Five Elemental Story
2話 揃わない五人の足並み
エレメンタル大陸、森林の地。
日が登り始めた時刻。人里離れた一軒家から現れる人影。
この家で長年暮らして来たブレイドだったが、今日からはここにはあまり帰って来ない。なぜなら数日前に受けた新部隊採用試験で合格し、はじまりの地にある拠点で暮らすことになったからだ。
施錠し、家から数歩離れた場所で振り返る。
“あの日”からの出来事を思い返した後、ブレイドは一人森林の地から出発した。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
「ここが『ミラージュ・タワー』か……」
エレメンタル大陸、はじまりの地。
天高くそびえる塔にやって来たブレイドは、暫しの間外見を見つめると中に進んだ。
『ミラージュ・タワー』、別名“蜃気楼の塔”は大陸に存在する部隊全ての総司令塔となっており、個々の部隊や依頼の管理などのサポートを行なっている。
数多の冒険者達がごった返す広間を通り過ぎ、受付へと近づいた。
「ちょっといいか?」
「はいはーい! どんなご用件?」
「これなんだが。」
ブレイドは合格通知書を見せると、元気いっぱいの受付嬢は「新しく部隊に入る人だね! ようこそ! はじまりの地へ!」と歓迎した。
「君が入る部隊の人達は、向こうのほうで待機してもらっているからそっちに向かって。時間になったら色々説明するから!」
小さく頷き、受付嬢が示した人物達に向かう。
ブレイドはまともな人物でありますようにと思いながら、その人物達に近づく。見覚えのある姿に、思わず声を漏らしてしまう。
「……?」
その人物は、最終試験でブレイドの前に並んでいた男だった。男が不思議に思っていると、隣に並ぶ女性がもしかしてとブレイドに話しかけた。
「アナタも新しく部隊に入る人なの?」
「あ、ああ……」
「ワタシはレベッカ。ヨロシク」
赤いコスチュームを着こなす女性はレベッカ。差し出された手を掴むとこちらこそと返す。
「オレはアランだ。オマエは?」
「ブレイドだ。」
アランとも硬い握手を交わし、挨拶を済ませる。
他にはいないのかと辺りを見渡す。
「まだ来ていないみたいだな。……そろそろ時間なんだが……」
「そういえば、この部隊はあと何人いるんだ?」
「二人だ。男はオレとブレイドだけで、女性はレベッカとベルタと──」
「すみませんっ、お待たせしましたっ」
はぁはぁと息を弾ませながら三人の元にやって来た女性。受付で言われた「色々説明してくれる」人なのだろうと察した。
「係の人……ですか?」
「そうですっ。ウィプスと申します。本日は私の方から、色々と説明させていただきますので宜しくお願いします」
長い耳をぴょこぴょこ動かしながら頭を下げるウィプスに、お願いします……! とレベッカも少し緊張しながら頭を下げた。
「では、場所を移動しますのでついて来て下さい」
先頭を歩くウィプスについて行き、ミラージュ・タワーから少し離れた人気がない場所に移動する。綺麗とは言い難いその地に建てられた古びた建物。その中へと入って行き、辛うじて生きている照明を灯した。
「ここが、今日から皆さんが暮らす宿舎となります」
こんなボロい建物で暮らすのかと言いそうになったが、何とか飲み込む。
「住みやすいようにしていただいて構いません。壊した場合は自己負担となりますけど……。あっ」
鈍い音を立て、自分達が通って来た扉が開く。
鋭い目付きをした女性が広間に入って来る。
「お待ちしておりました。ベルタさん、ですよね?」
「はい。遅れました」
「連絡は受けておりましたので大丈夫ですよ。では、説明を始めさせていただきます」
ウィプスから部隊についてのレクチャーを受け、何かあったとき用の連絡手段として“エレパッド”と呼ばれる光のスフィアで動く機器が渡された。
