Five Elemental Story

3話 ここが、これから暮らす場所


 ──ここで大人しくしてろ。落ち着いたらまた来るからな──
 ──いやだ! お願いだから妹を……ヴァニラを連れて行かないでくれ!──



「っ……!」

 弾かれたようにバチッと眠りから目覚める。
 目覚め一番に目に入ったのは、驚いた表情のアランだった。

「お……はよ、ブレイド……」
「……もう朝か……」

 戸惑うアランを放置し、何故だか重く感じる体を起こす。
 アラン、そして部屋を見渡し、もう森林の地には居ないんだと思い返した。

「大丈夫か……?」

 眠気覚ましに顔を洗い、水滴を拭きながら支度をするブレイドに、アランが不安げに訊ねる。
 しかしブレイドは無表情のまま「……何が?」と聞き返した。

「何がって……さっきうなされてただろ。それなのにと思って……」
「別に。調子は悪くない」
「それ、良くもないってことだろ。オレに話してみる気はないか? こう見えても、悩み相談は良くしていたんだぞ」
「……」

 ブレイドは手を止め、真っ直ぐとアランを見つめた。

「今は話す気になれない。昨日会ったばかりの奴に話せるほど、この懸念きもちは軽くない。」

 睨んでいるようにも感じる視線に、アランは呟くように「悪い……」と謝った。今まで直面したことない問題に戸惑い、怒りでは無く虚無感に襲われる。

 重苦しいオーラがアランを包んでいることに気づき、ブレイドは荒々しく後頭部を掻くと。

「……悪かったよ。こんな風に言って。まあ……今はまだ話す気にはならないけど、いつかは話すよ。……言わなくちゃいけないときが来るだろうし」
「……ああ。そのときが来たら、ちゃんと受け止めるから」
……ありがとな
「ん? いま何か言ったか?」
「空耳だろ。で、今日は何をすればいいんだ?」

 話題が変わり、空気が軽くなる。
 アランは本部から支給されたエレパッドの電源を入れ、フリックしながら答えた。

「今日は休日だから休みだ。仕事は明日から始まるな」
「あ、そうか。だから昨日、明後日会おうって言ってたんだな」
「朝はエレパッドこれに載っている食堂で食べれるみたいだな。しばらくは食堂でご飯か」

 他にもエレパッドでいろいろと確認しているアランに、終わったと声をかける。

「ん。レベッカに声かけて行くか」


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 はじまりの地、ミラージュ・タワー。
 ……の近く。

「ひっろ‼︎」

 思わず叫ぶブレイドをうるさいと制す。
 総司令塔であるミラージュ・タワーのすぐ隣、自分達の宿舎よりも何倍も広く感じる食堂に、レベッカを加えてやって来た。

「席で注文して呼び出す感じか……。効率いいのか?」

 空いていたテーブルに座り、それぞれ好きなものを注文する。代金は給料から引かれるシステムらしく、アランが持つエレパッドに履歴が残る。

「……レベッカ?」
「──ハッ。な、なに?」
「寝不足か? 船漕いでたぞ」

 平気よとそっぽ向くレベッカ。通知が届き、レベッカを一人残して料理を取りに立つ。

「いただきます」

 出来立てアツアツの料理を掬い、パクッと一口。美味しいとパッと明るくなる。

「昨日、夜遅くまで何してたんだ?」

 レベッカの手が一瞬だけ止まる。

「待ってたのよ、二人を。……結局帰って来なかったけど」

 そう答えたレベッカの食べる手が速くなる。無理やり口に入れているようだ。
 そうか。と返したブレイドに、アランが不思議そうに顔を覗き込む。

「でも、ヴァニラはブレイドの妹なんだろ?」
「ええ‼︎ そうなの⁉︎」

 思わず椅子から立ち上がるレベッカに、二人同時に肩を跳ねらせる。ごめんと呟きながらストンと座る。

「連絡とか……ないの?」
「……ヴァニラとは小さい頃に別れたきり会ってない」

 小さくあっと声が漏れる。触れてはいけないことを聞いてしまったと俯くレベッカ。アランは今朝の出来事を思い返していたが、ブレイドからの視線に気づき、レベッカに声をかける。

「なあ、今日は街に行ってみないか? これから暮らす街だし、知っといた方がいいだろ」
「街なんて何処も一緒だろ」
「……オマエが一番知っといた方がいいな。レベッカはどうだ?」
「え、ええ……。大丈夫よ」
「よし、決まりだな。準備が出来次第集合ってことで」


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「今日も人で賑わってるな〜」
「人多すぎだろ」
「今日が休日だからじゃない?」

