Five Elemental Story

24話 戦士達の休息


 妖魔城の激戦から早数日──……。
 アランが一週間不在になるという出来事はあったが些事に過ぎず。日常がゆったりと流れていく。

 『第14小隊』拠点、一階。五人揃って夕食を楽しんでいる最中、レベッカはねぇと口を開いた。

「明日は休日だけど、なにする予定?」

 今日は平日の最終日。また一週間が過ぎたのかとしみじみ思いながら、始めに答えたのはヴァニラ。

「わたしはブレイドと『E.P.タワー』に行ってくる」
「えっ!? ウソどうして!?」

 『E.P.タワー』……其処は、“はじまりの地”に聳えるテレビ番組等を制作、放送している塔だ。運営しているのは『エレメンタルプロダクション』。この頭文字を取り、そう呼ばれている。

 思わず椅子から立ち上がるレベッカに、ブレイドは咀嚼していたご飯を飲み込んだあと。

「ヴァニラがツアー参加者を募集していたやつに応募したらしくてな。通ったから明日ちょっと行ってくる」
「良かったわね! 感想聞かせてちょうだい」
「迷惑だけは掛けるなよ」

 うんとベルタの言葉にヴァニラは頷き、ブレイドははいはいと流す。

「そういうお前は出掛けるのか?」
「ワタシ? ワタシはリベリアさんとお出掛け予定よ」
「本当に仲良くなったよな……。あの頃が嘘みたいだ」

 フフンとレベッカは胸を張ると、今度はベルタに。

「ベルタは?」
「私は武器の整備にな。アランは何かあるか?」
「オレもちょっと出掛けてくるよ。夕方には全員帰って来てるか?」

 各々帰って来てると返事を返した。

「夕ご飯?」
「それもあるがもう一つ。紹介したい人がいるんだ」
「分かった。遅れないように気を付けるとしよう」

 よろしく頼むと笑うアランを、ブレイドはじっと見つめていた。


 自分が放った言葉が大きな勘違いを生み出すことを、この時のアランは思いもしなかった。





 そして、迎えた翌日の朝。

 天気は快晴。絶対のお出かけ日和だ。早くに“水凍の地”へ向かったベルタの次に、アランは『E.P.タワー』に向かうブレイドとヴァニラと一緒に拠点を出発。

「じゃ、俺達向こうだから」
「また夕方にね」
「ああ。楽しんでこいよ」
「そっちもな」

 そう言葉を交わし、アランは二人と別れた。向かう先は“はじまりの地”に位置する駅。


 時計台の下で待ち合わせとは言ったが……、もう着いてるか?


 人々で賑わう改札付近。一際目立つ時計台に足を進めていた──その時。

「にぃに!」

 明るい声が耳に届く。振り返るとそこには、自分に飛び付いてくるおさげの少女が。アランは即座に少女を受け止めると、危なかったと息を洩らして。

「アリス、せめてオレが気づいた後に飛んでくれ」
「えへへ……。にぃに、久しぶり!」

 地面に降ろされたアリスは満面の笑みを見せ、アランも久しぶりだなと笑った。

「元気にしてたか?」
「うんっ。じぃじも元気だったよ」
「……アレ? ジイジはどうしたんだ?」

 アリスは「えっとね〜」とくすくす笑いながら。

「後ろ」
「後ろ? ……どわっ!?」

 背後に居たのは不気味な仮面を被った老人。体を仰け反るアランに老人は仮面を外して、特徴的な笑いを。

「ほっほっほっ。ドッキリ大成功ですな」
「ジイジ……」

 “ジイジ”ことセバスチャンとアリスはイェーイとハイタッチ。アランはしてやられたと苦笑いを浮かべた。

「どうどう? じぃじと考えた二重トラップ!」
「いかがでしたかな坊ちゃん」
「驚いたよ。……一応聞いておくが、オレ以外を驚かせたりしてないよな? な?」
「「いえ〜……?」」

 あ、これやってるなとアランは頭を抱えた。

「今では幽霊屋敷から動物園も追加されて更なる進化を遂げておりますぞ」
「グレートアップするな」
「それよりにぃに! 早く遊びに行こっ!」

 早く早くとアリスに手を引かれ、セバスチャンに背中を優しく押される。

「行きましょう、坊ちゃん」
「あ、ああ。それとジイジ、今日は名前で呼んでくれないか?」
「かしこまりました。アラン様」
「ありがとう。行くかアリス」
「うんっ!」

