Five Elemental Story

20話 その手を掴む者

 ──はじまりの地、???

 複雑な機械の作動音、怪しげな薬が沸々と泡を立ててはパチンと消える。

 そんな物好きでなければ来ないような場所に、一人の男が入って来た。

「お話とは」

 ヴィラン博士の研究室を訪れたアッシュに、ヴィラン博士は資料を手で叩きながら。

「お前さんに頼まれた薬なんじゃが、ちと材料が足りなくてな。とって来てはもらえんかのう」
「私に取れるものであれば。して、その材料とは?」

 アッシュに問われると、ヴィラン博士は資料の一ページを抜き取り、見せる。そこに書かれている絵は、どうやら必要材料の一覧のようだ。

デビル化の薬あの薬にはデビルの“ソウル”を使っておる。使うソウルを持つデビルが強ければ強いほど、薬の威力も倍増する仕組みじゃ」
「なるほど。では強ければ強いほどいいと」
「そういうことになるな。わしが狩ってもよいのじゃが、この薬はお前さんのだ。お前さんが強さを選ぶのがよいじゃろ」

 ほいっとヴィラン博士は掌サイズの一瓶をアッシュに投げ渡した。

「その瓶には特殊な加工を施していてな、ソウルを留められるようにしておる」
「分かりました」

 アッシュは瓶を懐にしまうと、研究室を後にした。


「さてさて、どんな同胞デビルを持ってくるじゃろうな」


〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜


 ──はじまりの地、第14小隊拠点兼宿舎。

 何やら集まって話し合いをしている五人の知らぬ所で、ガサガサと動く宿舎近くの草叢。止まったかと思えば、男女二人が飛び出して来た。

 二人はコソコソと宿舎に近づき、ぴったりと壁に身を寄せる。バレぬよう慎重に窓に吸盤らしきものを付けると、チューブで繋いだ機械を操作。それぞれヘッドホンを装着。


 “これで準備OKだなっ! フォルネウス!”
 “ふっ……私がいるのだ。完璧に決まっているだろ、メルビレイ”


 と、何故かサムズアップするメルビレイとフォルネウスの二人。

 七つの大罪“嫉妬”を司るレヴィアタン直属の部下である悪魔二人は、上司の命令で第14小隊を探りに来たのだ。

 ノイズ音の嵐をくぐり抜け、少しずつ中で会話する五人の男女の声が聞こえてくる。





「で、レベッカ。話ってなんだ?」

 朝のミーティング後、レベッカは少し話があると全員をその場に留まらせた。アランに話を振られ、レベッカはエレパッドを手にしながら。

「実は、本部から早くリーダーを決めてくれって言われたの。いろいろ忙しかったから決めてなかったでしょう?」
「そういえばそうだったな」

 お前もその一因だろ、とブレイドから鋭い視線が飛んでくるも、ベルタは無視。

「で、リーダーなのだけれど、ワタシはアランがいいと思うわ」
「オレ?」
「「異議あり!!」」

 異議を申し立てたのはブレイドとベルタ。レベッカとアランは目を丸くし、ヴァニラは無表情(デフォルト)のまま。声が揃った二人は互いに顔を見合わせると、三人を置いて言い争い始めた。

「リーダーは俺がやるべきだ!」
「何を言っている。貴様に務まるわけがないだろう。私がリーダーになるべきだ」
「その言葉、そっくりそのまま返してやる!」
「何だと!!」

