Five Elemental Story

22話 逆天の妖魔城【後編】


「ここは我が城なのだよ」

「汝らのような弱い生き物が、足を踏み入れていい場所ではない」

「いい加減、消えてもらおう。決着をつけようではないか。五戦神モルスよ」


 “酩月の吸血鬼”であるゲシュペンストは、目の前に立ちはだかる五人とは別──五戦神モルスに対して鋭い眼差しを向ける。

 ガシャーンッとゲシュペンストの手から離れたワイングラスが彼の足元で粉々に砕け散る。

「しかし……我も見くびられたものだな。たった五人。それも下等な生き物に相手させるとはな」

 その言葉に、誰も反論はしなかった。

 対峙しただけで分かる。目の前に居る吸血鬼の絶対的な強者のオーラが。足が竦みそうになるのを必死に耐える。

「まあ良い。汝らがその気なら我も応えなければな。我と相まみえる事を光栄に思うがいい」

 刹那。急激に上昇するゲシュペンストの力。

『ま……た…………レ……』
「おいどうした!」

 耳障りなノイズ音に遮られる通信。やがて、モルスとの通信はプツンッと完全に切れてしまった。

 高らかに響くゲシュペンストの笑い声。

「無駄だ。地上との繋がりは完全に断ち切った! 五戦神と言えどそう簡単に破れるものではないのだよ。少なくとも、汝らを蹂躙する時間は十分にある」

 ゲシュペンストは前髪をくしゃりと上げながらそう答え、好戦的とも取れる笑みを浮かべながら。

「さあ始めようか。血の宴を!」

 開戦の幕開けを告げた。





「ブレイド! ブレイドぉ!」

 “木の蜃気楼の塔”上階。ハルドラは悪魔達の地上進出を食い止めながら、他のモルス達と共に五人と通信を行なっていたが、ゲシュペンストによってジャミングされてしまった。完全に通信も切れてしまうも、必死に名を呼び続ける。

『早急に奴の障害を打ち破る! このままでは我らの力すら満足に行き届かない!』
『各方面からアプローチするのじゃ! 僅かでも道を作れるはずじゃ!』
『無論だ。やるぞハルドラ』
「うんっ……!」

 瞬時に気持ちを切り替える。進行を食い止めるとは別に力を溜めるも、アンガが通信越しに警鐘を鳴らした。

『いや待て! “なにか”来る!』

 その“なにか”は、それぞれの塔の外壁をぶち壊しながら現れた。

「いいいいやあああああああああああッ!!」
『気持ち悪がっている場合じゃないじゃろ!』
「塔直さなきゃいけないじゃあああああん!!」
『そっち!?』
『コントやってる場合じゃねーよ!?』

 ハルドラの体に戦慄が走る(ハルドラだけではないかもしれないが)。原因は、群れをなす悪魔の集団の襲撃。狙いはモルスである自分達らしく、一直線に突撃をかまして来る。

『……そうか。悪魔達が押され気味だったのは数が減ったわけではなく』
蜃気楼の塔こちらに戦力を集めていたからだったのか……! 腹立たしい……!』

 ハルドラは【ゲイルストリーム】で悪魔達を竜巻に巻き込ませながら。

「このままじゃせっかく閉じてるゲートも開いちゃうよ〜!!」
『ヤツの障害に力を割く余裕はねぇ! 応援を呼ばねーと!』
『それなら済んでいる。……が、一人では到底捌き切れぬ数だ』
『最低でも二人か……この状況では期待できぬかもしれぬ』
『頼む。どうか無事でいてくれ……』


〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜


「はああああああああッ!」

 疾風の如く駆け抜けるのはブレイド。持ち前の速さでゲシュペンストの死角に回っては刀を振るう。ゲシュペンストは回避を挟みながら指先に圧縮した魔力を放つもことごとく避けられる。

「……チッ。目障りな風だ」
「【奇襲鋭刃】!」

 響くヴァニラの声。声が響いた方向に意識を向けるも女の姿は無く。何処に行った、と考える前にゲシュペンストは体を大きく逸らした。その判断は正しく。刃を手にしたヴァニラがすれ違いざまに襟の一部を斬る。あと少し遅かったら胸元を斬り裂かれていた。

