Five Elemental Story
26話 色付く決意の瞳
──“明けない月夜”『ムーンナイトプリズン』。
「【アンガブレイズスラッシュ】!」
「【ミラクロアグレイシア】!」
ちゅどーん!!
「……爆散してんじゃねぇか」
空に浮かぶ満月と、亭の屋根に腰掛けるカスピエルが見守る中。『第14小隊』に所属する五人は、来たるアリーナ大会に向けて特訓していた。
「うーん……でも属性の相性を考えると、このぐらいの威力が妥当なのよね」
「やはりまだ使いこなせていないからか……」
「毎日毎日飽きないわねぇ、あんた達」
屋根の上からカスピエルが溜め息混じりにぽつり。視線がカスピエルに集まる。
「今の技、カスピエルから見てどうだった?」
「さあ、知らないわよ。あたしは剣技とか詳しくないもの」
ヴァニラの問いをバッサリと斬る。足を組み直すカスピエルから視線を外し、うーんと唸る。
「ブレイド、オマエ当てはないのか?」
「俺に何を期待しているかは知らねぇけど答えはノーだ。俺とミリアムに“残影剣”教えてくれた奴はもう居ない」
「「「「……。」」」」
「……あーもういいだろ俺の話は! それより他にいるだろ!」
ブレイドは乱雑に後頭部を掻き乱しながらそう叫ぶ。
「あら、それはつまりあんた達以外の人間を招くってことかしら」
「出来ないのか?」
「うふふふふ……出来るわ」
「出来るんかい! 何だ今の不要な間は……」
「……レベッカ、エレフォン鳴ってないか?」
「え? ……あら、ホントだわ」
ポケットをまさぐりエレフォンを取り出す。
「というかここって電波あ」
「もしもしリベリアさん? どうかしましたか?」
電話の相手は『英知の書庫』の管理人リベリア。ピッと通話ボタンをタップし耳に当てる。
『突然申し訳ありません。皆さんお揃いですか?』
「あ、ハイ。全員居ますよ。スピーカーにしますか?」
『お願いします』
スピーカーモードに変更。声が聞き取りやすいように身を寄せる。
『落ち着いて聞いて下さい。……アッシュを見つけました』
「ええっ!?」
『逃げられましたけど』
「おおい!」
落ち着いて聞いて下さいの一言は呆気なく。いつも通りのヴァニラはブレイドを片手で制すと、リベリアに。
「そのときの状況を教えてください」
『はい。少し長くなりますが──』
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
──エレメンタル大陸、夕闇の地。
それは、リベリアがレベッカに知らせる数分前の出来事。“夕闇の地”に残された『究極融合の書』の紙片の痕跡を調べていた最中のこと。
『……!』
「あ、ちょっとパラサイダー!?」
突如パラサイダーはリベリアの体から離れ何処かへ。突然のことに混乱するものの、急いでその後を追う。
「ッ……!?」
見つけたのは、地に転がる大量の“死骸”。それも全てデビルのもの。天敵ではあるが、惨いと思ってしまうほどの惨劇。屍の群れの先に居たのは、探していたパラサイダーと一回り小柄なデビル。そして……。
「アッシュ……」
「……」
行方を追っていた“アッシュ”だった。
アッシュは“滅鋭刃”を片手に、視線をデビル達からリベリアに向ける。
「管理人リベリアか。ここへ何しに来た」
「心当たりが無いとは言わせませんよ」
アッシュは前髪を掻き上げながら笑みを一つ。対してリベリアは笑えるはずもなく、冷えた眼差しを。
「彼らは貴方が?」
「問うまででも無いだろう」
「そうですね」
すっとアッシュの目の色が変わる。手にする“滅鋭刃”からは黒い風が。
リベリアは伏せていた目を上げると。
「一つだけ。」
死の匂いが漂う中、彼女は告げる。
「魔を殺し、人をも殺めし貴方に在るのは一体何なのでしょう。貴方の意志は、どこにあるのですか」
静かに放たれた言葉。込められたのは怒りでも悲しみでもない。
彼に対する“虚しさ”。
「くっ……」
吹き荒れる黒風に視界が遮られる。
風が収まった時、そこにアッシュの姿は無かった。
『──というのが、一連の流れです』
場面は戻り、現在。
エレフォン越しに語られた出来事を聞いた一同は、筆舌に尽くせぬ複雑な感情に胸が締め付けられた。