「……リーダーって何をするの?」

 話を聞き流しながら、ヴァニラはそうレベッカに質問。レベッカは手に持っていたエレパッドで確認しながら。

「えーっと、本部への報告書類の提出や、会議の出席とか、いろいろやるみたいね」
「大変そう」

 二人の会話を聞いていたのか、ブレイドとベルタは互いに口を閉ざして。

「ここはアランに任せて私は降りよう」
「そうだな。真の強者は隠れているものだしな」
「オマエらな……。さっきと言っていることと真逆じゃねぇか」

 そもそもオレはやるなんて一言も言ってないんだけどな。

 めんどくさいと感じると同時に、他の誰かがリーダーになってもヤバイなと考えたアランは。

「……わかったよ」
「やったー! アランありがとう!」
「ああ……うん。」

 こうしてアランは(不本意ながらも)第14小隊のリーダーに就任することとなった。

「じゃあ、依頼に──」
「ちょっと待ってくれ。俺も話がある」

 立ち上がりかけた一同だったが、ブレイドの言葉に座り直す。

「なに?」
「この前言いそびれた話なんだが……。今度、アリーナ大会が開かれる……というか、開いてくれることになった」

 事態が飲み込めず、疑問符を浮かべる(ヴァニラ以外の)三人。ブレイドは“緑狼王”ハルドラと話したことを説明して。

「そう……だったのね。確かに不思議な人達とは思っていたけど、五戦神だったなんて……」
「よく分かったな」
「普段の態度にも生かしてほしいものだな」
「うるさいぞ」

 ブレイドは短く返すと、本題に入った。

「それで……アリーナ大会に部隊として出場したいんだ。優勝して、俺やヴァニラみたいな境遇の子を見捨てないでくれって言いたい」
「ブレイド……」

 ヴァニラは小さく兄の名を呼んだ。この前言っていた“やりたい事”ってこれだったのだと。

 アラン、レベッカ、ベルタの三人は顔を見合わせると、うんと頷いて。

「アリーナ大会出よう。このメンバーで」
「目指すは優勝ねっ」
「ああ。兄さん達に勝つのは難しいかもしれないが、優勝するしかないな」
「……うん。みんなで」

 そうと決まればやるわよ! と気合いを入れるレベッカに、自然と笑顔になる。

「……ありがとう」





 一方で──。

 五人の会話を聞いていたメルビレイとフォルネウスの二人は、撤退の準備を密かに進めていた。しかし……。

 “フォルネウスっ、早く片付けるんだっ!”
 “急かすな! 精密機械は扱い方が難しい……”

 思った以上に難航してしまい、慌てる両名。

 そのとき、近くの窓が開き。


「「あっ……」」
「……だれ?」


 ヴァニラに見下ろされ、逃げなければと頭では判っているが、予想外の出来事に体が動かない。

「ここでなにをしていたの?」
「え、えっと……」
「その機械なに? 盗聴?」

 言い当てられ、ギクッと跳ね上がる肩。

 ヴァニラの「盗聴?」が聞こえたのか、他の四人も窓に集まって。

「誰だお前ら」
「盗聴するような場所じゃないぞ。ここは」
「それはそうね」
「ベルタもレベッカもそこじゃないだろ。……で、ここで何をしてるんだ」

 メルビレイとフォルネウスは視線を交え。


「あっ! あんなところに空飛ぶラーメンが!」
「ええっ!?」
「空飛ぶラーメンってなに」


 もちろんそこに空飛ぶラーメンなんて無く。

 意識が自分達から逸れた隙に、二人は機械を置いて逃げ出した。

「待てぇぇぇぇ!!」
「あっオイ、ブレイド! 一人で行くな!」

 アランの制止も、怒りに支配されたブレイドには届かず。窓から外へ飛び出して後を追うブレイド。

「騙された……あんなくだらないことに……」
「恥ずかしい……恥ずかしい……」
「二人共しっかりしてくれ! 今はそれどころじゃないだろ!」
「追わなくていいの?」
「追う! ヴァニラ、二人を頼んだ!」

 アランも窓から外へ飛び出し、ヴァニラを待機させてブレイド達の後を。



「この先に行かせるか!」

 突然始まった鬼ごっこは終わりを告げる。ブレイドは木のエレメントで起こした風を身に纏い、二人の行手に瞬間移動。ギリギリで足を止め、反対側へ逃げようとするも、追いついたアランに挟まれる。

「追いついた……」
「ナイスアシスト!」
「勝手に飛び出すな」

 それぞれ刀と剣を呼び出すと、追い詰めるようにジリジリと距離を詰めていく。

 片方は不利属性の木、片方はデビルキラー持ち。

 どう足掻いても無理……だと思う。

 近づく破滅の時。フォルネウスはフッと笑みを溢して、メルビレイにコソコソ。

 “メルビレイ。私が退路を切り開く。その隙に逃げるがよい”
 “な、何を言ってるんだフォルネウス!”
 “どうせ散るなら美しく散りたいと思ったまでさ。3、2、1で行くぞ”
 “ちょ、ちょっと待ってよ!”
 “3……2……”