 アリスは元気よく返事するとアランの手を握りながら横に並ぶ。アランは少し気恥ずかしく感じるも手を離そうとはしなかった。





 ──はじまりの地、繁華街。

「人多いから踏まれないようにな」
「むっ。そんなにちっちゃくないもん」
「足をですよ、アリス様」
「あっそっか」

 今日は休日だからか、普段より人通りが多い街の中を三人で巡る。物珍しげに視線をアッチコッチ向けるアリスに、セバスチャンはくすくすと笑みを溢す。

「アリス様、目が回られてしまいますぞ」
「館の近くはここまで賑わっていないしな。驚くのもムリはないさ」
「うん……」

 街の一点を見つめながら頷くアリスのトーンは低い。もしかして長距離の移動で疲れたのだろうかと、アランはセバスチャンと顔を見合わせる。

「あっ! かわいいお店!」

 かと思えば、アリスはパッと表情をコロッと変えて、目の前の店に一人走って行ってしまった。アリス、と小さく名を呼んで後を追いかける。

「わわっ」

 アリスは興奮するあまり周りをよく見ておらず、走っている途中にドンッと通行人とぶつかり尻もちをついてしまう。

「あっ、ごめんなさい!」

 すぐに立ち上がって頭を下げる。顔を上げれば、こちらを見下しているような瞳と視線が交差する。

 げっ。

 追いついたアランは声にこそ出さなかったが、思わず顔を歪めてしまう。

「アイザック……」

 よりによって休日に会いたくないランキング1位(アラン調べ)のアイザックと鉢合わせてしまった。アイザックはチッと舌打ちを洩らすと、アラン同様に顔を歪める。

 アイザックとぶつかってしまったアリスは二人の顔を交互に見上げると。

「にぃにのお友達?」
「違う。断じてない」
「にぃに……?」

 怪訝そうに呟くアイザック。微妙な雰囲気が流れる間を、今度はセバスチャンが。

「アラン様のお知り合いですか?」
「え? え、まあ……」
「お初にお目にかかります、アイザック様。執事のセバスチャンと申します。以後、お見知りおきを」

 胸元に手を添え、名を名乗るセバスチャンに、アイザックはピシッと膠着。

「あの、アイザックこれは……」
「……帰る」
「は? ちょっと待っ」
「帰る。」

 頭に大打撃を受けたかのようにフラフラと歩き出すアイザックの姿に、キョトンと目を丸くするアリスとセバスチャン。

「大丈夫かなー……?」
「具合でも悪いのでしょうか……」
「……いや、ジイジの言葉に驚いたのかもな。オレまだ言ってなかったし、二人のこと……」
「えっと……それは申し訳御座いません」
「今日紹介しようと思ってたから大丈夫だ。後で連絡しとくよ」
「えっ、にぃにのお友達に会える!?」
「ああ。夕方ぐらいになるけどな。時間平気か?」
「本日はアリス様とホテルにて一泊する予定ですのでお気になさらず。楽しみですな、アリス様」
「うん! じぃじも嬉しそうだね!」
「はい。とても楽しみです」

 気のせいだろうか。セバスチャンの周りを花が舞っているように見え、アランは目をゴシゴシ。

「ねえねえ、お店見てもいい?」
「ええ。行きましょう」
「お、オレは外で待ってるな。……明らかに女性向けだし」
「ほっほっほっ。可愛らしいですな」
「かっ揶揄うな!」


〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜


「……?」
「どうかしましたか? リベリアさん」
「……いえ、気のせいですね。何でもありません」

 アリスが目を付けた雑貨屋“ハピハピギフト”の近く。髪を下ろして私服に着替えたレベッカと、いつもと変わらぬ服装の『英知の書庫』管理人リベリアが並んで歩いていた。リベリアはアランに気付くも、人通りが多いのと後ろ姿だったのもあり別人だと判断。レベッカに顔を向ける。

「ところで……私服可愛いですね。似合ってますよ」
「ありがとうございます。リベリアさんの私服も、今度見てみたいです」
「私は……」

 リベリアは胸元に手を添え、気まずそうに視線を泳がせる。

「私服というか……この服以外持っていなくて……」
「そうだったのですか?」
「はい……。これと同じデザインの服を数枚だけ……あまりお洒落には興味が無くてですね……」

 正直後悔した。普段通りの服で来ると思い込んでいたレベッカはとてもお洒落で、自分は普段と全く変わらず……。無いなりに工夫しておけば良かったと、リベリアの脳内はそればかり思っていた。

「オシャレ……」

 レベッカはそれならと人差し指を立てる。

「今からリベリアさんに似合う服を買いに行きませんか?」
「い、いやでも私買ったことは無くて……それに似合うかどうか分かりませんし」
「あっ、ここのお店入りましょ。結構カワイイですよー」
「人の話を聞いて下さい!」

 主張も虚しく。ズルズルとリベリアは引きずられ、服屋に入店。初めて味わう空気に、動揺する心を必死に抑える。

「リベリアさんは好きな色とかありますか?」
「あまり気にしたことはありませんが……強いて言うなら黄色でしょうか……」
「確かに、今の服も黄色と茶色系ですよね。なら……こうかな……?」

 レベッカは慣れたように服を選び、店員に声を掛ける。

「リベリアさん、この服試着して見て下さい!」
「こ、これをですか……!?」
「ワタシしか見ないので大丈夫ですよ。ホラホラ」

 ここで騒いでいては余計に目立つと考え、素直に試着室へ押し込められる。

 待つこと数分。

「どうですか?」
『終わりましたけど、思いっきりカーテンを開けるような真似は──』

 言い切る前に開けられるカーテン。それも全開。

「わ、カワイイですね! 髪も下ろしてステキっです!」
「とてもお似合いですよお客様」
「……」

 ちゃっかり店員が居るのは置いといて。

 リベリアはレベッカが選んだ学園風の服に着替え、髪を二つに括っていたゴムを外しボブスタイルに。

「変じゃないですか……?」
「『どこがですか?』って言い切れるぐらい似合ってますよ」
「言い過ぎです!」
「あ、この服全部購入で」
「はい。ありがとうございます」

 その後の行動は早かった。あっという間に支払いまで済み、二人は店の外に出ていた。

「ふぅ……慣れないことをするのは疲れますね……」
「ワタシはリベリアさんの普段とは違う一面が見れて嬉しいですよ」
「意地悪ですね、レベッカさん」
「ふふっ。どこかで休憩します?」
「いいですね。甘い物でも食べたい気分です」
「それならいいお店がコッチに……」

