Five Elemental Story

21話 逆天の妖魔城【前編】


 赤い月の出現により、地上世界が混沌と化す最中。


 七つの大罪“嫉妬”を司るレヴィアタンのソウルを回収したアッシュは、ヴィラン博士が待つ研究室に戻って来ていた。

「おお、戻って来たか」
「はい。博士、こちらが例のソウルです」

 ヴィラン博士は瓶の中で不気味に漂うソウルを見るや否や、たまげたと言いたげに目を見開いて。

「これは、“嫉妬”のレヴィアタンではないか。お前さん、なかなか大物を持って来たな」
「これがあれば薬は作れるのですよね?」
「これまでに無い効果の物が出来るぞ……! それでは、仕上げるとしよう。その瓶を機械にはめ込んでくれ」

 小さく頷き、大型の機械に瓶を押し込む。すると、カチッとはまる音が聞こえ、より一層稼働音が強くなる。

 少しして。チーンと音が鳴ると、ヴィラン博士は取り出し口から紫色の液体が揺蕩う小瓶を手に取り、確認。

「……成功したようじゃな」
「博士のおかげです。……博士」
「アッシュよ。わしは気が変わったぞ」

 ヴィラン博士はにんまりと笑うと、小瓶を持つ手とは反対の手をアッシュに差し出して。

「取引をしよう。お前さんが持つ、『究極融合の書』をわしに寄越せ」

 その取引に、アッシュは微笑んで応じた。

「構いません。私が必要としているのは、その薬ですから」
「早い決断で助かる」

 アッシュは隠し持っていた『究極融合の書』を、ヴィラン博士はデビル化の薬を各々交換。

「では博士。私はこれで」

 薬を受け取ったアッシュは研究室の出口へと歩き出す。


「最期まで研究が出来て、さぞ幸せだろう」


 去り際に溢したアッシュの言葉は博士には届かず。薄笑いを浮かべながら扉の向こうへ。


「おお……遂に手に入れたぞ……これでわしも……」


 博士は『究極融合の書』を手に、悪魔的笑みを浮かべる。ヴィラン博士の意思を反映したかのように、書からは泥のような黒い物体が溢れ出し、その体を飲み込んでいった。


〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜


 ──はじまりの地、第14小隊拠点。

 赤い月光が照らす地上に蔓延る悪魔達。拠点を襲う悪魔達に立ち向かう三人の冒険者。

「ヴァニラ! そっち行ったぞ!」
「ええ。──【鋭刃】。アラン、いいわよ」
「【閃光剣】! ブレイド、前に出過ぎだ。少し下がれ」
「分かった。【残影神剣】!」

 三人の少し後ろでは、エレパッドで情報収集するレベッカと、集中出来るように援護するベルタの二人が。

「どうだレベッカ」
「ダメね。情報が錯綜してるわ。本部も混乱しているみたいで連絡ないし……」
「そうか。しかし……このまま待機するのもな」

 それまで前線で戦っていた三人も一度、二人の元まで下がる。

「なら、街の近くまで行かないか? 他の部隊は街から離れているだろうし、向こうで先行部隊と合流出来たらやるべきことも見えるだろ」
「なんかお前……リーダーっぽいな……」
「押し付けといてなに言ってんだ」
「そこまで。アランの言う通り、街に向かうのはいいと思うわ。ベルタ、拠点の周りを氷で覆うことは出来る?」
「ああ、任せろ。──【ブリリアントグレイシア】!」

 究極化したベルタはスキル名を叫ぶと同時に、“アブソリュートグレイシア”を地面に振り下ろすと、一瞬にして宿舎を凌ぐ高さの氷塊が形成。強固で巨大な盾となった。

「すごい……」
「ヴァニラに褒められるとは思っていなかったが……ともかく、これで完璧とまではいかないが大丈夫だろう」
「帰って来て住めなくなってたら困るしな。……今でもそうだけど」
「確かに」
「そこは頷くな。じゃあ、オレとヴァニラが前衛、レベッカとベルタは左右を援護、ブレイドは殿で。行くぞ」