 剣を構え、タイミングを図るフォルネウスだったが、カウントダウンは途中で止まった。


『全く。何してんだか』


「! 誰だ!」

 脳内に響く女の声。辺りを見渡すも、声の正体が誰かは分からず。だが、メルビレイとフォルネウスの表情は明るくなっていった。

『あんた達には興味ないの』

 パチンッと指を鳴らす音。直後──。

「うわっ!」
「ぐっ……何だこれ……」

 アランとブレイドの体が“沈んだ”。よく見れば、二人の足元には不気味な水溜りが渦を巻いており、下半身を飲み込んでいるようだった。完全に沈む前にそれぞれ武器を刺し、飲み込まれないように耐える。

 もう一度響く音。今度はメルビレイとフォルネウスの周りを囲うように水が渦を巻き、収まったときには忽然として姿が消えていた。

「ハアアアアアッ!」

 光のエレメントを剣に込め、力尽くで水を吹き飛ばして脱出。ブレイドも同様に脱出したが、逃してしまったことに悔しげな様子。

「さっきのヤツが指示してたみたいだな」
「そうみたいだな」

 とりあえず戻るぞ、と言われ拠点に帰還。待機していた(置いて行かれたとも言う)三人と合流した。

「レベッカ、ベルタ、落ち着いたか?」
「ごめんなさいアラン」
「取り乱してしまった……」
「次は気をつけてくれよ。でも、悪い。こっちも取り逃してしまった」

 もう一人の女らしき仲間に足止めを喰らってしまったと説明。

「なるほどな。だが、奴等はどうして私達を探るような真似をしている」
「分からねぇけど、どうにかしないといけないのは確かだ。何か企んでいるなら尚更」
「そうね。手分けして探しましょう。依頼を進めながら」
「ああ。でも油断ならない相手だ。見たところ水属性のようだから、ブレイドは単独でいいとして。オレとヴァニラで光明と夕闇の地を、ブレイドは森林の地を、レベッカとベルタは火炎と水凍の地を。レベッカはそれで大丈夫か?」
「大丈夫よ。慣れた地の方がいいものね」
「気をつけてくれよ。じゃあ、出発するか」
「うん」

 不穏な影を追うべく、五人は三手に分かれて拠点を出発した。


〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜


 ──エレメンタル大陸、森林の地。

「わざわざ不利属性の地に来ないとは思うが……」

 有利属性なのもあり、単独で行動するブレイド。その辺で拾った木の枝で草叢を突きながら捜索。ここには居ないだろうと半分諦めていた。


「ブレイドー!」
「あ?」


 風に乗って聞こえて来た声。名を呼ばれ反応してしまうが、すぐに誰だと目を細める。

 その直後、ブワッと湧き上がる風。葉っぱやら何やらが服や髪に引っ付く。

「……ミリアム」
「あら、森の神さんこんにちは」
「立ち去れ」

 暴嵐竜グランハザートの背に乗って空から降りて来たのは、『闇黒騎士隊』所属のミリアム。グランハザートの背に乗ったまま、ミリアムは偶然出会したブレイドに話しかけた。

「ここで何をしているのよ。見たところ依頼じゃないみたいだけど」
「ちょっとな。お前こそ何してんだよ」
「私は依頼帰りよ。これからバラバスと合流しに“水凍の地”に行くわ」

 その言葉にブレイドはガッツポーズ。

「は?」
「ちょうど良かった! 俺も乗せてってくれ」
「何かあったんじゃないの?」
「あるけどここじゃない気がする」
「ふーん。ま、乗せていくのはいいわよ。後でケーキ奢りね」
「お手柔らかに頼むな」