 ヴァニラが着地すると同時、ゲシュペンストは片脚で踏ん張り崩れた体制を整える──前に、刀を縦に構え無鉄砲にも突っ込んで来るブレイド。ゲシュペンストは体制を整え、再び指先から魔力を放つ。対してブレイドは左右に回避はせず、前転するように下に回避。勢いを殺さぬまま、ゲシュペンストの片脚を蹴り、バランスを崩す。

「はあっ!」

 ブレイドとは反対側。待っていたとばかりにベルタは覇気と共に斧を振り落とす。ギリギリで地を蹴り後方に回避。振り落とされた斧が床に亀裂を入れる。

「レベッカ!」

 さらに追い討ち。

 ヴァニラは運んで来たレベッカの体を解放。レベッカはフルチャージ完了した砲台をゲシュペンストに。

「【ファイナルバースト】!」

 放たれる炎の光線。ゲシュペンストは回避しても衝撃は避けられないと判断し、舌を鳴らして前方に結界を展開。防ぎ切るも、視界が煙に包まれる。

 その時、光が煙を切り裂いた。

 “本当の決め手”。

「【閃光剣・双】!」

 絶好のタイミングで放たれたアランのデビルキラー攻撃は見事被弾。ゲシュペンストの体は大きく吹き飛ばされ、壁に轟音を立てて衝突。


 五人では初めての連携に極限まで高まる緊張。


 はち切れんばかりにどくどくと波打つ心臓に誰もが小さく息を乱しながら、ゲシュペンストを包む煙を見つめる。

「──フハハハハハハッ!」

 煙に映る影が起き上がる。ゲシュペンストは傷口から血を流しながらも一歩二歩と前へ。

「先の言葉を訂正しよう。汝らは下等な生き物ではなかったようだ。失礼した」

 実に愉快そうに口元を歪めるゲシュペンストに、不愉快そうに顔を歪めた。

「なるほど、五戦神に認められただけはある。奴等と結託されるのは少々面倒だ」

 そう何処からともなく取り出したのは美しい赤い宝石。地上で煌々と輝く赤い月を映したようなそれに、ゲシュペンストは見惚れていた。

「この体は未だに完璧ではない。奴等に封じられた影響が残っている」

 そう。だからこそ彼らは呼ばれた。

「だが、そうは言っていられないな」

 あろうことか、ゲシュペンストは小さな宝石を口で噛み砕いた。

 ガリッと砕ける宝石。悦に浸るゲシュペンストの体から、赤黒いオーラが溢れ出す。

 その光景は、デビル化したヴァニラの姿を彷彿とさせた。

「強化……」

 ヴァニラがぽつりと呟く。僅かな動きですら見逃さないよう警戒を最大限まで強める。


 刹那にも満たぬ時の中。
 アランの体は“飛んでいた”。


 ドオオオオオン──!

「えっ……」

 崩れ落ちる柱の音に、彼らは弾かれるように振り返った。そこには積み重なる瓦礫にぐったりと凭れるアランの姿。あの一瞬で、戦闘不能にまで陥ったのだ。

「くくくっ……やはりこの力は素晴らしい。玩具のように壊すことができる」
「っ……」
「待てブレイド! 貴様まで前線を離脱しては押し切れない! アランの処置は後だ!」

 ベルタはブレイドの腕を掴みながらそう叫ぶ。彼女の表情は苦悶に満ちていた。ブレイドはくそっとベルタの手を軽く弾き、刀を握り直す。

「ベルタッ、ワタシ達も前線へ!」
「ああ! ──【ブリリアントグレイシア】!」

 唱えるのは防御スキル。結界に身を守られ、ブレイドとヴァニラはゲシュペンストに接近。

「ふっ……【ファントムサジェスト】」

 小さく笑みをこぼすゲシュペンストの体が歪む。ぐにゃりと体は分離し、三体の偽物が現れた。

「こっちだってっ……!」

 同じくヴァニラも三体以上もある分身を生み出し、対抗する。ゲシュペンストは己の偽物達をその場に留まらせたまま、静かに唱える。

「己が罪を贖え──【リデンプション】」

 それは、ふわふわと漂うシャボン玉に息を吹きかけて消すかのように。

 えっと声を洩らすヴァニラの視界。一瞬にして、自身の分身が“全て”消え去った。

 ゲシュペンストが片手を前に翳すと、彼の分身達が一斉に動き出す。向かう先はブレイド、レベッカ、ベルタの三人。ヴァニラは急ブレーキをかけると、本物の攻撃を横に飛び回避。直後に指先から放たれた光線をギリギリで避けるも、先程とは比べ物にならない威力に体制が崩れる。