『何かあればまたご連絡致しますが、恐らく時間はそう空かないかと』
「なぜですか?」
リベリアは表現の仕方に悩みながら。
『敢えて表現するのであれば……“気”のようなものでしょうか。それか“爆弾”?……とにかく、アッシュの内側に宿る膨大な力が放たれようとしています。近いうちに』
それが何を意味するかは判らない。これについても調べてみます、とリベリアは通話を切った。
「人間は大変ねー」
まるで他人事のような(実際そうだが)カスピエルの一言が静寂を破る。それを機に一同も意識を持ち直して。
「ヴァニラ」
「ん?」
「……大丈夫か」
ほんの数秒の間を置いて、ヴァニラはうんと口角を上げると。
「特訓しよ?」
かくんと小首を傾げた。
月明かりが淡く差し込む空間に、その男は鎮座していた。
「……」
“夕闇の地”に位置する『闇の蜃気楼の塔』と呼ばれる塔内部。最上階の部屋に置かれた王座に、脚を組みつつ座るのは“黒魔王”ジェダル。肘掛に立てた手で頬を支えながら目を閉じる。
寝ている……わけではなく、何やら考え事をしているようだ。
すると、ジェダルはゆっくりと濃紫色の瞳を覗かせ、口を開く。
「何しに来た」
吹き抜けの窓に留まる一羽の蝙蝠──。
「おやおや、随分と機嫌よろしくないようだ」
人の姿に変化した蝙蝠。
その正体は、かつて『第14小隊』と死闘を繰り広げた“酩月の吸血鬼”──ゲシュペンスト。
「……生憎、蝙蝠と話す時間は無くてな」
ジェダルは再び瞼を下ろすとそう言い放つ。対してゲシュペンストは窓辺に佇みながら、くすくすと愉快げに笑う。
「くくくっ……我が居ては思考が乱れると?」
「……」
沈黙。
放つ不機嫌オーラを隠そうともせず。ゲシュペンストは口元に笑みを浮かべたまま、夜空に浮かぶ月を見上げる。
「大方、あの小娘のことだろう。ふっ、汝が人間に肩入れするとはな」
「……」
「その沈黙は肯定か?」
「貴様は此処へ何をしに来た」
言葉だけで苛立っているのが分かる。強めに言い放つと、ゲシュペンストは一旦口を閉ざして。
「……汝は、“灰色の悪魔”の名を耳にしたことはあるか」
雰囲気がガラリと変わり、ピクリと体が小さく反応を示す。ジェダルが少しして「いや」と短く返すと、ゲシュペンストはだろうなと言いたげに肩をすくめた。
「デビル の間では広く知られている名だ。悪魔という悪魔を殺す“人間”の異名。大罪が一人、レヴィアタンも奴に狩られたようだ」
「……」
「どうやら心当たりがあるようだな。誤解を招くようだが、我は然程気にしてはいない。ただ愉快な話を一つ、耳にしただけだ」
彼が言う“愉快”は大抵“不愉快”な話だ。かと言って素直に追い出されてくれるはずもなく。ゲシュペンストは、とある少年の物語を語る。
──赤い炎に包まれた教会。
──贄の血を啜り、悪魔は妖艶な笑みを浮かべる。
──ただ一人佇むのは一人の人間。
──彼との間に何が起こったかは、誰も知らない……。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
──同時刻。
「人間は寝ないといけなかった気がするけど?」
昼も夜も景色が変わらない『ムーンナイトプリズン』にて。咲き誇る月見草の一角で、三角座りになるのはヴァニラ。少女を見つけたカスピエルは、呆れ気味に声を掛けた。
番人であるカスピエルに認められた者であれば、『ムーンナイトプリズン』へは何処からでも好きなように飛ぶことが出来る。それを利用し、ヴァニラは拠点から此処へやって来たのだ。
「もう少ししたら寝る」
「悪い子ね。良い子は寝ている時間よ」
「良い子なんかじゃない」
隣に座るカスピエルを一瞥し、正面へと戻す。
「……考えてたの。アッシュのことについて」
カスピエル自身は会ったこともないが、あれだけ連呼されていたら自然と覚えてしまう。瞼を閉じ、静かに耳を傾ける。
「いろいろ考えていたら、気付いたの。わたし、アッシュのこと全然知らないって。だから知りたいって思った」
「知ってどうするの? 救いたいの?」
首を横に振る。
「ううん。救うことはできない、ただ知りたいだけ」
「どうして?」
