Five Elemental Story

18話 緑狼王と新たな決意

 ──はじまりの地、???。

 ここは亜空間と呼ばれる場所。陽の光、月の光の祝福を一切受けず、偽りの紅月が黒空に浮かぶ。

 彼らが住む世界とは逆に、“地下世界”とも呼ばれるこの地。ここには、かつて大罪を犯した悪魔達が根城とする妖魔城が存在している。


 城の一室に設けられた会議室にて。

 U字型の白いテーブルに、等間隔で配置された七つの椅子。暗闇の中、テーブルにパッと光が当てられ、辺りがぼんやりと明るくなる。

「Zzz……」

 七つの大罪、“怠惰”を司るベルフェゴール。

「……」

 七つの大罪、“傲慢”を司るルシファー。

「……ねえ、マモン」

 七つの大罪、“嫉妬”を司るレヴィアタン。

「僕は行かないよ」

 七つの大罪、“強欲”を司るマモン。


 時を経て、復活した七つの大罪を司る悪魔達。

 彼らの目的は今も昔もただ一つ……『地上世界を支配すること』。

 しかし、次々と封印されてしまい、残った悪魔でまとも(?)なのは水属性のレヴィアタンとマモンのみ。両者共、地上に行きたくないようだ。

「私だって行きたくないわ。ダルいし」
「そんな理由で僕を納得出来るとでも?」
「じゃあこうしましょ。ジャンケンで負けた方が行く」
「やり方は気に入らないけどねぇ。いいよ」

 悪魔らしくない勝負の結果──……。

「じゃ、よろしくねー。マモン」
「……」

 ▼ マモンは結果に不服そうだ!
 ▼ レヴィアタンは結果に満足そうだ!


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 ──はじまりの地、『第14小隊』拠点。
 時刻は真夜中。仲間達が寝静まっている宿舎内部。目が冴えてしまい、眠れないアランはゆっくりと二階から一階へ移動。飲み物を取りに降りて来た。

「……?」

 冷蔵庫から水を取り出し扉をパタン。視界の端に人影が見え、窓の外に目を向けると……。


 ブレイド……? アイツ、こんな夜中に誰と電話しているんだ?


 宿舎の外。見えたのは真剣な表情で誰かと電話しているブレイド。アイツも部屋にいなかったのか。

「……」

 アランはブレイドの珍しく真剣な表情に、自分は見てはいけなかったのではないかと感じ、足音を立てずに階段を上がり部屋へ。“初めから寝てましたよ”と言いたげにベッドに入った。



 数分後。ブレイドが部屋に戻ってくると、出る前と変わらずアランは眠っていた(※ガチ寝)。ブレイドは布団に潜ると、エレフォンをポチポチと操作。

「……そろそろ準備するか」

 午前三時。一睡もしないまま、ブレイドはいそいそと着替え始める。アランを起こさないよう細心の注意を払って。

 簡単に身支度を済ませると、メモ用紙にペンを滑らせる。目につきやすいよう自身のベッドの上にメモ用紙を残し、ブレイドは部屋を、宿舎を後にした。



 ──ハッ。

 ガバッと飛び起きたアランは慌てて時計を確認。時刻は午前4時。普段と変わらない起床時間にホッと息を吐く。

「……?」

 ベッドから足を下ろした時、ブレイドのベッドが無人だということに気付いた。トイレにでも行っているのかと思ったが、メモ用紙を見つけて拾い上げる。

「『ちょっと出掛けて来る。遅くても昼前には帰る。あと連絡されても返せないからよろ。ブレイド』……家出か?」

 いやいやまさかそんなわけない。

 アランは脳裏に過った考えを打ち消すように首を横に振る。

「昼前までに戻って来なかったら通信機を追うか……」

 そうしようと頷き、アランは身支度を整えて日課である走り込みをしに外へ向かった。





「アラン。ブレイドはどうしたの?」

 朝食の席。今日も今日とて美味しいアランの料理をぱくり。飲み込んだ後、気になっていたことを訊ねる。

「出掛けるって」
「こんな朝早くからか? 珍しいな……」
「何時帰ってくるって?」
「遅くとも昼前にはと書いてあったな。メモには」

 ふーんと相槌を打ち、タコさんウインナーをぱくり。やり取りを耳にしながら、ヴァニラは少し前のことを思い出していた。


 数日前──

「なぁ、ヴァニラ。この大陸には、俺達と同じ境遇の奴がまだまだ居るよな」

 いきなり話を振られ、疑問符を浮かべる。

「ほら、この前来たモルスの話を聞いてさ、俺にも何か出来ることはないかって考えてるんだ」
「思い付いたの?」
「……いやまだだ。でもすぐに見つけてみせる。時間は待ってくれないしな」
「見つけたらわたしにも教えて。一緒に追いかけたい」

