Five Elemental Story
19話 白獅子王と消えゆく光
──はじまりの地、???。
ここは亜空間と呼ばれる場所。陽の光、月の光の祝福を一切受けず、偽りの紅月が黒空に浮かぶ。
彼らが住む世界とは逆に、“地下世界”とも呼ばれるこの地。ここには、かつて大罪を犯した悪魔達が根城とする妖魔城が存在している。
城の一室に設けられた会議室にて。
U字型の白いテーブルに、等間隔で配置された七つの椅子。暗闇の中、テーブルにパッと光が当てられ、辺りがぼんやりと明るくなる。
「Zzz……」
七つの大罪、“怠惰”を司るベルフェゴール。
「……」
七つの大罪、“傲慢”を司るルシファー。
「……」
七つの大罪、“嫉妬”を司るレヴィアタン。
時を経て、復活した七つの大罪を司る悪魔達。
彼らの目的は今も昔もただ一つ……『地上世界を支配すること』。
その為に脅威となりえる五戦神に戦いを挑むも失敗。レヴィアタンは仕方なさそうに溜め息を洩らして立ち上がる。
……と、同時に椅子から立つもう一人。
「何? 急にどうしたのよ」
「……」
ベルフェゴールは眠そうに欠伸を洩らすと、レヴィアタンの問いかけに答えることなく部屋を後にした。
「……何よあいつ……」
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
「アランッ!!」
肩を掴み、激しく揺さぶるも起きる気配すら感じられない。アランの体から溢れる光粒の量も、僅かにだが増えているような気もして余計に不安を煽る。
「どうした!?」
ブレイドの叫びが聞こえたのか、一階に居た三人が部屋に足音を響かせながら入って来た。
「えっ……!?」
レベッカは口元を抑えて一歩後ろへ。ベルタとヴァニラは声こそ出さなかったが、困惑していた。
「な……何があった……」
ようやくブレイドは思考を正しく巡らせると、ある事を思い出す。
「そういえば……アランは確か、スピリットだったような」
「そうなのか!?」
「ああ。本人から直接聞いたことは無かったが……本当なら、スピリット特有の何かなのかもしれない」
それは『英知の書庫』での激闘。パラサイダーが最後に叫んだ言葉を、ブレイドは耳にしていたのだ。
そうかもしれないなと頷いたベルタだったが、どうしたらいいか上手く考えがまとまらず、時間だけが過ぎていく。
ブレイドはアランの本棚に飛び付き資料を探し始めた。次の瞬間──。
ドンッ!
『ッ!?』
窓を力強く叩く音に肩が跳ねる。外に目を向けると、黄色のローブを身に纏う自分が浮遊していた。
「白獅子王ッ……!」
時は、数分前に遡る……。
──はじまりの地、ミラージュ・タワー上層階。
五人のモルス達が活動している階。各々に振り分けられている執務室とはまた別、共同で使用する執務室で、一同は帰って来た“緑狼王”──ハルドラ・モルスを迎えた。
「たっだいま〜! 遅くなってゴメンね〜」
「全くじゃ。そなた、寄り道をしていたわけではあるまいな?」
「してないよ〜! マモンと出くわしちゃって」
「強欲のマモンとかぁ? それにしては随分と遅かったじゃねーか?」
「ボクのせいじゃないもんね〜。ブレイドがマモンと戦いを楽しんじゃったから……」
その話もっと聞かせろよ? と“赤炎王”──アンガ・モルスにせがまれ、ハルドラはもちろんと“蒼氷王”──ミラクロア・モルスも交えて得意げに話し始める。
『やれやれ。これでは話が進まないな』
「……」
“黒魔王”──ジェダル・モルスは腕を組み口を閉ざし。“白獅子王”も頭を横に数回振る。
『しかし、我以外の全員が彼らに正体を明かしたとは……凄い偶然だな』
「まだハルドラは分からないだろう」
『いや、あの様子ではバラしてるだろうな。それより、我は汝が自ら誓約を破ったことに驚いたが』
「……」
ジェダルはバツが悪そうに目を閉じ、白獅子王は揶揄うようにクスクス。
『やはり感謝せねばな』
「……貴様はどうなんだ」
『どう、とは?』
「惚けるな。……“アラン”の事だ」
今度は白獅子王の方がバツが悪そうに口を閉ざす。ジェダルは嘲笑う事なく双眸を細めて。
「彼の者が幼児の時に助けたのだろう」
『はて。何の話だ?』
「知らないとは言わせないからな。貴様の部屋に、彼の者の記録を収集している箱があるのは知っている」
『プライバシーの侵害だぞ!?』
「我ではなくエステラに言え。……そういえば、『まるでアイドルの追っかけのようだ』と言われたがどんな意味だ?」
『我も知らぬ。エステラめぇぇぇ……』
ぐぬぬと唸る白獅子王。またはぐらかされる前に追及しようと口を開いた直後。ジェダルの懐から鳴り響く着信音。
『誰からだ?』
「……貴様には言わん」
ジェダルは白獅子王から離れた場所でピッと応答し耳元に当てる。──直後、鼓膜が割れんばかりの叫び声に光の速さで耳元から離した。
「……ヴァニラ?」
怪訝そうに名を呼ぶと、エレフォンの向こうからはいと返事が。
「煩い……。用は何だ」
『アランが消えかかってます』
思いもよらぬ言葉に、まるで石のように固まる。
『どうしてかわかりますか』
「どうしたの〜? ブレイドの声が聞こえたけど〜?」
「レベッカの声も聞こえたな」
「ベルタもじゃ」
『騒がしいがどうしたのだ?』
ジェダルのエレフォンから漏れまくっている声にわらわらと集まって来た。モルス達の声が聞こえたのか、ヴァニラはもう一度繰り返して。
『アランが消えかかっています。原因がなにかわかりますか』