 ブレイドはミリアムの後ろに乗ると、グランハザートは“水凍の地”に向けて空高く飛び上がる。

「どこで降りればいい?」
「適当に降りるからいい」

 “水凍の地”から流れる冷たい風を肌で感じる。
 何となく無言になる二人だったが、先に口を開いたのはブレイドだった。

「なぁ。さっきバラバスと合流予定って言ってたけど、あいつって誰かと行動すんの?」
「本人の前ではちゃんと“さん”付けしなさいよ」

 変わらないわね、と呆れたように溜め息を洩らすも続けて。

「ブレイド達が来た後から、よく帰ってくるようになったのよ。それで、属性の相性がいいからって組まされるようになったわけ」
「ああ、なるほど……。でも気まずくね?」

 思い出すのはベルタに向けた言動の数々。同じ兄でもこんなに違うもんなんだなと思った事はよく覚えてる。

 ミリアムは口元に指を添えてクスクスと笑い。

「そうね。私も始めはそうだったけど、意外とバラバスって面倒見いいのよ。アドバイスも分かりやすいし」
「意外だな。誰にでもああなのかと」
「多分ベルタだけなのよね。なんでかしら」
「聞いてみたらどうだ?」
「貴方が知りたいだけでしょ」
「「……」」





 ──エレメンタル大陸、火炎の地。

「端まで来ちゃったね」
「そうだな」

 “火炎の地”を見廻っているレベッカとベルタだったが、有力な手掛かりを掴めないまま“水凍の地”を目前とする。

「どうしようか。行っちゃう?」
「ああ。もしかしたら“水凍の地”に居る可能性もあるしな。レベッカは平気か?」
「ええ」
「そうか。気をつけて進もう」

 ──グイッ。

「……!?」

 そう歩き出したベルタの腕をレベッカは力強く自身へ引き寄せた。思わずよろけるも何とか踏ん張って。

「な、何を」
「静かに。……アレを見て」

 人差し指を唇に添え、その指で前方を指す。ベルタは小声で「何だと……」と呟いた。

「あれは……今朝見た二人組に間違いないな」

 目視で捉えられるギリギリの距離。二人が見たのは、今朝第14小隊を盗聴していた水属性の二人組が、“水凍の地”に向かって進んでいる光景。

「どこに行くのかしら……」

 気付かれないよう視線を外しつつ、コソコソと会話。

「分からない。ただ、放っておくわけにはいかないな。レベッカ、すまないが付き合ってくれるか?」
「もちろんよ。ベルタ一人で行かせられないわ」
「ありがとう」

 小さく頷きあい、二人は密かに尾行を開始した。





 ──エレメンタル大陸、水凍の地。

 “火炎の地”から尾行を開始した二人は、怪しげな二人組を追って“水凍の地”に足を踏み入れた。

「吹雪が強くなって来ているな……。レベッカ、私から離れないでくれ」
「わかったわ」

 進むたび強くなっていく吹雪に視界を遮られながらも、何とか後を追いかける。

「どこまで行くのかしら」
「この先には何もない筈だが……」

「「──!?」」

 次の瞬間。突如として走り出した二人組。どうやら尾行はバレてしまっていたらしい。二人は隠れていた岩陰から飛び出し、後を追いかける。

 ビキッ。

「え……?」

 耳に届く何かが“割れる”音。二人は足を止め、音の出所を探るように辺りを見渡すも判らず。

 ビキビキビキッ。

「まさか……!」

 連鎖するように音は続き。何かに気付いたベルタが、バッと横に振り向くと。


 足場となっている巨大な氷に、亀裂が入っていた。


 亀裂は止まる事を知らず。自身の足元にも亀裂が入ると、ベルタは迷いなくレベッカを突き飛ばした。

「ベルターーー!!」

 亀裂により生まれた谷間に落ちたベルタ。運良く助かったレベッカは急いで駆け寄り、深い深い底に向けて声を張り上げるも返答は無く。

 とにかく助けなきゃ、と仲間達に連絡を取ろうとした。その時──……。


「【ヘルクラウド】」


 反射的に横に飛び退いたレベッカだったが、その判断は正しかった。先程までレベッカが居た場所の氷は深く削られており、その威力が窺える。

「アナタは……」

 キッと鋭い目付きで睨みつけた先──上空に浮遊する女はつまらなそうに溜め息を洩らした。

「あーあ、残念。二人一気にやれなかったし、ついてないわね」

 女の言葉に、レベッカはカッと頭に血が上るような感覚に襲われる。

「アナタがこんなことをしたの!?」
「何よ。のこのこついてきた方が悪いじゃない」
「貴様ッ……!!」

 歯を噛み締め、顔を歪めるレベッカ。“バーストキャノン”を呼び出し、持ち手を握りしめる。


「初めの質問に答えてあげる。私は七つの大罪“嫉妬”を司るレヴィアタンよ。せいぜい抗うことね」


〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜


 勝敗は側から見ても明晰であった。

「──カハッ」

 手元から離れ、遠くの方へ転がる“バーストキャノン”。一撃を受け、後方へ飛ばされた体は高く聳える氷柱に衝突。背中から強い衝撃を受け、空気と共に血を口から吐く。

 レベッカの体は痛々しいものだった。身体中から溢れる血。衝撃を受け続けたからか、究極の姿と元の姿が交互に浮かんでは消えている。

 ぼんやりとする意識の中。必死に立とうとするも脚に力が入らない。その様子を傍観していたレヴィアタンは嘲笑うように小さく笑みを溢した。

「思った以上に大したことないのね。どうして負けたのかが不思議なぐらいよ。……でもまあ、なかなか楽しめたわよ。じゃあね」

 杖の先端をレベッカに合わせる。


「はい、二人……」
「【ブレイクスマッシュ】」


 レヴィアタンは攻撃を中断し、その場から空へ飛翔し回避。一秒にも満たない刹那、青い一閃が彼女が居た場所を大きく、深く削る。

「今度は誰よ」

 邪魔をされて不機嫌なレヴィアタンと同じ位置に、竜の背に跨る男が並んだ。

「お前こそ何者だ。名を訊ねる時は自らが名乗るものだろう」
「フフッ、それを私に問うわけ? ま、いいけど。私は七つの大罪レヴィアタンよ」
「……『闇黒騎士隊』バラバスだ」