 ブレイドは驚いた後、嬉しそうに頷いた。


「……」

 それが数日前の話。

 もしかしたらブレイドは見つけたのかもしれない。たぶん。確証はないけど。

「うっ」
「あ、ごめん……」

 手元が狂い、滑ったプチトマトがアランの顔面に直撃した。


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 ──森林の地、『五戦神の遺跡』内部。
 エレメントで強化した風に乗り移動すること数時間。はじまりの地から森林の地に降り立ったブレイドは休憩を挟みながら森を進み、思い出深い遺跡へと足を踏み入れた。

 至る所にヒビが入り草木が茂っている通路を進み、光に照らされる広間に到着。

『おっ。やっと来たね〜おはよ〜』

 広間の中央、見覚えのあるローブを纏う人物がブレイドに気付き振り返る。どうやら、モルスの緑狼王と待ち合わせていたようだ。

『久しぶりだね〜体の方は平気なの〜?』
「とっくにな。お前がくれた花束デカくね?」
『え〜そう言われればそうだったかも〜』

 フレンドリーな緑狼王に、ブレイドは普段通りに接する。

 おいおいと呆れるブレイドに、緑狼王は本題に入った。

『それで、ボクに話したいことって……なに?』

 緑狼王を呼び出したのはブレイドの方だったらしい。小首を傾げる緑狼王の横を通ると、地下に続く階段に足を乗せ。

「奥で話す」

 返答も聞かずにブレイドは階段を降り始め、緑狼王も文句一つ溢さず後に続いた。




 暗い地下の階段を、無言で降りていく二人。

 この先は、前に仲間達と来た時は訪れておらず、恐らく階段がある事すら知らないだろう。

 一体この先で何を話すのか……。長い階段を降り切り、遂に地下の様子が明らかになる。


 地上から僅かに差し込む光。まるでスポットライトのような光が集まる先には──木の五戦神を象ったとされる像が置かれていた。それは以前、ミラージュ・タワーにある資料室で見たものと同じ。正真正銘の本物。


 ブレイドは像の手前で足を止めると、振り返らずに口を開いた。

「子供の頃。此処に来たことがあった」

 綺麗に響く声に、緑狼王は耳を傾けて。

「その時はこの像が何なのか分からなくて。部隊に入ってから、初めて五戦神の像だって知った」

 脳裏に過ぎるのは部隊結成直後のこと。アランとレベッカの二人に連れられ、資料室で見かけた時の光景。

「改めて見た時、どっかで見たことあるような気がした。子供の頃じゃなくて、最近見たような気が」

 ブレイドは緑狼王と向き合う。

「それまでの出来事を、覚えてる範囲内で思い出していたら、あっと気付いた。試験でアリーナに行った時、ぶつかった獣人の面影があるって」


 ──あ、悪い──
 ──ボクの方こそゴメンね〜──



「珍しく俺は覚えてたから、声を聞いた時全てが合致した」

 ブレイドは犯人を追い詰めるようにではなく、語りかけるように優しく。


「お前らなんだろ。五戦神って」


 静寂が二人を包み込む。

 そして、緑狼王は小さく笑みをこぼして。

「そうだよ。ボクが“繁栄”の五戦神ハルドラ・モルス」

 それまで被っていたフードを外しながら、ハルドラは己の正体を明かした。

「でもスゴイね〜。キミが初めてだよ、言い当てたの」
「まぁ……半分は直感だけど」
「直感!? ブレイドって野生だったの!?」
「お前と一緒にするな!」
「ゴメンゴメン〜。で、他にもあるんでしょ? 話したいことってさ」

 急にトーンが落ち、真剣な眼差しになったハルドラに困惑しつつも、そうだと頷き呼吸を整える。

「……俺がヴァニラと再開出来たのは、お互いに冒険者になっていたからだと思ってる。もしどちらかでも剣を取っていなかったら……多分今でも会えていない」

 それは最悪の事態も考えられる。もしも、一つでも狂っていたら出会うことすら出来ず、一生を終えていたかもしれない。……ブレイドはそう語る。

「“はじまりの地”以外じゃ、違うエレメントを受け入れようとしていない。……このままじゃ駄目だ。そう簡単に認識が変わらなくても、誰かがやらなきゃ……動かなきゃ始まらない」