え、と騒然とする一同。次の瞬間、白獅子王は窓から飛び出した。
「あっオイ! せめて話聞いてからにしろよ!?」
「もう聞こえてないよ」
「貴様もスピリットだっただろう。何か知らないのか」
「なんの前触れもなく消えることはないはずじゃが……うむむ……なにか引っかかるのう……」
と、向こう側から窓にタックルする音が聞こえ、白獅子王を呼ぶ声がした。
そして現在──。
ベッドに寝かせたアランを囲む一同。
『恐らくだが、彼は「モータル病」にかかっている』
白獅子王は、アランの本棚から取り出した『世にも珍しい医学』のページを開きながら説明する。
『この病は別名“思念病”とも呼ばれてて、スピリットにしかかからない。時間が経つにつれ体が透けていき、最後には消滅してしまう。この本に書かれている事例と、今のアランは一致している』
続いて、同じくアランの本棚から取り出した『世にも珍しい植物図鑑』のページを開きながら、ブレイドが付け加える。
「こっちに、『モータル病』を完治する『イモータルの花』について書かれてた。この花は森林の地に生息しているモンスター“モータル”を倒すことで手に入るらしい」
話を聞いていたモルス達が、エレフォンを通じて参加。
『モータルと言えば超高難易度クエストレベルの相手じゃぞ』
『数で叩けば大丈夫だよ! ボクも行く〜!』
『オレもい』
『いや……アンガは来ないで』
『ハァ!?』
『だってぜっっったいキミ、森ごと焼くもん! 出禁だよ出禁! ジェダル一緒に行こ!』
『……分かった』
森林の地と聞き、不利属性だろうと思ったベルタは。
「私は『英知の書庫』でモータル病について調べてくる」
「リベリアさんにも協力してもらえるよう頼んでみてね」
「ああ。……どうか気をつけて」
『近くまで転送してやろう』
「お願いします」
白獅子王の転送陣でその場から姿を消すベルタ。
『……わらわも書庫に向かうかのう』
『オレもい』
『おぬしは来なくてよい。燃やされたりしたら無駄になってしまうじゃろ』
『燃やさねーよ!?』
『それに、全員がここを離れてしまったらどうするのじゃ。そなたはここに残れ』
『それも……そうだな……』
ミラクロアも書庫へ向かい、準備が出来たハルドラが白獅子王に声をかける。
『じゃあ先に行ってるよ! みんなを転送してね!』
『貴様もそこに残れ。冷静に判断を下せるだろう。貴様なら』
その言葉を最後に通話は切れ、白獅子王は掌を前に突き出し意識を集中。
『では転送するぞ。各々、命を捨てるような真似はしないように。……無事を祈る』
「アランのこと、宜しく頼みます」
『任された』
パチンッと指を鳴らし、術を発動。白獅子王とアラン以外の三人の姿が部屋から消えた。
『……』
静まり返った部屋に一人残された白獅子王は、ベッドで眠るアランの傍へ。そっと頬に手を伸ばし、消えそうな声でアラン、と小さく呼んだ。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
──光明の地。
はぁはぁと息を切らしながら、古びた機械が転がる地を必死に走り抜ける小さな人影。
「ッうあ!」
足元にあった機械に気づかず足を取られる。ズシャッと投げ出され、すぐに立ち上がろうとするも上から強い力で押し付けられ身動きが取れない。
抜け出そうともがくが、グッと更に強くなる力。そうこうしているうちに、追いついた他のモンスターに行手を阻まれる。
助けて……。
死を予感したその時。フッと軽くなる体。辺りを見渡せば、モンスターは地に倒れていて。
「少年よ。怪我はないか?」
上から聞こえて来た声。浮遊していたその人はふわりと少年の前に降り立つ。
「もう大丈夫だ。安心するといい」
女性は少年と目線を合わせるように膝をつくと、にこりと微笑んだ。その笑みに、少年は良かったと涙を浮かべたが、すぐに拭って。
「あ、ありがとうございます……」
「うむ。ちゃんとお礼を言えるとはえらいぞ。汝、名を何と申す?」
「アラン……」
女性は名を繰り返しながら、幼子アランの頭を撫でる。アランは慣れていないのか恥ずかしそうに俯いた。
「すまぬ。つい撫でたくなってな」
「だ、大丈夫です」
「してアランよ。ここに何用だ?」
この付近は子供が遊び場として使う場所でもなく、モンスターに襲われる危険すらある。
アランはその……、とモジモジすると。
「迷ってしまって……」
所謂迷子だと答えた。
「なるほどな。一人か?」
「じいじと一緒に……」
「その“じいじ”とやらも、汝を探しているはずだな。我が力を貸そう」
手を、と差し出された手に、アランはおずおずと自分の手を重ねた。
「この辺りは危ないからな。我の傍に」
コクンと頷いた少年に、満足げに笑みを浮かべた。
「あの……」
「うむ?」
歩き始めて数分。アランは来た道を振り返り、疑問に思ったことを聞いてみた。
「あの先に建物? が見えたのですが、なんと言う場所なのですか?」
子供ながらの疑問。女性は少し考えて。
「あの先には古い遺跡があるのだ。昔々の神を祀った神殿跡がな」
「神さまの……」
「そうだ。もう何千と前の話になるが……」
下から見上げた女性の顔は、どこか寂しげだった。
「すまないな。つまらないだろうに……ん? 立ち止まってどうしたのだ?」
アランはするりと女性から自分の手を抜くと、ポケットに手を突っ込んでゴソゴソ。急にどうしたのかと見つめていた女性に向けて突き出されたのは……一輪の小さな花。
「あっ、茎が折れちゃってる……」
