Five Elemental Story 〜絆の聖譚曲〜

1話 始まりの序曲オーバーチュア

始まりは……はたしていつだったか。

途方もない時が過ぎた。
時代は移ろい、世界の景色が変わろうとも。
私が目覚めることはない。
幾億の朝を迎え、夜が過ぎた頃。
終わりの予兆を感じたの。
死の鎌にも似たこの剣を、振り落とす予兆を。

千切れた五線譜は誰が為に奏でられる。

──今ここに、汝の聖譚曲オラトリオを記せ。降り注ぐ厄災に終止符を──

剣を取って手を取って


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エレメンタル大陸。
とある世界に存在する大陸の一つ。エレメントと呼ばれる元素の恩恵を受け、人を始めとする他種族とモンスターが生息する地。来たるモンスターの脅威から守るため、冒険者と呼ばれる戦士がいるのも、この大陸の特徴だ。

六つある地のうち、“はじまりの地”と呼ばれる地は複数の種族と属性が互いに助け合い、繁栄している。先に紹介した冒険者達の本部である『ミラージュ・タワー』があるのもこの地。五つの大陸を結ぶ、重要な役割を担っている。

そんな“はじまりの地”で数ヶ月前、大陸全土を賑わせた一つの出来事があった。

またの名を“変革のはじまり”。まだ結成して間もない部隊が起こした、一種の奇跡。彼らのニュースは瞬く間に広がった。同時に、五人のうち一人が、大陸を周る旅へと出発したのだった。


──はじまりの地、『戦神の勇者隊』新拠点。

旧拠点の工事完了から早数日。見た目も中身も新しくなり、部屋も個々のものとなった新拠点。ここでの暮らしにもだいぶ慣れた明くる日の朝。

「「「「いただきまーす」」」」

挨拶を終え、机に並べられた朝食に手をつける。尚も変わらず彼が調理したご飯を頂きながら、四人の勇者達が言葉を交わす。

「この生活にもずいぶん慣れたわよね」

副リーダーの“灼熱の勇者”レベッカ。火のエレメントを保有する女性。

「そうだな」
「依頼の量は変わらずだけど」
「増えても困るだろう」

“氷河の勇者”ベルタ、“月影の勇者”ヴァニラ。それぞれ水と闇のエレメントを保有する女性。

「まあ、優勝したからって言っても部隊であることは変わらないしな」

リーダーの“天空の勇者”アラン。光のエレメントを保有する男性。現在では唯一の男性だが、他にも一人、男が在籍している。

「アラン、今日の夕飯はコロッケにして」
「せめて“下さい”を付けてくれないか?」
「最早リクエストじゃなくなるぞ」
「というかまだ朝よ。……寝ぼけてるの?」
「起きてる」

目まぐるしいほど進んだあの日々を過ぎた今。四人の日常は、驚くほど平穏でゆったりと流れていた。それほど大きな事件がないからかもしれない……それはそれでいいことなのだが。

しかし、彼らのゆったりと流れていた時間は、一通の通信から急速に加速することとなる。

「……誰かエレフォン鳴ってないか?」

空間に響く着信音。アランの一言で、全員が己のエレフォンを取り出して確認するも。

「わたしじゃない」
「私でもないぞ」
「オレでもない」
「ワタシでもないみたい……」

沈黙。

では一体誰の……。初っ端からホラー展開になる訳はなく。レベッカは思い出したかのように席から立つ。

「あ、やっぱり。エレパッドね」

エレパッドは一般的に普及しているエレフォンとは違い、本部から各部隊に支給される大きめの通信機器。他にも本部からは小型通信機も支給されており、彼らが着用する服の裾に付いている。

ホッと誰かが息を洩らしたような気がするが、それはさておき。エレパッドに連絡が入るということは、相手は本部からの可能性が高い。レベッカは画面をタップし、両手でエレパッドを持つ。

