Five Elemental Story 〜絆の聖譚曲〜
2話 疑惑の輪舞曲
道を行き交う数多の人々。疎らだった人通りも陽が昇るにつれて増えていき、賑わいを見せる。
“はじまりの地”『ミラージュ・タワー』近くに位置する繁華街の一角。待ち合わせ場所としてよく使われる広間にて、見覚えのある人物達が集まっていた。
「おっはよー! ……と言うには少し遅いかな」
「あと少しでお昼になるわね」
時刻はお昼前。
『戦神の勇者隊』の四人は、いわゆる私服姿でリすアムと合流した。本日はプライベートではなく、立派な仕事として。
「今日は“はじまりの地”の案内だよな?」
「うん。昨日“光明の地”に行った時に、もう少し調べてからの方が良かったなーって思ってさ。“はじまりの地”って呼ぶぐらいだし、資料も沢山あるかなって」
「そうだな。二つ思い浮かぶが……」
「2つ?」
「ヴァニラは『ミラージュ・タワー』の資料室って知らない?」
「知らない。なにそれ?」
説明するより、実際に見たほうが早いだろう。じゃあ、とアランはレイに。
「先に『ミラージュ・タワー』からでいいか?」
「うん。行き先はみんなに任せるよ。というか僕知らないしね……」
「それもそうだな」
一つ目の目的地となった『ミラージュ・タワー』に向かう一同。歩きながらもカメラを構え、シャッターを切るレイにレベッカが話しかけた。
「ねぇ、レイさん。いろいろ話を聞いていい? 昨日はすぐ別れちゃったから」
「うん、勿論。寧ろ昨日はごめんね。エレフォン買うのに手こずっちゃって」
あの後、レイはミノタウルスから逃げる際に壊してしまった携帯電話の代わりに、エレメンタル大陸で広く使われているエレフォンを買いに行っていたのだ。そういえばそうだったなと思い出して。
「データ復元できたか?」
「機種が違うから出来なくて……。でも大事なメモとかは入れてなかったから、特に問題は無かったかな。番号も同じにしてもらえたし」
「登録してた番号はどうしたんだ。吹っ飛んだんじゃ無かったのか?」
「あぁ、覚えてたから、全部。番号は『一秒でも早く掛けれるように覚えとけ!』って教えられてから覚えてるんだ」
「記者さんってみんなそうなの?」
「えっ、どうなんだろ……コメィトさんはそうだからな……」
なんとも言いにくそうな名前の持ち主は、直属の上司でありエレメンタル大陸に送った張本人。
「コメィトさんは『彗星の運び屋 』の総監督……隊長みたいな感じかな」
「隊長じゃないの?」
「“勢力”は部隊と違うからね。あ、その説明をまだしてなかった……今いいかな?」
「ああ。私達はオラトリオ大陸について詳しく知らないからな。教えてほしい」
「分かったよ。じゃあ説明するね」
“勢力”とは。
大陸を支配していた王家が滅んだ後に、各地で同じ志を持った人々が集まり形成された事から始まった。各々が専門とする分野は多岐に渡り、人々の生活に役立っている。第一〜第三までの階級に加え、階級ごとに下からD,C,B,A,Sのランクに振り分けられている。Sランクは階級ごとに一つの勢力のみ与えられる。
「……簡単にまとめればこうかな。こっちで言う部隊とは少し似ているかもね」
どうかな、と四人に問いかける。
完全に理解したと力強く頷くのが一名。半分理解したと小さく頷くのが二名。何が何だか分からないがとりあえず頷くのが一名。
「たしか……『彗星の運び屋 』は第2勢力Aクラスだったな」
「よく覚えてたねアラン君。一回しか言ってないのに……。因みに『彗星の運び屋 』は、大陸で二番目に構成員が多いんだよ」
「多いってどのぐらい?」
「……分かんない」
「分からないのか」
説明している合間にも進み、一同は『ミラージュ・タワー』へ到着。中にある資料室に向かう。
「ワタシ達、適当に回ってるからなにかあったら話しかけてね」
「うん。ありがとう」
メモ帳とペンを手に展示物と睨めっこするレイ。初めて来たヴァニラも同様に資料に目を通す。
「ベルタは来たことがあったのね」
「一度だけだがな。何も見ずに帰ったが……」
「オイオイ……」
気まずそうに視線を逸らすベルタに、レベッカがくすくすと笑う。
五戦神やモルスの資料を眺めること数分。存分にメモしたレイが満足げに終わったことを告げた。
「こんなこともあろうかと大きめのメモ帳持ってきといて良かったよ〜。メモしたいのに出来ないって苦しいからね」
「それ、メモ帳と言うかメモ本の間違いだろ」
「メモ本? メモ本ってなに?」
「いやないから。聞いたことねえよ、メモ本って」
その後は『英知の書庫』を案内し、レイを送り届けてこの日の任務は無事終了──かと思われたのだが。
ヴァニラのとんでもない発言により、極秘任務が決行されることとなる。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
陽はすっかり落ち、月が降り始める前。
『ミラージュ・タワー』や『戦神の勇者隊』拠点からも離れた場所に位置する『もみじ荘』。その近くの叢に身を潜めるのは、アラン達四人だった。
「……なあ、やっぱりやめないか? 犯罪の1歩手前だぞコレ……」
「手前どころかオーバーしてるぞ」
コソコソと小声で前に居るヴァニラとレベッカの二人に言うも、聞く耳を持たず。諦めろと言いたげに、ベルタはアランの肩に手を置く。
「大丈夫。バレなければ問題ない」
「そういう問題じゃなくてだな……」
「ここまで来ちゃったのだから諦めてちょうだい。それとも、今ここでワタシ達を納得させられる理由があるのなら別だけど」
「……」
止められなかった自分にも非がある。
アランは一人、事の発端である今日の会話を思い返した。
それは、レイと次の任務の打ち合わせを終え、拠点へ帰っている際のこと──。
「どう見ても普通なのよねー……怪しい素振りすらなかったし」
今日のレイの振る舞い方を改めて思い返しても、何かを企んでいるようにはどうしても思えなかった。
「動き出すタイミングは今ではないかもしれない。それこそ、少し経ってから上司に指示される事もあるのではないか?」
「なかなかややこしいな……一気にわかれば楽なんだが……」
すると、三人の会話を聞いているだけだったヴァニラが口を開く。
「はい」
「はいどうぞヴァニラ」
「探りに行こ」
……ん?