モンスターに襲われた際に潰れてしまったのだろう。しなしなになってしまった花にアランは慌てふためいて。どうやら、自分を元気づけるためにあげるつもりだったのだと気付くと、女性は再びアランと目線を合わせるよう屈み、その手から花を。
「……ありがとう」
心からのお礼を伝える。こんなに嬉しい気持ちに包まれたのは久しぶりだ。アランははにかみながらも頷いた。
「しかし、我で良かったのか? これは“じいじ”とやらに渡すものでは……」
「じいじにはまた別の贈りものを考えます。お花をいっぱい摘んだらかわいそうだから」
「うむ。大事にするぞ」
──直後。女性の目付きが鋭いものへと変わる。耳をすませば、凶悪な唸り声が聞こえてきた。
「心配するな、アラン。我に任せておけ」
そう女性はにやりと口角を上げ、掌をモンスター共に翳す。すると、掌を中心に浮かび上がる魔法陣。より一層光が強まると、雷のような光線が放たれ、次々とモンスターの体を貫いていく。
「……!」
その姿は見惚れるほど美しく。どんな物語よりもワクワクした。
「もう大丈夫だ。安心して良いぞ」
女性は自身の影に隠れていたアランに声をかける。アランは女性から離れると、ありがとうございますと頭を下げて。
「あっあのっ! 今の魔法すっごくカッコよかったです!」
「……怖くなかったのか?」
問いかけにアランは瞳をキラキラとさせながら首を横に振って。
「怖い気持ちよりもワクワクしました! あのっ、オレもアナタのように、強くて、カッコよくて、優しい人になりたいです!」
どこまでも真っ直ぐな瞳。
幾ら頑張っても、手を貸しても、返ってきたのは邪な感謝だけで。ここまで純粋な気持ちを向けられたことはなかった。
……アラン。汝ならきっと出来る。
「ふふっ。頼もしい限りだ。少年よ」
女性は掌から小さな光を生み出すと、光はゆっくりとアランの目の前へ。
「なら、我から汝に加護を授けよう。汝の行く末を切り拓く、光とならんことを。
──我、アルタリアの名において。」
光はその形を変えていき……やがて、少し大きめの髪飾りとなった。
「……ありがとうございます! アルタリア様!」
あれから、数年の月日が経った。
いつからだろう。自分が彼の成長を影から見守るようになったのは。
アランはみるみるうちに成長し、強くなっていった。たとえ誰かに嫌われようと、文句を言われようと、ただひたむきに強くなって。強さを求めるだけではいけないと挫折しても、考えて、立ち上がって、また更に腕を磨いていった。
それは部隊に入隊しても変わらなかった。友と呼べる人達と切磋琢磨し合い、もっと上へ上へ。いつしか、自分の元に追いつきそうな気もした。
久しぶりにアランの顔を見たとき、思わず自分だと言いたくなってしまった。ルシオラにも止められ、平常心だと言い聞かせて。
だから、次に会えたときには言おうと思っていた。どんな反応をしてくれるか楽しみだった。それなのに……。
どうして。消えそうになっているのか。
「アラン……」
“白獅子王”──アルタリア・モルスはフードを外し、そっと名を呼んだ。懐かしむように。
ズドォン……!
「!?」
轟音、そして地鳴り。
地鳴りが収まる前に、アルタリアは窓から外の様子を覗き込む。視界に捉えたのは黒煙。アランを一瞥し、アルタリアは部屋を飛び出した。
……。
……なつかしい……こえが……。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
「ふあああ……」
欠伸を洩らし、眠たそうに目を擦る。
もくもくと上がる黒煙の中心に居たベルフェゴールの姿を見たアルタリアは、不意打ちを仕掛けるも呆気なく躱される。
「くっ……ベルフェゴール! ここへ何をしに来た!」
黒煙が風に流され、ハッキリとベルフェゴールの姿が見える。ベルフェゴールはかくんと首を傾げて。
「光の気配がしたから……飛んできた……」
フッと体から力を抜き宙に浮かぶベルフェゴールを、真っ黒なオーラが渦巻き……真の力が呼び起こされる。
『ちょうどいい。決着をつけさせてもらうぞ』
愛らしい少女の姿から一変。不気味な悪魔の姿と変貌したベルフェゴールに、アルタリアはタイミングの悪さに歯を食いしばる。
『ゆくぞ』
「っ……」
両手を前に突き出し意識を集中。宿舎ごと覆う結界を張り、ベルフェゴールの攻撃を受け止めた。
『なんの真似だ』
「見れば分かるであろう」
『戦う気はないと』
「……」
返事代わりに結界を挟んで睨み付ける。その眼差しを肯定と受け取ったベルフェゴールは、溢れる魔力を制御することなく解放。今一度アルタリアを見据えて。
『ならば、共に地獄へと誘ってやろう。己の無力に絶望しながら、死ね』
「我が意志を、貴様に打ち破ることはできまい!」
『試させてもらう』
それは、誰かの祈りによって生まれた“奇跡”だったのかもしれない──……。
誰一人としていない部屋で、一人消えてゆくアラン。意識が戻らないはずの彼が目を覚ましたのは、アルタリアとベルフェゴールの戦いがより一層激しくなった頃。
「……」
オレ……どうして寝て……。
自身の身に何が起きたか全く理解しないまま、チカチカと点滅する光の正体を確かめるべく窓へ。そこで見たものは──。
「アルタリア様!」
かつて、己の窮地を救い、今でも憧れ続ける存在。
彼女が、悪魔らしき敵と戦っている。
迷わずアランは部屋を飛び出した。彼女に会える、その一心で。己の身を脅かす病に、気付かないまま。
──ガァンッ!