「お嬢!」

 ビクッと大きく肩を跳ね上がらせるリベリア。バッと振り返ると、立派な髭を貯えた男が。

「プロスペロー、貴方どうしてこ」
「とてもお似合いですな! 一目見ただけではお嬢だと分かりませんでしたぞ」
「ですよねー」
「レベッカさん!!」

 顔を真っ赤にして叫ぶリベリア。

 レベッカに気付いたプロスペローは「おおっ」と声を上げて。

「其方がレベッカ殿だな?」
「はい。えっと……?」
「これは失敬。我が名はプロスペロー。お嬢と同じく書庫で働いている者だ」
「レベッカです。リベリアさんにはいつもお世話になっております」
「お嬢が楽しげに其方の話をしておるのでな。私としても嬉しい限りですぞ」
「ちょっ……! やめて下さいプロスペロー! 早く行きなさい!」

 プロスペローは笑いながら二人と別れ、その姿が見えなくなるとリベリアは長い長い溜め息を。

「仲がいいんですね」
「……プロスペローは、私が幼い頃からお世話になっている方です」

 彼が向かった先を見つめながら話を続けて。

「“あの事件”のとき、私の異変に彼だけが気付き、どうにかして引き剥がそうとする彼を私は抑え込み地下室へ閉じ込めました」

 “あの事件”とはリベリアがパラサイダーに乗っ取られていた時期のことだろう。レベッカはそんなことが……と驚く。

「あの後すぐにプロスペローを地下室から解放しました。しかし、私は許されないことをしてしまった。謝って済む問題では決して無い。嫌っても当然なのに……プロスペローは、“笑って”許してくれた。私が無事ならそれでいい、と」

 思い出すだけで涙が出てきそうになる。リベリアは必死に耐えると、一歩前に出てはレベッカと向き合う。

「私はもう何も奪いたくない。もう何も、無くしたくない。その為に力が必要だと言うなら……パラサイダー悪魔の手を取ることだって厭わない。その果てが、デモンリベリアあの私なのです」

 決意に満ち溢れる瞳。

 確固たる信念に、レベッカは羨望する。だがそれは無意味だ。彼女のようにはなれない。

「……ワタシも、リベリアさんのように強くありたいです」
「大丈夫。きっと、貴女なら出来る」

 くすくすと笑い合う二人。気持ちを切り替えると、再び並んで歩き出した。





 ──“水凍の地”、奥部。

「ごめんくださーい」

 視界の両端に聳えるのは透き通る氷の壁。その中心に挟まれるように、その工房は存在していた。

「なんじゃ、誰かと思ったらベルタか」
「お久しぶりです。ドヴァリンさん」

 ここはドヴァリン兄弟が経営する鍛冶屋。“水凍の地”出身の冒険者でも知らない穴場だ。ベルタの武器“アブソリュートグレイシス”の整備も、ここで行っている。

「今日はお一人ですか?」
「兄弟達は皆、工房に篭りっきりじゃ。ほれ、見せてみぃ」

 催促され、ベルタは“アブソリュートグレイシス”をカウンターの上に置く。ドヴァリンは髭を触りながら、ふむふむと眺めては状態を確認。

「これまた派手にやったの。術が切れかけておる」

 ドヴァリンが斧に手を翳すと、青色の魔法陣が斧から浮き出る。これは武器が壊れない為の術式であり、大抵の武器に刻まれているものだ。その陣からバチバチと火花が散っている辺り、もう少しで完全に砕けていたのだろう。

「まあ、この程度であれば数時間で直せるな。少し待っておれ」
「お願いします。……あの、合計何コインになりますか……?」

 少し悩んだ末、告げられる金額。現実逃避か、ベルタは顔を手で覆ってしまう。

「……持って来てないのか?」
「ありますよ! 持ってきてます! ただちょっと大打撃と言うか……」

 必要不可欠な実費とは言え、かなり貯金を抉られる。

 「思いっきりやっちゃって下さい」とベルタは顔を覆いながら告げる。ドヴァリンは小さく息を吐くと、奥の工房に。数分たたないうちに、剣を片手に戻って来た。

「その剣は?」
「ワシらが新しく生み出した剣じゃ。お主に預けておく」

 疑問符を浮かべながら、水のエレメントで生成された片手剣を受け取る。

「整備を待っている間、暇つぶしがてらにソイツの性能を確かめて来てはくれんかの」
「分かりました。鍛錬にもなりそうですし……」
「代わりに、整備代金はさっき言った額の半分にしよう」
「えっ半分!?」
「出血大サービスじゃ。くれぐれも、怠らぬように頼むぞ」