「読むわね。えっと……『至急本部まで来たれし』?」

はたし状のような文面に疑問符が浮かび上がる。

「これは……今すぐってことかしら……」
「大至急じゃないからご飯食べてからでいいんじゃないか?」
「その一文字の違いはなんだ」
「ごちそうさまでした」
「早っ」


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──“はじまりの地”、『ミラージュ・タワー』。

天高く聳える不思議な塔。各地を総管理する場所であり、部隊の本部でもある。

その最上階に、彼らの姿はあった。

「失礼します」

扉を二回ノックし、中へ。扉を開けば、燦々と輝く太陽の光が辺りを包み込む。

「朝早く呼び出してすまないな」

景色を一望出来る部屋に佇む五人の人物達。

彼らこそ、この“エレメンタル大陸”で一番と言っても過言ではないほどの権力を握る要人『モルス』。アラン達部隊の指揮も取り、決して素顔を晒すことはない。しかし、彼らには裏の顔がある。

それは大陸を作ったとされる『五戦神』でもあるということ。『戦神の勇者隊』は『五戦神』だけが持つ加護を授かって以来、より親密な間柄になっていた。

そんな彼らからの呼び出しは、個人的な話ではないことはすぐに分かる。モルスと間を詰めると、一個のボードを手渡され、中を開く。

「これって……依頼書ですか?」

アランが持つ依頼書を横から覗き、レベッカが問う。

「そうそう。ボク達から、キミ達への依頼書だよ〜」
「前にも我から出したことがあったな。それとは大きく異なるものだ」
「依頼内容は長期に渡る護衛任務。詳細は其に記してある」

護衛任務。

と言われて思い付くのは、目の前に居るモルスだが……ハッキリ言って自分達より強いのに要らないだろう。向けられた視線に、違う違うと否定。

「わらわ達ではないぞ。これからそなたらにも会ってもらうのじゃ」
「それにも書いてあるけど、“エレメンタル大陸”と離れた場所にある“オラトリオ大陸”から来たヤツだぜ?」

“オラトリオ大陸”とは、“エレメンタル大陸”と海を挟んだ隣に位置する(隣でも、船で片道二週間は掛かるが)。面積は“エレメンタル大陸”の倍ほどあり、有名な御伽噺『天華の庭園と眠り姫』が生まれた場所でもある。四人も名前こそ聞いたことはあるが、詳しく知らないのが現状だ。

「観光ですか?」
「仕事だな。取材するためにしばらく居るらしいぜ?」
「記者さんなのですね」
「ああ。ただ……少し不可解でな。汝らには護衛すると共に、不審な点がないか見ていてほしい」

遠回しに監視しろと言われ、緊張が走る。

「そこまで警戒するほどでもないと思うけどね〜。彼を送り込んだのが、向こうでは結構大きめな組織だから気になってね〜」
「それはそうと……そろそろ到着しても良い時間なのじゃがな。連絡ないのう」
「此方から掛けたらいい。ハルドラ、貴様が連絡しろ」
「なんでボク? まあいいけど」

ハルドラは慣れた手付きでエレフォンを操作。この場に居る全員に聞こえるようスピーカーにして待機。

「もう番号交換しているんですね」
「こちらに知り合いがいないという話だったからな。なにかあったときのためにしておいたのだ」
「……なんか出ないよ〜?」
「寝坊か?」
「どうなんだろ……あ、出た。もしも」
『はい!!』

耳を劈くほどの声量に大小違えど誰もが驚く。

「レイくん? 緑狼王だけど、今どこ?」
『あっ、すいません! ちょっと振り切ったらすぐ行きます!!』

レイ、と呼ばれた青年の声が部屋に響く。尚も変わらず大きい声量だったが、呼吸がなぜか浅い。それに加えてドスドスと別の音も聞こえ、最早煩い。

「外のどこにいるの〜? 近くなら迎えに……」

『モオオオオオオオ──!!』

台詞を遮るが如く、エレフォンの向こうから到底人から出るとは思えない唸り声が。一瞬の静寂後、エレフォンを握りつぶす勢いで強く掴み、叫ぶ。

「ちょっとちょっと!! 今どこにいてなにをしているの!?」
『こ、“光明の地”? でモンスターに追いかけ回されてます!!』
「先の特徴的な唸り声は、闇属性のミノタウロスだな」
『やっぱり属性とかあるんですねー、面白いなー』
「のんきに話してる場合じゃねーよ!? “光明の地”のどこにいるんだよ!?」
「聞いても分からぬじゃろうが! とにかくこのまま通話を繋げたまま救出を──」
『あっ。』

ブツッ!