「探りに行くって……具体的には?」
と聞きつつ、アランは薄々嫌な予感がしていた。
「レイの家に行って様子を見る」
的中☆
「それ覗き見だろ! 犯罪だからな!」
「いいわね、それ」
「レベッカ!?」
ナイスアイデアと手を叩くレベッカ。こうなってしまえば、なんだかんだでレベッカに弱いベルタは口を挟むことが出来ず。それでもとアランは一人で止めようとするも。
「前にアラン達だって不法侵入したじゃない」
「それはレベッカを助けるため……って本人が言うセリフかぁ!?」
「大丈夫。意外とバレないから」
「したことあるのか!? したことあるのかぁ!?」
「……」
「頼むからなにか言ってくれ……!」
「まあ……一周回ってありかもしれないな」
「100周回ってもねえからな!!」
男一人だとこうなることを見落としてしまっていた(訳:女性陣の連携と圧が強い)。かくして暴走を止められず、現在に至る。
「灯が付いているのはあの部屋だけね」
「わたしが確認してくる。合図したら来て」
闇夜に紛れて灯が灯る部屋の近くへ。気付かれないように中の様子を伺うと、荷物整理しているらしいレイの姿が。
作業していることから、気付かれる確率は低いと判断。ちょいちょいと三人に手招き。
(なんかコレ……前にされたような気が……)
A.第1部20話。
ささっとヴァニラと合流し、中の様子を伺う。
“本や紙ばっかりね”
“既に紙の山が立っているんだが……部屋に置ききれるのか?”
“勝手に覗いといてダメ出しするなよ”
“……エレフォン鳴ってる。レイの”
壁が薄いのか、耳をすませばハッキリと聞こえる着信音。数秒と空けずに出るレイに、何か分かるかもしれないと期待を寄せる。
「うんっ。あっ……昨日は出れなくてごめんね」
『ーーー』
「ちょっと携帯壊しちゃって。新しくしたり、連絡入れたり色々と……」
『ーーー』
「大丈夫。コメィトさんからしか電話来てなかったから。そっちはどう? 順調?」
『ーーー』
「え!? ほんと!?」
一際大きな声に驚き、肩が少し跳ねる。
「載ってから結構経ってるのに……。嬉しいなぁ……」
『ーーー』
「もし会えたらいいな。……でもそういうのって迷惑だったりする? うわ、ってならないかな」
『ーーー』
「うん、安心かも。ほんとに嬉しいなぁ……。自分の記事を読んでもらえたこともそうだけど、ラディウスのお店を知ってもらえたことも嬉しいんだ」
どうやら通話の相手は、昼間に聞いたコメィトと言う名の上司ではないようだ。会話の様子から親しい間柄というのは分かる。
「ラディウスはそろそろ寝る時間じゃない?」
『ーーー』
「いや〜……書かないと眠れない時がよくあって……でも今日は早めに寝るよ。明日早いからね」
『ーーー』
「うん。図書館? ……に。今日も結構調べられたけど、まだまだ謎は多いから」
図書館の単語にハッとし、顔を見合わせる。この付近で、尚且つレイが知っている“図書館”はたった一つ。
「く……九時です……」
『ーーー』
「僕にとって九時は早いの!」
『ーーー』
「無理はしないでね。僕ちゃんと起きるからてか起きれるから」
『ーーー』
「あ、絶対信用してない『はい』だそれ」
『ーーー』
「うん。おやすみ」
他愛もない会話を交わし、通話終了。これ以上の長居は危険だと四人は静かにその場から離れた。
覗き見の翌日はレイの希望により休みとなっていた為、以前のように依頼をこなして一日を終えた。
そしてレイとの行動日。
「オレだけでか?」
朝食の席にて。アランに対し、申し訳なさそうに眉を顰めるのはレベッカ。
「ええ。今日は『英知の書庫』に行きたくて……レイさんのことも聞きたいし、オラトリオ大陸についても知りたいの」
「すまないがアラン。私達三人で行ってもいいだろうか?」
「3人ってヴァニラもか?」
「うん。でもわたしはジェダル様のところに行く」
一人でも良いものかとアランは長考。やがて依頼内容には反していないと結論を出し、分かったと頷く。
「2人だから話せることもあるだろうしな。なにか分かったら報告してくれ」
「もちろん。ありがとう、アラン」
朝食を食べ終えると、後片付けをレベッカ達に任せてアランは一人拠点を出発。一昨日の夜にも来た“もみじ荘”を訪れる。
ピンポーン。
『えっ、嘘待ってもうそんな時間!? ちょっ、ちょっと待って……ちょっと時間下さい!!』
バタバタと部屋の中を走り回る音が外にまで届く。支度の途中だったかはたまた──……。どっちにしろ待つことしか出来ないので待機すること数秒。
「お待たせ! 待たしてごめんね!」
バァンッと吹き飛ばす勢いで扉が開く。何事も無かったかのように歩き出すレイに、アランはやれやれと苦笑する。
「レイ」
「ん?」
「上着、反対に着てるぞ」
「……あ。」
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
──“はじまりの地”、『英知の書庫』。
「その方なら確かにいらしてましたよ。名前までは存じ上げておりませんでしたが」
そうレベッカとベルタの二人に答えるのは、この『英知の書庫』の管理人であるリベリア。昨日レイが来たかを訊ねると、はいと頷いたのだ。
「よく覚えていましたね」
二人が話したのはレイの特徴だけだった。一日に書庫を訪れる人は数知れず。その中で偶然にも覚えていたのだと思ったが、リベリアにとっては違うらしい。