 グイッと接近を許してしまったゲシュペンストに胸ぐらを掴まれ、下に。振り上げられた膝が鳩尾に深く入り、結界は砕け口から少量の血と息を吐く。休む間も与えず、ゲシュペンストは細い首をガッと掴んでは力を入れる。

「ぐ……ぁ……っ……」
「更なる苦しみを与えてやろう。……血に飢え、血に狂い、血に踊れ──【ブラッディペイン】」

「おおおおおおおおおッ!!」

 ブレイドは分身の追撃をすり抜け、衝動のままにゲシュペンストの元へ捨て身で体当たりを。衝撃で手放したヴァニラを無事に保護するも、ヴァニラは苦しげに胸元を握りしめていた。

「ふん、野蛮なやり方だな」

 ゲシュペンストはブレイドがぶつかった片腕の汚れを叩くと、分身と共にブレイド達に歩み寄る。

「大丈夫だヴァニラ。そこに居ろ」
「ブ……レイ……ド……」
「内側からの痛みはさぞ辛いだろう。己に巡りし血を憎むがいい」

 ゲシュペンストの【ブラッディペイン】により、じわじわと崩壊していくヴァニラの体。ブレイドは奥歯を噛み締めると、勝てない相手に勇敢にも立ち向かう。

「無駄だ。」

 冷酷に告げる。本物と比べれば劣っているはずの分身すら倒せず、反撃の隙すら与えられない。

「っ!」
 ──しまった!

 攻撃を受け、手元から離れる“影切丸”。取りに行こうにも刀は遠く離れ、ゲシュペンストは必殺の一撃をチャージ。膨大な魔力が圧縮されていくのを肌で感じ取る。

「ブレイド!」
「ヴァニラ!」

 ベルタとレベッカが悲痛に名を叫ぶ。分身に行く手を阻まれる中でも、必死に二人の元に駆けつけようとする。

 残酷にも訪れるチャージ完了時間切れ。ブレイドはゲシュペンストに背を向け、ヴァニラを庇うように抱きしめた。


「そのまま動くなよブレイド!!」

 響くのは、虫の息だったはずの青年の声。


「【閃光剣・双】!」


 眩い二つの閃光が偽物を貫き、本物に大打撃を与える。怯んだ隙にレベッカとベルタはそれぞれ相手をしていた分身を倒し、走り出す。

「ぐっ……」

 呻き声を洩らし、膝を折るアラン。床に突き刺さした剣を支えに、腹部をグッと抑え込む。

「アラン大丈夫か!?」

 駆け寄ったベルタだったが、アランの腹部から滲む血に驚愕した。

「傷がだいぶ深い……。この状態でよく動けたな……」
「オレの力は……瀕死じゃないと……っ」
「無理に喋らせて悪かった。少し手を退かしてくれ」

 ベルタは腹部に手を翳すと、止血するように傷口を凍らせた。

「ベルタ!」
「行ってくれ……オレは……大丈夫だから……」

 苦痛に歪みながらも、その瞳にはハッキリとした意思が。

 ベルタは一言すまないと謝り、呼ばれたブレイドの所へ。

「ブレイドッ!」

 レベッカから投げ渡される“影切丸”を受け取る。合流したベルタにヴァニラを任せ、レベッカと共に前線へ。またもや壁に吹き飛ばされたゲシュペンストは起き上がり、ドバドバと滝のように血を流しながら不気味に笑う。

「どうやら……我は己の力に驕っていたようだ。ここまで追い詰めたのは……五戦神を除けば汝らが初めてだ。あぁ、愉しい。実に素晴らしき宴だ! フハハハハッ……」

 先程と同じ状況に、ブレイドとレベッカは同時に地を蹴った。何かする前に封じてしまわなければ勝ち目はない。しかし、ゲシュペンストから放たれた波動に接近を拒まれる。

「我が穢れし血よ。美しく、残酷に、共鳴せよ──」

 ゲシュペンストはここで、隠し持っていた“切り札”を切った。


「【ブラッドハウリング】」


 床に滴るゲシュペンストの血が光を放つ。彼の血こそが一つの陣だというのに気付いた時。かつてない痛みが体を襲う。

「フフフフ……アハハハハハハハッ」

 嗤い声が微かに聞こえる。

 壁や床には亀裂が走り、柱も何本か崩れ落ち、天井の一部には穴が空き、威力の強さを物語っていた。五人も無事では済まされず、ヴァニラとアランは意識を手放し、ブレイド、レベッカ、ベルタの三人は意識こそあるものの、立ち上がる力はもう無かった。