ツー、ツー、ツー……。

電子音だけが一同の間に流れる。次の瞬間、一部メンバーが絶叫。

「うわあああああああああ!?」
「え、……え!?」
「これは……『応援ありがとうございました。次回作にご期待下さい』と新連載が始まるパターンだな」
「冗談はよしてくださいアルタリア様! とにかく“光明の地”に……」
「わらわが転移しようぞ。用意はいいかの?」
「大丈夫です」

青い魔法陣が足元に展開。光粒が四人を飲み込み、やがてその場から姿を消した。


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──エレメンタル大陸、“光明の地”。

大陸の北東に位置するこの地は、光のエレメントを地元素とし、多くの光属性達が生まれ育つ。かく言うアランもその一人だ。

ミラクロアの転移陣によって、数秒足らずで“光明の地”へ到着した四人。服に付けた通信機から、『ミラージュ・タワー』で待機しているモルスの声が聞こえる。

『その場から遠く離れてはいないはずじゃ。近くにはいないかのう』
「それらしき音は聞こえませんね……」

辺りは平和そのもので、とても人が襲われているような雰囲気ではない。

『う〜、やっぱり繋がらないよ〜!』
『連絡手段が絶たれては探しようがないな』
『やはり次回作に期待するしか』
『まだ言ってるよ……』

「……!?」

その時、自身に向かって飛んでくる黒い物体を、アランは視界の端に捉えた。反射的に体を逸らし、衝突を回避。黒い物体はアランの背後にあった金属製の物質に轟音を立てて衝突した。

なんだと振り返れば、見えたのは人……。

「だあああああああああ!!」
「アラン!? どうし──うわっ!」

ズルズルと力なく地に沈む人に駆け寄り、必死に声をかける。

「だ、大丈夫ですか!? しっかりしてください!」
「アラン……ついにやってしまったのね……」
「いつかは殺ると思った」
「なんで思ってんだよ! それよりベルタ! 回復!」
「あ、ああ……」

突然のことに呆気を取られるも、はっとして側で膝を付き回復スキルを発動。淡い光が発せられる中、地響きと共にドスドスと足音が近づいてくる。

『フー……フー……』

現れたのは人身牛頭の怪物ミノタウロス。相当ご立腹なようで、鼻息を荒げながら手にした棍棒を今にも振り落とさんとしている。攻撃に備えようとレベッカが武器を構えるも、ヴァニラが片手を伸ばして制止。

「すぐに片付ける」

と、一対の刃を取り出し疾走。振り落とされた棍棒をひらりと躱し、一撃。ミノタウロスは倒され、言葉通り数秒にして勝敗が決まった。

『先の怪物はミノタウロスだな』
「じゃあこの人は……」

「んん……?」

話していると少年は小さく身じろぎ、頭を抑えながらよろよろと上半身を起こす。

「あいたた……」
「だ、大丈夫ですか……?」
「なん……カメラは!?」

痛みをもろともせず、腰に付けたケースから少し古びたカメラを取り出して起動させる。ピッピッと操作すること数秒、深い深い溜め息を洩らした。

「あっぶな……データ無事だあああ……」
「カメラより自分を心配したらどうだ」

呆れ気味にベルタが返すと、少年はカメラから四人に視線を移す。

「あれ……君達は?」
「レイさん、ですよね?」
「なんで僕の名前を……はっ! もしかして新手の詐」
「違います」
『レイくん、無事でよかったよ』
「あっ、緑狼王さん。こんにち……ん? 一体何処から……」
『いや「こんにちは」じゃねーよ? あと無事っていうにはかけ離れてたし』
「ま、また聞こえた……? 寝不足がたたって幻聴が……」
『聞け!』

見かねたレベッカが自身の通信機を外し、レイの前に差し出す。

「幻聴じゃなくて通信ですよ」
『とにかく合流出来たな。だが、貴方はなぜここにいるのだ? モンスターがいると言ったはずだが……』

“オラトリオ大陸”ではモンスターは特殊な存在らしく、“エレメンタル大陸”のように辺りを彷徨いているわけではない。控えめにアルタリア白獅子王が問うと、「すいません」と自身の非を認めて。

「色々調べていたら居ても立っても居られず……」
「そ、そうか……」
『話の途中にすまないが、我々は用事があるので通信を切らしてもらう。あとは任せてもよいか?』
「わかりました」
『うむ。ではまた後ほど』