 おーっ! と声を張り上げる四人に思わず苦笑い。緊張感ないな……。改めて気を引き締めた、その時。

「……!?」

 五人の足元で展開される魔法陣。一人一人、異なる色の魔法陣の光に照らされる。もちろん、この場に術者は居ない。

 光が少しずつ強まり──やがて、五人の姿はその場から消えてしまった。


〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜


「ここは……?」

 赤い光が収まると、レベッカは見たこともない場所に立っていた。“火炎の地”らしいが、不思議と熱く感じない。

「よっ、レベッカ」
「あ、アンガ様?」

 “赤炎王”アンガ・モルスの姿に、レベッカは疑問を抱く。

「どうしてここに……いや、そもそもここってどこですか? アンガ様は本部に居るはずなのでは? あと──」
「わかったわかった! 一気に話すんじゃねーよ!? ちゃんと説明するからよ!」

 のめり込んでしまったことに気づき、レベッカはすみませんと謝り、アンガは息を吐いて。

「わかればいいけどよ? ここは“火炎の地”にある『五戦神の遺跡』の中。オレ達はそれぞれの遺跡にテメーらを呼んで同じ話をしてる。んで、オレがここに居るのは、“モルス”としてじゃなく、“五戦神”として……って、オレが“五戦神”って話は初」
「その辺りはブレイドから聞いてます」
「いやなんで知っ……もういい、話を続けると。オレ達“五戦神”が、テメーらに加護を与えるために呼んだ」

 結構すっ飛ばした気もする。

 レベッカは「加護……ですか?」と怪訝そうに訊ねた。今大陸で起きている出来事と、どういった関係があるのか。

 同様の話を、“夕闇の地”にある遺跡内で、ヴァニラも“黒魔王”ジェダル・モルスから聞いていた。

「そうだ。簡潔に答えれば、我らが貴様等に加護を与え、その加護の力を使い、悪魔達を使役する者を鎮めてほしい。その間、我らは低級悪魔の進行を防ぐ」
「……つまり、大元を叩けと」
「叩くのは良いが、潰すのは駄目だ」

 ヴァニラは完全に理解したようでは無かったが、了承の意を込めて頷く。

 しかし、隣の“光明の地”の遺跡内にて、話を聞いていたアランは“白獅子王”アルタリア・モルスに疑問をぶつけた。

「アルタリア様、大役に指名していただいたのは大変光栄ですが……その、」
「『自分が受け取ってもいいのか?』と言いたいのだな。汝ならそう言うだろうなと思っていた」

 アランは視線を少し泳がした後、その通りですと答える。

「すみません……」
「気にすることはない。誰だってこのような話をされたら警戒するだろう。我らも、この状況に動くしかなくなってしまってな。無理やり呼び寄せてしまった」

 アルタリアは一呼吸置くと。

「我ら“五戦神の加護”は与えた者に強大な力を与えるものだ。それは場合によって、その者を狂わしてしまう危険な力。例え、善人であろうと変わらない。……だからこそ、我らは長い月日の間封じていた。この大陸に、我らの加護は必要ないと」

 “水凍の地”の遺跡内で、“蒼氷王”ミラクロア・モルスはベルタに話しながら淋しげに瞳を伏せて。

「……わらわ達に対する信仰も、今では殆ど無くなっておる。仕方ないことじゃが、な」
「ミラクロア様……」
「すまぬ、話が脱線してしもうた。わらわ達はここ数日、そなた達に加護の力を与えるべきか否か、話し合いを重ねていたのじゃ。わらわ達の力を、正しく使えるかどうか……。今このときでさえ、はっきりとした答えは分からぬ」

 “緑狼王”ハルドラ・モルスは、“森林の地”にある遺跡内で、ブレイドに笑顔で話続ける。

「でもボクは、キミなら使いこなせる気しかしないんだ。キミがボクに望んだこと、“五戦神”に対して願ったことを、ボクは信じてるから。だから……受け取ってほしい。“五戦神の加護ボクの力”を。ブレイドに」