 だから……。

 ブレイドは胸元に拳を添えて、願う。

「どうか導いてくれ、五戦神ハルドラ・モルス。俺に何が出来るか……教えてほしい」





「……驚いた」

 ぽつりと呟くように洩らす。

「キミが……そんなことを言うなんて……」

 出会ってから日は浅く、未だに知らない一面だってあるだろう。だが、自分の力で乗り越えようとしてきた彼が、神託を請うなど誰が予想できようか。幼馴染のミリアムでさえ思いもよらぬことだ。

「“導いてくれ”なんて、何年ぶりに言われたかな……」

 ハルドラは視線を落としていたが、うんっと顔をあげると。

「気に入った! ボクはキミのことが気に入ったよ!」
「はぁ?」
「ブレイドが出来ることは一つ!」

 人差し指を空に突きつける。

「強くなって、発言力を持つ! そのために、ボクはモルスの権限を使ってアリーナ大会を開くから、キミは皆と一緒に優勝すること!」

 いいね!? と指されるも、ブレイドは呆然。ハルドラは語りかけるように続けて。

「アリーナ大会で優勝して、自分が思っていることを大陸中に伝えて。それが、ブレイドが出来ることの第一歩目だよ」

 正直、アリーナ大会を知らないブレイドにはイマイチ想像出来なかったが、俺に出来ることならと力強く頷き。

「分かった。……あいつらにも、相談してみる」
「うん。あ、因みに前回大会の覇者は『闇黒騎士隊』だよ〜」
「おいそれは初耳だぞ」
「バラバスには会ったことあるでしょ? 彼が有名になりたくないって」
「あー……なるほど……」
「一応秘密だから、外にはバラさないでね〜」

 じゃあ、あいつらともぶつかる可能性は高いな。

 今より強くならなければ、と決意新たに。戻ろうかとハルドラに言われ、歩き出した時。二人以外居ないはずの空間に響き渡る拍手。


「まるで黄金のように美しい話だねぇ。僕、そういうの嫌いじゃないよ」


〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜


 紳士的な笑みを浮かべる男。金色の髪を揺らしながら、男は地に降りたつ。

「久しぶりだねぇ、ハルドラ。隣に居る彼も初めまして」

 男は胸元に手を添え、礼儀正しく頭を下げる。ブレイドは男から視線を逸らさずにハルドラの近くまで後退。

「……知り合いか?」
「……誰だっけ……」
「……え?」

 疑問符を飛ばすハルドラに、男は拍子抜け。ちょっと待ってて、と掌を突き出し制止させると唸り始める。

「うーんと……最初がマだったのは覚えてる……」
「マ……マイム?」
「違うかも」
「マント?」
「いやそんな分かりやすい単語じゃ……」
「あ、マントヒヒ!」
「それだ!」

「ねぇ、ブチ抜いていい?」

「何ですかマントヒヒさん」
「僕はマモン! 七つの大罪“強欲”を司る悪魔!」

 やっと思い出したのか、ハルドラはハッとして鋭い目つきに。

「マモン! どうしてここに!」
「さっきまで忘れていたくせによく言うよ……。僕が来た理由なんて一つしかないさ。ハルドラ、君の力を奪いにね」

 言うが早いか、マモンは手にしていた銃を構えると、ハルドラに狙いを定め発射。銃声が聞こえた時には、既に回避不可能なところまで迫っていた。

 被弾直前、ブレイドが横から突き飛ばしたことで回避。間一髪だった。

「あ、ありがとう……」

 ブレイドはん、と短く返すと“影切丸”を召喚。同時に究極進化も発動させ、刀を一振り。垂直に構え、腰を落とす。

「はぁぁぁあ!」

 覇気と共にマモンへ突撃。ガキンッ! と刀と銃が鈍い音を立ててぶつかり合う。



 うーん……。

 マモンとブレイドの戦いを一人離れたところからハルドラは見ていたが、自分が入れるようなタイミングを見つけることができず途方に暮れていた。

 というより、両者共にスキルを発動させていないのである。

 マモンは剣のように銃で攻撃を受け流しながら時折発砲し、ブレイドは持ち前の速さで銃弾を回避しつつ攻撃を打ち込んでいる。目にも留まらぬ速さで。

 ちょっと愉しんでるよねお二人さん。顔がにやけてるもん。

「なかなかやるねぇ……でもこれはどうかな!? 【ゴールドマルチショット】!」
「甘いな! 止まって見えるぜ!」

 ホラ〜〜〜。すっごく愉しそうだも〜〜〜ん。マモンとか本来の目的忘れてるよね〜〜〜?