 現れたのは、ミリアムが合流する筈のバラバスだった。バラバスは重みのある斧を片手で握り締めながら。

「ここで何をしていた」
「はぁ? あんた見てたから邪魔したんじゃないの?」

 バラバスはレヴィアタンが居た場所をチラッと一瞥。見たことがある少女に眉を顰めた。

「知らないで邪魔されたなんて信じられないわ。でも、あんたの方が楽しませてくれそうね。あの二人よりか」
「二人……?」


 ──兄さん!──


 脳裏に過ぎるのはベルタの姿。バラバスの様子がおかしい事を見抜いたレヴィアタンはニヤリと口角を上げて。

「もしかして知り合いだったかしら。もう一人の小娘ならあの中に落ちていったわよ」

 あの中。深い亀裂に目を向ける。

 バラバスは静かに、けれど確かな怒りが宿る瞳でレヴィアタンを見つめ、斧に水のエレメントを集中させた。

「あんたも怒ってるの? 私って、怒らせる天才かしら」
「……一つ。お前は勘違いをしている」
「……はぁ?」

「私の妹は諦めが悪い。今もあの中から這い上がってきているだろう」

 何かを確信した男の言葉に、レヴィアタンは高らかに笑った。

「そうだとしたら面白いわね。小娘の絶望する顔を見てみたいわ」
「私も、お前の顔が歪むのを見てみたいな」
「どうぞ? やれるものならね」

 熱くも冷たい、戦いの火蓋が切って落とされる。

「行くぞ、ヴリージオン」

 バラバスの声に応えるように、氷極竜ヴリージオンは咆哮を“水凍の地”に響かせた。ビリビリと肌を襲う衝撃に恐れることなく、レヴィアタンは魔導書に杖を翳して唱える。

「消え去りなさい! 【イレイズブラスター】!」

 レヴィアタンを中心に展開される魔法陣。圧縮されたように放たれる光線を、バラバスはヴリージオンを器用に扱いながらヒラリと躱していく。

 チッと舌打ちが洩れる。

 バラバスは突然方向転換し、レヴィアタンに急激に迫りながら斧を構え。

「【ブレイクスマッシュ】」
「【ヘルクラウド】!」

 青い閃光と青い魔法陣がぶつかり合い、爆ぜる。発生した煙で視界が遮られるも、レヴィアタンは何処から来るか予想していた。

「見え見えなのよ!」

 と、小さな魔法陣を自身の後方に向けて投げつける。そこには煙の中を進む竜のシルエットが。攻撃を避けようと大きく傾いたのを確認し、トドメとばかりに【カレオストロビラ・インヴィディア】を放つ。

 見事被弾。衝波で消え去った煙の先には──竜の姿はあれど男の姿はなく。


「【アイスバーグクラッシュ】」


 自身の真上に移動していたバラバスは、三つもの巨大な氷塊を生み出し、真下に居るレヴィアタンに向けて落とした。

「いやああああああああああああっ!!」

 レヴィアタンの悲鳴は衝撃音に掻き消され、地上に三つの氷塊が積み上がる。

 重力に従い落下するバラバスの体をヴリージオンが拾い上げると地上へ運ぶ。

 【カレオストロビラ・インヴィディア】の衝撃で切れた頬の傷から垂れる血を拭い、氷塊の元へ。そこに、巻き込まれた筈のレヴィアタンの姿は無かった。

