Five Elemental Story
23話 先輩部隊との交流
目を覚ました時、視界に映ったのは淡い光が差し込む暗い部屋だった。
ここは……病院、か?
体を起こし、胸に手を当てる。ドクンドクンと波打つ心臓に、ブレイドは小さく息を洩らした。
「起きたか?」
「アラン……」
ブレイドより先に目覚めていたアランは窓から映る夜景を見ていたのだろうか。ベッドから降り、窓に凭れていた。
「お前起きて平気なのか?」
「傷口は塞がっているし、痛みもないしな。そっちこそ大丈夫か?」
「おう。ただちょっと体が硬いな……」
肩や首を回して固まっている体をほぐす。オレもそうだったなと笑うアランに、ブレイドは気付いた事を。
「なあ、ヴァニラ達は?」
「カーテンの向こうだ。まだ起きていなかったぞ」
「そうか」
ブレイドはベッドから降りると、何の躊躇いもなくカーテンで仕切られた反対側を覗く。状態は安定しているらしい。三人は穏やかな表情で眠っている。
戻るとアランは窓の外を見つめており、ブレイドもその隣へ。
「うっわ、高っけ……。ここ病院じゃねぇのか?」
「『ミラージュ・タワー』だな。位置的に」
へぇ〜と窓を開けようとするブレイドをアランは無言で止める。
「ちょっ」
「……」
「おい」
「……」
「何でっ」
「寒い。」
ガタガタと窓際攻防戦は続いたが、やがてブレイドの方が諦めた。
「……にしても『英知の書庫』と言い、究極融合と言い、ヴァニラと言い、ゲシュペンストと言い……何か俺達、色々巻き込まれすぎじゃね?」
「疫病神にでも取り憑かれたりして」
「違いねぇ」
小さく笑みを溢す二人。すると、微かにベッドが軋む音が。振り返ると、嬉しそうに微笑むレベッカとベルタの姿があった。
「おはよう二人とも」
「おはよう」
「外は夜だけどな」
「私達にとっては“おはよう”だろ」
ベルタは自身の髪を一つに括りながら返し、ブレイドは窓際から離れ、ヴァニラが眠るベッドへ。
「この仕切り邪魔ね。端っこに置いときましょ」
「二人はいつ目が覚めたんだ?」
「オレもブレイドもついさっきだ。だから……あの後どうなったかは知らなくてな」
会話を耳にしながらブレイドはベッドの淵に腰を下ろし、ヴァニラの手を握る。早く目を覚ましてくれ。そう心の中で願った。
「ん……」
願いが通じたのか、ヴァニラはゆっくりと瞼を開きアメジストのような瞳を覗かせた。ブレイドは込み上げる気持ちをグッと抑えながら声を掛ける。
「……大丈夫か?」
「あ……ブレイド……」
ヴァニラはブレイドの顔にはにかんだ。そのまま上半身を起こそうとするヴァニラの手を離すと、肩を掴んで支える。
「おはようヴァニラ」
「うん。おはよう……じゃなくて、おやすみなさい?」
「待て待て寝るな」
「そこはおはようでいいんだぞヴァニラ……」
「そう」
かくして目覚めた五人は、部屋の灯りをつけた後に集まった。
「ワタシ達が気を失ったあとどうなったのかしら……」
「聞いてみたいが夜だしな。誰もいない可能性はある」
「探索がてらに探しに行かね?」
「却下する」
「何だビビってんのか?」
「怖気付いてなど……」
「あ、窓の外に人影が」
「!?」
「はい1ビビり」
「煩いぞ貴様!」
「もう、ブレイドもヴァニラもベルタで遊ばないの」
「庇ってくれるのは嬉しいが……素直に喜べないな……」
「傷に響くからあまり騒ぐなよー」
その時だった。部屋の扉が開かれ、ルシオラがやって来たのは。
「ルシ」
「アルタリアさまあああああっ!! アランくんとその他四名が起きましたあああああっ!!」
「おいちょっと待てその他四名って失礼だろ!」
ルシオラは叫びながら廊下を超高速で駆け抜けて何処へ。アルタリアと言っている辺り、彼女の元なのだろうが。
その数秒後、部屋に駆け込んできたのはアルタリアでもルシオラでもなく──。
「ブレイドおおおおお!」
「ぎゃああああああ!!」
ハルドラだった。
ハルドラは喜びの抱擁という名のタックルをしかけ、ブレイドは死んだ。
「し、……死んでねぇ……って……」
「大丈夫か?」
「みぞ……に……鳩尾に……当たっ……」
「……大丈夫そうじゃなさげだな」
「見れば分かるだろ……!」
やんわりとブレイドから引き離した直後、ハルドラは何故か涙を流し始めた。これには流石のブレイドも動揺する。
「お、おい、まじでどうしたんだ……」
「だって……だって……! あれから2週間も経ってるのに、一向にキミ達目を醒さなかったから嬉しくって……!」
……え?