 ベルタはポカーンと唖然。ドヴァリンは斧を手に取ると、工房へ行ってしまった。

「……責任重大だな」

 ぽつりと呟き、剣を腰巻きに引っ掛ける。少しでも早く、確かな情報を得たいと、氷の壁の合間を走り抜けた。



 ドヴァリンの鍛冶屋を出発すること数分。

「性能を確かめたいけど……どう確かめればいいんだろう……?」

 極寒の風が吹き抜ける無人の地で、ベルタは途方に暮れていた。腕試し出来るような相手は見つからず、氷を斬っても意味はない。

 相手を求めて歩き続けていると、それは訪れた。

「あれは……ッ!」

 視界に捉えたのは、モンスターに追いかけられている女性。清らかな天色の髪を揺らしながら、必死にモンスターから逃げようとしている。

 ベルタは駆け出しながら剣を鞘から引き抜き、モンスターの眼前に立ちはだかる。

「ケートス……」

 モンスターの名を呟くベルタだったが、次の瞬間には好戦的な笑みを浮かべて。

「ちょうどいい……。練習相手になってもらおうか!」

 言うが早いか。ベルタはケートスの引っ掻き攻撃を剣で弾いては跳躍。鼻の部分に生えている角を綺麗に切断。着地と同時にケートスは逃げるように退散していった。

 ふぅ、と息を洩らし、剣を鞘に収める。

「助けてくれてありがとう。優しい冒険者さん」

 先程まで襲われていたとは思えないほど、その女性は優しく微笑む。

 彼女からは僅かに、神が持っている神威を感じた。神とここまで近距離で話したことがないベルタは緊張してしまう。

「い、いえ、私も確かめたいことがあったので……」
「ふふ。どうかそんなに緊張なさらないで。もっと肩の力を抜いていいのよ?」

 言われるがまま、ベルタは肩の力を少しだけ抜いた。

「……あの、お一人では危ないですし、もし良かったらお送りしましょうか?」
「ありがとう。でも大丈夫。ここまで来たら後少しなの。……あら? あなた、手切ってるわ」

 え? と手に視線を落とす。指摘通り切ってはいたが、擦り傷程度だ。じんわりと熱を帯びているだけ。

「少し見せて?」
「これぐらいなら問題ないですよ」
「だめ。助けてもらったのになにもしないなんて嫌だわ」

 間もなく、女性の手から淡く光を放つ水滴が生まれる。水はベルタの手を包み込むと、傷を塞いでしまった。

「治癒魔法……」
「ええ。戦うことは出来ないけど、傷なら治せるの」

 ありがとうございます、と礼を述べる。

「……冒険者さん。あなたの名前を聞いてもいい?」
「ベルタです」
「ベルタさんね。わたしはアナーヒターよ。気軽に呼んでね」

 アナーヒターと名乗る女神は、じっとベルタを見つめると。

「……やっぱり」
「え?」
「あなたから癒しの力を感じるわ。わたしと同じ、治癒の力を」

 ワンテンポ遅れて、ベルタは驚きに目を見開いた。

「おおお同じなど有り得ません!」
「いいえ、ハッキリと感じるわ。あなたにはきっと、治癒魔法の使い手としての才能があるのよ」
「わ、私に……?」

 信じられないと言いたげに自身を指差す少女に、アナーヒターは間違いないと頷く。

「ただ……それを力とするのはあなた次第」
「……」
「助けてもらったお礼に、あなたさえ良ければコツを教えてあげる。どうかしら?」

 握った拳にギュッと力を入れる。

 思い返すは激闘の数々──。誰か一人でも治癒魔法が使えたなら、どれだけ戦いやすいことか。

「……お願いします」

 ベルタの決断は早かった。アナーヒターは小さく笑みを溢して。

「はじめましょう。ベルタさん」





「……楽しそうだな、ヴァニラ」
「うん。すごく楽しい」

 はじまりの地に聳える『E.P.タワー』内部。

 見学ツアー参加者が並ぶ列の最後尾にブレイドとヴァニラは並んでいた。

 隣で目を輝かせるヴァニラには悪いが、ブレイドは退屈だった。何せツアーで巡っているのはドラマで使われたというセットばかり。ブレイドはヴァニラとは違い、ドラマに興味はない。退屈過ぎて欠伸を洩らしてしまいそうになるが、必死に噛み殺す。妹が楽しんでいるところに茶々は入れたくない。

「シンデレラに三銃士……メイジーまで……豪華メンバーが勢揃い……」
「へぇ……」

 やべっ、全然分かんね。(byブレイドの心)

 帰ったら少しでも勉強しようと決意を胸に。
 ツアーは止め通りなく進み、目玉の一つでもあるピーターパンのインタビューが始まった。参加者が一箇所に集うため、後ろの方にいる二人でもギリギリ顔が見れるか見れないかの距離。すると、二人の目の前で参加者の一人である子供がピーターパンを見ようとピョンピョン跳ねていた。先に気付いたのはブレイド。目線を合わせるように屈むと、子供の肩を叩く。