「大事な人だから。知りたいって思う。知ってアッシュの気持ちがわかるわけじゃないけど、ずっと一緒に過ごしてきたのになにも知らないのは寂しい」
それは、子供じみた我が儘だった。
「……」
「ヴァニラ」
耳に届く第三者の声。振り返れば、兄であるブレイドと……。
「ジェダル様?」
“黒魔王”ジェダル・モルスの姿が。立ち上がり、二人のもとに駆け寄る。
「どうしてここに……」
「俺が連れて来た。話したい事があるんだってさ、お前に」
「わたしに?」
きょとんと目を丸くする。
「……アッシュのことだ」
「……!」
ジェダルは誰から聞いたかは伏せ、アッシュの過去をつらつらと語る。
ヴァニラは最後まで、静かに傾聴していた。
「……我が耳にした話はここまでだ。その刻に、何かが奴の歯車を狂わしてしまったのだろうな」
どうするのだと視線が集まる。
──話し合い? ううん。それでなんとかなるならとっくになってる。
「わたし、アッシュと本気でぶつかりたい」
真っ白で、真っ黒だった心が色付いた。
「一人でアッシュと戦いたい。……でも、今のままじゃアッシュには勝てない。わたしに戦い方を教えてくれたのはアッシュ。だから一緒に考えてほしい。どうすればアッシュを超えられるかを」
その瞳はどこまでも真っ直ぐだった。
「そんなの……頼まれなくたって考えてやるよ」
歯を見せて笑うブレイド。ジェダルも仕方ないと言いたげに肩をすくめた。
「……ありがとう」
胸を撫で下ろし、はにかむ。
「カスピエル」
くるっと半回転し、カスピエルの耳元に口元を寄せるとぼそぼそ。
「……分かったわよ」
「ありがとう」
「じゃあ、あたしは行くから」
「うん。おやすみなさい」
翼をはためかせて空間の彼方に飛び去っていくカスピエルを見送ると、ヴァニラは今一度ブレイドとジェダルと向き合い。
「一つだけ、思いついてることがあるの」
「何だ?」
「それはね……」
「っ」
ハッとして目を覚ます。ゆっくりと体を起こし、乱れた呼吸を整えるように胸元を握りしめる。
「……ふふふ」
男の笑い声が高らかに響き渡る。
いくつもの水晶に声が反射し、美しいメロディへと変わっていく。
それは何よりも孤独なものだった。
──“明けない月夜”『ムーンナイトプリズン』。
「【アンガブレイズスラッシュ】!」
「【ミラクロアグレイシア】!」
ちゅどーん!!
「……爆散してんじゃねぇか」
空に浮かぶ満月と、亭の屋根に腰掛けるカスピエルが見守る中。『第14小隊』に所属する五人は、来たるアリーナ大会に向けて特訓していた。
「うーん……でも属性の相性を考えると、このぐらいの威力が妥当なのよね」
「やはりまだ使いこなせていないからか……」
「毎日毎日飽きないわねぇ、あんた達」
屋根の上からカスピエルが溜め息混じりにぽつり。視線がカスピエルに集まる。
「今の技、カスピエルから見てどうだった?」
「さあ、知らないわよ。あたしは剣技とか詳しくないもの」
ヴァニラの問いをバッサリと斬る。足を組み直すカスピエルから視線を外し、うーんと唸る。
「ブレイド、オマエ当てはないのか?」
「俺に何を期待しているかは知らねぇけど答えはノーだ。俺とミリアムに“残影剣”教えてくれた奴はもう居ない」
「「「「……。」」」」
「……あーもういいだろ俺の話は! それより他にいるだろ!」
ブレイドは乱雑に後頭部を掻き乱しながらそう叫ぶ。
「あら、それはつまりあんた達以外の人間を招くってことかしら」
「出来ないのか?」
「うふふふふ……出来るわ」
「出来るんかい! 何だ今の不要な間は……」
「……レベッカ、エレフォン鳴ってないか?」
「え? ……あら、ホントだわ」
ポケットをまさぐりエレフォンを取り出す。
「というかここって電波あ」
「もしもしリベリアさん? どうかしましたか?」
電話の相手は『英知の書庫』の管理人リベリア。ピッと通話ボタンをタップし耳に当てる。
『突然申し訳ありません。皆さんお揃いですか?』
「あ、ハイ。全員居ますよ。スピーカーにしますか?」
『お願いします』
スピーカーモードに変更。声が聞き取りやすいように身を寄せる。
『落ち着いて聞いて下さい。……アッシュを見つけました』