「に、二週間ですか??」
「うん」
「2週間も、ワタシ達眠っていたのですか??」
「うん、そうだよ」
刹那。その場に崩れ落ちるレベッカ、ブレイド、アランの三名。
「えぇぇぇええええ!? ど、どうした!?」
「最悪だわ……連ドラ録るの忘れてた……」
「俺も『マジネガ先生』のドキュメンタリー番組見逃した……」
「……どうでも良くないか?」
「くっ……オレは約336時間分もムダにしてしまったというのか……!」
「貴様ら……気にするところはそこなのか……」
「レベッカが好きなドラマなら録ってある」
「ヴァニラ天才!」
一同のやりとりを前に、ハルドラの涙も自然と引いていた。
二週間も眠っていた“事実”に、彼らは驚くだけで恐怖を抱くことが無かったからだろう。
五人の会話は廊下まで響き、部屋に向かっていたハルドラ以外のモルスの耳にまで届いていた。
──『ミラージュ・タワー』特別室。
を、少し改良して休ませていたのだと、五人はモルスが揃った後に説明された。
「あれから2週間も過ぎていたなんて……」
「通りで体が硬い訳だ」
「あの、あの後城はどうなったのでしょうか」
「城は半壊。あの場にゲシュペンストは居なかった。何処かで体を癒しているのだろう」
彼らが眠っていた二週間の間、ジェダルは調査のために城へ赴いていた。その報告を受け、最も避けたかった事態にはならなかったことに安堵する。
「……すまぬ。そなたらがこんなにも長く眠ることとなったのは、わらわ達が与えた加護のせいじゃ」
「汝らに授けた加護の力を、力が満足に行き届かない形で解放したのが原因だろう。我々の見通しが甘かったせいでこのような事態に……。謝っても謝りきれない」
部屋を重苦しい雰囲気が包み込む。何か言えよとブレイドはアランを肘で小突き、アランは少し悩んだ末に真っ直ぐな瞳で前を見据える。
「皆様のせいじゃないのは子供でも分かることです。あの戦いに責任などというのはありませんでしたし、反省点も幾つか見つかりました」
「真面……ぐっ」
「黙ってろ」
「それにこうして五体満足で生きていますし、お気になさることはないかと思うのですが……」
「……どうしたの?」
アランは指で頬を掻きながら眉を顰めて。
「な、なんて言ったらいいのか……」
上手く言葉に出来ず、四人に助けを求めた。
「普通に“気にしなくていい”で良くね?」
「アナタはそれで済みそうね」
「おい」
「わたしもそれで済みそうだけど」
「ほら見ろ」
「ヴァニラがブレイドの悪影響を受けている……」
「今のど、こ、が、悪影響なんだ!」
繰り広げられる楽しげな会話。そこに彼らが懸念していた光景は欠けらもなく。
五人のモルスは互いに顔を見合わせた後、小さく笑いあった。
「あっ」
思い出したと言いたげにレベッカが声を上げる。どうしたの? と視線を向けられ、レベッカは少し不安げに瞳を揺らしながら訊ねた。
「あ、あの……リベリアさんは無事ですか?」
「ああ。何回か見舞いに来てたみてーたぜ?」
「そうですか……」
レベッカは安堵したかのように息を洩らした。明日辺り連絡入れようと考えていると。
「そのリベリアからの報告で、『究極融合の書』が見つかったようだ」
「見つかったのですか!?」
ジェダルは驚愕する一同を一瞥すると頷き。
「貴様等が広間で出くわした悪魔……名を“ヴィラン博士”と言うらしいが、その悪魔が落としたそうだ」
「他にデビル化の薬も、奴が作っていたようだ。研究室らしき部屋に製造方法が記録された紙片を見つけた」
ここに来て明らかになる事実。妖魔城を攻めたことは、これまでの謎を解明するに避けては通れぬ道だった。
しかしここで疑問が生まれる。
「でもどうして師……アッシュは本をその悪魔に?」
「そもそも、何の為に本を盗ったのかは聞いたのか?」
「力を得るためとしか……」
その疑問に答えたのはジェダル。
「リベリアが回収した書には一紙片だけ破られていたようだ。そこに書かれていたのは『究極の力、値しない者には天罰を』。つまり、究極融合に相応しくない者が書を発動させてしまうと、理性を失い暴走してしまうと警告している」
「じゃあアレは暴走していたと……?」
「そう結論付けるのが妥当だ。彼の者は悪魔に本を渡し、暴走を引き起こしたと」
ヴァニラは拳を握りしめ、感情を必死に堪えていた。ジェダルはただ静かに見据えたまま。
「いずれ、彼の者の居所も分かるであろう。どう向き合うのか、答えを見出せ」
「……はい」
胸元に手を添えて、ヴァニラはゆっくりと首を縦に振った。
「お話終わった〜?」
「とりあえず終わりにしよーぜ? 暗い話ばっかで正直飽きた」
「そなたの主観は聞いてないのじゃ」
やれやれとアルタリアは肩をすくめる。
「ひとまず、今晩はこの部屋で体を休めてほしい。まだ目覚めたばかりには違いないからな」
「じゃあトランプしよ! 眠れないでしょ?」
「お前いつの間にトランプを……」
あろうことかハルドラは10人でババ抜きをしたいらしく、トランプを10人分に振り分けていく。他の遊びにしようと止めているその光景は、激戦前となんら変わることは無かった。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
朝。人々が活動し始め、『ミラージュ・タワー』にも多くの冒険者が集い始めた頃。念のためにと受けた検診を終えた五人は、仕事へと向かったモルスの伝言を受け塔のバルコニーに。
「元気そうねブレイド」
そこで待っていたのは、『闇黒騎士隊』に所属する五人と彼らの愛竜。ミリアムの言葉にブレイドは当然だろと口角を上げる。
「白獅子王から直々の命だ。拠点まで送ってやるからな。後ろに乗り込め」
「フン。せいぜい振り落とされないよう気を付けるんだな。アラン」
「振り落とせるもんならしてみるんだな。ヴァニラは師匠の竜に」
「わかった」
アランはアイザックに、ヴァニラはエステラに、彼ら以外はそれぞれ知り合いの竜の背に跨り、一斉に大空へと飛び去った。
少し肌寒いながらも気持ちいいと思える風を受けながら、人目がつきにくいルートを飛行する。
「……どうかしたか?」
テラは俯き気味のレベッカにそう声をかけた。レベッカは勢いよく顔を上げると、大したことじゃないんだけどねと頬を緩ませる。
「こんなにも竜と距離が近いのは……初めてだったから」
レベッカに、かの一族に、掛けられていた呪いは解けた。少し前まではテラの愛竜であるバーニングルにすら嫌われていたのに、今では──。
テラは何も言わずに視線を戻し、レベッカは嬉しそうに眼下に広がる景色を眺めた。
「……ベルタ」