「肩に乗るか?」
「……いいの? お兄さん見れないよ?」
「俺はいい。ほら、早く乗らないと終わっちまうぞ」

 子供はこくりと頷き、ブレイドの肩に乗る。気付いたヴァニラが背を支える中、落とさぬようにゆっくりと立ち上がる。

「見えるか?」
「うんっ」

 コソコソと話しかけると、子供は笑顔で返した。よかったね、とヴァニラから視線を送られ、ニッと笑い返す。

「移動しまーす。ゆっくり進んでくださーい」

 インタビューが終わり、スタッフの指示を受けぞろぞろと移動を開始。ブレイドは肩から子供を降ろすと、ありがとうとお礼を言われる。

「喜んでたね」
「肩に乗せてやっただけなんだけどな。さ、行くぞ」
「うん」

「そこのお二人!」

 と、参加者の列に戻ろうとした二人の前に、一人の少女が現れた。誰だ? と困惑するブレイドと、驚きのあまり言葉を失うヴァニラ。

「さっきの見てたわよ! とても優しいのね!」
「こら、グレーテル。困ってるじゃないか」

 グレーテルと呼ばれた少女の隣に青年が並ぶ。

「あ、そうよね。ごめんなさい。つい嬉しくなっちゃって……」
「嬉しくなったのは分かるけど……ごめんね」

 謝られる覚えはないので、大丈夫だと伝える。

「見てて思ったけど、二人は仲良しなのね。もしかして恋人……だったりするの?」

 控えめに訊ねるグレーテル。ヴァニラはすぐに首を横に振って。

「そうなの?」
「わたし──」
「俺達兄妹なんです。属性こそ違いますが、ちゃんと血は繋がってます」

 話に割り込んできたのはブレイド。迷いなく真実を口にする。

 グレーテルは驚いていたが、やがてフッと微笑んで。

「ステキね」

 蔑むことなくそう告げるグレーテルに、ブレイドは嬉しそうに。グレーテルはヴァニラの耳元に口を寄せると、彼らに聞こえぬよう小声で囁く。

「いいお兄ちゃんね」

 耳元から顔を離したグレーテルを見つめながら、ヴァニラもまた嬉しそうに頬を緩ませる。

「グレーテルが引き止めてごめんね。そこの通路から出て一つ目の角を左に曲がれば合流できるよ」

 青年が指した先を一瞥。礼を述べると駆け足でツアーへと戻っていった。

「……ねぇ、ヘンゼル」
「ん?」

 グレーテルは寂しそうに瞳を揺らしながら。

「あの子達、笑ってたわね。今まで会った彼らとは全然違う……」

 ヘンゼルはグレーテルの横顔を見つめながら、「そうだね」と返して。

「まだヒューマンだけが、属性の観念に捉われている……そんなことないのに……」
「……うん。でもきっと、もうすぐでそれも変わるよ」
「どうして分かるの?」

 ヘンゼルは視線をグレーテルから、二人が行った先に移す。

「……なんとなく、かな」



「なぁ、ヴァニラ。さっきの人達って……」
「グレーテルさんの隣にいたのはヘンゼルさん。二人は兄妹なの」
「確かに似てるな」

 二人は無事にツアー参加者の列に合流出来ていた。うんうんと思い返しては納得するブレイドだったが、ヴァニラは何故か黙ってしまっていて。

「どうした?」
「恋人って言われたから似てないのかなって」

 ブレイドはそんなことかと笑みを溢すと、ヴァニラはムスッと唇を尖らせた。

「教えて欲しいか?」
「……うん」
「目だよ。目の色」
「目?」

 小首を傾げるヴァニラに、ブレイドはそうだと自分の瞳を指で示しながら。

「俺も、お前の目も、少しだけ赤色入ってるだろ? 『兄妹の印は?』って聞かれたら、俺はそう答えるね」

 瞳の色なんて気にしたことは無かった。

「じゃあわたしもそう言う」
「おう」


〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜


 場面は戻り、アラン御一行──……。

「すっご〜い!」

 瞳をキラキラさせながらそう叫ぶのはアリス。

 彼ら三人は街での買い物を終えた後、移動式から常設となった遊園地へとやって来た。初めての光景を前に、アリスは大はしゃぎ。

「これが“遊園地”なのですね……」
「ジイジも初めてか?」
「はい。昔はこのような場所に足を運ぶ機会が有りませんでしたので。アラン様は?」
「実はオレも」

 苦笑するアランに、セバスチャンは意外だと目をパチクリ。

「いろいろあって行き損ねてな……」
「おや、そうでしたか。であれば、本日は皆で羽目を外してしまいましょう」
「そうだな」
「にぃに、じぃじ! 早く早くっ」

 両手を大きく振り、こっちこっちと呼ぶ。

「なにから乗るか……」
「私アレ乗りたい!」

 と、指差した先はジェットコースター。いきなりか〜、とアランは思って。

「初めに乗ろうとする勇気すごいな」
「アリス様の怖いもの知らずには私も驚きます」
「もしかして……嫌?」

 シュンと落ち込んでしまったアリスに、慌てて全力否定。

「違うからな! 乗りに行くぞ!」
「わ〜い!」
「ジイジは行けるか?」
「ほっほっほっ。このじいじを甘く見ては困りますな、アラン様」

 めちゃくちゃ楽しんでるな。

 心なしか肌も艶々しているような気がする。二人に連れ回されるように、あらゆる乗り物を制覇していく。

「次はどうするっ?」
「結構乗ったしな……ここら辺で一回休むか」
「そうですな」

 休むのに適した場所は無いか。三人がそれぞれ見渡していると。

 ──ドンッ。

「わっ」

 アリスの横を、同年代ぐらいの男の子が走り抜ける。避けようとしたアリスはバランスを崩してしまうが、アランが倒れる前に支えた。

「大丈夫か?」
「うん……。ありがと、にぃに」

 体制を戻し、服を手で軽く叩く。

「アラン様、今の……」
「ああ。……少し様子がおかしかったな」

 遠くの方まで行ってしまった子供の背を見つめながら不安げに。

 すると、反対側から女性が走って来た。アラン達を通り過ぎようとした時、グキッと足首が折れてしまい前のめりに倒れ込む。

「おっと」

 ガシッと腕を滑り込ませ、女性の体を支えたのはセバスチャン。アランはホッと息を洩らす。

「あ、ありがとうございます……」
「いえいえ。ですが、何処かに座りましょう。足を挫いてしまったのでは?」
「大丈夫です。早く追わなきゃ……」

 薄々感じてはいたが、先程の子供と関係があるようだ。話を聞いていたアリスは男の子の後を追って走り出してしまう。

「あっ……! アリス!」
「お待ちを。」

 そうセバスチャンはアランの腕を掴み制止。何を、と顔だけ振り返るアランに。