「逃したか……」

 長年の経験から撤退したと判断。後ろで待機している筈の相棒はすでにレベッカの元へと移動。バラバスも亀裂に向かって走る。





 音が止んだ……? 終わったのか? レベッカは無事か?

 深い深い亀裂の底まで落ちたベルタだったが、崖のような氷を地上目指して登っていた。途中、激しい地鳴りに手を離しそうになるも、絶対に離すもんかと耐え切った。

 手足の感覚は殆どない。それでも友の身を案じ、必死に地上を目指す。

「っ……」

 後数センチにまで迫っていたが、手を掛けた部分の氷が割れてしまい、体が投げ出される。再びの浮遊感にギュッと目を瞑るベルタの。


 その手を、掴んだのは。


「兄……さん……」

 自分が追いかける存在であり、たった一人の兄の手だった。

「引き上げるぞ」
「は、はいっ」

 力強く引き上げられ、地上に帰還。少し離れた場所まで運ばれ、ゆっくりと降ろされる。

「兄さん、あのっ」
「話は後だ。ついて来い」

 お礼も、どうしてここに、とも聞けないまま足早に進む兄の後に続く。やがて見えたのは、傷だらけの姿でヴリージオンに手当てされているレベッカの姿。

「レベッカ!」

 バラバスの横を通り越し友の近くで膝をつく。遅れてやって来たバラバスにヴリージオンは視線を送ると、小さく頷き返した。

「僅かにだが、ヴリージオンの力で傷は癒えている。今は手当てより、体を温めた方が良いだろう」

 歩きながら自身の腰巻きを外し、レベッカに優しく巻きつけると、抱き上げてヴリージオンの背に跨る。

「ベルタ。後ろに乗れ」

 ベルタがバラバスの後ろに跨ると、ヴリージオンは翼をはためかせて一気に上昇。“水凍の地”の上空を駆け抜ける。

 向かう先は──雪に覆い尽くされた地にポツンと広がる洞窟内。ベルタにとって、初めての場所ではなかった。


 洞窟の奥、密かに佇む家。


 昔、兄バラバスと二人で暮らしていた懐かしい場所だった。


〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜


 暖炉に薪を焼べ、火を付ける。初めは小さく、徐々に大きく燃え上がり、パチパチと音が鳴る。

 バラバスは暖炉から離れると、久しく使っていなかったキッチンに立ち、同じタイミングで毛布を抱えたベルタが部屋に入って来た。

 ベルタは暖炉近くの椅子で眠るレベッカに布団を巻き付け、少しでも早く温まるよう暖炉の側へ寄せる。

「ベルタ」
「兄さん……」

 ズイッと差し出されたのはコップ。中からは湯気が立っており、受け取るとその暖かさに頬が緩む。

「ありがとうございます」
「……暖炉の近くにいろ」

 バラバスは離れた場所にある椅子に座り、ベルタは暖炉の側に腰を下ろした。

「……兄さん、あの、どうしてここへ?」
「依頼帰りだ。明らかに自然ではない音が聞こえたから近付いた」
「そうでしたか。レベッカを助けてくれてありがとうございます」
「……」