ほぼ同時機 。最後尾で飛翔するヴリージオンの背に跨るバラバスは、正面を見据えたまま妹の名を呼ぶ。
「は、はいっ」
「……体の方は大丈夫なのか」
「はい。ご迷惑をお掛けしてすみません」
「……いや」
バラバスは間を置いた後、少しだけ視線を落として。
「……変わらないな」
「え?」
「お前は昔から無茶をしては私を心配させていた」
ベルタは昔の自分を思い出しては、その不甲斐なさにむず痒くなった。
「そ、そうでしたね……考えなしにモンスターへ突っ込んでいましたし……」
「あの頃のお前を見ているだけで、私の心臓ははち切れそうだったぞ」
「すみません……」
思わず顔を両手で覆ってしまう。恥ずかしいと顔を赤らめていると。
「……心配しているのは今だって変わらない」
「兄さん……?」
「本当に……“兄”を困らせるのが得意だな。お前は」
一瞬だけ。たった一瞬。
バラバスはそう言って破顔した。
「……はいっ……!」
ベルタはうっすらと涙を浮かべ、笑い返した。
「……あと、言っておかなければならないことがある」
「何でしょうか?」
「その──」
「ありがとうございました!」
長いようで短い空の旅は終わりを告げ、無事に拠点まで送り届けた『闇黒騎士隊』は再び空へと飛び上がり仕事に。
彼らの姿を見送ると、五人は二週間ぶりとなる『第14小隊』拠点兼宿舎を見上げた。
「ベルタの氷は……さすがに溶けてるわね」
「兄さんが解除したらしい」
「ん? オレ達が寝ている間に?」
「ああ。あの襲撃で損傷していないかを調べにな」
「損傷なら滅茶苦茶してるけどな」
「それは元からよ」
それらしい報告が無いと言うことは襲撃による損傷は無し。アランが入口のドアノブに手を掛ける。
「……アレ?」
「どうしたの?」
「いや……ノブが新しくなっているような気が……」
「気のせいじゃね?」
「そうか」
「……」
何事も無かったかのようにアランは扉を開け、四人も後に続く中。ベルタは先程の会話を思い返していた。
『……あと、言っておかなければならないことがある』
『何でしょうか?』
『その……扉の取っ手を壊してしまった。一応新しく付け替えはしたが……』
『そうでしたか。でも壊れるのはいつものことなので大丈夫ですよ』
『……』
兄さんの沽券を守るためにも黙っておこう……。心の中でベルタはそうしようと頷いた。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
久方ぶりのベッドで迎えた翌日の朝──……。
「なるほどな」
と、朝食を頬張りながらブレイド。
「病み上がりの身だし仕方ないわよ」
「あるだけいい」
レベッカとヴァニラの返しに、アランはそれならいいが……と苦笑いを浮かべる。
それは今朝の出来事。習慣である素振りと走り込みを終えた後、アランは『ミラージュ・タワー』に赴き依頼を受け取ろうとしたのだが。
『これ……一件ですか?』
渡されたのは一通の便箋。受付係のフェニックスはうんと頷き返し。
『今日はそれをこなしてってモルス様からのお達しだから』
『そうですか……』
『丸一日かかるみたいだよ? とりあえず他のメンバーと一緒に内容を確認して』
そして現在。朝食の席にてアランはフェニックスとのやり取りを一同に伝えたのだった。
「くっ……2週間ムダにした分動きたかったのに……」
「動きまくってるだろ」
「アラン。依頼内容は読んだのか?」
ベルタの問いにアランは首を横に振る。
「いやまだだ。食べた後に読み上げようと思っていたところだ」
「今、読んで」
「……」
しぶしぶアランは手紙の封を切ると、文字を目で追いながら読み上げる。
「えーっと……? 『本日10時より、各々指定の場所にて「円卓の騎士隊」と合流。合流後は担当の者の指示に従うように』……え?」
「「『円卓の騎士隊』だと/ですって!?!?」」
ベルタとレベッカの叫びが重なり耳を貫く。アランも手紙を手にしたまま膠着していた。
「……で、『円卓の騎士隊』って何だ?」
「教えて」
「貴様らはもっと知ろうとする努力をしてくれ!!」
「まあまあ」
椅子から立ち上がるベルタを落ち着かせると。
「『円卓の騎士隊』はテラ兄たちと同じぐらい有名な部隊よ。在籍するメンバーも大陸内で一位二位を争うぐらい多いの。中でもリーダーであるアーサーさんは、数ある伝説を残した凄腕の騎士らしいわ」
ふーんとブレイドとヴァニラは相槌を打つも、膠着状態が解けたアランが釘を刺すように人差し指を突きつける。
「いいか! 決してッ、くれぐれもッ、いつもみたいにッ、失礼な態度を取るんじゃないぞッ!」
「いつも取ってねぇよ。あ、これ美味いな」
「取ってるから言っているんだ! それはどーも」
「ちゃんと返すのね……」
騒がしい朝食の時間が過ぎ、いよいよ指定時刻が迫って来た。
「じゃあそれぞれ指定場所に向かってくれ。くれぐれも迷惑は……」
「それは耳にタコが出来るぐらい聞いたぞ」
「オマエに言ってんだよ」
「釘を刺すのはいいが、そろそろ出ないと間に合わなくなるぞ」
「そうだね。終わったらどうすればいい?」
「ひとまず拠点 に帰ってくるでいいと思うわ」
「ならそういうことで」
五人は拠点の近くで別れ、指定された場所にメモを確認しつつ向かった。
「この辺り……よね?」
メモに描かれた地図と目の前の景色を交互に見比べる。
「14小隊の子か?」
辺りを忙しなく見渡していると、自身の背後から男の声が。振り返ると赤い鎧を装備する男が、レベッカ同様にメモを片手に立っていた。
「あっ、ハイ。第14小隊所属のレベッカです」
「俺は『円卓の騎士隊』所属騎士のガウェインだ。宜しくな」
「こちらこそ宜しくお願いします」
ガウェインはレベッカの肩を優しく叩くと、早速行くかと前方を指差し歩き出す。
「今日何をするか聞いてはないんだろ?」
「ハイ。担当の者の指示に従うようにと」
「聞いた通りだな。今日、レベッカには俺と一緒に街の見回りをしてもらう」
「見回り……ですか?」
「そうそう。他のメンバーも、それぞれ担当地域を見回ってる筈だ。……意外、って言いたそうな顔だな?」
レベッカは彼らほどの有名な部隊が見回りを行うとは思っておらず、迷いながらも素直にハイと返した。
「ま、やってみればその理由は分かるさ」
ガウェインは歯を見せて笑い、こっちだと慣れたように道を進む。レベッカも後を追い、ガウェインが言う理由を探し始めた。
「……」
「……」
気まずい。
もはやベルタの頭にはその言葉しか浮かんでいない。『円卓の騎士隊』所属騎士、ランスロットと合流してから早数分……。会話という会話をしていない。
今日という日ほど、ブレイドの無神経さを羨ましがったことはないだろうな。
