Five Elemental Story

17話 赤炎王と過去の記憶

 ──はじまりの地、???。

 ここは亜空間と呼ばれる場所。陽の光、月の光の祝福を一切受けず、偽りの紅月が黒空に浮かぶ。

 彼らが住む世界とは逆に、“地下世界”とも呼ばれるこの地。ここには、かつて大罪を犯した悪魔達が根城とする妖魔城が存在している。


 城の一室に設けられた会議室にて。

 U字型の白いテーブルに、等間隔で配置された七つの椅子。暗闇の中、テーブルにパッと光が当てられ、辺りがぼんやりと明るくなる。

「あらら、次々とやられてるねぇ」

 七つの大罪、“強欲”を司るマモン。

「Zzz……」

 七つの大罪、“怠惰”を司るベルフェゴール。

「余裕ぶってる場合? これじゃあ前と同じじゃない」

 七つの大罪、“嫉妬”を司るレヴィアタン。

「……」

 七つの大罪、“傲慢”を司るルシファー。


 時を経て、復活した七つの大罪を司る悪魔達。

 彼らの目的は今も昔もただ一つ……『地上世界を支配すること』。

 だが、現実は次々と敗れ封印されている。これまでのようにはいかない、と思いつつある悪魔達。話片耳に“暴食”を司るベルゼブブは、小さく笑って。


「案ずることはない。既に手は打ってある。もうじき、狂い出すであろう」


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 この光景を夢で見るのは何度目だろうか。

 ──許さん……許してたまるか……──

 地を這う女の人。その体は無惨にも焼かれていて。

 ──……すまない。⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎──

 顔も、声も、よくわからない人が女の人を見下ろす。

 女の人は残された力で拳をぐっと握り、力いっぱい叫んだ。

 ──貴様の……貴様がしたことはッ……!──

 握りしめた拳に、一つの模様が浮かび上がる。

 呪われた、一族の証が。





 ──はじまりの地、『闇黒騎士隊』の拠点。
 第14小隊に所属する五人の姿はそこにあった。

「良かったっ……無事で良かったっ……ヴァニラ……!」
「うん……また会えてうれしい。……ミリアム」

 訪れるのは二回目となる『闇黒騎士隊』の拠点。ここに来た理由は、ヴァニラ帰還を兄ブレイドの幼馴染であるミリアムに知らせるため。とは言っても、ヴァニラの帰還自体は事前に知らせていたが、直接顔を見せた方が安心するだろうとのことで。ミリアムはヴァニラの姿に涙を流しながら喜び、ヴァニラも涙ぐみながら抱きしめ合う。

