Five Elemental Story
25話 ムーンナイトプリズン
──その日、“はじまりの地”ではとあるニュースが瞬く間に駆け巡っていた。
「いよいよか……」
『第14小隊』拠点。所属する五人全員が見つめるのは、テレビに映る報道番組。テロップには「新アリーナ大会開催決定」との文字が。
遂に、運命の時が近付いてきたのだ。
番組がひと段落しCMに入ると、四人はブレイドを見遣る。ブレイドはテレビの電源を切ると、座っていたソファーから立ち上がって。
「そろそろ鍛錬始めないとな」
流石の彼らでも、何の調整も無しにアリーナ大会に出場する訳にはいかない。ブレイドの言葉に、アランとレベッカは困ったように顔を見合わせた。
「……何だよ、二人して」
「いや実はな……訓練場の話なんだが……」
『ミラージュ・タワー』近くにある訓練場。広い敷地を保有し、高性能な設備が揃う鍛錬にはもってこいな場所。部隊に所属している者であれば誰でも使用でき、アランとブレイドの二人も一度だけ行ったことがある。
「それがどうしたんだよ」
「予約が取れないのよ。結構前から」
何だそんなことか、とブレイドは肩の力を抜く。
「空いたら取ればいいだろ」
「それはムリだ。開催日直前まで埋まっている。滅多なことでは空かないだろうな」
ここで初めて理解する。
「じゃあ……鍛練できないってこと?」
ヴァニラが小首を傾げると、二人は小さく頷いて。
「出来ないって訳ではないだろ。この辺に拘らなければ幾らでもある」
「でもベルタ。アリーナがあるのは“はじまりの地”よ? 他の地じゃ地元素の影響を受けてしまうわ」
キッパリと言われてしまい、ベルタは口を閉ざしてしまう。
ここ“はじまりの地”には地元素が存在しない。どの属性も対等となり、元素による威力も普通となる。確かにベルタの言う通り、それを気にせず他の地で鍛練すれば良いのだろうが……五人となると難しいものだ。
とどのつまり。
「事件は迷宮入り……」
「なんでそうなる。事件が起こる要素すらなかっただろ」
冗談はさておき。事態が深刻には違いない。どうするかと悩む一同の口から“モルス”の名が出ないのは、彼らなりの意思の現れだろう。
「あっ」
ぽんっとレベッカが手を叩く。
「何か閃いたかね、助手君」
「はい探偵さん。……って、いつまでそのノリ続けるのよ」
「阿保は放っておけ」
「誰が阿保だ」
冗談はさておき(2回目)。
「こういうときこそ、書庫で調べものよね」
レベッカが言う書庫とは『英知の書庫』のこと。しかし四人はあまり気が乗らない様子。
「……そんな都合よく見つかるか?」
「何事も疑え、よ」
「いやいや、オレ達探偵でも刑事でもないぞ」
「レベッカ、わたし行く。なにか手掛かりが見つかるかもしれないなら」
放つ言葉全てが事件と繋がっているように聞こえるのは置いといて。
無闇に場所を探すよりかはマシかもしれないと残りの三人も考えを改め、レベッカは“よく言ったわ”と数回頷く。
「早速行きましょ」
──はじまりの地、『英知の書庫』内部。
「鍛練にもってこいの場所ですか……」
本を片手に、書庫の管理人リベリアは思考を巡らせる。彼女の目の前にはどうですか? と訊ねるレベッカと他四名の姿が。
少しして、リベリアは唇に添えていた指を離すと。
「申し訳ありません。皆さんが鍛練に使えそうな場所は分かりませんね……」
そう眉を顰めながら解答。肩を落とすレベッカの後ろで、やっぱりなと苦笑い。
「お嬢」
そんな時、リベリアの後ろから書庫の古株であるプロスペローが、本棚の影からひょいっと顔を覗かせた。
「どうしましたか?」
「時間ですぞ」
「あっ。もうそんな時間でしたか」
腕に付けた時計で時刻を確認する。何か用があるのだろう。リベリアは少し焦りながら視線を一同に向けて。
「すみません。私、そろそろ行かなくては……」
「大丈夫です。お忙しい中時間取らせちゃってごめんなさい」
「お気になさらず。またいつでもいらして下さい。……プロスペロー、皆さんをお願いします」
「任せて下さい」
ありがとうございます、とリベリアはプロスペローを一度見遣り、早歩きで書庫の奥へと消えて行った。