 はじまりの地、中央区。
 食堂から宿舎に戻り、それぞれ私服に着替えて出発。向かった先は人が行き交う中央区。

「どこから回ろっか。あ、アリーナとか?」
「アリーナは今日やってないぞ」
「そうなの? じゃあ、また今度かしら……」
「……」
「どうかしたか、ブレイド」

 何故か固まるブレイドに首を傾げる。

「アリーナって……なんだ?」

 放たれた言葉に、まるで雷にでも撃たれたかのような衝撃に見舞われる二人。
 二人の反応に、ブレイドも戸惑う。

「し、知らないのか……⁉︎ オマエ、どうして応募したんだよ!」
「知らなくて悪かったな……! ミっ、知り合いに勝手に応募されたんだよ!」
「勝手に⁉︎ 受験者以外の人が書いたら取り消しになるわよ!」
「……多分、平気だ。知り合いは権力あるし、受けたのは本人だしな」
「それならいいのかしら」
「いやダメだろ」



「──くっしゅん‼︎」
「大丈夫か、ミリアム」
「平気よ。……ブレイドにバレたかしら、体重を三倍で書いたこと……。
「……ミリアム?」
「何でもないわ」



「……まあ、それならアリーナを知らないのも頷ける……な」
「なんでそこ曖昧なんだよ」

 知らないブレイドのために、二人ははじまりの地にある要所を巡りながら説明することにした。

「まずはここ、“アリーナ”ね」

 はじまりの地の中心に位置する円型の建物。
 燃え続ける燭台に、天使を象った像が左右対称に飾られている。

「来たことあるだろ? なにせ試験会場はここだったからな」
「言われてみればそうだったな」
「アリーナでは冒険者達が腕試しする場所なの。EからSSSまでランクがあるのよ」
「普段は個人だけど、一年に一度だけ部隊単位で対決する日があるぞ」

 試合が無いからか、普段より賑わっていないアリーナ会場を後にし、次の場所へ。

「ここは……ミラージュ・タワーか?」

 次にやって来たのは昨日も訪れた蜃気楼の塔。

「中に入るぞ」
「え? 今日はやってないんじゃ……」
「受付をしてないだけよ。中には入れるわ」

 ほらと促され、人の姿がほとんど見えない塔へと足を踏み入れる。

「レベッカはこっちまで来たのいつぶりだ?」
「そうね……子供の頃だったかしら。親戚に連れてきて貰ったのよね」

 話がよく理解出来ないまま、ブレイドは二人についていき塔の奥へ。

「着いたわ」

 行き着いた先にあったのは資料室とも呼べる部屋。

「……ここは?」
「エレメンタル大陸についての資料や映像が飾られている。主に五戦神とモルスについてだな」
「“五戦神”と“モルス”……」

 何だそれと疑問符を浮かべるブレイドに、やっぱりかと言いたげに二人は苦笑いを浮かべた。

「ここに詳しいことが書かれているわ」

 “五戦神”
 遥か昔の神話時代。五戦神と呼ばれる者達が居た。
 彼らは自らが持つ力を結晶──エレメントへと変え、この地に宿らせた。
 やがてその力は増し、六つの地に分けられた。
 彼らは、自身の力と共鳴する地に神殿を作り、その奥深くで長い眠りについた。

 “モルス”
 五戦神が眠りについた頃。異なるエレメントを持つ同士の争いが起きた。
 絶対的な支配者が消え、皆が指導者の出現を願った。
 混沌とする大陸に、五つの光が現れた。
 誰もが望んだ指導者の出現。
 彼らは強大な力を振るい、争いを鎮め、五つの地の管理者となった。
 そして人々は、彼らのことをモルスと呼び、長きにわたる統治が始まったのである。

「ふーん……」

 読み終わり、資料から顔を上げる。
 そこには、五戦神を象ったとされる五つの像があった。

『……』

 無言のまま見つめるブレイドに、アランとレベッカが顔を見合わせる。

「ブレイド……?」
「何だ?」

 名を呼ぶと何でもないように振り返るブレイドに安堵する。

「そろそろ次行くか。まだまだ名所はあるからな」
「お昼までに、後二箇所は回りたいわよね」
「よく知ってるよな、お前ら……」


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「風呂上がったぞ」
「おう。」

 と返し、ブレイドが浴室に向かう。
 すでに日は落ち、レベッカとも別れると明日に備えて寝る支度を進める。

 欠伸を漏らしながらブレイドが戻ってくると、アランは目を通していた本を片付け、消すぞとベッドに横たわるブレイドに声をかけてから部屋の明かりを消した。

「明日は何時起きだ?」
「六時」
「早……」
「遅い方だろ」

 おやすみと眠りにつくアラン。
 ブレイドは仰向け状態から横に体勢を変えると、服の下から出て来たペンダントを握りしめる。


 どうして来てくれないんだヴァニラ……。


 疲れたからか、いつの間にか眠りについてしまう。
 月明かりに反射し、ペンダントが淡く光を放った。

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