「そうですね……。魔力を感じたので自然と」
「魔力と言うと、私達が持つエレメントとは違うもの……ですよね?」
「ええ。私達は生まれながらにしてエレメントを保有していますので、魔力は別途……いわゆるオプションのようなものですね」
「オプション……」
ジト目でリベリアを見つめるベルタ。そんな説明でいいのか。
「他の大陸では魔力が主流ですので、魔力だけを保有しているのであれば……私から見ると違和感を感じてしまいます」
「違和感……ベルタは感じる?」
「全くだな」
二人の会話にくすりと笑みが溢れた。
「リベリアさん。その人がなにを読んでいたかとかは覚えてますか?」
「残念ながらそこまでは……」
ですよねと小さく肩を落とすも、「あ、でも」の一言で顔を上げる。
「プロスペローは何か話していたようです。少し待っていて下さい、呼んできますから」
「ありがとうございます」
近くの棚にあった本を二人で読みながら到着を待つ。少しして、リベリアと共にプロスペローが合流。事情を説明すると、プロスペローはふむと顎に蓄えた髭を撫でながら長考。
「確かに話しましたな」
その様子からはレイを鮮明に覚えているか分からなかったが、何故書庫に来たのかを知るために質問する。
「その人が何の本を読んでいたか覚えていますか?」
「ふむ……あれは何の本だったか……いけませんな、歳を取ると物忘れがひど」
「プロスペロー。ふざけないで下さい」
どうやら揶揄っていたようだ。リベリアのナイフのような視線を受け、プロスペローはわざとらしく咳払いを一つ。
「これは失敬。その者が読んでいたのは、五戦神について記述されたものであったぞ」
おお、と驚くレベッカとベルタ。五戦神についてもそうだが、ハッキリと答えるプロスペローの記憶力にも驚いたのだ。
「よくおぼえていましたね……」
「本人に訊かれたのだ。して、それがどうなさったのかな」
「プロスペロー」
釘を刺すようにリベリアが名を呼ぶ。
「分かってますぞ。 私の情報が役立てばいいですな」
「ありがとうございます」
根掘り葉掘り聞かれたくないのを察したリベリアとプロスペローに心から礼を述べる。
仕事に戻るとプロスペローがその場から離れ、リベリアも同様に通常業務へと。
「忙しいところありがとうございました」
「いえ、お役に立てれば嬉しいです」
「あ、そうだリベリアさん。オラトリオ大陸についての本ってありますか?」
「勿論。『天華の庭園と眠り姫』の舞台ですからね。貸し出しもしてますよ」
どこか得意げに語るリベリアに、さすが! と小さく手を叩く。
「どこにありますか?」
「他大陸についての本は、この先の棚を左に曲がって三個目の棚を左に曲がり更に二つ棚を進んだ先にありますよ」
そこまで遠いとは思っていなかった二人は。
「「……もう一度お願いします」」
口を揃えてそう言った。
「凄い! “はじまりの地”に負けないぐらい賑わってるね」
一方で。アランはレイと一緒に、“はじまりの地”から“光明の地”へ来ていた。数ある名所の一つである『光の蜃気楼の塔』近くの街を案内するためにだ。
「あっちとは違って屋台で物を売る人が多いね」
「この辺りは人も物も週ごとに変わってる。オレもよく来るけど、同じ景色っていうのはなかなかないな」
「週ごとに? 結構な頻度で店が変わってるんだね」
「近くにある砂漠を超えてきた行商人が集まりやすいからな。オレが住んでいた地域とかはまた違うが」
光に恵まれた“光明の地”には、乾燥地帯もまちまちと存在する。砂漠を抜けて商売を行う行商人は多く、特にこの辺りは行商人達の売り買いが激しいらしい。以前に番外編で登場したアランの実家付近の街では、そういった行商人が訪れることは殆どなく。店を構える人が多くなる。
アランの話に興味を惹かれたのか、目を輝かせながら光景をカメラに納めていく。
「ねぇ、アラン君。聞いてもいい?」
「ああ」
「機械の部品があちこちで売られているんだけど……初めて会ったときの近くにも機械があったよね? エレフォンとかの機械も、“光明の地”で作られたりとかしてるの?」
そうメモの準備を整えるレイに戸惑いつつ、そうだと頷く。
「エレフォンやエレパッドとかは、“光明の地”で採れる光のスフィアっていう結晶を内部に埋め込んで作られているんだ。機械系はほとんど、“光明の地”で製造されてる」
「ふんふん……また後で詳しく聞いてもいいかな?」
「お、オレでよかったら……」
「ありがとう!」
満面の笑みに、照れくさそうに頬を掻く。
レイは一度メモ帳をしまうと、鞄を肩に掛け直してカメラを手に。
「他にもあるかな?」
「他は……虹の噴水、とかか?」
「何それ!?」
「説明するより見たほうが早いな。こっちだ」
虹の噴水。
その名の通り、虹色の水が百合型の装置から噴き出ている噴水だ。実は水が虹色というわけではなく、内部に組み込まれた仕掛けによって虹色に見えるわけで……。解説してしまうのは野暮なので、後はご想像にお任せします。
「へぇ〜、不思議だね」
解説を聞いたレイがうんうんと頷く。人が混んできたからと噴水広場を後にし、次なる目的地へ向かっていた途中。
「あのさ、アラン君」
「どうした?」
「もしかして、五戦神って一般的に信仰されているわけじゃない?」
唐突な発言にピクリと指が動く。
「……そうだな。 オラトリオ大陸ではそうなのか?」
「いやそういうわけじゃないけど……」