 開戦から数分で風前の灯火に陥る五人。

 ゲシュペンストは己が口にした言葉通り、一方的に彼らを蹂躙したのだ。







 時は少しだけ遡る──。

 妖魔城の広間にて、未だ激戦を繰り広げるヴィラン博士とリベリア。空中を自由に駆け抜けヴィラン博士に攻撃を仕掛けるも、なかなか通らない。

「そろそろまずいですね……」

 身で感じる己の限界。到達まで残り僅か。デモンリベリアこの姿が解除されてしまえば、後に残るのは碌に戦う力も残ってない自分だ。それだけは避けなければ。

「大人しくして下さい! 【シールヴィヴリオ・マギアス】!」

 実体化した文字の羅列を鎖のように操り、ヴィラン博士の動きを制しようとするも。次元の扉を破壊するだけ。本体に届くことはなかった。

「次から次へと……滅茶苦茶ですね!」
『キサマもナ』
「貴方に褒められても嬉しくありません」
『褒めてネーヨ』

 リベリアは一か八か、自身に宿る魔力を全解放する。パラサイダー悪魔との契約後、新たに習得したスキルを解き放つ準備を。


「僕も力を貸そう。英知の語り部」


 凛とした声がリベリアの耳に届く。舞い降りるようにして現れたのは、高貴な佇まいをした男。

「貴方は……?」

 怪訝そうに訊ねると、男は妖艶に口角を上げた。

「僕はゼロ。初めまして、英知の語り部」
「……英知の語り部?」
「僕はあだ名で呼ぶのが好きでね。君の噂は耳にしているよ、英知の語り部リベリア

 怪しい。実に怪しい。

 警戒心がグーンと急上昇するも、恐らく敵ではない。リベリアは淡々とお願いしますと始めの台詞に返す。

「僕が彼の動きを止めよう。君は好きなタイミングで攻撃してくれるかな」
「分かりました」

 ゼロは二振りのレイピアを軽く振るい、マントをはためかせながら疾走する。

 一つ、二つと真っ二つに切り裂かれる扉。舞うようにレイピアを操る彼を止めることは出来ず、あれだけ苦戦を強いられていたのが嘘のようにも感じてしまう。彼のような人物を、リベリアはこれまで聞いたことがない。

 ますます上昇する警戒心だったが、今成すべきことに目を向ける。

 杖と魔本を両手に。己に宿し魔力に呼びかける。

「虚空より生まれし我が魔力。刻まれし数多の紙片とその姿を変えよ──!」

 造られし魔本のページがパラパラと捲られ、一枚一枚離れていく。ゼロはある程度で離脱。自身もまた唱えて。

「昏き天に羽ばたく聖なる十字架ロザリオよ。我が謳いし賛美に応じ、の者に天罰を下し給え──」

「【アカシックツイスター】!」
「【聖光のノーザンクロス】」

 重なる二つのスキル。幾つものページがヴィラン博士の体を引き裂き、十字に交差する光が体を貫く。

『ア、アア……

アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!』

 耳をつん裂くような悲鳴。ヴィラン博士は光粒となって消え去る腕を伸ばしながら。


『オ、ノレ……わしヲ……わしヲダマシタナアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』


 フッ、と消え去るヴィラン博士。

「……君、騙したの?」
「知りません。……あっ」
「ん? ……本?」

 カツンとゼロの足元に当たったのは古びた一冊の本。ゼロは拾い上げると、表紙や背表紙を確認。

「題名もなにもないね……」
「──その本は!」

 リベリアは目の色を変えると、強引にゼロから本を掻っ攫う。

「なぜここにこの本が……!」
「絶版?」
「違います!」

 食い気味に答え、本を開くリベリア。やがて間違いないと呟く。

「『究極融合の書』……ここにあったのですね……」

 長い間行方知らずとなっていた『究極融合の書』を大事そうに抱える。

「よかっ……た……」
「おっと」

 急激に体中から力が抜け、ガクンッと崩れるリベリアの体を支える。傷まぬようにゆっくりと床に降ろして状態を確認。気を失っているわけではなく、眠りについただけだと判断。