「ぐっ……」
結界に撃ち込まれる一撃。鉛のように重く、力強い。ぶつかるたびに、口から苦しげな声が洩れる。
『なかなかしぶといな。これならどうだ。【ファイブスターストライク】』
魔力によって強化された闇のエレメントが直撃する。
これまでの攻撃により、崩れつつあった結界に入るヒビ。ヒビは瞬く間に広がっていき、結界は粉々に砕け散った。アルタリアは、衝撃で体制を大きく崩し、その隙を突いてベルフェゴールは接近。
『消え──』
ベルフェゴールは最後まで言えなかった。
自身とアルタリアの間に、一人の“消えかけた”青年が剣を携えて入ってきたからだ。
「光よ! 穿て! ──【閃光剣・双】!」
『があっ!』
エレメントの力を受け、光を放つ剣。咄嗟に後方へ回避を試みたが、一閃が体を斬り裂く。あいにく、致命傷には至らなかったようだ。
『……フン。今回はこの程度にしておこう』ふああ……」
ベルフェゴールは元の少女の姿へ。そのまま何処かへと飛び去っていった。
「……!?」
「アラン!」
ガクンッとバランスを崩し、地に倒れる体。何だと脚を見れば、そこにあるはずのものはなく。アランは初めて、自分の身に起きていることを理解した。
「馬鹿者ッ!」
アルタリアは背中から体を支え、急速に早まりつつある消滅を抑えようと、エレメントを分け与える。
「……」
「もう少し、あと少しだけ持ち堪えろ!」
もう体の感覚があまりない。
「アルタリア様……」
「気をしっかり持て! アラン!」
「オレ……」
瞳が重くなっていく。
「ダメだっ……死ぬな……!」
「泣か……ないで……アルタリア……さま……」
フッと閉じられる光。
「アランッ!!」
──真っ白な世界。
そこは、そう表記するに相応しい場所だった。
辺りには何もない。自分一人。
すると、いつの間にか目の前に少女が立っていた。
少女の顔は見えない。だが、微笑んでいるのだけは分かる。
アランは声をかける。足を前に踏み出す。
しかし、どちらも出来なかった。
少女は、微笑みながら口を動かした。
“決して負けないで”。
“この連鎖を、どうか終わらせて”。
“キミなら、絶対できる”。
少女の姿は、光となって消えてしまった。
アランの視界も、眩い光に包まれた。
真っ白な世界が、色付いていく。
大切な人と生きる“世界”に──……。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
目を開けたとき。オレは部屋に戻ってきていた。
「……アラン?」
目を開いたまま動かないアランに、恐る恐るブレイドが名を呼ぶ。他にも、ベルタやレベッカ、ヴァニラやアルタリアが不安げに見守る中。
「……聞こえてる」
アランは小さく微笑んで。
「ありがとう」
──次の瞬間。わあっと湧き上がる歓声。
「よかったっ……よかったよアランっ……」
「ゴメンなレベッカ。ベルタも泣かないでくれ」
「泣いてなんて……いたかもしれないが……」
「いって! ヴァニラなにするんだ!」
「夢かと思って……アランの頬つねった」
「自分の頬でやるものだぞ!」
「痛かったなら夢じゃねぇな。……無事で良かった」
先程まで消えかけてたと言うのに、大声で叫び、笑い合う。
『とりあえず一件落着ってところかな!』
『面倒がかかる……』
『いいじゃねーかよ? オレも活躍できたしよ?』
『薬の調合だけじゃがな。さて、わらわ達はこれで通信を切るぞ。アルタリア、後はおぬしに任せたのじゃ』
「ああ。……ありがとう」
プツンと切れる通信。顔を上げれば、アランと目があった。
「モルスの皆様にお礼言いそびれた……」
「それで怒るような奴らでもないだろ」
「言い方に気をつけろ」
「おぉ怖い怖い」
「ブレイドの怖いって逆に怖いわよね……」
「どういう意味?」
「それは後にしろ。……アラン、私達は部屋を出る。何かあれば言ってくれ」
ベルタの一言で事情を察し、四人は一気に退室。アランは、残されたアルタリアと向き合う。
「……馬鹿者。自分の異常に気づけない冒険者がいるものか」
「……すみません」
「皆が助けようとしていたのに、自ら命を捨てるような真似を……」
「……ごめんなさい」
キュッとシーツを強く握りしめる。本当にその通りだなと俯くアランを、アルタリアは力強く抱きしめた。
「間に合って……助かって……本当に良かった……」
「アルタリア様……」
「死なないでくれて……ありがとう……」
肩を濡らす温かいもの。
「……オレの方こそ……ありがとうございます……」
長い長い夜が明ける。
朝焼けに光る涙は、何よりも美しく感じた。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
──はじまりの地、???。
「何。戻ってきたの?」
「……」
妖魔城内に設けられた会議室。
待機していたレヴィアタンとルシファーに目もくれず、ベルフェゴールは一つの椅子に座り机に伏せた。
「ねぇ、聞いてるの?」
苛立つレヴィアタンを煩いと感じたのか、ベルフェゴールは半分夢の中に入りながら。
「もう一人が消えそうだったから……帰ってきた……」
「は? もう一人?」
「白獅子王と一緒に居た……茶髪の……Zzz……」
寝てしまっては起こそうにも起きない。
レヴィアタンは諦めたように息を吐くと、人差し指を立て、生み出した水を虚無に向けてかける。水はうねうねと動きながら一箇所に集まり、地上を映す水鏡となった。
白獅子王の反応を探り、見つけたのは五人の男女。うち一人に、茶髪の少年が居た。
「消えてないじゃない……」
だが、様子を見る限り助かったことは明白。
他の悪魔達が敗れたのは、こいつらが力を貸していたからか。