「アラン様。過度な手助けはアリス様ご自身の為にはなりません。それに、子供にしか解らない悩みも御座います。少しだけ、アリス様に御任せ致しましょう」

 ふふっと柔らかく微笑まれ、それもそうだとアランは追いかけるのを諦めた。

「失礼、御婦人。ほんの少しだけ、私共にお時間を頂けますか?」
「え、ええ……ご迷惑をおかけします……」
「お気になさらず。ささ、此方へ」

 流れるように女性をリード。近くにあったベンチへと誘導する。女性がベンチに腰を落とすと、二人はプレッシャーにならない程度の距離をあけて。

「あの、さっきの子って……」
「……息子です」
「……良かったら、話を聞いてもいいですか?」

 アランの言葉に、女性は遅れて頷き。

「今日は息子の誕生日なんです。喜んでほしいと思って連れて来たのですが……」

 ふと、女性は楽しそうに歩く家族連れに目を向けて。

「あの子の父親はもう居ません。それでもあの子は、私に気を遣って笑顔でいてくれて……。ついさっき、あの子に聞いたんです。プレゼントは何がいいかと」

 返ってきたのは「お父さん」。それは無理だと言うと、泣きながら走っていってしまったらしい。

 そのまま肩を震わせて涙を流してしまう女性に、セバスチャンは立膝を付くと、そっとハンカチを差し出して。

「顔をお上げ下さい。貴女のような美しきお方に、孤独な涙は似合わない。それは、貴女の大切なお方と流すべきでは御座いませんか?」

 女性はぐっと涙を堪えると、ハンカチを受け取った。





「待って!」

 自分に向けられた叫びに、男の子はようやく立ち止まった。

 荒く息を弾ませながら振り返ると、初めて会う少女が此方をじっと見つめていて。

「お母さんがキミのこと探してるよ」
「……」
「帰ろ?」
「……いやだ」

 男の子はプイッとアリスに背中を向ける。

 アリスは悲しそうに瞳を揺らすと、どうして? と訊ねる。

「お母さんのこと、嫌い?」

 男の子は拳を握りしめながら違うと返し。

「大好きだけど……お母さんはきっと違う。僕が居なければって思ってる……」
「そう言われたの?」
「ううん。でもきっと思ってる。僕のこと嫌いだって」

「違うよ」

 頭の奥深くにまで響くアリスの声。男の子はハッとし、目尻に涙を溜めながら顔を向ける。

「キミだけが、大好きだって思ってるわけじゃないんだよ。キミも、誰かに大好きって思われてる」

 アリスは青く澄み渡る大空を見上げて、微笑。

「自分では、きっと気づけない」

 男の子を見遣ると、アリスは笑顔を浮かべ。

「戻ろっ? お母さんのところへ」
「……うん!」

 涙を服の袖で拭うと、アリスのもとに駆け寄り、二人は一緒に彼らが待つ場所へ。

「ジイジ。」

 アレ、とアランが示した先。アリスが男の子を連れて、一緒に戻って来た。

「ああっ……」

 男の子の母親は感極まって泣いてしまうも、痛む足を引き摺りながら息子を抱き寄せる。

「ごめんねっ……ごめんね……!」
「ひぐっ……ごめんなさいっ……」

 お互いに謝りながら涙を流す。ギュッと抱きしめ合う親子に、三人は顔を見合わせながら笑った。



 それから数分後。一同は遊園地のゲート付近に移動していた。

「巻き込んでしまってすみません。本当にありがとうございました」

 目を真っ赤にしながら、女性は先程とは別人のような明るい笑顔で。男の子も母親の足を掴みながら、同様にお礼を。

「足の方は大丈夫ですか?」
「包帯も巻いてもらえましたし、自宅に戻るぐらいなら平気です」

 あの後、女性はセバスチャンの勧めで救護所に向かい、応急処置を受けたのだ。お大事にして下さいと声を掛ける。

「はい。では、私達はこれで」
「バイバイ! また会おうね!」
「うん!」

 手を繋ぎ、微笑み合いながら親子は家へと帰っていく。

「オレ達も行くか」

 エレフォンで時間を確認したアランがそう言うと、セバスチャンが「時間が過ぎるのは早いものですな」と不思議そうにぽつり。

「どこで待ち合わせ?」
「拠点だよ。オレ達が住んでるとこ」

 アリスはぱあっと表情を明るくする。アランはすかさず期待するなよ、と苦笑。

「分かった! 期待しないね!」
「かしこまりました。アラン様」
「いや絶対期待してるだろ」

 早く早くと急かされ、アランはこっちだと拠点に続く道を指差して歩き出す。


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 ──一方。拠点では、アランを除く四人が揃っていた。

「それでそれでっ?」
「えっとねー……」

 レベッカが『E.P.タワー』での話をヴァニラから根掘り葉掘り聞いている中。ブレイドはベルタに話しかける。

「なぁ、武器大丈夫だったのか?」
「問題ない。今まで通り使うことが出来る」
「お前の斧って修理代馬鹿にならなそうだけど」
「今回は安くやってもらえたからな。次回の時までに資金を稼いでおかなければ」

 ふーんと相槌を打つ。何故かご機嫌な様子のベルタに疑問を抱くも、触らぬ神になんやとか言うしスルーしておこうと触れず。


 トゥルルルル。

「お?」


 ブレイドの懐から聞こえる着信音。エレフォンの画面を確認したブレイドはピッと操作して耳に当てる。

「もしもしミリアム?」

 電話して来たのはミリアム。ブレイドは数回うんうんと返すと。

「ちょっと待ってくれ。今スピーカーにする」

 エレフォンを耳元から離し、スピーカー機能をオン。少し離れた場所で話し込んでいたレベッカとヴァニラに、こっち来いと手招く。

「どうしたの?」
『一つ聞きたいことがあるの』

 ミリアムは一呼吸置くと。

『「アランが結婚した」ってアイザックが言っているんだけど……本当の所どうなの?』
「……結」
「婚……?」

 訪れる静寂。言葉の意味をようやく理解した三人(ヴァニラ以外)は目が飛び出るほど驚愕、そして動揺。

「けけけけ結婚!?」
「そんな話聞いてないわよ!」
『じゃあ勘違いかもしれないわね。アイザックの』
「……いや待て。心当たりならある」

 ブレイドは真剣な表情で、顎に手を添えながら。

「心当たりって?」
「覚えてるか? アランが朝、俺達に言った言葉を」
「……それらしい言葉言ってた?」
「さあ……」
「ほら、あいつが夕方には帰って来てるかって聞いてただろ? 何でだって聞いたら、『紹介したい人がいるんだ』って言ってただろうが」