 絶え間なく聞こえる轟音に、ゼロはリベリアを連れて妖魔城から撤退する。

『……』

 パラサイダーはリベリアの視界を通じてゼロの様子を見ていた。

 そして確信する。この男は“危険人物”だと。

 しかし今はどうにも出来ないので、パラサイダーもリベリア同様眠りについた。


〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜


「【ライジングインパルス】!」

 迅雷の如く駆ける光に胴体を引き裂かれ、声ならぬ声を上げて消滅する悪魔達。間入れずに襲い来る悪魔に、手を休めるどころか碌に動くことも許されない。

 アルタリアは焦燥感を募らせていた。彼らとの通信が途切れてから時間が経ち過ぎていることに。かと言って地上進出を許してしまえば終わりだ。圧倒的な数は部隊数と到底割に合わない。


 思考を回せアルタリア・モルス!
 我がアランの為に、今出来ることを──!


 視界が自身が放ったエレメントの光に包まれる。一気に消滅する悪しき者達。残像を見つめていたアルタリアは、ハッと脳内で何かが弾けた。

「髪飾り……」

 遠い昔。幼きアランに贈った羽の髪飾り。

 今日に至るまで。アランが肌身離さず付けていたその存在を思い出す。

 髪飾りが、“何で”出来ているかと共に。

「……」

 アルタリアは攻撃と回避を繰り返しながら、意識を研ぎ澄ませた。の者が持つ髪飾り──己に宿っていたエレメントに呼びかける。


 アラン……聞こえるか……!





「我はこの時を待っていた。封印されしこの身が、解き放たれる日を」

 ゲシュペンストは血潮が服に飛び散ろうともお構いなしに、血溜まりの中を靴音を響かせながら進む。

「幾度も幾度も、我は奴等に敗北し、屈辱と共に封じられてきた。それも今宵で終わりを告げよう。汝らの身をもって、この力の素晴らしさを証明することができた。称賛の拍手を送りたい」

 一転。表情から笑みが消え去る。

「……だが、汝だけは我の手で直接下さないと気が済まないのだよ」

 ゲシュペンストは向かう先で気を失うヴァニラはピクリとも反応しない。

「っ……!」

 狙いがヴァニラだと分かり、ブレイドは最後の力を振り絞るとゲシュペンストの片脚にしがみつく。

「邪魔だ」

 一言そう告げると、もう片方の脚でブレイドの体を蹴り飛ばす。ボールのように転がるブレイドの体。

 反対側では、キャノンを構えたレベッカがスキルを発動させようとしていたが呆気なく吹き飛ばされる。

 さらに凍りつく足下。ゲシュペンストは小さく溜め息を洩らすと、一瞬にして氷の枷を砕く。

「焦らずとも全員冥府へ送ってやろう。一人ずつ、確実にな。ただ勘違いはしないでほしい。我は汝が憎いわけではないのだ。怨むなら、汝を認めた“黒魔王”を憎め。我は奴が憎々しい……。高貴なる悪魔の身でありながら、地上を慈しむ奴を……!」
「う……」

 意識を取り戻したのはヴァニラではなく、アランだった。微かに聞こえてきた声に気づき、ゲシュペンストはアランに目を向ける。

「あぁ、二番目は汝にしよう。我に与えた苦痛を倍にして黄泉へと送ってやろう」

 まずはヴァニラこの娘からだ──ゲシュペンストの右手の人差し指。淡く光を放つ指輪に魔力が結集する。これまでとは桁違いの威力の予兆。這いずり手を伸ばすも届くことはなく。

 今しがた目覚めたアランも状況を理解し、立ち上がろうとするも自分のものではないかのように体は動かない。


 悟らざる終えなかった。
 認めざる終えなかった。

 敗北という名の、死を。


 ──アラン!


 頭に直接響くアルタリアの呼び声。幻聴が聞こえるようになったのかと考えるも、アルタリアは伝わっているのか違うと叫んで。


 我の声が聞こえるようだな……! これより加護の力を発動させる! 我の詠唱に続けアラン!


 我と詛盟を交わし者。今ここに、汝と契りし誓約の発動を、恩恵の解放を、モルスの名において命ずる!