あからさまにレイの歯切れが悪くなる。アランの意識を自分から逸らすかのように、別の話題を振る。
「え、えっと……し、蜃気楼の塔ってあっちと呼び方が違っ」
「……レイ」
名前を呼ぶと、少し前を歩いていたレイは気まずそうに振り返った。
「な、何?」
「その……話すことはできないか。レイが、隠していること……」
言ったあとにアランはしまったと心の中で呟いた。ド直球で聞いてどうする。
「あっ、いや、不躾だったな。わ、悪い。今のは忘れてくれ」
誤魔化すように苦笑いを浮かべる。レイは目を丸くすると、少し寂しげに微笑んで頷く。
「うん。ごめんね、アラン君」
言いたくても言えない気持ちがひしひしと伝わって来る。
空気が重くなる中、本日の任務を終えた。
「……言えたらいいのに」
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
はぁ、と何度目か分からない溜め息を洩らし、拠点のドアノブを捻る。
「おかえりなさい、アラン」
「た、ただいま……。なんだ、オレが最後だったのか」
正面に見えるテーブルにはアラン以外の三人が集まっており、今しがた帰ってきたアランを出迎えた。
「特に寄り道をする必要も無かったからな。私とレベッカは日が暮れる前には居たぞ」
「わたしはさっき帰ってきた。……アラン、なにかあった?」
ヴァニラに問われ、ギクッと小さく肩を跳ね上がらせる。
「話したいことがあるなら言っていいよ。ブレイドみたいに、話しやすい相手じゃないけど」
彼女にしては珍しく、自信が無いようであった。こういう気遣いは兄妹だなと口元が緩む。
「……話すよ。でも、そっちの話を聞いてからでいいか?」
「うん。まずはわたしからね」
ジェダルのもとを訪れたヴァニラは、レイと会った日に『五戦神の遺跡』に入ろうとしていたことを聞いたと報告。
「アルタリア様が言ってたみたい」
「五戦神……。昨日もレイは五戦神について調べてたみたい。プロスペローさんから聞いたわ」
「アランの方はどうだ?」
「オレの方は……」
アランはレイに聞かれた内容を報告。
「一般的に信仰されている、か……。どうしてそのようなことを聞く必要がある?」
「記事にするのに意味がないからかしら……」
「それはあるかもしれないが……そこまで五戦神に執着することは無いはずだろ」
「それともう一つ……謝りたいことがある」
「なに?」
「直球で聞いてしまった。『話すことはできないか』って……」
ベルタは驚愕するも、それでどうだったと冷静に確かめる。
「すぐに話を逸らしたが、ごめんと謝られた」
それはつまり、後ろめたい“何か”があるということ。
四人の間に流れる静寂を破ったのは、レベッカだった。
「……ねえ。今度会ったらまた聞いてみましょうよ。どうして五戦神について調べているのか分かったら、アンガ様達にも報告できるでしょう?」
何故なのか分かったら、協力することだって出来るはず。
僅か数日間の付き合いだが、本当に悪人だとは思えなかった。
「……そうだな。ハッキリさせよう」
「そうと決まれば明日。聞きにいくこと決定」
「ヴァニラが決めることじゃないだろ」
笑い声が拠点内に響き渡る。
しかし、この日の夜。展開が大きく変わる。
それは、皆が眠りにつく時刻のこと。レイが住む“もみじ荘”で起きた──。
「……おやすみ、ラディウス」
一日振りとなった通話が終わる。
寂しそうにエレフォンの電源を切り、月を見上げる。バルコニーに立つレイの頬を、冷えた夜風が撫でゆく。
その時。
ゾク……。
これまでに感じたことのないような殺気。冷や汗が背中や頬に噴き出る。
(誰……? 何処から僕を……)
慎重に辺りを見渡していると、上空からバルコニーの柵に舞い降りた影。
「うわっ!?」
金色 の髪を靡かせた少女は、蒼い瞳でレイを捉えつつバルコニーに着地。手にしていたランスの先端を突きつける。
「あ、あのー……僕に何か用……ですかね……」
刺激しないよう下手に出る。軽く両手を挙げつつ問うレイに、少女は何故か槍を下げた。
「こんなことをしても、貴方には意味がないよね」
「え……」
「例えこの槍が貴方を貫こうと、貴方は死ぬことは無いのだから」
その意味を理解出来るのは、レイが知る限り自分自身のみ。目の前に居る少女が理解出来るわけがない。
「どうして……その事を……」
「私も同じだから。……ううん、正確には違うね。彼女のオリジナルは貴方だけ」
“彼女”たる存在。
(その人が……)
自分に此処へ来るよう告げた人物であり、同時に。
(僕を、“造った”人……?)
母なる存在。
少女は静かに己の掌を差し伸べる。
「彼女は貴方の力が必要だって言ってる。私達“異物混人 ”が存在出来るのは彼女のもとだけ。貴方だって、そう思っているんじゃないの?」
レイはゆっくりと首を横に振り、柔らかく微笑んだ。
「ごめんね。その手を取る事は出来ない」
少女の表情が険しいものへ変わっても、レイは変わらず微笑んだまま。
「思った事が無いと言えば嘘になるけど……でも、その人の傍に居なくても存在する事は出来る。今の僕には、本来の姿の僕を知ってもなお、親友だって言ってくれる人がいるから。だから思ってないよ」
ごめんね、と二度と告げられる謝罪。少女は怒りにも似た感情に突き動かされ、槍の先端に光を収縮させて。
「【ギガライトランス】!」
零距離で解き放つ。
ドオォォンッ──!