「レベッカ」

 久しぶりの会話を弾ませる二人。そのやり取りを見つめていたレベッカに、テラが名を呼んだ。

「どうしたのテラ兄」
「少しいいか?」
「いいけど……」

 何やら深刻な雰囲気を纏うテラに、心当たりがないレベッカは戸惑いながらもテラの後ろに付いていく。

「……」

 ひっそりと部屋を後にする二人を見つめるのはブレイド。だが、ふいと視線を外し泣き笑う二人に視線を戻した。





「テラ兄。話って……なに?」

 部屋から遠く離れた場所。見通しが良い廊下を歩いていたテラは足を止め、距離をとりながら付いてきたレベッカも立ち止まる。

「……まだ言ってないのか」

 テラはレベッカに背を向けたまま、普段より低めの声で訊ねる。それだけで何の話か分かったレベッカは、はっと息を呑んで口を結ぶ。

「彼らとはきっと長い付き合いになる。言えるときに言っておいた方がいいんじゃないか」
「っ……ムリよ……。だって……だって……きっと軽蔑されるわ……っ……」

 背中越しに聞こえる声は今にも泣きそうで。テラは服の裾をぎゅっと握りしめて。

「そんなことはしないだろ。彼らなら」
「そんなのっ……そんなのわからないじゃない!」

 しんと静まり返った廊下。レベッカの息遣いだけが響き渡る。

「……ごめんな」
「ワタシの方こそ……ごめんなさい……」

 戻るかとテラは踵を返しレベッカの横を通る。すれ違い様に頭を撫でられ、レベッカは悲しげに微笑んだ。


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 楽しい時間というのはあっという間に過ぎるものだ。

 黄昏時。『闇黒騎士隊』のメンバーと別れ、五人は自分達の拠点へ帰宅。夕食を済ませ、各々が自由に時間を過ごす最中。コンコンと扉を叩く音が。

「なんだ? ってヴァニラか」
「入っていい?」
「どうぞ」

 男子部屋を訪れたヴァニラを出迎え、部屋の中に招き入れる。机に向かっていたアランも気付き、視線を向けた。

「で、今日はどうしたんだ?」

 またいつものように戯れに来たのかと考えていたブレイド。

「大声では言えない話」
「大声では言えない話? つまり内密の話か?」
「そう」

 アランは思った。“あ、これオレいない方がいいのでは?”。タイミングを見失う前に消えようと立ち上がったその時。

「アランも来て。一緒に聞いて」
「あっ、ハイ……」
「何でそんなよそよそしいんだ」

 他人行儀にペコペコと頭を下げながら二人の間に着席。ヴァニラは二人に顔を近づけるとコソコソ。

「最近、レベッカの様子おかしくない?」

 そう言われ、二人は最近のレベッカの様子を思い返す。

「……いや、わからな」
「そうだな。今日もおかしかった」

 ハッキリと首を縦に振るブレイド。アランは驚愕しつつも、そうなのか? と訊ねて。

「お前分からなかったのか?」
「全然……オマエが分かったことが驚きなんだが」
「あ?」

 全くその通りである。

 冗談はさておき。ヴァニラはどうしてそう思ったのだろうか。

「わたし、夜は長く寝ないの。寝たとしても深い眠りにはつかない」
「お、おう……」
「だからね。レベッカがうなされているのが分かるの」

 二人の頭に疑問符が浮かぶ。

「……悪夢にうなされているだけなら大丈夫じゃないのか?」
「悪夢って毎日みるものなの?」
「毎日なのか?」
「うん。毎日、同じぐらいの時間帯に、ここ最近ずっと」

 ブレイドとアランは互いに顔を見合わせる。それは少しおかしいなと。

「どうする?」
「悪夢はどうにも出来ないな……」
「様子を見てみるしかない。俺達に話さないって事は忘れてるか、言いたくない内容なんだろ。そのせいで眠れないとかは無いんだよな」
「うん。ベルタは普通に寝てる」
「じゃあ尚更だな」

 それで平気なのか? と不安げなアランにブレイドは一言。

「お前だって俺達に言ってないことあるだろ。それと同じだ」
「……」

 アランは口を閉ざした。





 ヴァニラが男子部屋を後にして数時間後──。
 女子部屋の明かりは消え、月の光が優しく包み込む。

 すぅすぅと気持ち良さそうに眠るベルタ。綺麗な姿勢で眠るレベッカ……を、ヴァニラは布団に潜りながら観察していた。

「っう」

 ……始まった。

 エレフォンで時刻を確認。また……同じ時間だ。レベッカの目元は震え、なにかから逃げるように体を左に右に。ヴァニラは悪夢から目覚める前にレベッカのベッドに入り込む。

「ゔ……ぅう……──ッ!」

 はっとして悪夢から目覚める。息を弾ませ、此処が自分の部屋だと認識すると安堵。上半身を起こした直後、思わず叫びそうになるのを必死に抑えた。

 いつの間にか、ヴァニラが自分の布団に潜り込んでいたからだ。

 何をしているのだろう……。小さく寝息を立てて眠るヴァニラに優しく触れようと手を伸ばす。……が、後数センチというところでその手を引っ込めた。ヴァニラが起きそうだったから、とかではない事は、レベッカの悲しげな表情から分かる。結局レベッカは静かにベッドから離れ、足音立てずに部屋を後にした。