 内側から込み上げる力。己を鼓舞するかのように高まる勢いに乗り、アランは痛む体に鞭を打ち力の限り叫んだ。

「我望みしは恩恵の解放! 解けし時こそ進化を遂げよ!」

 強く、それでいて優しい光が、アランを中心に空間全体を照らす。あまりの眩しさにゲシュペンストは攻撃を中断し、腕で顔を覆う。

「忌々しい光め……! どこまで我の邪魔をする……!?」

 腕を下ろすと同時、ゲシュペンストは腕をクロスさせて強固な結界を一点に集中。己に振り翳された剣を受け止めるも、バチバチと火花が散る。

「【インパルスブラスト】ォオオオッ!」
「ぐううううッ!?」

 零距離での攻撃。衝撃に耐えきれず消滅した結界の破片と共に、吹き飛ばされる。壁に衝突する前に勢いを殺すと、ゲシュペンストは改めて対峙する青年を見つめた。

 “閃光剣”を構え直すアランの姿は更なる進化を遂げ、身を包むオーラから止めどなく溢れるエレメントの力。

 ゲシュペンストは初めて驚愕の表情を示した。

「これが……五戦神の加護かッ……!」


 痛い。
 内臓が、心臓が、飛び出してきそうだ。
 骨がバキバキと音を鳴らしている。
 一瞬でも気を抜いてしまえば、簡単に倒れるな。
 それでも、膝を折るようなことはしたくない。
 今ここで無茶バカやらなきゃオレは絶対に後悔するだろう。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!」

 腹の底から叫びを引き摺り出す。

 彼の声に、誰もが耳を傾けていた。





『アルタリアッ! オイ聞こえてんのか!?』
『返事してアルタリア!』

 通信から聞こえるモルス達の悲鳴にも似た声に、アルタリアは激しく息を切らしながらも返した。

「心配要らない……少し……エレ、メントを……」
『テメーなにをしたんだ!? そうじゃなきゃそこまでになんねーよな!?』

 絶好のチャンスだと言わんばかりに群れをなす悪魔達の奇襲が激しさを増す。苦しめられながらもアルタリアは最低限の言葉で。

「アランの……髪飾りを通して、っ……加護を解放した……」
『えええええっ!?』
『元は貴様に宿っていたエレメントだからな。だが、代償も大きい。アルタリア、そこから撤退しろ。後は我等でどうにか……』
「撤退だと……? ふふっ、笑わせるなジェダル。この白獅子王が尻尾巻いて逃げるなど有り得ぬ!」
『……貴様は昔からそうだったな』
『今さらじゃろ』

 その時、二度目となる壁破壊。

 現れたのは敵の増援では無く──。

「白獅子王!」
「アルタリア様〜!!」
「エステラにルシオラ! 来てくれたかッ!」

 応援に駆けつけた『闇黒騎士隊』所属、エステラは光聖竜クオラシエルの背に跨ったまま悪魔達を一掃。乗せてもらっていたルシオラは背中から降りると、アルタリアに駆け寄った。

「遅くなりましたアルタリア様!」
「いや良くぞ駆けつけてくれた! 他はどうなっている?」
「他の精霊達も『闇黒騎士隊』と合流し、それぞれの塔へ向かっています!」
「了解した! ではルシオラ、エステラと共に我を守れ!」
「あいあいさー!」
「うむ! 良い返事だ!」
『アルタリア! 始めるよ!』