 ブレイドは小さくハルドラと呟き、赤い月が輝く空を見上げた。

「……この大陸が壊されたら、俺が“やりたい事”も出来ないしな」

 視線を落とし、ハルドラを見つめる。

「お前が、どうしてそんなに俺を信じているのか分からない。だけど、その信頼に応えたい……とは思うから」

 その言葉に、ハルドラは笑顔で頷いた。

「じゃあ、早速はじめるよ〜! あまり時間もかけられないしね」
「待った。まだ聞きたいことがある」
「加護のこと?」
「違う。さっきお前が言ってたゲシュ……プンシチ」
「ゲシュペンスト。それ本人の前で間違わないでよ?」
「分かってる。そのゲシュペンストって言う吸血鬼を鎮めてほしいって言っていたが、どうして鎮めろなんだ?」
「悪いけど後でもいい? 先に儀式をやっちゃいたいから」
「後回しにするのはいいけど、忘れんなよ」

 場面は変わり──“光明の地”の遺跡でも、儀式が始まろうとしていた。

「では、アラン。始めるぞ」
「ハイッ。お、オレは何をすれば……」
「すまないが、我の前で膝を折り、頭を垂れてくれるか」

 騎士の誓いみたいだな、と思いつつ言われた通りに片膝を折り、頭を垂れる。

 アルタリアを含む“五戦神”は、己が加護を与えし者に手を翳し、詠唱を。


 今、契りを交わし、我が身に宿りし力を貸し与え、彼の者が拓く未来の一助とならん。


 翳した掌から生まれた小さな光。フワフワと漂う光は、引き寄せられるように五人の体へと入っていった。

「……ヴァニラ。体はどうだ」

 ゆっくりとした動きで立ち上がるヴァニラに、ジェダルは確認する。加護の力を受け、体に異変はないかと。

「……大丈夫です」

 ヴァニラは掌を握ったり開いたりして異常がないのを確認。そうかとジェダルは返すと、何もない空間に向けて手を伸ばす。

「これから、奴が根城としている“妖魔城”近くにゲートを開く。向こうで他の四人と合流出来る筈だ。それと、加護の力についてだが……」

・加護の力は究極の姿のときのみ発動可能。
・加護の力には時間制限があり、一度発動すれば暫くは使えないため、慎重に扱うこと。
・加護の力は絶対ではないため、過信し過ぎないこと。

 ジェダルは加護についての注意事項を説明。なるほどとヴァニラは頷く。

 ジェダルは闇のエレメントを収縮させ、何もない空間に渦を巻くゲートを開いた。

「詳しい事は通信で話す。け、ヴァニラ」
「はい。行ってきます」

「気をつけるのじゃぞ、ベルタ」
「ありがとうございます、ミラクロア様。行ってまいります!」

 元気よく返し、ベルタはゲートに飛び込む。


〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜


 ──はじまりの地、???。

 常闇に包まれた地下世界に、究極化した五人の冒険者が降り立った。

「「痛って(た)!?」」

「痛てぇ……何だ? 何とぶつかった?」
「その声はブレイドか? 恐らく私とぶつかった」
「マジで言ってんのか? 全然顔見えねぇ」

 ブレイドはすぐ近くに居るであろうベルタの姿を探すも、自身の姿すら見えない暗闇内では不可能。

「うーんと……ベルタもブレイドも居るの?」
「ああ」
「オレも居る。ヴァニラは居るか?」
「居る。……この手誰?」
「こ、この手とはなんだヴァニラ。怖いこと……」
「ワタシよ。暗いからこのまま繋いでましょ」

 ホッと一息洩らすベルタ。

「全員居て良かったが……ここは一体どこなんだ? 暗くてなにも見えないぞ」
「おーい、ハルドラー、聞こえるかー?」

 ブレイドが通信機に向けて呼びかけると、はいはーいと明るい声が。

『無事に着いたみたいだね〜』
「無事に着いたかどうかは知らねぇぞ? 周り真っ暗で何も見えないしな」
『“妖魔城”が位置する地下世界では、赤い月が宵闇を照らす唯一の光だ。だが、今その月は地上に在る』