穏やかな時が流れる“はじまりの地”に、轟音と地鳴りが発生する。少女は肩で息をしながら、少し離れた場所で昇る黒煙を見据える。
「っ……彼女が居なくちゃ生きていけない私達は……どうしたらいいの……」
「パラス……」
ハッと息を呑み、ツインテールを揺らす。
「……アテナ」
剣と盾を構え、鎧を身に纏う女性。
エメラルドの瞳を激しく揺らし、一歩二歩と前へ。
「パラスなのか……?」
「……」
「生きて……いたの……」
パラスはアテナに背中を向け、手を強く握りしめた。
「パラス! 私は──」
「私は恨んでないよ。アテナのこと」
地を蹴り、黒煙に飛び込むパラス。すぐにアテナもその後を追うも、黒煙が晴れたそこには誰一人居なかった。
「……これは……?」
ぽつんと落ちていた手帳を拾い上げる。
不自然だと思い、手帳の中身に目を通す。
「『戦神の勇者隊』……」
〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜
女神から齎されし彼の者の失踪。
追走曲 が導く先で出会う。
死から生。理が逆天した者達。
冷たい海へ真実ごと投げ出されし彼の手を取るは……。
道を行き交う数多の人々。疎らだった人通りも陽が昇るにつれて増えていき、賑わいを見せる。
“はじまりの地”『ミラージュ・タワー』近くに位置する繁華街の一角。待ち合わせ場所としてよく使われる広間にて、見覚えのある人物達が集まっていた。
「おっはよー! ……と言うには少し遅いかな」
「あと少しでお昼になるわね」
時刻はお昼前。
『戦神の勇者隊』の四人は、いわゆる私服姿でリすアムと合流した。本日はプライベートではなく、立派な仕事として。
「今日は“はじまりの地”の案内だよな?」
「うん。昨日“光明の地”に行った時に、もう少し調べてからの方が良かったなーって思ってさ。“はじまりの地”って呼ぶぐらいだし、資料も沢山あるかなって」
「そうだな。二つ思い浮かぶが……」
「2つ?」
「ヴァニラは『ミラージュ・タワー』の資料室って知らない?」
「知らない。なにそれ?」
説明するより、実際に見たほうが早いだろう。じゃあ、とアランはレイに。
「先に『ミラージュ・タワー』からでいいか?」
「うん。行き先はみんなに任せるよ。というか僕知らないしね……」
「それもそうだな」
一つ目の目的地となった『ミラージュ・タワー』に向かう一同。歩きながらもカメラを構え、シャッターを切るレイにレベッカが話しかけた。
「ねぇ、レイさん。いろいろ話を聞いていい? 昨日はすぐ別れちゃったから」
「うん、勿論。寧ろ昨日はごめんね。エレフォン買うのに手こずっちゃって」
あの後、レイはミノタウルスから逃げる際に壊してしまった携帯電話の代わりに、エレメンタル大陸で広く使われているエレフォンを買いに行っていたのだ。そういえばそうだったなと思い出して。
「データ復元できたか?」
「機種が違うから出来なくて……。でも大事なメモとかは入れてなかったから、特に問題は無かったかな。番号も同じにしてもらえたし」
「登録してた番号はどうしたんだ。吹っ飛んだんじゃ無かったのか?」
「あぁ、覚えてたから、全部。番号は『一秒でも早く掛けれるように覚えとけ!』って教えられてから覚えてるんだ」
「記者さんってみんなそうなの?」
「えっ、どうなんだろ……コメィトさんはそうだからな……」
なんとも言いにくそうな名前の持ち主は、直属の上司でありエレメンタル大陸に送った張本人。
「コメィトさんは『
「隊長じゃないの?」
「“勢力”は部隊と違うからね。あ、その説明をまだしてなかった……今いいかな?」
「ああ。私達はオラトリオ大陸について詳しく知らないからな。教えてほしい」
「分かったよ。じゃあ説明するね」
“勢力”とは。
大陸を支配していた王家が滅んだ後に、各地で同じ志を持った人々が集まり形成された事から始まった。各々が専門とする分野は多岐に渡り、人々の生活に役立っている。第一〜第三までの階級に加え、階級ごとに下からD,C,B,A,Sのランクに振り分けられている。Sランクは階級ごとに一つの勢力のみ与えられる。
「……簡単にまとめればこうかな。こっちで言う部隊とは少し似ているかもね」
どうかな、と四人に問いかける。
完全に理解したと力強く頷くのが一名。半分理解したと小さく頷くのが二名。何が何だか分からないがとりあえず頷くのが一名。
「たしか……『
「よく覚えてたねアラン君。一回しか言ってないのに……。因みに『
「多いってどのぐらい?」
「……分かんない」
「分からないのか」
説明している合間にも進み、一同は『ミラージュ・タワー』へ到着。中にある資料室に向かう。
「ワタシ達、適当に回ってるからなにかあったら話しかけてね」
「うん。ありがとう」
メモ帳とペンを手に展示物と睨めっこするレイ。初めて来たヴァニラも同様に資料に目を通す。
「ベルタは来たことがあったのね」
「一度だけだがな。何も見ずに帰ったが……」
「オイオイ……」
気まずそうに視線を逸らすベルタに、レベッカがくすくすと笑う。
五戦神やモルスの資料を眺めること数分。存分にメモしたレイが満足げに終わったことを告げた。
「こんなこともあろうかと大きめのメモ帳持ってきといて良かったよ〜。メモしたいのに出来ないって苦しいからね」
「それ、メモ帳と言うかメモ本の間違いだろ」
「メモ本? メモ本ってなに?」
「いやないから。聞いたことねえよ、メモ本って」
その後は『英知の書庫』を案内し、レイを送り届けてこの日の任務は無事終了──かと思われたのだが。
ヴァニラのとんでもない発言により、極秘任務が決行されることとなる。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
陽はすっかり落ち、月が降り始める前。
『ミラージュ・タワー』や『戦神の勇者隊』拠点からも離れた場所に位置する『もみじ荘』。その近くの叢に身を潜めるのは、アラン達四人だった。
「……なあ、やっぱりやめないか? 犯罪の1歩手前だぞコレ……」
「手前どころかオーバーしてるぞ」
コソコソと小声で前に居るヴァニラとレベッカの二人に言うも、聞く耳を持たず。諦めろと言いたげに、ベルタはアランの肩に手を置く。
「大丈夫。バレなければ問題ない」
「そういう問題じゃなくてだな……」
「ここまで来ちゃったのだから諦めてちょうだい。それとも、今ここでワタシ達を納得させられる理由があるのなら別だけど」
「……」
止められなかった自分にも非がある。
アランは一人、事の発端である今日の会話を思い返した。
それは、レイと次の任務の打ち合わせを終え、拠点へ帰っている際のこと──。
「どう見ても普通なのよねー……怪しい素振りすらなかったし」
今日のレイの振る舞い方を改めて思い返しても、何かを企んでいるようにはどうしても思えなかった。
「動き出すタイミングは今ではないかもしれない。それこそ、少し経ってから上司に指示される事もあるのではないか?」
「なかなかややこしいな……一気にわかれば楽なんだが……」
すると、三人の会話を聞いているだけだったヴァニラが口を開く。
「はい」
「はいどうぞヴァニラ」
「探りに行こ」
……ん?