「ええっ!?」
『逃げられましたけど』
「おおい!」
落ち着いて聞いて下さいの一言は呆気なく。いつも通りのヴァニラはブレイドを片手で制すと、リベリアに。
「そのときの状況を教えてください」
『はい。少し長くなりますが──』
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
──エレメンタル大陸、夕闇の地。
それは、リベリアがレベッカに知らせる数分前の出来事。“夕闇の地”に残された『究極融合の書』の紙片の痕跡を調べていた最中のこと。
『……!』
「あ、ちょっとパラサイダー!?」
突如パラサイダーはリベリアの体から離れ何処かへ。突然のことに混乱するものの、急いでその後を追う。
「ッ……!?」
見つけたのは、地に転がる大量の“死骸”。それも全てデビルのもの。天敵ではあるが、惨いと思ってしまうほどの惨劇。屍の群れの先に居たのは、探していたパラサイダーと一回り小柄なデビル。そして……。
「アッシュ……」
「……」
行方を追っていた“アッシュ”だった。
アッシュは“滅鋭刃”を片手に、視線をデビル達からリベリアに向ける。
「管理人リベリアか。ここへ何しに来た」
「心当たりが無いとは言わせませんよ」
アッシュは前髪を掻き上げながら笑みを一つ。対してリベリアは笑えるはずもなく、冷えた眼差しを。
「彼らは貴方が?」
「問うまででも無いだろう」
「そうですね」
すっとアッシュの目の色が変わる。手にする“滅鋭刃”からは黒い風が。
リベリアは伏せていた目を上げると。
「一つだけ。」
死の匂いが漂う中、彼女は告げる。
「魔を殺し、人をも殺めし貴方に在るのは一体何なのでしょう。貴方の意志は、どこにあるのですか」
静かに放たれた言葉。込められたのは怒りでも悲しみでもない。
彼に対する“虚しさ”。
「くっ……」
吹き荒れる黒風に視界が遮られる。
風が収まった時、そこにアッシュの姿は無かった。
『──というのが、一連の流れです』
場面は戻り、現在。
エレフォン越しに語られた出来事を聞いた一同は、筆舌に尽くせぬ複雑な感情に胸が締め付けられた。
『何かあればまたご連絡致しますが、恐らく時間はそう空かないかと』
「なぜですか?」
リベリアは表現の仕方に悩みながら。
『敢えて表現するのであれば……“気”のようなものでしょうか。それか“爆弾”?……とにかく、アッシュの内側に宿る膨大な力が放たれようとしています。近いうちに』
それが何を意味するかは判らない。これについても調べてみます、とリベリアは通話を切った。
「人間は大変ねー」
まるで他人事のような(実際そうだが)カスピエルの一言が静寂を破る。それを機に一同も意識を持ち直して。
「ヴァニラ」
「ん?」
「……大丈夫か」
ほんの数秒の間を置いて、ヴァニラはうんと口角を上げると。
「特訓しよ?」
かくんと小首を傾げた。
月明かりが淡く差し込む空間に、その男は鎮座していた。
「……」
“夕闇の地”に位置する『闇の蜃気楼の塔』と呼ばれる塔内部。最上階の部屋に置かれた王座に、脚を組みつつ座るのは“黒魔王”ジェダル。肘掛に立てた手で頬を支えながら目を閉じる。
寝ている……わけではなく、何やら考え事をしているようだ。
すると、ジェダルはゆっくりと濃紫色の瞳を覗かせ、口を開く。
「何しに来た」
吹き抜けの窓に留まる一羽の蝙蝠──。
「おやおや、随分と機嫌よろしくないようだ」
人の姿に変化した蝙蝠。
その正体は、かつて『第14小隊』と死闘を繰り広げた“酩月の吸血鬼”──ゲシュペンスト。
「……生憎、蝙蝠と話す時間は無くてな」
ジェダルは再び瞼を下ろすとそう言い放つ。対してゲシュペンストは窓辺に佇みながら、くすくすと愉快げに笑う。
「くくくっ……我が居ては思考が乱れると?」
「……」
沈黙。
放つ不機嫌オーラを隠そうともせず。ゲシュペンストは口元に笑みを浮かべたまま、夜空に浮かぶ月を見上げる。
「大方、あの小娘のことだろう。ふっ、汝が人間に肩入れするとはな」
「……」
「その沈黙は肯定か?」
「貴様は此処へ何をしに来た」
言葉だけで苛立っているのが分かる。強めに言い放つと、ゲシュペンストは一旦口を閉ざして。