残されたプロスペローはレベッカ以外のメンバーと挨拶を交わした後、再び事情を訊ねた。
「……そうであったか」
「はい。ただ、リベリアさんが知らないと言われてしまったので出直そうかと……」
「いやありますぞ。其方らが使えそうな場所は」
「……!?」
ワンテンポ遅れて驚愕する一同。
「と言っても……実在するかどうかは分かりませぬが」
「それは一体……」
「あくまでも噂として語られているだけなのだ。私も実際に見たことはないが……」
「それでもいいので教えて下さい」
もちろんとプロスペローは笑みを浮かべる。
「彼の空間は『ムーンナイトプリズン』。又の名を、“明けない月夜”と呼ばれている」
「なんだかステキね」
「そうか?」
「その空間は、“はじまりの地”と同じく地元素が存在しない。そして番人が居る限り、空間が壊れることもないらしい」
「番人……」
「番人についての噂は無い」
続けるぞとプロスペローは語る。
「その場所は“夕闇の地”の『月を越えた先にある』ようだ。此れについても何が何だかさっぱり分からん。……以上が、『ムーンナイトプリズン』についての噂話だな」
パチパチと拍手を送りながら成る程と頷く。
「でも『月を越えた先にある』って……本当に月を越える訳ではなさそうだしな」
「なにかの喩えだろうな。まあ、今日は全員空いてるし、“夕闇の地”に行ってみるか」
「珍しいな。アランならもう少し調べて行くかと思ったが」
「その判断は正しいぞ。お嬢が“知らない”と言う事は、この書庫にそれらしい記述が無いと同じだからな」
プロスペローの言葉に、決まりだなと視線を合わせて。
「ありがとうございました、プロスペローさん」
「この程度であれば幾らでも協力しますぞ。見つかるといいですな」
ニッと歯を見せて笑うプロスペローと別れ書庫を出発。『ムーンナイトプリズン』があるという“夕闇の地”に向かった。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
──エレメンタル大陸、“夕闇の地”。
「バナナはおやつに入りますか?」
「入りません」
遠足かよ、とアランが突っ込む。
“夕闇の地”に到着した五人は、人が居なさそうな場所をひたすらに歩いていた。目立つ場所にあったなら噂で留まる筈がないからだ。
濃い霧で覆われた不気味な森。硬い地面、くねくねと捻れ曲がる木々の中を、逸れないように身を寄せ合いながら進む。
「肝試しとかに使えそうだな」
「思考回路が楽観的よね……」
「れ、レベッカ、先に行かないでくれ」
「行かないわよ。落ち着いて」
がっしりと腕を掴むベルタに、レベッカは息を一つ洩らしながら。
「昼間なのに夜みたい」
「霧が光を遮っているんだ。おまけに道も分かりづらい」
アランは光のエレメントで生成した剣を灯り代わりに持ち、同様の剣を道標用に地面に刺しては先に進む。
「帰り道に剣消えてたりしないよな」
「そうなったら迷子確定だな」
「さらっと言うんじゃねぇよ」
「……なんの匂い?」
フワッと流れる優しい香り。匂いに導かれるように速歩きになるヴァニラを、見失わないように駆け足で追いかける。
「わ……」
見つけたのは一面に咲き誇る花。荒地のような場所で、その花々は美しく蕾を咲かせていた。
「どうしてこんなところに花が……」
「……っ、見ろ。向こう側、崖になってるぞ」
ベルタが指した先。霧に覆われて見えにくいが、深い亀裂が入っているようだった。花に夢中になっていたら、気付かずに落ちてしまっていたかもしれない。最悪の光景が脳裏をよぎる。
ヴァニラは一歩二歩と前に進み出ると、その場に屈んで花を見つめる。
「……“月見草”」
「“月見草”って言うのか? この花」
「うん」
指先で“月見草”を突くヴァニラの後ろで、アランは少し驚きながらも解説を。
「“月見草”は夜にだけ咲く花だ。朝が近づくにつれて白からピンク色に変わった後、しぼんでしまうんだ。……よく知ってたな。ヴァニラ」
「うん。昔……アッシュが教えてくれた」
立ち上がり、深い亀裂を見据えるヴァニラの表情は窺えない。訪れた静寂を破ったのはブレイド。