「……ヴァニラ。起きているのだろう」

 寝ていると思ったベルタは狸寝入りだったようだ。ヴァニラは目を開け体勢はそのままに、小声で応えて。

「起きてる……ベルタは最初から起きてたの?」
「いや少し前からだ。それまでは寝ていた」
「そうなんだ」

 静寂が訪れる。先に口を開いたのはベルタだった。

「……ヴァニラ」
「なに?」
「私は……どうしたらいい?」

 その問いに、ヴァニラは自分の答えを出せなかった。

「……ブレイドは様子を見た方がいいって。アランは違うみたいだった」

 ベルタはそうかと呟き。

「あの二人のように……互いに信頼出来る仲だったらな……」

 その言葉に疑問を抱いた。

「信頼できる仲じゃないの?」
「あれだけ苦しんでいるのに話してくれないというのはそういうことだろ」
「でもアランもブレイドに話してないことがあるみたいだよ」

 ヴァニラは続けて。

「隠しごとがあるから信頼できないってわけじゃないよ。だいすきだから隠すことだってあるはず。……違う?」

 ベルタは少しして、違わないなと返した。

「私は……嫌われるのが怖いのかもしれない。始めて出来た……友達だから……」

 目を丸くする。ベルタにとってレベッカって始めての友達なんだ。

「あれ……じゃあ、わたしは?」
「ヴァニラは友達と言うより……いや何でもない」

 友達と言うより……なんだ?

 そろそろ寝るぞと深掘りする前に言われてしまい、ヴァニラはまた明日聞こうかなと目を閉じた。

「……」

 未だベルタの表情は晴れやかなものではなかった。


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 ──はじまりの地、『ミラージュ・タワー』上層部。
 モルスのみが使用出来る会議室にて。長く続いた会議が終わり、一休みしていた時。赤いローブを身に纏う“赤炎王”が一足先に会議室を後にした。

「……奇妙だな」

 扉を見つめながら黒魔王──ジェダル・モルスはぽつり。向かい側に座る蒼氷王──ミラクロア・モルスもうんうんと頷いている。

「いつもなら『仕事したくない』と言っているあやつが、今日はさっさと出て行ったのじゃ」
「なにか考え事をしていたようだな」
「昔のことでも思い出しているのじゃろうか……」
『昔と言えば……』

 話に入って来たのは白獅子王。

『昔、彼が呪いをかけた戦士が居たな』
『あ、あの「竜殺しの戦士」って呼ばれていた子だよね?』

 白獅子王に混ざり、緑狼王も会話に参加する。

『そうだ。ドラゴン族の長として、ドラゴンを知覚できないよう呪いをかけた』
「犠牲になったドラゴンは多かったからの。やむを得ない判断じゃ」

 当時のことを思い出し、ミラクロアは顔を歪めた。

「仮にそうだとして。今更なにを気に病む必要がある」
『夢に出てきた……とか? その戦士の子と仲良かったもん』
『懐かしいな。もう……だいぶ昔の話になってしまった……』

 だいぶ昔。それは何年前の話なのだろうか。

 思い出したかのように、ジェダルはそういえばと口を開く。

「その……“竜殺しの血族”は、今何処いずこに?」
『火属性だったし、火炎の地じゃないの?』
『彼らの話を耳にしないな』
「火炎の地の、奥の方にある小さな集落で暮らしていると耳にしたぞ。確か、その子孫達が造ったらしいが……」

 ミラクロアが知っていると言うことは、水凍の地に近い場所なのだろう。

『……が?』
「数ヶ月前に、その集落から一人の娘が消えたという噂が流れていて……その娘、今は何処にいるのじゃろう」
「所詮噂に過ぎん。騒ぎになっていないなら気にする必要はない」
「……それもそうじゃな」