 それだけでは判断材料になり得ない。しかしこの時、“結婚”と言う二文字に動揺していたレベッカとベルタは、素直に受け入れてしまった。

「ま……まさか本当に……?」
「これから来るのって婚約者とか……?」

 ここで、エレフォンの向こうからガタッと物音が。直後、ミリアムがアイザックと名を呼ぶ。

『ちょっと何処行くのよ』
『これからアラン帰って来るんだろ。直接確かめる』

 ガラガラと窓を開ける音。ミリアムが制止する暇もなく、アイザックは窓から愛竜の背に飛び乗り、飛翔。ブレイド達がいる拠点へ行ってしまう。

『……というわけだ。悪いが、アイザックを頼んだ』

 電話越しでも分かるぐらいテラはげんなりしていた。一体何があったと言うのか……。

 何か分かったら連絡して、とミリアムとの通話が終了。扉を開け、外で待機していると、遠くの方からアランらしき姿が。

「よっと」

 そこにアイザックも合流。彼を含めた五人でアランを迎える。

「遅くなって悪い。んで……なんでアイザックも居るんだ?」
「あ、さっきのお兄さん。こんばんはっ」

 ビシッと片手を上げて挨拶。アイザックは慣れない子供への反応に困り、曖昧に返す。

「……オマエら、なんだその顔は」
「アラン。聞いていいか?」
「なにを?」
「嫁が出来たって本当か?」
「アホか」

 アランは白い目を向けた。

「なにをどーすればそんな誤解が生まれる」
「アラン様……いつの間にご婚約を……」
「え、にぃに結婚したの!?」
「おい待てやめてくれ」

 真顔で突っ込めばセバスチャンはいつも通りに笑って。

「ほっほっほっ。何やら誤解があるようですので訂正を。アラン様はご婚約を結ばれてはおりませぬ」
「いやでも様付けしてるし、妹居ないって言ってたのに居るし……」
「あの後、ちゃんとオレ連絡したぞ? 見てないのか?」

 アイザックはショックのあまり、自身のエレフォンに届いたメッセージを確認していなかった。

 勘違いかと苦笑するも。

「ならどういった関係なんだ?」

 ブレイドの問いに、セバスチャンは胸元に手を添えながら微笑み。

「ご挨拶が遅れて申し訳御座いません。私はセバスチャン。アラン様と、アラン様の義妹で有らせられます、アリス様の執事をしております」

 執事、と名乗るセバスチャンにワナワナと小刻みに震えると。

「お坊ちゃんだったの……?」
「あー……まあ、そうなるな」

 気恥ずかしそうに答える。

「ぜっ……全然そんな風に見えなかった……」
「見えなくて悪かったな」

 アランは腕を組みながらジト目。コホンとわざとらしく咳払いすると、セバスチャンに声を掛ける。

「ジイジ、紹介するよ」

 そうアランは簡単に一同を紹介。セバスチャンは成る程と頷くと、アイザックから順に両手を取っては握手を。

「私も私もー!」
「えええっ!?」

 それを見ていたアリスも真似して握手を交わしていく。五人から向けられる何とも言えない視線から、逃げるようにアランは顔を逸らした。

「じゃっ、俺帰るから」

 と、溜め息を洩らしながら一同から離れていこうとするアイザック。その姿に、アリスがえっと声を洩らす。

「お兄さん帰っちゃうの……? もっとお話しない……?」

 アリスのおねだり攻撃に「うっ」と顔を引き攣らせる。アイザックは悩みに悩んだ末、分かったと諦めて。

「おい。なんだその顔は」
「いや……?」
「笑ってんじゃねーよ!」

 ムキになって怒鳴るも、アランは笑いを止めることはなく。イラッとこめかみに青筋を立てると、懐から自分のエレフォンを取り出し通話開始。

「もしもし、エステラ? 今すぐ14小隊の拠点に来い。アランの恥ずかしい話が聞けるぞ」
「コラ待て! そんな話してないぞ!」
「もう遅い。すぐに来るぞ」

 アイザックはエステラとの通話を終了。してやったりと口角を上げるアイザックを、アランは鼻で笑った。

「フンッ。残念だったな、アイザック」
「なに……?」
「オレはさっき、アリスに戸惑ってるオマエの姿を録画しておいたんだ!」
「クソ餓鬼」

 低レベルの争い。おいおいと心の中で突っ込んでいると、アリスを抱き上げたセバスチャンが一同に歩み寄る。

「皆様、お夕食のご予定は?」
「特に決めてないですね」
「でしたら、ご一緒しても宜しいでしょうか? 私もアリス様も、皆様と親睦を深めたいと思っておりますゆえ」
「俺もそう思ってます」

 セバスチャンはありがとうございますと返した後に。

「それと、私には無理に敬語を使う必要は御座いません。ブレイド様」
「アランの奴……余計な事を……」
「ほっほっほっ。アラン様との関係は御座いません。老ぼれの勘、というやつですぞ」
「じぃじの勘って結構当たるよね」
「経験の差ですよ、アリス様」

 そうアリスに微笑みかけると、それでと一同に顔を向ける。

「お夕食はいかがなさいましょう」
「そうですよね、考えないと……」
「ブレイド。あの二人止めてこい」
「俺? 分かった分かった」

 ひらひらと手を振ってバチバチと火花を散らす二人のもとに。アリスもセバスチャンから降りると後を追った。

「ベルタとヴァニラは気が合いそうね。アリスちゃんと」
「わたし……?」
「私とヴァニラは同じ妹だからな……。少しは気が合いそうな気もするが」
「そうでしたか。アリス様は私とアラン様以外の方とお話される機会が少ないのです。ですので、皆様もアリス様とお話していただけたら、私は嬉しく思います」