「最後に、通信機をお渡ししておきます。皆さんの間での連絡に使って下さい」
五つの小型通信機が納まった箱を受け取り、ウィプスのレクチャーが終了した。
「では、これで失礼します。二日後に、塔でお会いしましょう」
ミラージュ・タワーに戻っていくウィプスを見送る。
姿が見えなくと、レベッカは後から合流したベルタに話しかける。
「ベルタ……よね? ワタシはレベッカよ。これから──」
「悪いが共に過ごす気は無い。私は一人で行動させてもらう。」
氷のように冷たく言い放つと、ベルタは宿舎から離れて何処へと行ってしまった。急な出来事に思考が停止する。
「一人で行動するって……帰ってこないつもりなのか……?」
口を開いたブレイドの言葉に、レベッカの胸がズキンと痛む。ギュッと強く胸元を握りしめるレベッカに気づき、アランが声をかける。
「……なあ、いつまでも外にいたら体も冷えるし、中に入らないか? 日が暮れる前に荷物ほどいた方がいいだろ」
「それもそうだな」
「ええ……」
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
「おお〜、思ったより広いな」
宿舎に戻り、階段を上がって二階へ。
彼ら五人が暮らす宿舎の二階は、男子と女子に分かれた寝室。二部屋の片方の扉を開けたアランはそう漏らすも、ブレイドは露骨に嫌そうな顔をしている。
「……なんだよ、その顔は。」
「個室じゃないのかと思って」
「オレと一緒なのは不服なのかよ」
「お前じゃなくても嫌だな。てか、お前の荷物ありすぎだろ」
「オマエじゃなくてアランな。そっちは荷物少な過ぎるだろ」
予め荷物は本部に郵送しており、ここまで配送してもらっていた。
アランのダンボールが十箱ほどある中、ブレイドのダンボールはたったの一箱だった。
「荷物なんて服とかがあれば十分だろ。お前の大量の荷物は何なんだ?」
「アランだって言ってるのに……。モンスターや剣術についての本だよ。これでも絞った方だ」
マジかよと自分とは真逆とも言える性格のアランに、ブレイドは苦労しそうだと頭を抱える。
「学校で習う知識だけじゃ足りなかったからな」
「学校? 通ってたのか。」
「ああ。“光明の地”にある士官学校にな。知らないか?」
知らないと首を横に振る。「有名なんだけどな……」と目を丸くするアランに、だから真面目なのかと思う。
「ブレイドは森林の地出身だよな。今まで何をしていたんだ?」
「……別に。これといったことはしてねぇよ」
声のトーンが落ちる。聞いてはいけないことだと、アランは言葉を飲み込んだ。
「なあ、普通部隊ってこんな感じなのか?」
先程のベルタの様子からそう思ったのだろう。ブレイドの問いかけに、アランはうーんと悩む。
「オレの師匠がいる部隊はこんな感じでは無かったみたいだが……。どうしたらいいんだろうな……」
「どうにもできねぇだろ。逆に煽るだけだ」
割り切っている様子のブレイドに冷たい印象を抱く。
「そうだな……。って、オイ。」
「何だよ」
「服をそのまましまうな。シワになるだろ」
ダンボールに詰めた服を丸まったまま棚に入れようとするブレイドに待ったをかける。
「シワなんて着たら一緒だろ」
「見栄えが悪くなるだろうが」
「男なんだから気にしなくていいだろ」
「礼儀だろ」
何処となくミリアムを彷彿とさせる。
アランの言葉を無視すると、服を棚から引っ張り出され、綺麗に畳まれた。
「これぐらいも出来ないのかよ」
呆れたように言われ、うるさいと返す。
「そういえばさっき、あと一人の名前聞きそびれたな」
「ああ。あと一人は──
“ヴァニラ”って言うらしいな。」
「えっ……」
驚愕するブレイドに「知り合いなのか?」と訊ねる。
ブレイドは少しの間目を泳がせると、服越しにペンダントを握りしめ。
「妹だ……」