「よっ、と……」

 ズレ落ちそうな鞄を肩に掛け直す。中には野菜と言った食材がチラホラ。

 当番制である買い出しを済ませ、レベッカは宿舎に帰っていた。


 ──おいで……──


 突然聞こえた声に足を止める。辺りを見渡すも可笑しな事は見当たらない。気のせいかと踏み出した時、騒がしい雑音の合間を縫ってまた聞こえた。

 誰……? 自分だけにしか聞こえていない声にレベッカは警戒心を強める。幸か不幸か、幽霊の類には耐性がある。

 再び聞こえた謎の声。ふと視線を向けた路地裏に、一瞬だけだが影が見えた。レベッカは険しい表情のまま路地裏に足を踏み入れる。

「……誰」

 建物に遮られた陽光。薄暗く、不気味で、細い道を確かめるように一歩ずつ進む。……しかし、先ほど見た影の正体も分からず、引き返そうかなと息を洩らしたその時。

「こんな場所でなにしてやがる!?」

 ガシッと強い衝撃が肩から伝わる。怒号に驚き、振り返ると赤い瞳に竜の翼が目に入る。……ドラゴンが、そこには居た。

「驚かせちまったか、わりーな。とにかくここを離れ……って、オイ大丈夫かよ?」

 鞄が地に落ちる。息が苦しい。

 レベッカはゆっくりと後ろに下がる。

「顔真っ青だぞ? そんなにビビったか?」
「来ないで!」
「……」


 ワタシは……ワタシは……!


 竜殺しの血族なのだから。


「ッ危ねぇ!」

 目の前のドラゴンが叫ぶ。えっと振り返るが時すでに遅く、眼前まで鋭い風の刃が迫って来ていた。

 いつ、誰が、考える暇もなく、突然のことで体が動かないレベッカ。刃が切り裂く直前、盾のように炎が視界を横切る。

「あ……」

 その炎はドラゴンの掌から生まれていた。視線を向けると、ドラゴンは斜め上を睨みつけて。

「テメー……やりやがったな!? 虫野郎!」

 レベッカも釣られて同じ方向に目を向ける。すると、何もない場所から不気味な生き物がその姿を表した。

「久しいな。アンガ・モルスよ」
「オレは会いたくなかったけどよ?」

 自身を間に挟んで行われるやり取り。あまりの出来事に理解が追いつかない。

 混乱するレベッカの腕を、ドラゴンの手が……モルスの一柱アンガの手が掴む。

「なにボサッとしてやがる。さっさと逃げろ。アイツの狙いはオレだ」
「それは勘違いと言うものだ。アンガ・モルス」
「ああ?」
「我が食い尽くしたいのは彼の者の呪いだ。貴公がかけた呪われた一族の証を」

 腕を掴まれていたレベッカも、逃がそうとしていたアンガも、その言葉に目を大きく見開いた。

「アナタが……ワタシ達に……」
「まさか……ジュデッカの……」

 弾かれるアンガの手。憎悪、憤怒、様々な感情がアンガの姿を歪ませる。

「少女よ。其の者では呪いを解くことは出来ぬ。代わりに、我ベルゼブブが証を食い尽くそう」
「そんなことテメーに出来るか!?」
「良いのか? 夢のようになってしまっても」

 夢……。

 ここ最近、ずっと見せられた夢。もしかしたらアレは……警告、だったのかもしれない。

「……ずっとイヤだった。村の中でワタシだけが“普通”の見た目をしていて。皆からは一族の再興の為にって、期待を抱かれて……。でも、それがイヤになって飛び出した。後から一族の再興の為に飛び出したんだって思い込ませて……それでも本当には出来なかった! ワタシは……人として生きたい!」

 選んだのは悪魔の方だった。アンガの制止も聞かず、走り出すレベッカ。

 追いかけようとして足を止める。ベルゼブブの言う通り、自分では呪いを解くことができない。でも、もし本当に解けるなら……。そんな考えは甘かったと、アンガは怪しく笑うベルゼブブを見て思った。