 三人は互いに顔を見合わせると。

「もちろんです」
「わたしもお話したい」
「アランに義妹が居たのは驚きましたが……私も仲良くしたいです」

 すると、おーいっとアランが四人を呼ぶ。

「師匠が店に予約入れてくれたらしいから、今から向かうぞ」
「酒もあるよな?」
「飲むなよ。」
「早く行こっ! お腹空いちゃったっ」

 えへへと笑うアリス。行くかと歩き出したアランに、一同は続いた。

「エステラさんはどこのお店に予約したって言ってたの?」
「焼肉?」
「いや違う。えっと……オコノミヤキ?」
「“お好み焼き”な。お前そんなのも知らないのか。これだから餓鬼は」
「年齢は関係無いだろ」
「アイザック様。お好み焼きとはどんな風に焼くのですか?」
「初めて聞いたね」
「……」
「……私が説明します」





 それから一夜明けた翌日──。

 “はじまりの地”にある駅にて、五人はセバスチャンとアリスの見送りに来ていた。

「じゃあね、アリスちゃん」
「またねっ!」
「今度は、是非とも此方へいらして下さい」
「ああ」

 改札前。セバスチャンとは握手を、アリスとはハイタッチを交わしながら、アラン以外の四人が別れの挨拶を済ませる。

 アランは二人と共に改札を通り、乗る予定のホームまで一緒に。

「この列車ですな」

 既に電車はホームに付いており、出発まで待機状態であった。

「二人とも。コレを……」

 出発まであと少し。アランは二人が乗り込む前に、持って来た鞄に手を入れてゴソゴソ。取り出したのは二つの箱。

「これはアリスに」

 うち一つ、長方形の箱をアリスに渡し。

「これはジイジに」

 もう一つ、正方形の箱はセバスチャンに渡した。

「坊ちゃんこれは……」
「プレゼント、かな。恥ずかしいから、電車に乗ったら開けてくれよ」

 肩をすくめるアランに、アリスはギュッと抱きつく。

「にぃにありがとう!」
「ありがとうございます、坊ちゃん」
「よ、喜んでもらえたら嬉しいな……」

 アリスとは反対側も、セバスチャンに抱きしめられる。

 しかし終わりを告げるように発車ベルが。二人はアランから離れると、電車に乗り込んだ。

「坊ちゃん」
「にぃに」

 ドア付近に立つ二人と向き合う。

「また会おうね」
「近いうちに、また」
「……ああ!」

 プシューと閉まるドア。向こう側から、セバスチャンに支えられながらアリスが一生懸命に手を振る。追いかけるようにホームを走ったが、端まで来ると立ち止まって手を。

「……ありがとう。ジイジ、アリス」

 楽しい休日を過ごし、アランは頑張ろうと気合いを入れ直した。



「じぃじ、開けていい?」
「ええ。私はお嬢様の次に開けますね」

 高級列車の一室。向かい合って座るセバスチャンとアリス。アランからの贈り物を先に開けたのはアリス。

「わあっ、綺麗な色」

 長方形の箱に収められていたのは、綺麗な緑色のスカーフ。取り出して広げると、一枚の紙が床に落ち、セバスチャンが拾いあげる。

「……成る程。そのような効果が……」
「効果?」
「はい。これによると、そのスカーフには治癒の魔法が込められているようですね」
「魔法が?」
「擦り傷程度であれば、スカーフを巻きつけることで治すことが出来ると」

 そうなんだ! とアリスは凄いと瞳を輝かせる。

「ただし、使用制限があるようですので、大切に使うのですよ」
「うんっ!」
「館に戻りましたら、スカーフに似合う鞄をお作り致しますね」
「ほんとに!? やったー!」

 両手を上げて喜ぶアリスに、思わずくすっと笑みを。

「じぃじは?」
「私は……」

 正方形の箱に収められていたのは──懐中時計。

「すっごくカッコイイね!」

 箱から取り出し、掌に乗せて眺めるセバスチャンは、珍しく言葉を失っていた。

「どうしたの?」
「……“Sebastian”」
「え?」
「私の名前が、ここに彫られています」

 ほら、とセバスチャンは裏盤をアリスに見せる。そこには確かに、“Sebastian”との文字が。

「すごい……! じぃじの時計だね!」

 セバスチャンは大切に両手で懐中時計を握りしめて。

「覚えていらしたのですね。坊ちゃん」
「にぃにがどうかしたの?」

 首を傾げるアリスに、セバスチャンは遠き日の出来事を語った。

「昔……坊ちゃんが幼い頃です。それまで私が使っていた懐中時計を、坊ちゃんが誤って壊してしまったのです」
「壊れちゃったの……?」
「はい。時計を机に置いたままその場を離れた際に、坊ちゃんが花瓶を落としてしまいまして……。誰にだって失敗はあります。私は気にしなくていいと申したのです。ですが坊ちゃんは、新しく買うと譲らず……」


 ──坊ちゃん。私は気にしておりませんから、大丈夫ですぞ──
 ──でもっ、じいじ大事にしてたじゃないかっ! あたらしいの買ってくる!──
 ──でしたら、坊ちゃんが大人になった際には、じいじにプレゼントしていただけませんか? そちらの方が、私は嬉しいですぞ──
 ──……わかった! じいじにプレゼントする!──



「その時私は、坊ちゃんを落ち着かせる為だけにそう申したのですが……。まさか覚えていらしてたとは……」

 今一度懐中時計を握りしめると、窓の外に目を向けて。


「……ありがとうございます。坊ちゃん」

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