 パチパチと静かな音だけが部屋に響く。

 ベルタは暖炉の火を見ながら考えていた。少し前の自分なら、己の無力さに嘆いていたことだろうと。だけど今は、嘆いてばかりいられないと感じることが出来る、と。同時に、兄が駆け付けてくれたことが嬉しいとも。

 レベッカの様子を見ながら白湯を少しずつ飲む。

「……ベルタ。」

 珍しく、バラバスは自分から話しかけた。

 ベルタは戸惑いながらも、どうしましたかと返事を返して。

「……どうして未だに私を兄と呼ぶ。兄である私に捨てられたと言うのに」
「えっ……」

 思いがけない質問に、ベルタは動揺を隠せなかった。

 対してバラバスは答えを求めるように、ただじっとベルタを見つめて。

「……そうですね」

 少しして、ベルタはバラバスから暖炉に視線を移し、答える。

「悲しくはなかった、酷いとは思わなかった。……そんな事はありませんでした。悲しい、酷い、寂しい……でも、嘆いていても私は一人。なら、外に出るしかないと。旅に出て、兄さんを探しているうちに、このまま見つけなくてもいいんじゃないか。……そう思った事があります。自分を捨てた兄なんて会わなくていい、嫌いになればいい。……結局、最後は会いたいし嫌いになれない。一目会えたらいい。……また兄さんと再会できて、私は嬉しいよ。どうして兄と呼ぶかなんて、あまり考えなかったな……」

 後半につれ、口調が昔のものに戻る。強くありたいと願い、変えた口調はいつしか定着していたが、兄の前だと自然と戻ってしまう。

 そう答えた後、ベルタは一つ、また一つと涙を流していた。静かに肩を震わせる妹の傍に、バラバスは片膝を付き、優しい手付きで頭を。

「兄さんっ……」

 ベルタは泣きながらバラバスに抱きついた。今までの寂しさを埋めるように、泣いて泣いて泣き続けて。

 そんな妹の涙を見ても、バラバスの口から謝罪の言葉が出ることはなかった。謝れば、自分が妹を捨ててまでして来たこと全てを否定することになると考えていたから。それは、ベルタも理解していた。だからこそ。


 子供のように泣きじゃくる妹の体を、兄はただ静かに受け止めた。


「ん……」

 レベッカが目を覚ましたのは、それから少し経った後。

 小さく唸り声が聞こえ、ベルタは弾かれたようにバラバスから離れると涙を拭き、レベッカの顔を覗き込みながら名を呼んだ。

「レベッカ」
「あっ……ベルタ……?」

 良かったと胸を撫で下ろす。レベッカもベルタの顔を見て、微笑んだ。

「無事だったのね、ベルタ」
「レベッカこそ無事で……痛くないか?」
「ええ。いつもありがとう、ベルタ」

 言われ慣れない言葉に少し照れてしまう。

 レベッカは見慣れない景色に辺りを見渡すと、バラバスと目が合った。

「バラバス……さん?」

 ベルタがレベッカにこれまでの事情を説明すると、レベッカは椅子から立ち上がってぺこり。

「助けて下さってありがとうございました。あと布団もありがとうございます」
「まだ掛けておいた方が……」
「大丈夫よ。もう平気だから」
「だが、万全ではないだろう。外は寒い。中途半端な体調では繰り返すだけだ。もう少し居なさい」