水鏡を消し、レヴィアタンは椅子から立つ。
「フォルネウス」
「ここに」
「メルビレイ」
「はっ」
二人の悪魔が姿を現し、その場に跪く。
「仕事よ。付いてきなさい」
会議室の出口に向かうレヴィアタンの後を、並んで追う。
「……そうそう」
扉を跨ぐ直前、思い出したように口を開く。
「あんたは好きにしなさいよ、ルシファー。“お人形さん”に出来るならだけど」
くすくすと笑いながら会議室を後にする。
「……」
ルシファーはゆっくりと自身の手を見下ろした。
──はじまりの地、???。
ここは亜空間と呼ばれる場所。陽の光、月の光の祝福を一切受けず、偽りの紅月が黒空に浮かぶ。
彼らが住む世界とは逆に、“地下世界”とも呼ばれるこの地。ここには、かつて大罪を犯した悪魔達が根城とする妖魔城が存在している。
城の一室に設けられた会議室にて。
U字型の白いテーブルに、等間隔で配置された七つの椅子。暗闇の中、テーブルにパッと光が当てられ、辺りがぼんやりと明るくなる。
「Zzz……」
七つの大罪、“怠惰”を司るベルフェゴール。
「……」
七つの大罪、“傲慢”を司るルシファー。
「……」
七つの大罪、“嫉妬”を司るレヴィアタン。
時を経て、復活した七つの大罪を司る悪魔達。
彼らの目的は今も昔もただ一つ……『地上世界を支配すること』。
その為に脅威となりえる五戦神に戦いを挑むも失敗。レヴィアタンは仕方なさそうに溜め息を洩らして立ち上がる。
……と、同時に椅子から立つもう一人。
「何? 急にどうしたのよ」
「……」
ベルフェゴールは眠そうに欠伸を洩らすと、レヴィアタンの問いかけに答えることなく部屋を後にした。
「……何よあいつ……」
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
「アランッ!!」
肩を掴み、激しく揺さぶるも起きる気配すら感じられない。アランの体から溢れる光粒の量も、僅かにだが増えているような気もして余計に不安を煽る。
「どうした!?」
ブレイドの叫びが聞こえたのか、一階に居た三人が部屋に足音を響かせながら入って来た。
「えっ……!?」
レベッカは口元を抑えて一歩後ろへ。ベルタとヴァニラは声こそ出さなかったが、困惑していた。
「な……何があった……」
ようやくブレイドは思考を正しく巡らせると、ある事を思い出す。
「そういえば……アランは確か、スピリットだったような」
「そうなのか!?」
「ああ。本人から直接聞いたことは無かったが……本当なら、スピリット特有の何かなのかもしれない」
それは『英知の書庫』での激闘。パラサイダーが最後に叫んだ言葉を、ブレイドは耳にしていたのだ。
そうかもしれないなと頷いたベルタだったが、どうしたらいいか上手く考えがまとまらず、時間だけが過ぎていく。
ブレイドはアランの本棚に飛び付き資料を探し始めた。次の瞬間──。
ドンッ!
『ッ!?』
窓を力強く叩く音に肩が跳ねる。外に目を向けると、黄色のローブを身に纏う自分が浮遊していた。
「白獅子王ッ……!」
時は、数分前に遡る……。
──はじまりの地、ミラージュ・タワー上層階。
五人のモルス達が活動している階。各々に振り分けられている執務室とはまた別、共同で使用する執務室で、一同は帰って来た“緑狼王”──ハルドラ・モルスを迎えた。
「たっだいま〜! 遅くなってゴメンね〜」
「全くじゃ。そなた、寄り道をしていたわけではあるまいな?」
「してないよ〜! マモンと出くわしちゃって」
「強欲のマモンとかぁ? それにしては随分と遅かったじゃねーか?」
「ボクのせいじゃないもんね〜。ブレイドがマモンと戦いを楽しんじゃったから……」
その話もっと聞かせろよ? と“赤炎王”──アンガ・モルスにせがまれ、ハルドラはもちろんと“蒼氷王”──ミラクロア・モルスも交えて得意げに話し始める。
『やれやれ。これでは話が進まないな』
「……」
“黒魔王”──ジェダル・モルスは腕を組み口を閉ざし。“白獅子王”も頭を横に数回振る。
『しかし、我以外の全員が彼らに正体を明かしたとは……凄い偶然だな』
「まだハルドラは分からないだろう」
『いや、あの様子ではバラしてるだろうな。それより、我は汝が自ら誓約を破ったことに驚いたが』
「……」
ジェダルはバツが悪そうに目を閉じ、白獅子王は揶揄うようにクスクス。
『やはり感謝せねばな』
「……貴様はどうなんだ」
『どう、とは?』
「惚けるな。……“アラン”の事だ」
今度は白獅子王の方がバツが悪そうに口を閉ざす。ジェダルは嘲笑う事なく双眸を細めて。
「彼の者が幼児の時に助けたのだろう」
『はて。何の話だ?』
「知らないとは言わせないからな。貴様の部屋に、彼の者の記録を収集している箱があるのは知っている」
『プライバシーの侵害だぞ!?』
「我ではなくエステラに言え。……そういえば、『まるでアイドルの追っかけのようだ』と言われたがどんな意味だ?」
『我も知らぬ。エステラめぇぇぇ……』
ぐぬぬと唸る白獅子王。またはぐらかされる前に追及しようと口を開いた直後。ジェダルの懐から鳴り響く着信音。
『誰からだ?』
「……貴様には言わん」
ジェダルは白獅子王から離れた場所でピッと応答し耳元に当てる。──直後、鼓膜が割れんばかりの叫び声に光の速さで耳元から離した。
「……ヴァニラ?」
怪訝そうに名を呼ぶと、エレフォンの向こうからはいと返事が。
「煩い……。用は何だ」
『アランが消えかかってます』
思いもよらぬ言葉に、まるで石のように固まる。
『どうしてかわかりますか』
「どうしたの〜? ブレイドの声が聞こえたけど〜?」