「アラン。この“月見草”って何処でも咲くのか?」
「そんなはずはないんだが……」
「……」
疑問符を浮かべる一同の前で、ヴァニラは考えていた。
──昼間なのに夜みたい──
──……“月見草”──
──その場所は“夕闇の地”の『月を越えた先にある』ようだ──
「……!」
目を大きく見開き、“月見草”の先……亀裂に視線を向ける。
「……みんな」
「ん? どうした?」
「わたし、分かった。『ムーンナイトプリズン』の行き方」
一同の視線を浴びながら、ヴァニラは亀裂を指して。
「花を飛び越えてあそこに落ちる」
告げられた言葉に、誰もが反対の意を──。
「よし分かった」
「もし違くても五人いればなんとかなるわね」
「ああ。飛び降りたら目印代わりに光の剣を投げる」
「地面が近づいてきたらレベッカの一撃で爆風を生み出し、私とブレイドが衝撃を和らげながら爆風でスピードを落としつつ着地……というわけだな」
おおっと。ヤル気満々だった。
それで行こうと了承。五人は横に一列で並ぶと、一斉に跳躍。“月見草”を軽々と飛び越え、亀裂の中に落ちていく。
「アランッ!」
底が見えない亀裂。びゅうびゅうと吹き荒れる風をその身に受けながら、アランは光の剣を勢いよく投げ捨てた。
「なっ……!?」
が、光の剣は途中で“消えてしまった”。エレメントが搔き消えたわけではなく、見えない何かに吸い込まれたよう。
「まさか本当に『ムーンナイトプリズン』が!?」
「レベッカ! キャノンを構えろ!」
「ええ!」
“バーストキャノン”を呼び寄せたレベッカが構えたと同時。一同は、見えない何かの中に落ちていった。
地平線の先まで咲き誇る“月見草”に、星一つ無い暗い空に浮かぶ満月。
「うおっ」
「おっと」
勢いよく吐き出された二人は、バランスを崩しながらも無事着地。地面とそう遠く離れていない距離に一安心したのも束の間。今度はレベッカとベルタが、それぞれの頭上から降って来た。
「ぐえっ」
「痛てて……」
ブレイドはベルタの下敷きとなり、
「っ……」
「大丈夫か?」
「えっ……あ、ありがとう……」
アランは見事にレベッカの体を受け止めていた。
「流石だな、アランは……」
「早く退け。いつまで乗ってるつもりだ」
やれやれと肩をすくめながらベルタは背中から降り、ブレイドの眼前に突き刺さる“バーストキャノン”を引き抜くとレベッカに。
「ごめんなさいっ、誰も怪我してない?」
「しかけた」
「気にするな。誰もしてないからな」
「気にしろよ」
レベッカはアランに下ろしてもらい、“バーストキャノン”を受け取る。痛む背中を抑えながらヨロヨロと立ち上がるブレイドだったが、妹の姿だけないことに気付く。
「ヴァニラは……!?」
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
「ん……」
瞼を震わせ、ゆっくりと目を開ける。ぼんやりとする視界を数回瞬きしてクリアにすると、上半身を起こす。
「きれい……」
目の前に広がる光景──満月と“月見草”に見惚れてしまう。さわさわと頬を撫でる風に心地よさを感じていると、背後から翼を羽ばたく音が聞こえ振り返る。
「ようこそ、『ムーンナイトプリズン』へ」
そう微笑みを浮かべる女性。その背中には薄紫色の翼が生えていた。
ヴァニラは視線そのままに立ち上がると、じっと見つめて。
「あなたは?」
「あたしはカスピエル。月を司る堕天使よ」
堕天使とは思えない美しい容貌。カスピエルと名乗った女性に、ヴァニラもまた己の名を。
「わたしはヴァニラ。カスピエルはここでなにをしているの?」
「この世界を守っているのよ。外の世界では……番人、って言われてたかしら」
プロスペローの言葉を思い出す。ならば、とヴァニラはずいっと顔を近づけて。
「な、なに?」
「お願いがあるの」
「お願い……?」
怪訝そうに繰り返すカスピエルの手を、両手で覆いながら目を合わせ。
「この空間を、少しの間だけ貸してほしい」
「貸してほしい?」
「うん。大会が終わるまででいいの。ここで鍛練させてほしい」
話の内容が掴めないカスピエルは、疑問符を大量に浮かばせると。