 バラバスに引き止められてしまい、レベッカは目を丸くしながらも頷く。


 そして数分後──。
 ミリアムとブレイドが訪れ、三人は二人と共に“水凍の地”を後にした。


〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜


「してやられたわ……」

 バラバスの攻撃を受けながらも、ギリギリで生き延びたレヴィアタンはフラつきながらも歩いていた。

「次は容赦しないわ……」

「レヴィアタン様!」
「ご無事でしたか!」

 合流した部下のメルビレイとフォルネウスに支えられ、露骨に表情を歪めるも振り払おうとはせず。

「帰るわよ。また一から作戦を見直し──


……え?」


 胸に抱く違和感。見下ろせば、自身の胸に突き刺さる剣が見えた。

「お前の魂、私が貰おう」

 背中越しに聞こえる男の声。次の瞬間、レヴィアタンの姿は“消滅”。残されたソウルは男が持つ瓶の中へ吸い込まれていった。

 あまりの出来事に言葉を失うメルビレイとフォルネウス。しかし、男の口角が上がったのを見逃しはしなかった。

「貴様ッ……! よくも私の主を……!」
「返して貰うよ! 【ギガグランブーストウェーブ】!」

 男はメルビレイの攻撃を軽々と避ける。

「フォルネウス!」
「行くぞ! 【エビルマーキス】!」

 メルビレイのスキルにより強化された一撃を剣に乗せ、放つ。

「……それで終いか?」
「何っ!?」

 男は黒い風を纏わせた剣でフォルネウスの攻撃を受け流した。

 今度は男の方が剣を構えて。

「逃げろ! メルビ──」

 メルビレイの体を斬り、フォルネウスに剣を突き刺す。

 力尽き消えるメルビレイ。フォルネウスも消えゆく中、何故か笑い始めた。

「何がおかしい」
「ふっ……貴様が、あの“灰色の悪魔”アッシュか」

 その呼び名に、アッシュは驚愕した。

 フォルネウスは嘲笑いながら。

「愚かなものだな……“悪魔に呪われた人間”よ」

 その言葉を最後に、フォルネウスは笑いながら完全に消滅。

 かつてない怒りに、アッシュは初めて顔を歪めた。



 揺らめく赤い炎。

 渦巻く闇は不気味に笑いながら自分に手を。



「っ……」

 ハッとして現実に。しかし、その視界は赤黒く染まったまま。

 空を見上げればその理由が分かった。

「紅い……月……」

 赤い月が、太陽を覆い尽くすように重なるように浮かんでいた。アッシュはまずいなと呟いて。

「早く薬を作ってもらわなければ……狂う前に」



 赤い月の光に支配された世界。

 “異変”は、それだけに留まることなく。



「な、何だよこれ……」

 拠点に帰って来た五人の前に広がる景色。

 数え切れないほどの低級悪魔が飛び交う地獄絵図だった。


「マズイことになってるな」
「気持ち悪……」

 それは、バラバスとミリアムが帰還した『闇黒騎士隊』の拠点からでも確認することができ、目を細めて。


「お嬢、これは一体……」
「分かりませんが、嫌な予感はします。プロスペロー、ここは貴方に任せます」

 『英知の書庫』の管理人であるリベリアは、書庫の古株であるプロスペローに任せ、悪魔が蔓延る外へ。


「ゼロ様」
「ウノ。見てごらん、凄い数だね」

 何処の屋上にて。高貴な佇まいの男の元に、軍服を身に纏う男が訪れる。

「はい。既に各地では被害も出ているそうです」
「だろうね」
「彼らを集めますか?」
「いいよ。それぞれで動いてると思うしね、ウノも好きなように動いてよ」
「ゼロ様は如何なされるのですか」

 ゼロはウノの問いに答えることなく、二振りのレイピアを鞘から引き抜いては、何もない場所を斬りつける。

 すると、そこに存在していた次元が現れ、一人がギリギリ入れるような入り口と化す。

「僕は僕のすることを、だよ」

 妖艶な笑みを浮かべ、ゼロは次元の奥へ。

 入り口が閉ざされると、ウノは屋上から華麗に飛び降りた。



 赤い月が消え、暗闇に閉ざされた地下世界。

 独り佇む城の一室。見事な装飾の棺桶に繋がれた鎖が外れる。

 鈍い音を響かせ、一人でに開かれる蓋。

 悠久の時を経て、復活した吸血鬼の名は──。


 “酩月の吸血鬼”ゲシュペンスト。

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