「レベッカの声も聞こえたな」
「ベルタもじゃ」
『騒がしいがどうしたのだ?』
ジェダルのエレフォンから漏れまくっている声にわらわらと集まって来た。モルス達の声が聞こえたのか、ヴァニラはもう一度繰り返して。
『アランが消えかかっています。原因がなにかわかりますか』
え、と騒然とする一同。次の瞬間、白獅子王は窓から飛び出した。
「あっオイ! せめて話聞いてからにしろよ!?」
「もう聞こえてないよ」
「貴様もスピリットだっただろう。何か知らないのか」
「なんの前触れもなく消えることはないはずじゃが……うむむ……なにか引っかかるのう……」
と、向こう側から窓にタックルする音が聞こえ、白獅子王を呼ぶ声がした。
そして現在──。
ベッドに寝かせたアランを囲む一同。
『恐らくだが、彼は「モータル病」にかかっている』
白獅子王は、アランの本棚から取り出した『世にも珍しい医学』のページを開きながら説明する。
『この病は別名“思念病”とも呼ばれてて、スピリットにしかかからない。時間が経つにつれ体が透けていき、最後には消滅してしまう。この本に書かれている事例と、今のアランは一致している』
続いて、同じくアランの本棚から取り出した『世にも珍しい植物図鑑』のページを開きながら、ブレイドが付け加える。
「こっちに、『モータル病』を完治する『イモータルの花』について書かれてた。この花は森林の地に生息しているモンスター“モータル”を倒すことで手に入るらしい」
話を聞いていたモルス達が、エレフォンを通じて参加。
『モータルと言えば超高難易度クエストレベルの相手じゃぞ』
『数で叩けば大丈夫だよ! ボクも行く〜!』
『オレもい』
『いや……アンガは来ないで』
『ハァ!?』
『だってぜっっったいキミ、森ごと焼くもん! 出禁だよ出禁! ジェダル一緒に行こ!』
『……分かった』
森林の地と聞き、不利属性だろうと思ったベルタは。
「私は『英知の書庫』でモータル病について調べてくる」
「リベリアさんにも協力してもらえるよう頼んでみてね」
「ああ。……どうか気をつけて」
『近くまで転送してやろう』
「お願いします」
白獅子王の転送陣でその場から姿を消すベルタ。
『……わらわも書庫に向かうかのう』
『オレもい』
『おぬしは来なくてよい。燃やされたりしたら無駄になってしまうじゃろ』
『燃やさねーよ!?』
『それに、全員がここを離れてしまったらどうするのじゃ。そなたはここに残れ』
『それも……そうだな……』
ミラクロアも書庫へ向かい、準備が出来たハルドラが白獅子王に声をかける。
『じゃあ先に行ってるよ! みんなを転送してね!』
『貴様もそこに残れ。冷静に判断を下せるだろう。貴様なら』
その言葉を最後に通話は切れ、白獅子王は掌を前に突き出し意識を集中。
『では転送するぞ。各々、命を捨てるような真似はしないように。……無事を祈る』
「アランのこと、宜しく頼みます」
『任された』
パチンッと指を鳴らし、術を発動。白獅子王とアラン以外の三人の姿が部屋から消えた。
『……』
静まり返った部屋に一人残された白獅子王は、ベッドで眠るアランの傍へ。そっと頬に手を伸ばし、消えそうな声でアラン、と小さく呼んだ。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
──光明の地。
はぁはぁと息を切らしながら、古びた機械が転がる地を必死に走り抜ける小さな人影。
「ッうあ!」
足元にあった機械に気づかず足を取られる。ズシャッと投げ出され、すぐに立ち上がろうとするも上から強い力で押し付けられ身動きが取れない。
抜け出そうともがくが、グッと更に強くなる力。そうこうしているうちに、追いついた他のモンスターに行手を阻まれる。
助けて……。
死を予感したその時。フッと軽くなる体。辺りを見渡せば、モンスターは地に倒れていて。
「少年よ。怪我はないか?」
上から聞こえて来た声。浮遊していたその人はふわりと少年の前に降り立つ。
「もう大丈夫だ。安心するといい」
女性は少年と目線を合わせるように膝をつくと、にこりと微笑んだ。その笑みに、少年は良かったと涙を浮かべたが、すぐに拭って。
「あ、ありがとうございます……」
「うむ。ちゃんとお礼を言えるとはえらいぞ。汝、名を何と申す?」
「アラン……」
女性は名を繰り返しながら、幼子アランの頭を撫でる。アランは慣れていないのか恥ずかしそうに俯いた。
「すまぬ。つい撫でたくなってな」
「だ、大丈夫です」
「してアランよ。ここに何用だ?」
この付近は子供が遊び場として使う場所でもなく、モンスターに襲われる危険すらある。
アランはその……、とモジモジすると。
「迷ってしまって……」
所謂迷子だと答えた。
「なるほどな。一人か?」
「じいじと一緒に……」
「その“じいじ”とやらも、汝を探しているはずだな。我が力を貸そう」
手を、と差し出された手に、アランはおずおずと自分の手を重ねた。
「この辺りは危ないからな。我の傍に」
コクンと頷いた少年に、満足げに笑みを浮かべた。
「あの……」
「うむ?」
歩き始めて数分。アランは来た道を振り返り、疑問に思ったことを聞いてみた。
「あの先に建物? が見えたのですが、なんと言う場所なのですか?」
子供ながらの疑問。女性は少し考えて。
「あの先には古い遺跡があるのだ。昔々の神を祀った神殿跡がな」
「神さまの……」
「そうだ。もう何千と前の話になるが……」
下から見上げた女性の顔は、どこか寂しげだった。
「すまないな。つまらないだろうに……ん? 立ち止まってどうしたのだ?」