「止まれ」
「……?」
前を歩くランスロットが腕を伸ばしベルタを制す。何事だろうと疑問を抱いていると、ランスロットが見据える先──きゃっきゃっと盛り上がる男女のグループに近づく男の姿を見つける。
注意深く観察していると、男はグループの一人が野放しにしている荷物に触れようとするも。ランスロットとベルタの視線に気付き、狼狽える。
「あっテメー! 人の鞄盗もうとしたな!?」
「ひっ」
男が揉みくちゃにされる様子に、警備隊に連行されるのも時間の問題だと判断。特に突っ込むことなく、ランスロットは見回りを再開。
「……思うことがあるなら言え。視線が鬱陶しい」
「すみません。その……人目がつくような場所で盗みがあるとは……」
「人目があるからこそ警戒心は薄れる。そこを突く輩も少なくはない。……あいつは少し下手だったがな」
なるほどとベルタは頷く。
「見回りとは街の治安を維持するものだけでなく、注意力も鍛えられるのですね」
「どうしてそう思う」
「私はあの男の動きを捉えることが出来ませんでしたから」
勉強になりますと付け加える。
「ならば物にしてみろ。口先だけでは無いだろうな」
「はい。勿論です」
「そうか。君は中央部には行ったことがないのか」
『円卓の騎士隊』所属騎士、パーシヴァルとブレイドの話はなかなか盛り上がりを見せていた。内容はお互いの出身地である“森林の地”について。
「そっちにはあまり縁が無くて」
「俺も奥地にはあまり行かないからな……。でも一度は行ってみるといい。美しいバラの花園が有名なんだ」
花園と聞いて興味が湧く。
「気になったようだけど、誰か誘いたい女性でも居たりして」
「いやいやいやいや」
「冗談だよ。ぜひ訪れてみるといい」
きっと気にいるとパーシヴァルは嬉しそうに微笑む。
「話してるだけじゃ怒られそうだ。なるべく警戒されないように廻ろう」
「了解」
「……」
「……」
日中でも暗い路地裏を黙々と進む。口数が少ない者同士、この静寂は何処居心地が良いものだった。
「この辺りは人目につきにくい。それを利用して取引が行われていたりする」
『円卓の騎士隊』所属騎士、トリスタンは声を潜めてヴァニラに教える。
「あと迷いやすい」
「たしかに。複雑に入り組んでる気が」
「そう。でも逆に知っておけば」
「有利に立ち振る舞える」
トリスタンは無言で頷き、迷路のような路地を迷わず進んでいく。
ヴァニラもただついて行くだけではなく、辺りの景色を見渡しながら。
「もう少し奥まで進んでみるか?」
「お願いします」
「……そういえば、君達は聞いているか?」
『円卓の騎士隊』リーダーであるアーサーとの見回りを、ガチガチに緊張しながらも何とかこなす最中。ふと思い出したように、アーサーはぽつりと。
「今度部隊単位でのアリーナが開かれる話を」
「き、聞いています。一応……」
まだ正式な発表はされていないが、開催される噂は広まっているようだ。アーサーは続けてアランに。
「君達は出場するつもりか?」
「はい。参加する予定です」
「そうか。私達も出場することにした。前回は諸事情で参加出来なかったからな」
聞けば前回のアリーナ大会時、彼らは地方にて討伐依頼に当たっていたらしい。時期をずらす話を持ちかけられたが、アーサー自ら断ったようだ。
「時期をずらしたとして、再び脅威が襲ってこないとは限らない。その時は私達がするべき役目を全うしたが……本当は参加したかったんだ。大陸の部隊と力比べ出来る機会はそうそうない」
今から楽しみだと語るアーサーに、アランは拳を握りしめる。
目指すべきが優勝なら、ぶつかる可能性は高いからだ。
「私達はある一面から見ると同士だが、アリーナはまた別。結果によっては対戦するかもしれないな」
「……ですね」
「その時は宜しく頼む」
「ハイ。必ず、そこまで上がってみせます」
アーサーは驚いたように目をパチクリさせると。
「楽しみにしておこう」
『円卓の騎士隊』メンバーとの見回りは日が沈み始めた黄昏時まで行われ、それぞれ集合場所で解散となった。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
「あ、おかえり」
「なんだ、オレが最後だったのか」
──『第14小隊』拠点兼宿舎。
アラン以外の四人はすでに帰宅しており、椅子に座って今日の出来事を話していたようだ。
「アランも帰って来たことだし、お夕飯どうしようか考えましょ」
「それなら久しぶりに食堂行かないか? 俺焼肉定食食べたい」
「おいしいの?」
「俺は好きな味だな」
食べてみたいとヴァニラの瞳が輝く。思い返してみれば、ヴァニラは食堂でご飯を食べたことが無い。
「どうするんだ?」
「まあ……たまにはいいか」
「決まりね。席が埋まる前に行きましょ」
よしと小さくガッツポーズするブレイド。五人は再び拠点を後にする。
「オレが帰ってくるまでなにを話していたんだ?」
「それは帰ってからのお楽しみ」
「アランの話も聞かせて」
「ああ」
はじまりの地、『円卓の騎士隊』本拠点──。
夜の帳が下りた頃。サロンにて読書に耽っていたアーサーのもとを、ランスロットを連れたマーリンが訪れた。
「アーサー。少しいいか」
「どうしたんだマーリン。ランスロットも……」
「俺はマーリンに話があると言われて……」
アーサーは読んでいた本を閉じ膝の上へ。マーリンはアーサーの正面に、ランスロットはアーサーの左斜めのソファーに腰を下ろす。
「それで……話とはなんだ?」
「二人は、今の私がエレメントの力を応用して力を上昇させたのは知っているな?」
「ああ。それで若返ったらしいな」
それがどうしたのだと問われると、マーリンは妖艶に口元を歪ませて。
「私のこの術……【元素昇華】と呼ばれるものだが、二人にも発動出来ることが判明した」
「それは本当か!」
声を上げるアーサーに、マーリンはそうだと肯定。
「今のところ発動出来るのはアーサーとランスロットだけだ。それに幾つか注意すべき点もある」
「若返ることか?」
「違う。私とは違い、体への負担が大きいことだ。術の発動にも条件がある。……とまあ、面倒には違いないが大幅に力の上昇は約束しよう」
「いや十分だ。ありがとう、マーリン」
「礼なら要らない。私にとっても良い研究だったしな。……さて、では【元素昇華】についての説明をしよう」
【究極融合】とはまた違う新たな力──【元素昇華】。
かの術はいかようにして、【五戦神の加護】を授かった五人の行手を阻むのだろうか……。
目を覚ました時、視界に映ったのは淡い光が差し込む暗い部屋だった。
ここは……病院、か?