「大会? 鍛練? なんの話かわからないわ。あたしにもわかるように言ってちょうだい」
「わかった」
ヴァニラは出来る限り分かりやすいように一連の流れを説明。ふんふんとカスピエルは相槌を打ちながら最後まで話を聞いていた。
「……話はわかったわ。あんたがここを使いたい理由も」
上手く伝わったようだ。良かったとヴァニラは安堵する。カスピエルはするりとヴァニラの手を抜け、人差し指で鼻を突く。
「いいわ。使わせてあげる。ただし、あたしに勝てたらね」
不敵に笑うカスピエルに対し、ヴァニラは少し悲しそうに視線を落とした。
「……あら、戦うのいやなの?」
「いやじゃない。すきな方」
「じゃあどうしてそんな辛気くさい顔してるのよ」
単純に疑問だった。誰かと競い合う大会に出るというなら、挑戦を受けてもおかしくない。
ヴァニラは視線をカスピエルから“月見草”に移すと。
「散らしたくないって思ったから」
「え……?」
「こんなにきれいなのに」
さあっと花の香りを乗せた風が二人の間を吹き抜ける。
「……」
飛んで来た一枚の花弁を手に取る。
小首を傾げるヴァニラと目が合う。カスピエルはふっと頬を緩ませた。
「……合格よ! この世界、あんたの好きに使うといいわ」
「いいの?」
「いいって言ったでしょ」
見る見るうちに明るくなる表情。ありがとうとまた更に近づくヴァニラを引き剥がす。
「大げさね」
「うん。あ、みんなにも言わなきゃ……って、みんなどこ?」
「きっとはぐれたのね。こっちにきなさい」
差し伸べられた手を取ると、カスピエルの近くに浮遊する球状の何かが淡く光を放つ。びゅうっと強く風が吹き抜けたかと思えば、自分の名を呼ばれる。
「ヴァニラ!」
「ブレイド? ……あれ?」
「あたし達が近くまできたのよ」
近くには急に現れた二人の登場に驚く四人の姿が。そうなんだと納得し、四人と合流。
「一体なにがどうなっているんだ?」
「説明してくれる?」
「うん」
──かくして、アリーナ大会に向けて布陣が整いつつある中。
ヴァニラにとって最大の壁とも言える刻が、訪れようとしていた。
──その日、“はじまりの地”ではとあるニュースが瞬く間に駆け巡っていた。
「いよいよか……」
『第14小隊』拠点。所属する五人全員が見つめるのは、テレビに映る報道番組。テロップには「新アリーナ大会開催決定」との文字が。
遂に、運命の時が近付いてきたのだ。
番組がひと段落しCMに入ると、四人はブレイドを見遣る。ブレイドはテレビの電源を切ると、座っていたソファーから立ち上がって。
「そろそろ鍛錬始めないとな」
流石の彼らでも、何の調整も無しにアリーナ大会に出場する訳にはいかない。ブレイドの言葉に、アランとレベッカは困ったように顔を見合わせた。
「……何だよ、二人して」
「いや実はな……訓練場の話なんだが……」
『ミラージュ・タワー』近くにある訓練場。広い敷地を保有し、高性能な設備が揃う鍛錬にはもってこいな場所。部隊に所属している者であれば誰でも使用でき、アランとブレイドの二人も一度だけ行ったことがある。
「それがどうしたんだよ」
「予約が取れないのよ。結構前から」
何だそんなことか、とブレイドは肩の力を抜く。
「空いたら取ればいいだろ」
「それはムリだ。開催日直前まで埋まっている。滅多なことでは空かないだろうな」
ここで初めて理解する。
「じゃあ……鍛練できないってこと?」
ヴァニラが小首を傾げると、二人は小さく頷いて。
「出来ないって訳ではないだろ。この辺に拘らなければ幾らでもある」
「でもベルタ。アリーナがあるのは“はじまりの地”よ? 他の地じゃ地元素の影響を受けてしまうわ」
キッパリと言われてしまい、ベルタは口を閉ざしてしまう。
ここ“はじまりの地”には地元素が存在しない。どの属性も対等となり、元素による威力も普通となる。確かにベルタの言う通り、それを気にせず他の地で鍛練すれば良いのだろうが……五人となると難しいものだ。
とどのつまり。
「事件は迷宮入り……」
「なんでそうなる。事件が起こる要素すらなかっただろ」