「……汝は、“灰色の悪魔”の名を耳にしたことはあるか」
雰囲気がガラリと変わり、ピクリと体が小さく反応を示す。ジェダルが少しして「いや」と短く返すと、ゲシュペンストはだろうなと言いたげに肩をすくめた。
「
「……」
「どうやら心当たりがあるようだな。誤解を招くようだが、我は然程気にしてはいない。ただ愉快な話を一つ、耳にしただけだ」
彼が言う“愉快”は大抵“不愉快”な話だ。かと言って素直に追い出されてくれるはずもなく。ゲシュペンストは、とある少年の物語を語る。
──赤い炎に包まれた教会。
──贄の血を啜り、悪魔は妖艶な笑みを浮かべる。
──ただ一人佇むのは一人の人間。
──彼との間に何が起こったかは、誰も知らない……。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
──同時刻。
「人間は寝ないといけなかった気がするけど?」
昼も夜も景色が変わらない『ムーンナイトプリズン』にて。咲き誇る月見草の一角で、三角座りになるのはヴァニラ。少女を見つけたカスピエルは、呆れ気味に声を掛けた。
番人であるカスピエルに認められた者であれば、『ムーンナイトプリズン』へは何処からでも好きなように飛ぶことが出来る。それを利用し、ヴァニラは拠点から此処へやって来たのだ。
「もう少ししたら寝る」
「悪い子ね。良い子は寝ている時間よ」
「良い子なんかじゃない」
隣に座るカスピエルを一瞥し、正面へと戻す。
「……考えてたの。アッシュのことについて」
カスピエル自身は会ったこともないが、あれだけ連呼されていたら自然と覚えてしまう。瞼を閉じ、静かに耳を傾ける。
「いろいろ考えていたら、気付いたの。わたし、アッシュのこと全然知らないって。だから知りたいって思った」
「知ってどうするの? 救いたいの?」
首を横に振る。
「ううん。救うことはできない、ただ知りたいだけ」
「どうして?」
「大事な人だから。知りたいって思う。知ってアッシュの気持ちがわかるわけじゃないけど、ずっと一緒に過ごしてきたのになにも知らないのは寂しい」
それは、子供じみた我が儘だった。
「……」
「ヴァニラ」
耳に届く第三者の声。振り返れば、兄であるブレイドと……。
「ジェダル様?」
“黒魔王”ジェダル・モルスの姿が。立ち上がり、二人のもとに駆け寄る。
「どうしてここに……」
「俺が連れて来た。話したい事があるんだってさ、お前に」
「わたしに?」
きょとんと目を丸くする。
「……アッシュのことだ」
「……!」
ジェダルは誰から聞いたかは伏せ、アッシュの過去をつらつらと語る。
ヴァニラは最後まで、静かに傾聴していた。
「……我が耳にした話はここまでだ。その刻に、何かが奴の歯車を狂わしてしまったのだろうな」
どうするのだと視線が集まる。
──話し合い? ううん。それでなんとかなるならとっくになってる。
「わたし、アッシュと本気でぶつかりたい」
真っ白で、真っ黒だった心が色付いた。
「一人でアッシュと戦いたい。……でも、今のままじゃアッシュには勝てない。わたしに戦い方を教えてくれたのはアッシュ。だから一緒に考えてほしい。どうすればアッシュを超えられるかを」
その瞳はどこまでも真っ直ぐだった。
「そんなの……頼まれなくたって考えてやるよ」
歯を見せて笑うブレイド。ジェダルも仕方ないと言いたげに肩をすくめた。
「……ありがとう」
胸を撫で下ろし、はにかむ。
「カスピエル」
くるっと半回転し、カスピエルの耳元に口元を寄せるとぼそぼそ。
「……分かったわよ」
「ありがとう」
「じゃあ、あたしは行くから」
「うん。おやすみなさい」
翼をはためかせて空間の彼方に飛び去っていくカスピエルを見送ると、ヴァニラは今一度ブレイドとジェダルと向き合い。
「一つだけ、思いついてることがあるの」
「何だ?」
「それはね……」
「っ」
ハッとして目を覚ます。ゆっくりと体を起こし、乱れた呼吸を整えるように胸元を握りしめる。
「……ふふふ」
男の笑い声が高らかに響き渡る。
いくつもの水晶に声が反射し、美しいメロディへと変わっていく。
それは何よりも孤独なものだった。