体を起こし、胸に手を当てる。ドクンドクンと波打つ心臓に、ブレイドは小さく息を洩らした。
「起きたか?」
「アラン……」
ブレイドより先に目覚めていたアランは窓から映る夜景を見ていたのだろうか。ベッドから降り、窓に凭れていた。
「お前起きて平気なのか?」
「傷口は塞がっているし、痛みもないしな。そっちこそ大丈夫か?」
「おう。ただちょっと体が硬いな……」
肩や首を回して固まっている体をほぐす。オレもそうだったなと笑うアランに、ブレイドは気付いた事を。
「なあ、ヴァニラ達は?」
「カーテンの向こうだ。まだ起きていなかったぞ」
「そうか」
ブレイドはベッドから降りると、何の躊躇いもなくカーテンで仕切られた反対側を覗く。状態は安定しているらしい。三人は穏やかな表情で眠っている。
戻るとアランは窓の外を見つめており、ブレイドもその隣へ。
「うっわ、高っけ……。ここ病院じゃねぇのか?」
「『ミラージュ・タワー』だな。位置的に」
へぇ〜と窓を開けようとするブレイドをアランは無言で止める。
「ちょっ」
「……」
「おい」
「……」
「何でっ」
「寒い。」
ガタガタと窓際攻防戦は続いたが、やがてブレイドの方が諦めた。
「……にしても『英知の書庫』と言い、究極融合と言い、ヴァニラと言い、ゲシュペンストと言い……何か俺達、色々巻き込まれすぎじゃね?」
「疫病神にでも取り憑かれたりして」
「違いねぇ」
小さく笑みを溢す二人。すると、微かにベッドが軋む音が。振り返ると、嬉しそうに微笑むレベッカとベルタの姿があった。
「おはよう二人とも」
「おはよう」
「外は夜だけどな」
「私達にとっては“おはよう”だろ」
ベルタは自身の髪を一つに括りながら返し、ブレイドは窓際から離れ、ヴァニラが眠るベッドへ。
「この仕切り邪魔ね。端っこに置いときましょ」
「二人はいつ目が覚めたんだ?」
「オレもブレイドもついさっきだ。だから……あの後どうなったかは知らなくてな」
会話を耳にしながらブレイドはベッドの淵に腰を下ろし、ヴァニラの手を握る。早く目を覚ましてくれ。そう心の中で願った。
「ん……」
願いが通じたのか、ヴァニラはゆっくりと瞼を開きアメジストのような瞳を覗かせた。ブレイドは込み上げる気持ちをグッと抑えながら声を掛ける。
「……大丈夫か?」
「あ……ブレイド……」
ヴァニラはブレイドの顔にはにかんだ。そのまま上半身を起こそうとするヴァニラの手を離すと、肩を掴んで支える。
「おはようヴァニラ」
「うん。おはよう……じゃなくて、おやすみなさい?」
「待て待て寝るな」
「そこはおはようでいいんだぞヴァニラ……」
「そう」
かくして目覚めた五人は、部屋の灯りをつけた後に集まった。
「ワタシ達が気を失ったあとどうなったのかしら……」
「聞いてみたいが夜だしな。誰もいない可能性はある」
「探索がてらに探しに行かね?」
「却下する」
「何だビビってんのか?」
「怖気付いてなど……」
「あ、窓の外に人影が」
「!?」
「はい1ビビり」
「煩いぞ貴様!」
「もう、ブレイドもヴァニラもベルタで遊ばないの」
「庇ってくれるのは嬉しいが……素直に喜べないな……」
「傷に響くからあまり騒ぐなよー」
その時だった。部屋の扉が開かれ、ルシオラがやって来たのは。
「ルシ」
「アルタリアさまあああああっ!! アランくんとその他四名が起きましたあああああっ!!」
「おいちょっと待てその他四名って失礼だろ!」
ルシオラは叫びながら廊下を超高速で駆け抜けて何処へ。アルタリアと言っている辺り、彼女の元なのだろうが。
その数秒後、部屋に駆け込んできたのはアルタリアでもルシオラでもなく──。
「ブレイドおおおおお!」
「ぎゃああああああ!!」
ハルドラだった。
ハルドラは喜びの抱擁という名のタックルをしかけ、ブレイドは死んだ。
「し、……死んでねぇ……って……」
「大丈夫か?」
「みぞ……に……鳩尾に……当たっ……」
「……大丈夫そうじゃなさげだな」
「見れば分かるだろ……!」
やんわりとブレイドから引き離した直後、ハルドラは何故か涙を流し始めた。これには流石のブレイドも動揺する。
「お、おい、まじでどうしたんだ……」
「だって……だって……! あれから2週間も経ってるのに、一向にキミ達目を醒さなかったから嬉しくって……!」
……え?