「クソッ!」

 もう追いかけても間に合わない。アンガは異空間から鎖を召喚すると、レベッカの元に放つ。

「ッ!?」

 ぐるぐると体に巻きつく鎖。アンガは鎖を握りしめ、力いっぱいに引いた。放物線を描いて空中に投げ出されるレベッカの体。ガシャンと音を立て、地面に落下。

「……悪りぃな。少しの間眠っててくれ」

 衝撃で気を失ったレベッカの体から鎖が消滅。

「傍若無人な貴公らしいな。更に嫌われよう」
「別に好かれようとも思ってねーよ? どんな夢を見させたのか知らねーが、オレを使った代償は高いぜ? ベルゼブブ!」
「少し予定が狂ってしまったが良いだろう。かかってくるがいい」


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「テメー虫野郎! 無視してんじゃねーぞ!? ブーンブーンって五月蠅くしてみせろ!」
「幾年前と同じ手は食らわぬ」

 これでもかと言うぐらいの声量で舌打ち。平行線状態がかれこれ数分続いている。

 一向に攻撃を仕掛けてこないベルゼブブに苛立ちが積もり、暴言が次々と溢れる。その中でアンガは内心焦っていた。このままではレベッカアイツが目覚めてしまう、と。ベルゼブブも目覚めるのを待っているのだろう。回避に専念し、時間を稼いでいるのは明白だ。

「貴公、我が悪いと考えているようだが、元は自身が蒔いた種であろう。個より全を選んだのは貴公等だ」
「あぁそうだ! アイツは力に溺れて狂っていた! 同胞の血を浴びて悦に浸っていたアイツが憎かった! だから殺そうとしてッ……出来なかったんだよ!」

 アンガの叫びに同調して炎の威力が増す。

「同じ景色を……オレはもう見たくねーだけだ! 【ブレイジングフレア】!」
「くっ……」

 強烈な一撃をベルゼブブは紙一重で回避。あまりの威力に苦しげな声が洩れる。

 そろそろ反撃しなければ……。とっておきの為に残しておいた力を解放しようと動いた時、視界の端に揺れ動く影を捉える。

「……」

 レベッカだ。

 ふらりと立ち上がり、迷うように瞳を揺らしながらこちらを見ている。

「……さっきの話。本当なんですか……?」

 と、アンガに問いかける。どうやら少し前から意識を取り戻していたようだ。アンガは視線を逸らしながら、そうだと頷いて。

「オレの妥協で沢山の人間を苦しめた……許さなくていい、でも謝らせてくれ」
「……謝る相手はワタシじゃないです。ワタシは……幸せ者でした。村の皆からの期待は重かったけれど、大切にしてもらっていた。そのことに、今さら気づいた」