苦悶に満ちた表情で答えたのだった。
エレメンタル大陸、森林の地。
日が登り始めた時刻。人里離れた一軒家から現れる人影。
この家で長年暮らして来たブレイドだったが、今日からはここにはあまり帰って来ない。なぜなら数日前に受けた新部隊採用試験で合格し、はじまりの地にある拠点で暮らすことになったからだ。
施錠し、家から数歩離れた場所で振り返る。
“あの日”からの出来事を思い返した後、ブレイドは一人森林の地から出発した。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
「ここが『ミラージュ・タワー』か……」
エレメンタル大陸、はじまりの地。
天高くそびえる塔にやって来たブレイドは、暫しの間外見を見つめると中に進んだ。
『ミラージュ・タワー』、別名“蜃気楼の塔”は大陸に存在する部隊全ての総司令塔となっており、個々の部隊や依頼の管理などのサポートを行なっている。
数多の冒険者達がごった返す広間を通り過ぎ、受付へと近づいた。
「ちょっといいか?」
「はいはーい! どんなご用件?」
「これなんだが。」
ブレイドは合格通知書を見せると、元気いっぱいの受付嬢は「新しく部隊に入る人だね! ようこそ! はじまりの地へ!」と歓迎した。
「君が入る部隊の人達は、向こうのほうで待機してもらっているからそっちに向かって。時間になったら色々説明するから!」
小さく頷き、受付嬢が示した人物達に向かう。
ブレイドはまともな人物でありますようにと思いながら、その人物達に近づく。見覚えのある姿に、思わず声を漏らしてしまう。
「……?」
その人物は、最終試験でブレイドの前に並んでいた男だった。男が不思議に思っていると、隣に並ぶ女性がもしかしてとブレイドに話しかけた。
「アナタも新しく部隊に入る人なの?」
「あ、ああ……」
「ワタシはレベッカ。ヨロシク」
赤いコスチュームを着こなす女性はレベッカ。差し出された手を掴むとこちらこそと返す。
「オレはアランだ。オマエは?」
「ブレイドだ。」
アランとも硬い握手を交わし、挨拶を済ませる。
他にはいないのかと辺りを見渡す。
「まだ来ていないみたいだな。……そろそろ時間なんだが……」
「そういえば、この部隊はあと何人いるんだ?」
「二人だ。男はオレとブレイドだけで、女性はレベッカとベルタと──」
「すみませんっ、お待たせしましたっ」
はぁはぁと息を弾ませながら三人の元にやって来た女性。受付で言われた「色々説明してくれる」人なのだろうと察した。
「係の人……ですか?」
「そうですっ。ウィプスと申します。本日は私の方から、色々と説明させていただきますので宜しくお願いします」
長い耳をぴょこぴょこ動かしながら頭を下げるウィプスに、お願いします……! とレベッカも少し緊張しながら頭を下げた。
「では、場所を移動しますのでついて来て下さい」
先頭を歩くウィプスについて行き、ミラージュ・タワーから少し離れた人気がない場所に移動する。綺麗とは言い難いその地に建てられた古びた建物。その中へと入って行き、辛うじて生きている照明を灯した。
「ここが、今日から皆さんが暮らす宿舎となります」
こんなボロい建物で暮らすのかと言いそうになったが、何とか飲み込む。
「住みやすいようにしていただいて構いません。壊した場合は自己負担となりますけど……。あっ」
鈍い音を立て、自分達が通って来た扉が開く。
鋭い目付きをした女性が広間に入って来る。
「お待ちしておりました。ベルタさん、ですよね?」
「はい。遅れました」
「連絡は受けておりましたので大丈夫ですよ。では、説明を始めさせていただきます」
ウィプスから部隊についてのレクチャーを受け、何かあったとき用の連絡手段として“エレパッド”と呼ばれる光のスフィアで動く機器が渡された。