冗談はさておき。事態が深刻には違いない。どうするかと悩む一同の口から“モルス”の名が出ないのは、彼らなりの意思の現れだろう。
「あっ」
ぽんっとレベッカが手を叩く。
「何か閃いたかね、助手君」
「はい探偵さん。……って、いつまでそのノリ続けるのよ」
「阿保は放っておけ」
「誰が阿保だ」
冗談はさておき(2回目)。
「こういうときこそ、書庫で調べものよね」
レベッカが言う書庫とは『英知の書庫』のこと。しかし四人はあまり気が乗らない様子。
「……そんな都合よく見つかるか?」
「何事も疑え、よ」
「いやいや、オレ達探偵でも刑事でもないぞ」
「レベッカ、わたし行く。なにか手掛かりが見つかるかもしれないなら」
放つ言葉全てが事件と繋がっているように聞こえるのは置いといて。
無闇に場所を探すよりかはマシかもしれないと残りの三人も考えを改め、レベッカは“よく言ったわ”と数回頷く。
「早速行きましょ」
──はじまりの地、『英知の書庫』内部。
「鍛練にもってこいの場所ですか……」
本を片手に、書庫の管理人リベリアは思考を巡らせる。彼女の目の前にはどうですか? と訊ねるレベッカと他四名の姿が。
少しして、リベリアは唇に添えていた指を離すと。
「申し訳ありません。皆さんが鍛練に使えそうな場所は分かりませんね……」
そう眉を顰めながら解答。肩を落とすレベッカの後ろで、やっぱりなと苦笑い。
「お嬢」
そんな時、リベリアの後ろから書庫の古株であるプロスペローが、本棚の影からひょいっと顔を覗かせた。
「どうしましたか?」
「時間ですぞ」
「あっ。もうそんな時間でしたか」
腕に付けた時計で時刻を確認する。何か用があるのだろう。リベリアは少し焦りながら視線を一同に向けて。
「すみません。私、そろそろ行かなくては……」
「大丈夫です。お忙しい中時間取らせちゃってごめんなさい」
「お気になさらず。またいつでもいらして下さい。……プロスペロー、皆さんをお願いします」
「任せて下さい」
ありがとうございます、とリベリアはプロスペローを一度見遣り、早歩きで書庫の奥へと消えて行った。
残されたプロスペローはレベッカ以外のメンバーと挨拶を交わした後、再び事情を訊ねた。
「……そうであったか」
「はい。ただ、リベリアさんが知らないと言われてしまったので出直そうかと……」
「いやありますぞ。其方らが使えそうな場所は」
「……!?」
ワンテンポ遅れて驚愕する一同。
「と言っても……実在するかどうかは分かりませぬが」
「それは一体……」
「あくまでも噂として語られているだけなのだ。私も実際に見たことはないが……」
「それでもいいので教えて下さい」
もちろんとプロスペローは笑みを浮かべる。
「彼の空間は『ムーンナイトプリズン』。又の名を、“明けない月夜”と呼ばれている」
「なんだかステキね」
「そうか?」
「その空間は、“はじまりの地”と同じく地元素が存在しない。そして番人が居る限り、空間が壊れることもないらしい」
「番人……」
「番人についての噂は無い」
続けるぞとプロスペローは語る。
「その場所は“夕闇の地”の『月を越えた先にある』ようだ。此れについても何が何だかさっぱり分からん。……以上が、『ムーンナイトプリズン』についての噂話だな」
パチパチと拍手を送りながら成る程と頷く。
「でも『月を越えた先にある』って……本当に月を越える訳ではなさそうだしな」
「なにかの喩えだろうな。まあ、今日は全員空いてるし、“夕闇の地”に行ってみるか」
「珍しいな。アランならもう少し調べて行くかと思ったが」
「その判断は正しいぞ。お嬢が“知らない”と言う事は、この書庫にそれらしい記述が無いと同じだからな」
プロスペローの言葉に、決まりだなと視線を合わせて。
「ありがとうございました、プロスペローさん」
「この程度であれば幾らでも協力しますぞ。見つかるといいですな」
ニッと歯を見せて笑うプロスペローと別れ書庫を出発。『ムーンナイトプリズン』があるという“夕闇の地”に向かった。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
──エレメンタル大陸、“夕闇の地”。
「バナナはおやつに入りますか?」