 そう語るレベッカから憎悪や憤怒は消えており、ベルゼブブは作戦の失敗を悟った。ならすべき事は一つ。

「貴公が其方側に回るとは思いもしなかったが……こうなってしまえば仕方あるまい。消えるといい」

 アンガはレベッカを庇うように腕を伸ばす。

「こっから先はオレの戦いだ。隠れてろ」
「……それは聞けません」

 レベッカは“バーストキャノン”を召喚。究極の力を発動させる。

「アナタに、もっと色々な話を聞く必要がありますから」

 真っ直ぐと相手を捉えるレベッカに、かつての友の面影を重ねてしまう。

「……そうだな。始めはオレの戦い方を見てろよ? あの虫野郎は一筋縄ではいかないからな?」





 スゴイ……。

 警戒しながら戦いを見ていたレベッカは驚いていた。アンガは相手の逃げ場を塞ぐように炎を操りながら戦っている。その光景は、まさに火属性の王たるもの。

 対してベルゼブブは、不利属性に苦しめられているようだ。思うように攻撃が出来ていない様子。

 そこで疑問が浮かび上がる。どうして攻めないのだろう、と。見たところ優位なのはアンガの方。何か理由があるのではないかと情報収集をする。

「試してみるか……【ヒートブラスト】!」

 “バーストキャノン”の銃口を斜め下に。火のエレメントで構成された魔弾を発射。ベルゼブブが浮遊している地点の地面に被弾し、身を焦がす熱風が襲う。

 ──刹那。肉眼では捉えられない衝波が身を切り裂く。

「オイ大丈夫か!?」
「平気です」

 アンガも巻き込み受けたかすり傷程度のダメージ。レベッカは納得したように小さく頷いた。

「行くぞ。【サイクロンスクレイパー】」
「【ブレイジング……」
「【ファイナルバースト】!」

 アンガのスキル発動を遮るように、レベッカのスキルが発動。その威力に、アンガはマズイと奥歯を噛み締めて。

「反射が──」

 レベッカはアンガの前に滑り込むと、二人分のダメージをその身に受けた。

「成程……貴公の一撃、なかなか効いたぞ」

 ベルゼブブはフラつきながらも耐え、レベッカは息を切らしながら崩れ落ちる。

「あとは……頼みます……」
「あぁ。これで決めてやるぜ……! オレの炎に恐れ戦け! 【レックス・トレメンデ】!!」

 アンガが掌を掲げると、幾つもの鎖がベルゼブブの体を捕らえ、足元から火のエレメントが噴き出す。

 ベルゼブブは声無き叫びを上げながら再び封印されたのであった。


〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜


「調子はどうだ?」
「だいぶ回復しました」

 ポーションありがとうございますと空になった瓶を揺らし礼を述べる。アンガはおうと返した後、視線を泳がし、息を吐く。

「……さっきの話の続きだけどよ。呪いを掛けたのはオレだ」
「……ハイ」
「だけど、正式な手順を踏んでいなかったから、呪いはオレにも解けない」
「……」
「でも一つだけある。……オレを殺せ
「……!?」

 突然の要求に驚きを隠す事は出来なかった。アンガは小さく笑って。

「迷うことはねーだろ。オレの落ち度の所為だ。誰も悪くねーよ。もう復活しないようにアビリティも切った」

 最後に。アンガは瞳を閉じた。

「名前を教えてくれ」
「……レベッカ」
「レベッカ、か。……」

 それ以上、アンガは何も言わなかった。



「……殺しません」

 長い長い沈黙後、レベッカは“バーストキャノン”の刃を下ろした。

「……迷ってんのか?」
「迷ってません。ワタシはアナタを殺しません」
「……」
「アナタを殺すぐらいなら別の方法を探します。アナタが個より全を取ったと言うなら、ワタシは全より個を取ります」

 レベッカは元の姿に戻ると、微笑んで。

「そんな風に思える友と出会えましたから」

 アンガはぐっと込み上げてくる感情を押し殺して。

「そうか……」

 嬉しそうに笑った。

「! な、なに?」

 その瞬間。レベッカの手の甲から光が放たれる。浮かび上がるのは呪いの証。アンガも困惑する中、光は証と共に天へと昇る。

「ま、さか……」

 光が消え、レベッカは信じらないという顔で手の甲を眺めた。

「呪いが……消えた……?」
「みたい……だな……」

 アンガに言われ、レベッカは大粒の涙を溢し始める。

 それは、とても美しい嬉し涙だった。





「だいぶ遅くなっちゃった……」

 アンガと別れ、再度買い出しを済ませたレベッカは急ぎ足で宿舎へ。

「レベッカ」
「あっベルタ。こんなところでどうしたの?」

 その途中、待っていたらしいベルタが合流。首を傾げるレベッカに、ベルタはその……と気まずそうに視線を逸らして。

「話、があって……レベッカに」
「ワタシに……」

 レベッカは一度、自身の手の甲に視線を落とし。

「ワタシも、ベルタに話があるの。ワタシの……一族の話。……聞いてくれる?」

 ベルタは安心したように目を細めて。

「もちろん。聞かせて、レベッカの話」

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