「最後に、通信機をお渡ししておきます。皆さんの間での連絡に使って下さい」
五つの小型通信機が納まった箱を受け取り、ウィプスのレクチャーが終了した。
「では、これで失礼します。二日後に、塔でお会いしましょう」
ミラージュ・タワーに戻っていくウィプスを見送る。
姿が見えなくと、レベッカは後から合流したベルタに話しかける。
「ベルタ……よね? ワタシはレベッカよ。これから──」
「悪いが共に過ごす気は無い。私は一人で行動させてもらう。」
氷のように冷たく言い放つと、ベルタは宿舎から離れて何処へと行ってしまった。急な出来事に思考が停止する。
「一人で行動するって……帰ってこないつもりなのか……?」
口を開いたブレイドの言葉に、レベッカの胸がズキンと痛む。ギュッと強く胸元を握りしめるレベッカに気づき、アランが声をかける。
「……なあ、いつまでも外にいたら体も冷えるし、中に入らないか? 日が暮れる前に荷物ほどいた方がいいだろ」
「それもそうだな」
「ええ……」
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
「おお〜、思ったより広いな」
宿舎に戻り、階段を上がって二階へ。
彼ら五人が暮らす宿舎の二階は、男子と女子に分かれた寝室。二部屋の片方の扉を開けたアランはそう漏らすも、ブレイドは露骨に嫌そうな顔をしている。
「……なんだよ、その顔は。」
「個室じゃないのかと思って」
「オレと一緒なのは不服なのかよ」
「お前じゃなくても嫌だな。てか、お前の荷物ありすぎだろ」
「オマエじゃなくてアランな。そっちは荷物少な過ぎるだろ」
予め荷物は本部に郵送しており、ここまで配送してもらっていた。
アランのダンボールが十箱ほどある中、ブレイドのダンボールはたったの一箱だった。
「荷物なんて服とかがあれば十分だろ。お前の大量の荷物は何なんだ?」
「アランだって言ってるのに……。モンスターや剣術についての本だよ。これでも絞った方だ」
マジかよと自分とは真逆とも言える性格のアランに、ブレイドは苦労しそうだと頭を抱える。
「学校で習う知識だけじゃ足りなかったからな」
「学校? 通ってたのか。」
「ああ。“光明の地”にある士官学校にな。知らないか?」
知らないと首を横に振る。「有名なんだけどな……」と目を丸くするアランに、だから真面目なのかと思う。
「ブレイドは森林の地出身だよな。今まで何をしていたんだ?」
「……別に。これといったことはしてねぇよ」
声のトーンが落ちる。聞いてはいけないことだと、アランは言葉を飲み込んだ。
「なあ、普通部隊ってこんな感じなのか?」
先程のベルタの様子からそう思ったのだろう。ブレイドの問いかけに、アランはうーんと悩む。
「オレの師匠がいる部隊はこんな感じでは無かったみたいだが……。どうしたらいいんだろうな……」
「どうにもできねぇだろ。逆に煽るだけだ」
割り切っている様子のブレイドに冷たい印象を抱く。
「そうだな……。って、オイ。」
「何だよ」
「服をそのまましまうな。シワになるだろ」
ダンボールに詰めた服を丸まったまま棚に入れようとするブレイドに待ったをかける。
「シワなんて着たら一緒だろ」
「見栄えが悪くなるだろうが」
「男なんだから気にしなくていいだろ」
「礼儀だろ」
何処となくミリアムを彷彿とさせる。
アランの言葉を無視すると、服を棚から引っ張り出され、綺麗に畳まれた。
「これぐらいも出来ないのかよ」
呆れたように言われ、うるさいと返す。
「そういえばさっき、あと一人の名前聞きそびれたな」
「ああ。あと一人は──
“ヴァニラ”って言うらしいな。」
「えっ……」
驚愕するブレイドに「知り合いなのか?」と訊ねる。
ブレイドは少しの間目を泳がせると、服越しにペンダントを握りしめ。
「妹だ……」
苦悶に満ちた表情で答えたのだった。