「探りに行くって……具体的には?」
と聞きつつ、アランは薄々嫌な予感がしていた。
「レイの家に行って様子を見る」
的中☆
「それ覗き見だろ! 犯罪だからな!」
「いいわね、それ」
「レベッカ!?」
ナイスアイデアと手を叩くレベッカ。こうなってしまえば、なんだかんだでレベッカに弱いベルタは口を挟むことが出来ず。それでもとアランは一人で止めようとするも。
「前にアラン達だって不法侵入したじゃない」
「それはレベッカを助けるため……って本人が言うセリフかぁ!?」
「大丈夫。意外とバレないから」
「したことあるのか!? したことあるのかぁ!?」
「……」
「頼むからなにか言ってくれ……!」
「まあ……一周回ってありかもしれないな」
「100周回ってもねえからな!!」
男一人だとこうなることを見落としてしまっていた(訳:女性陣の連携と圧が強い)。かくして暴走を止められず、現在に至る。
「灯が付いているのはあの部屋だけね」
「わたしが確認してくる。合図したら来て」
闇夜に紛れて灯が灯る部屋の近くへ。気付かれないように中の様子を伺うと、荷物整理しているらしいレイの姿が。
作業していることから、気付かれる確率は低いと判断。ちょいちょいと三人に手招き。
(なんかコレ……前にされたような気が……)
A.第1部20話。
ささっとヴァニラと合流し、中の様子を伺う。
“本や紙ばっかりね”
“既に紙の山が立っているんだが……部屋に置ききれるのか?”
“勝手に覗いといてダメ出しするなよ”
“……エレフォン鳴ってる。レイの”
壁が薄いのか、耳をすませばハッキリと聞こえる着信音。数秒と空けずに出るレイに、何か分かるかもしれないと期待を寄せる。
「うんっ。あっ……昨日は出れなくてごめんね」
『ーーー』
「ちょっと携帯壊しちゃって。新しくしたり、連絡入れたり色々と……」
『ーーー』
「大丈夫。コメィトさんからしか電話来てなかったから。そっちはどう? 順調?」
『ーーー』
「え!? ほんと!?」
一際大きな声に驚き、肩が少し跳ねる。
「載ってから結構経ってるのに……。嬉しいなぁ……」
『ーーー』
「もし会えたらいいな。……でもそういうのって迷惑だったりする? うわ、ってならないかな」
『ーーー』
「うん、安心かも。ほんとに嬉しいなぁ……。自分の記事を読んでもらえたこともそうだけど、ラディウスのお店を知ってもらえたことも嬉しいんだ」
どうやら通話の相手は、昼間に聞いたコメィトと言う名の上司ではないようだ。会話の様子から親しい間柄というのは分かる。
「ラディウスはそろそろ寝る時間じゃない?」
『ーーー』
「いや〜……書かないと眠れない時がよくあって……でも今日は早めに寝るよ。明日早いからね」
『ーーー』
「うん。図書館? ……に。今日も結構調べられたけど、まだまだ謎は多いから」
図書館の単語にハッとし、顔を見合わせる。この付近で、尚且つレイが知っている“図書館”はたった一つ。
「く……九時です……」
『ーーー』
「僕にとって九時は早いの!」
『ーーー』
「無理はしないでね。僕ちゃんと起きるからてか起きれるから」
『ーーー』
「あ、絶対信用してない『はい』だそれ」
『ーーー』
「うん。おやすみ」
他愛もない会話を交わし、通話終了。これ以上の長居は危険だと四人は静かにその場から離れた。
覗き見の翌日はレイの希望により休みとなっていた為、以前のように依頼をこなして一日を終えた。
そしてレイとの行動日。
「オレだけでか?」
朝食の席にて。アランに対し、申し訳なさそうに眉を顰めるのはレベッカ。
「ええ。今日は『英知の書庫』に行きたくて……レイさんのことも聞きたいし、オラトリオ大陸についても知りたいの」
「すまないがアラン。私達三人で行ってもいいだろうか?」
「3人ってヴァニラもか?」
「うん。でもわたしはジェダル様のところに行く」
一人でも良いものかとアランは長考。やがて依頼内容には反していないと結論を出し、分かったと頷く。
「2人だから話せることもあるだろうしな。なにか分かったら報告してくれ」
「もちろん。ありがとう、アラン」
朝食を食べ終えると、後片付けをレベッカ達に任せてアランは一人拠点を出発。一昨日の夜にも来た“もみじ荘”を訪れる。
ピンポーン。
『えっ、嘘待ってもうそんな時間!? ちょっ、ちょっと待って……ちょっと時間下さい!!』
バタバタと部屋の中を走り回る音が外にまで届く。支度の途中だったかはたまた──……。どっちにしろ待つことしか出来ないので待機すること数秒。
「お待たせ! 待たしてごめんね!」
バァンッと吹き飛ばす勢いで扉が開く。何事も無かったかのように歩き出すレイに、アランはやれやれと苦笑する。
「レイ」
「ん?」
「上着、反対に着てるぞ」
「……あ。」
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
──“はじまりの地”、『英知の書庫』。
「その方なら確かにいらしてましたよ。名前までは存じ上げておりませんでしたが」
そうレベッカとベルタの二人に答えるのは、この『英知の書庫』の管理人であるリベリア。昨日レイが来たかを訊ねると、はいと頷いたのだ。
「よく覚えていましたね」
二人が話したのはレイの特徴だけだった。一日に書庫を訪れる人は数知れず。その中で偶然にも覚えていたのだと思ったが、リベリアにとっては違うらしい。
「そうですね……。魔力を感じたので自然と」
「魔力と言うと、私達が持つエレメントとは違うもの……ですよね?」
「ええ。私達は生まれながらにしてエレメントを保有していますので、魔力は別途……いわゆるオプションのようなものですね」
「オプション……」