「入りません」
遠足かよ、とアランが突っ込む。
“夕闇の地”に到着した五人は、人が居なさそうな場所をひたすらに歩いていた。目立つ場所にあったなら噂で留まる筈がないからだ。
濃い霧で覆われた不気味な森。硬い地面、くねくねと捻れ曲がる木々の中を、逸れないように身を寄せ合いながら進む。
「肝試しとかに使えそうだな」
「思考回路が楽観的よね……」
「れ、レベッカ、先に行かないでくれ」
「行かないわよ。落ち着いて」
がっしりと腕を掴むベルタに、レベッカは息を一つ洩らしながら。
「昼間なのに夜みたい」
「霧が光を遮っているんだ。おまけに道も分かりづらい」
アランは光のエレメントで生成した剣を灯り代わりに持ち、同様の剣を道標用に地面に刺しては先に進む。
「帰り道に剣消えてたりしないよな」
「そうなったら迷子確定だな」
「さらっと言うんじゃねぇよ」
「……なんの匂い?」
フワッと流れる優しい香り。匂いに導かれるように速歩きになるヴァニラを、見失わないように駆け足で追いかける。
「わ……」
見つけたのは一面に咲き誇る花。荒地のような場所で、その花々は美しく蕾を咲かせていた。
「どうしてこんなところに花が……」
「……っ、見ろ。向こう側、崖になってるぞ」
ベルタが指した先。霧に覆われて見えにくいが、深い亀裂が入っているようだった。花に夢中になっていたら、気付かずに落ちてしまっていたかもしれない。最悪の光景が脳裏をよぎる。
ヴァニラは一歩二歩と前に進み出ると、その場に屈んで花を見つめる。
「……“月見草”」
「“月見草”って言うのか? この花」
「うん」
指先で“月見草”を突くヴァニラの後ろで、アランは少し驚きながらも解説を。
「“月見草”は夜にだけ咲く花だ。朝が近づくにつれて白からピンク色に変わった後、しぼんでしまうんだ。……よく知ってたな。ヴァニラ」
「うん。昔……アッシュが教えてくれた」
立ち上がり、深い亀裂を見据えるヴァニラの表情は窺えない。訪れた静寂を破ったのはブレイド。
「アラン。この“月見草”って何処でも咲くのか?」
「そんなはずはないんだが……」
「……」
疑問符を浮かべる一同の前で、ヴァニラは考えていた。
──昼間なのに夜みたい──
──……“月見草”──
──その場所は“夕闇の地”の『月を越えた先にある』ようだ──
「……!」
目を大きく見開き、“月見草”の先……亀裂に視線を向ける。
「……みんな」
「ん? どうした?」
「わたし、分かった。『ムーンナイトプリズン』の行き方」
一同の視線を浴びながら、ヴァニラは亀裂を指して。
「花を飛び越えてあそこに落ちる」
告げられた言葉に、誰もが反対の意を──。
「よし分かった」
「もし違くても五人いればなんとかなるわね」
「ああ。飛び降りたら目印代わりに光の剣を投げる」
「地面が近づいてきたらレベッカの一撃で爆風を生み出し、私とブレイドが衝撃を和らげながら爆風でスピードを落としつつ着地……というわけだな」
おおっと。ヤル気満々だった。
それで行こうと了承。五人は横に一列で並ぶと、一斉に跳躍。“月見草”を軽々と飛び越え、亀裂の中に落ちていく。
「アランッ!」
底が見えない亀裂。びゅうびゅうと吹き荒れる風をその身に受けながら、アランは光の剣を勢いよく投げ捨てた。
「なっ……!?」
が、光の剣は途中で“消えてしまった”。エレメントが搔き消えたわけではなく、見えない何かに吸い込まれたよう。
「まさか本当に『ムーンナイトプリズン』が!?」
「レベッカ! キャノンを構えろ!」
「ええ!」
“バーストキャノン”を呼び寄せたレベッカが構えたと同時。一同は、見えない何かの中に落ちていった。
地平線の先まで咲き誇る“月見草”に、星一つ無い暗い空に浮かぶ満月。
「うおっ」
「おっと」
勢いよく吐き出された二人は、バランスを崩しながらも無事着地。地面とそう遠く離れていない距離に一安心したのも束の間。今度はレベッカとベルタが、それぞれの頭上から降って来た。
「ぐえっ」
「痛てて……」
ブレイドはベルタの下敷きとなり、
「っ……」
「大丈夫か?」
「えっ……あ、ありがとう……」