「に、二週間ですか??」
「うん」
「2週間も、ワタシ達眠っていたのですか??」
「うん、そうだよ」
刹那。その場に崩れ落ちるレベッカ、ブレイド、アランの三名。
「えぇぇぇええええ!? ど、どうした!?」
「最悪だわ……連ドラ録るの忘れてた……」
「俺も『マジネガ先生』のドキュメンタリー番組見逃した……」
「……どうでも良くないか?」
「くっ……オレは約336時間分もムダにしてしまったというのか……!」
「貴様ら……気にするところはそこなのか……」
「レベッカが好きなドラマなら録ってある」
「ヴァニラ天才!」
一同のやりとりを前に、ハルドラの涙も自然と引いていた。
二週間も眠っていた“事実”に、彼らは驚くだけで恐怖を抱くことが無かったからだろう。
五人の会話は廊下まで響き、部屋に向かっていたハルドラ以外のモルスの耳にまで届いていた。
──『ミラージュ・タワー』特別室。
を、少し改良して休ませていたのだと、五人はモルスが揃った後に説明された。
「あれから2週間も過ぎていたなんて……」
「通りで体が硬い訳だ」
「あの、あの後城はどうなったのでしょうか」
「城は半壊。あの場にゲシュペンストは居なかった。何処かで体を癒しているのだろう」
彼らが眠っていた二週間の間、ジェダルは調査のために城へ赴いていた。その報告を受け、最も避けたかった事態にはならなかったことに安堵する。
「……すまぬ。そなたらがこんなにも長く眠ることとなったのは、わらわ達が与えた加護のせいじゃ」
「汝らに授けた加護の力を、力が満足に行き届かない形で解放したのが原因だろう。我々の見通しが甘かったせいでこのような事態に……。謝っても謝りきれない」
部屋を重苦しい雰囲気が包み込む。何か言えよとブレイドはアランを肘で小突き、アランは少し悩んだ末に真っ直ぐな瞳で前を見据える。
「皆様のせいじゃないのは子供でも分かることです。あの戦いに責任などというのはありませんでしたし、反省点も幾つか見つかりました」
「真面……ぐっ」
「黙ってろ」
「それにこうして五体満足で生きていますし、お気になさることはないかと思うのですが……」
「……どうしたの?」
アランは指で頬を掻きながら眉を顰めて。
「な、なんて言ったらいいのか……」
上手く言葉に出来ず、四人に助けを求めた。
「普通に“気にしなくていい”で良くね?」
「アナタはそれで済みそうね」
「おい」
「わたしもそれで済みそうだけど」
「ほら見ろ」
「ヴァニラがブレイドの悪影響を受けている……」
「今のど、こ、が、悪影響なんだ!」
繰り広げられる楽しげな会話。そこに彼らが懸念していた光景は欠けらもなく。
五人のモルスは互いに顔を見合わせた後、小さく笑いあった。
「あっ」
思い出したと言いたげにレベッカが声を上げる。どうしたの? と視線を向けられ、レベッカは少し不安げに瞳を揺らしながら訊ねた。
「あ、あの……リベリアさんは無事ですか?」
「ああ。何回か見舞いに来てたみてーたぜ?」
「そうですか……」
レベッカは安堵したかのように息を洩らした。明日辺り連絡入れようと考えていると。
「そのリベリアからの報告で、『究極融合の書』が見つかったようだ」
「見つかったのですか!?」
ジェダルは驚愕する一同を一瞥すると頷き。
「貴様等が広間で出くわした悪魔……名を“ヴィラン博士”と言うらしいが、その悪魔が落としたそうだ」
「他にデビル化の薬も、奴が作っていたようだ。研究室らしき部屋に製造方法が記録された紙片を見つけた」
ここに来て明らかになる事実。妖魔城を攻めたことは、これまでの謎を解明するに避けては通れぬ道だった。
しかしここで疑問が生まれる。
「でもどうして師……アッシュは本をその悪魔に?」
「そもそも、何の為に本を盗ったのかは聞いたのか?」
「力を得るためとしか……」
その疑問に答えたのはジェダル。
「リベリアが回収した書には一紙片だけ破られていたようだ。そこに書かれていたのは『究極の力、値しない者には天罰を』。つまり、究極融合に相応しくない者が書を発動させてしまうと、理性を失い暴走してしまうと警告している」
「じゃあアレは暴走していたと……?」
「そう結論付けるのが妥当だ。彼の者は悪魔に本を渡し、暴走を引き起こしたと」
ヴァニラは拳を握りしめ、感情を必死に堪えていた。ジェダルはただ静かに見据えたまま。
「いずれ、彼の者の居所も分かるであろう。どう向き合うのか、答えを見出せ」
「……はい」
胸元に手を添えて、ヴァニラはゆっくりと首を縦に振った。
「お話終わった〜?」
「とりあえず終わりにしよーぜ? 暗い話ばっかで正直飽きた」
「そなたの主観は聞いてないのじゃ」
やれやれとアルタリアは肩をすくめる。
「ひとまず、今晩はこの部屋で体を休めてほしい。まだ目覚めたばかりには違いないからな」
「じゃあトランプしよ! 眠れないでしょ?」
「お前いつの間にトランプを……」
あろうことかハルドラは10人でババ抜きをしたいらしく、トランプを10人分に振り分けていく。他の遊びにしようと止めているその光景は、激戦前となんら変わることは無かった。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
朝。人々が活動し始め、『ミラージュ・タワー』にも多くの冒険者が集い始めた頃。念のためにと受けた検診を終えた五人は、仕事へと向かったモルスの伝言を受け塔のバルコニーに。
「元気そうねブレイド」
そこで待っていたのは、『闇黒騎士隊』に所属する五人と彼らの愛竜。ミリアムの言葉にブレイドは当然だろと口角を上げる。
「白獅子王から直々の命だ。拠点まで送ってやるからな。後ろに乗り込め」
「フン。せいぜい振り落とされないよう気を付けるんだな。アラン」
「振り落とせるもんならしてみるんだな。ヴァニラは師匠の竜に」
「わかった」
アランはアイザックに、ヴァニラはエステラに、彼ら以外はそれぞれ知り合いの竜の背に跨り、一斉に大空へと飛び去った。
少し肌寒いながらも気持ちいいと思える風を受けながら、人目がつきにくいルートを飛行する。
「……どうかしたか?」
テラは俯き気味のレベッカにそう声をかけた。レベッカは勢いよく顔を上げると、大したことじゃないんだけどねと頬を緩ませる。
「こんなにも竜と距離が近いのは……初めてだったから」
レベッカに、かの一族に、掛けられていた呪いは解けた。少し前まではテラの愛竜であるバーニングルにすら嫌われていたのに、今では──。
テラは何も言わずに視線を戻し、レベッカは嬉しそうに眼下に広がる景色を眺めた。