 だから暗いのか〜とジェダルの言葉に納得。

『しかし、暗いままでは移動しづらいだろう。アラン、光の剣を。その光を頼りに、我とジェダルで視界を晴らす』
「分かりました」

 小さく頷き、光のエレメントで形成した剣を手に。前方に掲げると、うっすらと仲間の姿が露わになる。

「こんなに近くに居たのね」
「アルタリア様、これで大丈夫ですか?」
『うむ。問題ないぞ』

 その数秒後。常闇に包まれていた視界が、ぼんやりと晴れていく。

『目の前に見える城が、“妖魔城”と呼ばれている城じゃ』
「空に浮かんでいるみたいですけど、入れますか?」
『城の近くに道があったはずじゃ。そこから内部へと入るがよい』

 五人は足早に“妖魔城”へと向かうと、崩壊しつつある道を発見。城同様に浮かぶ道を、慎重に進む。

『先に伝えておくことがあるから言っておくぜ? テメーらに与えた加護の力は、まだ体に馴染んでいないはずだから、使うときは声を掛けろ。オレ達が解放してやるからな?』
「はい。……どうした、ブレイド」
「いや、あまり実感無くて。本当に在るのかなーっと」
『ひっど〜い! ボクが失敗したと思ってるんでしょ〜!』
『え、失敗したのか?』
『し、て、な、い、よ!』
『煩いぞ、貴様等。手元に集中しろ。ゲートが開いてしまうだろう』

 敵の本拠地を前に、思わず頬が緩んでしまう。

 変に強張っていた肩の力も抜けたところで、城の外階段から内部へ侵入する。





「……誰もいないな」

 拍子抜けしたようにブレイドは肩をすくめた。

 外階段から城内部に侵入したが、見張りも城内を巡回する兵も居ない。しん、と足音だけが響く空間は、嵐の前の静けさを表したよう。

「入れたのはいいけど、ここどこかしら」
「多分、広間だと思う。入り口はあそこしか無かったしな」
「いやに詳しいな」
「まあ……な」

 五人が始めに足を踏み入れたのは城の広間。奥には悪趣味な黄金の像、壁際には等間隔に配置された棚が複数。

『……ここには居ないようだな』
『へ〜、お城の中ってこんな風になってるんだ〜』
「入ったことがないのですか?」
『奴の根城まで攻め入った事はない』

 すると、ベルタが下へ続く階段を見つけ、四人に声を掛ける。

「下に続く階段を見つけた。降りるか?」
「上から入って下に向かうって感じかしら」
「とにかく行ってみるか」

 五人全員が広間から立ち去ると同時、轟音と共に地鳴りが発生した。

「な、なにごと!?」
「敵の奇襲か!?」
「……」

 視覚を遮断し、意識を研ぎ澄ませていたヴァニラは目を開くと。

「下から何か来る。城を壊しながら這いあがってるみたい」
「何か……? まさか、ゲシュペンストとやらか?」
『ゲシュペンストはそんなことするようなヤツじゃねーよ?』

 と、先程まで立っていた広間の床を突き破り、音の正体である影がその姿を現した。

「何だこいつ……蜘蛛か?」
「だが、上半身は人だ。どちらにせよほっといて良い相手では無いな」
『キシャシャシャッ!』

 狂ったように悪魔が笑い声を上げると、辺り一面に次元の扉が出現。一斉に開かれ、強烈な風に体が引き摺り込まれる。

『全員、扉の先に引き摺り込まれるな! なにがあるか分からんぞ!』

 即座に、近くにある丈夫そうな物に掴まり耐える。だが、一番近い位置に居るヴァニラは、吸い込みの威力が他より強く、今にも飛ばされそうだった。

「っ、ヴァニラ! 手を伸ばせ!」
「ええっ……!」

 手が触れるか触れないかの距離ではあったが、ヴァニラはブレイドの手を掴むことが出来た。そのまま引き寄せられ、何とか事なきを得るも、所詮は一時凌ぎ。

「あの変なじじい止めねぇと!」
「分かってる! レベッカ、あれに向かって一直線に狙い撃ち出来るか?」
「ええ」
「アラン、そっちからレベッカの体を支えてくれ、反対は私が」
「ああ」