 その通りである。

 これが戦力外通告と言うものか……、どこか哀愁を感じさせるハルドラの後ろ姿。まだかなぁと眠くなって来た中、金属音が響き渡って。

「くっ……」

 弾かれたのはマモンの銃。くるくると回りながらハルドラの足元に。ブレイドは刀の先をゆらりと突きつける。

「勝負あったな」

 でしょうね。そもそもマモンの銃は肉弾戦用じゃないんだよ??

「ふふっ……僕が遅れを取るなんて……」

 スキル使えば良かったじゃん。使ったとしても……だけど。

「でも楽しかったよ。またいつかあ」
「【夢幻残影神剣】」
「ぐあああああああっ!」


 ……あ、そこは普通に封印しやっちゃうのね。


 ──こうして、複雑な心境のまま悪魔の再封印に成功したハルドラであった。


〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜


「この回の主人公たるボクの出番が無いなんて……」
「何言ってんだお前」

 溜め息を洩らすハルドラ。ブレイドは目を細める。

 マモンとの激闘(?)後、二人は地下から地上に戻り、遺跡の外へと向かっていた。

「ま、ボクは結構出てたからね。今回はブレイドに譲ってあげるよ」
「だから何言ってんだ?」
「こっちの話。あ、外が見えて来たよ〜」

 ハルドラに言われ、通路の先に目線を向ける。直後、げっと声を上げた。

「もう夕方じゃねぇか!」
「あ、ホントだ〜」

 空は茜色に染まり、黄昏時を迎えていた。ブレイドは部屋に残して来たメモの内容を思い出し、しまったと顔を歪めて。

「昼までには帰るって書いちまった……アランに怒られるなこれ……」
「帰り大変でしょ〜? 転送してあげようか〜?」
「是非。帰るのだるいしな」

 力が有り余っているハルドラは上機嫌で転送陣を召喚。

「ハイッ。場所は拠点の近くにしといたよ〜」
「さんきゅー」
「またね〜」

 転送陣から放たれる光に包まれながら、ブレイドは“森林の地”を後にした。





 ──場面は変わり、『第14小隊』の宿舎。

 帰って来たブレイドを迎えたのはアラン以外の三人。

「遅いぞ。何をしてたんだ貴様は」
「後で言う。……アランは?」

 今言えよと言いたげなベルタの視線をスルー。

「アランなら部屋よ。エレパッドで通信機の記録を追うって言ってたわ」
「じゃあ、帰って来てるのはバレてるのか……」
「当たり前。怒られに行って来なさい」

 小言を喰らうのは確実だが、仕方ないと腹を括って。気が進まないまま、階段を上がり二階へ。

「……そういえば、アラン部屋に行ったの何時だっけ?」
「昼過ぎだったはず。それから出てきてない」
「「……」」



 はぁ、と溜め息を洩らしてドアノブを捻る。

「帰ったぞ」

 堂々と胸を張り部屋に入るブレイドに怒号が飛んで……。

「……?」

 来ない。しんと静まり返る部屋に、胸がざわついて。

「……アラン?」

 ふざけているのか、驚かそうとしているのか。ブレイドは恐る恐る一歩ずつ前へ。チラッと見えたのは人の足。ベッドの影に誰かが倒れているようだ。

「な、何をしてるんだよ……」

 顔を引き攣らせながら、声をかけるも応答無し。覚悟を決めて一気に近づく。

「ッ!?」

 思わず腰を抜かしそうになった。

 倒れているのはアラン。意識は無く、目は硬く閉じられている。これだけであれば、ここまで動揺はしないだろう。問題は、体の方にあった。


 何で透けてるんだ……!?


 アランの体は“透けていた”。体越しに床が見えてしまうほどに。それどころか、光粒が分離するように浮かんでは消えていく。

 只事ではないと直感が言っている。ブレイドはその傍らに膝をつき、小さく名を呼ぶが無意味と化す。

「アラン……!」

 ドクンドクンと心臓が煩い。この感覚は……死を身近に感じた時と似ている。


「アランッ!!」

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