 後方を増援に任せ、五人のモルスはゲシュペンストの障害を打ち破るためにじわじわと力を溜める。

 エステラは蠢きあう悪魔達を前に、剣を肩に担ぐと通信機の向こう側に居る仲間達へ指示を下す。

「総員! 精霊と共にモルスを死守しろ! 擦り傷すら負わせるなッ!」

 エステラは大きく息を吸い込むと、彼女らしからぬ言葉で怒りを露わにした。


「我らはこれよりクソッタレ共をぶっ潰すッ!! 第14小隊に続けええええ!!」


 通信から響く戦友達の猛る声。

 にやりと怪しく弧を描くと、エステラは剣を横に構え、開始一発。

「光を纏いし魔殺しの双刃──【閃光剣双刃】!」

 魔殺しの名の通り、このフロアに蔓延っていた悪魔達をほぼ壊滅させる。

 ルシオラもエステラの攻撃をすり抜けた悪魔達を確実に倒していく。

 アルタリアは二人に背中を預け、手元に集中した。

『……今ノイズ音しなかった?』
『わらわにも聞こえたのじゃ! 通信が繋がりかけておる!』
『オイレベッカ! 聞こえるなら答えろ!』
『ヴァニラ……!』

 名を呼ぶも返ってくるのはノイズ音のみ。

「返事を返せぬ状況なのかもしれない。アランもそうだったからな。先に覚醒の詠唱を」
『やるしかなかろう』
『うんっ!』

 四人のモルスが紡ぐ覚醒の合図詠唱。アルタリアは、己が与えた加護の時間切れが徐々に迫りつつあるのを危惧していた。だからこそ。

「どうか応えてくれ……!」

 その祈りは、果たして彼らに届くのだろうか。





 迫り来る時間切れタイムリミット。アランは焦燥感に思考を支配されながらもただひたすらに剣を、光を、その身全てを投げ打ってゲシュペンストに向かっていく。加護の力をもってしても、一人ではゲシュペンストを押し切ることは出来ない。このままではまた振り出しに戻ってしまう。それだけはダメだ。だから彼は口にする。この中で一番、“諦めが悪い”奴の名を。

「っ、ブレイド!!」
「うるせぇぇぇぇぇ!! お前に言われなくとも分かってんだよ!!」

 飛んでくる怒号。アランとゲシュペンストの間を、一陣の疾風を纏う刀が斬り裂く。

 一目で察した。彼は緑狼王の加護を解放している。つまり、通信が繋がったということなのだろうか。

「アラン。まだいけるか」
「ベルタにレベッカ……二人もそうか……通信が繋がったのか?」
「完全には繋がってないわ。けど、声は聞こえたの」
「ああ。だが時間はない。もう一度聞くぞアラン。まだいけるか?」

 どうやらベルタは時間切れのことを指しているらしい。アランは大丈夫だと返す。

「それよりヴァニラは……」
「わたしなら平気」

 振り返ると、四人と同じく加護の特殊武装を身につけるヴァニラが立っていた。その瞳に、自分も戦わせてと強い意志を静かに燃やして。

「……よし」

 これで決めなければ自分達に勝ち目はない。

 横一列に足並みを揃える五人の冒険者。決して交わることのない元素の糸が、複雑に絡み合い一筋の道となる。道を歩む彼らを阻むのは“酩月の吸血鬼”。各々の武器を構え、前を見据える。

 吸血鬼は二つ目の赤い宝石で更なる強化を得る。

 三度目の正直。ゲシュペンストと五人は、一斉に走り出した。



 この中では群を抜いて速いブレイドは、加護の力により磨きがかかった速度に困惑していた。思うような制御も出来ず、空間の距離が上手く掴めない。今から慣れようと思って慣れる力じゃないことに理解し、自壊覚悟で刀を振るう。

「くそっ……!」

 思う通りにいかず、口から悔しげな声が洩れる。しかしゲシュペンストは確実に押されていた。

「っ……【ファントムサジェスト】!」
「下がれブレイド!」

 崩れゆくゲシュペンストの澄まし顔。生み出されし三体の分身に、ブレイドは後退しベルタと入れ違う。

「【バリアントエリクシール】!」

 霊薬の名を冠したスキルを発動。エレメントで形成された三つの氷柱が、分身達を一瞬にして消し去った。

「スキルが変化したのか……!?」

 偶然か、はたまた必然なのか、バラバスと同じ能力……いや、それ以上の能力にスキルが変化した。ゲシュペンストは【ファントムサジェスト】の行使を断念。一度五人から距離を離す。時間切れまで耐えきれればこちらの勝ち。ゲシュペンストは防御と回避に徹する。

「【ヒートショックパルサー】!」

 足下に広がる灼火。熱を感じる前に範囲内から離脱。すぐさま【ブラッディペイン】で動きを鈍らせようとするも、刃に遮られる。

「それだけはさせない。【エンシェントアバター】」
「死に損ないがッ!」

 解き放つ一条の闇光。ヴァニラは“瞬影刃”を横に構えると、刃の部分で光の軌道を逸らした。即座とは言えそう簡単に逸らせるものではない。ゲシュペンストは己に課せられた呪いに気づいて。