アランはするりと女性から自分の手を抜くと、ポケットに手を突っ込んでゴソゴソ。急にどうしたのかと見つめていた女性に向けて突き出されたのは……一輪の小さな花。
「あっ、茎が折れちゃってる……」
モンスターに襲われた際に潰れてしまったのだろう。しなしなになってしまった花にアランは慌てふためいて。どうやら、自分を元気づけるためにあげるつもりだったのだと気付くと、女性は再びアランと目線を合わせるよう屈み、その手から花を。
「……ありがとう」
心からのお礼を伝える。こんなに嬉しい気持ちに包まれたのは久しぶりだ。アランははにかみながらも頷いた。
「しかし、我で良かったのか? これは“じいじ”とやらに渡すものでは……」
「じいじにはまた別の贈りものを考えます。お花をいっぱい摘んだらかわいそうだから」
「うむ。大事にするぞ」
──直後。女性の目付きが鋭いものへと変わる。耳をすませば、凶悪な唸り声が聞こえてきた。
「心配するな、アラン。我に任せておけ」
そう女性はにやりと口角を上げ、掌をモンスター共に翳す。すると、掌を中心に浮かび上がる魔法陣。より一層光が強まると、雷のような光線が放たれ、次々とモンスターの体を貫いていく。
「……!」
その姿は見惚れるほど美しく。どんな物語よりもワクワクした。
「もう大丈夫だ。安心して良いぞ」
女性は自身の影に隠れていたアランに声をかける。アランは女性から離れると、ありがとうございますと頭を下げて。
「あっあのっ! 今の魔法すっごくカッコよかったです!」
「……怖くなかったのか?」
問いかけにアランは瞳をキラキラとさせながら首を横に振って。
「怖い気持ちよりもワクワクしました! あのっ、オレもアナタのように、強くて、カッコよくて、優しい人になりたいです!」
どこまでも真っ直ぐな瞳。
幾ら頑張っても、手を貸しても、返ってきたのは邪な感謝だけで。ここまで純粋な気持ちを向けられたことはなかった。
……アラン。汝ならきっと出来る。
「ふふっ。頼もしい限りだ。少年よ」
女性は掌から小さな光を生み出すと、光はゆっくりとアランの目の前へ。
「なら、我から汝に加護を授けよう。汝の行く末を切り拓く、光とならんことを。
──我、アルタリアの名において。」
光はその形を変えていき……やがて、少し大きめの髪飾りとなった。
「……ありがとうございます! アルタリア様!」
あれから、数年の月日が経った。
いつからだろう。自分が彼の成長を影から見守るようになったのは。
アランはみるみるうちに成長し、強くなっていった。たとえ誰かに嫌われようと、文句を言われようと、ただひたむきに強くなって。強さを求めるだけではいけないと挫折しても、考えて、立ち上がって、また更に腕を磨いていった。
それは部隊に入隊しても変わらなかった。友と呼べる人達と切磋琢磨し合い、もっと上へ上へ。いつしか、自分の元に追いつきそうな気もした。
久しぶりにアランの顔を見たとき、思わず自分だと言いたくなってしまった。ルシオラにも止められ、平常心だと言い聞かせて。
だから、次に会えたときには言おうと思っていた。どんな反応をしてくれるか楽しみだった。それなのに……。
どうして。消えそうになっているのか。
「アラン……」
“白獅子王”──アルタリア・モルスはフードを外し、そっと名を呼んだ。懐かしむように。
ズドォン……!
「!?」
轟音、そして地鳴り。
地鳴りが収まる前に、アルタリアは窓から外の様子を覗き込む。視界に捉えたのは黒煙。アランを一瞥し、アルタリアは部屋を飛び出した。
……。
……なつかしい……こえが……。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
「ふあああ……」
欠伸を洩らし、眠たそうに目を擦る。
もくもくと上がる黒煙の中心に居たベルフェゴールの姿を見たアルタリアは、不意打ちを仕掛けるも呆気なく躱される。
「くっ……ベルフェゴール! ここへ何をしに来た!」
黒煙が風に流され、ハッキリとベルフェゴールの姿が見える。ベルフェゴールはかくんと首を傾げて。
「光の気配がしたから……飛んできた……」
フッと体から力を抜き宙に浮かぶベルフェゴールを、真っ黒なオーラが渦巻き……真の力が呼び起こされる。
『ちょうどいい。決着をつけさせてもらうぞ』
愛らしい少女の姿から一変。不気味な悪魔の姿と変貌したベルフェゴールに、アルタリアはタイミングの悪さに歯を食いしばる。
『ゆくぞ』
「っ……」
両手を前に突き出し意識を集中。宿舎ごと覆う結界を張り、ベルフェゴールの攻撃を受け止めた。
『なんの真似だ』
「見れば分かるであろう」
『戦う気はないと』
「……」
返事代わりに結界を挟んで睨み付ける。その眼差しを肯定と受け取ったベルフェゴールは、溢れる魔力を制御することなく解放。今一度アルタリアを見据えて。
『ならば、共に地獄へと誘ってやろう。己の無力に絶望しながら、死ね』
「我が意志を、貴様に打ち破ることはできまい!」
『試させてもらう』
それは、誰かの祈りによって生まれた“奇跡”だったのかもしれない──……。
誰一人としていない部屋で、一人消えてゆくアラン。意識が戻らないはずの彼が目を覚ましたのは、アルタリアとベルフェゴールの戦いがより一層激しくなった頃。
「……」
オレ……どうして寝て……。
自身の身に何が起きたか全く理解しないまま、チカチカと点滅する光の正体を確かめるべく窓へ。そこで見たものは──。
「アルタリア様!」
かつて、己の窮地を救い、今でも憧れ続ける存在。
彼女が、悪魔らしき敵と戦っている。
迷わずアランは部屋を飛び出した。彼女に会える、その一心で。己の身を脅かす病に、気付かないまま。
──ガァンッ!