 レベッカは左右から体を支えられながら、“バーストキャノン”の銃口を悪魔に向けて。

「【ファイナルバースト】!」

 収縮した火のエレメントを銃口から発射。悪魔に被弾する。

「止まっ……た?」
『まだ終わってないみたい。扉はそのままだよ』

 風は止んだものの、悪魔が生み出した扉は未だに消滅せず。五人は煙の先にいるであろう悪魔に目を凝らす。

『ケケケッ』

 悪魔は不気味に笑い、両手を天に掲げる。すると、今度は扉から強烈な風が一気に流れ出した。それまで吸い込んだ瓦礫やら何やらと一緒に。

「何で吸ったもん吐き出すんだよ!!」
「【ブリリアント──くっ」

 大小様々な瓦礫が一同を襲う。ベルタは結界を張ろうとするも、次から次へと飛んでくる瓦礫に中断を余儀なくされる。かと言って弾くのも危険だ。弾かれた瓦礫で更なる被害をもたらす可能性もある。うっとうしい、と感じた時、何処からともなく光が飛んできた。


「私が破壊します! 【ライトニング・テンペスト】!」


 目を焼き尽くさんばかりの眩い閃光。光は雷と化し、次元の扉を一瞬にして破壊。

「ご無事ですか、皆さん」
「リベリアさん!?」

 一同の前に降り立ったのは『英知の書庫』の管理人、リベリア。しかし、彼女の姿は悪魔に支配されていたものと同じだった。レベッカは大声をあげるとリベリアに詰めよって。

「リベリアさんはどうしてここへ……あと、その姿はどうしたのですか!?」
『落ち着けって』
「すみません、レベッカさん。説明したい所ではあるのですが、そうはいかないようです」

 リベリアは鋭い双眸で正面を見つめる。リベリアの攻撃を受けて怯んだ悪魔は、体勢を整えようとしていた。

「あの方は私が引き受けます。皆さんは先へ」
『協力感謝するぞ。アラン、皆を連れて下に』
「わかりました」

 お願いします、と一声かけて階段へと向かう。途中、レベッカは一度振り返って彼女の名を。

 リベリアは立ち上がろうとしている悪魔から視線を逸らさないまま、くすりと笑って。

「大丈夫ですよ、レベッカさん。この姿も、あの願いも、全て私なのですから」
「っ……どうか、無理だけはしないでください」
「はい。貴女も」

 レベッカは階段を駆け降り、四人と合流して先へ進む。

『アノ男……』
「知っているのですか?」

 脳内に直接響く声──それは、以前自分の体を支配していた悪魔の声。

『確か、“ヴィラン”とかっテイウ博士だっタナ』
「ヴィラン博士ですか」
『ナカナカ狂ってんナァ。ホラ、クルぜぇ』
「言われなくても分かってますよ」


『クッ、ククククッ……コレデわしニモ、チカラガ……アヒャアヒャヒャヒャ!』


〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜


「……リベリアさん……」

 上層から微かに聞こえる戦闘音に、レベッカは胸元をギュッと握り締めながら、彼女の無事を祈る。

「だいぶ下まで降りて来たな」
「一体何処まで続くんだよ」
『魔術とかは掛かってないみたいだし、もうすぐだと思うけど〜?』
「そっちの方は大丈夫なのですか?」

 ヴァニラの言葉に答えたのは、父お……ジェダル。

『問題ない。我等で地下世界から繋がるゲートは封じている。それ故、この場から動くことは出来ないが、ノクスからの報告では地上に残った悪魔達を少しずつ押し返していると』