「……ベルタ」
ほぼ同
「は、はいっ」
「……体の方は大丈夫なのか」
「はい。ご迷惑をお掛けしてすみません」
「……いや」
バラバスは間を置いた後、少しだけ視線を落として。
「……変わらないな」
「え?」
「お前は昔から無茶をしては私を心配させていた」
ベルタは昔の自分を思い出しては、その不甲斐なさにむず痒くなった。
「そ、そうでしたね……考えなしにモンスターへ突っ込んでいましたし……」
「あの頃のお前を見ているだけで、私の心臓ははち切れそうだったぞ」
「すみません……」
思わず顔を両手で覆ってしまう。恥ずかしいと顔を赤らめていると。
「……心配しているのは今だって変わらない」
「兄さん……?」
「本当に……“兄”を困らせるのが得意だな。お前は」
一瞬だけ。たった一瞬。
バラバスはそう言って破顔した。
「……はいっ……!」
ベルタはうっすらと涙を浮かべ、笑い返した。
「……あと、言っておかなければならないことがある」
「何でしょうか?」
「その──」
「ありがとうございました!」
長いようで短い空の旅は終わりを告げ、無事に拠点まで送り届けた『闇黒騎士隊』は再び空へと飛び上がり仕事に。
彼らの姿を見送ると、五人は二週間ぶりとなる『第14小隊』拠点兼宿舎を見上げた。
「ベルタの氷は……さすがに溶けてるわね」
「兄さんが解除したらしい」
「ん? オレ達が寝ている間に?」
「ああ。あの襲撃で損傷していないかを調べにな」
「損傷なら滅茶苦茶してるけどな」
「それは元からよ」
それらしい報告が無いと言うことは襲撃による損傷は無し。アランが入口のドアノブに手を掛ける。
「……アレ?」
「どうしたの?」
「いや……ノブが新しくなっているような気が……」
「気のせいじゃね?」
「そうか」
「……」
何事も無かったかのようにアランは扉を開け、四人も後に続く中。ベルタは先程の会話を思い返していた。
『……あと、言っておかなければならないことがある』
『何でしょうか?』
『その……扉の取っ手を壊してしまった。一応新しく付け替えはしたが……』
『そうでしたか。でも壊れるのはいつものことなので大丈夫ですよ』
『……』
兄さんの沽券を守るためにも黙っておこう……。心の中でベルタはそうしようと頷いた。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
久方ぶりのベッドで迎えた翌日の朝──……。
「なるほどな」
と、朝食を頬張りながらブレイド。
「病み上がりの身だし仕方ないわよ」
「あるだけいい」
レベッカとヴァニラの返しに、アランはそれならいいが……と苦笑いを浮かべる。
それは今朝の出来事。習慣である素振りと走り込みを終えた後、アランは『ミラージュ・タワー』に赴き依頼を受け取ろうとしたのだが。
『これ……一件ですか?』
渡されたのは一通の便箋。受付係のフェニックスはうんと頷き返し。
『今日はそれをこなしてってモルス様からのお達しだから』
『そうですか……』
『丸一日かかるみたいだよ? とりあえず他のメンバーと一緒に内容を確認して』
そして現在。朝食の席にてアランはフェニックスとのやり取りを一同に伝えたのだった。
「くっ……2週間ムダにした分動きたかったのに……」
「動きまくってるだろ」
「アラン。依頼内容は読んだのか?」
ベルタの問いにアランは首を横に振る。
「いやまだだ。食べた後に読み上げようと思っていたところだ」
「今、読んで」
「……」
しぶしぶアランは手紙の封を切ると、文字を目で追いながら読み上げる。
「えーっと……? 『本日10時より、各々指定の場所にて「円卓の騎士隊」と合流。合流後は担当の者の指示に従うように』……え?」
「「『円卓の騎士隊』だと/ですって!?!?」」
ベルタとレベッカの叫びが重なり耳を貫く。アランも手紙を手にしたまま膠着していた。
「……で、『円卓の騎士隊』って何だ?」
「教えて」
「貴様らはもっと知ろうとする努力をしてくれ!!」
「まあまあ」
椅子から立ち上がるベルタを落ち着かせると。
「『円卓の騎士隊』はテラ兄たちと同じぐらい有名な部隊よ。在籍するメンバーも大陸内で一位二位を争うぐらい多いの。中でもリーダーであるアーサーさんは、数ある伝説を残した凄腕の騎士らしいわ」
ふーんとブレイドとヴァニラは相槌を打つも、膠着状態が解けたアランが釘を刺すように人差し指を突きつける。
「いいか! 決してッ、くれぐれもッ、いつもみたいにッ、失礼な態度を取るんじゃないぞッ!」
「いつも取ってねぇよ。あ、これ美味いな」
「取ってるから言っているんだ! それはどーも」
「ちゃんと返すのね……」
騒がしい朝食の時間が過ぎ、いよいよ指定時刻が迫って来た。
「じゃあそれぞれ指定場所に向かってくれ。くれぐれも迷惑は……」
「それは耳にタコが出来るぐらい聞いたぞ」
「オマエに言ってんだよ」
「釘を刺すのはいいが、そろそろ出ないと間に合わなくなるぞ」
「そうだね。終わったらどうすればいい?」
「ひとまず
「ならそういうことで」
五人は拠点の近くで別れ、指定された場所にメモを確認しつつ向かった。
「この辺り……よね?」
メモに描かれた地図と目の前の景色を交互に見比べる。
「14小隊の子か?」
辺りを忙しなく見渡していると、自身の背後から男の声が。振り返ると赤い鎧を装備する男が、レベッカ同様にメモを片手に立っていた。
「あっ、ハイ。第14小隊所属のレベッカです」
「俺は『円卓の騎士隊』所属騎士のガウェインだ。宜しくな」
「こちらこそ宜しくお願いします」
ガウェインはレベッカの肩を優しく叩くと、早速行くかと前方を指差し歩き出す。
「今日何をするか聞いてはないんだろ?」
「ハイ。担当の者の指示に従うようにと」
「聞いた通りだな。今日、レベッカには俺と一緒に街の見回りをしてもらう」
「見回り……ですか?」
「そうそう。他のメンバーも、それぞれ担当地域を見回ってる筈だ。……意外、って言いたそうな顔だな?」
レベッカは彼らほどの有名な部隊が見回りを行うとは思っておらず、迷いながらも素直にハイと返した。
「ま、やってみればその理由は分かるさ」
ガウェインは歯を見せて笑い、こっちだと慣れたように道を進む。レベッカも後を追い、ガウェインが言う理由を探し始めた。
「……」
「……」
気まずい。
もはやベルタの頭にはその言葉しか浮かんでいない。『円卓の騎士隊』所属騎士、ランスロットと合流してから早数分……。会話という会話をしていない。
