、微かにだが戦闘音が。

「アラン。向こうに誰かがいる」
「みたいだな。悪い、レベッカ。一旦切る!」
『え!? 待ってアラン! 2人じゃ危け』

ブツンッと切れる通信。あー、もう! と悔しげに顔を歪める。

「ハルドラ様!」
「わかってるんだけど〜! もうちょっと待ってて〜!」



「音が大きくなってきた……」
「この先だな。準備はいいか」
「うん」

各々武器を構え、森を同時に抜ける。

見えたのは青い空、切り立った崖、そして……。

「レイ!」

探していた張本人と、以下にも訳ありな四人組。

「……お友だち?」
「ちっがーう! 現実見てぇ!?」

レイが立っていたのは崖の先端。あと数歩後退すれば、崖下に広がる海に真っ逆さま。そんなレイを追い込むように、四人は脇を固めている。

「まさに崖っぷち」
「やかましい!!」
「ヴァニラ、少し静かにしてくれ。……あとレイも」
「あ、はい。」

決して楽観視出来ない状況下で、ここまでふざけられる二人にある意味で関心しつつ(失礼)。アランは一人の女性を見遣る。

「パラスさん……ですよね」

ツインテールの女性は、その一言で全て察して。

「アテナから聞いたんだね」

パラスの言葉に、アランは神妙に頷く。そう。か細く洩れる声。

──次の瞬間。アランとヴァニラは、揃って横へ跳び体勢を整える。追って、二人の間を一直線に貫く光の筋。

「誰にも邪魔はさせない」
「話は終わったな? 暴れようぜ!」
「うふふふ……そうね。殺し合いましょう」

赤い男が、不敵に、にやにやと。
青い女が、不気味に、くすくすと。

その笑みに、胸の中が掻き回されるような感覚に陥る。言葉では言い表せぬ感情に、苦悶の表情を浮かべた。

「……」

最後の一人。不思議な何かに乗った男が、地に足を伸ばす。ハッとしたヴァニラが駆け出すも、僅かに遅く。

ズドンッ!

浮遊していた何かが地面に急降下。一瞬だけの強い揺れが齎らしたのは……。

「えっ……」

レイが居た崖先の“崩壊”。ごっそりと崩れた地面と共に、レイの体が宙に投げ出される。

「「レイ!」」

崖下に落ちるレイの名を同時に叫ぶ。四人を突っ切って後を追うヴァニラだったが、転進。女神の槍が鼻先を過ぎる。アランも同様に後を追うも、二人の男女に阻まれ別ルートを探すことすら許されない。

「(判断を誤った……!)」

悔めど悔めど、状況が変わることはない。

もう間に合わない──諦めかけたその時。


疾風懐かしい声が、吹き抜ける。


「俺が行く!!」


〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜


時を経て交わる五重奏クインテット
これにて演奏者は揃い、五線譜も後半へと差し掛かる。
明かされしは“はじまりの地”に隠されし謎。そして少年の秘密。
……。

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