「ぐっ……」
結界に撃ち込まれる一撃。鉛のように重く、力強い。ぶつかるたびに、口から苦しげな声が洩れる。
『なかなかしぶといな。これならどうだ。【ファイブスターストライク】』
魔力によって強化された闇のエレメントが直撃する。
これまでの攻撃により、崩れつつあった結界に入るヒビ。ヒビは瞬く間に広がっていき、結界は粉々に砕け散った。アルタリアは、衝撃で体制を大きく崩し、その隙を突いてベルフェゴールは接近。
『消え──』
ベルフェゴールは最後まで言えなかった。
自身とアルタリアの間に、一人の“消えかけた”青年が剣を携えて入ってきたからだ。
「光よ! 穿て! ──【閃光剣・双】!」
『があっ!』
エレメントの力を受け、光を放つ剣。咄嗟に後方へ回避を試みたが、一閃が体を斬り裂く。あいにく、致命傷には至らなかったようだ。
『……フン。今回はこの程度にしておこう』ふああ……」
ベルフェゴールは元の少女の姿へ。そのまま何処かへと飛び去っていった。
「……!?」
「アラン!」
ガクンッとバランスを崩し、地に倒れる体。何だと脚を見れば、そこにあるはずのものはなく。アランは初めて、自分の身に起きていることを理解した。
「馬鹿者ッ!」
アルタリアは背中から体を支え、急速に早まりつつある消滅を抑えようと、エレメントを分け与える。
「……」
「もう少し、あと少しだけ持ち堪えろ!」
もう体の感覚があまりない。
「アルタリア様……」
「気をしっかり持て! アラン!」
「オレ……」
瞳が重くなっていく。
「ダメだっ……死ぬな……!」
「泣か……ないで……アルタリア……さま……」
フッと閉じられる光。
「アランッ!!」
──真っ白な世界。
そこは、そう表記するに相応しい場所だった。
辺りには何もない。自分一人。
すると、いつの間にか目の前に少女が立っていた。
少女の顔は見えない。だが、微笑んでいるのだけは分かる。
アランは声をかける。足を前に踏み出す。
しかし、どちらも出来なかった。
少女は、微笑みながら口を動かした。
“決して負けないで”。
“この連鎖を、どうか終わらせて”。
“キミなら、絶対できる”。
少女の姿は、光となって消えてしまった。
アランの視界も、眩い光に包まれた。
真っ白な世界が、色付いていく。
大切な人と生きる“世界”に──……。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
目を開けたとき。オレは部屋に戻ってきていた。
「……アラン?」
目を開いたまま動かないアランに、恐る恐るブレイドが名を呼ぶ。他にも、ベルタやレベッカ、ヴァニラやアルタリアが不安げに見守る中。
「……聞こえてる」
アランは小さく微笑んで。
「ありがとう」
──次の瞬間。わあっと湧き上がる歓声。
「よかったっ……よかったよアランっ……」
「ゴメンなレベッカ。ベルタも泣かないでくれ」
「泣いてなんて……いたかもしれないが……」
「いって! ヴァニラなにするんだ!」
「夢かと思って……アランの頬つねった」
「自分の頬でやるものだぞ!」
「痛かったなら夢じゃねぇな。……無事で良かった」
先程まで消えかけてたと言うのに、大声で叫び、笑い合う。
『とりあえず一件落着ってところかな!』
『面倒がかかる……』
『いいじゃねーかよ? オレも活躍できたしよ?』
『薬の調合だけじゃがな。さて、わらわ達はこれで通信を切るぞ。アルタリア、後はおぬしに任せたのじゃ』
「ああ。……ありがとう」
プツンと切れる通信。顔を上げれば、アランと目があった。
「モルスの皆様にお礼言いそびれた……」
「それで怒るような奴らでもないだろ」
「言い方に気をつけろ」
「おぉ怖い怖い」
「ブレイドの怖いって逆に怖いわよね……」
「どういう意味?」
「それは後にしろ。……アラン、私達は部屋を出る。何かあれば言ってくれ」
ベルタの一言で事情を察し、四人は一気に退室。アランは、残されたアルタリアと向き合う。
「……馬鹿者。自分の異常に気づけない冒険者がいるものか」
「……すみません」
「皆が助けようとしていたのに、自ら命を捨てるような真似を……」
「……ごめんなさい」
キュッとシーツを強く握りしめる。本当にその通りだなと俯くアランを、アルタリアは力強く抱きしめた。
「間に合って……助かって……本当に良かった……」
「アルタリア様……」
「死なないでくれて……ありがとう……」
肩を濡らす温かいもの。
「……オレの方こそ……ありがとうございます……」
長い長い夜が明ける。
朝焼けに光る涙は、何よりも美しく感じた。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
──はじまりの地、???。
「何。戻ってきたの?」
「……」
妖魔城内に設けられた会議室。
待機していたレヴィアタンとルシファーに目もくれず、ベルフェゴールは一つの椅子に座り机に伏せた。
「ねぇ、聞いてるの?」
苛立つレヴィアタンを煩いと感じたのか、ベルフェゴールは半分夢の中に入りながら。
「もう一人が消えそうだったから……帰ってきた……」
「は? もう一人?」
「白獅子王と一緒に居た……茶髪の……Zzz……」
寝てしまっては起こそうにも起きない。
レヴィアタンは諦めたように息を吐くと、人差し指を立て、生み出した水を虚無に向けてかける。水はうねうねと動きながら一箇所に集まり、地上を映す水鏡となった。
白獅子王の反応を探り、見つけたのは五人の男女。うち一人に、茶髪の少年が居た。
「消えてないじゃない……」
だが、様子を見る限り助かったことは明白。
他の悪魔達が敗れたのは、こいつらが力を貸していたからか。
水鏡を消し、レヴィアタンは椅子から立つ。
「フォルネウス」
「ここに」
「メルビレイ」
「はっ」
二人の悪魔が姿を現し、その場に跪く。
「仕事よ。付いてきなさい」
会議室の出口に向かうレヴィアタンの後を、並んで追う。
「……そうそう」
扉を跨ぐ直前、思い出したように口を開く。
「あんたは好きにしなさいよ、ルシファー。“お人形さん”に出来るならだけど」
くすくすと笑いながら会議室を後にする。
「……」
ルシファーはゆっくりと自身の手を見下ろした。