今日という日ほど、ブレイドの無神経さを羨ましがったことはないだろうな。
「止まれ」
「……?」
前を歩くランスロットが腕を伸ばしベルタを制す。何事だろうと疑問を抱いていると、ランスロットが見据える先──きゃっきゃっと盛り上がる男女のグループに近づく男の姿を見つける。
注意深く観察していると、男はグループの一人が野放しにしている荷物に触れようとするも。ランスロットとベルタの視線に気付き、狼狽える。
「あっテメー! 人の鞄盗もうとしたな!?」
「ひっ」
男が揉みくちゃにされる様子に、警備隊に連行されるのも時間の問題だと判断。特に突っ込むことなく、ランスロットは見回りを再開。
「……思うことがあるなら言え。視線が鬱陶しい」
「すみません。その……人目がつくような場所で盗みがあるとは……」
「人目があるからこそ警戒心は薄れる。そこを突く輩も少なくはない。……あいつは少し下手だったがな」
なるほどとベルタは頷く。
「見回りとは街の治安を維持するものだけでなく、注意力も鍛えられるのですね」
「どうしてそう思う」
「私はあの男の動きを捉えることが出来ませんでしたから」
勉強になりますと付け加える。
「ならば物にしてみろ。口先だけでは無いだろうな」
「はい。勿論です」
「そうか。君は中央部には行ったことがないのか」
『円卓の騎士隊』所属騎士、パーシヴァルとブレイドの話はなかなか盛り上がりを見せていた。内容はお互いの出身地である“森林の地”について。
「そっちにはあまり縁が無くて」
「俺も奥地にはあまり行かないからな……。でも一度は行ってみるといい。美しいバラの花園が有名なんだ」
花園と聞いて興味が湧く。
「気になったようだけど、誰か誘いたい女性でも居たりして」
「いやいやいやいや」
「冗談だよ。ぜひ訪れてみるといい」
きっと気にいるとパーシヴァルは嬉しそうに微笑む。
「話してるだけじゃ怒られそうだ。なるべく警戒されないように廻ろう」
「了解」
「……」
「……」
日中でも暗い路地裏を黙々と進む。口数が少ない者同士、この静寂は何処居心地が良いものだった。
「この辺りは人目につきにくい。それを利用して取引が行われていたりする」
『円卓の騎士隊』所属騎士、トリスタンは声を潜めてヴァニラに教える。
「あと迷いやすい」
「たしかに。複雑に入り組んでる気が」
「そう。でも逆に知っておけば」
「有利に立ち振る舞える」
トリスタンは無言で頷き、迷路のような路地を迷わず進んでいく。
ヴァニラもただついて行くだけではなく、辺りの景色を見渡しながら。
「もう少し奥まで進んでみるか?」
「お願いします」
「……そういえば、君達は聞いているか?」
『円卓の騎士隊』リーダーであるアーサーとの見回りを、ガチガチに緊張しながらも何とかこなす最中。ふと思い出したように、アーサーはぽつりと。
「今度部隊単位でのアリーナが開かれる話を」
「き、聞いています。一応……」
まだ正式な発表はされていないが、開催される噂は広まっているようだ。アーサーは続けてアランに。
「君達は出場するつもりか?」
「はい。参加する予定です」
「そうか。私達も出場することにした。前回は諸事情で参加出来なかったからな」
聞けば前回のアリーナ大会時、彼らは地方にて討伐依頼に当たっていたらしい。時期をずらす話を持ちかけられたが、アーサー自ら断ったようだ。
「時期をずらしたとして、再び脅威が襲ってこないとは限らない。その時は私達がするべき役目を全うしたが……本当は参加したかったんだ。大陸の部隊と力比べ出来る機会はそうそうない」
今から楽しみだと語るアーサーに、アランは拳を握りしめる。
目指すべきが優勝なら、ぶつかる可能性は高いからだ。
「私達はある一面から見ると同士だが、アリーナはまた別。結果によっては対戦するかもしれないな」
「……ですね」
「その時は宜しく頼む」
「ハイ。必ず、そこまで上がってみせます」
アーサーは驚いたように目をパチクリさせると。
「楽しみにしておこう」
『円卓の騎士隊』メンバーとの見回りは日が沈み始めた黄昏時まで行われ、それぞれ集合場所で解散となった。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
「あ、おかえり」
「なんだ、オレが最後だったのか」
──『第14小隊』拠点兼宿舎。
アラン以外の四人はすでに帰宅しており、椅子に座って今日の出来事を話していたようだ。
「アランも帰って来たことだし、お夕飯どうしようか考えましょ」
「それなら久しぶりに食堂行かないか? 俺焼肉定食食べたい」
「おいしいの?」
「俺は好きな味だな」
食べてみたいとヴァニラの瞳が輝く。思い返してみれば、ヴァニラは食堂でご飯を食べたことが無い。
「どうするんだ?」
「まあ……たまにはいいか」
「決まりね。席が埋まる前に行きましょ」
よしと小さくガッツポーズするブレイド。五人は再び拠点を後にする。
「オレが帰ってくるまでなにを話していたんだ?」
「それは帰ってからのお楽しみ」
「アランの話も聞かせて」
「ああ」
はじまりの地、『円卓の騎士隊』本拠点──。
夜の帳が下りた頃。サロンにて読書に耽っていたアーサーのもとを、ランスロットを連れたマーリンが訪れた。
「アーサー。少しいいか」
「どうしたんだマーリン。ランスロットも……」
「俺はマーリンに話があると言われて……」
アーサーは読んでいた本を閉じ膝の上へ。マーリンはアーサーの正面に、ランスロットはアーサーの左斜めのソファーに腰を下ろす。
「それで……話とはなんだ?」
「二人は、今の私がエレメントの力を応用して力を上昇させたのは知っているな?」
「ああ。それで若返ったらしいな」
それがどうしたのだと問われると、マーリンは妖艶に口元を歪ませて。
「私のこの術……【元素昇華】と呼ばれるものだが、二人にも発動出来ることが判明した」
「それは本当か!」
声を上げるアーサーに、マーリンはそうだと肯定。
「今のところ発動出来るのはアーサーとランスロットだけだ。それに幾つか注意すべき点もある」
「若返ることか?」
「違う。私とは違い、体への負担が大きいことだ。術の発動にも条件がある。……とまあ、面倒には違いないが大幅に力の上昇は約束しよう」
「いや十分だ。ありがとう、マーリン」
「礼なら要らない。私にとっても良い研究だったしな。……さて、では【元素昇華】についての説明をしよう」
【究極融合】とはまた違う新たな力──【元素昇華】。
かの術はいかようにして、【五戦神の加護】を授かった五人の行手を阻むのだろうか……。