ジト目でリベリアを見つめるベルタ。そんな説明でいいのか。
「他の大陸では魔力が主流ですので、魔力だけを保有しているのであれば……私から見ると違和感を感じてしまいます」
「違和感……ベルタは感じる?」
「全くだな」
二人の会話にくすりと笑みが溢れた。
「リベリアさん。その人がなにを読んでいたかとかは覚えてますか?」
「残念ながらそこまでは……」
ですよねと小さく肩を落とすも、「あ、でも」の一言で顔を上げる。
「プロスペローは何か話していたようです。少し待っていて下さい、呼んできますから」
「ありがとうございます」
近くの棚にあった本を二人で読みながら到着を待つ。少しして、リベリアと共にプロスペローが合流。事情を説明すると、プロスペローはふむと顎に蓄えた髭を撫でながら長考。
「確かに話しましたな」
その様子からはレイを鮮明に覚えているか分からなかったが、何故書庫に来たのかを知るために質問する。
「その人が何の本を読んでいたか覚えていますか?」
「ふむ……あれは何の本だったか……いけませんな、歳を取ると物忘れがひど」
「プロスペロー。ふざけないで下さい」
どうやら揶揄っていたようだ。リベリアのナイフのような視線を受け、プロスペローはわざとらしく咳払いを一つ。
「これは失敬。その者が読んでいたのは、五戦神について記述されたものであったぞ」
おお、と驚くレベッカとベルタ。五戦神についてもそうだが、ハッキリと答えるプロスペローの記憶力にも驚いたのだ。
「よくおぼえていましたね……」
「本人に訊かれたのだ。して、それがどうなさったのかな」
「プロスペロー」
釘を刺すようにリベリアが名を呼ぶ。
「分かってますぞ。 私の情報が役立てばいいですな」
「ありがとうございます」
根掘り葉掘り聞かれたくないのを察したリベリアとプロスペローに心から礼を述べる。
仕事に戻るとプロスペローがその場から離れ、リベリアも同様に通常業務へと。
「忙しいところありがとうございました」
「いえ、お役に立てれば嬉しいです」
「あ、そうだリベリアさん。オラトリオ大陸についての本ってありますか?」
「勿論。『天華の庭園と眠り姫』の舞台ですからね。貸し出しもしてますよ」
どこか得意げに語るリベリアに、さすが! と小さく手を叩く。
「どこにありますか?」
「他大陸についての本は、この先の棚を左に曲がって三個目の棚を左に曲がり更に二つ棚を進んだ先にありますよ」
そこまで遠いとは思っていなかった二人は。
「「……もう一度お願いします」」
口を揃えてそう言った。
「凄い! “はじまりの地”に負けないぐらい賑わってるね」
一方で。アランはレイと一緒に、“はじまりの地”から“光明の地”へ来ていた。数ある名所の一つである『光の蜃気楼の塔』近くの街を案内するためにだ。
「あっちとは違って屋台で物を売る人が多いね」
「この辺りは人も物も週ごとに変わってる。オレもよく来るけど、同じ景色っていうのはなかなかないな」
「週ごとに? 結構な頻度で店が変わってるんだね」
「近くにある砂漠を超えてきた行商人が集まりやすいからな。オレが住んでいた地域とかはまた違うが」
光に恵まれた“光明の地”には、乾燥地帯もまちまちと存在する。砂漠を抜けて商売を行う行商人は多く、特にこの辺りは行商人達の売り買いが激しいらしい。以前に番外編で登場したアランの実家付近の街では、そういった行商人が訪れることは殆どなく。店を構える人が多くなる。
アランの話に興味を惹かれたのか、目を輝かせながら光景をカメラに納めていく。
「ねぇ、アラン君。聞いてもいい?」
「ああ」
「機械の部品があちこちで売られているんだけど……初めて会ったときの近くにも機械があったよね? エレフォンとかの機械も、“光明の地”で作られたりとかしてるの?」
そうメモの準備を整えるレイに戸惑いつつ、そうだと頷く。
「エレフォンやエレパッドとかは、“光明の地”で採れる光のスフィアっていう結晶を内部に埋め込んで作られているんだ。機械系はほとんど、“光明の地”で製造されてる」
「ふんふん……また後で詳しく聞いてもいいかな?」
「お、オレでよかったら……」
「ありがとう!」
満面の笑みに、照れくさそうに頬を掻く。
レイは一度メモ帳をしまうと、鞄を肩に掛け直してカメラを手に。
「他にもあるかな?」
「他は……虹の噴水、とかか?」
「何それ!?」
「説明するより見たほうが早いな。こっちだ」
虹の噴水。
その名の通り、虹色の水が百合型の装置から噴き出ている噴水だ。実は水が虹色というわけではなく、内部に組み込まれた仕掛けによって虹色に見えるわけで……。解説してしまうのは野暮なので、後はご想像にお任せします。
「へぇ〜、不思議だね」
解説を聞いたレイがうんうんと頷く。人が混んできたからと噴水広場を後にし、次なる目的地へ向かっていた途中。
「あのさ、アラン君」
「どうした?」
「もしかして、五戦神って一般的に信仰されているわけじゃない?」
唐突な発言にピクリと指が動く。
「……そうだな。 オラトリオ大陸ではそうなのか?」
「いやそういうわけじゃないけど……」
あからさまにレイの歯切れが悪くなる。アランの意識を自分から逸らすかのように、別の話題を振る。
「え、えっと……し、蜃気楼の塔ってあっちと呼び方が違っ」
「……レイ」
名前を呼ぶと、少し前を歩いていたレイは気まずそうに振り返った。
「な、何?」
「その……話すことはできないか。レイが、隠していること……」
言ったあとにアランはしまったと心の中で呟いた。ド直球で聞いてどうする。
「あっ、いや、不躾だったな。わ、悪い。今のは忘れてくれ」
誤魔化すように苦笑いを浮かべる。レイは目を丸くすると、少し寂しげに微笑んで頷く。