「【居合い斬り・滅闇】!」

 離れた位置から急接近したブレイドの一撃を避けるも、急激に闇のエレメント濃度が低下する。これでは切り札である【ブラッドハウリング】の威力も高が知れている。少なくとも、彼らを蹂躙するには至らない。


 覆される。

 優位だったはずの自分が一瞬にして劣位に。


「【アンガブレイズラッシュ】ッ!」

 レベッカの最上位スキルがゲシュペンストの体を襲い。

「凍れ! 【ミラクロアグレイシア】!」

 ベルタの最上位スキルがゲシュペンストを巨大な氷塊に閉じ込め。

「【ハルドラガスト】!!」

 ブレイドの最上位スキルが氷塊ごとゲシュペンストの体を斬り。

「行くぞヴァニラッ! 【アルタリアブリッツ】!」
「ええ! 【エンドオブジェダル】!」

 アランとヴァニラの最上位スキルが絶妙に混ざり合いゲシュペンストの体を穿つ。




 これが奴等が認めし者達の絆か……。
 実に愉しい宴であった。
 また相まみえるその時を──……。



 ゲシュペンストの体は複数体の蝙蝠に化け、妖魔城の外へと羽ばたいていった。


 あとに残ったのは骸のように転がる五人の姿。やがて彼らの姿は、展開された魔法陣の光と共に消えた。


〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜


「終わったか……」

 儚く塵となって消滅する悪魔達。空を仰げば、赤い月に隠れていた白い月が大陸を優しい光で包み込み始めていた。

「バラバス、アクア、怪我はないかの」
「……特にありません」
「わたしもありませんっ」
「それは良かったのじゃ。わらわはベルタ達を呼び戻す。しばし休んでおれ」

 ミラクロアはくるっと二人に背を向け、青い魔法陣を展開。

「疲れちゃいましたね」
「……では私は戻る」
「まだ居てください!」

 ダメですとアクアに引き止められるも、バラバスはどうにかして逃げようとする。未だにベルタと顔を合わせるのが苦手なのだ。しかし無情にも時間切れは訪れる。ミラクロアが展開する陣と同じものが足下に広がり、一層強まる光。

 仕方ないと息を洩らし踵を返した。

「え……」

 絶句する。帰ってきた妹の痛々しい姿に。

 口元を両手で抑えて震えるアクア。ミラクロアは恐る恐るベルタの肩を掴み揺さぶる。

「ベルタっ……」

 固く閉じられた瞳。

 視界が、腕が、足が、鎖で雁字絡めされたように動かせない。

『──皆、聞こえる?』

 通信に響くのはハルドラの声。しんと静まり返る空間に、彼女の声だけが響く。

『今アルボスを“中央病院”に向かわせたから、連絡が来次第一斉に転送して。多分……全員重症だよね……出血はある……?』
『すまない緑狼王。通信を使わせてもらう。アランが……腹部に深い傷を負っている。幸いにも傷口は凍っていて出血多量というわけではない。ベルタが凍らせたのだろうが……』
『嘘だろ……』

 エステラの言葉に、ジェダル・モルスの下に派遣されたアイザックがぽつりと溢す。

『他は出血してない……?』
『してねーけど……』

 重症であることには違いない。

 誰もが口を閉ざす中。ハルドラの下に戻って来たアルボスの指示を受け、『中央病院』の緊急措置室へ送られた五人。


 深すぎる爪痕を残し、妖魔城での激闘は幕を下ろした。





「ふわああ……」

 舞い戻りし赤い月が昇る地下世界。

 華奢な見た目の悪魔──七つの大罪“怠惰”のベルフェゴールは眠たそうに欠伸を洩らしながら荒野を進む。彼女の背後では、宙に浮かぶ城から大量の蝙蝠が溢れ出していた。

 一切気にすることなく、ベルフェゴールは次なる寝床を探して出発。その少し後ろを、同じく“憤怒”のルシファーが後を追うように歩いていた。

「……何処に行くんだ」

 ずっと無言だったルシファーが口を開く。ベルフェゴールはルシファーに視線を向けるもすぐに正面に戻して。

「安眠できる場所……」

 一度止まる会話だったが、今度はベルフェゴールからルシファーに。

「これからどうするの……?」

 ルシファーは分からないと答える。

「俺はアレの心から生まれた人形だからな」

 ベルフェゴールは興味なさそうに相槌を打つと。

「……じゃあ一緒に来てよ」

 たった一言そう告げた。

「……分かった」

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