 後はゲシュペンストを残すのみ。会話を他所に、ブレイドはあっと声を洩らして。

「ハルドラ。さっき言ってたゲシュプンシチ」
『ゲシュ、ペン、スト!』
「悪い悪い。その話の答え聞いてな」

「怪しいヤツ発見!」
「怪しいヤツ発見!」

 ブレイドの台詞を遮る女と男の声。直後、ブレイドの背後から飛び出して来た悪魔達を──一瞬にしてヴァニラが捩じ伏せた。

「あ、ありがとな」
「ううん。さっきのお返し。……あなた達は?」

 地面に転がる男女の悪魔達は、痛む体に鞭を打って立ち上がる。

「む、怪しいヤツ!」
「怪しいヤツは排除するんだから!」
「二人はこの城の使用人?」

 アランの使用人と言う言葉に、悪魔達は何故か胸を張って。

「そうよ! 私はミリア」
「僕はセバス。この妖魔城に奉公している双子さ!」

「……こいつら戦う気あんの?」
「さあ……」
「セバス……?」
「アラン。どうしたの?」
「なんでもない。ミリアとセバスはここでなにをしているんだ? 他に使用人らしき悪魔は見なかったけど」

 双子従者は互いに顔を見合わせると、俯き気味に答えた。

「ゲシュペンスト様は、僕達使用人に城から撤退する様命じられた」
「けど、主様を置いて逃げるなんて出来なくて……ここで待ち伏せしてたの」

 おいおいと思わず突っ込みたくなるも我慢。だが、双子の主人に対する忠誠心の高さは、従者の鑑だ。

「怪しいヤツ達は主様を封印するつもりなんでしょう? いつだってそう。ゲシュペンスト様は地下でしか暮らせない者達の為に動いているだけなのに……中途半端に封印をして終わり」
「その話だけどよ。どうして鎮めるだけか、理由を知りたい」

 何というタイミングの悪さだったが、当の本人は知らんぷり。元々答えようとしていたハルドラが、質問に応じる。

『この世界は、ボク達が住む地上に無くてはならないものだからだよ。なにか建物を建てるとき、台となる地面が必要になるのと原理は同じ。地下世界が無ければ、地上世界は崩れ落ちてしまう。そして、地下世界を保つことが出来るのはゲシュペンストだけ。だからボク達は、何年も封印を繰り返して来た』

 ハルドラの説明により、ミリアが溢した言葉の意味が理解出来た。話を聞いていたレベッカは、あのっと一歩前に進み出て。

「封印とかじゃなくて、話し合うことは出来ない……?」
「……無理だろうな。そう出来ればいいが……」

 そうよね、とベルタの言葉にレベッカはシュンと項垂れる。

「向こうだって、パッと出の俺達に言われたくないだろうしな」
「それに……この城の主人として向き合おうとしているようだし、オレ達もちゃんとぶつかったほうがいいと思う」
『ちゃんと分かってるじゃねーか。レベッカ、考えるのは後だ。今は目の前のことをやるべきじゃねーの?』
「……わかりました。今は戦いに集中します」
『じゃが、そなたの気持ちはそう安易に抱けるものではない。大事にするのじゃぞ』

 ありがとうございますと微笑んで礼を述べる。

「……ねぇ、二人はどうするの?」
「この場で主様をお待ちするわ」
「うん」

 すっかりこの場に馴染んでしまっていた双子はそう答え、ゲシュペンストが待つ地下への道を示した。

「教えてくれてありがとう」
「あと少しだな。気を引き締めるぞ」
「ああ」





 地下へ続く階段を慎重に降り、最下層に足を踏み入れる。そこは、今までの雰囲気とガラリと変わっており、無機質な壁や床、ヒンヤリと冷たい風が頬を撫でる。

 カツン、カツン、と足音を響かせながら奥へ奥へと。辿り着いた先に、その吸血鬼は待っていた。

「ここは我が城なのだよ」

 “酩月の吸血鬼”の名の通り、グラスに注がれたワインを口に。

「汝らのような弱い生き物が、足を踏み入れていい場所ではない」

 五人に振り返る吸血鬼の瞳は、この場には居ない五戦神に向けられているよう。


「いい加減、消えてもらおう。決着をつけようではないか。五戦神モルスよ」


 ゲシュペンストの手から離れた空のワイングラスは床に落ち、静まり返る空間にその音を響かせた。

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