「うん。ごめんね、アラン君」
言いたくても言えない気持ちがひしひしと伝わって来る。
空気が重くなる中、本日の任務を終えた。
「……言えたらいいのに」
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
はぁ、と何度目か分からない溜め息を洩らし、拠点のドアノブを捻る。
「おかえりなさい、アラン」
「た、ただいま……。なんだ、オレが最後だったのか」
正面に見えるテーブルにはアラン以外の三人が集まっており、今しがた帰ってきたアランを出迎えた。
「特に寄り道をする必要も無かったからな。私とレベッカは日が暮れる前には居たぞ」
「わたしはさっき帰ってきた。……アラン、なにかあった?」
ヴァニラに問われ、ギクッと小さく肩を跳ね上がらせる。
「話したいことがあるなら言っていいよ。ブレイドみたいに、話しやすい相手じゃないけど」
彼女にしては珍しく、自信が無いようであった。こういう気遣いは兄妹だなと口元が緩む。
「……話すよ。でも、そっちの話を聞いてからでいいか?」
「うん。まずはわたしからね」
ジェダルのもとを訪れたヴァニラは、レイと会った日に『五戦神の遺跡』に入ろうとしていたことを聞いたと報告。
「アルタリア様が言ってたみたい」
「五戦神……。昨日もレイは五戦神について調べてたみたい。プロスペローさんから聞いたわ」
「アランの方はどうだ?」
「オレの方は……」
アランはレイに聞かれた内容を報告。
「一般的に信仰されている、か……。どうしてそのようなことを聞く必要がある?」
「記事にするのに意味がないからかしら……」
「それはあるかもしれないが……そこまで五戦神に執着することは無いはずだろ」
「それともう一つ……謝りたいことがある」
「なに?」
「直球で聞いてしまった。『話すことはできないか』って……」
ベルタは驚愕するも、それでどうだったと冷静に確かめる。
「すぐに話を逸らしたが、ごめんと謝られた」
それはつまり、後ろめたい“何か”があるということ。
四人の間に流れる静寂を破ったのは、レベッカだった。
「……ねえ。今度会ったらまた聞いてみましょうよ。どうして五戦神について調べているのか分かったら、アンガ様達にも報告できるでしょう?」
何故なのか分かったら、協力することだって出来るはず。
僅か数日間の付き合いだが、本当に悪人だとは思えなかった。
「……そうだな。ハッキリさせよう」
「そうと決まれば明日。聞きにいくこと決定」
「ヴァニラが決めることじゃないだろ」
笑い声が拠点内に響き渡る。
しかし、この日の夜。展開が大きく変わる。
それは、皆が眠りにつく時刻のこと。レイが住む“もみじ荘”で起きた──。
「……おやすみ、ラディウス」
一日振りとなった通話が終わる。
寂しそうにエレフォンの電源を切り、月を見上げる。バルコニーに立つレイの頬を、冷えた夜風が撫でゆく。
その時。
ゾク……。
これまでに感じたことのないような殺気。冷や汗が背中や頬に噴き出る。
(誰……? 何処から僕を……)
慎重に辺りを見渡していると、上空からバルコニーの柵に舞い降りた影。
「うわっ!?」
「あ、あのー……僕に何か用……ですかね……」
刺激しないよう下手に出る。軽く両手を挙げつつ問うレイに、少女は何故か槍を下げた。
「こんなことをしても、貴方には意味がないよね」
「え……」
「例えこの槍が貴方を貫こうと、貴方は死ぬことは無いのだから」
その意味を理解出来るのは、レイが知る限り自分自身のみ。目の前に居る少女が理解出来るわけがない。
「どうして……その事を……」
「私も同じだから。……ううん、正確には違うね。彼女のオリジナルは貴方だけ」
“彼女”たる存在。
(その人が……)
自分に此処へ来るよう告げた人物であり、同時に。
(僕を、“造った”人……?)
母なる存在。
少女は静かに己の掌を差し伸べる。
「彼女は貴方の力が必要だって言ってる。私達“
レイはゆっくりと首を横に振り、柔らかく微笑んだ。
「ごめんね。その手を取る事は出来ない」
少女の表情が険しいものへ変わっても、レイは変わらず微笑んだまま。
「思った事が無いと言えば嘘になるけど……でも、その人の傍に居なくても存在する事は出来る。今の僕には、本来の姿の僕を知ってもなお、親友だって言ってくれる人がいるから。だから思ってないよ」
ごめんね、と二度と告げられる謝罪。少女は怒りにも似た感情に突き動かされ、槍の先端に光を収縮させて。
「【ギガライトランス】!」
零距離で解き放つ。
ドオォォンッ──!
穏やかな時が流れる“はじまりの地”に、轟音と地鳴りが発生する。少女は肩で息をしながら、少し離れた場所で昇る黒煙を見据える。
「っ……彼女が居なくちゃ生きていけない私達は……どうしたらいいの……」
「パラス……」
ハッと息を呑み、ツインテールを揺らす。
「……アテナ」
剣と盾を構え、鎧を身に纏う女性。
エメラルドの瞳を激しく揺らし、一歩二歩と前へ。
「パラスなのか……?」
「……」
「生きて……いたの……」
パラスはアテナに背中を向け、手を強く握りしめた。
「パラス! 私は──」
「私は恨んでないよ。アテナのこと」
地を蹴り、黒煙に飛び込むパラス。すぐにアテナもその後を追うも、黒煙が晴れたそこには誰一人居なかった。
「……これは……?」
ぽつんと落ちていた手帳を拾い上げる。
不自然だと思い、手帳の中身に目を通す。
「『戦神の勇者隊』……」
〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜
女神から齎されし彼の者の失踪。
死から生。理が逆天した者達。
冷たい海へ真実ごと投げ出されし彼の手を取るは……。