アランは見事にレベッカの体を受け止めていた。
「流石だな、アランは……」
「早く退け。いつまで乗ってるつもりだ」
やれやれと肩をすくめながらベルタは背中から降り、ブレイドの眼前に突き刺さる“バーストキャノン”を引き抜くとレベッカに。
「ごめんなさいっ、誰も怪我してない?」
「しかけた」
「気にするな。誰もしてないからな」
「気にしろよ」
レベッカはアランに下ろしてもらい、“バーストキャノン”を受け取る。痛む背中を抑えながらヨロヨロと立ち上がるブレイドだったが、妹の姿だけないことに気付く。
「ヴァニラは……!?」
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
「ん……」
瞼を震わせ、ゆっくりと目を開ける。ぼんやりとする視界を数回瞬きしてクリアにすると、上半身を起こす。
「きれい……」
目の前に広がる光景──満月と“月見草”に見惚れてしまう。さわさわと頬を撫でる風に心地よさを感じていると、背後から翼を羽ばたく音が聞こえ振り返る。
「ようこそ、『ムーンナイトプリズン』へ」
そう微笑みを浮かべる女性。その背中には薄紫色の翼が生えていた。
ヴァニラは視線そのままに立ち上がると、じっと見つめて。
「あなたは?」
「あたしはカスピエル。月を司る堕天使よ」
堕天使とは思えない美しい容貌。カスピエルと名乗った女性に、ヴァニラもまた己の名を。
「わたしはヴァニラ。カスピエルはここでなにをしているの?」
「この世界を守っているのよ。外の世界では……番人、って言われてたかしら」
プロスペローの言葉を思い出す。ならば、とヴァニラはずいっと顔を近づけて。
「な、なに?」
「お願いがあるの」
「お願い……?」
怪訝そうに繰り返すカスピエルの手を、両手で覆いながら目を合わせ。
「この空間を、少しの間だけ貸してほしい」
「貸してほしい?」
「うん。大会が終わるまででいいの。ここで鍛練させてほしい」
話の内容が掴めないカスピエルは、疑問符を大量に浮かばせると。
「大会? 鍛練? なんの話かわからないわ。あたしにもわかるように言ってちょうだい」
「わかった」
ヴァニラは出来る限り分かりやすいように一連の流れを説明。ふんふんとカスピエルは相槌を打ちながら最後まで話を聞いていた。
「……話はわかったわ。あんたがここを使いたい理由も」
上手く伝わったようだ。良かったとヴァニラは安堵する。カスピエルはするりとヴァニラの手を抜け、人差し指で鼻を突く。
「いいわ。使わせてあげる。ただし、あたしに勝てたらね」
不敵に笑うカスピエルに対し、ヴァニラは少し悲しそうに視線を落とした。
「……あら、戦うのいやなの?」
「いやじゃない。すきな方」
「じゃあどうしてそんな辛気くさい顔してるのよ」
単純に疑問だった。誰かと競い合う大会に出るというなら、挑戦を受けてもおかしくない。
ヴァニラは視線をカスピエルから“月見草”に移すと。
「散らしたくないって思ったから」
「え……?」
「こんなにきれいなのに」
さあっと花の香りを乗せた風が二人の間を吹き抜ける。
「……」
飛んで来た一枚の花弁を手に取る。
小首を傾げるヴァニラと目が合う。カスピエルはふっと頬を緩ませた。
「……合格よ! この世界、あんたの好きに使うといいわ」
「いいの?」
「いいって言ったでしょ」
見る見るうちに明るくなる表情。ありがとうとまた更に近づくヴァニラを引き剥がす。
「大げさね」
「うん。あ、みんなにも言わなきゃ……って、みんなどこ?」
「きっとはぐれたのね。こっちにきなさい」
差し伸べられた手を取ると、カスピエルの近くに浮遊する球状の何かが淡く光を放つ。びゅうっと強く風が吹き抜けたかと思えば、自分の名を呼ばれる。
「ヴァニラ!」
「ブレイド? ……あれ?」
「あたし達が近くまできたのよ」
近くには急に現れた二人の登場に驚く四人の姿が。そうなんだと納得し、四人と合流。
「一体なにがどうなっているんだ?」
「説明してくれる?」
「うん」
──かくして、アリーナ大会に向けて布陣が整いつつある中。
ヴァニラにとって最大の壁とも言える刻が、訪れようとしていた。