プツンと通信が切れる。朝から忙しそうだなと思いつつ、アランは立ち上がって片手をレイに差し出す。

「立てますか?」
「はいっ」

手を重ね、助けられながら立ち上がる。

「助けて下さってありがとうございます! それでえっと……」
「あ、オレ達はレイさんの護衛任務を受けた『戦神の勇者隊』です」
「話はモルスの皆さんから聞いてます! 僕、戦えないので……すっごく助かります。ふつつか者ですが宜しくお願いします!」
「使い方間違っていないか?」

婿に入る気か。

思わず素で突っ込んでしまうベルタに、レベッカが小さく名前を呼んで咎める。

「気にしないで下さい。そんな敬語使われるほど偉くもないので!」
「じゃあ使わない」
「そこはベルタが答えるところだろ」
「でもこちらだけ使わないのも不公平だし、レイさんも普段通りに接してくれると嬉しいわ」
「うん。それじゃあ改めて……」

カメラをケースに戻し、片手を胸元に添えて。

「僕は“オラトリオ大陸”第二勢力Aクラスに位置する『彗星の運び屋メリクリウス』に在籍している記者のレイです」

第二勢力やらAクラスやら情報が多く、疑問符が頭に浮かぶ。察したようにレイは苦笑する。

「ちょっとややこしいから説明はまた後でするね。今はとりあえず名前だけ覚えてくれればいいよ」
「ああ、わかった。オレはアラン。一応リーダーもしてる」
「一応じゃダメでしょ。ワタシはレベッカ。副リーダーよ」
「私はベルタだ。で、こっちは……」
「ヴァニラ。あともう一人いるけど、今は旅に出てていない」

名前こそ出なかったが、面影を思い出して少しだけしんみり。

「旅? なんだかかっこいいね!」
「うん。かっこいいの」
「あまり持ち上げると調子乗るぞ奴は」
「まあまあ。話はこの辺りにして“はじまりの地”に戻りましょう。いつまでもここにいたら危ないし」
「歩きながらいろいろ詰めるか」


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その日四人が拠点へ戻ってきたのは、日が暮れた夕方だった。

いつも通りアランがご飯を作っている間。レベッカ達は、モルスから言い渡された依頼内容を今一度確認することに。

「『対象が危険な場所や遠出する際は同行。基本的に対象の指示に従う』……ということは、依頼の取り方も考えなくちゃいけないのね」
「必ずしも四人で居ることはないだろうし、交代はどうだ?」
「そうね。そうしましょ」
「……2人は、あの人のことどう思った?」

ヴァニラに訊かれ、レベッカとベルタは互いに顔を見合わせた後にうーんと悩んで。

「普通にしては少し人外だったが、ミラクロア様達の言う怪しい点は特に無かったな」
「人外って……人様に言う言葉じゃないだろ……」
「ワタシもベルタと同意見かしら。そう言うアランはどう思ったのよ」
「……オレも同じだ。ヴァニ」
「同じ」

結論。全員が同じ意見。

「……まだ会ったばかりだし、これからわかっていけばいいのよ」
「そ、そうだな」

うんうんと三人も頷く。

新たな出会いを果たした彼らの胸に、一株の不安が芽生える最中。別の場所では、その不安が的中しつつあった。



「遺跡に入ろうとしてたの? レイくんが?」

『ミラージュ・タワー』上層階。本日の仕事を終えたモルス達は、休憩がてらに情報交換をしていた。

「ああ。オーカーからそう報告を受けてな。中に入ろうとしたので追い返したと」
「それで“光明の地”に居たのじゃな」
「本人からの報告は」
「これといってない」

報告義務があるわけではないが、と付け加える。記者であるレイが何を取材しようと自由だが、アルタリアは気になって仕方がない様子。

「ただ単に取材しようとしただけじゃねーの?」
「そうだと良いのだが……」



所変わって、“はじまりの地”に位置するアパート『もみじ荘』一階。仕事道具として持ってきた紙の資料が積み重なる部屋の中で、レイは必死に何かを書き留めていた。

「……」

窓の外を見遣ると、満天の星々が美しく輝いている。

これから始まる出来事を、予感するかのように──……


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渦巻くは疑惑の念。
“ぶたい”で踊り狂うは死んだはずの者。
彼の者が探し求めるは古の神々。
輪舞曲ロンドを前にして姿を晦ますのは……。

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